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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)10420号 判決 1994年9月13日

原告

吉川弘一

被告

朝野哲司

ほか一名

主文

一  被告らは、連帯して原告に対し、五八四五万四九三二円及びこれに対する平成元年九月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  本判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、連帯して原告に対し、一億円及びこれに対する平成元年九月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、Uターンした普通乗用自動車と対向直進してきた自動二輪車とが衝突し、負傷した事故に関し、右被害者が普通乗用自動車の運転者兼保有者を相手に自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条、民法七〇九条に基づき、損害賠償を求め、提訴した事案である。

一  争いのない事実等(証拠摘示のない事実は争いのない事実である。)

1  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 平成元年九月二五日午後二時三五分ころ

(二) 場所 兵庫県尼崎市大庄西町四丁目二五番三九号先市道宝塚線路上(以下「本件事故現場」ないし「本件道路」という。)

(三) 事故車 被告朝野十三夫(以下「被告十三夫」という。)が保有し、かつ、同朝野哲司(以下「被告哲司」という。)が運転していた普通乗用自動車(神戸五九そ九七五三、以下「被告車」という。乙第一号証の5)

(四) 被害車 原告が運転していた自動二輪車(泉も五三七八、以下「原告車」という。)

(五) 事故態様 Uターンした被告車と対向直進してきた原告車とが衝突し、原告が負傷したもの

2  治療経過(甲第一号証の1、2、第三号証、弁論の全趣旨)

原告は、本件事故後、外傷性第一二胸椎脱臼骨折による脊髄損傷(馬尾神経を含む。)、第一二胸椎・第一腰椎棘突起骨折等の治療のため、平成元年一二月一一日まで兵庫医科大学病院に入院し、同日から平成二年四月一九日まで身体障害者福祉センター附属病院に入院(入院日数合計二〇七日)した。原告は、平成二年四月一九日、症状が固定し、脊髄損傷による両下肢運動障害、神経因性膀胱、排泄障害の後遺障害が生じ、自動車保険料率算定会(以下「自算会」という。)により自賠法施行令二条別表(以下「等級表」という。)一級に該当するとの認定を受けた。

3  損益相殺

原告は、本件事故による損害の填補として、自賠責保険から傷害分一二〇万円、後遺障害分二五〇〇万円の支払いを受けた。

二  争点

1  免責及び過失相殺

(一) (被告らの主張)

原告は、本件事故現場手前で急ブレーキをかけ、直線距離にして一八・五メートルのスリツプ痕を残し、その後、車体左側面を下、右側面を上にして倒れ、原告車の後輪部分が被告車の左後輪部分に潜り込むようにして滑走し、原告車の右マフラー後端部が被告車の後部バンパー・スカートの左端に衝突し、さらに原告車の後輪が被告車の左後輪に衝突して被告車の後輪車軸を曲げ、かつ、原告車の右マフラーが大きく持上がつたために原告車のフレームをくの字に曲げ、原告車のタイヤが強く道路に押し付けられたため、道路上に三日月形のタイヤ痕を残したが、原告車はなお前方に滑走し、駐車場入口のブロツク壁に衝突し、車道端に跳ね飛ばされて停止したものである。右のように、原告車は、一八・五メートルのスリツプ痕を残した後、被告車に衝突して自車のフレームを曲げ、さらに前方に滑走してブロツク壁に衝突したのであり、また、原告車の速度は時速一三五キロメートル以上と推測され、かかる高速度でUターンを終了した被告車に衝突したものである。

被告哲司は、本件事故現場でUターンしようとして、一旦中央線付近で停止し、進入しようとする反対車線の左前方約一二〇メートル付近にある歩道橋まで見通して、反対車線に歩行車両の存しないことを十分確認した上で反対車線に進入したところ、原告車が時速一三五キロメートル以上の猛速度で突つ込んできたため、Uターンを終了して南進直進中の被告車に衝突したものである。同被告の確認した一二〇メートルという距離は、時速九〇キロメートルの速度でも五秒以上かかる速度であり、同被告が中央線手前の一旦停止地点からUターンを開始して、ターンを終了するまでには、いくら長くても五秒はかからないと考えられる。したがつて、同被告は、少なくとも時速九〇キロメートルの走行車両までは確認できる距離まで前方を確認し、Uターンを行い、直進状態となつて走行中であつたのであり、原告車の時速一三五キロメートルという速度は到底予想し得ないものであつて、同被告に過失はなく、本件事故は原告の自招事故という他はない。

なお、本件における鑑定結果は、原告車が衝突後、路面滑走し、路側帯付近で停止したことを前提としているが、実際には、原告車は、被告車と衝突後、駐車場入口のブロツク塀に衝突し、その反動で路側帯付近まで滑走して停止したものであるから、前提を誤つており、また、原告の原告車からの身体の離脱時の速度を時速四三・四キロメートルとしているが、この速度により、原告が第一二胸椎脱臼骨折、胸髄損傷、第一二胸椎・第一腰椎棘突起骨折等の重傷を負つたというのは不自然であり、また、被告車の左後輪の歪み、フレームの歪み、スリツプ開始速度を算出する際の停止距離の見方、タイヤ路面摩擦係数の選び方などにも問題があり、信用性は低い。

(二) 原告の主張

鑑定結果によれば、本件事故におけるスリツプ開始時の原告車の速度は、七一・四キロメートルとされており、本件事故が原告車の時速一三五キロメートル以上という異常な高速運転により惹起されたとする被告らの主張に理由がないことは明白である。また、鑑定結果によれば、原告車が被告車に衝突した時の衝突角度を被告車の左後部に対し約一〇度前後であるとしており、同結果は、捜査段階における実況見分時の衝突角度と一致しているのであつて、本件事故が被告車の転回終了後、完全に南進状態となつた後に追突されて生じたとする被告らの主張と相反する結果となつている。いずれにせよ、被告らの主張は理由がない。

2  その他損害額全般(原告の主張額は、別紙損害算定一覧表のとおり)

第三争点に対する判断

一  被告の過失の有無及び過失相殺

1  事故態様等

乙第一号証の1ないし9、原・被告哲司本人尋問の結果及び鑑定人中原輝史による鑑定結果によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は、別紙図面のとおり、市街地にある南北に通じる片側二車線(幅員約六・三メートル)の道路上にあり、本件道路の両側には、幅約二・五ないし二・六メートルの歩道がある。本件道路は、終日駐車禁止であり、制限速度は時速四〇キロメートルに規制され、同道路の見通しは良好であり、路面は平坦で、アスフアルトで舗装され、本件事故当時乾燥していた。

被告哲司は、日曜大工店に買物に来て帰宅する途中、本件道路を北行方面から南行方面へUターンするため、被告車を運転し、別紙図面<1>から右折の方向指示器を点滅させ、同図面中央線手前でいつたん停止し、南行車線を走行して来る車両の有無、動静を確認したが、車両が見当たらなかつたので右にハンドルを切りつつ発進したところ、Uターンの終了間際、ルームミラーにより、約一八・三メートル後方の同図面<ア>から南進して来る原告車を発見し、急制動の措置をとつたが及ばず、自車左後部を原告車前部に衝突させた。

原告は、原告車を運転し、南行車線の東から二番目の車線を時速七〇ないし八〇キロメートルで走行中、停止していた被告車がUターンして来るのを約三〇・五メートルに接近して発見し、ハンドルを左に切り、急制動の措置をとつたが及ばず、自車前部を被告車左後部に衝突させた。

右衝突後、原告は、滑走後別紙図面<イ>の地点に転倒し、原告車は、路面を滑走して同図面<ウ>の地点に停止し、右前フオーク擦過痕、左右マフラー擦過痕、給油タンク擦過痕の損傷が生じ、また、路面には原告車のスリツプ痕約一八・五メートルが、また、衝突地点から歩道まで原告の転倒擦過痕が生じた。

右認定に反する原告・被告哲司の供述は信用できない。

2  被告らの主張についての検討

(一) 被告らは、原告車の速度は時速一三五キロメートル以上と推測され、かかる高速度でUターンを終了した被告車に衝突したものであるところ、被告哲司は、本件事故現場でUターンしようとして、一旦中央線付近で停止し、進入しようとする反対車線の左前方約一二〇メートル付近にある歩道橋まで見通して、反対車線に歩行車両の存しないことを十分確認した上で反対車線に進入したところ、原告車が時速一三五キロメートル以上の猛速度で突つ込んできたため、Uターンを終了して南進直進中の被告車に衝突したものであり、同被告の確認した一二〇メートルという距離は、時速九〇キロメートルの速度でも五秒以上かかる速度であり、同被告が中央線手前の一旦停止地点からUターンを開始して、ターンを終了するまでには、いくら長くても五秒はかからないから、同被告は、少なくとも時速九〇キロメートルの走行車両までは確認できる距離まで前方を確認し、Uターンを行い、直進状態となつて走行中であつたのであり、原告車の時速一三五キロメートルという速度は到底予想し得ないものであつて、同被告に過失はなく、本件事故は原告の自招事故という他はないと主張する。

また、証人平井良和は、要旨「南行車線の先頭を走つていたところ、ガソリンスタンドの所の信号を渡つて間もなく、高速のバイクに追い抜かれた。私は、左側車線のやや左寄りを走つており、そのバイクは右側の車線を追い抜いていつたと思う。その時の私の速度はメーターを見たところ、時速約五五キロメートル位であつた。そのバイクは異常な速度であり、事故を起こすなと思つた。警察官に原告車の速度について時速一〇〇キロメートル以上、一二〇から一三〇キロメートル出ているのではないかと言つたのは、長年バイクに乗つている経験から言つたものであり、私の推測である。」と証言しており、警察段階での供述(乙第三号証)でもほぼ同趣旨の供述をしている。

(二) しかし、右証人平井良和の証言は、追越された瞬間の原告車の加速が相当高速であつたことをうかがわせるものではあるが、その証言する数値自体かなりの幅のある数値であり、客観的裏付けをもつものではないこと、原告車に追越され、衝突音を聞いたという各位置の特定は、時速五五キロメートルの速度で走行中になされたものであるが、同速度を秒速に換算すると一五メートル余であり、一秒間で少なくとも一五メートルを超えて走行位置が移動していた上、走行時、運転者の注意は前方に奪われるのが通例であるから、自車がいずれの位置を走つているかを正確に確認しながら走行していることは極めて考えにくいこと、証人平井自身、当法廷で現認した場所の特定に関し「正確にここでという特定はできないと思いますが、私も走りながらですし、前方を注意しながら左右の確認もして走つているので、大体この当たりだつたということで、後で目標になる所を説明したということです」と述べ、特定の正確さには問題があることを自認していること(同人証言調書一三一項)、右地点の特定をしたのは、本件事故直後ではなく、同事故から約二週間後に被告ら代理人と初めて会つた時であり、警察に赴く前に本件事故現場で被告ら代理人と話合いながら特定し、その後、警察に赴き、今日に至るまで一貫した供述を続けているのであり、記憶の変容の可能性ないし被告ら代理人との話合いの中、観察がそもそも不正確であつたのにあえて位置を特定しているうちに、真実その地点で追い抜かれ、衝突音を聞いたと誤信してしまつた可能性を否定できないことなどを考慮すると、同証人の証言は、にわかに信用できない。

(三)(1) 右原告車等の速度に関し、被告らの申請により当裁判所が採用した鑑定人中原輝史は、原告の原告車からの離脱速度から原告車の被告車への衝突速度を求め、さらに原告車のスリツプ開始速度を求めるという手法を採用の上、原告が原告車から離脱した時の速度は時速約四三・四キロメートル、原告車の被告車の左後輪へ衝突した時の速度は時速約四七・八キロメートル、衝突角度は一〇度前後程度、原告車のスリツプ開始速度は時速約七一・四キロメートル、本件衝突時の被告車の速度は時速約一四キロメートルであると鑑定しており、また、同鑑定人は鑑定にともなう誤差について、せいぜい一〇パーセント以内であると証言していること(同人証人調書三四丁表ないし三五丁裏)を考慮すると、原告車のスリツプ開始時の速度は、右誤差を考慮し多めに認定しても時速八〇キロメートル程度であり、それを超えるものではないと認めざるを得ない。

(2) 右認定について、被告らは、被告車は、本件事故後、ブロツク塀に衝突し、その反動で別紙図面<ウ>まではねかえつたのであり、右鑑定の前提となる事実に誤りがあると主張する。

しかし、乙第一号証の3(実況見分調書現場見取図)によれば、衝突地点からブロツク塀へ向かい滑走痕が印されてはいるが、仮に右滑走痕が客観的事実と符合するとすると、原告車は滑走後、同図面の駐車場の中に入り込むか、同駐車場のブロツク塀に衝突したとしても、同駐車場出入口の南側の塀に衝突し、同車が転倒していた同図面<ウ>よりは南方に停止するものと考えられる。したがつて、右滑走痕の記載をもつて原告車がブロツク塀に衝突し、その反動で同車が同<ウ>に停止したという事実を認めることは困難である(中原鑑定人が証言するように、右滑走痕は、現実に存在した滑走痕を図面上正確に反映させたものではないとみるのが相当である(同人証人調書四一丁表ないし四三丁表)。しかも、同鑑定人の証言のとおり、同<ウ>にはねかえる程の猛速度で原告車がブロツク塀に衝突したとすれば、同塀に何らかの痕跡が残るはずであるところ、かかる痕跡が残つていたことを示す証拠が何ら提出されていない以上、原告車がブロツク塀に衝突したことを認めるに足る証拠はないといわざるを得ない。

右に関し、被告らは、原告の身体が原告車とブロツク塀との間に挟まれればかかる痕跡は生じないし、かつ、検乙第四七、第四八号証の各写真によれば、ブロツク塀付近には、右衝突の痕跡として歩道上に原告車の油が流れた後が見られるという。しかし、原告の身体が原告車とブロツク塀との間に挟まれたことを認めるに足る証拠はなく、この点に関する被告らの主張は憶測の域を出ないし、右検乙号証の各写真によれば、歩道等に何らかの変色は認められるものの、右変色が生じた時期、経緯、原因等は不明であり、それが原告車の油の流失によるものであるとまでは断定できない。

(3) また、被告らは、原告車の衝突時の速度が時速四七~四八キロメートルであるとすると、原告がかなりの重傷を負つている事実と矛盾すると主張するが、中原鑑定人が証言するように人体に与えられる衝撃値は、転倒の仕方、人体と直角方法に働く速度いかんによつて異なるのであり(同人証人調書一七丁表ないし一八丁表)、同車の速度いかんで直ちに決まるものとは言えないから、右主張も採用できない。

(4) さらに、被告らは、運動量保存の法則に照らし、<1>原告車の衝突直前の運動量は、<2>原告車の衝突直後の運動量と<3>被告車左後輪に与えた運動量との和で求められるとし、<3>は、被告車の後輪の荷重三一〇キログラムと同車の横滑り時の速度(仮に時速五キロメートルと仮定)との積(310キログラム×1.39M/S=430.9キログラム・m/s)をsin10度で除することで求められ、<2>は原告車の質量と速度との積(245キログラム×13.26m/s=3248.7m/s)で求められ、<1>は、<2>と<3>との和で求められるから、それを質量(245キログラム)で割れば原告車の衝突直前の速度が出てくるとし、その場合の衝突直前の原告車の速度は時速八四・一二キロメートルとなり、被告車の横滑り時の速度を時速一〇キロメートルと仮定すると、衝突直前の原告車の速度は時速一二〇・五キロメートルとなるのであり、これから原告車がスリツプ痕をつける前の速度を算定すると時速九九・四九キロメートルないし一三一・七キロメートルとなると主張する。

しかし、右主張中、運動量保存の法則とは、「原告車の衝突直前の運動量と被告車の衝突直前の運動量との和は、原告車の衝突直後の運動量と被告車の衝突直後の運動量との和と一致する」という法則であり、これを変形するとすれば、「原告車の衝突直前の運動量=原告車の衝突直後の運動量+(被告車の衝突直後の運動量-被告車の衝突直前の運動量)」となるべきものであるから、被告車の左後輪に与えた運動量及び同後輪の車軸質量のみを基礎に右括弧内の運動量を算定することはそもそも失当であること、しかも、本件においては、原告車との衝突により、被告車に何らかの運動が生じた形跡はなく、力学的にみれば、原告車は固定壁に衝突し、角度を変えて滑走した場合に準じるとみるべきであるから、被告ら主張のような発想に立つなら、前記のような計算ではなく、衝突時の反発係数を想定し、衝突時に失われる運動エネルギーを検討し、衝突後の原告車の運動量を求めるのが筋となろうが、このような計算をすることは、仮定の上に仮定を重ねざるを得ず、わずかな数値の違いで結論にかなりの差が生じる可能性をはらんでいるため、相当性に疑問が残ることなど(例えば、運動量は質量と速度との積で求められるべきところ、右被告ら主張の被告車の車軸質量三一〇キログラム及び原告車の質量二四五キログラムの各数値は、鑑定書によれば「/G・kgf・s2/m」の単位が付された数値であり(鑑定書一四頁、一五頁と三四頁との対比)、九・八で除すことが必要なことなど)、様々な疑念があり、当裁判所としては、にわかに首肯できないものがある。

(3) そして、原告車と原告とが自動二輪車とその運転手の関係にあつて、原告の身体は、衝突時の衝撃により、エネルギーをほとんど喪失することなく原告車から離脱し、路面滑走したと推認するのが相当であるから、前記中原鑑定人が採用した、原告の原告車からの離脱速度を求め、原告車の被告車への衝突速度を求め、さらに原告車のスリツプ開始速度を求めるという手法には、前記のような車両同士の衝突により喪失する運動エネルギーを考慮する必要がないなどの点で十分な合理性があると考えられる。したがつて、前記被告らの主張は、いずれも採用できず、被告らが指摘する所論の点(前記の点以外にも、被告らは前記鑑定の合理性を論難するが、それらは被告らの誤解に基づくものと考えられる。)は右合理性を左右するものではないと解さざるを得ない。

3  被告哲司の過失、過失相殺

以上によれば、被告哲司には、北方から南方へUターンするに際し、南行方面への車両の有無、動静を十分に注意して確認して進行すべき注意義務があるのにこれを怠つた過失があり、民法七〇九条に基づき、本件事故により生じた損害を賠償すべき責任がある。乙第一号証の5によれば、被告十三夫は被告車の所有者であり、同車を管理していたことが認められるから、自賠法三条に基づき、本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

他方、原告には、原告車を運転中、制限速度を三〇キロメートル強ないし四〇キロメートル弱程超過する速度で進行し、かつ、Uターンしようとしていた被告車の動静に対する注意が不十分であつた過失がある。

両者の過失を対比すると、Uターンをしようとしていた被告哲司の過失が重いと言わざるを得ないが、原告の速度超過等の過失も決して軽いものとは言い難く、結局、本件事故の発生に関し、原告には四割の過失があるというべきであるから、後記本件事故により生じた損害から、過失相殺により同割合を減額すべきである。

二  損害(算定の概要は、別紙損害算定一覧表のとおり)

1  入院雑費(主張額二六万九一〇〇円)

前記認定のとおり、原告は、本件事故による傷害の治療のため、二〇七日間入院しているところ、弁論の全趣旨によれば、右入院中、雑費として一日当たり一三〇〇円が必要であつたものと推認される。したがつて、その間の入院雑費は、二六万九一〇〇円を要したものと認められる。

2  入院付添費(主張額一〇三万五〇〇〇円)

原告は、入院期間中、身体の自由がきかないため付添看護を要し、近親者が付き添つたところ、右付添看護費は一日当たり五〇〇〇円、計二〇七日間で一〇三万五〇〇〇円となると主張する。

しかし、兵庫医科大学病院、身休障害者福祉センクー附属病院の各診断書(甲第一号証の2、第四号証の1)においては、付添看護の要否は、空欄となつているかあるいは「要せず」とされており、他に右付添の必要性を認めるに足りる証拠はないから、右原告の主張は採用できない。

3  休業損害(主張額二〇六万円)

甲第七、第八号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和四一年一月三日に生まれ、本件事故当時二三歳であり、本件事故前の昭和六三年一〇月から平成元年九月までの間、勤務先である株式会社神丸基礎(以下「神丸基礎」という。)から、合計三六五万円の年収(給与・賞与)を得ていたことが認められる。

前記認定のとおり、原告は、本件事故による傷害の治療のため、同事故後、平成元年一二月一一日まで兵庫医科大学病院に入院し、同日から平成二年四月一九日まで身体障害者福祉センター附属病院に入院(入院日数合計二〇七日、休業日数は事故発生時が午後二時三五分であることを考慮すると二〇六日)したことが認められるから、その間、労働能力を喪失していたことが認められる。

したがつて、原告の休業損害は、次の算式のとおり、二〇六万円となる(一円未満切り捨て、以下同じ)。

3650000÷365×206=2060000

4  後遺障害逸失利益(主張額八二五三万〇一五〇円)

前記認定のとおり、原告は、昭和四一年一月三日に生まれ、本件事故当時二三歳、症状固定日である平成二年四月一九日当時二四歳であり、前記認定のとおり、原告は、本件事故前の年収を得ていたところ、弁論の全趣旨によれば、原告は、満六七歳まで稼働することが可能であつたものと推認される。原告は、前記認定のとおり、本件事故による後遺障害により、労働能力を完全に喪失したものと認められるから、ホフマン方式により中間利息を控除し(四四年の係数から一年の係数を差し引いた数値)原告の後遺障害逸失利益の本件事故当時の現価を算定すると、次の算式のとおり、八〇一九万三〇五五円となる(一円未満切り捨て、以下同じ)。

3650000×1×(22.923-0.9523)=80193055

5  将来の付添看護費(主張額四六一〇万一三二五円)

甲第三号証、四号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、退院後、自宅での生活に際し、家族による付添看護が必要と認めれるところ、右証拠及び弁論の全趣旨によれば、その一日当たりの費用は二五〇〇円と認めるのが相当である。原告の症状固定時(当時二四歳)の平均余命が少なくとも原告主張の五二年であることは当裁判所にとつて顕著な事実であるから、ホフマン方式により中間利息(五三年の係数から一年の係数を差し引いた数値)を控除し、将来の付添看護費の本件事故当時の現価を求めると、次の算式のとおり、二二四三万一九八七円となる。

2500×365×(25.5353-0.9523)=22431987

6  自宅改造費(主張額一六八万〇一一九円)

甲第六号証の1ないし21、第九号証、検甲第一ないし第八号証によれば、原告は、本件事故後、自宅で生活するための自宅改造費等として、エレベータ材料費、風呂てすり、マツト材料費として、一六八万〇一一九円を支出したことが認められるところ、前記認定の原告の後遺障害の内容・程度に照らすと、右支出は必要かつ相当なものであつたと認められる。

7  装具代金等(主張額二九二万三九六〇円)

甲第三号証、四号証の1、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、退院後、自宅での生活に際し、四年に一度程度の車椅子の買替えの支出(自己負担分)として二万五〇〇〇円の支出が必要なこと、排泄のため紙おむつ、カテーテル、ポリ袋等の支出が必要であり、弁論の全趣旨によれば、その一日当たりの費用は三〇〇円と認めるのが相当であることをそれぞれ認めることができる。原告の症状固定時(当時二四歳)の平均余命が少なくとも原告主張の五二年であることは当裁判所にとつて顕著な事実であるから、ホフマン方式により中間利息を控除し、将来の装具代金等の本件事故当時の現価を求めると、次の算式の合算額となるところ、車椅子の購入価格が値上がりする蓋然性を否定できないことを考慮すると、少なくとも原告主張の損害を認めることができる。

(車椅子買替費)

25000×(5年の係数+9年の係数+13年の係数+17年の係数+21年の係数+25年の係数+29年の係数+33年の係数+37年の係数+41年の係数+45年の係数+49年の係数+53年の係数)

(その他)

300×365×(53年の係数-1年の係数)

8  慰謝料(主張額入院慰謝料二五〇万円、後遺障害慰謝料二五〇〇万円)

本件事故の態様、原告の受傷内容(脊髄損傷を伴う重傷事案であること)・治療経過(入院二〇七日等)、後遺障害の内容・程度、職業、年齢及等、本件に現れた諸事情を考慮すると、原告の入通院慰謝料としては二二〇万円、後遺障害慰謝料としては二一〇〇万円が相当と認められる。

9  小計

以上の損害を合計すると、一憶三二七五万八二二一円となる。

三  過失相殺、損害の填補及び弁護士費用(主張額五〇〇万円)

1  前記認定のとおり、過失相殺として、本件事故により生じた損害から四割を減額するのが相当であるから、減額すると、残額は七九六五万四九三二円となる。

2  本件事故により、自賠責保険から傷害分として一二〇万円、後遺障害分として二五〇〇万円の損害が填補されたことは当事者間に争いがない。したがつて、前記損害残額から右を控除すると、残額は五三四五万四九三二円となる。

3  本件の事案の内容、本件事故後提訴に至る経緯、審理経過、認容額、主張額、その他諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁獲士費用としての損害は五〇〇万円が相当と認める。

前記損害合計に右五〇〇万円を加えると、損害合計は五八四五万四九三二円となる。

四  まとめ

以上の次第で、原告の被告らに対する請求は、五八四五万四九三二円及びこれに対する本件事故の日である平成元年九月二五日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれらを認容し、その余は理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大沼洋一)

損害算定一覧表交通事故現場見取図

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