大阪地方裁判所 平成4年(ワ)11057号 判決 1995年7月05日
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 申立
一 被告は、原告武智基教に対し、一億六五六〇万八八二五円及び内金一億六一六〇万八八二五円に対する平成二年二月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告武智興産株式会社に対し、二〇八〇万六二五〇円及び内金二〇三〇万六二五〇円に対する平成元年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、原告武智基教(以下「原告武智」という。)が、証券会社である被告自身又はその従業員である黒田寛泰(以下「黒田」という。)の違法な勧誘を受けて、同原告個人及び原告武智興産株式会社(以下「原告会社」という。)代表者としてワラントを買い付けた結果、原告らがそれぞれワラント買付代金及び弁護士費用相当額の損害を被ったとして、被告に対し、民法七〇九条又は同法七一五条に基づき、損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実等
1 (当事者等)
原告武智は、大学の経営学部を卒業後、松下電器産業株式会社に勤務した後、平成元年七月に同人の家族三名を従業員として不動産賃貸管理業を営む原告会社を設立し、その代表取締役を務めているものであり、本件取引当時五〇歳であった(原告武智本人)。
被告は、証券業を業とする外国法人であり、その従業員(外務員)である黒田が、被告名古屋支店において、原告らの担当者としてワラントの勧誘、取引にあたった。
2 (ワラント)
ワラントとは、昭和五六年の商法改正で発行が可能となった新株引受権付社債(ワラント債)の、新株引受権部分又はこれを表章する証券をいう。新株引受権とは、発行時に定められた一定の期間(権利行使期間。発行後四、五年が多い。)内に、発行時に定められた一定の価格(権利行使価格)で、所定の機関を通じて代金を発行会社に払い込めば、発行時に定められた一定の数量(権利行使株数)の新株を取得することができる権利である。社債部分と新株引受権部分を切り離すことのできるいわゆる分離型ワラント債においては、ワラントが社債部分と切り離されて独立の取引対象とされる。
3 (本件ワラント取引)
(一) 原告武智は、黒田の勧誘を受け、平成元年八月から平成二年二月にかけて、以下の外貨建てワラントを被告から買い付けた(以下、これらのワラントを総称して、又は個々のワラントを「本件ワラント」と呼ぶ場合がある。)
① 平成元年八月二一日
銘柄 本田技研
買付額 一七九三万七五〇〇円
権利行使期限 平成五年二月二六日
② 同月二九日
銘柄 アサヒビール
買付額 一四四九万五〇〇〇円
権利行使期限 平成五年八月四日
③ 同年一二月一九日
銘柄 三菱商事
買付額 一九七八万七六二五円
権利行使期限 平成六年四月一四日
④ 同日
銘柄 三菱石油
買付額 五六八四万四四五〇円
権利行使期限 平成五年一月二〇日
⑤ 平成二年一月三〇日
銘柄 三菱電機
買付額 三五八七万五〇〇〇円
権利行使期限 平成五年三月一八日
⑥ 同年二月一四日
銘柄 大信販
買付額 一六六六万九二五〇円
権利行使期限 平成五年三月一八日
①ないし⑥の買付合計額
一億六一六〇万八八二五円
(二) 原告会社は、黒田の勧誘を受け、次のとおり外貨建てワラントを被告から買い付けた(これも、以下「本件ワラント」と呼ぶ場合がある。)。
⑦平成元年一二月二九日
銘柄 三越
買付額 二〇三〇万六二五〇円
権利行使期限 平成五年五月一九日
4 (本件以外のワラント取引)
(一) 原告武智は、平成元年一二月一四月、日本鉱業ワラント一〇〇口を約二二七五万円で買い付け、平成二年五月一六日これを売却して、約一五四万円の損失を被った。
(二) 原告会社は、
①平成元年一一月一〇日三菱石油ワラント二〇〇口約四五八五万円を買い付け、一二月一九日売却して、約九〇三万円の利益を得た。
② 同年一一月二一日、三菱商事ワラント三〇〇口約四五一〇万円を買い付け、一二月一九日に一〇〇口を売却し、約三七五万円の利益を得たが、翌二年六月七日に残りの二〇〇口を売却して約六五八万円の損失を被った。
③ 平成元年一二月一四日、日本鉱業ワラント二〇〇口約四五五一万円を買い付け、翌二年五月一六日売却して、約三〇八万円の損失を被った。
④ 平成元年一二月二九日、丸井ワラント一〇〇口約二〇六六万円を買い付け、翌二年六月七日売却して、約七五九万円の損失を被った。
5 (本件ワラント取引による損失)
本件各ワラントは、いずれも原告らが権利行使をすることも他に売却することもないまま、前記3に記載のとおりの権利行使期間を経過した。
二 争点
1 被告の責任の存否
(原告ら)
(一) 個人投資家へのワラント勧誘の違法性
ワラント取引は危険性が高く難解であり、流通市場の整備も皆無であったといってよい。このようなワラントの問題点をすべて理解した上、自ら積極的に、証券会社と相対して取引を行うことを望む者以外は、証券取引における「自己責任の原則」の主体たりえない。個人投資家は、このような「自己責任」の主体たりうる条件に合致しないものであり、右のような状況の下で、周知性のない商品であるワラントを証券会社が個人投資家に販売すること自体、証券業界・発行会社が、組織的計画に個人投資家に無差別大量販売したことによるいわば構造的・集団的違法行為の蓋然性が高いと認められるものであるから、後述するような特段の事情を被告が立証しない限り、事実上違法と推定すべきである。
(1) 個人投資家側の事情要件として、①理解力及び資金力その他の投資の適合性を備えた個人投資家が、②証券会社より勧誘のない時点で自らワラントという商品を知り、③ワラントの危険性や仕組み等を研究して十分理解し、④個人投資家の方から積極的にワラントの買付を証券会社に、⑤銘柄・ワラント数を特定して申し込んだこと
(2) 証券会社側の事情要件として、①証券会社は取引成立以前にワラント専用の顧客カードを作成し、②取引開始基準に適合するかどうか慎重に判断し、③然る後、証券会社が十分危険性や仕組み等説明し、ワラント取引の説明書も交付し、④個人投資家が理解しているかどうか確認した上で、ワラント取引確認書を取っており、⑤更に、ワラント取引をするについて、証券会社の説明から取引成立までの熟慮期間を置いていること
(二) 適合性原則違反
(1) 証券取引における自己責任の原則は、その大前提として、顧客が当該取引を自己の責任において行いうるだけの能力、経験、資力等当該取引に適合する顧客自身の条件(適合性)も当然必要となる。したがって、巨大な力と能力を有し、顧客に対して忠実義務、善管義務を負う証券会社は、勧誘にあたって、「顧客の知識、経験及び財産の状況」(証券取引法五四条一項一号)といった顧客の適合性を慎重にチェックした上で、顧客が適合する取引への勧誘のみをなすべき義務を負う。
何が適当か不適当かは、①投資者が投資を始めた契機を参考にしつつ、ハイリスクハイリターンを狙うものかローリスクローリターンを目的にするものか、集中投資をあえて望むのか分散投資を望むのかという、投資者の意向に沿ったものかという点、②投資者の年齢、職業等から見て証券についての知識がどの程度あるかという点、③いかなる種類の証券投資にいかなる期間と回数の投資経験がどの程度あるかという点、④投資に回せる余裕資金がどの程度あるかという点等を総合的に判断して決することになる。
(2) (原告武智の意向)
原告武智は、黒田から突然勧誘電話を受けた平成元年八月当時、長年勤務していた会社を辞めて原告会社を興したばかりで、経営者として西も東も分からなかったころであり、証券投資でいわゆる財テクを図ろうなどとは考えたこともない状況であった。また、ハイリスクハイリターンのものを一獲千金的に当てようという気持ちも毛頭なかったし、必要に迫られてもいなかったし、投資戦略のあり方さえ知らなかった。
(3) (原告武智の投資知識、経験)
原告武智は、松下電器産業勤務中、商品の輸出の海外営業の仕事や内外価格差の調査等の細分化された業務を担当していただけで、企業金融や証券部門に関与したこともなかったし、仕事以外の社会経験も投資判断能力とは無縁のものばかりであった。
投資経験についても、昭和五七年から平成元年初めまで約六年間ナショナル証券と現株取引をしたのみであったし、その取引回数も年に数回程度であった。
(4) (原告らの投資状況)
原告武智は、合計一億八四三二万円(一万未満切捨て。以下同様。)のワラント取引をしているが、新株引受権を行使する際には通常その五倍の買付代金が必要となるので、九億二一六〇万円の取引があったと同視できる。また、ワラント取引額は、原告武智の全買付額四億二七四三万円の43.1パーセントという異常なほどの高率を占めている。
原告会社も、合計一億七七四二万円のワラント取引をしており、その五倍の八億八七一〇万円の取引があったものと同視できるうえ、全買付額中ワラント取引の占める比率が55.6パーセントを占めている。
ワラントは、本来プロの投資家が投資商品の中の投資戦略(ポートフォリオ)の一部に組み込んでリスクを分散させ、全体の投資戦略に影響のない程度の比率で買い付けるものであって、素人の個人投資家が43.1パーセントもの買付比率で、一億八四三二万円もの巨額のワラントを買い付けるというのは、ワラントの性格を理解していればするはずのない取引である。
(三) 説明義務違反
(1) ワラントは、①証券不祥事発覚までは周知性もなく、②仕組みが難解で、③値動きが激しく行使期限後は無価値になるなど投資金額すべてを失う危険性があり、④相対取引であり、市場集中主義の外に置かれ、価格形成が不透明であることなどから、被告は、事前に説明書を交付し、確認書を徴求したうえ、最低、以下の①ないし③の各項目について、投資家に十分納得いくまで説明し、理解させる義務があるというべきである。
① ワラントの内容・仕組み
ワラント一般及び各銘柄の行使価格、譲渡価格、行使株数、行使期間、市場株価との関連性の見方、価格の知り方
② 危険性
ワラント一般の行使期間、行使期間後の紙くず化、価格変動の激しさ、価格及び価格形成の不透明性
なお、相対取引であることは、(A)公開の市場で取引がされず、(B)証券会社の言い値で価格が決められ、(C)投資判断がしにくいという特徴を持つから、相対取引であるという取引態様明示義務違反は、投資者の自由な判断を阻害し、不用意に危険な取引をさせる原因の一つであり、ワラント勧誘時にこれを明示すべきである。
③ 当該銘柄の内容についての説明
しかるに、黒田は、原告本人であり、原告会社代表者である武智に対し、買付金額以外説明をほとんどしていないし、危険性についてまったく説明せず、相対取引であることも明示しなかった。
かえって、専ら当該銘柄の企業業績を強調して、株式と同じような投資判断で足りるかのように誤解させた。
(2) ワラントは、投資家保護のための情報開示が不十分であるから、被告は、外国証券の発行者の資料、重要資料の閲覧提供をする義務、証券取引法上企業開示の制度がなく投資判断に困難を伴うことを予め説明する義務があるのに、これらをいずれも果たしていない。
(四) その他の不当勧誘行為
(1) 断定的判断の提供
ワラントは危険性を有する商品なので、断定的判断の提供を絶対にしてはならない。
しかるに、黒田は、原告らに、必ず儲かる、今が買い時だと言って、本件ワラントを勧めた。
(2) 過当勧誘・過当取引
適合性原則からみて、証券取引を顧客に勧誘するに際しては、顧客の財産状態や投資目的等を勘案し、適切な投資勧誘をすることが求められており、これを無視した過当な数量の投資勧誘は禁止されている(健全性省令三条六号、七号、公正慣習規則九号七条)。
本件ワラント取引は、前記(二)(4)のような取引金額、比率からすれば、明らかに原告らの資力、投資知識、投資傾向に不適合な、自殺行為的な無謀な投資であるという他ない。
(3) 一任取引・事後承諾の押しつけ禁止
本件は銘柄数量について証券会社主導で取引がなされており、事実上の一任取引である。
(五) 目論見書交付義務違反等
(1) 本件ワラントは、いずれも還流ドルワラント(国内で取引される、日本の企業が海外において発行したドル建てワラント)である。
これらは、証券会社が不特定多数の個人投資家に売り出していたものであるし、大口顧客に対する損失補填を伴う取引でなく、通常の価格で販売をしているとすれば、均一の条件で売り出されていると考えるべきである。また、日本の証券会社が計画的に、発行計画の段階より、ワラント部分を大量に日本に還流させ、事情を知らない個人投資家に販売する目的で、募集、売出しについての国内法の規制を逃れるために海外でワラントを発行し、日本に持ち込んで販売するなど一連の行為を行った脱法的なものであり、その実態は実質的に証券の売出しに他ならない。
したがって、証券会社の行う還流ドルワラントの国内販売は、目論見書を必要とする(証券取引法上の)売出しにあたると解釈すべきである。
大蔵省も、平成二年二月一日通達により、外貨建てワラントについても有価証券届出書を提出させることとしたが、これによる一応のディスクロージャー(企業内容等の開示)の手当てができる以前においても、甲七七号証の目論見書にある、「本件ワラント債、エクスワラント(社債部分)、ワラントのいずれも日本において、又は日本の居住者に対して、直接間接を問わず、提供、販売、交付されてはならない。」という記載は、証券取引法上の趣旨を踏まえたものとして、これに反した場合には、証券取引法の投資家保護の理念に明確かつ重大に違反するとすべきである。
(2) 発行日前の国内でのワラント取引
調印日より前の勧誘は、募集届出前の勧誘として明白な違法である。
本件アサヒビールワラントは、ローンチ(ワラントの発行量及び発行条件が決定される日のこと)八月一一日、調印日同月二一日ころ、約定日同月二九日であるところ、八月二一日より前は既発債として扱われない上、新発債としての募集届出もしていないのであるから、この時点で勧誘することは、証券取引法四条に違反し、許されない。
(被告)
(一) 原告らの主張(一)(個人投資家へのワラント勧誘の違法性)に対して
ワラントは、同額の資金で株式の現物取引を行う場合に比べると、より多額の利益を得られることもある反面、投資資金全額を失うこともある危険性を併せ持つが、株式の信用取引や商品先物取引に比べると、少ない投資資金と少ないリスク(リスクは投資金の限度に限定されている。)で同等程度の投資効率を期待できるという利点もあるのであるから、証券会社及びその使用人は個人投資家に対してワラントの買付を勧誘してはならないとの注意義務を負うということはできない。
(二) 同(二)(適合性原則違反)に対して
原告らは、積極的にワラント取引を行ったものであり、また、大学経営学部を卒業後松下電器に二八年間勤務し、その間海外営業を担当して退職時には課長の地位にあり、退職後は自ら原告会社の社長の地位についているという原告武智の経歴、地位及び宝塚で有数の資産家であるという紹介者の言、当初から直ちに六〇〇〇万円以上の現金振込ができる財産状況を考慮すると、原告武智はワラント取引を十分理解しうる知識と財産を有していたということができる。仮に、原告らが取引の資金を借入によっていたとしても、黒田は、そのような事実を取引の間に知らされていなかったし、知るべき事情もなかった。
(三) 同(三)(説明義務違反)に対して
被告は、ワラントの内容、仕組み、危険性並びに銘柄の内容及び値動きについて、原告らの自己責任の原則を認めるに十分な説明をした。
(1) 黒田は、原告武智のワラント取引開始前である平成元年八月七日にワラントの簡単な説明をしたうえで、日本証券業協会発行の「外国新株引受権証券(外貨建てワラント)取引説明書」(以下「説明書」という。)、「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(以下「確認書」という。)、「外国新株引受権証券取引口座設定約諾書」(以下「約諾書」という。)及び説明用資料として東京金融情報センター発行の「ワラント投資の仕組みと投資妙味」と題するパンフレットを交付した。
(2) 更に、原告武智がワラント取引をしたいとの意欲を示したので、同年八月一一日、再度原告会社の事務所で原告武智と会って、主に「ワラント投資の仕組みと投資妙味」を使用したり、表を書いたりして、ワラントの性質、取引の仕組み及び危険性等について、かなり詳細に説明し、同原告が署名した確認書と約諾書を受け取った。
(3) なお、相対取引であることについては、相対取引であることを事前に明示しなくても、少なくとも原告らの損害との間に因果関係はない。
(四) 同(四)(その他の不当勧誘行為)に対して
(1) 同(四)の(1)及び(3)(断定的判断の提供による勧誘、一任取引・事後承諾の押しつけ禁止違反)について
原告らの主張するような事実はない。
(2) 同(四)の(2)(過当勧誘・過当取引)について
原告らは、当初から積極的にワラント取引を希望して、被告との取引を開始したが、黒田は、ワラントだけに偏らないよう、現物株やファンドの勧誘も行っている。
原告らは、被告とのワラント取引の過程において、一時的には二〇〇〇万円を超える利益を計上しており、右の事実を考慮すれば、回数金額とも過当とはいえない。
(五) 同(五)(目論見書交付義務違反等)に対して
ワラント取引に際して目論見書を交付すべき義務はない。
平成元年八月のアサヒビールワラント発行時には公募によらない販売方法がとられていたものであるし、被告は、ワラント債を国内に持ち込み、ワラント部分と社債部分に分離して国内の投資家に販売した事実もない。
2 損害
(原告ら)
(一) 原告武智分
(1) ワラント購入代金
一億六一六〇万八八二五円
(2) 弁護士費用 四〇〇万円
(3) 合計一億六五六〇万八八二五円
(二) 原告会社分
(1) ワラント購入代金
二〇三〇万六二五〇円
(2) 弁護士費用 五〇万円
(3) 合計 二〇八〇万六二五〇円
3 過失相殺
(原告ら)
証券取引にいわゆる自己責任の原則が妥当するためには、投資家が適切な情報が与えられさえすれば自ら投資判断をなしうる者であること、投資家が投資判断の前提とする情報の完全性、正確性が確保されていることを基本的な前提とするが、原告らはそのような投資知識、経験を有するものではないし、ワラント取引は右のような情報開示を欠く取引であり、自己責任の原則は妥当せず、過失相殺をなすべきではない。
第三 争点に対する判断
一 前記争いのない事実に証拠(甲一七、四五の一ないし五、四六の一ないし五、四七、六八、七〇の一ないし六、乙一ないし四、五の一ないし六、六の一ないし八、七の一及び二、八ないし一一、一二の一ないし五、一三の一ないし一〇、一四ないし一六、一七の一ないし五、一八の一及び二、一九の一及び二、二〇の一及び二、二二の一ないし三、二三の一ないし八、二五、二六、二七、二八の一及び二、二九、原告武智、黒田証人)を総合すれば、以下の事実が認められる。
1 原告武智の投資経験等
原告武智は、昭和一四年生まれの男性で、大学経営学部を卒業後、松下電器産業株式会社に二八年間勤務し、価格内外格差の調査業務や輸出等海外営業業務等を担当した。平成元年七月二一日から、不動産賃貸管理業を営む原告会社の代表者として経営に携わっている。
原告武智は、昭和五七年ころから平成元年初めころまで、ナショナル証券株式会社と現物株式の取引を行っていたが、ワラント取引の経験はなく、特にワラントに関する知識もなかった。
また、本件ワラント取引後の平成二年四月ころから、野村証券株式会社と証券取引を開始した。
原告らは、本件ワラント取引を含む証券取引の原資に、不動産を担保とする金融機関の融資を利用していた。
なお、被告においては、新規顧客勧誘マニュアルとして、「金融資産ベースで一〇〇〇万円以上持つ人」、「商品によっては、そういう経験を有する人」、「リスク商品については、リスクを確認している人」等という点をチェックすることになっていたが、黒田は、原告らの資産、収入、投資に当てる余剰資金、投資経験、投資知識、投資目的等について、原告武智本人に直接尋ねたことはなかった。
黒田は、原告武智の投資経験及び知識に関して、同原告が「松尾からいろいろ説明も聞いている。大体分かっている。」と述べていたと証言するが、一方で、「松尾のやっている取引は何か。」と同原告が黒田に尋ねたとも証言しており、同原告が松尾敬(以下「松尾」という。)から証券取引について特に説明、指導等を受けて、事前にワラント取引に関する知識を得ていたとまでは認められない。
2 本件ワラント取引前の原告武智と被告の取引
(一) 平成元年八月一、二日ころ、原告武智は、知人である松尾の紹介で黒田と知り合い、黒田から証券取引の勧誘を受けるようになった。松尾は、当時黒田を担当者として、被告とワラント取引を含む証券取引を行い、利益を上げていた。
(二) 同年八月二日、黒田から原告武智に電話(両者が電話で話すのは二度目になる。)があり、黒田が新規発行のリンナイの転換社債を勧め、利率、転換価格、発行数量、償還日等について、被告の担当者が作成した資料を読み上げて説明したところ、原告武智は、直ちにこれに応じてリンナイの転換社債一〇〇万円を購入し、被告に一〇〇万円を差し入れた。
なお、原告武智は、何の説明も受けていないと供述するが、松尾に紹介されたとはいえ、一度電話で挨拶を交わした程度の黒田から、初めての取引勧誘であるのに、抽象的に儲かるといわれただけで取引を承諾するとは考え難いから、右の供述はにわかに信用することはできない。
(三) 黒田は、続いて、日本銀行の出資証券(以下「日銀出資証券」という。)を勧め、同月七日に原告武智、松尾及び黒田の三人が神戸のポートピアホテルで会った際に、日本銀行の損益計算書、貸借対照表、事業概況を見せて、同銀行の資本金、額面金額、配当金、一〇〇口の買付金額といった基本的事項の説明を簡単に行うなどし、さらにその後も電話で購入を勧め、同月一一日に黒田が原告会社事務所を訪ねたころには、原告武智も買付の意思を持つようになり、同月一八日までに、日銀出資証券一〇〇口を六八八四万三七六二円で買い付ける旨黒田に意思表示し、同月一八日付けで右証券を買い付けた。
原告武智は、同月一一日までに、口座設定申込書(乙一)に氏名、住所、取引銀行口座を記入し、押印をして黒田に交付した。黒田は、これを被告名古屋支店に持ち帰って経理部に提出した。
右口座設定申込書の記載欄のうち、原告武智が記入をした部分の他は、黒田が後に自分で記入したが、同人は、記入にあたって、年収、他証券会社との取引等について原告武智に質問をすることなく、推測で記入した。
3 本件ワラント取引、並行取引の態様等
(一) 取引内容及び原告武智の取引態度等
(1) 原告武智は、平成元年八月から翌二年三月までの間に、黒田を通じて、被告と別表一記載のとおりの証券取引を行い、さらに原告会社の名義で、別表2記載のとおりの証券取引を行った。
別表1のとおり、この間の原告武智の被告における取引は、買付回数にして二一回で内ワラントが七回、買付代金累計は約四億二七四三万円であり、一回の取引金額は一〇〇〇万円を越すものがほとんどであった。これらの取引のうち、平成二年一月までに処分したものについては、同元年一二月二九日に処分した日銀出資証券を除いて、利益を得たが、同二年三月以降に処分したものは損となった。また、ワラント以外の現物株や転換社債は、概ね右取引期間内に売却しているが、ワラントについては、同年五月一六日に損を出して売却した日本鉱業ワラントを除く六銘柄の本件ワラントは、売却せずに保有したままになった。
また、別表2のとおり、原告会社の被告における取引は、買付回数にして九回で内ワラントが五回、買付代金累計は約三億一八六五万円であり、一回の取引金額は全て一〇〇〇万円以上であった(原告武智と原告会社の買付代金累計は右の約七か月間で七億四六〇八万円になる。)。これらの取引のうち、平成元年一二月に処分したテンプルトンファンドとワラント(三菱石油及び三菱商事の一部)は利益を出したが、同二年三月以降に処分したものは損を出し、三越ワラント(本件ワラントの一つ)は売却せずに保有したままになった。
(2) 原告武智は、株やワラントを購入するに際し、銘柄等の決定は、黒田の勧めに従うことが多かったが、松尾と相談して自ら銘柄を指定して購入したものもあり、他にも複数の友人の話を聞いて購入したものもあった。
原告武智の名義で取引をするか、原告会社の名義で取引をするかは原告武智が指定していた。
黒田は、日に数回、原告武智に電話連絡で、相場状況、ワラント市場動向等を報告していた。特定銘柄を勧める際には、会社四季報のコピーやゴールデンチャートブックスの週足線、ブルンバーグ(ロンドンのワラント取引状態に関する情報の入力されたコンピュータ)のワラントのグラフ等をファックスで送って、その業績、見通しの良いこと等を告げた。
(二) 本件ワラント取引開始にあたっての黒田の説明
(1) 黒田は、原告武智に日銀出資証券を勧誘したことから、電話で、近くアサヒビールのワラントが新規発行されること、被告のワラント担当者(トレーダー)が本田技研のワラントがロンドンで人気が出ていて面白そうだといっているなどと述べて、ワラントについても勧誘を始め、併せて、ワラントは、株式が一割上がると二、三割上がり、一割値下がりすると二、三割値下がりすることを簡単に告げた。
(2) 黒田は、平成元年八月七日から一一日ころにかけて、原告武智と会った際に、株価、パリティー価格、ワラント価格(ポイント)の連動の一例を示す表をメモ書きして見せるとともに、レバレッジ(梃子の作用)という言葉を使って、ワラント価格は株価と連動し、株価が一割上がればワラントは三割ぐらいは上昇する可能性があること、逆に一割下がれば三割値下がること、ただし、最大限投資金額に損が限定されること、行使期限まで二、三年のものは零になる確率が高いが、被告においては四年から五年の長期のもの、タイムバリューの長いものを扱っているので、株価に連動して二、三割値下がることがあっても、価格としては零にはならないということ、為替が円高に移ると予測され、為替差損が出る確率が高いと予測していること、最低一〇〇単位で取引をしてもらうので、最低一五〇〇万円から二〇〇〇万円の資金が必要であること、支払うべき金額の計算式を説明した。
さらに、「ワラント投資の仕組みと投資妙味」と題するパンフレット(乙一五)、社団法人日本証券業協会の作成した説明書(乙一六。ワラントが新株引受権証券であり、新株引受権付社債の発行後に社債部分から分離したものであることが冒頭に書かれ、ワラント売買の仕組みの他、ワラントが期限付の商品であり、権利行使期間が終了したときに価値を失うこと、ワラントの価格は理論上株価に連動するが、その変動率は株式に比べて大きくなる傾向があること、外貨建ワラントに投資する場合は外国為替の影響を考慮に入れる必要があること、このように、ワラントは多額の利益が得られることもある反面、投資金額に相当する損失を被る危険性を併せ持つことが記載されている。)を、説明は加えずに、読んでおくようにと原告武智に渡し、八月一一日ころ、約諾書(乙二)及び確認書(乙三。「私は、貴社から受領した『外国新株引受権証券取引説明書』の内容を確認し、私の判断と責任において外国新株引受権証券の取引を行います。」との文章が記載されている。)を原告武智から署名押印のうえ受領した。
しかし、被告においては、ワラント取引用の顧客カードは一般的に作成せず、口座設定申込書を流用していたので、原告武智についても、前記2(三)の口座設定申込書(ただし、取引経験等の記載は黒田の推測によるものであることは前記のとおりである。)を作成した以外に顧客カードは改めて作成することはなかった。
前記のパンフレット(乙一五)及び説明書(乙一六)の交付に関して、原告武智は、「約諾書(乙二)及び確認書(乙三)は、八月二二、二三日ころに郵送で受け取り、内容を読まずに署名押印して返送したが、右のパンフレット及び説明書は同封されておらず、その後も被告から渡されたことはない。」と供述するが、右確認書は、文面上説明書の交付を伴うものであり、わずか二行の文章を記載したものであるのに、他の書類(乙一、四等)については、内容を理解したうえで署名した同原告が、全く内容を見ず、あるいは見ても不審を抱かずに署名押印のうえ返送するなどということは到底納得し難いところであって、同原告の右の供述は採用できない。
また、原告らは、黒田が説明書(乙一六)の用紙の色を覚えていなかったことを指摘するが、複数の商品を扱う営業業務のうちの一つの説明書の用紙の色がそれほど印象に残るものとも思われず、また、ワラント取引を扱わなくなってから年月が経過していること等から考えて、直ちに原告らの主張を採用することもできず、乙三の確認書が存在することと、平成元年四月一九日に社団法人日本証券業協会の理事会決議によって外国ワラントの説明書の交付が義務づけられ、これに対応して日本証券業協会が説明書を作成して証券会社に頒布してその利用に供し、被告が平成元年五月一一日に一〇〇〇部申し込んだことが認められること(甲四六の一、乙一九の一、二、二八の一、二及び二九)、そして、右のように説明書一〇〇〇部を購入した被告ないし黒田がこれをあえて交付せずに確認書のみを徴求するべき理由も認められないことからすると、前記のパンフレット及び説明書の交付はあったものと推認される。
(3) 黒田は、以上の一般的なワラントの説明と併せて、アサヒビールのワラントを勧め、八月一一日ころに、原告武智からアサヒビールワラントの予約注文を受け、また、そのころ、本田技研ワラントについても同原告からの注文を受けた。
原告武智は、「右各ワラントの買付日より前にワラントの説明を受けたことはなく、初めてワラントについて勧誘を受けたのは、本田技研ワラントを買い付けた八月二一日の数分の電話であって、直ちに購入に応じた。アサヒビールワラントについても、買付日である八月二九日の電話で勧誘を受けただけである。」と供述するが、乙二二の一ないし三、二三の一ないし八、二七及び黒田証人の証言によれば、アサヒビールワラントについて八月一五日まで、本田技研ワラントについて八月一六日までに黒田が原告武智からの注文を受けたことが認められるのであって、これらの各証拠と対比して、右の供述は採用できない。なお、原告武智は、最初のリンナイの社債一〇〇万円の取引は即日の電話で取引を応諾しているが、六八〇万円以上を要した日銀出資証券に関しては、何度か勧誘を受け、決算関係書類を見せられるなどした後に取引に応じており、右のような取引態度からしても、一〇〇〇万円以上の資金を要する本田技研ワラント、アサヒビールワラントの取引において、ほとんど説明を受けないまま数分の電話勧誘だけで取引に応じたということも考え難い。
(三) その後の本件ワラント取引勧誘及び黒田の対応
(1) 原告武智は、八月二四日に日銀出資証券を買い付けたのを初めとして、原告会社名義でも被告と取引を開始した。
原告会社としての取引に必要な、店頭取引に関する確認書(乙一一)、口座設定申込書(乙八)、約諾書(乙九)及び確認書(乙一〇)は、八月二四日ころから一一月一〇日ころの間に、それぞれ郵送で原告武智から被告に送付された。
(2) 黒田は、本件ワラントを含むワラントを勧誘するに際しては、被告のワラント担当者が作成した推奨銘柄の行使価格、行使期限及び発行量等のデータを読み上げて説明した。
黒田と原告武智の電話連絡は毎日あり、本件ワラント等の値動きがポイント数で連絡された。
ところが、東京市場の株価は、平成元年一二月二八日ころ日経平均で最高値をつけた後下落に転じ、翌平成二年春以降急激な値下がりが始まった。これによってワラントが値下がりし、損が二分の一から三分の二位になった平成二年三、四月ころ以降は、黒田の値動きを知らせる電話はせいぜい週二、三回程度になった。
(3) 平成二年五月九日ころ、原告武智が黒田に本件ワラントの価格について問い合わせをしたところ、黒田は、各銘柄の株価グラフに原告らの購入時のポイント数と平成二年五月九日現在のポイント数及び一部コメントを書き込んだもの(甲七〇の一ないし六)を原告武智に送付した。その書き込みの内容は概ね株価の値上がりを期待する趣旨ととれるものであった。
(四) 原告らによるワラントの処分
(1) 原告武智は、自己の判断によって、原告会社名義で購入したワラントのうち、日本鉱業ワラントを平成二年五月一六日に、三菱商事及び丸井のワラントを同年六月七日に、それぞれ損切りして売却し、原告武智名義で購入したワラントのうち、日本鉱業ワラントを同年五月一六日に、損切りして売却した。
平成二年六月ころ、原告武智は、四月ころから取引を開始した野村証券株式会社の社員にワラントを保有していることを話した。
(2) 平成三年六月から七月にかけて、原告らは、保有していた本件ワラントを被告から野村証券株式会社に移管した。
4 ワラントの特質等
(一) 昭和五六年の商法改正(第二編第四章第五節第四款)によって、株式会社は新株引受権付社債(ワラント債)を発行することができるようになった。新株引受権付社債には、その発行後、新株引受権を分離することができない場合(非分離型)とこれを分離することができる場合(分離型)とがあり、後者の場合、新株引受権付社債から新株引受権だけを分離して流通させることができ、この権利を表章した新株引受権証券は証券取引法(二条一項六号)上の有価証券とされている。
(二)(1) ワラントの権利行使価格は、発行会社によって発行前に基本的に定められているから、その銘柄の株価が権利行使価格を上回っていれば、ワラントを行使することによって、一般市場で株式を取得するよりも、株式(新株)を割安に取得できる機会を得るが、株価が権利行使価格を下回っている場合、ワラントを行使する経済的意味がないことになる。
このように、ワラントの価格は、理論的には、新株引受権を行使して得られる利益相当額、即ち、当該ワラント債発行会社の株価から権利行使価格を差し引いた額を基に決定される(ワラントの理論価格で、パリティという。ワラント債額面金額に対する百分率で表す。)が、現実の市場では、将来における株価の上昇を期待して、右の額にプレミアム(将来における株価上昇の期待値)が付加された価格で取引されている。
(2) したがって、ワラントの価格は、当該銘柄の株価の上下に伴って上下する(外貨建てワラントの場合は、更に為替変動の影響が加わる。)が、一般的にワラントの価格は、当該銘柄の株式の数倍の幅で上下する傾向がある(ギアリング効果)ので、少額の投資により株式売買の場合と同等以上の投資効果を挙げることも可能である反面、値下がりも激しく、場合によっては投資金額の全額を失うこともある。ただし、その損失は投資額に限定され、株式信用取引や商品先物取引のように投資資金以上の損失を被ることはない。また、株価が権利行使価格未満で低迷しかつ権利行使期間内に株価が再び権利行使価格を上回ることがないことが確実になったときは、その終了を待たずワラント価格は零になり、結局、そのまま権利行使期間の終了を迎えてワラントの権利が消滅することになってしまう危険性がある。
このように、ワラントは、同額の資金で株式の現物取引を行う場合に比べ、より多額の経済効果を得られることもある反面、投資資金全額を失うこともある危険性もある点で、ハイリスク・ハイリターンという特質を有するということができる。
二 本件ワラント取引の違法性
1 ワラント勧誘自体の違法性
原告らは、ワラントを個人投資家に勧誘することは、特段の事情を被告が立証しない限りそれ自体違法と推定される旨主張する。
しかし、商法が分離型新株引受権付社債の発行を一般に認めており、証券取引法も個人投資家へのワラント販売を禁止していないなど、法律上も個人投資家への流通が予定されていること、確かに、ワラントは、前記一4に認定したように、ハイリスク・ハイリターンという特質を有するが、株式信用取引や商品先物取引に比べると、少ない投資資金と限定されたリスクでこれらの取引と同等程度の投資効率を期待できるという利点も有し、その特質自体から個人投資家に適合しないとまでいうべき理由はない。そして、個人投資家という概念も必ずしも明確とはいえないが、個人の投資家であっても資産、取引に関する知識、投資傾向は種々なのであって、原告らの主張するように、一律に証券会社が個人投資家に外貨建てワラントの買付を勧誘することが原則として違法と推定されるということはできない。
2 ワラント勧誘における証券会社又はその使用人の注意義務
(一) およそ証券取引は、本来的に危険を伴うものであって、証券会社が顧客である投資家に提供する情報等も、経済情勢や政治状況等の不確定な要素を含み予測や見通しの域を出ないことがむしろ通常であるから、投資家自身においても、当該取引の危険性とその危険に耐えうる相当の財産的基礎を有するかどうかについて、証券会社の提供する情報や自ら収集した情報に基づいて、自ら判断したうえで、取引を行うべきことが期待されている(自己責任の原則)。
(二) しかしながら、証券市況に影響を及ぼす高度に技術化した情報が証券会社に偏在する一方で、多数の一般投資家が証券取引の専門家としての証券会社の助言等を信頼して証券市場に参入していること、証券会社が一般投資家に対し投資商品を供することによって利益を得る立場にあることからすると、証券会社が投資家に投資商品を勧誘する場合には、投資家が当該取引に伴う危険性について的確な認識形成を行うのを妨げるような虚偽の情報又は断定的判断等を提供してはならないことはもちろん、投資家の財産状態や投資経験に照らして明らかに過大な危険を伴うと考えられる取引を積極的に勧誘することを回避すべき注意義務を負うことがあるというべきであるし、また、一般投資家に複雑で危険性の高い取引内容を持つ投資商品を勧誘する場合には、勧誘を受ける投資家が当該取引に精通している場合を除き、信義則上、投資家の意思決定に当たって認識することが不可欠な当該商品の概要及び当該取引に伴う危険性について説明する義務を負うことがあると解すべきである。
(三) そして、証券取引法五〇条一項一号、五号及び証券会社の健全性の準則等に関する省令一条一号は、証券会社又はその役員若しくは使用人による断定的判断の提供、虚偽の表示又は重要な事項につき誤解を生ぜしめる表示等を禁止し、大蔵省証券局長通達「投資者本位の営業姿勢の徹底について」(昭和四九年一二月二日蔵証第二二一一号)及び財団法人日本証券業協会の規則や通達(公正慣習規則一号ないし九号等)等が、証券会社の投資勧誘に際しては、投資者の判断に資するため有価証券の性格、発行会社の内容等に関する客観的かつ正確な情報を投資者に提供すること、投資者の意向、投資経験及び資力等に最も適合した投資が行われるよう十分配慮すること(適合性の原則)、特に証券投資に関する知識、経験が不十分な投資者及び資力の乏しい投資者に対する投資勧誘については、より一層慎重を期することを要請し、また、各種の証券取引について取引開始基準を定め、当該基準に適合した顧客との間で取引を行うように要請し、あるいは、一定の証券取引については、契約を締結しようとする際、当該顧客に対し、あらかじめ所定の説明書を交付し、当該取引の概要及び当該取引に伴う危険に関する事項について十分説明するとともに、取引開始にあたっては、顧客の判断と責任において当該取引を行う旨の確認を得るものと規定していることなども、同様の趣旨に基づいたものということができる。
もっとも、これら法令、規則等は公法上の取引法規又は営業準則としての性質を有するに過ぎないから、証券会社の顧客に対する投資勧誘が、これらの定めに違反したか否かによって私法上の違法性の有無が直ちに決せられるわけでなく、不法行為や債務不履行における注意義務違反(違法性)の判断要素として考慮されるにすぎない。
3 以上に基づいて、本件ワラント勧誘において、被告又は黒田に前記2(二)に説示したような注意義務違反が認められるか否かを検討する。
(一) 原告らの適合性について
前記のとおり、証券会社の投資家に対するワラントの買付の勧誘が、その資力、投資経験、投資傾向等に照らして明らかに過大な危険を伴う取引に積極的に勧誘したものと評価される場合は、当該投資家の属性その他当該取引の具体的事情によっては、私法上当該勧誘が違法と評価されることがありうるというべきである。
本件においては、そもそも、被告との間で、原告武智と原告会社の二顧客としての取引が行われているが、原告会社の取引は、全て原告武智が原告会社代表者として行ったものであるから、原告らの適合性に関しては、実質的には(資力面の検討を除いて)専ら原告武智について検討すべきこととなる。
(1) 原告武智の従前の投資経験、知識等
原告武智の属性については、前記一1に認定したとおりであり、その投資経験について見ると、本件ワラント取引を開始する以前には、昭和五七年ころから平成元年四月ころまでの六年間、他の証券会社との間で現物株式取引を行っていたが、その後一時期は証券取引を行っていなかったところ、同年八月初めに黒田を担当者として被告と証券取引を開始し、本件ワラント取引までに、黒田の説明及び勧誘を受けて、一〇〇万円のリンナイの転換社債と七〇〇〇万円近い日銀出資証券を購入している。それまでにワラント取引の経験はなかった。
右の取引経験のみからは、必ずしも投資全般に精通しているとはいえず、他に原告武智に投資経験があったことを認めるに足りる証拠もないが、右に認定した取引経験からすると、被告との取引開始までに少なくとも現物株式取引については十分な知識と経験を有しており、一般的な証券投資の危険性等についてはある程度理解していたものであることは推認できる。
(2) 原告武智の投資の積極性及び原告らの資力
原告武智は、黒田との二回目の電話のやり取りで、その時推奨されたリンナイの転換社債の買付を決め、八月一一日ころには七〇〇〇万円近い日銀出資証券の買付を決め、さらに、数日以内に本件ワラントの一部である本田技研ワラント、アサヒビールワラントの買付を決めるなど、被告との取引開始直後から非常に高額の取引を繰り返している。このような高額の資金を要する取引を短期間に繰り返すことは、単に強い勧誘を受けたからという理由で可能になるものとは考えられず、原告武智の投資への積極性、資力の余裕を示すものというべきである。
原告らが投資資金を不動産を担保とする借入金によっていたことは前記一1に認定したとおりであるが、そのことだけから直ちに原告らの資力が本件ワラント取引に不適合であったと認めることはできず(そもそも短期間にそのような多額の資金を融通できたということからすると、原告武智が相当の資力の余裕を持っていたことがむしろ推測される。)、その他に、原告らの資力が本件ワラント取引に不適合であったことを認定するに足りる証拠はない。
原告らの投資傾向については、ほとんど黒田の推奨に基づいて商品を買い付けているが、ワラント以外には現物株、転換社債等の取引を行い、ワラントの他に特に投機性の高い商品(信用取引等)を扱っているものとはいえない。しかしながら投資金額、投資頻度は、前述の記載及び別表1及び2記載のとおりであって、相当投資に積極的であったことを窺わせるものである。
原告らがこのような窮めて積極的な取引を行ったことについては、黒田の勧誘によるところもあるかと思われるが、当初の取引から積極的に勧誘に応じ、多額の資金を投じていること、平成二年一月までの取引では、ほとんど利益を出していること等に照らすと、原告武智自身、当初から積極的な証券投資による利殖を望み、その投資がうまく行ったところから自信を得て、自らの意思で取引を進めていった面もあるものと推測される。
(3) 以上に検討したところからすると、本件ワラント取引が原告らに適合しない取引であったと認めるには足りないといわざるをえない。
なお、原告らは、原告らのワラント取引額が全買付額の43.1ないし55.6パーセントと異常に高率であったと主張するけれども、右の比率が異常に高率であることを認めるに足りる証拠はない。
(二) 説明義務違反について
(1) 前記認定のとおり、黒田は、平成元年八月一一日ころまでに、ポイント、パリティ等を説明するメモを書いて、原告武智に対し、ワラントの値上がり値下がりと株価変動との関係、行使期間についての説明を口頭で行い、後で読んでおくようにと言って、パンフレット(乙一五)及び説明書(乙一六)を交付して、ワラント取引確認書を徴求した。また、本田技研及びアサヒビールについての同原告の買付の意思表示までに、それらの銘柄の行使期間、行使価格等の資料を読み上げた。
(2) 黒田は、右の説明書やパンフレットの該当箇所を原告武智に示しながら説明することはしなかったことが認められるので、この点について検討する。
説明義務の履行としての説明の方法及び程度については、およそ当該投資家の投資経験、知識等の属性によって、説明書等の該当項目を指し示して個々説明する必要があるか、交付で足りるか等、要求される説明方法、程度は異なるというべきであるが、原告武智の学歴、社会経験、始めて四か月程とはいえ不動産業を自営していたものであることに、右の説明書(乙一六)はさほど大部のものでもなく、重要部分に下線を引くなどして注意を喚起しており、投資家がワラント取引の危険性等を理解するために必要な、必要最低限の情報は得られるような内容になっていることを併せ考えると、前示のように価格変動の関係、行使期間について一応の口頭の説明をしたうえで、後で読むようにと言って右の説明書等を交付した黒田の説明方法は、原告武智に対するものとしては一応合理的なものといえるから、黒田が説明書等の該当箇所を指し示さなかったからといって、その説明が説明義務に違反するものと評価するには足りない。
(3) また、原告らは、説明義務の一環として、外国証券の発行者の資料、重要資料の閲覧提供をする義務、証券取引法上企業開示の制度がなく投資判断に困難を伴うことを予め説明する義務があると主張するが、右の主張は、いかなる資料の閲覧提供義務を意味するものか、いかなる企業開示の制度の不存在を説明すべきものかが明確でないから、いずれも失当というべきである。
(三) その余の不当勧誘の主張について
(1) 断定的判断の提供については、本件全証拠によっても、通常のいわゆるセールストークの域を越えて断定的判断と評価すべき情報の提供があったことを窺わせる事実を認定するには足りない。
(2) 過当勧誘・過当取引の主張の意味するところは、適合性原則の主張と重なるものであるから、これに対する判断も前記(3)(一)のとおりである。
(3) 一任取引・事後承諾の押しつけ禁止については、本件ワラント取引において、ほとんどの場合、黒田がまず取引銘柄等について推奨していたものであることは認められるが、原告らがこのことのみをもって事実上の一任取引であると主張するものであれば、主張自体失当というべきであるし、本件全証拠によっても、一任取引又は事後承諾の押しつけと評価すべき事実を認めることはできない。
(四) 目論見書交付義務違反等について
(1) 原告らは、還流ドルワラントの国内販売は平成二年二月以前においても売出しにあたるものとして、目論見書交付義務等の証券取引法上の制約を受けるものと解すべきであり、これらに反する本件ワラント取引は、証券取引法の投資者保護の理念に違反するものとして不法行為を構成する等と主張する。
しかしながら、海外で発行されたワラント債から分離されたワラント部分の多くが国内に還流しているからといって、海外での発行が証券取引法に違反するということはできないし、国内での外貨建てワラント販売が証券取引法の脱法的行為であるということもできない(大蔵省は平成二年二月一日以降のユーロドル・ワラントの国内販売について有価証券届出書の提出を要請したが、これはユーロドル・ワラントの国内販売を脱法行為とみたからではない)。そして、従来外貨建てワラントの国内販売は、公募によらない方法がとられていたのである(乙一五)から、これを売出しと扱うべきであったとする理由はない。
(2) また、原告らの主張する甲七七号証の目論見書(そもそもこれは本件ワラントに含まれない銘柄のワラントのものであるが)の記載は、発行市場における募集、売出し等を念頭に置いたものであり、日本国内の流通に適用されるとは解されない。
(3) したがって、証券会社による還流ドルワラントの国内販売が証券取引法上の売出しにあたるものと解釈すべきであるとして、本件ワラントが目論見書交付義務等の証券取引ないしその理念に違反し、あるいは目論見書の記載に違反するが故に違法であるとの原告らの主張は失当である。
第四 結論
以上によれば、その余の点につき検討するまでもなく、原告らの請求は理由がない。
(裁判長裁判官 鳥越健治 裁判官 小林昭彦 裁判官 池町知佐子は、転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 鳥越健治)
別表<省略>