大阪地方裁判所 平成4年(ワ)6118号 判決 1994年4月15日
大阪府<以下省略>
原告
X
右訴訟代理人弁護士
齋藤護
同
田端聡
東京都中央区<以下省略>
(送達場所)大阪市<以下省略>
被告
岡三証券株式会社
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
大江忠
同
大山政之
主文
一 被告は原告に対し、金二四七万五二八五円及びこれに対する平成四年七月二九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その一を被告の、その余を原告の、それぞれ負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は原告に対し、金一三一六万七二四〇円及びこれに対する平成四年七月二九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告とワラント(新株引受権証券)等の取引をした原告が、被告従業員に原告に対する説明を怠るなどの違法行為があったことを理由に、被告に対し、民法七一五条の使用者責任の規定に基づき損害賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 被告は、有価証券の売買、有価証券の売買等の媒介等を業とする会社である。
2 原告は、昭和六一年四月頃被告刈谷支店と取引を開始し、昭和六二年八月頃には取引口座を被告国際ビル支店に移転して、被告と取引を継続してきた。平成元年頃の原告の担当は、被告国際ビル支店営業課員B(以下、「B」という。)であった。
3 原告の被告との間のワラント取引の内容は、次のとおりである。
(1) 平成元年一〇月二三日、ブリジストンワラントを四七ポイント(社債額面に対するワラントの価格指数)で一〇単位買い付け(代金三三四万八七五〇円)、同月三一日、これを五一ポイント、三五七万五一八七円で売却し、二二万六四三七円の利益を得た。
(2) 平成二年一月一〇日、大日本スクリーンワラントを三五ポイントで二〇単位買い付け(代金五一〇万八二五〇円)、同月一八日、これを三七ポイント、五三〇万四三八六円で売却し、一九万六一三六円の利益を得た。
(3) 同年二月七日、中山製鋼所ワラントを五四ポイントで一〇単位買い付けた。代金は三九二万八五〇〇円であった。
(4) 同月二七日、山善ワラントを二七ポイントで四〇単位買い付けた。代金は七八七万〇五〇〇円であった。
4 原告は被告から、平成元年一二月二〇日、ダイナミックポート八〇口を代金八〇万円で買い付けた。そして、平成五年一一月一五日、これを決済して、原告は被告から六二万一七六〇円の返戻を得た。
5(1) 昭和五六年の商法改正によって発行が認められた新株引受権付社債の別名をワラント債と呼び、このワラント債に表象される新株引受権のことをワラントと言う。ワラント債は、社債と新株引受権が一枚の証券となった形で発行されることもあるし(非分離型)、これが分離可能な形で発行されることもある(分離型)。後者の場合、分離されれば、新株引受権のみが独自の証券として流通する。そして、この証券のこともワラントと呼んでいる。本件の取引の対象となったワラントは、右分離された証券である。
(2) もともと、日本証券業協会は、分離型ワラントについて、流通市場の受入れ態勢が整備していないとして、その取扱いを禁止していたが、昭和六〇年一一月一日、日本国内でも分離型の発行が解禁となった。
(3) ワラントは、権利行使期間が経過すると全く無価値になってしまう危険性がある商品である。
(4) 本件で取引の対象となった外貨建てワラントについては、その価格が外国為替相場の変動による影響を受ける。また、国内の証券取引市場には上場されておらず、その取引は、殆どが国内の証券会社と顧客との店頭での相対取引でなされている実情にある。
二 争点
1 原告の主張
(1) 平成元年九月頃、原告はBから、電話で、「今度ワラントという商品が出て、社内で勉強会が開かれている。少しポイントが上がるだけで大きな利益が出る新商品です。自分もまだ分からないが、とにかく面白そうなので、いい話があればまた連絡する。」と告げられた。原告は、ワラントという言葉自体このとき初めて聞いたもので、ワラントにつき全く知識はなかったし、関心もなかった。その後、Bは、電話で、「すぐ売って儲かるものなので買っておきます。任せておいて下さい。」などと言って、具体的なワラントの銘柄を示しながらワラントの買付けを推奨した。Bは、ワラントについて全く説明しなかったが、原告は利益が出るのであれば構わないと考え、ワラントの性質、内容、取引の態様及び危険性について全く理解のないままBの提案を了解し、本件の各ワラント取引をした。
(2) 平成元年三月頃以降、原告はBに対し、電話で、中山製鋼所及び山善ワラントの価格推移について質問したが、Bは、まだ利益を出すまでにポイントが上昇していないので、しばらく様子を見ようと言うのみで、ワラントが危険性の高い商品であることを説明せず、早期に処分しようとの意見も述べなかった。
(3) 原告は、被告からワラントの取引説明書の交付を受けていない。
(4) Bは原告に対し、平成元年一二月二〇日、投資信託の一種であるダイナミックポートを推奨した際、この商品は元本割れの危険性があるのに、これを秘して、「たまには貯金しましょう。あくまで貯金ですから、絶対損はしません。」と虚偽の事実を告げ、原告をして、右商品が元本が保証される確定利回りの商品であると誤信させた。
(5) (Bの不法行為)
①(適合性の原則違反)
ワラントは、瞬時に元本全部の損失を招くおそれのある極めて投機性の高い商品であり、取引の仕組みが複雑で不透明であること等からすれば、そもそも原告のような一般投資家に適合しない商品であり、また、原告を含む一般投資家には、ワラントの特性を理解し、その複雑な値動きを分析、予測するのに必要な能力、経験に欠けているから、Bには、原告に対する積極的な勧誘を慎むべき義務があったのに、同人はこれを怠った。
②(説明義務違反)
ワラントの一般投資家に対する周知性は極めて低かったのであり、原告にも知識がなかったのであるから、Bは、ワラントの商品内容、取引態様及び危険性等について、原告に理解できるよう十分説明すべきであったのに、全く説明しなかった。
③(断定的判断の提供)
Bは原告に対し、直ちに利益が出ることを告知してワラントの勧誘をしたが、これは、証券取引法五〇条一項一号で禁止されている断定的判断を提供しての勧誘行為に該当し、違法である。
④以上によれば、Bのワラント勧誘方法は、証券取引の公序に反し、社会的妥当性を著しく逸脱する違法なもので、原告に対する不法行為を構成すべきものであると言える。また、ダイナミックポートの勧誘行為は詐欺である。したがって、被告には、民法七一五条の規定に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。
(6) (損害)
① ワラントが無価値となったことによる損害
中山製鋼所ワラント購入代金分 三九二万八五〇〇円
山善ワラント購入代金分 七八七万〇五〇〇円
② ダイナミックポート損失分 一七万八二四〇円
③ 弁護士費用 一一九万円
2 被告の主張
(1) 原告は、もともと、短期で勝負できる株式の取引を希望するなど、有価証券取引について豊富な知識、経験を有していた。
(2) 平成元年には、ワラントについての様々な情報が新聞や雑誌に掲載されるようになったが、原告はこれらにもよく目を通していた。
(3) Bは原告に対し、ワラントの特性や危険性等について十分説明し、平成二年一月中には、「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(乙五、以下、「本件説明書」という。)を交付した。また、雑誌等におけるワラントに関する情報を国際ビル支店で編集し、解説を加えてコピーするなどして作成した資料も、原告に交付している。
(4) したがって、原告は、ワラントの危険性等について十分理解していた。
(5) ダイナミックポートについて、被告は原告を含む顧客全員にパンフレットを送付しており、原告主張のような誤解を原告がすることはあり得ない。
3 争点
(1) 原告の有価証券取引等に関する知識、経験及び理解能力について
(2) ワラントについての、Bの推奨方法及び原告の理解の程度
(3) ダイナミックポートについてのBの推奨方法
(4) 損害の算定
三 証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。
第三判断
一 原告の経歴、有価証券取引の経験等
1 証拠(甲九、乙一、証人B、原告本人-一回目)によれば、次の事実が認められる。
(1) 原告は、昭和四六年に福井大学工学部機械工学科を卒業した後、豊田通商株式会社に就職し、その後一社を経て、平成元年に株式会社○○○○に入社し、平成五年当時には専務取締役の地位にあった。この間、一貫して機械、技術関係の仕事に従事してきた。
(2) 原告は、株式取引に興味を持ち、昭和五二年頃自ら大和証券株式会社に出向いて、同社に株式の売買の委託をするようになり、この取引は三年間ほど継続した。
(3) 原告は、自ら被告刈谷支店に出向いて被告との間で株式売買の委託取引を開始し、昭和六一年六月に信用取引口座設定約諾書を取り交わして信用取引も始めた。昭和六二年七月に大阪へ転勤し、以後被告国際ビル支店と取引するようになったが、同支店の原告担当者は当初からBであった。
(4) 原告と被告との取引の回数は多く、いわゆる仕手株の取引も存在し、原告は短期売買で利鞘を稼ぐ方針であった。
(5) 原告は、当初原告の方からBに売買の連絡をしていたが、徐々にBから具体的銘柄の推奨がなされることが多くなった。但し、原告がBの提案を拒否したこともあった。
(6) 原告は、日本経済新聞を定期購読していた。
2 (原告のワラント取引への適合性)
右認定の事実によれば、原告は、株式売買の委託取引については十分習熟していた者で、その経歴等からすれば、有価証券取引一般についてその仕組み等を理解し、自らも情報収集して自己の責任において取引できる能力を有していたと認めることができる。確かに、後記のとおり、ワラントにつき一般投資家の理解を得るためには証券会社側において一定の範囲で説明すべきであり、右説明義務が尽くされないと、一般投資家がワラントの仕組み等について理解するのは著しく困難であると言うべきではあるが、だからと言って、そもそもワラントが原告のような一般投資家には適合しない商品であると言うことはできない。また、原告が、本件のワラント取引をするにつき十分な余剰資産を有していなかったとの主張、立証はなく、弁論の全趣旨によれば、原告は余剰資金の範囲内で本件のワラント取引をしてきたと推認できる。以上によれば、原告がワラント取引に適合しない者であるとする原告の主張は採用できない。
二 原、被告間のワラント取引の経過
証拠(甲九、乙四の一ないし一二、乙九、一〇、B証言、原告本人-第一回)によれば、次の事実が認められる。
1 被告では、昭和六三年頃から、社内研修会でワラントを取り上げており、Bもこれに参加していた。
2 Bは原告に対し、平成元年夏頃、ワラントの社内研修会が今開かれており、ワラントは非常に倍率が大きい、そのうち勉強した結果、良いワラントがあればお勧めする旨、ワラントの推奨をした。
3 その後、Bの具体的銘柄の推奨に基づき、前記第二の一の3記載の本件ワラントの取引がなされた。Bは、「短期で利益が出そうなワラントがあります。」とか、「利益がすぐ出ると思いますので買って下さい。」とか言って、原告にワラントの買付けを勧めた。具体的な利益見込み額を告知したこともあった。売却の時期については、Bは原告から、ある程度利益が出た時期に売却するということで、任されていた。本件のワラントの買付け資金は、原告の了承のもとに、Bが原告手持ちの株式を売却するなどして充てていた。取引が成立した場合、直ちにBが原告に連絡し、数日後には被告から原告に取引報告書が送付されていた。
4 原告は、平成二年三月初旬以降は新たな買付け等被告との間で取引はしなくなったが、Bに対し、中山製鋼所及び山善ワラントの価格について、電話で確認していた。同年五、六月頃、原告がBに対し、電話で、山善ワラントのポイントが上昇しているのではないかと言って、その売却を指示しようとした際、Bは、「ポイントを調べましょう。ポイントは国際ビル支店でもつかめません。」と言って、本店のワラント課に電話してポイントを調査した。そして、原告に、それほどポイントが上昇していないので、もう少し置いておこうと提案し、原告もこれを了承した。
5 Bは原告に対し、平成三年三月頃、一旦下落していた山善ワラントの価格が買付け代金の八五パーセント程度まで回復していたので、その売却を勧めたが、原告は、ここまで待ったのであるし、相場も上昇傾向にあるからもう少し様子を見ようと述べ、売却の指示を出さなかった。
三 Bのワラントについての説明について
1(本件説明書交付の有無及び時期)
(1) 原告作成の平成二年一月一〇日付外国新株引受権証券の取引に関する確認書(乙二)が存在し、原告本人(第一回)は、同年二、三月頃Bの指示で右確認書に署名捺印した、日付は同人の指示で遡らせたと供述する。一方、B証言では、右確認書は、社団法人日本証券業協会(以下、「協会」という。)の取決めにより顧客から確認書を徴求するようにとの被告の指示で、同確認書の日付の約一週間後に原告から徴求した、その時の状況の具体的記憶はないが、その内容は原告に説明したと思うとしている。右確認書には、受領した「外国新株引受権証券の取引に関する説明書」の内容を確認し、自己の判断と責任において取引を行う旨の記載がある。
(2) ところで、本件説明書(乙五)を、平成二年四月との作成月の記載のある協会作成の説明書(甲八の三)と対照してみると、その内容及び様式が同一であると認められる。そして、B証言にもあるように、協会が証券会社に対し、ワラント取引につき顧客への取引説明書の交付を厳格に行うよう通知し、右説明書の様式を示した事実は右甲号証からも推認できるが、その時期が、Bが供述するように同年一月のことであるとは、右甲号証の作成月の記載及びB自身前記確認書の日付を遡らせたことを認める一方で、その作成時の状況につき曖昧な供述をしていることからも到底認められず、むしろ同年三月中のことであると推認される。そうすると、本件説明書が被告で作成され原告に交付された時期及び右確認書が原告から徴求された時期は、早くても同年三月に入ってからであると認めるのが相当である。原告本人(第一回)は、本件説明書の受領を否定しているが、前記確認書の体裁からすると、その内容は一見して理解可能なものであり、採用できない。
2(Bの説明方法)
(1) B証人は、原告に対するワラントの説明方法につき、主尋問では、「ハイリターンの裏にはハイリスクがある。今の相場では心配いらない。行使期限があって、期限過ぎると紙屑になってしまうが、それまでには相場が上がると思う。」などと説明したと供述し、反対尋問では、「短期で勝負できます。」とか、「権利行使期限あるが、そこまで待つことは考えなくてよい。儲かると思います。」とか言ったと供述している。また、ワラントの説明をしたとき、社内で作成した資料等を原告に交付したとも供述している。
(2) 原告本人(第一回)は、ワラントにつき、Bからほとんど説明は受けていない、資料も受領していないと供述している。
(3) 右(1)記載のBの説明方法についての供述では、具体的にワラントの性質、取引態様及び危険性等について、どの程度の説明をしたのか不明である。行使期限についての説明についても、主尋問と反対尋問における供述は微妙に異なっており、その双方の説明をしたのか、同一の説明を述べるものに過ぎないのかもよく分からない。資料交付の点も、交付したとする資料の提出がないので、その裏付けがないと言うほかないし、例え交付を肯定してみても、どのような内容の資料か不明である。総じて、被告側の本件におけるワラントの説明についての立証は、本件説明書を、少なくとも中山製鋼所ワラントの取引前に原告に交付したことを中心にしているところ、前記のとおり、これは否定するほかなく、また、B供述の内容も不明確で裏付けに欠けるものであると言うほかない。
しかし、原告本人(第一回)が供述するように、Bが原告にワラントの説明をほとんどしなかったとも考えられない。すなわち、原告本人自身、ワラントの時価がポイントという言葉で表現されることはBの説明で理解していたことを認めている。また、Bが原告を担当するようになってから相当期間経過しており、Bとしても、原告が有価証券取引に相当習熟した顧客で、ある程度自己の判断で取引をしてきたことは熟知していたと推認されるのであるから、Bが原告に対し、ワラントにつき、その性質や危険性等を原告が理解できる程度に分かり易く説明したとまでは認められないものの、概括的な説明はしたであろうと推認するのが相当である。このことは、前記二の2で認定の、Bが最初に原告にワラントを推奨した際の、Bもワラントを勉強中であるとする趣旨の発言から推認される、原告に対してはB自身が研究した上でないと推奨できないとする同人の態度からも看取できる。
四 原告のワラントについての理解の程度
1 原告が日本経済新聞を定期購読していたことは前記のとおりであり、また、B証言によれば、平成元年以降は、ワラントにつき、右新聞紙上や雑誌類に一般的記事が掲載されるようになったことが認められるが、原告が実際にこれらの記事を読んで理解していたとするB証言は単なる推測を述べるに過ぎないもので採用できず、他に原告が右一般的記事等によりワラントの性質や危険性等を理解していたと認めるに足りる証拠もない。
2 前記三で認定したとおり、原告はBからワラントにつき概括的説明は受けたが、その性質や危険性等につき原告に理解できる程度の説明を受けたとまでは認められず、原告は、Bの説明から、ワラントが投資効率の高い商品であり、したがって、当然リスクも大きい商品であることを抽象的には理解していたものの、具体的にワラントの性質、取引態様及び危険性等について理解していたとは認められない。このことは、前記二の4で認定した原告とBの会話の中の、Bの、ワラントのポイントは支店では分からないので調査する旨の発言から、Bが原告にワラントの取引価格の決定方法を具体的に説明していなかったことを推認できることからも看取できる。
五 Bのワラントについての説明の違法性
1 前記争いのない第二の一の5の事実だけからでも、ワラントの商品としての特質は顕著である。特に、元本を限度とするとはいえ、行使期限を経過すると無価値となること、日本国内には株式のような取引市場がなく、その価格形成の経過等が一般顧客には容易に理解し難く、また、いわゆる相対取引となる点で株式売買の委託取引とは異なること等の点は、ワラント取引を開始しようとする顧客にとっては重要な情報であり、これが告知されなければ、顧客が自己の責任と判断においてワラント取引をすることはできないと言うべきである。
2 前記認定のとおり、Bは原告に対し、ワラントにつき概括的説明をしたのみで、その取引開始前に取引説明書も交付せず、しかも、「利益がすぐ出ると思う。」などの証券取引法五〇条一項一号で禁止されている断定的判断の提供をしたものである。同法四六条は証券会社に取引態様の明示を義務づけているところ、Bが原告にワラントの取引態様をどのように説明したのか全く立証がなく、原告が相対取引となることを理解していたことを認めるに足りる証拠もない。
3 以上によれば、Bの原告に対するワラントの推奨方法は、原告に自己の責任と判断において取引をさせるために必要な情報を告知せず、しかも、利益がすぐ出る旨の断定的判断を提供してなしたもので、社会的相当性を著しく欠くものと言わざるをえず、全体として違法であり、原告に対する不法行為を構成すべきものと言うべきである。したがって、被告には、従業員であるBが職務遂行上本件ワラント取引で原告に生じさせた損害につき賠償すべき責任がある。
なお、被告は、平成三年八月に原告が本件の中山製鋼所及び山善ワラントの記載もある残高確認をした(乙六の一ないし五)ことをもって、原告が本件ワラント取引を適法なものとして容認した旨の主張をしているが、残高確認に右のような効力を認めることはできない。
六 ダイナミックポートの取引について
B証言によれば、Bは原告に対し、ダイナミックポートについて被告内での目標額があるので協力してほしい旨述べてその買付を推奨し、原告もこれを了解して取引がなされたこと、その際、元本が保証されるとか、貯金だとかは述べていないこと、ダイナミックポートを推奨した顧客全員に被告からそのパンフレットを送付したことが認められ、原告本人(第一回)の供述中右認定に反する部分は採用できない。原告の投資経験の程度や原告とBの関係からすれば、Bが容易に虚偽であることが判明するような事実を述べてダイナミックポートを推奨するとは、到底考えられない。
したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。
七 損害
1 原告本人は、ワラント取引につき、Bから十分ワラントの性質等の説明を受けたとしても、取引をしていたかもしれない旨供述しているが、前記認定の事実及びその経過によれば、Bが断定的判断を提供するなどして推奨しなければ原告がワラント取引をすることはなかったと認めることができる。
2 証拠(甲一)によれば、本件の中山製鋼所ワラントの行使期限は平成五年一月二〇日であり、山善ワラントの行使期限は同年四月一五日であったことが認められ、弁論の全趣旨によれば、原告は右各ワラントを売却しないまま各行使期限を経過してしまったことが認められる。その結果、原告は右各ワラントの購入代金に相当する損害を被ったと言えるが、同じくBの違法な推奨に基づきなされた前記第二の一の3の(1)、(2)記載の各ワラント取引により原告が得た利益を右損害額から控除するのが相当であるから、原告の損害額は、金一一三七万六四二七円となる。
3 (過失相殺)
前記認定のとおり、原告は、その経歴や有価証券取引の経験から、同取引一般につき理解できる能力を有している者で、しかも、自ら短期売買を希望しこれを実行してきた者である。原告はBからワラントにつき概括的な説明も受けていたのであり、原告自身がワラントの研究をしていればその性質、取引態様及び危険性について理解できたはずである。確かに、Bの利益が出るとの発言があり、現実に二回はワラント取引で利益が出たことにより、安易に利益が出る商品であると考えたのには無理からぬ点があるが、原告には、投資効率の良い商品には必ずそれに見合うだけの危険性があることは、当初から少なくとも抽象的には理解できていたはずである。更に、平成二年三月頃以降には本件説明書の交付を受けたのであるから、これを熟読すれば原告にはワラントの性質等の理解ができたはずで、加えて、前記二の5記載の事実等からすると、原告が本件の中山製鋼所及び山善ワラントを無価値になるまで売却しなかったことは、原告自身の判断によるもので、原告の過失が大きく寄与していると言うほかない。
以上を総合すると、ワラント取引の開始及びその後損失を拡大させた点についての原告の過失を斟酌して、前記損害額からその八割を減じるのが相当であると言うべきである。したがって、損害の額は、金二二七万五二八五円となる。
4 (弁護士費用)
本件の不法行為と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害は、金二〇万円をもって相当とすると認める。
八 結論
以上の次第で、原告の請求は、金二四七万五二八五円とこれに対する民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。
(裁判官 前坂光雄)