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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)7943号 判決 1994年8月25日

本訴原告(反訴被告)

山本陽一郎

ほか一名

本訴被告(反訴原告)

松崎實

主文

一  本訴原告ら(反訴被告ら)の本訴被告(反訴原告)に対する別紙目録記載の交通事故に基づく損害賠償債務が存在しないことを確認する。

二  本訴被告(反訴原告)の本訴原告ら(反訴被告ら)に対する反訴請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、本訴、反訴を通じて本訴被告(反訴原告)の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  本訴

主文一項と同じ。

二  反訴

本訴原告ら(反訴被告ら)(以下、単に「原告ら」という。)は連帯して本訴被告(反訴原告)(以下、単に「被告」という。)に対し、金一九一六万六七〇〇円及び内金一七九一万一一五一円につき平成二年五月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、本訴原告(反訴被告)山本英治(以下、単に「原告英治」という。)が本訴原告(反訴被告)山本陽一郎(以下、単に「原告陽一郎」という。)の保有する普通貨物自動車(以下「原告車」という。)を運転して交差点を右折しようとした際、左方道路から交差点に直進したきた被告が運転する普通乗用自動車(以下「被告車」という。)と衝突し、被告が負傷した事故について、原告らが被告に対して、被告の損害が既払額を超えないとして損害賠償債務の不存在確認を求め(本訴請求)、被告が、原告英治に対して民法七〇九条に基づき、原告陽一郎に対して自賠法三条に基づきそれぞれ損害賠償を請求(主位的に後遺障害に関する損害を除く請求、予備的に後遺障害に関する損害を含む内金請求)をしたものである。

一  争いのない事実

1  交通事故の発生

別紙目録記載の交通事故が発生した。

2  責任

原告英治は民法七〇九条に基づき、原告陽一郎は自賠法三条に基づきそれぞれ本件事故に関して被告に生じた損害を賠償する責任がある。

3  損害の填補

被告は、本件事故に関し、一九六三万三六九四円の支払を受けた。

二  争点

1  被告の損害額(治療費、入院雑費、付添費、休業損害、入通院慰謝料、弁護士費用。予備的に逸失利益、後遺障害慰謝料。)(被告は、本件事故による傷害が現在も症状固定していないとして、平成六年一月三一日までの治療関係費用、休業損害、入通院慰謝料を請求するとともに、仮に症状固定している場合には、少なくとも自賠法施行令二条別表一二級一二号に該当する後遺障害が存在するとして、右症状固定日以降の逸失利益、後遺障害慰謝料を予備的に内金請求する。これに対して、原告らは、平成二年八月一日以降、被告には入院治療の必要性がなかつたと主張するほか、平成三年一月八日ころ、あるいは遅くとも平成四年三月三一日には症状固定したとし、右症状固定以降の治療関係費用、休業損害、入通院慰謝料を否定するとともに、後遺障害の存在を争う。また、原告らは、被告が休業損害の算定において主張する賞与減額について、被告が賞与を受給していた事実はないと主張する。)

2  過失相殺(原告らは、本件事故現場が見通しの悪い交差点であつたから、交差点の角に設置されているカーブミラーで左右の安全を確認すべきであつたのにこれを怠つた過失があると主張し、被告は、右主張を争う。)

第三争点に対する判断

一  証拠(甲一ないし二二、二六ないし二九、三二ないし四五、乙一ないし三、八、一一、一二、被告本人)によれば、以下の事実が認められ、乙八、被告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分はいずれも採用できない。

1  本件事故状況

(一) 本件事故現場は、別紙図面のとおり、東西に伸びる道路(以下「東西道路」という。)と、南北に伸びる道路(以下「南北道路」という。)とが交差した信号機の設置されていない交差点である。本件交差点南詰の南北道路側には一時停止の標識が設置されており、本件交差点の北東角にはカーブミラーが設置されている。そして、本件交差点の南西角付近にはブロツク塀があるため、南北道路を本件交差点に向かつて北進する車両からは、左方道路(本件交差点西詰付近)の見通しが悪くなつている。

(二) 本件事故当時、原告英治は、原告車を運転して南北道路を北進し、時速約三五キロメートルの速度で本件事故現場の手前約三四・三メートルの別紙図面の<1>地点(以下、別紙図面上の位置は、同図面記載の記号のみで表示する。)に差しかかつた。そして、原告英治は、本件交差点を右折しようとして、<2>地点(<1>地点から約一五・九メートル先の地点)まで北進したところで、右折の方向指示器を点滅させて減速し、<3>地点(<2>地点から約一一・五メートル先の地点)まで北進して右方道路(本件交差点東詰付近)の方向を見た後、左方道路を確認しないまま、<4>地点(<3>地点から約三・三メートル先の地点)で右折を開始し、時速約二五キロメートルの速度で<5>地点(<4>地点から約一・七メートル先の地点)まで右折進行したところで、左方道路(東西道路)から本件交差点に向かつて東進してきた被告車を原告車の進路左前方約一・九メートルの<ア>地点に発見し、急ブレーキをかけたが、<6>地点(<5>地点から約一・九メートル進行した地点)で、原告車の左前部が<イ>地点(<ア>地点から約〇・五メートル先の地点)まで進行してきた被告車の右側面に衝突した。右衝突後、原告車は<7>地点(<6>地点から約三・九メートル離れた地点)まで進行して停止した。

(三) 本件事故当時、被告は、被告車を運転して東西道路を東進し、本件事故現場の手前約一六・五メートルの地点で減速し、本件交差点の左右をわずかに見ただけで、時速約二〇キロメートルの速度で本件交差点を直進通過しようとしたところ、右方道路(南北道路)から本件交差点に進入してきた原告車を被告車の進路右前方約一・九メートルの地点に認めた直後に原告車と衝突した。右衝突後、被告車は、本件交差点の北東角付近にあるコンクリート塀と原告車にはさまれたような状態で<ウ>地点に停止した。

2  被告の受傷及び治療経過等

(一) 被告は、本件事故当日、救急車で林病院に搬送され、医師の診察を受けた結果、右外傷性血気胸、右第二ないし第一二肋骨骨折、頭部外傷Ⅰ型、挫創、右肺挫傷と診断された。そして、被告は、本件事故当日から平成二年一二月一七日まで右病院に入院した。右入院中の同年五月一五日には血気胸についての胸部ドレーンが抜去され、同月三〇日には離床となり、同年六月ころには右骨折が治癒し、そのころから温熱療法、運動療法を中心とするリハビリ治療が行われた。そして、右病院の医師は、右入院中の同年六月二八日ころから被告に対して外泊を勧めたが、被告は外泊しなかつた。また、右医師は、同年七月三一日に被告に対し、通院治療に切り替えることを提案したが、被告は、これに応じなかつた。その後も、右医師は、被告に対し、同年九月一〇日、同年一〇月二日、同月一三日にもそれぞれ通院治療に切り替えることを勧めたが、被告はこれに応じなかつた。右入院中、被告が訴えていた症状は、主として右肩痛であつた。そして、原告が右病院を退院するころ、右病院の医師は、被告には運動障害がないほか、主訴が多く、今ひとつはつきりしないところがあり、社会復帰の自覚がみられない、との見解を持つていた。

(二) 被告は、林病院に入院中の平成二年一一月九日、右肩痛を訴えて協立温泉病院で受診し、同年一二月一七日からリハビリ目的で右病院に入院したが、右病院の医師は、右入院当初から、できるだけ早期に通院治療に切り替えるべきであると考えていた。協立温泉病院の医師は、右入院後の同年一二月二一日に被告に対して、通院によるリハビリ治療が可能であると指導したが、被告は入院治療を希望した。また、右医師は、同年一二月二八日にも、被告に対して、通院治療が可能であると指導したが、被告は、肩の痛み等を訴え、症状が治まるまで入院することを希望したため、結局、今後一カ月を目処に入院治療を継続することになつた。その後、平成三年一月八日当時、右肩の運動に改善傾向があり、可動域に問題がなく、日常生活動作に障害がないことから、右医師は、リハビリ治療を継続する必要性はなく、被告に保養の気持が強いと判断していた。そして、被告は、同年二月一日まで、右病院に入院して運動療法、温熱療法等によるリハビリ治療を受けた。また、被告は、右退院後、平成四年三月三一日まで右病院に通院して、従来と同様のリハビリ治療を受けた。

(三) 被告は、平成四年九月一四日から平成六年二月まで林病院に通院して治療を受けた。被告は、平成六年二月二五日現在、後頭部、後頸部の痛み、両側眼部痛、右側の肩、上肢の痛み、右側の耳鳴り、めまい、右側の胸部痛、背部痛、右下肢のつつぱり感、頸部運動痛、両側大後頭神経、両側大耳介神経、両側前斜角筋の圧痛、頸部以下右半の知覚障害の症状を訴えている。

二  損害

1  治療費 三六六万八六八三円(被告主張五八七万三三〇〇円)

前記一の2(被告の受傷及び治療経過等)で認定したところによれば、平成二年六月ころに肋骨骨折が治癒してから後の被告に対する治療内容は、温熱療法、運動療法等のリハビリ目的の治療を主とするものであつたうえ、林病院の医師は、同年七月三一日に被告に対して、通院治療に切り替えることを提案し、その後も同年九月一〇日、同年一〇月二日、同月一三日にそれぞれ通院治療に切り替えることを勧めたが、被告がこれに応じなかつたのであり、その後に被告が入院した協立温泉病院の医師も、右入院当初から、できるだけ早期に通院治療に切り替えるべきであると考えており、右入院五日目の同年一二月二一日から通院治療が可能であると被告に対して提案している経過に照らすと、入院治療の必要性が認められるのは、本件事故から三カ月後の平成二年七月三一日までであると解するのが相当である。

さらに、平成三年一月八日当時、協立温泉病院の医師は、右肩の運動に改善傾向があり、可動域に問題がなく、日常生活動作に障害がないことから、リハビリ治療を継続する必要性はなく、被告に保養の気持が強いと判断しており、その後も従来と同様のリハビリ治療が継続されていることからすると、本件事故による被告の傷害は、本件事故から一年後の平成三年四月三〇日に症状固定したと解するのが相当である(なお、乙一ないし三、一一の各診断書には、右症状固定日であると解する平成三年四月三〇日以降も治療の必要性があり、乙二、一一の各診断書には、平成五年四月一五日当時、あるいは平成六年二月二五日当時も症状固定しておらず、前記一2(三)で認定した様々な症状が存在している旨記載されているが、前記一2(一)(二)で認定したところによれば、林病院に入院してリハビリ治療が開始された平成二年六月ころから、その後の協立温泉病院を退院する平成三年二月一日までの約八カ月間における被告の症状は、主として右肩痛に限定されていたことからすると、右各診断書の記載内容は不自然であつて採用できない。)

そうすると、本件事故と相当因果関係のある治療費は、入院治療費が三〇〇万七三九五円(甲二六の平成二年五月分一五六万六七五〇円、同年六月分七〇万四三一〇円、同年七月分七三万六三三五円の合計額)となり、通院関係治療費のうち、林病院分が五四万四五六五円(甲二六の平成二年八月分の全治療費六七万七九一〇円から入院関係費五五万六八〇〇円を控除した残額一二万一一〇〇円、同年九月分の全治療費五七万七九五〇円から入院関係費四四万六四〇〇円を控除した残額一三万一五五〇円、同年一〇月分の全治療費五〇万八八七〇円から入院関係費三七万八〇〇円を控除した残額一三万八〇七〇円、同年一一月分の全治療費四四万二三三〇円から入院関係費三四万一九二〇円を控除した残額一〇万四一〇円、同年一二月分の全治療費二四万九二七五円から入院関係費一九万五八四〇円を控除した残額五万三四三五円の合計額)、協立温泉病院分が一一万六七二三円(甲三二、三三による平成二年一一月九日から平成三年一月三一日までの全治治療費一七万七四三〇円から入院関係費一一万七〇〇六円を控除した残額六万四二四円、甲三三による平成三年二、三月分の全治療費三万八六九〇円から入院関係費二四五一円を控除した残額三万六二三九円、甲三四による同年四月分の治療費二万六〇円の合計額)となる(以上合計三六六万八六八三円)。

2  入院雑費 一一万九六〇〇円(被告主張三六万一四〇〇円)

前記一2(被告の受傷及び治療経過等)で認定した事実に、前記二1(治療費)で判示したところを併せ考慮すれば、本件事故と相当因果関係のある入院雑費は、一一万九六〇〇円(平成二年五月一日から同年七月三一日までの入院期間九二日間に入院一日当たり一三〇〇円を適用)となる。

3  付添費 二一万一五〇〇円(被告主張四三万一八六〇円)

被告は、前記入院期間中の平成二年五月一日から同年六月一六日までの間、安静のため付添看護を要した(甲二六)。そうすると、本件事故と相当因果関係のある付添費は、二一万一五〇〇円(一日当たり四五〇〇円の四七日分)となる。

4  休業損害 四三四万四〇三二円(被告主張二七八七万八二八五円)

被告は、昭和二年二月一五日生まれ(本件事故当時六三歳)である。被告は、平成元年四月から本件事故当時まで、不動産業を営む吉本興産株式会社に調査部長の役職で勤務し、平成二年二月から同年四月までの三カ月間に一七八万五二二〇円(一カ月当たりの金額五九万五〇七三円。円未満切り捨て、以下同じ。)の給与を支給されていたが、本件事故当日から右会社を欠勤し、給与を全額支給されなかつた(甲一、三〇、三一、乙五、被告本人)。

右認定事実によれば、本件事故当時における被告の仕事は事務職であつて、右肩に強い負担がかかる仕事ではないと解されるうえ、前記一2(被告の受傷及び治療経過等)で認定した被告の症状、治療経過、前記二1(治療費)における判示内容を併せ考慮すれば、被告は、本件事故当日から、前記のとおり入院治療の必要性が認められる平成二年七月三一日までの三カ月間と、その後の同年九月三〇日までの二カ月間(合計五カ月間)については、本件事故に基づく傷害により一〇〇パーセント就労することができなかつたと解されるが、その後、同年一二月三一日までの三カ月間は五〇パーセント就労することができず、その後、症状固定日である平成三年四月三〇日までの四カ月間は二〇パーセント就労することができなかつたと解するのが相当である。

そうすると、本件事故と相当因果関係のある休業損害は、四三四万四〇三二円(前記月収五九万五〇七三円に前記各期間と各就労不能率を適用)となる(なお、被告は、休業損害として賞与減額分一一〇万円を主張するが、被告が右会社で勤務を始めてから本件事故当時までの経過期間は、一年一カ月間であつて相当短いものであるうえ、被告は、その本人尋問において、平成元年の賞与支給額について記憶がない旨供述していることをも併せ考慮すれば、右主張に添う乙四と被告本人尋問の結果はいずれも採用できない。)。

5  入通院慰謝料 一四二万円(被告主張三〇〇万円)

前記一2(被告の受傷及び治療経過等)で認定した被告の症状、治療経過に、前記二1(治療費)、4(休業損害)の判示内容、その他一切の事情を考慮すれば、入痛院慰謝料としては、一四二万円が相当である。

6  逸失利益 九三万二五九八円

前記一2(被告の受傷及び治療経過等)で認定した被告の症状、治療経過に、前記二1(治療費)、4(休業損害)の判示内容からすると、被告は、症状固定日であると解する平成三年四月三〇日から三年間(中間利息の控除として、四年間の新ホフマン係数三・五六四三から一年間の新ホフマン係数〇・九五二三を控除した二・六一二を適用)にわたり、五パーセント(自賠法施行令二条別表一四級一〇号に該当)の労働能力を喪失した範囲内で逸失利益を肯定すべきである(なお、甲二八の後遺障害診断書の記載は、前記二1における判示内容に照らして採用できない。)。

そうすると、本件事故と相当因果関係のある逸失利益は、九三万二五九八円(前記月収五九万五〇七三円の一二カ月分である七一四万八七六円に前記新ホフマン係数と労働能力喪失率を適用)となる。

7  後遺障害慰謝料 七五万円

前記一2(被告の受傷及び治療経過等)で認定した被告の症状、治療経過に、前記二1(治療費)、4(休業損害)、6(逸失利益)の判示内容、その他一切の事情を考慮すれば、後遺障害慰謝料としては、七五万円が相当である。

三  過失相殺

前記一1(本件事故状況)で認定したところによれば、本件事故現場は見通しの悪い交差点で、本件交差点南詰の南北道路側には一時停止の標識が設置されていたのであるから、原告車が本件交差点に進入する際には、停止線の手前で一時停止したうえ、交差道路から進行してくる車両の有無、動静に十分注意し、徐行して進行すべきであつた(道路交通法四二条一項)にもかかわらず、一時停止せず、左方道路を確認しないまま、時速約二五キロメートルの速度で本件交差点を右折しようとして左方道路から進行してきた被告車と衝突したもので、原告英治の過失は重大であるが、他方、被告も交差道路から進行してくる車両の有無、動静に対する注意が不十分なまま、徐行することなく時速約二〇キロメートルの速度で本件交差点を直進通過しようとして本件事故を発生させた点で過失があることの諸事情を考慮すれば、本件事故発生について、原告英治には九〇パーセントの、被告には一〇パーセントのそれぞれ過失があると解される。

そうすると、一一四四万六四一三円(前記二1ないし7の損害合計額)に右過失割合を適用した過失相殺後の金額は、一〇三〇万一七七一円となる。

四  前記二、三で判示したところによれば、本件事故による被告の損害は、前記争いのない支払(前記第二の一3)によつて全額填補されていることになる。したがつて、被告が主張する弁護士費用を原告らに負担させるのも相当でない。

五  以上によれば、原告らの被告に対する債務不存在確認を求める本訴請求は理由があり、被告の原告らに対する損害賠償を求める反訴請求はいずれも理由がない。

(裁判官 安原清蔵)

目録

日時 平成二年五月一日午後三時二〇分ころ

場所 大阪府豊中市玉井町三―三―五先路上

態様 本訴原告(反訴被告)山本英治が普通貨物自動車を運転して交差点を右折しようとした際、左方道路から交差点に直進してきた本訴被告(反訴原告)が運転する普通乗用自動車と衝突した。

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