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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)9058号 判決 1995年9月08日

大阪市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

三木俊博

右訴訟復代理人弁護士

中嶋弘

大阪市<以下省略>

被告

平岡証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

山口伸六

主文

一  被告は、原告に対し、金四七二万八〇〇八円及びこれに対する平成四年一一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一九四四万八二九五円及びうち金一七三〇万八五八七円に対する平成四年一一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三年○月○日生まれの主婦であり、被告は、証券の売買などを業とする証券会社である。

2  原告は、昭和五七年一二月から被告(生駒店取扱)との間で、株式、投資信託などの証券取引を行い、担当者は訴外B(以下「B」という。)で、支店長は訴外C(以下「C」という。)であった。

3(一)  無断売買

B及びCは、原告の同意を得ず、また価格・数量・成り行き等の注文内容についての確認も行わないまま、原告の計算により、別紙一覧表記載の日付欄記載の日に、買付については同表買付欄記載の、売付については同表売付欄記載の、数量及び単価にて、ニチアス株の売買取引を行い(以下「本件ニチアス株売買」もしくは「本件取引」という。)、右取引による売買差損と手数料等を原告の信用取引の口座から引き落とした。

(二)  売却指示違反

原告は、昭和六三年一二月一〇日ころ、ニチアス株が高騰しているのに驚き、B(一万七〇〇〇株)の売却を指示したにも関わらず、Bは「必ず三〇〇〇円まで値上がります。」と言って、原告の売却指示を拒否した。

4  原告は、前記3の取引により生じた損金等の決済をするため、Bの勧めにより、ニチアス株一万七〇〇〇株のうち、三〇〇〇株を現引し、残りの一万四〇〇〇株については差損金(計一三八三万七二五一円)を支払うこととし、右代金を支払うため、平成元年六月八日、訴外大阪証券信用株式会社(以下「大証信」という。)から二一〇〇万円を借入れ、これを右差損金及び現引代金(計七八四万七三五〇円)の合計二一六八万四六〇一円に充当して被告に支払い、後に現引した株式を、右一覧表番号六三ないし六五記載のとおり合計二七七万三〇〇〇円で売却した。

5  損害 合計 一九四四万八二九五円

(一) 原告には、別紙一覧表差引欄記載のとおりニチアス株の一連の売買の結果生じた損失金一八九八万一五一一円と利益金九三〇万一三一三円を損益相殺した結果、九六八万〇一九八円の損失を生じた。また原告は、平成六年八月二六日まで大証信から借入れた二一〇〇万円の利息八一九万八〇九七円を支払った。したがって、原告は、右損失金と右既払利息金の合計一七八七万八二九五円の損害を被った。

(二) 弁護士費用 一五七万円

6  よって、原告は、被告に対し、不法行為に基づき、右損害金合計一九四四万八二九五円及びうち一七三〇万八五八七円(損害金から訴訟提起後に原告が支払った利息二一三万九七〇八万を除く)に対する不法行為の後である平成四年一一月一三日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否と主張

(認否)

1 請求原因1、2の事実は認める。

2 同3の(一)の事実のうち、原告の同意を得ずに、また注文内容の確認も行わずに、本件にニチアス株売買を行なったとの点は否認し、その余は認める。

同(二)の事実は、否認する。

後記のとおり、本件ニチアス株売買については、原告から全て委託があったものである。

3 同4の事実のうち、平成元年六月八日、原告が大証信から二一〇〇万円を借入れ、これを本件ニチアスの売買差損金及び現引代金に充当した事実、原告が右借入について平成六年八月二六日まで約定利息を支払っている事実、現引した株式を合計二七七万三〇〇〇円で売却した事実は認め、その余は否認する。

4 同5の事実は争う。

(主張)

被告は、本件ニチアス株売買につき、原告から委託を受けてあるいは承諾を得て信用取引をしたものである。

1 原告は、昭和六三年一〇月一一日、入院先の病院からBに架電し、「何かいい銘柄はないか」と聞き、Bがニチアス株を推奨したところ、同日右株の五〇〇〇株の買い付けを注文し、同月一九日にも、同株二〇〇〇株の追加買付けを注文した。

2 原告は、同年一〇月二一日から一一月一六日までの間、ニチアス株の株価上昇を知り、買付けと売付けをBに申し出て、利益を得ていた。

3 原告は、昭和六三年一一月一七日から同年一一月二六日までの間、海外旅行をしたが、出発の前日の一六日、Bに架電し、「ニチアス株について適当に売買してほしい」旨申し出をした。帰国後、Bは、売買について原告に報告をし、原告は承諾していた。

4 原告は、同年一二月二日に一万株を売付けて、一旦、手仕舞したが、翌三日からまた再開し、一二月八日までの間、Bを通じ同株を一万七〇〇〇株買い付けた。

四  被告の主張に対する認否

原告が売付け及び買付けを委託、承諾したとの点は否認する。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載のとおりであるので、これを引用する。

理由

一  請求原因1、2の事実、同3の(一)の事実のうち、原告の名義で本件ニチアス株売買が行なわれ、右取引による売買差損と手数料等が原告の信用取引の口座から引き落とされたこと、同4の事実のうち、平成元年六月八日、原告が大証信から二一〇〇万円を借入れ、これを本件ニチアスの売買差損金及び現引代金に充当したこと、原告が右借入について平成六年八月二六日まで約定利息を支払っていること、現引した株式を合計二七七万三〇〇〇円で売却したことは当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、成立に争いのない甲一号証の1、2、二、三、七号証、八号証の1、2、九号証の1、一〇号証の1ないし4、一二号証の1、二〇号証、二二号証の1、2、乙三号証、原本の存在と成立に争いのない甲四号証、五号証の1、一一号証の1、2、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲一三号証、二五号証の1ないし3、二六号証の1、2、原告本人尋問の結果及びそれにより真正に成立したと認められる甲一八号証、証人Bの証言及びそれにより真正に成立したと認められる乙二号証の1ないし37、証人Cの証言並びに弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

1  原告は、昭和五七年一二月ころから、娘の友人の知り合いであるBを通じ、被告との間で有価証券の現物取引を行い、同六〇年四月ころからは信用取引口座を開設して信用取引をするようになった。

2  原告は、昭和六三年九月二五日から同年一〇月一九日まで間、大阪府立病院に入院していたが、同年一〇月一一日、入院先の病院からBに架電し、株取引について尋ねたところ、Bから「八〇〇円で怖かったが、ニチアス株を五〇〇〇株買付けました。」と言われ、「怖いことせんといてね。」とだけいって電話を切った。

3  原告は、同年一〇月一九日、大阪府立病院を退院し、タクシーで自宅に向かっていたところ、途中でタクシーが事故を起こし、額部分を強く打ちつけたことから、警察署に報告した後、病院で検査を受けて帰宅した。Bは、右同日、同株二〇〇〇株の買付けを行い、右取引による売買損益と手数料を原告の口座から引き落とした。

4  Bは、ニチアス株について、

同年一〇月二一日、二〇〇〇株の売付け、

同月二二日、三回合計三〇〇〇株の買付け、

同月二二日、三回合計三〇〇〇株の売付け、

同月二五日、五〇〇〇株の買付け、

同月二六日、五〇〇〇株の売付け、

同月二七日、五〇〇〇株の売付け、

同月二八日、二回合計五〇〇〇株の買付け、

同月二九日、二回合計五〇〇〇株の売付け、

同月三一日、三回合計五〇〇〇株の買付け、

同年一一月五日、二〇〇〇株の買付け、

同月七日、三回合計五〇〇〇株の売付け、

同月九日、二〇〇〇株の買付け、

同月一〇日、四〇〇〇株の売付け、

同月一一日、五〇〇〇株の買付け、

同月一四日、五〇〇〇株の買付け、

同月一五日、三回合計五〇〇〇株の売付け、

同月一六日、五〇〇〇株の売付け、

の各取引を行い、以上の各取引から生じた売買損益、手数料などを原告の信用取引口座から引き落とした。

5  原告は、同年一一月一七日から二六日までの間、ニュージーランドに旅行する予定だったので、その直前の同月一六日、Bに架電し、「明日から海外旅行を行くので、よろしく。」との連絡をした。

6  Bは、原告の右旅行中、ニチアス株について、

同年一一月一七日、五〇〇〇株の買付け、

同月一八日、三回合計五〇〇〇株の買付け、

同月二一日、五〇〇〇株の売付け、

同月二二日、四回合計一万株の売付け、

同月二五日、六回合計一万株の買付け

の各取引を行い、以上の各取引から生じた売買差益と手数料を原告の口座から引き落とした。

7  ニチアス株の株価は、同年九月ころまでは五〇〇円から七〇〇円くらいであったが、同年一〇月上旬頃から急速に上昇を始め、同月中頃には八〇〇円を超え、翌一一月中旬ころには一五〇〇円を超える株価となり、史上空前の上昇を続けていた。

右株価の高騰の背景には、当時有力な関西の仕手筋がニチアス株に介入し、株価を吊り上げていたもので、被告も、右仕手筋が介入していることを知っていた。

ニチアス株は、同年一一月二四日、二七〇〇円の高値を付け、右同日、証券取引所が同株を注意銘柄に指定して、信用取引に関する規制措置をとった。

なお、Bは、原告に対し、ニチアス株が注意銘柄に指定されたことを告げなかった。

8  Bは、同年一二月二日、原告名義のニチアス株一万株を売付けて一旦手仕舞いし、九三〇万円一三一三円の利益を挙げたことを原告に報告し、原告も喜んでいたが、翌三日に再び取引を開始し、

同月三日、一万株の買付け、

同月五日、二〇〇〇株の買付け、

同月七日、一〇〇〇株の買付け、

同月八日、四〇〇〇株の買付け

の各取引を行い(以上合計一万七〇〇〇株の買付け)、右取引から生じた売買損益と手数料を原告の口座から引き落とした。

9  原告は、同年一二月一〇日ころ、同株の株価が急騰し二〇〇〇円以上の高値がついているのに驚き、Bに対し、「八〇〇円でも怖いと言ってた株が、二六〇〇円にまでなっている。下がったらどうするの。売って。売って。」と言って、購入した株の売却を指示したところ、Bは、Cにも相談した上で、当時、被告が強気の相場感を持っていたことから「三〇〇〇円まで上がります。絶対大丈夫です。」と答えて、同株の売却をとどめた。

10  ニチアス株の株価は、同年一二月二日に二七〇〇円の最高値をつけた後急落し、同月二〇日には一七四〇円、平成元年五月一二日には一六一〇円となり、以後下降線を辿っていった。

11  原告は、平成元年六月ころ、本件取引による一万七〇〇〇株の決済期日が近づき、Bから「ニチアス株の株価がかなり下がっているので、今後の持ち直しを期待して、現物で持っていた方がよい。」と勧められたことから、同株のうち三〇〇〇株を現引することとし、残りの一万四〇〇〇株について差損金を支払うこととした。

12  原告は、Dを通じて、大証信との間で、原告所有の株式を担保に入れ、二一〇〇万円の金銭消費貸借契約を締結し、右借入金を現引代金(七八四万七五五〇円)及び差損金(一三八三万七二五一円)の合計二一六八万四六〇一円の支払にあてた。

13  原告は、本件取引期間中、毎月送られてくるニチアス株の信用取引計算書について抗議したことはなかったが、平成二年一一月末ころになってから、C及びBに対し、本件ニチアス株の損失について責任をとるよう求め、Bは、平成二年一二月四日、本件ニチアス株について損金を出したことを詫びる念書(甲第三号証)を作成し、平成四年一月四日には、受取人を原告とする郵政省の簡易生命保険契約を締結した。

以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  前記認定事実によれば、本件取引について、原告が、Bに対し、株数、価格等について個別に具体的な指示をしていたとは認められないが、原告が入院中や旅行直前にもBに架電していたことからすると、原告はBとの株取引に関し連絡を蜜に取っていたと推認されること、原告は昭和六三年一二月二日にBからニチアス株の売付けにより利益を挙げたという報告を受けて喜んでいたこと、平成二年一一月になってはじめてBの上司に抗議していること、本件取引後もBを通じ多数の信用取引を続けていること、原告は、本件取引期間中、毎月送付される信用取引計算書について抗議したことがないことからすると、原告は、一連の本件取引について売買の別、数及び価格の決定をBに一任していたものと認めるのが相当である。

そして、取引一任勘定は、昭和六三年当時も厳しく規制され、一定の要件の下に例外的に許容されていたにすぎないが、当時の規制は取締まりのためのものであって、一任取引であることをもって、取引自体が私法上直ちに無効とされることはなかった。

しかし、公正慣習規則第九号八条二項によれば、協会員は、証券取引所が注意銘柄にした銘柄については、信用取引の勧誘を自粛するものとしているところ、前記認定のとおり、本件ニチアス株について、昭和六三年一一月二四日に注意銘柄に指定されていたのに、Bは原告に対し、ニチアス株が注意銘柄に指定されたことを告げず、同株を信用取引で購入することを勧めていたこと、さらに、証券取引法五〇条一項一号により、証券会社の従業員が、有価証券の取引に関し、断定的判断を提供して勧誘する行為が禁止されているのに、Bは原告に対し、「三〇〇〇円まで上がります。絶対大丈夫です。」との断定的な判断を提供して原告に購入を勧め、購入後は同様の売却をとめたこと、そしてBの断定的な判断の結果、本件一連の取引が行なわれたことなどに照すと、本件取引は全体として違法といわざるを得ない。

そして、Bらの行為が、被告の業務執行として行なわれたことは明らかであるから、被告は、民法七一五条により、原告の被った損害について賠償する責任があるというべきである。

三  損害

原告が、本件ニチアス株の取引により生じた損金等の決済をするため、三〇〇〇株を現引したこと、平成元年六月八日、大証信から二一〇〇万円を借入れ、一万四〇〇〇株についての差損金(計一三八三万七二五一円)及び現引代金(計七八四万七三五〇円)の合計二一六八万四六〇一円に充当したことは、当事者間に争いがない。

ところで、原告は、右ニチアス株を現引した株の購入代金と売却代金の差額を本件損害として主張するが、原告は、本件ニチアス株の決済に際して、現引するか差損金を支払うかの選択をする自由があったのであり、Bの勧めがあったとしても、今後の値上がりを期待してリスクの高い現引を選んだのであるから、右現引によって拡大した損害について、被告が責任を負うべきものとはいえない。

また、原告は、右差損金と現引代金を支払うため、大証信から二一〇〇万円を借入れたことから、右借入による利息の支払を余儀なくされたとして、右支払利息について本件損害として主張するが、右借入に際しては、原告は、原告所有の株券等を担保として提供しており、被告に差し入れた信用取引に伴う保証金代用証券(乙三九号証の1、2、3)を売却して弁済する方法と金銭を借入れて決済する方法があったにも関わらず、借入による弁済を選んだのであるから、右借入がBの勧めによるものであったとしても、原告の意思に基づいて行なわれたものといわざるを得ず、右利息金の支払が本件取引と相当因果関係にある損害とは認められない。

そこで、本件取引による損害として、前記一万四〇〇〇株についての差損金(計一三八三万七二五一円)及び現引した株式三〇〇〇株の当時の売却価格(一株一六九〇円で計算)との差損金二六二万七四一〇円(差損金二四八万円+手数料一四万七四一〇円)の合計一六四六万四六六一円が認められ、一連の取引により生じた利益(九三〇万一三一三円)と相殺した結果、七一六万三三四八円が本件損害として認められる。

四  過失相殺

しかしながら、原告においても、Bから提供された情報だけでなく、自らの知識や経験に基づく適正な判断を期待できない状況にあったというわけではなく、本件取引をBに一任していた取引態度にも問題があり、原告にも本件取引には多大な危険が伴っていることを予想して、損害の拡大を未然に防ぐべき義務があったというべきであり、原告の対応にも問題があることは否定できず、諸々の事情を勘案すれば、原告にも本件取引による損害の発生及び拡大につき過失があると認めるのが相当である。

したがって、被告が賠償すべき損害額を定めるのに当たっては、過失相殺するのが相当であり、原告の過失割合は、以上の認定、説示したところに照らせば、四割とするのが相当である。

よって、原告の損害は、前記認定した損害金七一六万三三四八円の六割に当たる四二九万八〇〇八円となる。

原告代理人が原告から本訴提起、遂行の委任を受けたことは本件記録上明らかであり、本件の全事情を斟酌すれば、本件不法行為による損害として弁護士費用四三万円をもって相当と認める。

五  以上により、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、四七二万八〇〇八円及びこれに対する不法行為の後である平成四年一一月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

六  よって、原告の本件請求は、右の限度で理由があるから認容し、その余の請求については棄却することとし、訴訟費用につき民訴法第八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下村浩蔵 裁判官 遠山廣直 裁判官 植村京子)

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