大阪地方裁判所 平成5年(ヨ)2992号 決定 1994年4月07日
債権者
笠原輝幸
右代理人弁護士
大川一夫
右同
松本健男
右同
丹羽雅雄
右同
養父知美
債務者
東栄精機株式会社
右代表者代表取締役
東口徳市
右代理人弁護士
片山俊一
主文
一 本件仮処分命令の申立てをいずれも却下する。
二 本件申立費用は、債権者の負担とする。
理由
第一申立ての趣旨
一 債権者が債務者に対し、労働契約上の地位を有することを仮に定める。
二 債務者は、債権者に対し、平成五年九月以降、毎月二七日限り、金四二万四三五二円を仮に支払え。
三 申立費用は債務者の負担とする。
第二事案の概要
一 争いのない事実
1 債務者は、運搬機、ディーゼルエンジン、工作機械部品の製作や一般機械の修理販売を業とする株式会社である。
2 債権者は、昭和四四年四月一四日に、債務者に雇用され、工作機械部品の旋盤加工等の業務に従事してきた。
3 債権者は、平成五年九月九日に、債務者から、平成五年九月一〇日付けで解雇する旨の通知を受けた。
二 争点
1 債務者は、債権者には次のような解雇事由がある旨主張し、これに対し、債権者は、債務者主張のような解雇事由は存在しない旨主張する。
(1) 債務者は、申立外東洋運搬機株式会社(以下、「東洋運搬機」という。)からの発注が約九五パーセントを占める会社であり、また、債権者は、NC旋盤機(コンピュータで作動させて旋削する工作機械)を操作する業務の担当を命ぜられていたところ、債権者は、平成四年九月から同年一一月下旬にかけて、担当業務外のコンピュータを債務者会社に無断で操作し、右コンピュータに内蔵されている東洋運搬機からの注文データを無断で、債権者のフロッピー・ディスクに複写して持ち出し、現在に至るも、右フロッピー・ディスクを所持している。
債務者は、債権者の右行為によって、東洋運搬機との取引関係を契約違反により解約される重大な危機に陥った。
債権者の右行為は、債務者会社の就業規則二八条、三七条二号、四号、五号、六号、四三条七号、九号に該当する。
(2) 債権者は、平成五年七月一四日、債務者に対し、同月二三日に有給休暇をとる旨を届け出た。
そこで、債務者会社の東口義貞工場次長(以下「東口次長」という。)は、同月二二日、従業員の笘本英男(以下「笘本」という。)に対して、債権者が翌二三日休暇をとるので、二三日の作業を債権者より引き継ぎ、笘本が同じ作業をするようにと指示し、その後、笘本は、債権者に対し、翌二三日の作業を引き継ぐようとの連絡をした。
しかしながら、笘本が、翌二三日に、債権者がしていたのと同じ作業を始めるべく準備したところ、NC旋盤の制御機に記憶されている筈の部品加工用のプログラムの記憶が完全に消却されていた。そこで、笘本は、東口次長らとともに、NC旋盤の制御機にプログラムを記憶させるのに使用するNC加工用さん孔テープ(以下「テープ」という。)を探したが、どこにも見当たらなかった。
そこで、笘本らは、テープを再生すべく、テープ作成用のコンピュータ(オオクマ五〇〇〇一B)に使用するフロッピー・ディスクを探したが、右フロッピー・ディスクからは、テープ作成用のプログラミングが完全に消去されていた。
このため、やむなく、債務者会社の工場次長である佐渡強(以下「佐渡次長」という。)がNC旋盤の刃物位置を調べ直し、テープの作製作業をしたが、当初予定していた部品は一〇個くらいしか加工できなかった。
その後、同月三〇日、債務者は、債権者に対し、テープを債務者に返すように言ったが、債権者は、既に破棄したと返答し、右返還を拒絶した。
債務者は、債権者の右行為により、部品加工に大幅な遅れが生じ、部品作製を外注に依頼したこと等により、合計六八万三七六八円の損害を被った他、東洋運搬機に多大の迷惑をかけたことにより、債務者の信用を著しく損なわれた。
債権者の右行為は、債務者会社の就業規則一四条一項三号、二七条一項三号、三六条、三七条一項三号、五号、八号、四三条四号、七号、八号に該当する。
(3) 債権者は、内容証明を東洋運搬機に出せば、債務者会社は潰れるとの暴言を吐いた。
債権者の右行為は、債務者会社の就業規則四三条八号、九号に該当する。
2 争点は、債務者主張の右(1)、(2)、(3)の解雇事由の存否である。
第三当裁判所の判断
一 疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 債権者は、債務者会社において、主として、NC旋盤機(コンピュータで作動させて旋削する工作機械)を操作する業務に従事していたのであるが、債権者は、従来、右NC旋盤機の加工順プログラムを債権者にとって作業のしやすいように、変更して作業してきたこと、
2 債権者は、平成五年七月一四日、債務者に対し、同月二三日に有給休暇をとる旨を届け出たこと、
3 そこで、債務者会社の東口次長は、同月二二日、従業員の笘本に対して、債権者が翌二三日休暇をとるので、二三日の作業を債権者より引き継ぎ、笘本が同じ作業をするようにと指示したこと、
4 同月二二日、笘本は、債権者の作業場所に赴き、債権者に対し、「明日、休むらしいね。私が明日、仕事をするが、大丈夫ですか。」と尋ねたところ、債権者は、「大丈夫やけど、やらなくてもよい。第一、材料がない。」と返答したこと、
5 そこで、笘本は、「納期が遅れているのに。」と言ったところ、債権者は、「そんなことは知るか。」と答え、笘本が、「あなたが責任を持って仕事をしているのに。すぐ事務所へ。」と言ったにもかかわらず、債権者は、「放っておいたらよい。」と答えたこと、
6 そのため、笘本は、東口次長に対し、右のやりとりを報告したところ、東口次長は、「明日、午前一〇時ころ、材料が入るので、笠原君に、よく仕事のやり方を聞いてくれ。」と笘本に指示したこと、
7 笘本は、右指示を受けた後、債権者の作業場所に赴き、引き継ぎをしてほしい旨を言ったが、債権者は、「大丈夫やけど、保証はしない。仕事をしたかったら、役員のテープでやればよい。」と言ったため、笘本は、債権者に対し、「そんなことを言っては、会社のためにならない。あなたも休むのだから、会社に迷惑をかけないようにしよう。」と言ったこと、
8 同月二三日、笘本は、債権者がしていたのと同じ作業を始めるべく準備したところ、NC旋盤の制御機に記憶されている筈の部品加工用のプログラムの記憶が完全に消去されていた(債権者が右プログラムを消去したことについては、当事者間に争いがない。)ため、笘本は、東口次長らとともに、NC旋盤の制御機にプログラミングを記憶させるのに使用するテープを探したが、どこにも見当たらなかったこと、
9 そこで、笘本らは、テープを再生すべく、テープ作成用のコンピュータ(オオクマ五〇〇〇一B)に使用するフロッピー・ディスクを探したが、右フロッピー・ディスクからは、テープ作成用のプログラミングが消去されていたこと、
10 右フロッピー・ディスク以外にも、テープ作成用のコンピュータに使用するフロッピー・ディスクとしては、佐渡次長が作成していたものがあるが、前記NC旋盤機については、従来から、債権者が自ら作業のしやすいように加工順プログラムを変更していたため、佐渡次長の作成したテープ作成用のフロッピー・ディスクを利用してテープを作成しても、所定の部品はできず、また、NC旋盤機を破損する恐れがあったこと(なお、債務者は、右加工順プログラムの変更について、債権者が上司の許可なく、勝手に変更したものである旨主張するが、本件全疎明資料によっても、本件解雇事件が起きるまで、債務者会社において、右加工順プログラムの変更について、債権者に対して注意を与えた形跡も窺えず、したがって、右主張を認めることはできない。かえって、疎明資料によれば、債務者会社は、債権者に対し、長期にわたりNC旋盤機の作業の手順を委ねていたことが認められ、したがって、右加工順プログラムの変更についても黙認していたものと推認される。)、
11 そこで、債務者会社において、債権者に電話連絡をとったが、繋がらず、やむなく、佐渡次長は、NC旋盤機の刃物位置を調べて、テープを作製したが、当初予定していたよりも僅かの部品しか加工できなかったこと、そのため、債務者会社は、納期に間に合わせようとして、外部に対し、部品加工の注文をしたこと、
12 債権者は、同月二四日から二六日まで夏期休暇をとり、同月二七日に出社したので、同日、債務者会社役員において事情を聞くため、債権者を会議室に呼んだが、債権者は、「一人ではいやなので、弁護士を呼んでほしい。得田君(債務者会社の同僚)と同席であれば出席してもよい。」等と言って出席を拒否し、やむなく、債務者会社役員が債権者の作業場に赴いて、債権者から事情を聴取したところ、債権者は、「自分で作ったものを他の人に使われるのはいやだから、テープは家に持ち帰った。」と返答したこと、
13 債務者は、同月二七日、役員会議を開いて、債権者を第一製造部より第二製造部に配置を変える旨を決定し、債務者会社の工場長佐々木光雄(以下「佐々木工場長」という。)において、同日、その旨を債権者に通知するとともに、従来、債権者の従事していた業務を笘本に引き継ぎ、工具やテープも笘本に引き渡すようにと債権者に指示したこと、
14 同月三〇日、佐々木工場長は、笘本より、テープのうち一本分を除いて、債権者より返還してもらっていない旨の連絡を受け、同日、債権者に対し、残りの紙テープを返還するように要求したが、債権者は、「テープは全部処分して、もうない。」と言ったこと、そこで、佐々木工場長は、「上司の許可もなく処分したのか。」と問い詰めたが、債権者は、「腹が立ったから破った。訴えるのなら、訴えても結構だ。」と返答したこと、
15 そのため、債務者会社は、テープを新たに製作したが、その間、債権者が従来担当していたNC旋盤機において部品を加工することができず、外部に部品加工を発注したため、外注依頼費用やテープ作製費用等の少なからぬ金銭的損害を被ったこと(なお、債務者は、雇用助成金四万八六五二円を受理できなかったことも損害である旨主張するが、雇用助成金の制度趣旨に照らすと、これを債権者の行為に基づく損害とは認めることはできない。また、これ以外の損害の額については、債務者は、六三万五一一六円であると主張するが、客観的な裏付け資料が足りないため、損害額が債務者主張のとおりであるかは断定し難い。)、
16 債務者会社は、東洋運搬機よりの受注が九〇パーセントを超えており、その意味で、債務者会社にとって、東洋運搬機との取引関係が最重要であるところ、債務者会社は、債権者の行為により納期遅れが生じたため、東洋運搬機との信用関係を損なったこと、
17 債務者会社の就業規則四三条によれば、「従業員が次の各号の一つに該当するときは次条の規定により制裁を行う。」と規定され、同条の四号には「故意に業務の能率を阻害し又は業務の遂行を妨げたとき」、八号には「会社の名誉、信用を傷つけたとき」、また、一一号には「業務上の指示命令に違反したとき」とそれぞれ事由が規定され、さらに、同就業規則四四条によれば、「制裁はその情状により次の区分により行う。」と規定され、制裁の種類として、「訓告」、「減給」、「出勤停止」及び「懲戒解雇」が規定されていること、
二 以上の事実によれば、債権者は、平成五年七月二三日の有給休暇の前日である二二日に、笘本より、明二三日、NC旋盤機で作業をするので引き継ぎをしてほしい旨の連絡を受けておりながら、自分勝手な判断から、作業しなくてもよいと笘本に伝え、NC旋盤の制御機に記憶されている部品加工用プログラムの記憶を消去した上で、NC旋盤の制御機にプログラムを記憶させるのに使用するテープを自宅に持ち帰ったこと(なお、債権者に対する指示連絡は、右のとおり、同僚の立場にある笘本からなされており、債務者会社の上司が直接、債権者に対して、明確な業務命令という形式でしていないので、債務者側の管理体制にも問題がないわけではない。しかしながら、右の笘本からの連絡は、同僚の立場にある者からの連絡ではあるが、前記認定のように、上司の東口次長の指示を受けた上での連絡であり、また、前記認定のような笘本とのやりとりからいって、債権者も、当時、上司から笘本に対し、そのような指示があったものと認識していたと認められるから、債務者会社の上司が債権者に直接、指示連絡しなかったとしても、債務者会社の指示があったことには変わりがないというべきである。そして、債権者は、上司からの作業引き継ぎの指示があったことを認識しながら、あえて、NC旋盤機の作動に必要なテープを自宅に持ち帰っていることからいって、債権者には、債務者会社の業務の能率を阻害し又は業務の遂行を妨げても構わないとの意思があったものと推認せざるをえない。債権者は、笘本から連絡を受けて同人に対し、作業をしなくてもよいと返答しているが、従来、NC旋盤機の作業が専ら債権者に委ねられていたとしても、債権者が有給休暇をとる翌二三日にNC旋盤機を作動させるか否かは、債務者会社の経営者もしくはその指示をうけた会社幹部が判断すべき事柄であるから、債権者の右発言は、誠にもって自分勝手な判断というほかない。)、その後、債権者は、会社の上司からテープを返還するように指示されたにもかかわらず、破棄したと言って指示に従わなかったこと、また、債権者の右のような行為により、債務者会社は、外注依頼費用やテープ作製費用等の金銭的な損害を被ったばかりでなく、納期遅れにより、東洋運搬機との信用関係をも損ねたことの各事実が認められ、これらの事実によれば、債権者には、就業規則四三条四号(故意に業務の能率を阻害し又は業務の遂行を妨げたとき)、八号(会社の……信用を傷つけたとき)及び一一号(業務上の指示命令に違反したとき)所定の事由があることが認められるというべきである。
もっとも、債権者は、本人に対する審尋の中で、NC旋盤用のテープについては、七月二二日に退社する時点では、NC旋盤の制御盤の屋根の上にビニールを被せて置いていたのであって、テープを自宅に持ち帰ってはいない旨陳述する。
しかしながら、債権者の右陳述は、債務者会社役員からの七月二七日の事情聴取の際、「自分で作ったものを他の人に使われるのはいやだから、テープは家に持ち帰った。」と返答したことと矛盾するものであり、直ちに信用し難いというべきである。そして、仮に、債権者がテープを自宅に持ち帰ってはいないとしても、前記認定のように、笘本や東口次長らが探してもどこにも見当たらなかったことからいって、容易に発見し難い箇所にテープを置いたことが推認され、このことと、前記認定のような、七月二二日の笘本と債権者のやりとりに鑑みると、債権者は、故意に、そのように容易に発見し難い箇所にテープを置き、債務者会社の業務の能率を阻害し又は業務の遂行を妨げたものと推認することができるというべきであるから、前記就業規則四三条四号に違反することには変わりがないというべきである。
また、債権者は、従来からも、作業終了時は、テープを廃棄していたものであり、ことに右テープについては、債権者が独自に開発したものであるのであるから、テープの廃棄の点を問題にするのは不当である旨主張する。
しかしながら、右テープについては、債権者が独自の工夫により変更を加えて作製したものであることは認められるものの、右テープ(素材は債務者会社所有のものである)は、債務者会社所有のNC旋盤機を作動させるソフトウェアであるから、いかに、独自の工夫により変更を加えたとしても、会社従業員である債権者には、債務者会社に無断で廃棄処分をしうる権限があるとは認められない(従来、債権者がテープを廃棄しても、債務者会社から問題とされなかったのは、NC旋盤機の作業について専ら、債権者に委ねられてきたため、支障が生じなかったためと推認される。)。そして、右テープは、いったん作製すれば、すぐに劣化して使用できなくなるという性質のものではなく、NC旋盤機において同じ作業をするのであれば、それを再び使用すれば足りるのであるから、債権者において、七月二二日の直後にテープを廃棄したのであれは、それには合理的理由はないものというほかない。
三 前記のような債権者の行為は、就業規則四三条四号、八号及び一一号に該当するものであって、右行為の性質及び債務者会社に与えた損害や影響等、本件に現れた諸般の事情を総合考慮すると、債務者が右事由に基づき債権者を通常解雇するのもやむを得ないものと認められ、本件全疎明資料によっても、右解雇が解雇権の濫用であると認めるに足る疎明はない(なお、債権者の右行為は、懲戒解雇事由に相当するものであるが、債務者において、懲戒解雇事由に基づいて通常解雇することは、債権者にとって、有利になる(ママ)こそすれ、不利になることはないから許容されるというべきである。)。
したがって、債務者主張の解雇事由(1)及び(3)の点を判断するまでもなく、債務者が債権者に対してなした解雇は相当であるというべきである。また、右解雇については前記認定のような理由があると認められ、債権者主張のように、債権者の組合加入や組合活動を嫌悪してなされたと認めるに足りる疎明はない。
四 結論
以上の次第で、債権者の本件仮処分命令の申立ては、被保全権利の疎明がなく理由がないので、これを却下することとし、申立費用につき、民事保全法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 源孝治)