大阪地方裁判所 平成5年(ヨ)432号 1993年9月27日
債権者
X
右代理人弁護士
中道武美
債務者
医療法人a会
右代表者理事長
A
右代理人弁護士
加納雄二
上野勝
水田通治
主文
一 債権者が債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
二 債務者は、債権者に対し、平成四年一二月二〇日から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月二〇日限り一四万六八五九円を仮に支払え。
三 債権者のその余の申立てを却下する。
四 申立費用は債務者の負担とする。
理由
第一事案の概要
一 事案の概要
本件は、債務者経営の診療所に勤務中、<1>理事に対する暴言、<2>事務長に対する誹謗中傷、<3>無許可ビラの配布、<4>課長に対する強要を理由に懲戒解雇処分を受けた債権者が右処分は無効であるとして、その地位確認及び賃金仮払を求めるものである。
なお、債務者は債権者を相手方として、就労闘争を継続する債権者の診療所施設への立入禁止を求める仮処分命令を申立てている(当裁判所平成四年(ヨ)第四五四六号)。
二 主要な争点
1 懲戒解雇事由の存否。
2 解雇権の濫用の該当性。
3 解雇手続の適法性(賞罰委員会の適法性)
第二当裁判所の判断
一 争いのない事実関係
1 (当事者)
(一) 債務者は、診療所及び病院を経営すること等を目的として昭和五五年一月二六日設立された医療法人であり、肩書地において勤務者合計約六〇名のb診療所を開設し、また、和歌山県橋本市において勤務者合計約一五〇名のc病院を経営している。
なお、債務者は、昭和五一年八月、南大阪における労働運動の一環として、労災職業病の対策等労働者のための医療機関を目指して、債務者理事長により設立されたb診療所が医療法人化されたものである。
(二) 債権者は、昭和五三年二月、債務者の前身であるb診療所に就職し、医療法人化された後も同診療所医事科の職員として医療事務、受付に就業してきた。
なお、雇用形態はパートであり、給与は時間給で、金曜日は全日、その余の平日は午前中のみの勤務である。
(三) 債務者内には、昭和六〇年一月、a会労働組合として結成され、平成三年八月末ころ全国金属機械労働組合港合同に加盟した同労働組合港合同a会支部(以下「組合」という。)があり、b診療所には約三七名の同組合の組合員がおり、債権者は同組合員である。
2 (解雇の意思表示)
債務者は、平成四年一二月一九日付けで、債権者に対し、債権者による、<1>Bに対する暴言、<2>C事務長に対する誹謗中傷、<3>ビラの無許可掲示、<4>D課長に対する強要脅迫を理由として、債権者を懲戒解雇とする意思表示をした。
二 解雇事由について
疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実を一応認めることができる(争いのない事実を含む。)
1 Bに対する暴言について
(一) 債権者は、平成三年八月六日、b診療所での受診を終え、一階待合室に来たBに対し、受付窓口での応対の際に、大旨「お前、理事だろうが、組合の言うことを聞けよ。組合をなめるなよ。」と発言した。
(二) これは、後に判示するとおり、債務者が同月五日から組合の同意を得ぬまま、新勤務時間体制を実施したことから、債務者理事であるBに対し苦情を言ったものである。
2 Cに対する誹謗中傷について
(一) 債権者は、平成四年七月一一日午前九時三〇分ころから数度に亘り、診療所三階で勤務するC事務長に対し、「組合の勤務案では、Cは医事科の担当になっているからおりてこい。おりてこないなら、患者向けにそのことを掲示する。」旨電話をかけ、午前一〇時三〇分ころ、一階受付のカウンターに「(本日の)会計業務は担当のC事務長が業務拒否を行なっているためにとどこおっています。誠に御迷惑おかけして申し分けありませんが、支払は次回にして頂く場合もありますので悪しからず御了承下さい。」と記載した紙を貼り出した。そして、Cが午前一一時ころ一階受付に来たため、債権者は右掲示を受付カウンターから剥して受付内の掲示板に張り直した。
(二) この紛争には、医事科のE主任が平成四年四月末退職した後の欠員補充をどうするかを巡り債務者と組合が対立し、欠員が補充されていなかったため、Cが本来の職務の他、医事科業務のうちコンピューターの入力業務に従事せざるをえなかったこと、加えて、後に判示するとおり、平成三年八月五日導入の新勤務時間体制に関し債務者と組合とが対立していたことが背景にあった。すなわち、七月一一日の土曜日についてみれば、組合主張の勤務体制では、Cがコンピューター入力、債権者が受付、Fがデスクワーク、Gが窓口補助の各業務に従事することになっていたのに対し、債務者の人員配置としては債権者、F、Gで医事科を適宜担当する体制となっていた。そこで、債権者は組合主張の勤務体制を前提にCを呼出し、これに応じないCに業を煮やして、右張紙となった次第である。
(三) この点、債権者は、同日午前の受付は非常に忙しく、患者を待たせることが多く、その理解を得るため掲示した旨陳述するけれど、同日の受付業務の多忙さはさておき、右文言が個人名をことさら強調し、揶揄する表現をとるなどしていることから、患者の理解を求めるために作成したとは認め難い。
なお、債権者は右は組合の指示に基づくというけれど、従前の勤務体制により就労することが組合の指示に基づくにしても、本件全資料によるも、組合が前示掲示を指示したとは認めるに足りない。
3 無許可ビラの貼付について
(一) 債権者がPKO反対等のビラを一階待合室に度々掲示したことについて、債務者は、平成四年二月ころから度々注意を与えてきたが、債権者がこれを聞き入れないことから、同年三月一四日付けで「診療所の許可なく無断で、一階待合室に種々の個人的な掲示物を数度に亘り貼っており、再三の注意にもかかわらず、同じ行為を続けている。」と警告し、さらに三月二六日付けで「三月一四日付けの申渡書による忠告にもかかわらず、現在に至るもなお同様な行為を続けている。(中略)このような行為を続けるならば、賞罰規程に基づいた判断をせざるをえないことを申し渡す。」旨申し渡したが、債権者はその後も同様、関西反戦共同行動委員会、南大阪労組交流センターなどの作成名のあるPKOに反対する旨のビラなどを同年五月末ころまで度々掲示した。
(二) 債権者は右掲示が組合活動である旨主張し、組合がPKO反対の立場から活動していたことは認められるが、右掲示されたビラは組合以外の団体の作成名のビラであり、債権者のビラ掲示が組合の指示に基づくとはにわかには認めがたい。
(三) ところで、b診療所一階待合室には、昭和五一年の診療所設立以来、組合のビラの他、住民運動、労災被災者の支援運動、障害者運動など様々な外部の運動(たとえば○○事件)に関するビラ、ポスターが貼られ、債務者がそれを黙認してきた経過がある。
4 Dに対する脅迫、強要について
(一) 債務者は、同年七月一日付けで、歯科部主任Dをb診療所歯科部課長職とする辞令を発令した。これに対し、組合は管理強化、団結権の侵害に当たるとして強く反発し、Dに対し、抗議文を手渡す運動を展開することとし、同年八月五日、組合b診療所分会副委員長Hは、Dの課長職就任に反対する旨の内容で署名欄のある用紙に数名分の署名捺印されたD宛抗議文をDに渡した。さらに同月七日、一一日にも、組合員らが右抗議文をDに手渡した。なお、右抗議文は(二)の抗議文同様、抗議文の後に署名捺印欄の記載のある様式で、組合の作成名義のないものであった。
(二) 債権者は、同月二一日午後五時半過ぎころ、五階食堂において、組合員I、同Gとともに、Dに対し、同人らの署名がある前記抗議文を渡そうとしたが、Dは右受取を拒否した。そして、債権者らはDの要請により掛けつけたC事務長に制止され、口論となったが、その間更衣室に逃げ込んだDを追い、更衣室の戸を叩き、大声で抗議するなどした。
5 検討(就業規則所定の懲戒事由の該当性)
(一) Bに対する暴言について
右事実関係は前示のとおりであるところ、勤務時間中に従業員が業務外の件で患者に苦情を言うことは慎むべきであり、職場規律上問題がないとはいえないが、右態様は口答で苦情を言う程度であったこと、現に債務者はこの問題を一年以上経過した平成四年一一月の賞罰委員会において初めて問題とし、懲戒の対象となるような出来事と認識していなかったこと、他の患者にどの程度影響を与えたか疑わしいこと、その当否は措いて診療受付時間の変更を債務者が組合の同意なく実施した翌日であり、債権者の憤情も理解できぬではないこと、Bは債務者理事であって第三者ではないことなどに照らして、就業規則一六条二項の職場規律を乱した場合、或は、一七条二項の診療所の名誉信用を失墜させた場合に該当するということはできない。
(二) Cに対する誹謗中傷について
右事実関係は前示のとおりであるところ、勤務時間について債務者と組合とのいずれの主張が正当かはともかく、事務長の業務拒否という記載のほか、Cの個人名を赤で大書し、揶揄した表現をするなど悪意すら感じられるものであり、その作成の必要性は疑わしく、掲示場所が一階受付カウンターであり、患者からよく見える位置であるなど、患者の目に異様に映ることは容易に想像でき、債務者の信用を傷つける行為であり、就業規則一七条(出勤停止)二項の「職員としての品位、診療所の名誉、信用を失墜するような言動を行ったとき」に該当する。
この点、債権者は患者の混乱回避の目的で作成したとか、組合の指示に基づき作成したとか陳述するが、右弁明を認め難いことは前示のとおりである(もっとも、組合の黙示の承認があったとみる余地があるが、この点は不当労働行為の成否にはともかく、解雇事由の判断にはさほど重要でないと解される。)。
なお、債務者は、右は就業規則一八条(諭旨解雇)四項の「診療所の基本方針を阻害するような行為のあったとき」及び一九条(懲戒解雇)七項の「故意による行為で業務に重大な支障を来たし又は重大な損害を与えたとき」に該当する旨主張するので検討するに、前者については診療所の基本方針という観念は明確を欠くが、解雇という効果が発生することからして、企業秩序を根幹から揺るがすような行為をいうと思われるところ、債権者の行為はいまだそのような場合には当たらないし、後者については、債務者の主張は、債権者がコンピューターの入力業務を遅滞させたことを前提とするものであり、右は債権者の業務でなく、右遅滞の責を債権者に帰せしめるのは相当でないし、前示掲示物自体が業務の重大な支障又は損害を生ぜしめたと認めるには足りないから、債務者の右各主張は採用できない。
(三) PKO政治ビラの掲示について
企業施設内でのビラ掲示を許可制とすることは、組合活動の保障及び表現の自由との関係で微妙なものがあろうが、組合の意思表明の手段である場合を除いては、施設管理権により一応これを正当化でき、組合活動でないビラ貼付行為は、その施設、貼付場所の性質、ビラの形状、枚数、内容等に照らして、懲戒の対象となりうると解されるところ、本件においては、貼付場所が診療所の一階待合室であり、広く患者の目に触れる場所であること、本来政治的宣伝は診療所には馴染みにくいというべきところ、ビラの内容がPKO反対など特定の政治色が濃厚であることに照らして、PKO反対等の政治ビラを掲示することは、債務者の施設管理権を侵害し又は業務命令に違反する行為といわざるをえず、就業規則一六条(譴責)の「正当な理由なく上長に反抗し、又はその指示に従わなかったとき」、「職場規律を乱したとき」に該当すると解される。また、債務者からの再三の警告に応じず、これを継続した点において情状が重いということができる。
この点、従前診療所内で医療関係又は組合活動以外の掲示物を債務者が容認してきた事実は認められるけれども、右が労働契約又は労働協約と同視できる労使慣行であると認めるに足りる資料はなく、債務者が従前の取扱いを変更するに際し、再三に亘り警告を与えているのであるから、債権者の処分に消長を来すものでない。
なお、債務者は、就業規則一八条(諭旨解雇)の「診療所の施設、物品を許可なく私用に供し、もしくは診療所の物品を隠匿し又は持出すこと」に該当すると主張するが、同条が懲戒事由となる所以は、企業財産の保全の観点から、企業財産に対する侵害行為を懲罰の対象としたと解されるから、企業秩序違反と評価できても、具体的財産の侵害を伴わない前示行為は、前記規定に該当するということはできない。
なおまた、債務者は、右行為が同条四項の「診療所の基本方針を阻害するような行為のあったとき」に該当する旨いうが、基本方針なる概念を前示のとおり解する以上、これに該当しないと解される。
(四) Dに対する強要、脅迫
右事実関係は前示のとおりであるところ、抗議文の受領を求め、更衣室の戸を叩いた行為が、一七条二項(出勤停止)の職員としての品位を欠く行為に該当するかであるが、同項は右に続く「診療所の名誉、信用を失墜する言動」との文言から明らかなとおり、企業の信用を害する行為を対象とするから、第三者の目に触れない場所で、従業員に向けられた行為はその対象外であると解され、品位を欠くか否かを問わず同項に該当しないというべきであるし、より基本的には、抗議文を手渡すことが組合の方針であったことは前示のとおりであって、D個人を抗議行動の対象とすることは議論の余地はあろうが、紛争の渦中のDに対し抗議文の受領を説得することは、その態様が不相当でない限り、組合活動として是認されるというべきであり、債権者の抗議行動は些かきついとの感は受けるが、その程度が不相当とはいまだ認めるには足りず、同項には該当しないと解される。
また、債務者の主張によれば、Cが制止したのに受領を求めた点が就業規則一六条四項の上長に対する反抗に当たるとするが、勤務時間外に組合活動をする債権者に対しCが制止を命じ、これに従わないことをもって反抗となすことはできず、同項に該当しないし、また、同条八項の職場規律違反にも、右同様該当しないと解される。
(五) 総合的検討
以上検討したところによれば、Cに対する誹謗中傷が出勤停止事由に、ビラの配付行為が譴責(ただし、情状により出勤停止)事由に該当すると解されるが、これらを併せても懲戒解雇事由に該当するということはできない。
したがって、本件解雇はその解雇事由を欠き、無効である。
三 解雇権の濫用(不当労働行為)について
債権者は、本件解雇は、債務者が組合活動を嫌忌し、債権者を職場から排除し、労働組合を崩壊させる意図でなしたもので、解雇権の濫用又は不当労働行為に該当し、無効である旨主張するので以下検討するに、疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、一応以下の事実を認めることができる。
1 債務者は、平成三年八月五日から、人件費の増大等に対処する経営改善を理由として、午後の患者の受付時間を従来、午後四時から七時三〇分までであったのを、午後二時から六時までなどとする診療体制の変更をした。これに対し、組合は、労働条件の変更を伴う新勤務体制に反発し、従来どおりの勤務時間で就業する等の組合運動を展開し、これに対抗することとなった。
2 その後、債務者は、平成四年四月二五日付けで、組合に対し、昭和六一年三月一三日に債務者と組合の前身a会労働組合b診療所分会が締結した組織、労働条件の変更には組合との事前協議、同意を要するとした労働協約を労組法一五条により破棄する旨予告するに至った。
3 さらに、債務者は、組合に対し、平成四年六月二七日、同年七月一日から、前判示のとおり、非組合員であるDを歯科課長とする人事を通知した。これに対し、組合は反発し、債務者に対し、右職制変更は組合との団交を経るべきとして団交を申入れたが、債務者は団交事項でないとしてこれを拒否している。
この間、組合は、債務者を相手方として、大阪府地方労働委員会に団交拒否、c病院における別組合との差別取扱、組合員に対する降格人事、処分などに関し数多くの不当労働行為救済を申立てており、同地労委は、平成五年四月一五日付けで、債務者に対し、c病院のV書記長に関する団体交渉を巡る紛争に関して、団交拒否を不当労働行為であるとして団交応諾等を命令した。
これらによれば、平成三年八月ころから、組合と債務者は勤務時間、賃金等の労働条件、組合役員の処分問題、団体交渉など数々の問題を巡りかなり深刻な対立状態にあったこと、本件解雇処分の対象となる債権者の行為はその個性から生じたとみられる側面はあるとしても、いずれも組合活動に密接に関連する行為であり、右処分は組合活動に萎縮を与えるなど現実に組合活動を阻害する効果を有すると認められること、後に判示するとおり、組合との団体交渉を誠実に尽くさないとか、賞罰委員として事務長、事務次長など使用者の現場責任者の立場にある者を職場代表であると強弁するとかの姿勢には、組合活動を嫌忌する意図を窺うことができることなどの事情のある本件においては、債務者は組合を嫌悪し、組合活動を弱体化させるために、本件処分をしたと推認せざるをえず、本件解雇処分は、債権者が組合活動に関連して勢い余って惹起した軽微な非違行為を右目的に利用したもので、懲戒事由が解雇に値しないこと並びに賞罰委員会手続に瑕疵があることをも併せ考えると、社会通念上相当として是認することはできず、解雇権を濫用した無効な処分といわざるをえない。
四 解雇手続について
債権者は、本件懲戒処分に当たり開催された就業規則一二条所定の賞罰委員会は、同条三項の運営規則を別に定めることなく、また、同二項の職場委員を排除して経営委員のみの構成によりされたもので、公正を欠き、同一項に違反し無効であると主張するので、以下検討する。
疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実を一応認めることができる(争いない事実を含む。)。
1 債務者は、平成四年六月一〇日付けで、組合に対し、債権者によるビラの無許可掲示について、賞罰委員会を開催するため、賞罰委員を理事会委員長J、理事会委員K、L、M、職場代表委員N、O、P、Qとする旨通知した。これに対し、組合は賞罰委員会の運営は団体交渉の付議事項と主張し、同月二〇日付けで、組合との事前交渉なく一方的に職場代表委員を選任したこと等について抗議及び団交申入れをした。しかし、債務者は、同月二四日、J委員長、K、L、M出席の上(Nら職場代表委員欠席)、賞罰委員会を開催したが、無許可ビラ貼り行為について、懲戒解雇、出勤停止、諭旨解雇とする意見に分れた。
次いで、債務者は、同年七月一六日付けで、組合に対し、前回の賞罰委員会の続行と、併せて前示C問題について賞罰委員会を開催する旨通知した。なお、右通知書の中で賞罰委員会の開催は団交によるべきとの組合の考え方を受入れない旨表明した。組合は、同月一八日、右に反発し、重ねて団交開催を申入れた。
2 その後、D問題等を巡って組合と債務者との間で議論の応酬がなされていたところ、一〇月九日に団体交渉が開かれたものの、入口論議で紛糾し、次回の団交期日について両者の日程調整がつかないまま、債務者は同月一六日、二〇日までに団交を開かねば賞罰委員会を開催する旨通告するに至ったが、同月二〇日付けで、賞罰委員会については、職場委員について組合に通知していること、任命した委員の変更の要求があれば申出るよう伝えてあること、団交に応じる意思のあることを通知し、組合は、これに反発しつつも、同月二三日、ようやく団体交渉が開催され、その席で債務者は同月二六日に賞罰委員会を開催することを通知し、賞罰委員会開催の必要性は団交事項であるとの組合主張は受入れなかった。さらに、二四日債務者からの申入れで団体交渉が開催されたが、組合は賞罰委員会開催の必要性は団交議題と主張して、これに応じない債務者と対立する一方、債務者は、賞罰委員会の運営方法についても組合との交渉に応じず、組合からの組合選任の職場代表委員の出席要求も拒否した。
組合は、一〇月二六日付けで、債務者に対し、職員代表の賞罰委員としてRほか三名を選定した旨通知し、同日、右Rらが賞罰委員会に出席しようとしたが、債務者は、Rらの出席を拒否し、K委員長、J、L、M出席の上(Nら欠席)、賞罰委員会を開催した。そして、無許可ビラ貼付及びCに対する誹謗中傷につき、諭旨解雇が相当である旨判断した。
3 債務者は、一一月一一日の団体交渉の際、組合に対し、同月一八日に賞罰委員会を開催することを通告し、同月一三日付けで、組合に対し、Dに対する強要脅迫及びBに対する暴言について賞罰委員会を開催すること、賞罰委員としてKを委員長に、理事会委員としてJ、L、M、職場代表委員としてS、T、C、Uとすることを通知したが、右通知書からは、賞罰委員会の対象となるD問題について、債権者のみならず、抗議文に署名捺印し、抗議行動をした組合員全員を対象とするもののようであった。なお、職場委員Cは事務長、Uは事務次長であり、Sは歯科部長、Tは非組合員で、もと債務者理事であった。
他方、組合は、同月一三日付けで、債務者に対し、職員代表の賞罰委員としてRほか三名を選定したことを通知するとともに、賞罰委員会の必要性及び手続について団体交渉を開催するよう申入れ、さらに、同月一七日付けで、債務者に対し、右団交を拒否したこと、職場代表委員として経営側の団交メンバーを入れたこと並びに組合員全員を懲戒の対象としたことに抗議した。
しかし、債務者は、同月一八日、K委員長、M、L、J、C、U出席の上(S及びTは欠席)、賞罰委員会を開催し、Dに対する強要脅迫につき出勤停止、Bに対する暴言につき諭旨解雇が相当であると判断した。ちなみに、組合員ら三六名については譴責相当と判断されている。
ところで、就業規則一二条は、「<1>懲戒は、その公正を期するために、賞罰委員会の議に付し、診療所が決定する。<2>賞罰委員会は、理事会及び職員代表それぞれ四名の委員をもって構成する。<3>賞罰委員会の運営は別に定める。」と規定するが、債務者にはいまだその運営に関する規定は定められておらず、かかる場合一切賞罰委員会を開催できないと解するのは相当でなく、就業規則同条二項の趣旨、労使双方の信義誠実の原則に照らし、合理的な運営方法により賞罰委員会を開催することができると解するのが相当である。
まず、右運営方法をいかに定めるかであるが、就業規則は職場代表の参与を認め、債務者の恣意的な賞罰を防止する手段としていること、組合はb診療所において労働者の過半数で組織する労働組合であること、債務者c病院において債務者が組合に職場代表の委員選任を依頼した前例があることに照らすと、職場代表委員の選任手続、賞罰委員会の定足数、議事手続等の運営細則を定めることは、賞罰が経営権の一種に含まれるとしても、団体的労使関係の運営に関する事項として団体交渉の対象事項と解するのが相当である。したがって、使用者が誠実に団体交渉に応じたにもかかわらず、合意に到達できない場合は格別、まず団体交渉を通じて運営事項を決すると解するのが相当である。
まず、第一、二回目の賞罰委員会であるが、もとより組合に職場委員の選任権があるとは当然にはいえず、また賞罰委員会開催の必要性が団交事項であるとの主張には若干の疑義あるところであって、団体交渉がうまく機能しない全責任を債務者に帰せしめることはできないが、運営細則で定めるべき職場代表委員を組合との協議なく一方的に選任したり、賞罰委員会の開催を団交事項とする組合の主張を逆手に取って早々に団体交渉を打ち切って賞罰委員会を開催するなど、債務者が、労使の信義誠実の原則に従い、実質的な団体交渉を尽くしたとまではいえないから、運営に関するルールが全く定まらぬまま、職場代表委員の出席を欠いてされた第一、二回の賞罰委員会は就業規則一二条二、三項に反する疑いがある。
さらに、第三回賞罰委員会は、右同様の問題がある上、現実に職場委員として参加した者はC事務長、U事務次長など、債務者において組合対策に当たるなど使用者の利益を代弁する者であり、職員を代表する者とはいえず、就業規則の要求する賞罰委員会でないことは明らかである。
以上の点につき、債務者は、団体交渉は行なった、団体交渉の打切りは組合が賞罰委員会を否定する態度に出たためである、第三回賞罰委員会は組合員全員が懲戒対象であったためCらを職場代表委員とした旨主張するようであり、形式的には数回の団交が開かれたこと、組合が賞罰委員会の開催の必要性を団交事項としたり組合の選任権を主張したことは所論のとおりであるが、開催された団体交渉はいずれも入口問題で難航し、運営方法等につき議論がされたとはいえず、実質的には団体交渉を経ていないと評価せざるをえないし、また、その責任は債務者にもあるというべきである。また、最後の主張については、無謀な主張であって判断の要を認めない。
ところで、債務者就業規則において賞罰委員会は諮問機関であり、懲戒処分は診療所が行うとされているけれども、就業規則が職場代表委員の参加を要求する趣旨は、職場委員の意見を反映させることで、債務者の恣意、独断を防止し、もって賞罰の公平を期するためであるから、賞罰委員会の議を経ていない(又はそれと同視できる)懲戒処分は就業規則に反して無効であるというべきである。
したがって、本件解雇処分は手続的にも重大な瑕疵があるというべきである。
五 保全されるべき権利関係
1 賃金額について
疎明資料によれば、債権者は、債務者から毎月末日締めの翌月二〇日払いで賃金を支給されていたが、本件直前の平成四年一〇月から一二月までの三か月間においてそれぞれ一四万六五二三円、一五万五七六三円、一三万八二九一円の合計四四万〇五七七円、一か月平均一四万六八五九円の支給を受けていたと認められる。
2 小括
以上のとおり、本件解雇は無効であるから、債権者は債務者に対し、雇用契約上の地位を主張することができ、また、右地位から発生する月額一四万六八五九円の継続的な賃金債権を有するということができる。
六 保全の必要性
疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、本件申立ての保全の必要性は優に首肯することができる(ただし、仮払の終期は本案の第一審判決言渡しまでで足りる。)。
七 結論
以上のとおり、債権者の申立ては主文掲記の限度で(仮払の終期を除いて)理由があるから、主文のとおり決定する。
(裁判官 山本和人)