大阪地方裁判所 平成5年(ワ)11085号 判決 1999年3月31日
原告(反訴被告、以下「原告」という。)
道上周平
原告(反訴被告、以下「原告」という。)
枦山朱実
右原告ら訴訟代理人弁護士
本上博丈
同
秋田真志
被告(反訴原告、以下「被告」という。)
アサヒコーポレーション株式会社
右代表者代表取締役
太田裕史
右訴訟代理人弁護士
谷口達吉
右訴訟復代理人弁護士
向井理佳
主文
一 被告が原告らに対して平成五年五月二八日付けでした懲戒解雇が無効であることを確認する。
二 被告は、原告道上周平に対し、一七〇万円及びこれに対する平成五年一二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告は、原告枦山朱美(ママ)に対し、一一〇万円及びこれに対する平成五年一二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
五 被告の反訴請求を棄却する。
六 訴訟費用は、本訴反訴を通じこれを三分し、その一を原告らの負担とし(ただし、負担割合は原告道上周平二に対し原告枦山朱美を一とする。)、その余を被告の負担とする。
七 この判決は、第二項及び第三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
(本訴)
一 主文第一項と同旨
二 被告は、原告道上周平に対し、六〇〇万円及びこれに対する平成五年一二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告は、原告枦山朱実に対し、三三〇万円及びこれに対する平成五年一二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(反訴)
原告らは、被告に対し、各自五八六万九七二六円及びこれに対する平成六年七月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告の金員等を横領したとして被告から懲戒解雇されるとともに、業務上横領罪で告訴された原告らが、被告に対し、横領の事実はなかったとして、被告に対し、右懲戒解雇が無効であることの確認を求めるとともに、無効な懲戒解雇及びその事実を取引先等に流布されたこと等並びに虚偽の告訴が原告らに対する不法行為を構成するとして、慰謝料及び弁護士費用の支払を求めた(本訴)のに対し、被告が、原告らに対し、右横領行為によって被告が被った損害の賠償を求めた(反訴)事案である。
一 前提事実(争いのない事実及び弁論の全趣旨により認められる事実)
1 原告道上周平(以下「原告道上」という。)は、平成三年二月二一日被告に雇用され、原告枦山朱実(以下「原告枦山」という。)は、同年八月二一日被告の関連会社のパート社員として雇用され、平成四年二月一日、契約社員として被告に雇用された。
2 原告道上は、被告に入社すると同時に開発事業部営業課に配属され、平成三年六月には同部開発課長となり、北港支店において輸入洋酒の販売を担当していたが、同年一〇月頃からは、保税事務も担当するようになった。原告道上は、平成四年三月二五日、被告の子会社であるセンチュリークウィーン株式会社(以下「センチュリークウィーン」という。)の代表取締役を兼ね、同年七月被告の洋酒部長となった。
3 原告枦山は、もと被告の関連会社であるレストランオールディーズで働いていたが、被告の契約社員となった平成四年二月一日以降、開発課特別主任の肩書のもと(正式発令は同年六月頃)、原告道上の部下として、洋酒販売事業の営業部門を担当した。
4 平成四年一一月中旬ころ、大阪税関桜島出張所(以下、単に「税関」という。)の係官による被告の保税倉庫の立入検査があり、四種類の未通関商品の数量不足等が指摘された。また、その後被告において調査した結果、同月末ころ、保税倉庫内に保管されている未通関商品のうち九種類の商品について、その数量が不足することが判明した(以下、これらの問題を「保税問題」という。)。
そこで、被告は、この未通関商品の不足を隠蔽するため、不足する商品に相当する商品をセンチュリークウィーン名義で国内から買い付けて補填した。
平成五年三月一七日、税関による再調査が行われたが、特に問題はなく終了した。
5 原告道上は、平成五年三月一五日、被告に対し、同年四月二〇日をもって退職する旨の退職願を提出し、原告枦山は、同年四月九日、被告に対し、同月二三日をもって退職する旨の内容証明郵便を送付したが、被告は、同年五月二八日付けで、原告らを懲戒解雇する旨の意思表示をした(以下「本件懲戒解雇」という。)。
6 被告は、平成五年六月頃、大阪府警港警察署に対し、原告らを約四三〇〇万円の業務上横領容疑で告訴した(以下「本件告訴」という。)。原告道上は、本件告訴により、同年九月一四日、大阪府警港警察署に逮捕され、勾留のうえ、取調べを受けたが、不起訴となった。原告枦山は、本件告訴により、三回にわたり取調べを受けた。
二 原告らの主張1(本訴請求原因)
1 本件懲戒解雇の無効
原告道上は、保税問題をすべて原告道上の責任とする被告の態度に失望し、平成五年三月一五日、被告に対し、同年四月二〇日をもって退職する旨の退職願を提出した。原告枦山は、同年一月ころ、それまで従事していた営業の仕事からはずされ、また、同年三月末頃より、被告から後述のような執拗な嫌がらせを受けたため、同年四月九日、同月二三日をもって退職する旨の退職願を提出した。しかるに、被告は、同年五月二八日、十分な調査もしないまま、原告らが商品代金多額を横領したと決めつけ、そのことを理由に一方的に本件懲戒解雇に及んだ。しかしながら、原告らが商品代金を横領した事実はなく、本件懲戒解雇は無効である。
2 被告の不法行為
(一) 名誉毀損
被告は、何の根拠もなく原告らを懲戒解雇したうえに、平成五年六月下旬頃、数百の酒販店に対し、原告らを懲戒解雇した旨のはがきを送付したり、複数の酒販店に対し、原告らが共謀して商品代金を横領したと述べたりした。これらは、原告らの名誉ないし名誉感情を毀損する不法行為に該当する。
(二) 原告枦山に対する嫌がらせ
被告代表者、牧照巳国際部長(以下「牧」という。)、福山雄二開発課長(以下「福山」という。)及び新開正次営業課長(以下「新開」という。)は、平成五年三月三一日、原告枦山に対し、原告らは男女関係にあり、就業時間中に密会しているのではないか等と執拗に詰問した。また、翌四月一日、被告代表者は、原告枦山に自宅謹慎を言い渡し、自宅から一歩でも出るときは連絡せよと命令した。さらに、被告代表者は、同月二四日午後二時頃、大阪市港区内のロイヤルホストにおいて、原告枦山に対し、「こういうカネに関わることはよく世間にある。なぜみんな告訴しないのか分かるか。みんな自白するからだ。」等と執拗に詰問した。
これらの行為は、原告枦山に対する不法行為を構成する。
(三) 告訴権の濫用
被告は、原告らが商品代金約四三〇〇万円を横領したとして、平成五年六月頃、本件告訴に及んだ。しかし、これは十分な調査もしないまま一方的に決めつけてされたもので、告訴権の濫用であって、原告らに対する不法行為を構成する。
その結果、原告道上は平成五年九月一四日逮捕され、不起訴処分になるまで一七日間の身柄拘束を受けた。原告枦山は、三回にわたり、被疑者として取調べを受けた。
(四) 損害
(1) 慰謝料
原告道上五〇〇万円、原告枦山三〇〇万円
(2) 起訴前弁護士費用
原告道上は各代理人弁護士に二五万円ずつ計五〇万円を支払った。
(3) 本件訴訟の弁護士費用
原告道上につき五〇万円、原告枦山につき三〇万円
三 被告の主張(本訴抗弁〔懲戒解雇事由〕及び反訴請求原因〔原告らの不法行為〕)
1 懲戒解雇事由
原告らには、以下に述べるような行為があり、これらは、就業規則六八条五号(窃盗、横領、傷害その他刑罰行為に触れる行為をした者)、一四号(職務上の指示命令に従わず、職場の秩序を乱し又は乱そうとした者)及び一八号(その他各号に準ずる不都合な行為をした者)に該当するため、被告は、原告道上から平成五年三月一五日に提出された退職願を保留し、同人に対し、同月三〇日自宅待機を命じ、また、原告枦山に対しては、同年三月三一日付けで自宅待機を命じ、両名を同年五月二八日付けで懲戒解雇したものである。
したがって、本件懲戒解雇は相当な理由に基づくもので、有効である。
(一) 原告道上は、保税担当者となった後、関税法で義務づけられている保税台帳への記帳を怠り(入荷は記帳するものの、出荷に関する記帳は極めて不十分であった。)、また、それまで作成されていた保税台帳に代わる一般的な台帳(商品別受払簿)の記帳も怠った。保税台帳の不記載は、平成四年一一月一二日の税関の検査で指摘されたものである。
保税台帳又はこれに代わる一般的な台帳の作成義務違反は、関税法により、三万円以下の罰金となるうえに、保税倉庫許可の取消事由にもなる重大な義務違反である。
(二) 原告道上は、酒税法上義務づけられている酒類の購入及び販売の数量等報告書の作成を怠った。特に平成四年七月以降同五年一月までの間は、報告を全くしていなかった。
この報告書の作成義務違反は、酒税法により、一〇万円以下の罰金又は科料となるうえに、酒税免許の取消事由にもなる重大な義務違反である。
(三) 原告道上は、平成四年一〇月以降、被告において作成を義務付けていた商品受払簿(商品の入荷及び出荷を明らかにする帳簿)の作成を怠っていた。そのため、商品の出荷実数を把握することが不可能になった。
(四) 原告道上は、商品販売に当たって作成される納品書、納品書控え、請求書、受領書といった書類(これらは、四枚複写となっているもので、以下、これらをまとめて「納品伝票」ということがある。)に関し、これらを偽造したり破棄隠匿したりして操作していた。
(五) 原告道上は、後記2記載のとおり、故意又は過失により、大量の在庫不足を引き起こし、被告に対し、五八六万九七二六円の損害を与えた。
(六) 原告枦山は、原告道上と共謀して前記各行為を行った。仮にそうでないとしても、原告枦山は、原告道上の前記各職務違反行為を当然知りうる立場にありながら、同原告に命ぜられるままこれらの行為に加担したのであって、これは、その職務上の義務に違反するものである。
2 原告らの不法行為
(一) 原告らによる商品又は販売代金の着服横領
原告らは、在職中、共謀のうえ、伝票を起票せずに未通関商品を出荷するなどして、大量の被告の商品又は販売代金を横領していた。原告らがその後横領行為を隠蔽するため、伝票を偽造するなどして被告の調査を困難にしているため、その全容を解明することは困難であるが、その具体的態様、商品及び金額が明らかなものは次のとおりである。
(1) みつおか屋関係(<証拠略>)
ア (証拠略)
計七六万三七二八円の商品の物品受領書があるが、いずれもみつおか屋に納品されておらず、代金も支払われていない。これらの商品は、原告らが横領したものである。
イ (証拠略)
計一三四万〇三五〇円(<証拠略>)及び計七万三九二〇円(<証拠略>)の商品の物品受領書があるが、いずれもみつおか屋に納品されておらず、代金も支払われていない。これらの商品は、原告らが横領したものである。
(2) 株式会社鳥徳関係(<証拠略>)
計七〇万二六〇〇円の商品の物品受領書があるが、株式会社鳥徳(以下「鳥徳」という。)に納品されておらず、これらの商品は原告らが横領したものである。
(3) 株式会社マスダ関係(<証拠略>)
(証拠略)の計一三六万一〇四〇円の商品は、物品受領書があるが株式会社マスダ(以下「マスダ」という。)に納品されておらず、代金も支払われていない。これらの商品は、原告らが横領したものである。
(4) 株式会社ナカノ関係(<証拠略>)
被告は、平成四年一月九日、株式会社ナカノ(以下「ナカノ」という。)に対し、クラウンロイヤル六〇本を販売したが、その代金一四万一〇〇〇円が入金されておらず、これは、原告らが横領したものである。
(5) ヤマシタ酒販株式会社関係(<証拠略>)
被告は、平成四年九月一四日、ヤマシタ酒販株式会社(以下「ヤマシタ酒販」という。)に対し、ジャックダニエル一二本を販売したが、その代金三万五〇四〇円が入金されておらず、これは原告らが横領したものである。
(6) 酒家リバーシップ関係(<証拠略>)
被告は、平成四年九月三日、酒家リバーシップに対し、ビール五〇ケースを販売したが、その代金一七万一六〇〇円が入金されておらず、これは、原告らが横領したものである。
(7) 株式会社コンビサムソン上桂店関係
被告は、平成四年一二月二二日、株式会社コンビサムソン上桂店に対し、四万一〇四〇円の商品を販売したが、その代金が入金されておらず、これは、原告らが横領したものである。
(8) うぐいす屋関係
被告は、平成四年一二月一日、うぐいす屋に対し、二万〇五二〇円の商品を販売したが、その代金が入金されておらず、これは、原告らが横領したものである。
(9) 社員販売商品代金の横領(<証拠略>)
伝票番号S―一七二、二三二、二九七、三一〇、三一二、三一八、三一九、三二一、三四四、三四八、四二〇の社員販売の代金(計一九万三〇九二円)は、いずれも未入金であり、原告らが横領したものである。なお、原告らは、これらは未収になっているか、又は架空伝票であると主張するが、架空伝票である証拠は何もなく、未収であるというのは、次の理由で不自然である。
ア 入金されれば現金配達明細ノートに記入がされるはずである。なお、未収になっているのはすべて北港支店の社員であるから、本社経理への直接入金はあり得ない。
イ 原告らが未収と主張する伝票以後、同一人物から入金のあるものがあるが、仮に未収ならそのときに併せて支払うはずである。
(10) 社員販売用等名目での出荷
原告道上は、出荷票に社員販売用、社内用、寄贈、贈答等(以下「社内販売用等」という。)と記載して出荷しながら、実際には販売せず、これを横流しするなどして着服していた。その本数は、出荷票記載の出荷本数と納品書控えの本数を比較すれば判明し、その詳細は以下のとおりである。
<1> ワイルドターキー 七五〇ミリリットル四〇度
出荷票には、社員販売用等として四一本出荷したかのごとく記載しながら、現実には九本しか販売せず、その差数三二本を横領した。
<2> ワイルドターキー・ライ 七五〇ミリリットル五〇・五度
出荷票には、社員販売用等として六本出荷したかのごとく記載しながら、現実には販売せず、右本数を横領した。
<3> ワイルドターキー 一〇〇〇ミリリットル五〇・五度
出荷票には、社員販売用等として四三本出荷したかのごとく記載しながら、現実には二四本しか販売せず、その差数一九本を横領した。
<4> ジャックダニエル 七五〇ミリリットル四三度
出荷票には、社員販売用等として二五〇本出荷したかのごとく記載しながら、現実には二三本しか販売せず、その差数二二七本を横領した。
<5> ジャックダニエル 一〇〇〇ミリリットル四〇度
出荷票には、社員販売用等として一二本出荷したかのごとく記載しながら、現実には販売せず、その差数一二本を横領した。
<6> ジャックダニエル 一〇〇〇ミリリットル四五度
出荷票には、社員販売用等として二四本出荷したかのごとく記載しながら、現実には一三本しか販売せず、その差数一一本を横領した。
<7> ジャックダニエルデカンター 一〇〇〇ミリリットル四〇度
出荷票には、社員販売用等として一二本出荷したかのごとく記載しながら、現実には二本しか販売せず、その差数一〇本を横領した。
<8> メーカーズマーク 七五〇ミリリットル四五度
出荷票には、社員販売用等として二四本出荷したかのごとく記載しながら、現実には四本しか販売せず、その差数二〇本を横領した。
<9> シーバスリーガル 七五〇ミリリットル四〇度
出荷票には、社員販売用等として一八〇本出荷したかのごとく記載しながら、現実には一二五本しか販売せず、その差数五五本を横領した。
<10> シーバスリーガル 七六〇ミリリットル四〇度
出荷票には、社員販売用等として六〇九本出荷したかのごとく記載しながら、現実には一三一本しか販売せず、その差数四七八本を横領した。
<11> シーバスリーガル 一〇〇〇ミリリットル四〇度
出荷票には、社員販売用等として三六本出荷したかのごとく記載しながら、現実には三二本しか販売せず、その差数四本を横領した。
<12> クラウンロイヤル 七五〇ミリリットル四〇度
出荷票には、社員販売用等として一八〇本出荷したかのごとく記載しながら、現実には五九本しか販売せず、その差数一二一本を横領した。
<13> クラウンロイヤル 一〇〇〇ミリリットル四〇度
出荷票には、社員販売用等として二四本出荷したかのごとく記載しながら、現実には五本しか販売せず、その差数一九本を横領した。
<14> アーリータイムス 七五〇ミリリットル四〇度
出荷票には、社員販売用等として一〇本出荷したかのごとく記載しながら、現実には二本しか販売せず、その差数八本を横領した。
<15> フォアローゼス 七五〇ミリリットル四〇度
出荷票には、社員販売用等として一六八本出荷したかのごとく記載しながら、現実には二本しか販売せず、その差数一六六本を横領した。
<16> フォアローゼス 七五〇ミリリットル四三度
出荷票には、社員販売用等として二四本出荷したかのごとく記載しながら、現実には一本しか販売せず、その差数二三本を横領した。
<17> マーテルVSOP 七〇〇ミリリットル四〇度
出荷票には、社員販売用等として一二〇本出荷したかのごとく記載しながら、現実には六二本しか販売せず、その差数五八本を横領した。
<18> カミユVSOP 七〇〇ミリリットル40度
出荷票には、社員販売用等として五四本出荷したかのごとく記載しながら、現実には販売せず、右本数を横領した。
<19> ヘネシーXO 七〇〇ミリリットル四〇度
出荷票には、社員販売用等として六〇本出荷したかのごとく記載しながら、現実には四九本しか販売せず、その差数一一本を横領した。
<20> キュベフィリップ 七五〇ミリリットル一二・五度
出荷票には、社員販売用等として三〇〇本出荷したかのごとく記載しながら、現実には三二本しか販売せず、その差数二六八本を横領した。
<21> レミーマルタンXO 七〇〇ミリリットル四〇度
出荷票には、社員販売用等として一〇三本出荷したかのごとく記載しながら、現実には三〇本しか販売せず、その差数七三本を横領した。
(二) 被告の損害
原告らの横領行為による被告の損害の全容を明らかにすることは困難であるが、原告らも実態どおり記載されていると認める納品書控えにより、入出庫数を計算すると、別表1<略>のとおり、平成四年一二月末日現在現価にして合計五八六万九七二六円相当の商品の在庫不足が存在する。右在庫不足は、原告らが伝票を起票することなく、あるいは、現実に出荷した内容と異なる内容の伝票を作成して、在庫商品を横領し第三者に転売するなどしていたため生じたものであって、その他の原因は考えられないから、被告は、原告らの横領行為により、少なくとも、右金額相当額の損害を被った。
仮に、右在庫不足が原告らの横領によるものでないとしても、右在庫不足は、前記1(一)ないし(四)に記載した原告らの職務上の義務に違反する行為によって引き起こされたものであるから、やはり被告に対する不法行為を構成し、原告らは、被告に対し、右損害を賠償する義務がある。
四 原告らの主張2(被告の主張に対する反論)
1 原告道上が、平成四年六月頃から保税台帳等への記入がおろそかになっていたことは認める。しかしながら、これは、原告道上が、従来からの販売に関する諸業務に加え、平成三年一二月三日より保税事務担当者になったうえ、平成四年三月のセンチュリークウィーンの代表取締役就任に伴いその関連の業務も加わり、さらに売上高の増大もあって、超多忙を極めていたところに、平成四年六月頃から部下であった原告枦山が病気で長期欠勤することになり、保税台帳等へ記帳することは客観的に見て不可能な状況であったにもかかわらず、被告がこれを放置したことによるものであるから、原告道上が責任を問われるべきものではない。
2 原告道上の保税事務に関する職務内容は、輸入のために上陸された商品の数量の確認、税関への報告、保税台帳及び出荷票の作成であって、酒税法に基く報告書及び商品受払簿の作成は、原告道上の職務ではなかった。また、保税倉庫内の現実の商品管理も原告道上の職務ではなかった。したがって、原告道上がこれらの不備について責任を問われるべきものではない。
3 原告らが納品伝票等について不正な処理をした事実はない。これは、平成四年一一月に発生した保税問題に対処するため、被告の了解のもとで行った税関対策のための伝票操作の結果である。すなわち、平成四年一一月中旬頃に行われた税関による立入検査において、四品目について在庫不足が指摘されたことから、被告において、後日の正式な調査に備え、在庫商品、伝票類の調査を行った結果、さらに十数種の商品について未通関商品の出荷をしていたことが明らかになった。そこで、原告らは、新谷清喜通関部長(以下「新谷」という。)の指示に基づき、過去の未通関出荷の事実を隠すため、物品受領書を抜き取って隠したり、架空伝票を作成するなどの操作を行ったのである。被告が不正な伝票であると主張するものは、このようにして作成された架空伝票である。
4 未通関商品の販売は、未通関商品であるとは知らずに行ったものであり、原告らだけではなく、営業を行っていた従業員全員が行っていたことである。原告らが被告の商品又は販売代金を横領した事実などは存在しない。
被告の横領の主張に対する反論は以下のとおりである。
(一) 被告が商品及び金額を特定して主張するものについて
(1) みつおか屋関係(<証拠略>)
ア (証拠略)
これらは、いずれも、原告らが税関対策のために作成した架空伝票であるから、これにかかる出荷及び入金がないのは当然のことであり、何ら原告らの横領の事実を示すものではない。
イ (証拠略)
これらは、いずれも原告枦山が税関対策のために作成した架空伝票であるから、これにかかる出荷及び入金がないのは当然のことであり、何ら原告らの横領の事実を示すものではない。
(2) 鳥徳関係(<証拠略>)
これは、原告道上が作成した正規の物品受領書であり、鳥徳の受領印があり、明らかに納品されている。本来残っていないはずの請求書が残っているのは、原告道上が米国出張のため不在で請求漏れが生じたものと思われる。なお、原告道上は、この売上を平成三年一二月度売上明細において、被告に報告している。
(3) マスダ関係(<証拠略>)
これらは、いずれも原告枦山が保税問題対策のために作成した架空伝票であるから、これにかかる出荷及び入金がないのは当然のことであり、何ら原告らの横領の事実を示すものではない。なお、この架空伝票のもとになった正規伝票が存在し、かつこれによる納品及び入金がなされていることは、マスダからの回答書(<証拠略>)を見ても明らかである。
(4) ナカノ関係(<証拠略>)
これは、原告道上が作成した正規伝票であり、ナカノの受領印があることから、納品されていることは明らかである。ただし、単純な誤記により、四一万七〇〇〇円とすべきところを、二七万六〇〇〇円と合計金額を少なく記入している。したがって、単なる請求漏れであって、横領ではない。
(5) ヤマシタ酒販関係(<証拠略>)及び酒家リバーシップ関係(<証拠略>)
(証拠略)は、近藤良子が作成した正規伝票であり、物品受領書は、保税問題対策の際に隠したものと思われる。なお、ヤマシタ酒販からは、平成四年一〇月八日に六四万八一二〇円の支払があり(<証拠略>)、ここに(証拠略)の分も含まれている可能性がある。また、酒家リバーシップに対する販売、納品及び集金は新開が担当しており、原告らとは無関係であるし、原告道上は、平成四年九月度売上明細において、この売上を被告に報告している。
(6) 社員販売商品代金の横領(<証拠略>)
社員販売の入金は、被告北港支店の洋酒部で支払を受ける場合と被告本社経理が直接支払を受ける場合がある。前者の場合は、支払を受けると、伝票綴りの中の納品書控えに支払済みである旨手書きで記入する場合があり、請求書を切り離し、被告本社への現金配達明細ノートに入金があった旨記載する。後者の場合は、本社から連絡があると、請求書を切り離して本社に届け、納品書控えに支払済みである旨手書きで記入する場合もあったが、現金配達明細ノートへの記載は不統一であった。
被告の主張する各伝票についての反論は以下のとおりである。
ア S―一七二
納品書控えに支払済みの記入がなく、請求書が残っているから、単なる未収である。
イ S―二三二
納品書控えに支払済みの記入がなく、請求書が残っているから、単なる未収である。
ウ S―二九七
これは、税関対策のために作成された架空伝票である。
エ S―三一〇
ハイネケンについては、納品書控えに「済」の印が押印されており、入金も記載されているし、現金配達明細ノートにもハイネケン九四五〇円入金の記載があるから、入金されていることは明らかであり、かつ、請求書が残っているから、バドワイザー分が未収になっているものと考えられる。
オ S―三一二
これは、税関対策のために作成された架空伝票である。
カ S―三一八
請求書は残っていないが、納品書控えに支払済みである旨の記入がないから、単なる未収もしくは本社経理への直接入金と考えられる。
キ S―三一九
請求書は残っていないが、納品書控えに支払済みである旨の記入がないから、単なる未収もしくは本社経理への直接入金と考えられる。
ク S―三二一
請求書は残っていないが、納品書控えに支払済みである旨の記入がないから、単なる未収もしくは本社経理への直接入金と考えられる。
ケ S―三四四
請求書が残っているから、単なる未収の可能性が高く、そうでなければ、本社経理への直接入金と考えられる。
コ S―三四八
納品書控えに支払済みの記入がなく、請求書が残っているから、単なる未収である。
サ S―四二〇
請求書は残っていないが、納品書控えに支払済みである旨の記入がないから、単なる未収もしくは本社経理への直接入金と考えられる。なお、購入者である原告枦山は、本件にかかわる紛争に巻込まれ、支払を忘れてしまったものと考えられる。なお、この伝票の日付である平成四年三月一九日は、原告道上は洋酒部長を解任されてから二か月以上もたっており、同原告が販売や集金に関与したことはあり得ない。
(7) 社員販売用等名目での出荷
これら出荷票に記載された商品は、いずれも、社員販売用に備える目的や年末年始の需要に備える目的から、保税倉庫から国内倉庫に移した商品であると考えられる。したがって、対応する納品書控えが存在しなくとも不自然ではない。
なお、国内倉庫に相当数の商品が存在したことは、平成五年一月以降保税倉庫の在庫数量を超える商品が出荷されている事実からも明らかである。
(二) 被告の損害について
被告の在庫不足の計算は、以下の理由から不正確であり、実際には被告が主張するような在庫不足は発生していないし、仮に何らかの在庫不足があるとしても、これが原告らの不法行為によって引き起こされたものであるとはいえない。
(1) 商品によっては、納品書控えの記載からはいずれを販売したのか明確に特定できないものがあり(例えば、同一商品でアルコール度数のみ異なるものなど)、これらは一体としてみるべきである。
(2) 被告が主張する平成四年一二月三一日現在の在庫数量は、保税倉庫内の在庫数量であるが、実際には、このほかに国内倉庫にも在庫があった。このことは、平成五年一月以降被告主張の在庫数量を上回る数の商品が出荷されている例が多数見られることから明らかである。
(3) 被告のような販売流通業種においては、一定の在庫不足が発生するのはやむを得ないことであり、このような在庫不足(商品ロス率)は、一パーセントから数パーセントに達するといわれている。右(1)、(2)の修正を施した在庫不足の数は、おおむね右ロス率の範囲に収まるものである。
五 被告の主張2(原告の主張2に対する反論)
税関の調査で被告が指摘されたのは、保税台帳の整備と保税倉庫内の整理をするようにとのことだけであった。しかし、その後原告らによる未通関商品の出荷が判明したことから、被告は、税関対策として、再調査までの間に未通関商品出荷分に相当する商品を同業者等から買い集め、保税倉庫内に入れて未通関商品として蔵置する必要が生じたのである。しかしながら、これにより税関対策は完了したのであって、原告らが主張するように出荷を仮装するための架空伝票を作成するような必要性は全くなく、被告がこれを指示したこともない。
六 争点
1 原告らが被告の商品(代金)を横領した事実があるか。また、原告らの過失により在庫不足を生じさせたか否か。
2 本件懲戒解雇の効力
3 被告による原告らに対する不法行為の成否
第三争点に対する当裁判所の判断
一 本件懲戒解雇に至る経緯
前記前提事実に、証拠(<証拠・人証略>、原告道上本人、原告枦山本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
1 被告における保税事務は、従来は通関部の清水が担当していたが、洋酒部における輸入洋酒の取扱量が急増した平成三年秋ころ、開発事業部国際課長の牧から、通関部長の新谷に対し、清水の事務処理が厳格に過ぎ、営業活動に支障があるので、保税事務を原告道上に取り扱わせることとしたいとの申出があり、そのころから、原告道上が、営業とともに保税事務も担当するようになった。そして、被告においては、倉庫の管理を行う担当者を置いていなかったことから、原告道上は、事実上倉庫管理の責任者でもあった。
しかしながら、洋酒の取扱量が飛躍的に増大したことから(平成三年一〇月の洋酒部の売上は、同年九月の約二〇倍に上る。)、当時営業を一人で行っていた原告道上は、非常に多忙になり、牧に常日頃から多忙であるので人を手当して欲しい旨要望しており、そのことは、社長も含めた会議の席上でも話題になっていた。そして、原告道上の希望もあって、平成四年二月一日、被告の関連会社であるレストランオールディーズで働いていた原告枦山が、原告道上の部下として、洋酒販売事業の営業部門(電話受注、出荷、伝票作成)を担当するようになった。また、同じころ、人材派遣会社から石谷新一が商品の積卸し等を担当する者として、倉庫に配置された。
しかしながら、原告道上の多忙さは改善されず、同原告は、原告枦山が病気により長期欠勤するようになった平成四年六月ころから、保税台帳の記載を行わなくなった。原告道上は、牧に対し、保税事務にまで手が回らないことを訴えていたほか、ミーティングの席上で、自らが多忙で保税事務に手が回らないこと、倉庫管理体制を整える必要性があることを社長に申し出ていたが、社長は、営業担当者として新開及び福山を原告道上の部下として配置し、また、女性事務員を雇用するなどしたが、保税事務及び倉庫管理については、特に改善措置をとることはしなかった。
2 平成四年一一月一二日ころ、税関の係官による保税事務の立入検査があり、保税台帳の記載が不十分であること、保税倉庫の管理が不十分であることが指摘され、保税台帳の正確な記載及び保税倉庫の整理を指示されるとともに、いずれ再検査を行う旨の通知があった。また、同月一九日には、税関による輸入申告に伴う現物確認検査があり、申告した商品のうち四品目の未通関商品の数量不足が指摘された。被告は、この問題に関し、原告道上に対し始末書を提出するように指示し、原告道上はこれに従って同月二一日付けで始末書を提出した。また、被告は、同年一二月三日、税関に対し、「酒類の社内管理体制の改善について」と題する書面を提出し、保税貨物の管理体制について万全を期すことを約束した。その結果、最終的には、今後は正しく保税貨物を管理することを条件に、輸入申告どおりの許可を得ることができた。
3 しかしながら、被告において独自に調査した結果、同年一一月末ころまでに、保税倉庫内に保管されている未通関商品のうち九種類の商品の数量が不足することが判明したため、牧は、税関にこれ以上の未通関商品の出荷が判明すると重大な問題に発展するとの判断のもと、国内から不足商品を買い付け、保税倉庫に蔵置して在庫を装うことを決断し、平成四年一一月末ころから同年一二月初旬にかけ、原告道上らが調査した数量の商品約一八〇〇万円分を、国内仕入の免許を有するセンチュリークウィーンの名義で買い付け、倉庫に蔵置した。
また、これとともに、牧は、平成五年一月ころ、未通関出荷の事実を隠すために保税台帳及び出荷票を整理する作業を、原告らとともに行った。また、新谷が中心となって、同年一月から二月ころにかけて、保税台帳と伝票の照合作業が行われた。
4 原告道上は、原告枦山と男女関係を噂されるようになったことがきっかけとなり、平成五年一月一八日、洋酒部長を解任され、センチュリークウィーン専属となった。
5 平成五年三月一七日、税関による再度の保税検査が行われたが、特に問題を指摘されることなく終了した。しかしながら、その後、同年三月二七日ころ、福山から、納品書控えと受領書の内容が食い違う等の不明朗な納品伝票が存在するとの指摘があり、被告のミーティングにおいて原告道上に説明が求められたが、原告道上は、納品書控えの内容が正しいと弁明した。
そして、同月二九日ころ、被告の調査により、約五〇〇万円の在庫不足が生じていたことが判明したため、原告道上は、同日、被告代表者の指示により、在庫管理及び顧客管理が不十分であったこと、約五〇〇万円の在庫不足を生じさせたこと、棚卸しの報告がおろそかになっていたことについて謝罪する内容の始末書(<証拠略>)を提出したが、被告は、同月三〇日、原告道上を自宅待機処分とした。また、被告は、同月三一日、原告枦山に対しても、自宅待機を命じた。
6 被告は、さらに伝票類を調査した結果、不明朗な納品伝票が多数発見されるとともに、得意先別売掛台帳等の記載がほとんどされていないことが判明した。
そして、被告は、同年五月一八日ころ、被告代理人を通じ、原告道上に対し、約四〇〇〇万円の商品を横領したとして追及した。そして、同月二八日付けで、多額の商品処分代金を横領したことを理由に原告らを懲戒解雇する旨の意思表示をし、原告らを懲戒解雇した旨の通知を得意先等に送付した。また、被告は、平成五年六月頃、大阪府警港警察署に対し、原告らを約四三〇〇万円の業務上横領容疑で告訴した。
二 被告の原告らに対する損害賠償請求について(争点1)
1 被告は、平成四年一二月三一日現在で、三一品目の商品につき五八六万九七二六円相当の在庫不足があり、これらは、原告らが倉庫内の商品を横領したために生じたものであると主張するので、まずこの点について検討する。
(一) 証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば、平成四年一二月三一日現在の現物在庫数量と、同日までの入庫数量から納品書控えによって計算した内貨出庫数量及び保税転売数量を差し引いた帳簿上の在庫数量を比較した場合の商品の過不足は、別表2<略>のとおりであると認められる。なお、(証拠略)と異なる点は以下のとおりである。
(1) ワイルドターキー七五〇ミリリットル四〇度
(証拠略)によれば、平成四年八月二四日にチンミ産業に対し、六〇本出荷した旨の納品書控えが存在することが認められるので、これを内貨出庫数量として考慮すべきである。
(2) ジャックダニエル七五〇ミリリットル四五度
本商品は、全く入出庫の実績がないにもかかわらず、センチュリークウィーン名義による特別買付においてのみ入庫されているから、これが同銘柄の四三度商品の代替品として用いられたことは明らかであり、両者は一体として計算すべきである。
(2)(ママ) ジャックダニエル一〇〇〇ミリリットル
ジャックダニエル一〇〇〇ミリリットルには、アルコール度数四〇度、四三度及び四五度の三種類の商品があるが、(証拠略)によれば、このうち四三度及び四五度の商品については、入庫総数を超える出荷がされており、これは、これら三商品が厳密に区別されていなかったと考えなければ不自然であるから、三者を一体として見るべきである。
なお、被告は、平成三年一二月七日付けの鳥徳に対する六〇本が納品されていないと主張するが、これについては後述(2(二))のとおり真実出荷され鳥徳に納品された可能性を否定することはできないから、内貨出庫数量として考慮すべきである。
(3)(ママ) シーバスリーガル七五〇ミリリットル及び七六〇ミリリットル四〇度
(証拠略)によれば、シーバスリーガル七五〇ミリリットルについては、商品の入庫総数を超える出荷がされており、これは、七五〇ミリリットル商品と七六〇ミリリットル商品が厳密に区別されていなかったと考えなければ不自然であるから、両者を一体としてみるべきである。
また、被告は、平成三年一二月七日付けの鳥徳に対する一二〇本が納品されていないと主張するが、右ジャックダニエルと同様の理由で、これを内貨出庫数量として考慮すべきである。
(4)(ママ) クラウンロイヤル七五〇ミリリットル四〇度
(証拠略)によれば、平成三年一〇月一二日通関の一五〇ケースには、ボトルが破損した七本が含まれており、実際に入庫されたのは一七九三本であることが認められるから、右七本は入庫数量から控除すべきである。
(二) 以上によれば、平成四年一二月三一日現在で、計算上、本数にして二一七六本の不足が生じることが認められる(もっとも、これは、一部の商品に生じている在庫過剰を差し引きした数であるところ、そもそも在庫過剰が生じること自体、この数字の正確性に疑問を差し挟ませるものであるが、この点はひとまず措く。)。しかしながら、以下の理由により、これらの在庫不足は真実生じていたのか、また、生じていたとしてもその原因は不明というほかはなく、これが原告らの横領によるものであるとは断定できないというべきである。
(1) 他にも在庫が存在した可能性
原告道上本人によれば、被告には保税倉庫のほかに国内倉庫があること、社員販売など将来の販売に備えて商品を保税倉庫から国内倉庫にあらかじめ移置することが日常的に行われていたこと、特に平成四年の年末には、年末年始の販売に備える目的のほか、賞与の一部が現物支給されたこと、センチュリークウィーンの小売店であるアップルが開店したこと等の理由で、あらかじめ多くの商品が国内倉庫に移されたことが認められる。これによれば、同年一二月末日現在において、保税倉庫のほかに国内倉庫に移置された商品が存在した可能性を否定できないというべきである。被告は、(証拠略)の現物在庫とは、国内倉庫を含めた全在庫であると主張するが、証拠(<証拠略>)によれば、ワイルドターキー一〇〇〇ミリリットル五〇・五度、フォアローゼス七五〇ミリリットル四〇度、カミユVSOP及びレミーマルタンXOの各商品は、平成五年一月から三月まで入庫がないにもかかわらず、(証拠略)による平成四年一二月三一日の現物在庫本数を上回る本数が平成五年一月から三月までの間に出荷されていることが認められ、これらの事実は、平成四年一二月三一日現在において、(証拠略)記載の現物在庫以外にも在庫が存在したと考えなければ説明が困難であるから、被告の主張は採用できない。
(2) シーバスリーガルの特別仕入数量について
被告は、保税問題が発覚した際にセンチュリークウィーン名義で買い付けたシーバスリーガルをすべてあるべき在庫に計上しているのに対し、原告らは、これらの不足量に関し、特別仕入数量に誤りがある旨主張する。確かに、(証拠略)によれば、平成四年一一月二七日から同年一二月三日にかけ、同商品の七五〇ミリリットル及び七六〇ミリリットル合わせて三五〇四本がセンチュリークウィーン名義で買い付けられていることが認められるけれども、(証拠略)によれば、当時存在した未通関在庫商品の不足分を補うためには、同年一二月三日に仕入れられた一八九六本が必要であったとは考えられない。したがって、シーバスリーガルに関しては、実際に三五〇四本すべてが被告の在庫として取り扱われたかどうかは疑問であって、真実八五七本もの不足が生じていたのか疑わしい。
(3) キュベフィリップについて
証拠(<証拠略>、原告道上本人)によれば、キュベフィリップは、平成四年一二月ころに開店したアップルの販促品として利用され、相当本数が無量(ママ)で配布されたことが認められるから、現実に在庫不足が生じていたかどうか疑わしい。
(4) 商品ロス
仮に、右(1)ないし(3)の事情を考慮しても、なお、計算上は在庫不足が発生する。しかしながら、(証拠略)によれば、在庫管理上、商品の破損等によって商品ロスが発生することは不可避であることが認められるところ、(1)ないし(3)の事情を考慮したうえでの在庫不足の数は、右商品ロスの範囲を超えるものではなく、何らかの意図的な行為が介在したと考えなければ不自然な程度に達しているとはいえない。
2 以上のとおり、被告が、原告らの横領によって生じたと主張する在庫不足については、実際に在庫不足が存在したかどうかも疑わしく、また、仮に在庫不足が存在したとしても、これが原告らの商品の横領によるものであると認めるに足りる証拠はないから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの横領を前提とする被告の主張は失当であるが、念のため、被告が、原告らによる横領の具体的態様が明らかなものとして、伝票を特定して主張しているものについて検討する。
(一) みつおか屋関係
(証拠略)によれば、原告ら作成にかかるみつおか屋(又は有限会社三岡商店)に対する物品受領書が存在する合計二一七万七九九八円の商品につき、実際にはみつおか屋に納品されておらず、代金も支払われていないことが認められる。そして、(証拠略)によれば、これらの物品受領書は、同一番号の納品書控えと内容、筆跡すべて異なっており、原告らが事実と異なる内容の伝票(架空伝票)を作成したことが明らかである。
(二) 鳥徳関係
被告は、平成三年一二月七日付けの鳥徳に対するジャックダニエル、フォアローゼス及びシーバスリーガル計七〇万二六〇〇円相当の商品が納品されていないと主張し、(証拠略)がこれに沿う。しかしながら、(証拠略)によれば、右商品の物品受領書には鳥徳の受領印が存在することが認められ、(証拠略)によれば、原告道上は右売上を本社に報告していることが認められる。そして、(証拠略)が、平成六年九月になってから行われた被告の請求に対する回答であることを考慮すると、その内容が正確なものであるか疑問もある。これらを総合すれば、右六〇本は真実出荷され鳥徳に納品された可能性を否定することはできないし、また、その代金が未収になっているとしても、原告らがこれを着服したことを認めるに足りる証拠はない。
(三) マスダ関係
(証拠略)によれば、原告枦山作成にかかるマスダに対する物品受領書が存在する合計一三六万一〇四〇円の商品につき、実際にはマスダに納品されておらず、代金も支払われていないことが認められる。そして、(証拠略)によれば、これらの物品受領書は、同一番号の納品書控えと内容、筆跡すべて異なっており、原告らが事実と異なる内容の伝票(架空伝票)を作成したことが明らかである。
(四) ナカノ、ヤマシタ酒販及び酒家リバーシップ関係(<証拠略>)
被告は、これらの伝票にかかる商品については、代金が被告に入金されておらず、原告らがその代金を横領したか、又は商品を横領したと主張する。しかしながら、仮に被告の主張のとおり代金が未収になっているとしても、それを原告らが着服横領したことを認めるに足りる証拠はない。
(五) 株式会社コンビサムソン上桂店の平成四年一二月二二日分の四万一〇四〇円及びうぐいす屋の平成四年一二月一日分の二万〇五二〇円
これらについても、被告は、原告らが商品代金を横領したと主張するもののようであるが、かかる事実を認めるに足りる証拠は何ら存在しない。
(六) 社員販売商品代金の横領について
被告は、(証拠略)により、未入金となっている社員販売商品について、原告らがその代金を横領したものと主張する。しかしながら、これらの商品につき、購入者が代金を原告らに支払ったことを示す証拠はなく、証拠上原告らが商品代金を横領したと認めるに足りない。
(七) 社員販売用等名目での出荷について
被告は、ワイルドターキーほか二〇品目につき、社員販売用等の名目で出荷されているにもかかわらず、実際には販売されないで行方不明になっている商品が多数存在するとして、それらが、原告らの横領によるものであると主張する。しかしながら、帳簿上そのような齟齬が発生しているということ以上に、原告らが商品を横領したことを直接示す証拠はない。そして、(証拠略)によれば、出荷票には原告らが作成したものでないものも多く含まれることが認められ、また、平成四年一二月ころ以降に大量の商品を出荷した旨の出荷票が作成されているが、このころは保税問題が発覚し、被告において伝票類の整備に神経質になっていた時期であって、このころ原告らが大量の商品を横領したと考えるのは不自然であること、前記のとおり、平成四年末ころ、年末年始の需要に備えるため等の目的で商品を出荷して国内倉庫に移置したことが認められることに照らしても、これら不足商品がすべて原告らが横領したものであると認めることはできない。
なお、被告は、平成四年一二月ころに作成された出荷票が、実態を伴わない架空のものであり、福山らにおいて原告道上の指示のもとに作成したとも主張し、(証拠略)がこれに沿う。しかしながら、仮にそうであれば、出荷票記載の商品数と現実に販売された商品数の差が原告らが横領したものであるとの被告の主張はその前提を欠くことになり、その主張は結局のところ商品の在庫不足が原告らの横領によるものであるとの主張に集約されることになる。
3 以上によれば、(一)(みつおか屋関係)及び(三)(マスダ関係)については、原告らが、実態と異なる架空の内容の物品受領書を作成したことが認められる。
(一) このような架空の物品受領書を作成した理由につき、原告らは、保税問題が発生した際の税関対策として行ったものであり、かかる架空伝票の作成は、未通関出荷が行われた事実を過去に遡ってすべて隠蔽するために必要であったと主張する。そして、原告道上本人、原告枦山本人がこれに沿う供述をするほか、(証拠略)によれば、原告らの主張は架空伝票の体裁にも合致していることが認められ、さらに、原告らが保税問題発覚後の税関対策の過程において伝票に操作を加えていたことは、(証拠略)及び弁論の全趣旨により認めることができる。また、(人証略)によれば、被告においては、税関対策のため、出荷票及び保税台帳の記載を未通関出荷がなかったように整理する作業が行われたことが認められるところ、当時現実には未通関出荷が判明していたのであるから、右の作業は、現実の出荷に合わせて記載されたことは考えられず、商品の通関数量と比較しながら、未通関出荷が保税台帳に顕れないように操作して行われたことが推認される(この点につき、<人証略>は納品書控えを元に現実の出荷に合わせて出荷票を作成したと証言するが、それでは税関対策にならないことは明らかで、信用できない。)。そして、このことは、(証拠略)からも窺えるところである。そうであれば、かかる現実とは符合しない出荷票及び保税台帳の記載に合わせ、納品伝票についても操作が加えられたと考えることは、あながち不自然ではない。
しかしながら、原告らの主張には、<1>架空の物品受領書を作成するのであれば、納品書控えについても同様の操作を行わなければ伝票に齟齬が生じ、工作が容易に発覚することは明らかであるにもかかわらず、物品受領書にのみ工作を加えているのは、税関対策として不自然であること、<2>原告道上本人は、架空伝票の作成による税関対策は徹底的に行った旨供述するが、本件において証拠として提出されている架空伝票と(証拠略)とを仔細に比較検討すると、過去において未通関出荷がなされているにもかかわらず伝票操作がされた形跡のない商品が圧倒的多数であって、税関対策として徹底した伝票工作を行ったとする原告らの主張と全く合致しないこと、<3>原告らは、架空伝票を作成する際に正規の物品受領書を抜き取って隠したが、その正規伝票は紛失したと主張しているが、右紛失の経緯はいかにも不自然であり、真実正規の物品受領書が存在したのかどうか疑わしいことといった根本的な疑問があり、架空伝票すべてについて、原告らの主張を額面どおり採用することはできないといわなければならない。
(二) このように、架空伝票作成に関する原告らの説明はたやすく採用できないものである。しかしながら、前記各架空伝票記載の商品を個別に検討すると、原告らが横領したとの被告の主張は、以下の理由により認めることができない。
(1) 被告が問題としている物品受領書のうち、対応する正規の納品書控えが存在するもの(伝票番号一七八三番、一八二八番、一八二九番、二一六五番)については、当該正規伝票に記載された商品の一部を削除する形で物品受領書が作成されており、物品受領書記載の商品そのものは正規に納品され代金も支払われているものと考えられるから、これらを原告らが横領したとの被告の主張は理由がない。
(2) 被告が問題としている物品受領書のうち、対応する正規の納品書控えが存在しないもの(伝票番号一一二五番、一四八五番、一九七六番、二〇二七番、二〇二八番、二一〇〇番、二一一七番、二一五八番)については、次のとおりである。
ア 一一二五番、二〇二七番(いずれもバドワイザー)、一四八五番(ロイヤルサルート)
これらが現実に出荷されたものか否か、在庫不足が発生しているのか否か証拠上不明である。
イ 一九七六番(メーカーズマーク)
(証拠略)によれば、メーカーズマークの在庫不足は多く見積もっても一六本であって、本伝票の三六本と合致しない。すなわち、本伝票の商品がすべて横領されたとの主張は、被告の主張する在庫不足の本数と矛盾するものである。また、(証拠略)によれば、保税台帳には平成四年一〇月二九日にメーカーズマークを三六本出荷した旨の記載があることが認められ、これは、その前後の入出荷状況から見て、税関対策のため、未通関出荷が顕れないよう後日記入されたものであると考えるのが自然であるから、本伝票に限っていえば、右記載に合わせるために作成された架空伝票である可能性を否定できない。
ウ 二〇二八番、二一〇〇番、二一五八番(いずれもフォアローゼス七五〇ミリリットル四〇度)
(証拠略)によれば、フォアローゼス七五〇ミリリットル四〇度の在庫不足は一一八本とされているところ、これは本伝票の合計五二八本と全く合致しない。すなわち、本伝票の商品がすべて横領されたとの主張は、被告の主張する在庫不足の本数と矛盾するものである。
エ 二一一七番(アーリータイムス七五〇ミリリットル四〇度)
(証拠略)によれば、アーリータイムス七五〇ミリリットル四〇度の在庫不足は一四本であることが認められ、本伝票の二四〇本と合致しない。すなわち、本伝票の商品がすべて横領されたとの主張は、被告の主張する在庫不足の本数と矛盾するものである。
(三) 以上のとおりであるから、被告が具体的な伝票を特定して主張する原告らの横領についても、その事実を認めることはできない。
4 以上によれば、被告の反訴請求のうち、原告らの横領を理由とする損害賠償請求は理由がない。
そして、原告らの職務懈怠行為を理由とする損害賠償請求についても、被告が損害として主張する在庫不足が実際に生じていたものかどうか疑わしく、結局損害の証明がないことに帰するから、同様に理由がない。
三 本件懲戒解雇の効力(争点2)
1 被告の、原告らの横領を理由とする懲戒解雇の主張は、前記のとおり原告らの横領の事実が証拠上認められないのであるから、懲戒解雇由の証明がなく、理由がない。
2 そこで、原告らが職務上の義務に違反したことを理由とする懲戒解雇の主張について検討する。
(一) 原告道上について
前記に認定した本件懲戒解雇に至る経緯によれば、原告道上は、平成四年六月ころから、保税台帳の記入を怠るようになり、その結果、多量の未通関出荷がされていたにもかかわらず、これを放置し、保税問題に発展したことが認められる。そして、原告道上は被告の保税担当者を命ぜられており、その旨税関にも届け出られていたのであるから、保税台帳の記入を怠ったことは、その職務上の義務に違反するものである。しかしながら、前記のとおり、原告道上が保税台帳の記入を怠るようになったのは、輸入洋酒の取扱量が飛躍的に増加したため、営業と保税事務を兼ねていた同原告が非常に多忙であったところに、原告枦山が長期休業するようになり、保税事務を適切に行うことが困難になったことによる面が否定できないこと(ただし、<証拠略>により認められる原告道上の退社時間に照らすと、保税事務が不可能であったとは到底認めがたい。)、原告道上は、保税事務を適切に行えていないことを牧に伝えていたほか、ミーティングの席上で社長にも訴えていたにもかかわらず、被告は保税問題が生ずるまで保税事務に関しては特に改善措置を取らなかったことが認められるのであり、これらの事情を考慮すると、原告道上が保税事務を怠っていたことについては、営業担当者が保税担当を兼ねるという被告の社内体制にも問題があったというべきであるし、被告も原告道上のかかる怠慢を黙認していたともいい得るのであって、ひとり原告道上のみを責めることはできない。右のような経緯に鑑みれば、原告道上の職務上の義務違反行為は、懲戒解雇の要件を定めた就業規則六八条一四号には該当せず、減給、出勤停止、昇給停止及び降職の要件を定めた六七条七号又は九号に該当するに過ぎないというべきである。また、そもそも、本件懲戒解雇は、原告道上が保税事務を怠っていたことを理由にされたものではなく、原告道上が被告の商品を横領していたことを理由にされたものであることは、(証拠略)からも明らかである。
なお、被告は、原告道上が商品別受払簿や酒類商品の購入及び販売の数量等報告書の作成を怠っていたと主張するが、(人証略)、原告枦山本人によれば、これらは同一の帳簿を指すものであり(以下、呼称を「商品別受払簿」に統一する。)、これはもともと高野課長が国際部及び洋酒部からの報告をもとに作成していたところ、平成四年一月ころ、その作成を原告枦山に委ねたこと、平成四年五月ころ以降は、これを社長の自宅事務所に勤務していた大塚が作成するようになったことが認められるから、これらの作成に不備があったとしても原告道上に職務上の義務違反があったということはできない。また、被告は、原告道上が一般的な台帳ないし商品別受払簿の作成を怠っていたとも主張するが、これらの帳簿がいかなるものであるのか、また、その作成義務が原告道上にあったのか否かは証拠上不明であるから、右主張は理由がない。
さらに、被告は、原告らが架空伝票を作成したことについても、懲戒解雇事由として主張するようであるが、前記のとおり架空伝票を作成した目的に関する原告らの主張がただちに採用し難いとしても、架空伝票を作成したことのみをもって懲戒解雇の理由とすることはできず、これが横領その他不正な手段に用いられたことを要するというべきところ、前記のとおりその証明はないのであるから、架空伝票の作成を懲戒解雇の理由とすることはできない。
以上によれば、原告道上の職務上の義務違反を懲戒解雇の理由とすることはできないというべきであるから、原告道上に対してされた本件懲戒解雇は無効である。
(二) 原告枦山について
被告は、原告枦山が原告道上の前記各職務違反行為を当然知りうる立場にありながら、同原告に命ぜられるままこれらの行為に加担したことは、その職務上の義務に違反し、これが懲戒解雇理由になると主張する。しかしながら、前記のとおり原告道上の職務上の義務違反自体が懲戒解雇の理由とならないのであるから、被告の主張は理由がない。
四 被告の不法行為について(争点3)
1 本件懲戒解雇について
前記のとおり本件懲戒解雇は無効であるところ、被告は、現物在庫の不足が約四〇〇〇万円存在するとの調査に基づき、これらが原告らの横領によるものであるとして、本件懲戒解雇に及んだものである。しかしながら、被告のそのような判断が、綿密な調査に基づいて行われたものでないことは、本件訴訟における被告の損害額の主張が、当初の四〇〇〇万円から、口頭弁論終結時においては、五八六万円余りに減少していることからも明らかであって、懲戒解雇が労働者の賃金収入の途を奪うのみならず、再就職等にも少なからず影響を与える重大な処分であることに鑑みると、このように軽率にされた懲戒解雇は、不法行為をも構成するというべきである。
また、(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、原告らを懲戒解雇した事実を、得意先等に書面で通知したことが認められ、本件懲戒解雇が無効である以上、これは、原告らの名誉を毀損する不法行為に該当するというべきである。
2 原告枦山に対する嫌がらせについて
原告枦山本人によれば、被告は、本件懲戒解雇を行う前提として、原告枦山に自宅謹慎を申し渡し、また、被告代表者らが枦山に対し、横領の事実について詰問したことが認められるが、これらの事実は、独立した不法行為と解するまでのことはなく、本件懲戒解雇による慰謝料の算定に当たって考慮すれば足りるというべきである。
3 本件告訴について
告訴は、犯罪によって被害を被ったと考える一般人が、特定の者を犯罪者として捜査機関に申告する行為であり、被告訴者にとってみれば、犯罪の嫌疑を被せられ、その人権を侵害される危険性の高い行為であるから、告訴は慎重に行うべきことはいうまでもなく、合理的根拠がないのに単なる憶測に基づいて告訴に及び、その手当該犯罪事実が存在しないことが判明した場合には、当該告訴は不法行為を構成するというべきである。もっとも、告訴者が社会通念上相当な理由に基づいて被告訴者を犯人であると信じて告訴に及んだ場合には、後に犯罪事実が存在しないことが判明したとしても、当該告訴が不法行為となるものではない。
右の見地からみると、被告は、原告らを約四三〇〇万円の横領を働いたものとして告訴したのに対し、結局原告らがかかる横領行為を行ったことを認めるに足りる証拠がないことはこれまでに述べたとおりであり、そして、被告が原告らによる横領額を四三〇〇万円と判断したことは、前記に述べた本件訴訟における被告の主張の変遷に照らせば、膨大な伝票等の調査が困難な作業であることを考慮したとしても、なお合理性がないといわざるを得ないのであって、本件告訴に社会通念上相当な理由があったとはいい難く、本件告訴は原告らに対する不法行為を構成するというべきである。なお、(証拠略)によれば、原告道上は、一一万一〇〇〇円の社員販売代金を横領したとの嫌疑により逮捕勾留されたことが認められるので、その限りでは(右逮捕勾留が違法なものであったことが証明されない限り)、同原告が横領を行ったとの判断には社会通念上相当な理由があったということができる。しかしながら、一一万一二(ママ)〇〇円の横領と四三〇〇万円の横領とでは、犯罪事実の主要な部分の同一性がないといわざるを得ず、原告道上が逮捕勾留されたことは、本件告訴の不法行為性を左右するものではないというべきである。
4 損害について
(一) 原告道上
証拠(<証拠略>、原告道上本人)によれば、原告道上は、本件懲戒解雇及びその通知、本件告訴及びその後の逮捕勾留等により著しい精神的苦痛を被ったことが認められる。他方、本件懲戒解雇及び本件告訴は原告道上が保税事務を怠っていたことに端を発するものであるともいえるところ、保税事務を怠っていたことについては原告道上にも非があることは明らかである。これらの事情及びその他本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、原告道上に対する慰謝料は一五〇万円が相当であり、右損害と相当因果関係のある弁護士費用は、二〇万円が相当である。
(二) 原告枦山
証拠(<証拠略>、原告枦山本人)によれば、原告枦山は、本件懲戒解雇及びその通知並びに本件懲戒解雇に至る被告の対応、本件告訴及びその後の取調べ等により、精神的苦痛を被ったことが認められる。そして、原告枦山については、本件懲戒解雇や本件告訴に関し、証拠上何らの非が認められない。これらの事情及びその他本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、原告枦山に対する慰謝料は一〇〇万円が相当であり、右損害と相当因果関係のある弁護士費用は、一〇万円が相当である。
五 結論
以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、被告に対し、原告道上は一七〇万円、原告枦山は一一〇万円の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余はいずれも棄却し、被告の反訴請求は理由がないから棄却する。
(裁判官 谷口安史)