大阪地方裁判所 平成5年(ワ)4858号 判決 1994年4月28日
主文
一 大阪地方裁判所平成三年(ケ)第九六二号不動産競売事件の配当について、同裁判所が作成した配当表の債権者東大阪税務署の項備考欄に「破産管財人(被告)に交付」とあるのを「東大阪税務署長(原告)に交付」と変更する。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
事実および理由
第一 原告の請求
主文同旨
第二 事案の概要
一 (争いのない事実及び証拠上明らかな事実)
1 訴外大阪総合信用株式会社は、同会社が訴外大島賢治(以下「滞納者」という。)の所有する別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)について抵当権に基づき、大阪地方裁判所に担保権の実行としての競売の申立を行い(大阪地方裁判所平成三年(ケ)第九六二号不動産競売事件、以下「本件競売事件」という。)、同裁判所は、平成三年九月三〇日、本件不動産について競売開始決定をした。(争いのない事実)
2 大阪地方裁判所は、平成三年一〇月一一日午前一〇時、滞納者に対し、破産宣告をし(平成三年(フ)一三一七号)、破産管財人に被告である弁護士村辻義信を選任した。(争いのない事実)
3 原告(所管行政庁東大阪税務署長)は、滞納者に対し、平成三年一〇月二一日現在、別紙租税債権目録(一)記載のとおり、租税債権を有していたところ、原告は、右租税債権を徴収するため、平成三年一〇月二一日、本件競売手続に対し国税徴収法八二条一項に基づき交付要求(以下「本件交付要求」という。)を行い、同月二三日、右交付要求書は大阪地方裁判所に受理された。(甲一、七の1、2)
4 大阪地方裁判所は、平成五年五月二五日、本件競売事件の配当期日において、配当金額二五〇九万円のうち原告に対する配当額七万一五〇〇円(以下「本件配当金」という。)を滞納者の破産管財人である被告に交付するとの配当表を作成した。(争いのない事実)
5 原告は、本件競売事件の配当期日において、配当異議の申出をした。(甲一一、弁論の全趣旨)
6 右配当期日現在における原告の被告に対する租税債権は、別紙租税債権目録(二)記載のとおりである。(甲二)
二(争点)
1 破産宣告後、滞納処分庁は、別除権行使による競売手続において交付要求をなすことができるか。
2 1が認められる場合、滞納処分庁は裁判所に対し、配当金の直接の交付を要求できるか。
(原告の主張)
1 別除権は、破産宣告後においては、担保権の設定された財産も破産財団に組み入れられるが、当該担保権の効力として、その目的たる特定財産の所有者について破産宣告がなされなかったのと同様に担保権の効力を維持せしめ、破産法一六条に規定する個別的権利行使禁止の原則の例外として担保権を行使させて、当該担保権者に破産財団に属する特定財団から別除的に優先弁済を受けさせようとするものである。
このことから、別除権の行使については、別除権者に優先弁済を受ける権能を保障するため「破産手続ニ依ラスシテ之ヲ行フ」ものと規定され(同法九五条)、破産手続としてではなく、民事執行法に規定する担保権実行としての競売手続によって行うこととしている。
そして、担保権の実行である右競売手続においても、本来の担保権と租税債権との優先関係は維持されるべきことから、租税債権者は、別除権の行使におけるその対象財産に対し交付要求をすることが認められる。なぜならば、仮に交付要求が許されないとすると、租税債権に劣後した担保権が、破産宣告を契機に租税債権に優先するという思わぬ利益を受ける一方、租税債権は本来その担保権より優先するものとして、その引当てとされていた当該財産からの弁済を受けられなくなるという極めて不合理な結果が生じ、またその結果、破産財団が負担する財団債権が増加するという不当な結果となるからである。
このように、別除権行使にかかる競売手続に対する交付要求が認められるということは、破産手続とは別個の民事執行手続へ参加する地位が付与されたことであって、その租税債権者の地位は、右競売事件における配当手続においても、当然に守られるべきであり、右地位に適合するように当該手続内で租税債権者に配当金が交付されなければならない。そうでないと、別除権行使に係る不動産競売事件における租税債権者の地位(交付要求債権者としての地位)を無視することとなり、配当金を破産管財人に交付するとすれば、結果として当該租税債権者を競売手続から排除することとなり、民事執行実務において交付要求を認めたことと矛盾が生じることとなる。
2 なお、財団債権である租税債権は、破産債権に優先して随時弁済を受けうるが(破産法五〇条)、破産財団が財団債権の総額を弁済するのに足りないことが明らかになったときは、まだ弁済を受けていない財団債権の債権額の割合に応じて弁済を受けるにすぎず、租税債権の優先性を定める規定の適用のないのが原則である(同法五一条)。その場合の租税債権は、破産管財人の報酬等の共益費債権(同法四七条三項、以下「共益債権」という。)に劣後するというのが判例である。しかし、このことは、共益費等の支出がひいては総債権者の利益に資するという性質にかんがみ、破産手続の枠内においてのみ共益債権の優先性が認められていることを意味するにとどまり、破産手続外の別除権の実行手続にまでこのことが妥当するものとは解されない。
ところで本件においては、不動産の売却代金は二五〇九万円で、別除権たる訴外大阪総合信用株式会社の抵当権の被担保債権額二八四七万八四一〇円を下回っていたものであるところ、租税債権が抵当権に優先したものである。そして、本件配当金は、別除権が把握していた価値の一部であったものを実体上の優先関係により国に配当されることとなったものである。すなわち、本件競売事件における国への配当金は、交付要求の効力及び国税徴収法の規定する租税債権と私債権との間の実体的な優先関係により、別除権者の受けるべき配当金から控除されたものであり、右部分は、本来的に破産管財人が把握している破産財団の管理処分権に服することのない部分である。
したがって、本件競売手続においては、破産財団に対して本来配当されるべき財産は、租税債権者が交付要求をしようとしまいとに係わらず、もともとなかったものであるから、抵当権に優先することにより配当を受けることになる租税債権についての配当金を破産財団に入れる理由はない。そして、本件配当金が破産財団に入るべきものでない以上、もともと共益債権の優先性が害されるおそれはないのであるから、本件配当金は、国に交付されなければならない。
3 また、本件の破産財団は平成五年八月五日現在八九万七五二三円であるのに対し、財団債権は二〇三万一九三〇円であり、破産財団が財団債権の総額を弁済するに不足している。したがって、仮に本件配当金が破産管財人に交付されるとすると、財団債権である租税債権は、前述のとおり共益債権に遅れて弁済されることになり、競売手続において、同手続に関する執行費用以外に右の共益債権までも負担したことになる。
しかし前述のとおり、共益債権の優先性は、破産手続において財団の管理等に関する費用として、破産手続内における他の財団債権との関係においてその優先性を認められているにとどまり、破産管財人が直接関与していないところの、破産手続外での破産管財人以外の機関が行う換価手続に係る配当に関してまで、共益債権の優先性を肯定する合理性はない。
さらに、租税債権者が配当金の交付を受けられないのに、交付要求をせざるをえないとすれば、破産財団(租税債権者が受けるべき配当金を含む。)が共益債権額を下回るかこれと等しい場合、租税債権者に義務だけ課し、その成果は破産管財人ひいては破産者が享受することとなる。そして、租税債権者がこのような無益な交付要求をしないことになれば、交付要求の有無により、破産財団が増加するともあれば、増加しないこともあるという不合理な事態が生じる結果となる。
(被告の主張)
破産法による破産手続は、総債権者の公平な満足を実現する清算のための包括的執行手続であり、それがため破産者が破産宣告時において有する一切の財産は破産財団とされ、破産宣告前の原因に基づく財産上の請求権たる破産債権は破産手続によらなければ行うことができず、破産宣告後はこれらの債権による個別執行は許されないものとされている(破産法一六条、七〇条一項本文)。とすれば同法七一条一項は、右の個別執行禁止を建前とする破産手続における例外であると言わなければならない。そして、破産法七一条一項が右のとおり破産手続の基本原則に対する例外である以上、その適用範囲は安易に拡大されるべきではない。したがって、破産法は破産宣告後の新たな滞納処分による差押えを許していない。
このように破産宣告後は破産財団所属の財産に対する新たな滞納処分は許されていないものとすれば、租税債権については、国家の財政的基盤を成すものであるから特別の配慮が必要であるとしても、せいぜい他の一般債権者に先んじて財団債権としての満足を受けうるにとどまるものと言わねばならない。そうだとすれば、もし交付要求債権者(租税債権者)に対しそのまま配当してしまうと、結果的に個別財産からの優先弁済を受けることになってしまい、前記破産法の法意に反することになるから、抵当権実行による配当手続においては、かかる租税債権に対する配当は、交付要求請求者ではなく、破産管財人に交付すべきである。
第三 証拠(省略)
第四 争点に対する判断
一 (争点一、交付要求の可否について)
1 交付要求とは、滞納となっている租税があるとき、滞納処分庁である税務署長が、滞納者の財産につき強制換価手続が行われた場合において、滞納処分、民事執行等他の強制換価手続において換価代金の配当を受けるために参加する手続であり、税務署長が執行機関に対し、交付要求書を交付することによって行われるものである(国税徴収法八二条)。そして交付要求は、強制換価手続の執行機関に対し滞納に係る国税につき換価代金を交付すべきことを要求するものであるから、民事執行手続においては配当要求とその性質を同じにするものと解すべきである。
2 ところで、別除権行使は破産手続とは別個の、一般の民事執行手続において行われるものであり(破産法九五条)、別除権行使に基づく競売手続においても、本来の担保権と租税債権との優先関係を否定する理由はなく、これを維持すべできあるところから、租税債権者は、別除権の行使における対象財産に対して交付要求をすることが認められるべきである。なぜならば、仮に交付要求が認められないとすると、租税債権に劣後していた担保権が、破産宣告を契機に租税債権に優先するという思わぬ利益を受ける一方、租税債権は、本来その担保権より優先するものとして、その引当てとされていた当該財産からの弁済を受けられなくなるという不合理な結果が生じ、また破産財団が負担する財団債権が増加するという不当な結果を生じる場合もあるからである。
3 破産法四七条二号の規定によれば、国税徴収法又は国税徴収の例により徴収することのできる請求権は、財団債権とされており、したがって、破産宣告前の原因に基づく請求権も、破産宣告後はすべて財団債権となるところ、破産法七一条一項は、破産財団に属する財産に対し国税徴収法又は国税徴収の例による滞納処分をした場合には、破産宣告によってその処分の続行を妨げられないことが規定されていることから、破産宣告前の滞納処分は破産宣告後も続行することができるが、破産宣告後に新たに滞納処分をすることは許されないと解される。
しかし、破産宣告後は破産財団所属の財産に対して新たな滞納処分を許さないとする趣旨は、その租税が弁済を受けるには、破産管財人による破産執行の一環としてなされる財団債権への随意弁済によらねばならないとするところにあり、当該租税債権等が本来有している他の担保権等との間の実体上の優先関係を否定するものではないことは勿論である。したがって、この競売手続においては、本件競売事件における裁判所の取扱にもあるように、これらの租税等の交付要求を許し、これを配当表に記載して、その順位に応じて配当額を計算することになると解すべきである。
二 (争点二、配当金の受領権者について)
1 本件では、抵当権実行としての不動産競売開始決定がなされた後に、破産宣告があり、その後交付要求があって、民事執行手続に基づいて競売手続が行われ物件を換価したという場合であるが、このような場合、滞納処分庁が受けるべき配当等について、これを破産管財人に交付するべき旨を定めた明文の規定はない。
2 前述のように、別除権行使に係る競売手続において交付要求が認められるということは、破産手続とは別個の民事執行手続へ参加する地位が付与されたことであって、その租税債権者の地位は、右競売事件における配当手続においても、当然に守られるべきである。そして、交付要求は、民事執行手続においては配当要求とその性質を同じにするものと解すべきであることは、前述のとおりであり、現行民事執行法上、配当要求をした債権者以外の者に、配当をなしうることを規定した条文は存在せず、また配当表によらずして配当をなしうることを規定した条文も、存在しない。したがって、配当表に債権者として記載された場合は、当該債権者は、配当金の受領者としての地位を形成されると解すべきであり、交付要求者として配当表に記載され、配当額が決められた以上は、交付要求者は、右配当額につき受領権限を有するものと解すべきである。
3 確かに、破産宣告後は破産財団所属の財産に対して新たな滞納処分を許さないとする判例理論の趣旨を、その租税、公課が弁済を受けるには、すべて破産管財人による破産執行の一環としてなされる財団債権への随時弁済によらなければならないとするところに認めて、破産管財人による弁済を行う前提として、別除権行使としての競売手続の場面では、当該租税、公租の優先順位に応じた配当分は他の担保権者への弁済にあてられることはなく、これを留保して破産管財人に交付し、破産管財人から改めてこれらの財団債権の弁済を行うべきとする見解もある。しかしこの見解は、右競売手続による配当金が、別除権により把握されていた価値の一部であったものを実体法上の優先関係により国に配当されるものになった場合には妥当しないものである。すなわち、本件競売事件における国への配当金は、交付要求の効力及び国税徴収法の規定する租税債権と私債権との間の実体的な優先関係により(国税徴収法一六条)、別除権者の受けるべき配当金から控除されたものであり、右部分は、別除権により把握されていた価値の一部であり、本来的に破産管財人が把握している破産財団を構成していなかった部分なのである。
加えて、交付要求相当額が一旦破産管財人に交付され破産財団を構成すると解すると、破産財団が財団債権を満足できない状態にある場合には(本件がこの場合に該当することは明らかである。)、破産法五一条の規定に従って弁済されることになるので、滞納処分庁は必ずしも租税債権を満足できないことになる。そうであれば、滞納処分庁としては、自ら交付要求しても、滞納されている租税債権を回収できなくなるばかりでなく、租税債権に対し国の財政政策上の観点に基づき優先性を与え、交付要求を認めた立法政策の意図が実現できなくなることになる。
以上のとおりであり、抵当権に優先することにより配当を受けることになる租税債権者についての配当金を、破産管財人に交付すべき明文の規定も合理的理由もなく、これを認めることは、却って、交付要求を認めた立法趣旨を没却することになるから、本件配当金は国に交付されるべきものである。
三 結論
以上によれば、原告の請求は理由があるから、主文のとおり判決する。
別紙
租税債権目録(一)
<省略>
別紙
租税債権目録(二)
<省略>