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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)5924号 判決 1997年1月29日

大阪府<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

山﨑敏彦

東京都渋谷区<以下省略>

(送達先)大阪市<以下省略>

被告

株式会社ハーベスト・フューチャーズ

右代表者代表取締役

大阪府豊中市<以下省略>

被告

Y1

千葉県松戸市<以下省略>

被告

Y2

東京都立川市<以下省略>

被告

Y3

右被告ら訴訟代理人弁護士

鈴木忠正

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金四九四九万六九六二円及びこれに対する平成四年七月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は第一項及び第三項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金五九六四万六二〇三円及びこれに対する平成四年七月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は商品先物取引委託契約の委託者である原告が受託者である被告株式会社ハーベスト・フューチャーズ(以下、「被告会社」という。)並びに被告会社の従業員である被告Y3(以下、「被告Y3」という。)、同Y2(以下、「被告Y2」という。)及び同Y1(以下、「被告Y1」という。)に対し、取引の勧誘及び取引過程に違法行為があったとして不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等(なお、争いのない事実及び弁論の全趣旨により認められる事実以外は認定に供した証拠を()内に表示。)

1  原告は、昭和九年生まれの女性で国民小学校も病弱のため四年程しか行かず、昭和二二年に女学校を一学期で病気で中退するなど十分な初等教育も受けていない。昭和三〇年に結婚し、その後パート、アルバイト等をしたが昭和四六年からは夫の家屋解体業を手伝っている(甲八)。

2  被告会社は、商品先物取引等を目的とする株式会社である。被告Y1は、被告会社の大阪支店長であり、被告Y3及び同Y2は、被告会社の従業員で先物取引の登録外務員の資格を持つ者である。右三名は原告との取引を担当していた。

3  平成四年一月中頃、被告Y3は原告に架電し今年はエルニーニョによる異常気象で大豆が不作になりそうである旨話して米国産大豆の先物取引の勧誘をした。

原告は同年一月三〇日米国産大豆の先物取引をすることを被告会社に委託して合計六〇枚の買建をし、それに対する委託本証拠金として三〇〇万円を被告Y3に対して交付し被告会社に預託した。

4  同年二月七日頃被告Y2が原告宅を訪問し、被告Y2が原告との取引を担当するようになった(乙一七、三四及び被告Y2)。

原告は、同月一九日、米国産大豆一四〇枚を買建し、同日委託本証拠金として現金一〇〇万円及び住友金属他の株式一万五〇〇〇株を被告会社に預託し、合計建玉は二〇〇枚となった。

5  同年二月二四日、利益金七二万九〇九七円の内一九万九〇九七円を被告会社が原告に支払い、その余の金員は原告が同月二五日、二六日の両日に合計二一〇枚売建した建玉の委託本証拠金として用いられた。

6  同年三月二日からは原告の娘婿であるBの名義でも取引が行われた。

7  同年三月五日に被告Y2は原告に委託追証拠金(以下、「追証」という。)を請求し原告は翌六日に一二〇〇万円を被告会社に預託した。

8  被告Y2は同年四月一七日頃、原告にコーンの取引を勧誘し、原告は同月二〇日からコーンの取引を始めた。

9  同月二二日頃、支店長の被告Y1が同Y2と共に原告宅を訪問した。

10  同月三〇日被告Y2は、原告に追証を請求し、原告は被告会社に一一〇〇万円を預託した。

11  同年五月一五日被告Y2は、原告の求めに応じて現金二〇〇万円を返還した。

12  原告は同年六月一〇日小豆の取引を始めた。

13  被告Y2は同月一五日乾繭の取引の勧誘をし、原告は同日から乾繭の取引を開始した。

14  被告Y2は同月三〇日頃原告に追証一六二七万五〇〇〇円を請求し、原告は「そんな金はできない。七〇〇万円ならなんとかできる。」旨述べ、被告Y2は「七〇〇万円でもいい。」旨述べて、原告が七月一日に七〇〇万円を被告Y2に交付した。

15  被告Y2は、同月九日原告に追証二三九五万円を請求し被告Y1と同Y2が原告を訪問し、原告は被告Y1に額面一五〇〇万円の原告の夫振出しの小切手を交付した。右手形は不渡り処分にならずに決済された。

同月二二日被告Y1と同Y2が原告を訪問し、被告Y1は精算金四七九万〇六九九円と一一二万九八八〇円を原告に渡し、原告と被告会社との取引は終了した。

16  原告と被告会社との平成四年一月三〇日から取引終了の同年七月二二日までの取引の経過は別紙取引一覧表のとおりである。

二  争点

1  本件先物取引の勧誘及び取引過程において被告の従業員に違法行為があったか否か

2  取引終了に際し、有効な和解契約がなされたか否か

3  損害額

4  過失相殺の有無及びその割合

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1について

(原告の主張)

(一) 被告らは次のような違法行為を行った。

(1) 無差別電話勧誘

被告Y3は原告に対して特に何の関係もないのに架電して本件取引の勧誘をし、更に原告が勧誘を断っているにもかかわらず執拗に勧誘を行った。

(2) 新規委託者保護義務違反

被告Y3、同Y2及び同Y1(以下、右三名を「被告担当者ら」という。)は先物取引の経験が全くなかった原告に対して大量の取引を勧め、委託業務指導基準により作成が義務付けられた受託業務管理規則に定める新規委託者に対する建玉制限である三か月以内二〇枚という制限を逸脱し、約一月半後に五九〇枚にも及ぶ建玉数となる建玉をさせた。

(3) 断定的判断の提供

被告担当者らは原告に対し、何度も「必ず儲かります。」旨の断定的判断を述べて勧誘を行った。

(4) 投機性の説明の欠如

被告担当者らは、何度もいい儲けになりますなどの勧誘を行い、投機的要素の少ない取引であると委託者が錯覚するような勧誘を行った。

(5) 無断売買

被告Y1は原告に無断で取引を行った。

(6) 頻繁な不当取引

被告担当者らは原告に対して農林水産省・通産省の定める委託者売買状況チェックシステムにおいて特定売買として行政指導の対象となっている取引である買い直し、売り直し、日計り、両建及び手数料不抜けの各取引を頻繁に行い、不当な顧客操作を行った。

(7) 両建玉

両建は損切りをして後に新たな建玉をすること以上の効果は全くなく、かえって顧客にとって手数料の増額等の不利益があるにもかかわらず、被告担当者らは原告に対して両建を勧め、その結果大きな損が出た玉を決済せずに放置ないし損益を別の玉に移動させ、頻繁に建て落ちの取引を繰り返し、一貫して利益だけを出しているように見せかけて、原告をして損得の感覚を誤らせて損を増幅させた。

(二) 被告担当者らの右の行為は違法な行為であり、被告会社の会社ぐるみの不法行為といえ、被告会社及び被告担当者らは民法七〇九条、七一五条に基づき損害賠償義務を負う。

(被告の主張)

(一) 無差別電話勧誘については、面識のない不特定多数に対する電話による勧誘は平成元年一〇月に改正された商品取引員の受託業務に関する商品取引所指示事項でも、同年九月に定められた受託業務に関する協定でも禁止されていない。

(二) 原告は被告Y3に対して家屋解体業をしており、株式投資も五、六千万円していて投機に興味があることを述べており、重機やトラックを十数台持っているという話もしていた。

(三) 更に被告Y3は原告に商品先物取引の取引方法、委託証拠金、手数料、損益、商品先物取引は投機性の高いものでハイリスク・ハイリターンの取引であることを説明した。

この際、被告Y3は原告に対し、受託契約準則(乙一四)、商品先物取引委託のガイド(乙三一の1)を渡してそれらに基づいて先物取引の説明をし、原告も十分それを理解していたのであり、その上で、原告は約諾書及び通知書(乙一)に署名捺印したのである。

更に被告Y2も同Y3に続いて原告に対して商品先物取引の仕組、委託証拠金、商品先物取引がハイリスク・ハイリターンであることについて説明しており、それに対して原告はベルギーダイヤモンドで五、六千万円儲けた話や株取引を五、六千万円していたことを話していた。

(四) 以上のことからすると原告は先物取引をするのに必要な十分な知識と資力を持って取引に臨んでいたといえ、被告らに新規委託者保護義務違反及び投機性の説明の欠如は何ら存在しない。また、新規委託者保護義務違反については、被告会社内の規制にすぎないのであり、仮にこの制限を超えたとしてもその取引が違法となるものではない。

(五) また、被告担当者らは何ら断定的な判断は提供しておらず、本件各取引は原告が被告担当者らと相談をした上でないしは原告独自の相場観に基づいて、原告の指示に従ってなされたものであり、手数料目的の取引ではなく、手仕舞指示を無視したこともないから、何ら違法な取引とはいえない。

(六) 両建玉についても、両建玉は商品取引所において認められている取引方法であり、両建玉にすることにより、損益を繰り延べたり相場の動向を見たり、追証の発生をくい止めるなどの意味を有していることから、違法な取引方法とはいえない。

2  争点2について

(被告の主張)

原告は平成四年七月二二日に精算する際に、被告Y1から今後この取引については一切異議を申し立てない旨の書面を渡され、その内容について被告Y1から説明を受けた上で原告が署名捺印しており(乙二四)、これにより、紛争があったことを前提に原告と被告会社との間に債権債務がないことを確認した和解契約が成立したものである。

(原告の反論)

右書面は本件取引についての被告らの法的責任の有無について検討の結果作成されたものではなく、精算直前の特定の売買について無断売買であるとの争いがあったために作成されたものであり、本件取引全体について有効な和解契約が成立したものとはいえない。

三  争点4について

(原告の主張)

原告に過失と評価されるべきものが存在したとしても、それは被告らが意図して詐欺的方法によりそのように仕向けていたものであり、過失相殺事由とはなりえない。また、被告会社との関係において、本件取引は両建を駆使し頻繁に相場観を変更している取引であって、被告会社も実態を知りながらそれを放置していたもので会社ぐるみで行われていたものといえる以上、過失相殺を認めるべきではない。

第三争点に対する判断

一  本件取引の経過

証拠(甲八、乙一、二、四の1、五の1、六の1、七の1、八、一〇、一一、一二の1、2、一三の1、2、一四ないし一八、二〇の1ないし26、二一の1ないし3、二四、二八、二九、三一の1、三二の1ないし8、三三の1ないし6、三四、三五の1ないし87、三六の1ないし40、原告、被告Y3、同Y2、同Y1)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

1  本件取引開始の状況

(一) 原告は、本件取引開始当時五七歳であり、夫の家屋解体業を手伝い月給五〇万円、年収六〇〇万円の収入があった。

原告は本件先物取引を開始する以前に株式を一〇銘柄程度買ったことがあり、ベルギーダイヤモンドの取引を行ったこともあるものの、ベルギーダイヤモンドでは約七〇〇万円の損失を出しており、商品先物取引のみならず株式の信用取引も行ったことがなく、商品先物取引に対する知識経験は全く有していなかった。

(二) 被告Y3は、平成四年一月、建設業者の名簿で原告の電話番号を探し、原告に対し電話で商品先物取引について話を聞いてほしい旨伝えた。被告Y3は更に原告に対して、商品先物取引についての新聞の切り抜き等の資料を送付し、原告に何度か電話をしてきたため原告は当初は断っていたものの、勧誘により商品先物取引を開始することとした。

被告Y3は同月三〇日原告宅を訪問し、原告に対して商品先物取引について商品先物取引委託のガイド(乙三一の1)及び委託契約準則(乙一四)を渡して、先物取引の仕組について一応の説明を行った。

この時、被告Y3は原告に対し「今年はエルニーニョでものすごく儲かる年やから今安いときに米国産大豆を買っておけば儲かります。」と言っていた。

そして、原告は被告Y3から約諾書及び通知書(乙一)に署名捺印をするように言われ、中身を読まずにそのまま署名捺印をした。

原告は当初二〇〇万円で取引を始めるつもりであったが、被告Y3からやっておかないと損でありもうお金がないかと催促されたことから、一〇〇万円を追加し合計六〇枚の買いを建てることで先物取引を開始し、被告Y3に対して先物取引の委託本証拠金として三〇〇万円を交付した。

(この点、被告Y3は、説明もしていないのに原告の方から二、三〇〇万円の資金で米国産大豆の先物取引を四〇枚買い建てしたいとの申入れが電話であった旨供述するが、先物取引の経験及び知識が全くない原告が被告Y3から送られてきた資料のみでいきなり被告Y3が供述するような申入れをなしたとは到底考えられず、右供述は採用することはできない。)

被告Y3はグラフ等を示し説明してくれたものの、原告は損をしなければいい程度に思っており、被告Y3の先物取引に関する説明については十分理解できなかったものの、何ら被告Y3に質問をすることもなく、理解していないことも伝えなかった。

原告は電話での勧誘の際や最初の取引の際に、被告Y3に対してかつて自分がベルギーダイヤモンドの取引をやっていたことがあったことや株式の取引をピーク時で五、六千万円程度やっていたことを伝えていたが、ベルギーダイヤモンドで損失を被ったことは被告Y3には伝えなかった。

また、原告は被告Y3から商品先物取引委託のガイドや受託契約準則をもらったものの中身はその後も全く読まなかった。

(三) 被告Y3は、原告との取引の開始及びB名義での取引を開始するにあたり、被告会社の受託業務管理規則(乙八)に基づき、顧客カード及び管理基準超過建玉承認申請書(乙一〇、一一、一二の1、一三の1)を作成したが、作成にあたっては氏名や住所、職業等は原告から聞いたとおりに顧客カードに書き込んだものの、年齢や資産、収入状況については、原告から聞いた話を元に想像により書き込み、原告名義分については、年齢五〇歳、収入状況については、一〇〇〇万円超の欄に丸をし、預金について五〇〇〇万円、株式については三〇〇〇万円との記載をし、今回の取引については余裕を持って取引をするとの記載をした。

B名義の顧客カードについてもB本人に会うこともなく、原告から聞いたことに基づいて書ける分は書き込んだものの、分からない部分については被告Y3の想像により書き込みがなされ、収入状況一〇〇〇万円超に丸がなされ、預金は一〇〇〇万円との記載がされた。

その結果、管理基準超過建玉承認申請書においても、原告の意向とは関係なく原告名義分については、申請建玉枚数七〇〇枚との記載がなされ、B名義分についても原告及びBの意向とは関係なく二〇〇枚との申請建玉枚数の記載がなされ、知識、資金力ともに十分との理由で、いずれの申請も被告会社内で承認された(乙一二の2、一三の2)。

2  その後の取引経過

(一) 同年二月七日頃、被告Y2が同Y3と共に原告を訪れ、被告Y2もエルニーニョで米国産大豆は上がる見込みである旨原告に伝えた。

この際、被告Y2は銘柄取引一覧表を用いて商品先物取引について説明したが商品先物取引委託のガイドは使わなかった。

被告Y2はこの時、相場が上昇した場合の見込みとして相場が二一〇〇円から二四〇〇円ないし二五〇〇円に上がった場合を前提に利益を計算した計算例を原告に示した。更に、両建については、相場が反対に転じた場合にヘッジする(損失発生を防止するため、両建をして逃げ道を作っておくの意。被告Y2は「ヘッジ」という表現で説明した。)方法である旨原告に伝えた。

原告はその内容を十分理解することができなかったが、分からないというとばかにされると思い、被告Y2に理解していないことは伝えなかった。また原告は被告Y2に対しても、ベルギーダイヤモンドで取引をしていたことを伝えたが損をしたことは伝えなかった。

(二) その後、原告の取引した大豆が利益を出したことから被告Y2は原告に更に買いを入れるよう勧誘し、資金はないかといい、被告Y2が株券でもいいということから株券を証拠金に使って、同年二月一九日には一〇〇万円を証拠金として差し入れるとともに株式一万五〇〇〇株を委託証拠金代用有価証券として差し入れこれを元に大豆一四〇枚の買いを建てた。

その後、同月二四日になり利益金約七二万円が出たがその内一九万九〇九七円が原告に振り込まれその余の利益金は同月二五日、二六日に建てられた二一〇枚の建玉の証拠金として用いられた。

この時、原告は一九万円ほど儲かってよかったと思い、被告会社は騙してお金を取るような会社ではないと思った。

B名義の取引についても、被告Y2が原告に余っている資金を持っている人はいないかと勧誘してきたことから、原告が預かっていたBの預金三〇〇万円の話をし、その結果、同年三月二日から右金銭を使用してBの名義での取引が始まった。

(三) 同年三月五日には大豆の値段が大きく下がったことから追証が必要となった。原告は被告Y2から「追証がないと今までの残高が全てなくなってしまう。」と言われたことから、原告は追証の意味もよく分かっていなかったが、同月六日一二〇〇万円を被告会社に持参した。

(この点、被告Y2は六二五万円の追証を請求したら、原告が自ら難平を選択し一二〇〇万円の委託本証拠金を預かった旨供述するが、前記認定のとおり原告は先物取引の知識を十分に有していなかったことから、難平という取引方法を自ら選択するとは考えられず、被告Y2の供述は採用することはできない。)

また、原告はとにかく損は出したくない旨、被告Y2や同Y1に対して伝えていたものの、被告Y2は「損切りにこだわらない方がいい。」とは話したものの損切りすべきであるというように強く勧めることはなかった。

(四) 被告Y2は同年四月一八日頃から原告に対して新たに取引所での取引の始まるコーンの取引を勧誘し、原告は同月二〇日からコーンの取引を開始した。この時も原告は、被告Y2からとうもろこし取引要綱及び受託契約準則を受け取った(乙一五、一六、一八)。

(五) 原告は同年五月一五日に夫の仕事の関係上二〇〇万円が必要であったことから被告Y2に二〇〇万円の返還を要求し、被告Y2は、同日前回より二〇〇万円金額が減少した三五五四万円の委託証拠金預り証と現金二〇〇万円を原告に交付した。

この時原告は、相場で儲けてもう一軒家を買いたいということを被告Y2に伝えた。原告としては預り証の金額が二〇〇万円分減っていたことから委託証拠金預り証に記載されている金額は最終的には返してもらえる金額が記載されているものだという理解をした。

この段階において、原告の取引には既に大きな損失が生じていたが、被告Y2は原告の右発言は本人の意思にすぎないということで何らたしなめることもなく原告が大きな儲けをとって終わると思っていることを知っていながら、現在の損失状況について格別指摘することはしなかった。

被告Y1も原告から家をもう一軒買いたいという話を聞いており被告Y1としては当時取引でのマイナスを少しでも減らしたいと考えていた時期であったが、被告Y2と同様原告に対して原告の発言を何ら否定することもなく取引を続けさせた。

(六) その後、同年六月九日には被告Y1が今小豆が儲かる旨強力に原告に小豆の勧誘をした。

原告は、昔小豆で損をした人がいるという話を聞いたことがあった為一度は断ったものの、被告Y1が「五〇〇〇万儲かった人がいるから、あなたもやった方がいい。」などと勧誘をしたことから小豆の取引を開始することとなった。

当時、小豆の取引は仕手筋が参入しており、投機性が一段と高くなっており相当激しい値動きをしていた。

被告Y1は当初小豆相場が四〇〇〇円値上がりしていたこと及び相対力指数が非常に高いことを理由に原告に小豆の売りを勧めたが、その後の取引の経過は取引一覧表のとおり日計り等の取引を頻繁に行い同月一五日以降の取引については右事情は全く参考にせずに取引を行った。

(七) 同月一五日には被告Y2が乾繭取引を勧誘し、儲かるものが一〇枚あいている旨の勧誘をしたことから、原告は乾繭の取引も始めた。

(八) 原告は取引開始以降約半年間の間に延べ一八〇回(建てと落ちを別々にして集計。以下同じ。)を超える取引を行い、原告と被告担当者らとは電話によって交互に頻繁に連絡はとっていたものの、そのほとんどすべては被告Y3、同Y2及び同Y1の指示及び勧誘に従って取引をしているだけの状態で、原告が自ら積極的に相場観を読んで注文したことはなかった。

(この点、被告らは原告が自らの相場観に基づいて被告担当者らの勧めとは反対の取引をしたことがある旨主張し、被告Y2も右主張に沿った供述をするが、前記認定のとおり原告は本件取引開始に至るまで商品先物取引についての知識を全く有しておらず、本件先物取引開始後も損失を出しながら家を買いたいというなど、商品先物取引についての知識を全くといっていいほど持たないまま取引を行ってきたことから、自ら相場観を決せられるほどの十分な知識や経験を有していたとは到底認められず、右供述は採用することはできず、被告らの主張を認めるに足りる証拠はない。)

原告は、被告会社から売買報告書、売買計算書及び残高証明書(乙三二の1ないし8、三三の1ないし6、三五の1ないし87、三六の1ないし40)は送られていたものの、書面に目を通すこともなく後々必要になるかもしれないということで綴っておくということをしておくだけであった。かえって、原告は、原告が委託証拠金を預けるたびに交付された委託証拠金預り証(乙二〇の1ないし26、二一の1ないし3)を受け取った際、そこに表示されている金額が前回受け取った委託証拠金預り証に記載された金額に原告が今回預けた金額が加算され表示されていたことから、しっかり計算して残高に入れてくれていると思い、委託証拠金預り証に記載された金額が貯まっていっているものと誤解していた。

更に、原告は、被告担当者らに対して何度も取引を終了させたい旨伝えていたものの、そのたびに追証がかかってくるなどしたため取引を終了させることができなかった。

3  取引終了の経緯

同年七月九日、被告Y2は原告に二三九五万円の追証を請求した。原告が「現金がない。」と言ったことから被告Y1は「小切手でもいいですよ。」と言い、原告は被告Y1に一五〇〇万円分の小切手を交付した。被告Y1は、同月一四日に原告に対して小切手を決済に回していいか問い合わせた。原告は現金がなかったことから簡易保険を解約するなどして現金を作り、翌一五日中に一五〇〇万円を夫の当座預金に入金した。

この間、同月一四日に被告Y1は原告に無断で小豆二五枚の建玉を行った。

(この点、被告Y1は、同日の建玉についても原告が納得していた旨供述するが、原告は当時金策に困っており小切手の不渡りを出さないように金策に走っていたことからすると、それと同じ日に二五枚の建玉をするとは到底考えられず、被告Y1の供述を採用することはできない。)

原告は被告Y1に対して右無断取引について責任を追及する旨の発言をしていたところ、同月二〇日に被告Y1と原告との間で連絡が取れ、同月二二日に被告Y1と同Y2が原告宅を訪れ取引を終了させることとなった。この時、被告Y1は精算金四七九万〇六九九円を原告に交付し、右無断売買による損失金である一一二万九八八〇円を自ら出捐して原告に支払い、原告がB名義の取引分の不足金四一万五八七九円を支払うとともに、今後取引に関しては一切異議を申し立てない旨の書面が作成された(乙二四)。

本件全取引によって発生した原告の支払手数料、諸税を含む損失は総額五八〇〇万円を超え、支払手数料の総額は三五九四万〇五〇〇円に及んだ。

二  被告らの不法行為

1  商品先物取引は、少額の証拠金で多額の取引をすることができ、わずかな値動きで多額の損失を発生させるおそれのある極めて投機性の高い取引であるから、商品取引員及びその従業員は、法的規制や社内規則を遵守し、商品取引に十分な知識や経験を有しない者が安易に取引に参入することがないように注意し、また本人に予想しない多額な損害を被らせることがないよう努めるべきことが要請されており、その勧誘方法等が右要請の趣旨に反し、社会的に不相当と認められる場合には、不法行為責任を免れないというべきである。

2  前記認定事実によると、取引開始の段階においては受託業務管理規則において、本来取引開始三か月の習熟期間中は建玉が二〇枚以内に制限されているにもかかわらず(乙八、九)、本件取引においては、いきなり右制限を超えて一回目の取引から六〇枚もの取引がなされている。そして、被告会社の許可を取るため必要な顧客カード及び超過建玉承認申請書は、正確な調査をすることなく被告Y3の勝手な想像に基づいて作成され、それに基づいて被告会社の承認がなされ、本件取引が開始されている。

更に、被告担当者らは先物取引の仕組について一応の説明はしているものの、被告Y2が利益がでた場合についての計算例を原告に示して説明していることからも明らかなように、異常気象で値上がりすることを前提に、利益面を強調した説明を行っている。

また、原告は被告担当者らの説明を理解できなかったことを被告担当者らに伝えていなかったとはいえ、その後、原告が損失を出しているにもかかわらず家を買いたいと言っていた原告の対応等を見れば原告が先物取引の仕組についてほとんどといっていいほど理解していないことは十分被告担当者らに認識可能であり、また認識していたと認められる(原告本人尋問の内容からも、原告が先物取引を理解するのに必要な専門用語について理解可能な者であるとは認められず、被告担当者らも取引当時においてその認識は有していたものと認められる。)にもかかわらず、被告担当者らは原告に対し何ら損害額の拡大や取引の中止について助言することもなく、かえって原告の「損は出したくない。」という言葉に乗じて両建を勧め、結果的には損失を放置ないし損失を他の玉に移転することにより頻繁に取引を行い、その結果多額の手数料を取得している。

被告らは原告が「損は絶対に出したくない。」と言ったことから両建を勧めて原告の為に両建がなされた旨主張するが、両建は一方を因果玉として放置することや、又は、双方の玉に損益を移動させることによって委託者が現実に有している利益についての判断を惑わせることができ、更に注文者に手数料の負担をかけ、取引を中止させにくくするなど、委託者に対して不利益を及ぼすおそれが大きいことから、先物取引員である被告担当者らとしては、原告が損は出したくないということから安易に両建を勧めるのではなく、両建の意味及び機能について十分に原告に説明した上で両建を勧めるべきであり、前記認定のような被告Y2の両建についての説明では、原告にその意味が理解できたとは認められず、本件においては、原告の無知に乗じて手数料等で被告らに有利な両建を勧めたと考えざるをえない。

追証についても本来ならば追証がかかった場合、全額を払ってもらわなければならないところ、その一部を支払ってもらうことで了解し、更に取引を継続しており、原告の手仕舞の希望についても、結局は原告の希望は叶えられず取引が継続されており、被告担当者らは、無理にでも取引を継続して手数料を得ようとしていたことが認められる。

取引内容についても、原告が先物取引について十分な知識を有していないにもかかわらず、わずか半年間に一八〇回を超える取引が行われていること、更に取引開始後数か月しか経っていない原告に、いきなり仕手筋が入り投機性の高い小豆の取引を勧めていること、約半年間に大豆のみならず小豆、コーン及び乾繭という様々な商品についての先物取引を勧めその取引を開始していること、各取引についても日計りや両建等の不相当な取引がかなり行われていたこと、約半年間の手数料だけで三五〇〇万円を超えており結果的に原告に五八〇〇万円以上もの損失を生じさせていること、被告担当者らは、原告の資金の出所について注意を払わず、かえって他人名義による取引を安易に受け入れていること及び最後には無断取引まで行っていることをも考慮すると、本件各取引は、被告らが手数料稼ぎを目的に、原告の無知に乗じて押し進めてきたものであると評価するのが相当である。

3  右の認定、説示によると、被告担当者らの本件における勧誘行為及び取引過程における行為は、取引開始当初から原告が先物取引を自己の責任によりすることができる適格性を欠いていることを無視し、自己の利益を追求するため原告に判断能力がないことを知りながら取引を継続させてきたもので、その全体が違法であり、被告担当者らは不法行為責任を負うべきであると認められる。また、被告会社は被告担当者らの使用者であり、被告担当者らが被告会社の事業の執行に付いて原告に損害を与えたものであるから、被告会社は使用者として民法七一五条の使用者責任を負うものというべきである。

4  この点、被告らは本件各取引が合理的な根拠に基づいた取引であり違法な取引ではないと主張するが、本件取引による損害における手数料の占める割合の高さ及び取引の頻度からすると真に合理的な根拠があったか否かは疑わしく、たとえ合理的根拠に基づき原告に勧誘した取引であったとしても原告が先物取引について十分な知識を有しておらず、十分な判断能力を有していなかった以上、そのことをもって本件各取引が違法でないということはできない。

また被告らは、新規委託者の建玉枚数の制限については、被告会社の内部の規定にすぎないから、この制限に違反したとしてもその取引が違法となるものではない旨主張するが、新規委託者の建玉枚数の制限を規定する受託業務管理規則は委託者を保護育成する為に規定されているものである以上、たとえ右規則が社内内部の規定であるとしても右規則に違反することは十分に違法性を有するものであるといえる。

三  和解契約の有効性について

本件においては、取引の終了時に原告が被告会社に対して、取引に関する一切の異議申し立てをしない旨の書面が原告から被告会社に交付されている(乙二四)。この書面は、本件取引の終了直前に、原告が被告Y1に対して、平成四年七月一四日になされた小豆二五枚の取引について、被告Y1が原告に無断で建てたものであると主張したことに対して、被告Y1が右取引による損失金相当額を原告に交付した際に作成されたものである。

したがって、原告としては、右書面は被告Y1との間において問題となっていた前記取引について提出した書面であると認識していたものと認められ、未だそれ以前の取引について紛争が生じていない段階において、すべての取引について和解を成立させる趣旨で右書面を作成したものとは認められない。

一方、被告らとしても原告の右意思は十分に認識していたことは明らかであり、右書面は被告Y1の前記取引についてなされた限りにおいて効力を有し、本件の全取引について和解契約が成立したものとは認められない。

四  損害

1  証拠(乙四の2、3、五の3、六の3、七の2、乙二二の1ないし4、乙二三)によると、原告は被告らの不法行為により、被告会社に対し証拠金として合計六〇四一万五八七九円及び証拠金の代用として株券一万五〇〇〇株(証拠金代用時評価額四八〇万円)を交付したものであり、その内現金八九六万九六七六円が原告に返却されていることから、原告の損害額は五六二四万六二〇三円となる。

2  過失相殺

原告は被告Y3から勧誘を受けた際に商品先物取引の仕組について一応の説明は受け、更にその際、商品先物取引委託のガイドの交付も受けた上で約諾書に署名押印をなしている。更に、原告は自らのベルギーダイヤモンドでの損失を被告担当者らに伝えることもなく、自分がばかにされてはいけないということで、被告担当者らの説明を理解していないにもかかわらずそのことを伝えず、何ら質問をせずに取引を開始し継続したものであることが認められる。更に、原告としては、度々追証が生じた時点で疑問を感じ、被告担当者らに問いただし、更には、取引を中止することも可能であったと考えられるのに適切な対応をとることを怠っていたものであり、これらの諸事情を斟酌すると原告の過失は二割と認めるのが相当である。

本件では、被告担当者らが原告の無知に乗じ原告が先物取引について理解していないことを知りながら取引を押し進めてきたもので、その責任は重大であるが、原告の右のような態度が被告担当者らに乗じる隙を与え、損害を拡大させたものであることを否定できない。

したがって、被告らが賠償すべき弁護士費用以外の損害は四四九九万六九六二円となる。

3  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過及び認容額等を考慮すると本件における弁護士費用相当分として原告が被告らに求めることができる賠償額は四五〇万円と認めるのが相当である。

したがって、原告が被告らに対して請求しうる賠償額の合計額は四九四九万六九六二円となる。

五  よって原告の請求は四九四九万六九六二円及びこれに対する損害確定の日である平成四年七月二二日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

(裁判長裁判官 前坂光雄 裁判官 大西忠重 裁判官 島崎邦彦)

<以下省略>

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