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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)6123号 判決 1994年2月24日

原告 破産者株式会社クリエイティブワールド破産管財人 村林昌二

被告 株式会社三菱銀行

右代表者代表取締役 若井恒雄

右訴訟代理人弁護士 露木脩二

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一、請求

被告は、原告に対し、金九八万六二九〇円及びこれに対する平成五年七月一五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二、事案の概要

一、本件は、株式会社クリエイティブワールド(以下破産会社という。)が破産宣告前に被告に預けた別紙約束手形目録記載の約束手形(以下本件手形という。)の返還を、破産管財人である原告が求めたが、被告がこれを拒否し、支払期日に取り立てて被告の破産会社に対する貸付金債権の弁済に充当したので、被告の行為が不法行為であるとして、原告が、被告に対し、本件手形金に対する損害金の支払を請求した事案である。

二、争いのない事実

1. 破産会社は平成五年三月三〇日(以下年度はすべて平成五年なので、年度の記録は省略する。)、大阪地方裁判所に自己破産の申立てをし、四月一五日午前一〇時破産宣告を受け、原告が破産管財人に選任された。

2. 破産会社は、破産申立て前の三月二四日、被告(江坂支店)に対し、自己の所持する本件手形の割引を申し込んだところ、被告は、振出人の信用が明らかでないとして、同日の割引を留保し、本件手形を預かった。

3. 破産会社は、同月二五日及び翌二六日に不渡手形を出し、同月三一日、銀行取引停止処分を受けた。

4. 原告は五月一二日ころ、被告に対し、本件手形の返還を求めたが、被告は、同月二六日ころ、商事留置権を主張して、返還を拒絶した。

5. 破産会社と被告は、いずれも商人であるところ、被告は、一月二五日、破産会社に対して、四〇〇〇万円を、返済期日四月三〇日の約定で貸し付けた。

6. 被告と破産会社間の銀行取引約定書(以下本件約定書という。)五条一項二号によれば、破産会社が手形交換所の取引停止処分を受けたときは、期限の利益を喪失する約定であるところ、破産会社は、前記のとおり、三月三一日に銀行取引停止処分を受けたので、右三一日に四〇〇〇万円の貸付金債務について期限の利益を喪失し、弁済期が到来した。

7. 本件約定書四条三項によれば、被告は破産会社の担保を法定の手続によらないで取立、処分し、債務の弁済に充当できる旨合意されており、また、同条四項によれば、約定担保権は有しなくても、被告の占有している破産会社の手形などについては、三項の場合と同様に、取立、処分し、債務の弁済に充当できる旨合意されている。

8. 被告は、本件手形の支払期日である六月一〇日、本件手形を取り立てて手形金の支払いを受け、破産会社に対する四〇〇〇万円の貸付金債権の弁済に充当した。

三、被告の主張

1. 商事留置権の成立(抗弁)

被告は、被告と破産会社にとって商行為である手形割引のために本件手形を預かってその占有を開始したところ、被告と破産会社との商行為によって生じた四〇〇〇万円の貸付金債権の弁済期が三月三一日到来したので、本件手形について、右同日、商法五二一条の留置権が成立した。

2. なお、破産会社の破産宣告により、被告の商事留置権が破産法九三条によって特別の先取特権とみなされることは、原告主張のとおりであるが、それによって一旦成立した被告の本件手形についての留置的効力が失われるものではない。

3. 任意処分権限(抗弁)

破産法九五条によれば、別除権者である被告は破産手続によらないで権利を行使することができるから、法律に定めた方法(民事執行法一九五条による競売)によっても本件手形を換価することはできたが、被告は別除権の具体的行使方法として、本件約定書の四条三項及び四項の合意に基づき、本件手形を取り立てて、その代わり金を貸付金債権の弁済に充当したものであり、したがって、被告の行為は適法なものである。

4. 相殺(抗弁)

仮に右主張が認められないにしても、被告は適法な行為により本件手形の返還に代えてその代わり金の返還債務を負担するに至ったものである。したがって、被告の本件手形の代わり金を返済すべき義務は、破産宣告後に被告が原告に対して負担した債務ではなく、破産宣告前から被告が留置権を行使していた本件手形の返還義務が変形したものにすぎないから、破産法一〇四条一号の「破産宣告後破産財団に対して負担した債務」ではない。また、同条三号及び四号の関係では、破産の申立てのあったことを知ったときより前に生じた原因に基づき債務を負担したものというべきである。

そこで、被告は、原告に対し、八月三一日の本件口頭弁論期日において、破産会社に対する貸付金債権と右代わり金債務とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。

四、原告の主張

1. 商事留置権について

(一)  商事留置権は成立しない。破産会社は、被告から、当日の割引には応じられない、信用調査のうえ、応否を決めるといわれ、本件手形を事実上預けたにすぎないから手形割引契約は成立していない。その他、なんらかの商行為があったということはできない。

(二)  仮に商事留置権が成立したとしても、その後に破産会社が破産宣告を受けたので、右留置権は破産法九三条により特別の先取特権とみなされる結果、留置的効力は失効し、被告の本件手形に対する占有権原は失われた(再抗弁)。

2. 任意処分権限について

破産会社が破産宣告を受けたため、民法六五六条、六五三条により、本件約定書四条三項及び四項の合意に基づく被告の取立、処分及び弁済充当権限は消滅した(最高裁昭和六三年一〇月一八日第三小法廷判決)。そうでないとしても、被告は右合意をもって破産管財人である原告に対抗できない。被告は特別の先取特権に基づく法定の競売申立て(民事執行法一九〇条)をした場合にのみ、本件手形の返還義務を免れ得た。

3. 相殺について

被告主張の代わり金は本件手形を取り立てて得た金員であるところ、被告は本件手形の返還義務を有するにもかかわらず、権限なくして取立を行ったものであるから、本件手形の返還義務は損害賠償義務に変形するものであり、代わり金支払い債務が発生する余地はない。したがって、代わり金債務の成立を前提とし、右債務を受働債権とする相殺の主張は失当である。代わり金債務が発生するとしても、破産法一〇四条により、相殺は許されない。

五、争点

1. 商事留置権は成立するか。

2. 破産宣告により留置的効力は失われるか。

3. 任意処分権限はあるか。

4. 相殺は許されるか。

第三、争点に対する判断

一、商事留置権は成立するか。

前記争いのない事実の2によれば、被告は破産会社から本件手形の割引を申し込まれてこれを受け取り、振出人の信用調査をするため同日の割り引きを留保し、本件手形を預かったのであるから、本件手形は、被告と破産会社との商行為によって被告の占有に帰したものである。そして、前記争いのない事実5、6のとおり、四〇〇〇万円の貸付金債権の弁済期が三月三一日に到来したのであるから、本件手形について、右同日、商事留置権が成立したと認められる。

二、破産宣告により商事留置権の留置的効力は失われるか。

右一で述べたところ及び前記争いのない事実の1によれば、本件手形について商事留置権が成立した後に、破産会社は破産宣告を受けたので、右商事留置権は破産法九三条により特別の先取特権とみなされることになる。

しかし、このことによって、被告の本件手形に対する商事留置権の留置的効力が失われると解するのは相当ではない。破産法には、商事留置権の消滅請求を認めた会社更生法一六一条の二第一項のような規定はないから、破産宣告によっても商事留置権の留置的効力には影響がないというべきである。

そうすると、破産宣告後は、商事留置権者は留置的効力を有するだけでなく、破産法九三条により、特別の先取特権者として別除権者たる地位を与えられたということになる。

三、任意処分権限はあるか。

破産法九五条によれば、別除権者は、破産手続によらないで別除権を行使できるから、被告は民事執行法一九五条による競売によって本件手形を換価処分できる。

問題は、被告がこのような法律に定めた方法によらないで、当事者間の約定に基づく任意処分を行うことができるか(破産法二〇四条一項)である。

ところで、本件約定書四条三項及び四項は、担保である手形(三項)あるいは占有する手形(四項)などについて、被告に任意処分、取立権及び弁済充当権を授与する趣旨のものと解される(最高裁昭和六三年一〇月一八日第三小法廷判決参照)ところ、まず、三項については、破産法二〇四条一項にいう、法律に定めた方法によらないで処分できる権利を認めたものと理解される。なぜならば、担保権者は別除権者として法定の方法によって担保を処分できるのであるから、任意処分の権利を否定することはそれほど意味があるとは思えないし、また、任意処分によって担保が高価に換価できれば、破産財団にとって有利となると考えられるからである。そして、四項についても、破産宣告後も被告は、本件手形について商事留置権を有するのであるから、三項について述べたことが妥当し、右約定は破産宣告後も有効であり、被告は本件手形に対する任意処分、取立権及び弁済充当権を有すると解するのが相当である。

したがって、被告が本件手形を支払期日に呈示して取立て、その代わり金を破産会社に対する貸付金債権の回収のために充当したことは適法であり、不法なものではない。

第四、以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当である。

(裁判官 武田和博)

<以下省略>

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