大阪地方裁判所 平成5年(ワ)972号 判決 1995年12月20日
大阪市西区立売掘一丁目一一番八号
原告
日本空気力輸送装置株式会社
右代表者代表取締役
小泉恭男
右訴訟代理人弁護士
相馬達雄
東京都千代田区霞が関一丁目一番一号
被告
国
右代表者法務大臣
宮沢弘
右指定代理人
中村好春
同
福本由美子
同
小富士晋一
同
檜原一
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
一 被告は、原告に対し、金四二二五万五四九七円及びこれに対する昭和五三年六月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 仮執行宣言
第二事案の概要
本件は、原告が、大蔵省国税局査察官(以下「査察官」という。)の強制的で誤った指導により、空気力輸送装置の輸出取引に係る収益の計上時期について錯誤に陥り、これに基づき修正申告を行ったとして、被告に対し、主位的には不当利得返還請求権、予備的には国家賠償請求権に基づき、右修正申告により新たに納付した法人税額に係る重加算税及び延滞税の一部である四二二五万五四九七円及びこれに対する右修正申告をした日の翌日である昭和五三年六月一一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 原告は、空気力輸送装置の設計及び製造等を目的とする株式会社である。
2 原告は、訴外中央工機産業株式会社(以下「中央工機」という。)に対し、昭和四九年一二月一〇日、空気力輸送装置一式(以下「本件装置」という。)を代金二億五四八〇万円で売却した(以下「本件契約」という。)。
3 原告は、昭和五〇年七月二一日、昭和四九年五月二一日から昭和五〇年五月二〇日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税について、別表記載のとおり、所得金額を八八八万七八九八円、納付すべき法人税額を一五五万〇五〇〇円とする確定申告をした。
4 原告は、昭和五三年六月一〇日、本件事業年度の法人税について、別表記載のとおり、所得金額を三億三九〇六万五九〇八円、新たに納付すべき法人税額を一億三八六八万九六〇〇円とする修正申告をした(以下「本件修正申告」という。)。
5 西税務署長は、昭和五三年六月三〇日、本件事業年度の法人税について、別表記載のとおり、重加算税四一三六万三四〇〇円の賦課決定をした(以下「本件賦課決定」という。)。
6 原告は、昭和五三年六月から平成三年七月までの間に、本件修正申告に基づく法人税一億三八六八万九六〇〇円及び延滞税三一六四万二六〇〇円並びに本件賦課決定に基づく重加算税四一三六万三四〇〇円を納付した。
7 原告は、昭和五三年七月一九日、大阪地方裁判所に法人税法違反被告事件(以下「本件刑事事件」という。)の被告人として起訴されたところ、同裁判所は、昭和六一年四月一六日、罰金二八〇〇万円の有罪判決を言い渡した。これに対し、その控訴審である大阪高等裁判所は、平成二年七月三日、本件契約に係る収益の計上時期は本件事業年度ではなく、本件装置の試運転検収終了日である昭和五二年一〇月二五日の属する昭和五二年五月二一日から昭和五三年五月二〇日までの事業年度(以下「昭和五三年五月期」という。)であると疑うに足りる合理的な理由があるとした上、罰金一四〇〇万円の有罪判決を言い渡し(以下「本件刑事控訴審判決」という。)、右判決は、平成二年七月一四日、確定した。
8 原告は、西税務署長に対し、平成二年八月二〇日、本件刑事控訴審判決が国税通則法二三条二項一号にいう判決に当たるとして、別表記載のとおり、更正の請求をしたが、西税務署長は、同年一二月二七日付けで更正すべき理由がない旨の通知をした。
9 原告は、国税不服審判所長に対し、平成三年二月二五日、別表記載のとおり、右通知に対して審査請求をしたが、国税不服審判所長は、同年一一月一日付けで審査請求棄却裁決をした。
二 争点についての当事者の主張
1 原告の主張
(一) 不当利得返還請求について
原告は、本件契約に基づき、輸出先である中国において、本件装置の組立、試運転及び技術指導をなすべき義務を負っていたのであるから、本件契約に係る収益は、本件刑事控訴審判決認定のとおり、本件装置の試運転検収が終了した日の属する昭和五三年五月期に計上するのが相当である。ところが、原告は、査察官の強迫的言辞を用いた慫慂によって錯誤に陥り、右収益の計上時期を本件装置の指定倉庫納入時である本件事業年度とする本件修正申告をしたもので、右錯誤は客観的に明白かつ重大であるから、本件修正申告及びこれを前提とする本件賦課決定は、いずれも無効である。
したがって、被告は、本件修正申告により新たに納付した法人税額に係る重加算税及び延滞税の一部である四二二五万五四九七円を法律上の原因なくして利得したというべきである。
(二) 国家賠償請求について
原告は、査察官の強迫的言辞を用いた違法な慫慂により本件修正申告を余儀なくされ、本件修正申告により新たに納付した法人税額に係る重加算税及び延滞税の一部である四二二五万五四九七円相当額の損害を被ったのであるから、被告は、これを賠償すべき義務を負う。
2 被告の主張
(一) 不当利得返還請求について
査察官の慫慂は、何ら強制にわたるものではなく、原告は、顧問税理士とも相談し、熟慮の上その自由意思によって本件修正申告をしたのであるから、本件修正申告は、錯誤に基づくものではない。
また、本件契約に係る収益の計上時期が本件装置の指定倉庫納入時であるか試運転検収終了時であるかについては、本件刑事事件の第一審判決と控訴審判決の認定が異なったことからも明らかなように、解釈上争いのあるところであるから、仮に原告に錯誤があったとしても、右錯誤が明白であったとはいい難い。
さらに、本件契約に係る収益の計上時期に関する修正申告の錯誤は、所得の帰属年度に影響を及ぼすにとどまり、納税義務の発生そのものに消長を来すものではないから、申告の効力を否定して救済を認めなければならないほどに重大であるともいえない。
したがって、本件修正申告は、いずれにしても客観的に明白かつ重大な錯誤に基づくものではなく、有効であるから、原告の不当利得返還請求は理由がない。
(二) 国家賠償請求について
査察官が原告に対して強迫的な言辞を用いたことはなく、本件修正申告の慫慂に何ら違法な点はないから、原告の国家賠償請求は理由がない。
第三争点に対する判断
一 当事者間に争いのない事実に、証拠(甲一ないし五、六の一及び二、七及び八、九の一及び二、一〇の一ないし三、一一、一四、一六の一ないし一七、一七の一ないし一二、一八の一ないし一八、一九の一ないし一四、二〇の一ないし七、二一ないし二五、乙一ないし二三、証人柏原正治、証人里内幸雄、原告代表者)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
1 本件契約締結及び本件装置輸出の経緯等について
(一) 原告は、空気力輸送装置の製造業者として、我が国でも有数の技術を有しているところ、訴外株式会社日立製作所(以下「日立製作所」という。)は、訴外三菱油化株式会社(以下「三菱油化」という。)、訴外蝶理株式会社及び訴外西日本貿易株式会社とともに訴外中国技術進口総公司(以下「中国総公司」という。)との間で、低密度ポリエチレン生産のためのプラント装置供給契約(以下「本件プラント契約」という。)を締結するに当たり、原告から、右プラントの一部を構成する空気力輸送装置の供給を受けることとした。そこで、日立製作所は、昭和四八年七月二五日、他の三社とともに中国総公司との間で、本件プラント契約を締結した上、昭和四九年一〇月頃、中央工機との間で、原告の製造した本件装置を代金二億六〇〇〇万円で購入する旨の契約を締結し、これを受けて、中央工機は、同年一二月一〇日、原告との間で、本件契約を締結した。
(二) 原告は、本件装置が日立製作所の設置するプラントの一部に用いられる予定であったため、本件契約締結に先立ち、日立製作所及び中央工機との間で、本件装置の仕様等について綿密な打合せを重ねた。その際、日立製作所は、本件プラント契約に基づき、中国総公司に対してプラントの据付及び試運転に関する技術指導を行う義務を負っていたことから、中央工機及び原告に対し、本件装置については、製造業者である原告自身が中国総公司に対する技術指導に当たることを求め、原告も、これを了承した。もっとも、右技術指導の対価については、明確な取決めはなく、中央工機が日立製作所に提出した見積書(甲一六の三ないし五)においては、右対価は代金内訳の中に挙げられていなかったし、中央工機が原告に交付した注文書(甲九の一)にも、この点についての記載はなかった。また、原告が中央工機を通じて日立製作所に交付した仕様書(甲一六の八)には、本件装置の試運転については別途協議する旨が、日立製作所が中央工機を通じて原告に交付した発注書(甲九の二)には、本件装置の納入形態はFOB及び据付単体試運転指導とし、技術者の派遣に対しては、技術者一人当たり一二〇元の日当及び交通費等の実費を支払う旨がそれぞれ記載されていた。本件契約締結に当たっては、契約書は作成されず、中央工機作成の右注文書(甲九の一)では、本件装置の受渡しは指定倉庫において輸出梱包渡しの方法で行い、代金の支払方法等詳細については、日立製作所を交えた協議によるものとされていた。
なお、日立製作所自身は、本件プラント契約締結の際、ノウハウ及び技術の使用料が代金に含まれることを契約書(甲一六の一二)に明記しており、技術者派遣に要する費用については、これとは別に、中国総公司との間で、技術者の派遣に関する補充契約書(甲一六の九)を取り交わしていた。
(三) 原告は、昭和四九年一二月頃から昭和五〇年四月頃までの間に、日立製作所の検収を受けた上、本件装置に輸送梱包を施し、これを指定された神戸港の倉庫に搬入した。本件装置は、同年六月頃、船積みされ、同年八月頃までに中国の工事現場に搬送された。原告は、昭和四九年一二月二七日から昭和五〇年五月頃までの間に、中央工機から代金一億二〇〇〇万円の支払を受け、残金一億三四八〇万円についても同年七月二一日までに支払を受けた。
(四) 原告は、昭和五〇年六月頃から昭和五二年八月頃までの間に、約八回にわたって技術者を派遣し、本件装置の据付、試運転や中国総公司側の不手際のために必要となった追加装置据付のための技術指導に当たった。原告は、昭和五一年五月頃、日立製作所及び中央工機との間で、右技術者の派遣等に要する費用について協議し、その結果、中央工機から、新たに技術者派遣及び追加装置についての発注を受けた上、同年七月頃、技術者派遣料として三一〇万円、追加装置代金として七六万円の支払を受けた。中国総公司は、昭和五二年九月二六日、日立製作所らに対し、本件プラント契約に基づく検収証明書を交付し、これを受けて、中央工機は、同年一〇月六日、原告に対し、右検収証明書を送付した。
2 本件修正申告に至る経緯等について
(一) 原告は、昭和五〇年七月二一日、本件事業年度の法人税について、所得金額を八八八万七八九八円、納付すべき法人税額を一五五万〇五〇〇円とする確定申告をした。その際、原告は、本件契約に係る売上二億五四八〇万円を益金に計上せず、帳簿上、これを仮受金として処理した。もっとも、原告は、右売上のうち九五八〇万円については、帳簿にも一切記載せず、その受領自体を秘匿した。
(二) 原告代表者は、昭和五二年一一月一八日、法人税法違反容疑で国税局査察部の質問調査を受け、翌五三年六月九日までに合計一〇回の調査を受けた。右調査は、本件事業年度及びその翌事業年度における原告の法人税脱税容疑の解明を目的とするもので、嫌疑事実は約一〇件に上り、本件契約に係る売上の逋脱もその一つとされていた。担当査察官は、右調査の際、原告代表者に対し、本件装置が昭和五〇年四月に約定どおり引き渡されている以上、本件契約に係る収益は本件事業年度に計上すべきであるとの見解を示し、他の申告漏れ収益と併せて修正申告を行うよう説得した。これに対し、原告代表者は、当初は本件契約に係る売上を敢えて本件事業年度の売上額から除外した旨供述していたものの、第七回目の調査では、本件契約においては本件装置の性能保証義務を負っていたため、右収益の計上時期は本件事業年度ではなく、試運転検収終了時であると考えていた旨弁明し、この点に関する同人の説明は、前後変遷を繰り返した。右収益の計上時期については、右調査期間を通じて幾度となく質問調査が繰り返され、この間、原告代表者は、総務部長として原告の経理事務に当たっていた柏原昭治や顧問税理士の米山正男とも相談の上、右調査に臨んでいた。また、柏原昭治も、右容疑の参考人として数回にわたり質問調査を受け、本件契約に関連する書類、帳簿等を精査した上で、本件契約に係る売上二億五四八〇万円のうち、九五八〇万円については、労働組合対策のために売上額から除外した旨供述した。
(三) 原告代表者は、昭和五三年六月九日午後一時頃から、国税局査察部において質問調査を受け、担当査察官から、本件契約に係る収益の計上時期に関する国税局の考え方を再度説明され、修正申告を行うよう勧められた。これに対し、原告代表者が、午後五時頃、右収益は本件装置の指定倉庫納入時である本件事業年度に計上すべきであったとして、修正申告を行いたい旨供述したことから、担当査察官は、原告代表者に対し、右収益を本件事業年度に計上した修正申告書の下書きを示し、右下書きに沿って修正申告をするよう助言した。これを受けて、原告代表者は、質問調査を受けるために来局していた柏原昭治及び米山正男に対し、右下書きを書き写すよう指示し、両人においてこれを筆記した。柏原昭治は、書き写した修正申告書を持ちかえり、翌一〇日朝、原告代表者から代表者印の押捺を受けた上、これを西税務署に提出した。
(四) 原告は、昭和五三年六月三〇日、本件賦課決定を受け、同月から平成三年七月までの間に、本件修正申告に基づく法人税一億三八六八万九六〇〇円及び延滞税三一六四万二六〇〇円並びに本件賦課決定に基づく重加算税四一三六万三四〇〇円を納付した。
3 本件訴訟に至る経緯
(一) 原告は、昭和五三年七月一九日、大阪地方裁判所に本件刑事事件の被告人として起訴され、昭和六一年四月一六日、罰金二八〇〇万円の有罪判決を受けた。右判決においては、本件契約に係る収益は本件事業年度に計上すべきである旨判示されていたが、その控訴審である大阪高等裁判所は、平成二年七月三日、右収益の計上時期は本件事業年度ではなく、本件装置の試運転検収終了時である昭和五三年五月期であると疑うに足りる合理的な理由があるとして、罰金額を一四〇〇万円に減じた有罪判決を言い渡し、右控訴審判決は、同月一四日、確定した。
(二) そこで、原告は、平成二年八月二〇日、西税務署長に対し、本件刑事控訴審判決が国税通則法二三条二項一号にいう判決に当たるとして、更正の請求をしたが、西税務署長は、同年一二月二七日付けで更正すべき理由がない旨の通知をした。さらに、原告は、平成三年二月二五日、国税不服審判所長に対し、右通知に対して審査請求をしたものの、同年一一月一日付けで審査請求棄却裁決を受けたため、本件訴訟を提起するに至った。
以上の事実が認められる。
二 そこで、まず最初に、本件契約に係る収益の計上時期について判断する。
1 法人税法上、内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の益金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、資本等取引以外の取引に係る収益の額とするものとされ(二二条二項)、当該事業年度の収益の額は、一般に公正妥当と認められる会計処理の原則に従って計算すべきものとされているから(同条四項)、ある収益をどの事業年度に計上すべきかは、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従うべきであり、これによれば、収益は、その実現があった時、すなわち、その収入すべき権利が確定したときの属する年度の益金に計上すべきものと考えられる。もっとも、法人税法二二条四項は、現に法人のした利益計算が法人税法の企図する公平な所得計算という要請に反するものでない限り、課税所得の計算上もこれを是認するのが相当であるとの見地から、収益を一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計上すべきものと定めたものと解されるから、右の権利の確定時期に関する会計処理を、法律上どの時点で権利の行使が可能となるかという基準を唯一の基準としてしなければならないとするのは相当ではなく、取引の経済的実態からみて合理的なものとみられる収益計上の基準の中から、当該法人が特定の基準を選択することができるが、その権利の実現が未確定であるにもかかわらずこれを収益に計上したり、既に確定した収入すべき権利を現金の回収を待って収益に計上するなどの会計処理は、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に適合するものとは認め難いというべきである(最高裁平成五年一一月二五日第一小法廷判決・民集四七巻九号五二七八頁参照)。
2 そこで、このような見地に立って本件を検討するに、原告は、本件契約に基づき、本件装置の組立、試運転及び技術指導をなすべき義務を負っていたのであるから、本件契約に係る収益は、右試運転検収が終了した昭和五三年五月期に計上すべきである旨主張するところ、確かに、前記認定事実、殊に日立製作所は、本件プラント契約上、中国総公司に対してプラントの据付及び試運転に関する技術指導を行う義務を負っていたため、本件契約締結に際し、原告に対して本件措置についての技術指導を行うことを求め、原告もこれを了承したもので、日立製作所から受領した発注書(甲九の二)にも、本件装置の納入形態はFOB及び据付単体試運転指導である旨記載されていたことに照らすと、原告主張のとおり、原告は本件契約に基づき、本件装置の納入義務と併せて右技術指導を行うべき義務を負担したと認めるのが相当である。
しかしながら、前記認定事実によると、本件契約においては、代金の支払方法は協議によるとされていたにすぎず、右支払を原告の技術指導の遂行に関連づける定めは何ら存しないばかりか、かえって、原告作成の仕様書(甲一六の八)では、本件装置の試運転については別途協議するとされ、前記発注書(甲九の二)においては、技術者の派遣に対しては日当及び交通費等の実費を支払うものとされていたというのであるから、これら事実に徴すれば、本件契約による代金請求権が本件装置の試運転検収終了まで法律上行使し得ないものであったと解することは困難であり、さらに、本件における取引の経済的実態をみてみると、前記認定のとおり、本件装置は、日立製作所による検収の後、昭和五〇年四月までに約定どおり輸出梱包の上指定倉庫において受け渡され、本件契約における本体的義務ともいうべき右受渡しの前後にかけて、本件装置に関する技術指導の遂行状況とは全く無関係に代金全額が支払われているのみならず、右技術指導に対しては、その履行過程において、別途日当、旅費等の実費が支払われたというのであるから、これら諸点からすると、本件契約による代金請求権は、原告が本件契約の枢要部分たる受渡義務を履行した時点において、その回収を図り得る状態となったと解するのが取引実態にも沿うともいい得るものである。
三 そこで、次に、本件修正申告が担当査察官の強迫ないし錯誤により無効であるか否かについて判断する。
1 法人税については、申告納税制度が採用され(法人税法七四条)、申告書記載事項の過誤の是正に関して特別の規定が設けられているところ(国税通則法一九条、二三条、法人税法八二条)、かかる特別の規定が設けられた趣旨は、法人税の課税標準等の決定については最もその間の事情に通じている納税義務者自身の申告に基づくものとし、その過誤の是正は法律が特に認めた場合に限る建前とすることが、租税債務を可及的速やかに確定させるべき国家財政上の要請に応じるものであり、納税義務者に対しても過度の不利益を強いるおそれがないと認められたことにあるものと解される。
そうすると確定申告書ないし修正申告書の記載内容の過誤の是正については、その錯誤が客観的に明白かつ重大であって、右法定の方法以外にその是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合は限られるというべきである(最高裁昭和三九年一〇月二二日第一小法廷判決・民集一八巻八号一七六二頁参照)。
2 原告は、本件契約に係る収益は本件装置の試運転検収が終了した昭和五三年五月期に計上すべきであるにもかかわらず、査察官の強迫的言辞を用いた慫慂によって錯誤に陥り、右収益の計上時期を本件装置の指定倉庫納入時が属する本件事業年度とする本件修正申告をしたもので、右錯誤は客観的に明白かつ重大であるから、本件修正申告は無効である旨主張する。
しかしながら、本件全証拠によっても、査察官による強迫の事実は認められず、本件契約に係る収益の計上時期に関する錯誤についても、前記二で認定説示したとおり、右収益の帰属年度に関する判断は微妙であり、右収益を本件事業年度に計上するのが不合理で誤りであるとはいえないから、本件修正申告に右計上時期に関する過誤が存在することを前提とする原告の主張は、その前提を欠くというべきである。
さらに、この点を暫く措くとしても、本件契約に係る収益の計上時期は、本件刑事事件における第一審判決と控訴審判決のこの点に関する判断が異なったことからも明らかなように、税法解釈上相当困難な問題であって、本件契約の内容、履行状況等の諸事情を総合的に勘案して初めて明らかにできる事柄であるから、本件修正申告内容の錯誤が明白であるとは到底いい難い。
そうすると、本件においては、法定の方法以外に本件修正申告の錯誤の是正を許さなければ納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情を肯認することは到底できない。
四 以上によれば、本件修正申告が強迫ないし客観的に明白かつ重大な錯誤により無効であるとは認められないから、原告の不当利得返還請求は理由がなく、査察官の違法な修正申告の慫慂を理由とする原告の国家賠償請求も理由がない。
(裁判長裁判官 下村浩藏 裁判官 福井章代 裁判官 清野正彦)
別表
課税の経緯
<省略>