大阪地方裁判所 平成6年(わ)188号 判決 1995年9月22日
主文
被告人を懲役五年及び罰金一〇〇万円に処する。
未決勾留日数中四五〇日を右懲役刑に算入する。
右罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
押収してあるポリ袋に包まれたあへん一包(平成六年押第一四二号の1)を没収する。
訴訟費用中、証人A、同B、同C、同福田絹子及び同佐々木さよ子並びに国選弁護人東出強に支給した分は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は
第一 タイ王国在留の兄Dと共謀の上、同国からあへんを輸入しようと企て、営利の目的で、みだりに、平成六年一月九日ころ、同国バンコク市内のディー・エイチ・エル株式会社バンコク支社において、木製置物に隠匿したあへん七四八・八一グラム(平成六年押第一四二号の1はその鑑定残量)を、茨城県龍ヶ崎市<住所略>有限会社○○重機内Eあてに国際宅配貨物として発送し、同貨物をシンガポール共和国経由で、同国チャンギ国際空港からシンガポール航空九八六便機に搭載させて、同月一〇日午前七時三七分ころ、大阪府豊中市螢池西町三丁目五五五番地大阪国際空港に到着させ、同航空機から情を知らない空港関係作業員にこれを取り降ろさせ、もって、あへんを輸入するとともに、同月一二日午後五時ころ、情を知らない運送業者従業員をして、右貨物を同市螢池西町三丁目四〇〇番地大阪エアカーゴターミナル株式会社保税上屋から搬出させ、もって、関税定率法上の輸入禁制品であるあへんを輸入し
第二 イラン・イスラム共和国籍の外国人であって、同国政府発行の旅券を所持し、平成二年一〇月二日本邦に上陸したものであるが、その在留期間を一五日間と決定され、同旅券にその旨記載されていたのに、右在留期間の更新又は変更を受けないで、同六年一月一四日まで、茨城県土浦市<住所略>△△荘等に居住し、もって、在留期間を経過して本邦に残留したものである。
(証拠の標目)<省略>
(事実認定の補足説明)
一 被告人及び弁護人は、判示第一の事実(以下、この説明では単に本件ともいう。)について、被告人は一切右犯行に関与していないとして、無罪を主張するので、以下、補足して説明する。
二 まず、被告人と本件犯行とを結び付ける事実の存否について検討してみる。
(一) 被告人が内妻B、弟Cらと居住していた茨城県土浦市内の△△荘に対する捜索差押の調書及びその際の押収品翻訳復命書等によれば、右△△荘一階和室において被告人所有の黒色財布一個が発見され、同財布には次のような書面が在中していたことが認められる。
(1) バンコクのホテルから送信されてきたファックス通信文三通
右通信文には、送信人D(被告人の兄のDの呼び名と思われる。以下、同人をDという。)の署名や兄弟であることを示す文言のほか、平成五年一二月二一日付けのものにはCあてで「早く電話してくれ。」、同月二七日付けのものにはCあてで「金がまだ届いていない。常陽銀行に行ってどのように送金されるのか聞いてほしい。明日までにうまくいけばチェンマイに行く。」、平成六年一月三日付けのものにはC及び被告人あてで「今日、送った。」という内容のペルシャ語の記載がそれぞれ存在する。
(2) 被告人作成の平成五年一二月一三日付け住所あて名書メモ一枚
右メモには、「D。送り先は、第一に、茨城県龍ヶ崎市<住所略>○○有限会社E氏あて、第二に、同県稲敷郡阿見町××のFあて。第一に送りなさい。ファックスが遅れて申し訳ない。明日タイの時間で午後七時に連絡する。」という内容のペルシャ語の記載が存在する。
なお、関係証拠によれば、被告人は、平成五年一月ころ、Bの従兄弟のEに有限会社○○重機への就職斡旋をしており、同社の住所を以前から知っていたこと、また、逮捕された時に、ペルー国籍のF名義で自己の写真を貼付した偽造外国人登録証明書を所持していたが、そのFという名義で以前に××から自動車を購入したこともあったことがそれぞれ認められる。
(3) B作成の外国向送金依頼書二通
これらの書面には、Bが平成五年一二月二二日と同月二四日の二回にわたり常陽銀行を通じてタイ王国に在留するDに各二一万円を送金した旨の記載が存在する。
(二) 土浦市内の有限会社G組事務所に設置されたファックスの利用明細書及び同社社長Gの供述によれば、平成五年一二月ころ、同社では、被告人及びCら三名のイラン人が稼働していたが、右のファックスを利用するのは被告人だけであり、また、当時タイ王国に向け送信された分として、一二月八日朝一回、同月一四日午後七時ころ二回、同月二五日昼ころ七回の、合計一〇回にわたりファックスが使われていたことが認められる。
(三) ○○重機社長H及び同人の妻Iの供述等によれば、被告人は、平成六年一月六日夕方ころ、E及びBと共にH社長宅に来て、同夫婦にEあての貨物が届いていないかどうかを尋ね、さらに、その数日後にも、被告人とBは、それぞれH方に貨物の到着を問い合わせる電話をかけてきたことが認められる。
(四) ディー・エイチ・エル・ジャパン株式会社東京本社の社員らの供述によれば、平成六年一月一二日午後一時三〇分ころ、Eと称する片言の日本語を話す外国人から同社にタイ王国からの貨物の到着を問い合わせる電話があったこと、また、その直後には、同貨物に関するファックスの送り状(シッパーズ・コピー)がファミリーマート土浦中央店から同社に送付されてきたこと、この送り状は、ディー・エイチ・エル株式会社バンコク支社で貨物の送付を依頼した者が控えとして受け取るものであるが、その送り主住所氏名欄の下部には、「ATT MR J」(被告人の呼称であるJという意味。)という書き込みがあったこと、さらに、右のEと称する外国人は、同日午後三時五〇分ころと翌一三日午後五時三〇分ころにも、ディー・エイチ・エル・ジャパン株式会社東京本社に前同様の問合せの電話をしてきたことがそれぞれ認められる。
なおまた、関係証拠によれば、被告人は日常会話程度の日本語を話せるが、名前を名乗られたEは日本語を殆ど話せないことも認められる。
(五) ファミリーマート土浦中央店経営者佐々木さよ子及び同店店員福田絹子の証言によれば、被告人は、平成六年一月一二日午後二時前ころ、同店に設置されたファックスを使用したことが認められる。
ところで、同女らの証言の信用性についてみるのに、同女らは、「ファックスを使用した外国人と日本語で直接に会話をし、しかも、その使用直後にファックスが故障したことから、その外国人をよく覚えていた。二日後に、警察官から三、四枚の写真を見せられ、『この中にファックスをとりに来た人はいますか。』と聞かれたとき、直ちに被告人の写真を指した。私の見た人は、この法廷にいる被告人によく似ている。」旨明確に証言するところ、いずれも、被告人と何ら利関係を持たない第三者であって、殊更虚偽の証言をする必要がないばかりか、同女らが警察官から写真を見せられた当時は、本件発生後まだ日が浅く、その記憶も鮮明であったと思われることなどから、同女らの証言は十分に信用できるものというべきである。
(六) 関係各捜査報告書及び本件貨物添付の送り状等によれば、本件においては、貨物の通関検査の際に規制薬物の隠匿が発覚したため、いわゆるコントロールド・デリバリーによる捜査がなされ、平成六年一月一三日午後六時三〇分ころ、右貨物が有限会社○○重機の事務所に届けられたが、その貨物送り状(コンサイニー・コピー)の送り主署名欄には、Dの呼び名と思われる「D」の署名があり、しかも、その署名は、前記一月三日付けファックス末尾の署名と酷似していることが認められる。
(七) 被告人の供述調書等によれば、被告人は、平成六年一月一三日夜、E方に立ち寄ったところを警察官から声を掛けられ、龍ヶ崎署に任意同行されたが、その際、「バンコク銀行、輸送、ディー・エイチ・エル」などと記載のある紙片を所持していたことが認められる。
(八) 被告人、C及びBの供述によれば、本件発覚後、Dは被告人らと殆ど連絡を絶っており、また、前記一月三日付けのファックスで「送った。」という連絡があったにもかかわらず、被告人のいう後述のDからの子供服はいまだに送られてきていないことが認められる。
(九) 本件貨物の送り状には、送り主として「ナカヤマクニオ」の氏名が記載されているが、当の中山邦夫の供述調書によれば、同人は本件貨物を送っていないことが認められる。
以上(一)ないし(九)認定の各事実によると、被告人とDは、平成五年一二月から翌六年一月にかけて、何らかの貨物をタイ王国から日本に輸入するための連絡を頻繁に取り合っていたこと、そのころ、被告人は、Dに対し、Eの住所あて名を知らせるとともに、合計四二万円という大金を送っていること、Dは、タイ王国において、本件貨物をディー・エイチ・エル社の国際宅配便で○○重機のEあてに送る手続きに何らかの関与をしていること、被告人は、Dから「送った」という連絡があった後、タイ王国からの貨物を受け取るために、○○重機に出向いていること、また、ディー・エイチ・エル・ジャパン東京本社に対しても何度も貨物の到着を問い合わせる電話をかけていること、少なくとも以上の事実は明らかというべきである。そして、これらの事実はいずれも、被告人が兄Dと共にあへん輸入の犯行に関与していることを有力に推認させるものといえる。
三 のみならず、本件においては、被告人が犯人であることを肯定するE及びBの各供述も存在する。
(一) まず、Eの供述であるが、同人の検察官に対する供述調書について、弁護人は、同調書は検察官が意図的に又は漫然とEをペルーに帰国させ同人に対する証人尋問の機会を失わせた上でその取調べを請求したものであるから、裁判所が同調書を刑事訴訟法三二一条一項二号前段により証拠として採用したのは適正手続きの原則に反すると主張するので、この主張の当否から検討することとする。
記録及び関係証拠によれば、Eは、本件が発端となって発覚した同人自身の約一年間の不法残留の事実により、国外退去の強制命令を受け、平成六年三月一一日に自費でペルーに出国したこと、ところで、これより先の同月七日の本件第一回公判期日において、検察官は前記検察官面前調書を含むEの捜査官に対する供述調書合計九通の取調べを請求したが、弁護人はそのいずれについても証拠とすることに同意しなかったこと、そのため、同期日において、検察官からEの証人申請がなされ、裁判所はこれを採用し、同年四月二五日の第二回公判期日にEを喚問することになったこと、これに伴い、検察官においても、直ちに、三月八日から一〇日にかけ、Eに対し、同人を収容していた東日本入国管理センターを通じて、証人として出廷するよう要請したが、同センターの回答は、「パスポートを所持し既に出国のための航空券も自費で購入済みの者を同センターとして留め置くことはできない。本人も予定どおりの出国を希望している。」というものであったこと、そこで、裁判所は、同月一〇日、その旨を弁護人に連絡したところ、弁護人も、出国を理由にEを証人として尋問できなくても致し方ないと回答していたことがそれぞれ認められる。これらの事情に照らすと、本件では、検察官においてEが強制送還され将来公判準備又は公判期日に供述することができなくなるような事態を殊更利用しようとしたとは認められないのはもちろん、その後検察官がEの前記検察官面前調書を刑事訴訟法三二一条一項二号前段の書面として証拠請求したことが手続的正義の観点から公正さを欠くとも認められないから、裁判所が同調書を証拠採用したことは許容されるというべきである。ましてや、本件においては、裁判所がEの再来日の可能性を探り、同人に対する証人尋問の機会を得ようとして、右調書の証拠採用の時期を可能な限り遅らせるという配慮までしているのであって、本件事案の重大性やE供述の重要性を考慮しても、右調書の証拠採用に違法不当な点はなかったということができる。この点に関する弁護人の主張には理由がない。
そこで進んで、右調書の内容を見てみると、Eは、検察官に対して、「一月五日の夕方、被告人とBがBの弟のA方にいた私を呼びにきた。一緒に龍ヶ崎の私の部屋に帰ると、被告人は私に、『タイから○○重機の私あてに貨物が送られてくるはずだが、届いていないか。』と尋ねた。そこで、三人で○○重機に行ったが、その際被告人が社長に何かを尋ねていた。その後、被告人は私に、貨物が届いたら数字の50を、まだ届いていないなら数字の51を、それぞれポケットベルに打ち込んで知らせるように言った。一三日の夕方にも、被告人とBは、私の部屋に来て、貨物のことを尋ねた。私が、貨物はまだ届いていないと言うと、被告人は、誰かに電話をかけてから、Bと共に部屋を出ていった。その後、警察官がやって来た。結局、私あてに送られてきた貨物は、被告人のもので、被告人がこのような方法で送るように頼んだものと思う。」旨供述している。
右E供述は、その内容がポケットベルの扱い方の点など具体的であり、また、A及びBの供述と一致するばかりか、被告人と何ら利害関係のないH及びその妻Iの供述ともよく合致しているのであって、十分に信用できるものである。
これに対し、被告人及び弁護人は、当時E自身があへん輸入の共犯として嫌疑をかけられていたことを理由に、Eが自分の罪を被告人に押しつけたと主張するが、関係証拠に照らすと、Eを本件犯人とする主張は何ら根拠がない上、当時の捜査状況の下でEが殊更自己の嫌疑を被告人に転嫁する必要があったかも疑問である。弁護人はまた、通訳の正確性の点でEの調書には信用性がないとも主張するが、右供述調書の記載によると、調書の読み聞け後に供述内容の訂正がなされており、Eは同調書の内容を十分理解した上でこれに署名指印したことが窺えるから、同人を取り調べた際の通訳の正確性にも格別問題はなかったものと考えられる。したがって、弁護人の主張はいずれも当たらない。
(二) 次に、Bの供述について検討してみる。
調書の記載によると、Bは、検察官に対し、「一二月二三日、私が被告人にDへの送金の目的を聞くと、被告人は、インドの友人が貨物を送ってくると言った。さらに、その貨物は何かと聞くと、被告人は、オピオ(あへん)の話をした。私は、貨物の中身があへんだと思い、被告人の計画に強く反対したが、被告人は、私や娘のためにすることだと言った。一月六日と一三日の夕方、私は、被告人と一緒に、龍ヶ崎のEの部屋に行った。その際、被告人はEに、『貨物が届いていないか。』と尋ねていた。被告人はまた、『貨物を誰かに渡すと、お金が手に入る。』とも言っていた。一三日に届いたEあての貨物は、被告人が関係している。」旨供述している。また、Bは、当裁判所によるその後の二度にわたる証人尋問においても、右供述を一部変更したり曖昧にしたりしたことはあるものの、結論的には、被告人が本件あへん輸入の犯人であることを肯定している。
そこで、右B供述の信用性を検討するのに、Bは、被告人の内妻でかつ同人との間に子供もいて、被告人を深く愛していることが窺え、そのような同女が被告人を罪に陥れるために虚偽の供述をするとは到底考えられず、また、その供述内容は、被告人とのオピオをめぐる会話など極めて迫真的なものである上、Eの供述ともほぼ一致していることからすると、B供述の信用性は、これまた、高いということができる。
これに対し、被告人及び弁護人は、BがEに対する親戚の情又は恐怖心から、同人の罪を被告人に転嫁していると主張するが、そもそもEを本件あへん輸入の犯人とする前提自体が疑問である上、仮にEが犯人であるとしても、既に罪責を免れてペルーに帰国している以上、なぜ今更その罪を被告人に転嫁する必要があるのか理解できなく、いずれにしても、右は甚だ説得力のない主張というべきである。また、被告人及び弁護人は、被告人とBとの間の言語疎通の不十分さから、被告人の発言をBが誤解したとも主張するが、二人の親密な関係からすると、Bが被告人の犯人性までも誤解するとは思えないから、これまた、正当な主張とはいえない。さらに、被告人及び弁護人は、Bの検察官に対する供述調書には通訳の正確性や誘導、圧迫の下での取調べといった問題があるとも主張するが、これらの主張には何ら根拠がなく、Bの証言に徴しても、正当でないことが明らかである。
(三) そうすると、E及びBの各供述もまた、被告人の本件犯人性を十分に根拠付けるものというべきである。
四 これに対して、被告人は、公判廷においてるる弁解し、あくまであへん輸入の犯人であることを否認しているところ、その弁解内容は、要するに、「まず、私は、DからK(被告人とBの間の子)の子供服を送ってもらうことになっていたが、CがKのことを快く思っていなかったので、彼に知られないために、子供服の送り先としてEに住所あて名を借りて、一二月一三日にそのメモを作成した。しかし、Dにはそのメモを送らなかった。確かに、一二月二二日と二四日にDに送金しているが、それは、彼の会社経営を助けるためであり、以前から送金していたのと同じ趣旨である。また、一月六日には、Eらと一緒に○○重機に行ったが、それは、日本語ができないEから、貨物が届いているかどうかなどをH社長に尋ねるにつき、私に通訳をしてほしいと頼まれたからである。さらに、Eにポケットベルの使い方を教えたこともあるが、それは、彼の弟のLが、帰国時に、私へのプレゼントをEあてに送ると言ったので、貨物が届いたらそのことをポケットベルで知らせてもらおうと思ったからである。その後、一月一三日の夕方になって、Eは、私に、バンコクから貨物が届かないのでディー・エイチ・エル社に電話して欲しいと言ってきた。そこで、私は、同社の社名を紙片にメモし、Eを名乗って同社に問合せの電話をかけた。なお、付け加えると、Eにはスナックで働くタイ人女性の知人がおり、彼女らが私の部屋に遊びにきた時、私は彼女らにDのことを話したことがある。また、Eは日本では旅券の偽造をしていたし、Bから聞いた話によると、Eはペルーでは麻薬を扱っていたそうである。」というものであり、本件あへん輸入の犯人がEであることを示唆する。
しかしながら、被告人のこれらの弁解は、次のとおり、到底信用することができないものである。
まず、被告人の弁解は、例えば、住所あて名のメモをDに送ったかどうか、ディー・エイチ・エル社へ問合せの電話をかけたかどうか、Eにポケットベルの使い方を教えたかどうか、Eにタイ人女性の知人がいたかどうかなどの重要な点について、自らの捜査段階の供述と矛盾しており、また、その供述の変更につき、被告人は何ら合理的な説明をしていない。
また、被告人の弁解は、信用性のあるE、B及びH夫妻らの供述にも反するものである(もっとも、Cの供述には被告人の弁解と一致するところもあるが、Cが被告人の弟であり、かつ、Bに嘘の供述をするように働きかけた形跡も窺えることから、Cの供述はそのままには信用できない。)。
さらに、被告人の弁解は、内容的にみても、不自然、不合理な点が多々存するものである。例えば、Eの住所あて名を借りた理由についての部分であるが、Dからの貨物であれば、従前G組あてに確実に送られてきたのであるから、それほど親密でなく、職場や住居も離れたEに、わざわざその住所あて名を借りる必要はないばかりか、被告人が作成した住所あて名メモの記載内容からすると、子供服の送り先としては念が入り過ぎている上、被告人は、公判の終結間際になって、当時引っ越しの予定があったのでその連絡先として書いたなどと新たな理由を持ち出してもいる。また、被告人は、ディー・エイチ・エル社へ問合せをしたのは一月一三日の一回だけであるというが、この点についても、もしそうだとすると、Eはなぜ前日の一二日にはその問合せを被告人に頼まなかったのか、同日問合せをしたのは一体誰か、同日被告人がファミリーマート土浦中央店のファックスを使用するのを目撃したという同店経営者らの証言をどう説明するのか、などの解明困難な疑問が生じる。
このように、被告人の弁解を捜査段階から通じて検討すると、被告人は、明白な証拠を突き付けられると、その都度それに沿うように供述を変遷させ、自分が犯人であることを示す証拠についていわば場当たり的な説明をしているにすぎず、結局、被告人の弁解は、罪を免れるための虚偽の供述というほかない。
五 以上の次第で、被告人が本件あへん輸入の犯人であることは、前記二の認定事実並びにE及びBの各供述によって、優に肯認できるものといわなければならない。
(法令の適用)
被告人の判示第一の所為のうち、営利の目的であへんを輸入した点は平成七年法律第九一号(刑法の一部を改正する法律)附則二条一項本文により同法による改正前の刑法六〇条、あへん法五一条二項、一項三号に、輸入禁制品であるあへんを輸入した点は右改正前の刑法六〇条、平成六年法律第一一八号(関税定率法等の一部を改正する法律)附則七条により同法による改正前の関税法一〇九条一項、同改正前の関税定率法二一条一項一号に(なお、右事件においては、国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律四条一項に基づくいわゆるコントロールド・デリバリー捜査が採用されているのであるが、一般に、同規定によって行われる輸入の許可は、もっぱら申告に係る貨物についてのものであって、申告されていない規制薬物自体については何ら許可の効力が及んでいないのであるから、このような場合には、いわゆるクリーン・コントロールド・デリバリー捜査の場合とは異なり、当該規制薬物が関税線を通過することによって関税法上の輸入罪も既遂になるものと解するのが相当である。)、判示第二の所為は出入国管理及び難民認定法七〇条五号にそれぞれ該当するが、判示第一の所為は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、前記改正前の刑法五四条一項前段、一〇条によりこれを一罪として重いあへん法違反罪の刑で処断することとした上、情状によりその所定刑中懲役刑及び罰金刑を選択し、判示第二の罪については所定刑中懲役刑を選択し、以上は前記改正前の刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により重いあへん法違反罪の刑に前記改正前の刑法四七条ただし書の制限内で法定の加重をし、その刑期及び判示第一の罪の所定罰金額の範囲内で被告人を懲役五年及び罰金一〇〇万円に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中四五〇日を右懲役刑に算入し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、押収してあるポリ袋に包まれたあへん一包(平成六年押第一四二号の1)は、判示第一のあへん法違反罪に係るあへんで被告人が所有するものであるから、同法五四条一項本文によりこれを没収し、訴訟費用中、証人A、同B、同C、同福田絹子及び同佐々木さよ子及び国選弁護人東出強に支給した分は、刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとする。
(量刑の理由)
本件は、被告人が、タイ王国に在留していた兄と共謀し、営利目的で、あへんを国際宅配便を利用して輸入するとともに、関税定率法上の輸入禁制品であるあへんを輸入したというあへん法違反及び関税法違反と、イラン国籍の被告人が、定められた在留期間を経過して約三年三か月間にわたり不法に本邦に残留したという出入国管理及び難民認定法違反の事案である。
右のうち、特にあへん輸入の犯行は、罪の重大さを認識しつつ、あえて大金を稼ぐために敢行されたもので、その動機に酌量の余地はなく、また、共犯者との綿密な連絡の下に、あへんを木製置物に隠匿し、しかもその送り先を知人あてにするなど、計画的かつ手口の巧妙な犯行であり、さらに、輸入したあへんの量も約七五〇グラムと大量であって、その犯情は甚だ悪質といわなければならない。しかるに、被告人は、あへん輸入の事実を頑強に否認し、るる不合理な弁解を弄して、自己の罪責を知人に転嫁しようとするなど、その態度には反省が見られない。加えて、最近我が国では、外国人による薬物犯罪が多発し、早急な対策を要する社会問題とさえなっているのであって、この種事犯に対する一般予防の見地からしても、被告人の処罰を軽く済ますことはできない。
そうすると、本件あへんが税関通過の段階で発見され、その害悪の拡散が未然に防止できたこと、被告人には妻子がいること、更には、言葉も習慣も異なる我が国での服役は、外国人である被告人にとって一層厳しいものになると思われることなど、被告人のために斟酌すべき事情の存することを十分考慮に入れても、被告人に対して主文程度の刑を科するのはやむを得ない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 白井万久 裁判官 大越義久 裁判官 鈴木秀行)