大阪地方裁判所 平成6年(ヨ)1408号 決定 1994年7月13日
債権者
メアリー・テレサ・フラハティ
右代理人弁護士
丹羽雅雄
同
松本健男
同
大川一夫
同
養父知美
債務者
学校法人大阪学院大学
右代表者理事
白井善康
右代理人弁護士
中坊公平
同
藤本清
同
飯田和宏
主文
一 本件申立をいずれも却下する。
二 申立費用は債権者の負担とする。
事実及び理由
第一申立の趣旨
一 債権者が債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
二 債務者は、債権者に対し、平成六年四月一日から本案判決確定まで、毎月二五日限り月額三九万六〇〇〇円の割合による金員を仮に支払え。
第二事案の概要
一 本件は、債務者の専任講師として、平成三年四月一日から雇用されていた債権者が、平成六年三月三一日限りをもって解雇されたとして、本件申立てをしたものである。
二 債権者の主張の概要
1 債務者は、平成五年一〇月二一日、債権者に対し、平成六年三月三一日限り解雇する旨申し渡した。
2 債権者と債務者の雇用契約は、期間の定めのない雇用契約であり、その解消においては解雇法理の適用を受ける。
3 仮に一年間の期間の定めのある雇用契約であったとしても、期間の定めのない雇用契約と実質的に異ならない状態で存在している場合、又は、債権者が期間満了後の雇用の継続を期待することに合理性が認められる場合に該当し、本件雇止めは解雇法理の類推適用を受ける。
4 債権者による右解雇は解雇権の濫用であり、債権者により解雇理由とされた外国人教員の任用期限を三年間とする申し合わせ事項は、外国人差別であって、憲法一四条、国際人権規約B規約二六条に、労働基準法三条に違反するものである。
5 債権者は、解雇されるまでは、基本給が月額三九万六〇〇〇円で、毎月二五日に支払われていた。また、一時金は、年三回で合計で基本給の七か月分であった。債権者は、平成六年四月二五日から関西学院大学でアルバイトをし、一か月当たり手取り六万五二八〇円であった。しかし、同年七月八日からは全く無収入である。債権者の夫も債務者に雇用されていたが、同年六月八日付けで辞職した。夫は、右辞職以後、翻訳の手伝いにより、月約五万円の収入があるだけである。
三 債務者の主張の概要
1 債権者と債務者は、平成二年九月、雇用期間を一年間(平成三年四月一日から平成四年三月三一日)とする雇用契約を締結し、契約書を作成した。債権者と債務者の間で契約書の内容以外に何らかの合意を行った事実は存在しない。その後、二度、雇用期間を一年間とする契約が締結され、平成六年三月三一日の経過により雇用契約が終了したものであり(雇止め)、解雇の法理は適用されない。
2 債権者の右予備的主張3はいずれも失当であり、本件において解雇の法理が類推適用される余地はない。
3 債権者が、外国人教員について本件のような契約を締結することに非難を受ける理由はなく、右債権者の主張4は理由がない。
4 債権者の申立は、右のとおり被保全権利について疎明がないだけでなく、次のとおり保全の必要性も欠くものである。
債権者は、平成六年七月一七日からマドリッドで行われる学会、同年八月二二日からコペンハーゲンで開催されるヨーロッパ日本学協会に出席するとして、同年七月一五日以後は日本に滞在しない旨明言しており、右協会出席後はダブリンに滞在し、現時点において、今後来日する予定はないとのことであり、その他、債権者は、本件雇用契約の終了を前提とした行為をしており、債務者に対して就労の意思を全く有していない。
また、本件における和解の席上、解決金に関し、債権者代理人から、債権者は金額の多寡について全く意に介しておらず、支払われた金額はすべて第三者機関に寄付する旨の発言がされたのであり、金員仮払の満足的仮処分において求められる著しい損害、急迫の危険は存在せず、その他債権者の生活をみると金員仮払の必要性は全く存在しない。
四 争点
1 債権者と債務者間の雇用契約における雇用期間に関する定めの内容
2 右が期間の定めのある雇用契約であったとしても、期間の定めのない雇用契約と実質的に異ならない状態で存在している場合、又は、債権者が期間満了後の雇用の継続を期待することに合理性が認められる場合に該当するか。
3 右1又は2を前提として、本件に解雇法理の適用ないし類推適用があり、解雇権の濫用にあたり、外国人差別として、憲法一四条、国際人権規約B規約二六条に、労働基準法三条に違反するか。
4 債権者の本件申立につき、保全の必要性はあるか。
第三争点に対する判断
一 争点1(債権者と債務者間の雇用契約における雇用期間に関する定めの内容)について
1 まず、雇用契約の成立時期及び成立時の雇用期間の合意内容について検討する。
本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、アイルランドに在住していた債権者は、債務者のマイケル・シャクルトン助教授(以下「シャクルトン」という)の紹介により、債務者に対して履歴書を提出し、平成二年七月の債務者の教授会の審議を経て、債務者の理事会で、債権者を専任講師として採用することが決定したこと、債務者の事務を担当する堀之内雅徳(以下「堀之内)という)が同年八月八日、債権者に就任承諾書を送り、債権者はこれにサインして債務者に返送したこと、堀之内は、更に同年九月一九日、債権者に対し、雇用契約書(英文)を送ったこと、債権者はこれを同月二九日に受領し、直ちにこれにサインして債務者に返送したこと、その際、雇用期間として「期間は一九九一年四月一日から一九九二年三月三一日までとする。」と明記されており、債権者もこれを認識していたこと、債権者がサインした右雇用契約書は同年一〇月八日、債務者に到達し、同月中旬ころ同契約書の所定欄に債務者の代表者である理事長が署名して、契約書が完成したことが一応認められる。
そうすると、平成二年九月二九日ころ遅くとも同年一〇月中旬には、雇用期間を一九九一年四月一日から一九九二年三月三一日までの一年間とする内容の雇用契約が成立したものと解される。
なお、債権者は、右雇用契約書作成時点では、この契約書は、とりあえずビザの申請に必要な書類であると理解し、正式な雇用契約書とは理解しておらず、来日後に正式な契約書が作成されるものと考えていたと主張する(債権者は、当初、契約書の作成は来日後の平成三年四月一八日であると主張していたが、事実に反するとの債務者の指摘があってこの主張を撤回した)。
しかし、平成二年九月における債権者の債務者宛の文書(<証拠略>)では、「契約書を同封する」旨明記されている上、ビザの申請に正規の雇用契約書を作成した上、これを呈示するのはむしろ必要かつ当然のことであって、右債権者の主張は不自然で採用できない。
2 次に、契約成立までにあるいは成立に際し、債権者と債務者との間で右契約書の記載と異なる内容の合意が別途存在したか否かについてみる。
債権者は、債務者の履行補助者であるシャクルトンと平成元年三月からアイルランドで会い、債務者に勤めることを勧誘され、その際の勧誘内容として、雇用期間は、債権者が希望すれば、長期に雇用されるというものであったと主張する。
そもそも、右時期において右程度のシャクルトンの発言があったとしても、債権者と債務者との雇用契約の内容となるのかということ自体問題である。
それをさておくとしても、債権者の二通の陳述書においてさえ、右時点でのシャクルトンとのやりとりについては、「(シャクルトンが)大阪学院大学で働く気があるかと尋ねました。私は、はいと返事して履歴書を渡しました。」(<証拠略>)、「大阪学院大学で勤めてみないかと勧誘されました。私は当時、ダブリンシティー大学で、日本文化や社会心理学を教えていましたが、より深く日本の文化を学びたいという思いもあって、その時、大阪学院大学に勤めようと決めました」(<証拠略>)となっており、右主張に沿う記載は存在しない。債権者自身、右シャクルトンとの口頭のやりとりが債権者の主張の主要な拠り所であることは十分認識されていたはずで、右陳述書の記載全体をみれば、この点に留意しながら書かれていることは明らかである。それなのに、右のように何らの記載がないこと自体、債権者の右主張の時点における右会話は存在しなかった可能性が極めて高く、逆にこの陳述書により、債権者主張のような雇用期間についての話がないまま、前記平成二年九月における一年間という雇用期間の定めのある契約書への署名に到ったことが明らかになったというべきである。なお、当のシャクルトンは、報告書(<証拠略>)において、右債権者の主張を否定している。そして、他に債権者の右主張を肯定するに足りる疎明はない。
結局、右雇用契約成立までに、債権者主張のような、雇用期間に限定を設けないというような趣旨のやりとりがあったことについては疎明がない。
3 債権者は、平成二年一二月にシャクルトンが債権者に対し、電話で「大学はあなたが希望すれば、いつまでも雇用するでしょう。」と言った旨主張し、前記債権者の陳述書にも同旨の記載がある。
しかし、シャクルトンは債権者主張の右やりとりがあったことを否定するところであり(<証拠略>)、既に前記のとおり雇用契約は成立し、明確に契約書が作成された後であることなど事案の自然な流れに照らせば、本件全疎明資料によっても、右債権者の右主張事実の存在について疎明があったとは認めるには足りない(そもそも、右事実認定以前の問題として、既に雇用契約が成立し、契約書の作成まで終えており〔事務担当者は堀之内〕、その契約書では一年間の雇用期間が明記されているのに、その後に電話でシャクルトンとの右程度の会話により、右契約書の内容が変更されたと評価することは到底できないであろう)。
4 以上によれば、債権者と債務者で合意された当初の雇用契約は、雇用期間が一九九一年四月一日から一九九二年三月三一日までの一年間というものであり、その後も同旨の契約書が作成されて(<証拠略>)、最新の契約書(<証拠略>)では、雇用期間が「一九九三年四月一日から一九九四年三月三一日まで」と明記されているのであり、右判示と同様、この間に契約書の内容が変更されたと評価できるような事実については疎明がない。
よって、債権者と債務者間の雇用契約が雇用期間の定めのない契約であったこと又は後に雇用期間の定めのない契約に転化したことについては疎明がない。むしろ、右判示によれば、当初、平成二年に一九九一年四月一日から一九九二年三月三一日の一年間という雇用期間の定めのある契約が合意され、その後、改めて一九九二年四月一日から一九九三年三月三一日までの一年間について雇用契約が合意され、更に、改めて一九九三年四月一日から一九九四年三月三一日までの一年間について雇用契約が合意され、その後の雇用に関する合意はないとの事実が認められる。
なお、期間の定めのある契約ではあるが債権者が希望さえすれば無制限に更新されるとの合意の存在についても、疎明がない。
二 争点2(右雇用契約が、期間の定めのない雇用契約と実質的に異ならない状態で存在している場合、又は、債権者が期間満了後の雇用の継続を期待することに合理性が認められる場合に該当するか)について
1 右一に認定したところによれば、債権者と債務者間の雇用契約は、一年間という雇用期間の定めのある契約であるところ、もとより右契約は適法であり(民法六二六条、六二七条、労働基準法一四条参照)、契約で定めた期間が満了すれば、その時点で当然に雇用関係は終了することになる。そして、適法な期間の定めのある雇用契約が反復更新されたからといって、当然にその適法性が否定されるものではなく、それが当然に期間の定めのない雇用契約に転化するものでもないと解する。しかし、反復更新の事実のほか雇用をめぐる諸事情により、当該雇用契約が、期間の定めのない雇用契約と実質的に異ならない状態で存在している場合や期間満了後も雇用を継続すべきものと期待することに合理性が認められる場合には、解雇に関する法理の類推適用がありうるものと解すべきである。
そこで、本件では、本件契約の反復更新の事情(前認定)のほか、債務者における専任講師の、採用、契約更新、雇止めの実態、労働条件、執務内容、本件契約にまつわる債務者側及び債権者の各言動等の諸事情を勘案して、右のような事実を認めることができるかを検討する。
2 争いがない事実並びに本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実を一応認めることができる。
(一) 債権者は、一九六〇年九月二四日生まれ、アイルランド共和国国籍の女性であり、平成三年三月二七日、教授の在留資格のビザにより日本国に入国し、平成三年四月一日から債務者の経営する大阪学院短期大学の専任講師として雇用されてきた(争いがない)。債権者の担当教科は、英会話、現代アジア事情及び心理セミナーであった(争いがない)。
(二) 債務者が経営する大阪学院大学及び大阪学院短期大学には、現在(本件審尋時点)合計一六名の外国人教員(教授、助教授、非常勤以外の講師)がおり、うち、九名は期間の定めのない雇用契約を、その余の七名は期間の定めのある雇用契約を締結している。
債務者が教員の一部に期間の定めのある雇用契約を締結している理由は次のようなことによる。
債務者は、外国の大学との間で姉妹協定及び学術交流協定等の協定を行っており、相互の研究者、留学生の受入れをしている。これらの交流校の出身者を含めた研究者を債務者が雇用し、日本において生活するに十分な給与を支払い、講義時間の上限を設け、来日中の住居について敷金を一部負担し、保証人となるなどの便宜を与え、日本語学校での授業料の一部負担等をして日本語修得の便宜を図るなどの優遇をし、他方、講義等をしてもらうことで日本人学生とのコミュニケーションを図り、学生はこれらを通じて国際的な視野を身につけるということで、国際的な学術交流の実を上げるよう期待されている。そして、右優遇は、滞在が一定期間に限られることを前提とするものであり、また、学生数及び雇用できる外国人教員の数にも限界がある中で、交流校からの受入れ要請や多くの研究者に日本を知ってもらう機会を持ってもらう体制を維持しようとすることから、期間を定めた雇用とし、一定年限の目安を設ける必要性がある。そこで、債務者では、期間を限定した雇用契約を行う外国人教員については、契約期間を一年間とした上、通算期間については二年間を超えないことを原則とし、特に必要がある場合に限り三年間とするとの内容の目安を設けており、他の労働条件等とともに「雇用期間を限った外国人教員の取り扱いに関する申し合わせ事項」として書面化されている(以下これを「申し合わせ事項」という)。なお、これは例外を許さない性質のものではない。
(三) 債務者における外国人教員のうち、雇用期間の定めのない者との比較により雇用期間の定めのある教員の採用手続、労働条件等の概要を認定すれば次のとおりである。
採用手続においては、期間の定めのある教員は、期間の定めのない教員の採用と異なり、採用の審議において面接を行わず、出身校、経歴等においてある程度信頼がおける場合には、研究業績(論文等)を詳細に検討することを省略し、履歴書のみによる簡易な方法で審査を行うことがある。
勤務内容としての講義自体に両者に差異はないし、同様に研究室も与えられる。しかし、講義を行うべき時間については、期間の定めのない者は週に一〇時間以上という下限のみが定められ、上限の定めはないが、期間の定めのある者については、逆に週二四時間という上限があるが下限の定めはない(規定の趣旨は前記(二)のとおり)。
給与については、期間の定めのない者は、給与規定に基づき、本給のほか、家族手当、住宅手当、勤続給、ゼミ手当等が支払われるほか、退職金規定に基づく退職金の支払もある。他方、期間の定めのある者は、通勤手当及び増担手当以外の手当の支給はなく、退職金の支払もない。
昇格は、期間の定めのある者にはないが、他方にはある。
その他の待遇として、期間の定めのある者には、住居について敷金を一部負担し、債務者が保証人となり、日本語学校での授業料の一部負担等をして日本語修得の便宜を図り、着任、帰任の旅費も支給するなどの優遇がある。
(四) 債務者における期間の定めのある雇用契約を締結した教員の雇用実態は次のとおりである。
本件審尋時までに、債務者が期間の定めのある雇用契約をした外国人教員の実績は、合計二三人あり、債権者を除くと二二人である。この二二人のうち、既に雇用関係が終了している者は一五人であるが、一人は二度にわたって雇用契約を締結しているので、延べ数では一六人となる。この一六人の在職実績(雇用期間の実績)をみると、半年が一人、一年間が五人、二年間が四人、三年間が四人、四年間が二人である。なお、四年間の二人は、それぞれ雇用契約開始時が昭和六一年と昭和五六年であり、申し合わせ事項が作成される以前の者である(申し合わせ事項作成前でもこの二人を除けば全員三年以下である)。なお、現職教員七人のうち、審尋時点で三年目の者はいるが、三年を超えている者は一人も存在しない。
(五) 国公立大学の外国人教員の例をみると、招へい期間は原則二年間で例外的に一年間の延長がされており、三年間とする大学が多いようである。
(六) 債務者側の言動に関しては次のように一応認められる。
(1) シャクルトンの平成元年及び平成二年における言動については、前判示のとおりである。
(2) 債務者の事務局総務部次長の堀之内による債権者への説明については、堀之内は、平成三年三月二八日、昨日入国したばかりの債権者と面会し、赴任旅費等を支払うとともに、書面に記載された申し合わせ事項について口頭で説明した。この中には、契約期間は原則二年間で特に必要と認めた場合に一年を限度に延長できるなどのことが記載されており、この点についても一応の説明がされたと認められる(以上の認定は、主に<証拠略>などによる)。
なお、この点に関し、債権者は、同日はもちろん、その後においても、本件紛争の過程で説明がされるまで、債務者の担当者から、雇用期間につき最長三年を限度とする趣旨の申し合わせ事項について説明を受けたことはない旨主張し、債権者の陳述書にもその旨の記載がある。これに加えて同僚外国人教員の債権者に対する手紙等を総合すれば、確かに、堀之内がどの程度詳細に、債権者らに理解できるように、雇用期限について説明したかは疑問の余地があるかもしれない。しかし、債権者は、陳述書において、右同日に給与、税金、研究室の利用についての説明を受けたこと、四月一日に住居の保証金等についての説明を受けたことは認めている。そして、申し合わせ事項には、給与、賞与、手当、契約期間、住居関係の債務者の費用負担、赴任・帰国旅費、日本語受講料の債務者の補助、退職金、税金関係、責任授業時間数等が記載されており、右債権者が説明を受けたことを認める内容はこの申し合わせ事項に含まれており、また、債権者は、実際に債務者から住居の保証金の補助及び日本語授講料の補助を受け、後に認定するように帰任旅費を請求して受領するなどして申し合わせ事項に記載された内容のほとんどの部分を正確に理解していることが窺える。そうすると、申し合わせ事項の書面に基づいて内容を説明していったとする堀之内の報告書(<証拠略>)は一応信用性(ママ)できるものと認められる。また、債権者は、繰り返し、契約書の一年間の雇用期間が気になっていたと主張するのであるが、他方で、債務者の事務担当者からは雇用期間の点の説明を全く聞いていないとするのであり、このことは、同時に債権者から担当者に対し、雇用期間について直接に問いただすことをもしなかったことを意味するものであり、債権者の主張及び陳述書のうち、この部分の不自然さは否めず、直ちに採用することは困難である。また、債権者の陳述書では、債権者の希望により更新が無期限に認められるという趣旨のことを確認した上で、平成三年四月一八日、更新を前提に契約書に署名したと記載されており、同旨の主張もされたのである(最終の準備書面で訂正された)。しかし、これは明らかに誤った認識であり、前判示のとおり、平成二年九月に契約書に署名され、平成三年四月には何ら作成されていない。このように、債権者の陳述書には、契約書への署名という、本件における請求の成否に影響を及ぼしうる重要な事実関係について、通常では考えられないような誤った記載があり、陳述書全体の信用性を損なうとの評価は免れず、これを直ちに信用するには、ためらいを感じざるをえない(この点につき、債権者は一応の弁明をするが説得力が弱い)。
(3) 債務者の庶務課職員の回答につき、債権者は、平成三年四月初旬ころ、友人である増尾浩三を通じて債務者に対して雇用期間の問い合わせをしたところ、「雇用期間は日本人と同じであり、双方が合意すれば、期限に制限なく使用できる」との回答を得たと主張し、債権者の陳述書にも同旨の記載がある。
この点については、確証はない。右が事実だとしても、「双方が合意すれば」というもので、債権者が希望すれば必ず更新されるという債権者の主張の趣旨に沿うものであるとは言い切れない。
(4) 債務者の教務委員を務めていた和田桂子助教授の言動については、平成三年から平成五年にかけて、債権者に三年間を越えての雇用契約の更新を期待させるような言動があった可能性は否定できず、特に、平成四年一〇月二四日付けの債権者に対する手紙では、「もしあなたが、もう一年か二年(もしくはそれ以上)学校に残ってくれるなら、私たちは幸せです」と書いている(手紙の存在及び文言については争いがない)。
教務委員とは、担当の教員や担当教科のスケジュールを立てるのを主な任務としており、その過程で、外国人教師については、次年度も雇用契約が存在するのかについて、関心をもたざるをえない立場にある(<証拠略>)。右手紙は、平成五年から平成六年にかけてのスケジュール編成の過程での手紙と解されるところ、「もう一年」とは債権者にとっては三年目のこと、「二年もしくはそれ以上」とは債権者の四年目以上ということになり、申し合わせ事項からすれば、明らかにこの申し合わせの原則を越えての雇用を和田助教授が希望する内容の手紙である。
また、債権者は人望もあったようで、同僚日本人教員らも、申し合わせ上、債権者の雇用が三年間までとなっているのを承知で、債権者にとって四年目となる平成六年四月以後も契約できるように債務者の事務局(決定権限は理事会)に対して、陳情するなどし、平成五年四月ないし七月ころまでは、相当の確率で四年目の契約ができるのではないかとの感触を持っていたことも窺われ、同僚教師の間では、債権者の四年目以後の雇用契約についての希望があったことが窺える(<証拠略>)。
なお、債務者の専任教員採用手続は、教授会の申出、学部長会での検討、大学協議会の了承、当学部の教授会の審議を経るものの、任用に関する決定は、債務者の業務決定機関である理事会によりされる。右教師らは、理事会を構成する理事ではなく、また、任用決定につき理事会から権限を与えているものでもない。
(5) 債務者は、平成五年一〇月二一日、債権者に対し、総長(理事)名義のAV教室運営委員会の委嘱状を交付した。これには、同年一〇月一日付けで任期を平成六年九月三〇日までとするとの記載があった(このこと自体は争いがない)。
(6) 債権者以外の外国人専任教員にも、申し合わせ事項の書面を見たことのない者が存在する。
(七) 債権者の言動に関しては次の事情が一応認められる(いずれも事実関係としては争いがなく、債権者はその趣旨を争う)。
(1) 債権者は、平成五年一〇月二一日に債務者から右雇止めの通知を受けた後、債務者の川口教授に依頼して、推薦状を作成してもらった。
(2) 債権者は同年一一月ころ、森田教授に対し、就職先を探すことを依頼した。
(3) 債権者は、右雇止めの通知以後、休講が多くなった。
(4) 債権者は、同年一一月以降、教授会に出席せず、平成六年三月下旬には、研究室から私物を搬出した。
(5) 債務者による帰任旅費の負担、支出は、雇用契約が終了した場合に限られるところ、債権者は、平成六年一月二四日、債務者に対し、帰任旅費の請求をし、同年三月二五日、債務者はこれを支払った(債権者は、債務者が払ってくれるか心配であった旨の弁明をしているが、雇用の終了を前提としない限りありえない行為であるとの評価は免れない)。
3 以上の事実に照らせば、債務者における外国人教員の期間の定めのある雇用契約には、相当な理由があり、直ちにこれを違法として効力を否定するだけの理由は見出しがたい。加えて、前記のとおり、本件債権者と債務者との当初の雇用契約が一年間の期間の定めのある契約であり、その後、二度にわたって、その都度、一年間を期間として雇用契約が合意され、契約書が交わされていること、その他、右2に認定の諸事情に照らせば、右雇用契約が期間の定めのない雇用契約と実質的に異ならない状態で存在しているものと推認するには足りない。
4 更に、債権者が期間満了後の雇用の継続を期待することに合理性が認められるかについてみる。
(一) 確かに、和田助教授をはじめ、他の同僚教員の言動の中には、右2(六)(4)、(6)のような事実も存在し、債権者が平成六年四月一日から平成七年三月三一日までの期間も雇用されるとの期待を抱く根拠のひとつになっているものと解される。
しかし、教務委員や学科長が希望ないし期待しても、彼らは、債権者の使用者でないことはもとより、右2(六)(4)で判示したことからすれば、人事権を有する者でもなく、決定機関である理事会又はこれを代表する理事長を当然に代理する権利を有するわけでも、直ちにその履行補助者と認められる者でもない。また、同僚教員らの希望の表明も、手紙であったり、口頭によるものである。そうすると、右は、同僚教員間での希望の表明の域を大きく出るものではなく、人事権を有する者の発言に比べれば、それに寄せる債権者の期待の合理性も格段に劣ることは否めない(右教員らの言動は、結果的には、債権者の期待を増幅し、失望させる結果に終わらせたことになる。これは必ずしも申し合わせ事項を知らなかったために起きたものとは認めるに足りないが、申し合わせ事項の適用に関する柔軟性の程度の認識において、事務局〔理事会〕と教員側とで微妙な食い違いが窺えないではなく、債務者の組織内での見解及び取扱の徹底ないし統一性の問題が本件における混乱の一因となった可能性は否定できない)。
(二) 次に、債務者の総長名義の委嘱状につき、右(六)(5)の事実も存在する。
しかし、この委嘱状の記載が直ちに債権者との平成六年度における雇用契約の締結に影響を与えるものではない。また、債権者以外にも委嘱期間中に退職等になる例があることが認められ、委嘱状が雇用契約の存在を裏付ける実情も存在しない(もっとも、本件のように債権者の希望に反して雇止めをする場合に、その雇用期限を越えた委嘱状を出すというのは、配慮に欠けるのではないかとの指摘は可能であろう)。
(三) また、申し合わせ事項の説明については、堀之内により一応の口頭説明はあったと認められるものの、どの程度の説明がされたかについては、疑問の余地があるかもしれないことは、前判示のとおりである。
しかし、前認定のとおり、本件は一年間の期間の定めのある雇用契約であると認められ、原則として右期間の満了で当然に雇用契約は終了するものであるので、三年を限度とするという趣旨の申し合わせ事項は、債務者側として新たな契約は結ばないことを内部的に確認したものに過ぎず、申し合わせ事項が雇用契約の一部として債権者と合意されていない限り、雇用契約の終了の効果が発生しないというものではない(もちろん、紛争防止の観点からすれば、とりわけ、言語、習慣の異なる外国人教員との契約においては、労働条件等の確認につき、文書の利用等、認識の相違や誤解の発生を防止する方策を検討することは有益と思われる)。
(四) 右検討に加え、右2に判示の事情(特に2(四)、(六)(2)、(七)など)に照らせば、債権者が雇用の継続を期待したとしても、この期待には未だ合理性があるとは認められない。
5 右のとおり、争点2に関する債権者の主張はいずれも理由がない。
三 以上によれば、債権者と債務者との本件雇用契約は、平成六年三月三一日の満了をもって当然に終了したもので、解雇法理の適用も類推適用も肯認される事案ではない。債権者の争点3の主張は、解雇法理が適用又は類推適用されることを前提にした主張であるので、その前提を欠くことになる(憲法等に関する主張を種々善解してみても、前判示の事情に照らせば、採用しがたい)。
四 よって、債権者の本件申立は、結局、被保全権利の存在について疎明がないことになり、その余の点について判断するまでもなく理由がないので、いずれも却下すべきことになる(本決定は、平成六年七月一一日までに提出された主張及び疎明資料に基づいてされたものである)。
(裁判官 田中昌利)