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大阪地方裁判所 平成6年(ヨ)166号 決定 1994年7月12日

債権者

甲田太郎

右訴訟代理人弁護士

戸谷茂樹

債務者

株式会社大阪冠婚葬祭互助会

右代表者代表取締役

髙瀬時人

右訴訟代理人弁護士

桐畑芳則

主文

一  債権者が債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成六年六月から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月二五日限り金四〇万円の割合による金員を仮に支払え。

三  債権者のその余の申立てを却下する。

四  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一申請の趣旨

一  主文第一項及び第四項と同旨

二  債務者は、債権者に対し、平成六年一月から本案判決の確定に至るまで、毎月二五日限り金六七万三九一八円の割合による金員を仮に支払え。

第二当裁判所の判断

一  以下の事実については、当事者間に争いがない。

1  債務者は、肩書地に本社を置き、大阪市内に数カ所の事業所をもつ冠婚葬祭の施行を主たる事業とする株式会社である。

2  債権者は、昭和六一年八月二二日に債務者会社に入社し、最近では葬祭部のセレモニーマネジャー(主として葬祭の進行を主催する業務)として一定の葬儀を取り仕切っていた。債権者は、昭和三五年五月二〇日生まれで、妻(昭和三四年六月一七日生)、長女(昭和六〇年一二月六日生)の三人家族である。

3  債権者は、債務者から賃金として毎月二五日限り月額平均金六七万三九一八円支給されていた。

4  債務者は、平成五年一二月三〇日、債権者に対し、<1>二度に亘る御布施着服の疑い、<2>社員は施主様から直接現金を預かってはならないという内規を破った疑いを理由に同月二九日をもって懲戒解雇した旨通告した。

二  債権者は、右解雇通告は、そもそも解雇事由が不存在であり、また仮に疑いの存在を理由とするものであっても、その確認手続きが極めて杜撰であり、いずれにしても解雇権の濫用に当たり無効である旨主張する。

他方、債務者は、解雇した経緯及びその理由は以下のとおりであり、解雇は正当である旨主張する。

1  債務者は、平成五年一二月九日に娘の葬儀施行の依頼があった乙藤乙子氏(以下「乙藤氏」という。)から、前回の夫の葬儀(平成三年五月九日)の際は御布施が高かったので(ただし、この時は具体的な金額の摘示はなかった。)、今回は寺院を代えて欲しい旨の要望があったため、前回とは別の寺院を乙藤氏に紹介した。

2  債務者は、右葬儀終了後、乙藤氏から、前回の葬儀の時の御布施は七五万円と高かったのに今回の御布施は二八万円と安かった(いずれの際も僧侶は三人であった。)旨聞いたので、自社紹介寺院の御布施については、僧侶の人数と格により一律に金額を定めており、右会社規定に従って施主から寺院に支払ってもらうことになっているため、御布施の額に差異が出るはずがないことから、前回の葬儀の際の寺院に問い合わせたところ、御布施は二八万円受領しているとの返答を得た。

3  そこで、債務者は、乙藤氏の前回の葬儀の担当者である債権者の担当した葬祭について社内調査したところ、平成五年一一月一八日施行の古賀氏依頼の葬儀に関し、同氏が債権者に二〇万円を預けたにもかかわらず、寺院には御布施合計一七万円しか渡っていないという調査結果を得た。

4  そのため、債務者は、平成五年一二月一九日、債権者を呼び出し事情聴取を行ったところ、債権者は、二件とも御布施については一切現金に触っていないし、ましてや着服などしていないと述べたが、債務者の理事らは、債権者に対し、疑いが発生している以上、嫌疑を晴らすか自主退職するかどちらかであると告げた。

5  その後、債務者の担当者が同月二三日乙藤氏宅を訪問し、同人に対し事実関係の確認を行ったところ、乙藤氏は、前回の葬儀の御布施に関し、お通夜(平成三年五月八日)のときに、債権者が自分が預かりますと取りに来たので現金で七五万円を直接債権者に手渡した、金額については、銀行預金から一〇〇万円を引出して銀行員に現金で持ってきてもらって用意したものであり、残ったお金で通夜に必要な飲食物等の代金を支払ったので、七五万円であることは間違いない旨述べた。

6  また、古賀氏の妻は、債務者の調査に対し、債権者に御布施として現金二〇万円を預けたことは間違いなく、債権者は古賀氏夫妻の目の前で受け取った二〇万円を金封に入れたと説明した。

7  それゆえ、債務者は、債権者に対し、自主退職を迫り、平成五年一二月二五日にも同月二七日にも同月二八日午後四時までに自主退職届を出さないならば解雇せざるを得ない旨通告したが、債権者がこれを出さなかったので同月二九日付けで前記一の4記載の<1>、<2>の理由で懲戒解雇した。

なお、債務者内においては、葬祭業務の際、社員が施主からお金を預かるなど現金を扱うことを固く禁止しており、文書化はされていないものの、内規として社員に周知されている。

8  仮に右<1>、<2>が解雇の正当理由として認められないとしても、債務者は、平成五年一二月一九日、債権者から諭旨解雇の勧告を受けているにもかかわらず、退職願を提出しなかったのであるから、就業規則に則り、懲戒解雇されても止むを得ないものである。

三  そこで、右懲戒解雇の効力について検討する。

1  業務に関し会社の顧客の金員を詐取、横領することは会社の信用失墜行為であるばかりか犯罪行為でもあり、一般に、これが解雇の正当理由に当たることには異論がなかろう。

ところで、解雇処分は従業員及びその家族の生活に対し重大な影響を及ぼすものであるから、右のような不正行為の存在を理由とする場合であっても、その目的が異なるのであるから刑事処分と同等とまではいわないまでも、その結果の重大性に鑑みるときは、それに準ずる程度の慎重な手続きと事実確認を要すると言うべきであろう。したがって、解雇理由となる不正行為の存在が、単なる疑い程度ではその理由とするには不十分であり、その存在が証拠上明らかであるか又は相当程度の蓋然性(犯罪事実の証明としては十分とまではいえないとしても)が認められることを要すると解するのが相当である。

2  本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、解雇に至る経緯については債務者主張事実のとおりであり、債務者が債権者の不正行為を認定した決め手は、主として、乙藤氏の債務者に対する「夫の葬儀の際の御布施は七五万円であり、その金額は、通夜の日である平成三年五月八日、銀行預金から一〇〇万円を引出して銀行員に現金で持ってきてもらって用意したものの中から債権者に支払い、残ったお金で通夜に必要な飲食物の代金を支払ったから間違いない」旨の供述であり、古賀氏の妻の供述がこれを補充する関係にあることが、認められる。

確かに、乙藤氏の供述は具体的であり、その後も基本的には一貫して維持されている確信に満ちたものであり、それに加えて古賀氏の妻の供述が存在するので、債務者が債権者に対し強い疑念を抱いたのも無理のないところであろう。

しかし、乙藤氏が債務者に対し、一貫して右のように説明していたにもかかわらず、乙藤氏は、当裁判所において、支払ったいきさつについては右のとおりであるけれども、御布施の金額は八〇万円であり、自分は最初から八〇万円と説明しており、七五万円と言ったことはない旨証言しているばかりか、乙藤氏の銀行の預金通帳(<証拠略>)には、平成三年五月七日に一八三万〇二六六円の出金の記載があるものの、乙藤氏がいう同月八日の欄にはまったく出金の記載はない。

さらに、乙藤氏は、夫の葬儀費用として、債務者に合計四百五、六十万円支払った旨証言するが、債務者の乙藤に対する請求書(<証拠略>)には、総売上金額として三四七万九二〇〇円と記載されている。

また、本件疎明資料によれば、乙藤氏は、当初、御布施は債権者に預け、債権者が寺院に持参したものと認識していたが、債権者の申し出により、息子に確認してはじめて息子が債権者と共に御布施を寺院側に持参したことを知ったこと、乙藤氏は御布施のほかに、納骨料(一〇万円)等も寺院に支払っているがこれらの点についてははっきりした記憶がないこと、乙藤氏は葬儀の際の出金に関しては会計帳等に記録していないこと等の事実も認められる。

以上のように、債務者が債権者の解雇処分の根拠とした乙藤氏の供述には、その後重要な部分に変遷があり、債権者に七五万円(あるいは八〇万円)を支払ったとされる前提事実(五月八日の一〇〇万円の銀行預金の引き下ろし)が存在しないなど幾つかの思い違いもあることから、他の用途に要した費用を御布施として支出したものと混同している可能性なども全く否定はできず、乙藤氏の供述及び証言の信用性には疑問の余地も残る。

また、古賀氏の妻の前記の内容の供述及びそれと同内容の古賀氏の陳述書が存在するが、それらが他の客観的な資料に基づいて作成されたものであることの疎明はない。本件疎明資料によれば、債権者は、古賀氏夫妻の面前で同人らから受け取った現金を金封に入れ、そのしばらく後、同夫妻と共に寺院側に持参していることが認められる。古賀氏らの供述を前提にすると、債権者はそのわずかの間に、金封の中から金員を抜き取ったことになるが、他にこれを推認するに足りる資料が存しない。

3  そもそも、一般に、葬儀の際には、愛する肉親を亡くした直後でもあり、通常の精神状態ではない上、多数の人が出入りし、何かと取り込みの最中であるから、細かい記憶を維持するのは困難であり、特に金銭の出入りは、その額及び態様が日常生活におけるそれとは全く異なるので、記録に留めておかないと後々混乱が生じることが多いものである。

本件においては、債権者の不正行為の根拠とされたものが、いずれも顧客の記憶のみに基づくものであるから、右のような一般的な性格を帯有するものであることは不可避であり、現に乙藤氏の記憶には前記のような混乱が生じている。

したがって、債務者の主張事実のみでは、債権者が不正行為を行ったことは証拠上明らかと言えないのはもちろん、その存在につき相当程度の蓋然性を有するとまでも言えないというべきである。

4  また、本件疎明資料によれば、債務者は、債権者の疑惑が生じるや、直ちに債権者に事情聴取をし、債権者が右疑惑を否定し、事実確認のため債務者に乙藤氏宅への同行を求めたにもかかわらずこれを拒否し、乙藤氏らの供述の裏付けや他の物的資料による確認作業を行おうともしないまま自主退職を迫り、遂には懲戒解雇したことが認められる(なお、債権者を解雇した後の債務者の調査の結果、乙藤氏の夫の葬儀の際の寺院は、債権者同席の上、乙藤氏の娘、息子からの御布施二八万円の他に、御膳料、お車代として三万円を受領していたこと、古賀氏の葬儀の際の寺院は、債権者同席の上、古賀氏夫妻から御布施等一七万円の他に初七日の回向費用として一万円を受領していることが判明した。)。

債務者の右態度は、事実調査としても十分なものといえないうえ、債権者に十分な弁解の機会すら与えない性急なものであり、その後、前記のような事情が判明した本件にあっては、一層相当性を欠くものといえる。

5  以上のとおり、本件にあっては、債権者の不正行為について疑いが存在しない訳ではないが、懲戒解雇の理由とするのに相当な程度の蓋然性までをも認めるには足りず、また、債務者の事実確認手続等についても十分なものであったとはいえないから、本件の解雇処分は、相当性を欠くものであり、無効というべきである。

また、債務者は、平成五年一二月一九日に諭旨解雇をしたことを前提とし、本件の解雇処分の相当性を主張するが、右事実についての疎明はなく、かつ、諭旨解雇についての正当性についての疎明もない。したがって、債務者の右主張も理由がない。

四  保全の必要性

本件疎明資料によれば、債権者は、妻、子供一名(八歳)を扶養しており、債務者から得る賃金を唯一の生計の手段としてきたことが一応認められる。

そうすると、債権者には賃金の仮払いの必要性があるところ、債権者の居住する大阪府における勤労世帯の消費支出が月約三六万円であること(当裁判所に顕著である)や本件疎明資料及び審尋の結果により認められる諸般の事情を斟酌すると、債権者の差し迫った生活の危険・不安を除くために必要な仮払金は、月四〇万円と認めるのが相当である(債権者は、月額六七万三九一八円の賃金の仮払いを求めるが、仮払いをすべき金額は、仮払いの性質上、当然に賃金の全額に及ぶというものではなく、生計を維持するのに必要な金額に限られるというべきである。)。

また、健康保険の維持等のため、労働契約上の地位保全の必要性も認められる。

しかしながら、債権者の求める金員の仮払いのうち、既に支払期を経過した平成六年一月から同年五月までの分については、債権者が従前比較的高額の収入を得ており、現在に至るまで一応生計を維持してきていると推認されること、右既経過分の支払を受けなければ今後の債権者の生活を維持しがたいような特段の事情があるとの疎明はないこと等の事情を考慮すると、仮払いの必要性は認められない。

また、本案訴訟の第一審において勝訴すれば仮執行宣言を得ることによって仮払いを求めるのと同一の目的を達することができるから、金員の仮払いの終期は本案の第一審判決言渡しまでとすれば足り、これを超える期間の仮払いを求めるべき必要性はない。

五  結論

以上の次第で、債権者の本件仮処分命令申立ては、主文掲記の限度で理由があるから、事案の性質上債権者に担保を立てさせないで、右の限度でこれを認容し、その余は理由がないから、これを却下する。

(裁判官 村岡寛)

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