大阪地方裁判所 平成6年(ヨ)546号 決定 1994年11月08日
債権者
杦岡則子
右代理人弁護士
藤木邦顕
同
高橋典明
同
江角健一
債務者
医療法人社団湯川胃腸病院
右代表者理事長
湯川永洋
右代理人弁護士
提中良則
同
田中森一
主文
一 本件申立てをいずれも却下する。
二 申立費用は債権者の負担とする。
理由
第一事案の概要
本件は、債務者の経営する病院の総婦長の地位にあった債権者に対して、無断欠勤等が理由であるとしてなされた普通解雇について、債権者が、その無効を主張し、債務者に対し、労働者としての地位の保全及び賃金相当額の金員の仮の支払いを求めた事案である。
一 申立ての趣旨
1 債権者が債務者に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
2 債務者は、債権者に対し、平成六年二月二五日から本案判決確定に至るまで、毎月二五日限り金四三万三五四三円を仮に支払え。
二 基本的事実関係
当事者間に争いのない事実及び疎明資料を総合すれば、以下の1ないし4の事実が疎明される。
1 債務者は、昭和四三年に設立された医療法人であり、肩書地において、内科、外科、消化器科等の診療科目により、病床数一二四床の病院を経営している。従業員は、医師八名、看護婦及び準看護婦約二〇名、検査技師及び薬剤師九名、事務職員等約六〇名の合計約一〇〇名余りである。
2 債権者は、昭和五〇年に看護婦免許を取得し、平成元年八月に債務者に雇用されたが、平成三年一月に一旦退職した。その後、平成四年八月二一日付けで、債務者の課長待遇の総婦長として再雇用され、平成五年一〇月には四三万九〇二七円、一一月には四〇万九五五六円、一二月には四五万二〇四八円(以上平均四三万三五四三円)の給与手取額を得ていた。
3 債権者は、平成五年八月ころ、湯川胃腸病院労働組合に加入した。
4 債権者は、平成六年一月二一日、債務者から、普通解雇する旨の意思表示を受けた(以下「本件解雇」という)。
三 本件の争点
債務者は、本件解雇の理由として、債権者に欠勤、遅刻及び早退(以下「欠勤等」という。)が多いこと等を主張するが、本件の争点は、右解雇が解雇権の濫用にあたるか否か及び債権者が労働組合に加入して活動していることを嫌悪してなされた不当労働行為にあたるか否かである。
右の争点に関する当事者の主張の詳細は、本件記録における債権者の従業員地位保全仮処分申立書、一九九四年四月一二日付け(二通)、五月二六日付け及び一〇月七日付け各準備書面並びに債務者の答弁書、平成六年三月一六日付け、四月二五日付け及び一〇月六日付け各主張書面のとおりであるから、これらを引用する。
第二争点に対する判断
一 解雇権濫用の有無
1 債権者の欠勤、遅刻及び早退の状況
(一) 就業規則の定め
(証拠略)によれば、債務者の就業規則は、その八五条において、懲戒事由として、「正当な理由がなくしばしば遅刻、早退し、又は欠勤したとき。」(二号)及び「無断欠勤七日以上にわたるとき。」(四号)と定めていることが疎明される。
(二) 事前に届出のない欠勤
(1) (証拠・人証略)の結果を総合すれば、債権者は、平成四年一二月一六日から平成六年一月一五日までの期間において、有給休暇外で、事前に届け出ることなく、平成四年一二月二九日、平成五年二月一七日、一八日、三月一日、六月二日、八月三日、一二日、一一月九日、一〇日、一一日、二二日、平成六年一月六日の合計一二日欠勤をしたことが疎明される。
なお、債権者は、右のうち、平成五年六月二日には午前八時五二分から一一時一四分まで、同年八月三日には午前八時四二分から九時二八分まで出勤しているが、いずれも四時間以上の早退であったため、債務者から欠勤と扱われたものである。
(2) もっとも、(証拠略)によれば、右のうち、平成五年八月三日の欠勤は、債権者の母親が喘息発作を起こしたためであり、同年一一月九日ないし一一日の欠勤は眼科受診のためであることが疎明されるから、右各日の欠勤は正当の理由があるものということができる。そして、(証拠略)によれば、債務者の就業規則においては、その四七条一項但書において、欠勤について事前に届け出ることができないときは、事後に遅滞なく届け出ればよい旨定められていることが疎明されるところ、(証拠略)によれば、債権者は、一一月九日ないし一一日の欠勤についてはその直後である同月一二日に届出をしていることが疎明される。
しかし、八月三日の欠勤については、事後的にも届出がなされたとの疎明はない(これが、当直の代休分として欠勤したとしても、手続違反であることには変わりはない)。
(3) 右のほか、(証拠略)によれば、債権者は、右(1)のうち、六月二日の分については同月三日に、平成六年一月六日の分については同月七日に、それぞれ届出をしているが、それ以外については、事後的にも届出をしていない。
(4) なお、(証拠略)によれば、債権者は、平成五年八月三〇日、三一日、九月二四日及び一一月五日にも事前の届出なく欠勤したが、八月三〇日及び三一日の欠勤については同年九月七日に、九月二四日の欠勤については一〇月四日に、一一月五日の欠勤については一一月一五日にそれぞれ事後的に有給休暇の申請をして、有休扱いとされたものであることが疎明される。
(三) 事前の届出のある欠勤
(1) (証拠略)の結果を総合すれば、債権者は、前記(二)と同様の期間において、有給休暇外で、事前に届け出た上で、平成四年一二月一六日、平成五年二月一六日、六月七日、八日、一一月三〇日、一二月一日、二日の合計七日、欠勤したことが疎明される。
(2) しかし、(証拠略)によれば、右(1)のうち、平成四年一二月一六日の分は、財布盗難被害の犯人が検挙され、茨木警察署において調書を作成するためであったこと、平成五年二月一六日の分は、入院中の債権者の母親の病気に関して、主治医から説明を受けるためであり、届出は受理されていること、同年六月七日及び八日の分についても、具体的理由は不明であるが届出は受理されていること、平成五年一一月三〇日ないし一二月二日の分は、眼科、産婦人科受診及び自宅療養のためであることが疎明され、結局、右(1)の欠勤については、すべて正当な理由のあるものということができる。
(四) 事前に届出のない二時間以上四時間未満の遅刻及び早退
(1) (証拠略)の結果を総合すれば、債権者は、前記(二)と同じ期間において、有給休暇外で、事前に届け出ることなく、平成五年三月一八日、四月一四日、一二月一〇日の三回にわたり、二時間以上四時間未満の遅刻をし、平成五年六月一〇日、八月二五日、二六日、一〇月五日の四回にわたり、二時間以上四時間未満の早退をしたことが疎明される。
(2) (証拠略)によれば、右のうち、平成五年一二月一〇日の遅刻は、債権者の母親の喘息発作のためであること、八月二五日、二六日の早退については、債権者が指導、教育していた債務者病院の看護学生が在籍する医師会看護学校の保護者懇談会に出席するためのものであることが疎明され、これらについては、正当の理由によるものということができるが、その他について正当の理由の疎明はない。また、(証拠略)によれば、債権者は、平成五年一二月一〇日の遅刻について、同月一五日に届出をしたことが疎明されるものの、その他の遅刻及び早退については、届出をしたことの疎明はない。
(3) なお、(証拠略)及び審尋の結果によれば、債権者は、右のほか、平成五年一一月四日に無断で早退したが、事後的に有給休暇の申請をしたため、債務者から二分の一日有給休暇の扱いとされたことが疎明される。
(五) 事前に届出のある二時間以上四時間未満の遅刻及び早退
(1) (証拠略)に審尋の結果を総合すれば、債権者は、前記(二)と同じ期間において、有給休暇外で、事前に届け出た上で、平成五年一一月一五日の一回、二時間以上四時間未満の遅刻をし、平成五年一月一三日、三月二五日、五月一二日、六月二二日、七月一五日の五回にわたり、二時間以上四時間未満の早退をしたことが疎明される。
(2) (証拠略)によれば、右のうち、平成五年一月一三日の早退は、他の病院の竣工パーティーに出席するため事務長、事務次長とともに外出したためであり、届出は受理されていること、七月一五日の早退は、債権者の三男の学校の三者懇談のためであり、届出は受理されていること、六月二二日の早退についても、具体的理由は不明であるが、届出は受理されていること、五月一二日の早退は、三男の家庭訪問のため、一一月一五日の遅刻は、眼科受診のためであることが疎明される。しかし、三月二五日の早退については、正当の理由の疎明はない。
(六) 事前に届出のない二時間未満の遅刻及び早退
(1) (証拠略)の結果を総合すれば、債権者は、前記(二)と同じ期間において、有給休暇外で、事前に届け出ることなく、平成五年一月一八日、二月一九日、四月五日、四月九日、九月一日、二二日の六回にわたり二時間未満の遅刻をし、平成五年七月二一日、八月二七日の二回にわたり二時間未満の早退をしている。
(2) 疎明資料によれば、右のうち、二月一九日の遅刻については、当直入りの日であるため、一般に午後五時に出勤すれば足りるものであるが、債務者病院においては、債権者のような管理職は、本来、当直はしないこととなっていることが疎明される。しかし、後記2(二)で判示のとおり、当時、債権者の勤務条件等については未解決の問題があり、この点についてはやや恣意的な運用がなされていたのであるから、本件においては、右同日の遅刻には正当の理由があったものと一応認めることができる。
(3) なお、右のほか、債権者は、平成五年一一月六日及び八日に無断で遅刻し、事後に有給扱いにしてほしいとの申し出があったため、二分の一有給休暇の扱いとされた。
(七) 事前に届出のある二時間未満の遅刻
(証拠略)の結果を総合すれば、債権者は、前記(二)と同じ期間において、有給休暇外で、事前に届出をした上で、平成五年一月二八日、一二月二二日の二回にわたり、二時間未満の遅刻をしたことが疎明される。しかし、これらについて正当の理由があったとの疎明はない。
(八) そして、以上のように、欠勤等について、事後的なものであっても、債権者の書面による届出がなされているものとなされていないものとがあってまちまちであることにも照らすと、欠勤等についてはすべて少なくとも電話で事前に債務者に届け出ているとする債権者の主張並びに(証拠略)中これに副う部分は採用できない。
2 本件解雇が権利濫用にあたるか
(一) 右1で疎明されたところによれば、債務者が本件解雇の理由として主張する欠勤等のうち、一部には正当の理由を備え、かつ、就業規則所定の手続を履践しているものもみられるが、債権者は、前記1(二)の期間において、少なくとも、事前にも事後にも届出のない欠勤を九日(うち八日については正当の理由の疎明がない。)、事前にも事後にも届出のない二時間以上四時間未満の遅刻又は早退を合計六回(うち四回については正当の理由の疎明がない。)、事前に届け出ているが正当の理由のない二時間以上四時間未満の早退を一回、事前にも事後にも届出のない二時間未満の遅刻又は早退を合計七回(うち六回については正当の理由の疎明がない。)、事前に届け出ているが正当の理由のない二時間未満の遅刻を二回していることとなる。そして、これらは、前記1(一)で疎明された就業規則所定の各懲戒事由に該当するものである。
その上、(証拠略)によれば、債権者の右の欠勤等は、債権者の統括する看護課の他の職員に比べても異常に多いことが疎明される。
そして、前記1で疎明されたように、事後的に有給休暇扱いとなったにせよ、右以外にも無断で欠勤等をしていることも合わせて考えると、債権者は、総婦長としての適格性を欠くものと評価されてもやむを得ないというべきである。
(二) もっとも、(証拠略)によれば、以上のような欠勤等の一部について、債権者の給与計算上、欠勤控除等がなされていないことが疎明される。しかし、(証拠略)によれば、それは、当時、債務者病院において、債権者の勤務形態や待遇について、未解決の問題点があったため、債務者の裁量でそのようにしていたものであり、債務者の給与計算がやや恣意的であったことは否めないが、このことをもって、右の欠勤等が正当なものとなるわけではないし、また、本件解雇の真の動機が別にあるとの疎明があるとすることもできない。
(三) また、本件解雇は普通解雇であるから、解雇事由を事前に債権者に告知し、弁解の機会を与えないでなされたからといって、直ちに右解雇が権利濫用となるものではない。
(四) したがって、債務者の主張するその余の解雇理由について判断するまでもなく、本件解雇は、権利濫用にあたらないものということができる。
二 不当労働行為性の有無について
債権者が労働組合に加入していたことは前記認定のとおりである。しかし、債権者が労働組合において活発な活動をしていたとの疎明はない上、本件解雇の理由が前記一で認定したとおり、債権者の無断欠勤を理由とするものであって、特段権利の濫用にあたるとの事情も窺われない以上、本件解雇が、債権者が労働組合に加入し、労働組合の正当な行為をしていることの故になされたものであるとの疎明はないものというべきである。
三 結論
以上によれば、本件解雇は有効になされたものであり、債権者は、既に債務者との間で雇用契約上の権利を有する地位を喪失していることが疎明される。よって、債権者の本件申立ては、争いある権利関係についての疎明がないから、いずれもこれを却下することとする。
(裁判官 原啓一郎)