大阪地方裁判所 平成6年(ワ)13173号 判決 1998年9月22日
原告
甲野太郎
右訴訟代理人弁護士
岩﨑昭德
被告
医療法人○○会(社団)
右代表者理事長
乙山一郎
右訴訟代理人弁護士
金田朗
主文
一 被告は、原告に対し、金一七七万四〇〇〇円及びこれに対する平成二年一一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
被告は、原告に対し、金二二四三万円及びこれに対する平成二年一一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、いわゆる医療過誤訴訟であり、原告が、被告の経営する病院で受けた手術の失敗等により入院を余儀なくされたとして、主位的に債務不履行、予備的に民法七一五条に基づき、休業損害等についての損害賠償請求を求めた事案である。
一 基礎となる事実(証拠関係は後掲。証拠の掲記のない事実は争いがない。)
1 被告は、胃腸科、消化器科、外科等の診療科目を有する△△病院(以下「被告病院」という)他三カ所の病院等を経営する医療法人であり、原告(昭和九年三月一〇日生)は、被告病院の患者であったものである。
2 原告は、平成二年一一月七日、被告病院において注腸透視(大腸癌等の隆起性病変を発見するために、肛門からバリウムを入れて撮影するエックス線検査。)を受けた結果、S字結腸にポリープが発見されたので、同月九日午後二時ころから三時五〇分ころまで、内視鏡的ポリペクトミー(大腸ファイバースコープによるポリープ摘出術。以下、かかる手術方法を「ポリペクトミー」、原告になされた手術を「本件手術」という。)を施行されてポリープを摘出し、同日帰宅した。[争いのない事実及び乙第一号証]
3 ところが、原告は、翌日である同月一〇日夕方ころ、激しい腹痛があったので、同日午後六時三〇分、救急車により被告病院に入院し、グリセリン浣腸、エックス線検査の後、緊急開腹手術が行われ、本件手術部位に生じていたピンホール状の穿孔(以下「本件穿孔」という)により内容物が漏出して腹膜炎を生じていたため、右穿孔箇所を切除した。[争いのない事実及び乙第一号証]
4 原告は、被告病院において、同年一一月一九日に半抜糸、翌日に全抜糸したが、二一日、二二日には微熱が、一二月半ばころには痰があった。
5 原告は、一二月二六日、被告病院を退院したが、同日、気管支肺炎の傷病名で、新たに医誠会病院に入院し、同三年一月二六日、右病院を退院した。[甲第一、第二号証]
二 争点
1 本件穿孔の原因
2 本件手術の手術適応、説明義務違反
3 術後肺炎の発生及び誤診
4 損害
三 当事者の主張
(原告の主張)
1 本件穿孔は、本件手術の時かその翌日の浣腸時、またはそれまでの間に、被告の医師の手術の経験、技術が未熟なためか、腸管壁を広く深く傷つけていたにもかかわらずその危険性を他の医師等に指示・伝達しなかった結果浣腸が行われたためか、あるいは、術後管理・監視を怠り原告に配慮した安静指示もなかったため生じたもので、いずれにせよ本件手術の合併症(偶発症)である。
2 ポリペクトミーの手術適応は、有茎性(亜有茎性・広基性を含む)ポリープの場合に、直径が三センチ以上で禁忌、一ないし二センチであれば形状や大きさにより判断し、一センチ以下であれば安全とされているところ、原告はYⅡ型(偏平隆起型)で直径二センチの分節状のポリープであり、原告には手術適応はなかった。
また、原告は本件手術に際し、大腸ファイバーによる検査の施行の説明を受けただけで、ポリープ摘出術の説明までは受けておらず、同意もしていない。
3 原告は、被告病院内の細菌管理の不備により術後肺炎を発症し、さらに被告は、気管支肺炎を単なる風邪と誤診して不適切な治療をして病状を悪化させた。
4 損害 合計金二〇四三万〇八七〇円
但し請求額は左記の内(一)ないし(四)の合計額の内金二〇四三万円及び(五)の合計額。
(一) 休業損害 金五〇万円
原告は、学習塾経営により一ヶ月二〇万円以上の収入を得ていたところ、平成二年一一月一〇日から平成三年一月二六日まで入院治療を余儀なくされた。
(二) 逸失利益 金一〇六七万円
原告は、開腹手術後、腹膜癒着をきたしたせいか、腹痛がよく起こり、食欲不振、排便困難、交代制便秘、下痢等の症状が続いて、学習術経営を再開することができなくなったうえ、右後遺症により他の仕事にも就けなくなった。右後遺症は、後遺障害等級七級五号に該当し、労働能力の五六パーセントを喪失した。
(三) 慰藉料 金九〇〇万円
入院慰藉料金一〇〇万円、後遺障害慰藉料八〇〇万円の合計額。
(四) 治療費 金二六万〇八七〇円
原告は、被告病院において一一万四〇〇〇円、医誠会病院において一四万六八七〇円を支払った。
(五) 弁護士費用 金二〇〇万円
(被告の主張)
1 本件手術が本件穿孔を誘発したことは争わないが、本件手術はスネアーに通電してポリープを焼灼するもので局所の組織が比較的弱くなることは避けられず、腸内ガスの滞留しやすい患者の場合には、実施箇所に穿孔が生じることがあり得る。実際、原告の開腹手術の際にも電気メスの火花で小爆発が生じたように原告は慢性の便秘症であって、本件穿孔の原因は原告の素因によるものである。
2 原告のポリープは、有茎の二センチのもので、グループⅢすなわち癌化の一歩手前であり、手術適応には疑う余地がない。
大腸ファイバーを実施する際には見つかったポリープを全て摘出することが原則であり、検査実施前にもそのように説明しており、大腸ファイバーの実施に同意していることはポリープ摘出手術にも同意していることを意味している。
3 被告は、原告には肺結核による膿胸で肺の一部を切除した既往症があることから、腹膜炎手術後に細菌培養検査を実施し、常在菌しか検出されないことを確認しながら抗生物質を投与し、内科の専門医による診察、エックス線検査を経て、一二月二〇日以降には平熱に戻っていることから退院の措置を取ったものであり何ら過誤はない。そもそも医誠会病院においても原告の肺炎を基礎づける客観的資料は一切ない。
4 本件手術に手術適応がなく開腹術によるべきであるとすると、入院期間などは現実と変わりがなく損害は生じていないことになる。又肺炎により入院期間が遷延したとの点も原告が強引に入院を要求したもので現実に肺炎に罹患していなかったのであるから損害はない。また、原告にはポリープがあったのであり、その摘出のための開腹術に通常随伴する障害はもともとやむを得ないものである。
第三 争点に対する判断
一 甲第一ないし第二六、第二八ないし第三〇、検甲第一ないし第五、乙第一ないし第三〇号証、検乙第一号証の一ないし四、証人丁田二郎及び原告本人の各供述並びに弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。
1 原告は、膿胸の手術を二回受けた既往症があり、また、腹痛のため小林胃腸クリニックで治療を受け、薬局で購入した漢方胃腸薬を服用していたが、平成二年一一月一日午前五時四九分、同日午前二時ころから持続する腹痛や吐き気を訴えて被告病院において丙川医師の診察を受け、大腸ガスや便が溜まっていることから急性胃腸炎と診断され、ブスコバンの注射を受けると痛みが治まったためもう一度診察を受ける予定でこのときは帰宅した。
2 原告は、同日午前一〇時九分、再度被告病院において丁田医師の診察を受けたが、同日の朝には便があり、この診察時には痛みも引いており、朝食もおいしく食べることができていた。このため、診察をした丁田医師は、便秘による腹痛と推察し、下剤のシンラックを処方したが、癌の可能性も否定できないことから念のため、同月七日に注腸透視をする計画を立てた。
3 原告が、同月七日、予定どおり注腸透視を受けると、S状結腸に直径二センチ程度の粗大結節状のポリープが発見され、その他にも二カ所ポリープの疑いがあることが判明した。そうして、丁田医師は、右ポリープが相当程度大きく、癌化している疑いも否定できなかったことから摘出手術が必要と判断し、同日、ポリペクトミーによりポリープを摘出して検査し、表面だけが悪性ならば治療も終了することを前提に、原告に対しては大腸ファイバーによりポリープを取ると説明し、原告はこれを承諾して手術承諾書に署名した。
4 原告は、同月九日、自転車で被告病院に行き、同日午後一時一五分、被告病院において、戊谷医師が、丁田医師の指導下において、ポリペクトミーを施術し、Y―Ⅱ型(隆起性病変の肉眼による分類で、隆起の程度を四段階にわけた内、隆起の少ない方から二番目。)の直径二センチのポリープ(なお、二センチ以上のポリープは、癌化率が29.4パーセントで、それより小さなポリープより高率である)を、四回のピースミールに分けて根元までほぼ完全に摘出した。その後二カ所のポリープについて確認したが特に病変は確認できなかった。
そうして、原告は、戊谷医師からボルタレン坐薬や止血剤を処方された上、大量の出血ないし坐薬を使っても軽減しない痛みがあるときには来院するように注意されたうえ、そのまま帰宅するように指示されたが、目の前がくらくらするように感じたためすぐには帰宅することができず夜まで病院の長椅子で休息をとった後、来院時に乗っていた自転車を押して、約五〇分後の午後八時ころ自宅に帰り、夕食にお粥、梅干などを食べた。
一方、摘出されたポリープは中央辺生物研究所においてグループ3相当(五段階の評価の内、良性とも、癌とも判断が付かないもの)と判断された。
5 原告は、同月一〇日、朝食をとり、市場へ自転車で買い物に行った後、自宅で昼食を通常どおりに摂り、午後には仕事をして日常生活を送っていたところ、午後三時ころから腹痛があったため、午後五時三二分、救急車により被告病院に到着した。原告には嘔気、悪寒、腹満感もあり、腹部は板状硬であった。
原告は、被告病院において、グリセリン浣腸をされたが反応便はなく、腹部エックス線写真撮影の結果では遊離腹腔ガスが腹部全体に及ぶほど大量に生じており、ポリペクトミーをした部位に穿孔が生じていることが強く疑われたので、緊急開腹手術を受けることになった。そうして、同日午後九時九分、手術を開始されたが、腹腔をあける際に電気メスの火花によりガスに引火して小爆発をした。開腹すると、腹膜翻転部より約一五センチのS状結腸の間幕と対側の前座よりの部分にピンホール大の穿孔があり、その周辺部は浮腫と電気焼灼による色調の変化があり、S字結腸のうち本件手術部位について穿孔があり、それが原因となって汎発性腹膜炎を発症しているとわかり、ポリープの基部を切除する目的も含め、原告のS字結腸の部分切除を行い、あわせて、腹腔内には膿性の腹水が中等量溜まっていたため、腹腔を洗浄し、ペンロースドレーン二本を左右の下側腹から留置した。そうして、手術は一時間足らずで終了した。
切除部分には、腸管壁、固有筋層から漿膜下脂肪層にかけて膿瘍(限局的に組織の融解を呈し膿の蓄積した状態)を形成していたが、結果的には癌はなかった。
同日の血液検査では白血球数が一二二〇〇であった。
6 同月一一日、原告の胸部及び腹部エックス線撮影ではいずれも正常であったが、白血球数は一〇七〇〇であった。さらに、同月二一日には三七度八分、二二日には三七度六分の発熱があったが、二一日から抗生物質のホスミシンの投与を受けて同月二三日には熱が下がり、二四日にはホスミシンの投与は中止された。また、同月二九日には三七度一分の発熱があったが翌日には下がった。
7 丁田医師は、同年一二月四日、原告の便も正常となり熱も下がり、白血球数も一一月一九日に一〇三〇〇、同月二四日に七七〇〇と減少傾向にあったため、そろそろ退院時期であると判断した。
ただ、一二月六日には翌日に治まっているものの三七度四分の発熱があり、さらに、同月一一日には胸部エックス線撮影で特別の所見はなかったが三七度五分の発熱、白血球数は九七〇〇となり、同月一二日には三七度八分の発熱があり、退院は延期となった。そうしている内に、一九日には白血球数は五五〇〇であったが、咳と痰が持続し、軟口蓋につぶつぶがあるなど上気道炎の症状があった。
そこで、原告は、内科の診療を受けることとなり、一二月二〇日、内科の己原医師は、原告に肺結核の既往症があることを念頭に置きつつ、活動性の病変はないと診断した。しかし、大事をとることにして、同日、喀痰を採取して検査に回してその検査結果が出るまで一週間は様子をみることにし、さらに二三日に喀痰を採取しつつ検査結果を待つと、同月二五日には二〇日採取分の検査結果において常在菌のみしか検出されず、二三日採取分も二六日に同様であることが確認され、さらに二六日にも、三度目の喀痰の採取を行い、発熱等の客観的な所見がなく、原告からの特段の訴えもないため、原告は退院することになった。その後二七日には、二六日採取分の検査で常在菌しか検出されなかったことが判明した。
8 原告は、退院当日、医誠会病院において、白血球数、発熱等を、さらに、別の病院の医師に相談した結果肺炎との疑いがあると診断されたと訴え、入院治療を希望し、以後、肺炎の疑い、イレウスの疑い、右手関節痛により、平成三年一月二六日まで入院加療した。
二 争点について
1 本件穿孔の原因(争点1)
(一) 甲第五、第六号証、第一一ないし第一五号証、第二六号証、乙第二、第一八、第一九号証によれば、ポリペクトミーは、内視鏡生検鉗子孔より挿入して目標のポリープの茎部にかけたスネヤーワイヤーを絞扼しながら高周波電流を通電しポリープを焼却切除する手術で、腸管内壁に必然的に一定程度の損傷を伴うものであるが、もっとも注意を要する重篤な合併症(併発症・事故)の一つが切除部位の穿孔であること、右のような穿孔はスネアーが深くかかりすぎて正常粘膜を巻き込んだ場合やスネアーをかける位置が腸壁粘膜に近すぎる場合のように術者の手技に密接に関連し、手術直後あるいは術後一二ないし二四時間後に発症することが有るため、術後、三日間程度は穿孔の有無を慎重に確認する必要があり、一週間程度は体調と便の観察を要し、術者が当日患者を帰宅させる場合は、患者に対し、治療内容と術後の食事内容や生活の注意点を十分に説明することが肝要とされていることが認められる。
(二) 右事実によれば、本件手術は当初から術後二四時間以内にS字結腸に穿孔の生ずる可能性が予測される手術であったところ、まさに、術後二四時間内外の経過により手術部位の穿孔による腹膜炎を発症しているのであるから、本件穿孔が本件手術に起因することは明らかと言わねばならない。もとより、被告も、本件穿孔の遠因が本件手術によること自体は争わないが、腹膜炎を起こしてからの開腹手術時に腹腔内で小爆発を起こしたように、直接の原因は、原告の便秘症による腸内ガスの圧力で穿孔を生じたという原告の体質的素因が加功している旨主張する。確かに、前記認定のとおり、原告が激しい腹痛に見舞われたのは手術後約二四時間を経過してからであるから穿孔を生じたのもその直前ころと推定され、術時に穿孔を起こしたとまでは考えがたいことは指摘のとおりである。しかし、開腹時に腹腔内にガスが充満していたとしても、それは穿孔部位から内容物が漏出した後のことであって何ら不自然ではなく、しかも、甲第一〇号証及び原告本人によれば、原告が当時便秘症になかったことが認められるのであって、これに前認定事実、なかんずく、そもそも医師がポリペクトミーを施術するにあたっては、術中のみならず術後も穿孔の起こる危険性を十分認識し、少なくとも、当日患者を帰宅させる場合には、手術の内容、食事内容、生活上の注意をして、その余後に万全の注意を払うべきであるのに、戊谷、丁田両医師は、わずかに、出血や軽減しない痛みがあるときに来院するように指示しただけでそれ以上の予後の指示をしなかったために、原告は、ポリペクトミー施術後の穿孔の危険性など夢想だにしないまま、当日も約五〇分間自転車を押して徒歩で帰宅し、翌日には、自転車に乗って買い物に行くなど、ポリペクトミー施術後の患者としては危険な生活を送って本件穿孔を招来したものであるから、被告の医師には右のような当然なすべき術後の療養方法の指導、説明義務を怠った過失があり、かつ、右過失と本件穿孔との間には相当因果関係が是認されると言うべきである。
(三) 以上から、原告のポリペクトミーの手術適応、説明義務違反(争点2)について判断するまでもなく、被告の過失は明らかである。
2 術後肺炎について(争点3)
この点、甲第一及び第二号証によれば、医誠会病院においては、入院当日である平成二年一二月二六日の傷病名として気管支肺炎、入院時治療計画にも肺炎と、血液中の白血球数も一〇〇六〇と非常に多く、しかも、肺炎の疑いがあるためになされた平成三年一月四日の肺の断層撮影で肺感染症あり、左肺炎との検査結果が出ていることが認められる。
しかし、一方で、右各号証によれば、医誠会病院における平成三年一月四日の胸部CTにおいても、肺炎の疑いを持ちつつ検査しながら、陳旧性肺結核があるのみで悪性の陰影はない旨の所見を出しており、しかも、前記断層撮影に見られる原告の左肺の陰影をみると、左肺の中ほどに小さめの濃い陰影が、下の方に薄い陰影が写っていることが認められるところ、それは甲第二七号証によって認められる原告の昭和五八年当時の胸部エックス線写真の陰影と酷似しており、被告病院における加療以前の症状との区別は容易にし難いし、何よりも、前記認定事実のとおり、被告病院における退院前において、内科の専門医の診断を仰いでいるのみならず、三度の喀痰の細菌検査を行い、そのいずれにおいても常在菌のみが検出され、さらにまた、甲第一及び第二号証によれば、医誠会病院の入院当日のカルテにおいては精神的なものかとの付記をした上で、肺正常と明記されその後もカルテにおいては一貫して肺正常と記載されており、看護記録によっても肺雑がない点で一貫しており、原告に被告病院の退院当時はもとより医誠会病院に入院以降も肺炎との客観的診断はできないといわざるを得ない。そうだとすると、前述のとおり肺炎を疑わしめるいくつかの所見があるものの、原告が医誠会病院で入院加療を希望したと認められることをも総合考慮すると、被告病院の退院時までに原告が肺炎に罹患していたと断じることはできない。
3 損害
(一) 以上を基に判断すると、原告に生じた損害額として以下の額が相当と認められる。
(1) 休業損害 金五〇万円
甲第二九号証、原告本人供述及び弁論の全趣旨によれば、原告には自宅における塾講師として一ヶ月当たり二〇万円を下回らない収入があると認められるところ、本件穿孔に起因する腹膜炎治療のために平成二年一一月一〇日から同年一二月二六日まで被告病院に入院したが、右のような開腹手術による治療を受けた退院翌日から十全な稼働能力を回復したと見るのは困難であることからすれば、仮に医誠会病院に再入院していなくとも、早くとも退院後一ヶ月は十分な稼働ができなかったと考えるのが相当であるから、この間の休業損害は五〇万円をくだらないと言うべきである。
(2) 入院慰藉料 金一〇〇万円
甲第七号証及び弁論の全趣旨によれば、内腔性臓器の穿孔により内容物が漏出したために起こる穿孔性腹膜炎は、一般的に激烈な痛みを持って始まる予後の悪い重篤な症状であり、本件では開腹手術後の予後が良かったとはいえ、場合により不足の事態を招きかねないもので、右により原告が開腹手術を余儀なくされて四七日間の入院を要したことに鑑みれば、その慰謝料は金一〇〇万円をもって相当と認められる。
(3) 治療費 金一一万四〇〇〇円
弁論の全趣旨より認められる、原告が被告に対して支払った治療費の総額。
(4) 弁護士費用 金一六万円
右(1)ないし(3)の約一割相当額。
(二) なお、逸失利益及び後遺障害慰藉料の請求は、いずれも、原告には、被告の医療過誤により胸腹部臓器の機能に障害を残し、軽易な労働以外の労務に服することができない程度の後遺障害があることを前提としているところ、原告は被告病院に入院前からポリープ(摘出時点で癌とは断定できないものの、癌化する可能性は否定できない。)を発症しており、それを手術で摘出することは不可避であること、原告は被告病院で診療を受ける以前から小林胃腸クリニックにおいて治療しており、漢方の胃腸薬を昭和六〇年から服用するなど胃腸には慢性的に不具合があったことなどから、右後遺障害については、仮に存在するとしても原告の素因との区別は容易ではなく被告の過誤と因果関係があるとは認められない。また、医誠会病院における治療費及び入院慰藉料については、前記のとおり、原告は被告病院退院時に肺炎に罹患していたとは認められず、その他に医誠会病院においてなされた治療の内で被告の過失と因果関係にある治療はなく、さらに、本件穿孔により発症した腹膜炎は被告病院に入院中に完治していると認められることから、被告の過失と因果関係のある損害と認められない。
三 以上から、原告の請求は、主文判示の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官渡邉安一 裁判官今井攻 裁判官武田正)