大阪地方裁判所 平成6年(ワ)1849号 判決 1996年3月15日
原告
千原宗之
被告
計見芳夫
ほか一名
主文
一 被告らは原告に対し、連帯して金一一〇万円及びこれに対する平成四年九月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一八分し、その一七を原告の、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告の請求
被告らは原告に対し、連帯して金一九七九万円及びこれに対する平成四年九月二四日(事故の翌日)から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、後部座席に乗車中、車が道路脇の電柱に衝突したために負傷した原告が、運転者に対しては民法七〇九条に基づき、運転者の使用者に対しては民法七一五条に基づき、逸失利益等の損害の賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実ないし証拠上容易に認められる事実
1 事故の発生(被告計見との関係では争いがなく、被告会社との関係では甲一による)
<1> 日時 平成四年九月二三日午後九時五一分ころ(現地時間)
<2> 場所 アメリカ合衆国カリフオルニア州ガーデナ地区内道路
<3> 車両 被告計見運転、原告同乗の普通乗用自動車(以下「被告車」という)
<4> 事故態様 被告車が道路脇の電柱に衝突した。
2 被告計見の責任原因(被告計見との関係では争いがなく、被告会社との関係では甲一、被告計見本人による)
被告計見は、居眠り運転によつて本件事故を起こした。
3 被告計見と被告会社の関係(争いがない)
被告計見は当時被告会社の被用者であつた。
二 争点
1 被告会社の使用者責任
(一) 原告の主張の要旨
被告計見は、被告会社の命令によりアメリカに出張したもので、被告車のレンタカー代金も被告会社が負担していたこと、本件事故は被告計見が業務関係者を乗せてホテルへの帰途に発生したもので、被告会社の業務の範囲内で生じた事故である。
(二) 被告会社の主張の要旨
被告計見が原告を含む福井商会の者を被告車に同乗させたのは、当時被告計見が福井商会の者と協力して新会社を設立しようとしていたからに他ならず、本件事故は被告会社の業務とは関係のないものである。
2 過失相殺
(一) 原告の主張の要旨
原告は本件事故当時シートベルトを着用していた。
(二) 被告らの主張の要旨
原告はシートベルトを着用しておらず、このことは原告の傷害が重くなつた要因となつており、過失相殺がなされるべきである。
3 損害額全般 特に逸失利益
(原告の主張の要旨)
<1> 逸失利益 一一四九万二四六四円
原告は、本件事故により、前歯等一二本の欠損または補てつの後遺障害を残し、これは、自動車損害賠償保障法施行令別表等級表(以下単に「等級表」という)一一級四号に該当する。そして、原告が当時アマチユアではトツプクラスの自転車競技者であり、右後遺障害のために著しい能力低下が生じたことを考えると、労働能力喪失割合は二〇パーセントである。
原告の年収二五四万一四〇〇円を基礎に、六七歳までの逸失利益を算定すると、一一四九万二四六四円(二五四万一四〇〇円×〇・二×二二・六一〇五)となる。
<2> 義歯再調達費用 八〇万円
<3> 通院慰謝料 一〇〇万円
<4> 後遺障害慰謝料 五〇〇万円
<5> 弁護士費用 一五〇万円
よつて、原告は被告らに対し、<1>ないし<5>の合計一九七九万円(万未満切捨)及びこれに対する本件事故日の翌日から年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三争点に対する判断
一 争点1(被告会社の使用者責任)
(一) 裁判所の認定事実
証拠(甲一、八、原告本人、被告計見本人)及び前記争いのない事実を総合すると次の各事実を認めることができる。
<1> 被告会社は、自転車の輸出入を業とする商社であり、被告計見は同会社における北米地域担当課長の職にあつた。
<2> 被告計見は、平成四年九月、被告会社から自転車の展示会への参加、取引先との打合せのため、アメリカ出張を命じられた。そのホテル代、レンタカー代を含む旅費は出張前に被告会社から必要経費の概算額を預かつて、帰国後に清算する方式であつた。
<3> 被告計見は、平成四年九月二〇日から同月二二日までの間、カリフオルニア州で開催されたサイクルシヨーに参加し、一人で会場内に設けられたブース(仮小屋)において、被告会社の商品の宣伝販売に当たつた。
<4> 原告が当時勤務していた株式会社福井商会も、右シヨーに参加し、原告、同社社長を含む六名が被告計見とは別のブースで宣伝販売に当たつていた。被告計見は福井商会のブースにおいて通訳等の手伝いもしたが、原告と被告計見は、初対面であつた。
被告会社は福井商会の製品を販売したことがあり、本件サイクルシヨーにおいても、被告会社は福井商会が商品化しようとしていた製品を展示していた。
<5> 被告計見と福井商会の者は同じホテルに宿泊しており、被告計見は、福井商会が借りたレンタカーに同乗し、ホテルと会場を往復していた。
被告計見は、二四日までアメリカで商用があつたため、サイクルシヨーの最終日である二二日に、三日間の予定で新たにレンタカー(被告車)を借りた。レンタカーを借りること自体は、当初からの予定であり、被告会社も承知していた。
<6> 同月二三日、被告計見と福井商会のスタツフは、まず福井商会の取引先を訪問し、被告計見はそこで自分が預かつてもらつていた被告会社の商品を車に積込み続いて、被告計見の知つていた小売店や問屋を訪問した。その後、七名で食事を取つてから、福井商会のレンタカーと被告車に分乗し、原告は被告運転の被告車の後部座席に乗つた。被告計見は、ホテルに向かう途中、居眠り運転で被告車を道路脇の電柱に衝突させた。
(二) 裁判所の判断
右認定事実に照らし考えるに、被告会社と福井商会は密接とまでは言えないまでも一定の取引関係があり、サイクルシヨーの仕事において、協力関係にあつたと認められる。被告計見が原告を同乗させたのも、右協力関係に基づくものである。また、本件事故はホテルへの帰途におけるものであるが、海外出張の場合においては、その滞在自体が会社の命令に基づくものであるから、ホテルへの帰途であることから業務性が否定できるものではない。更に、被告車も被告会社の承諾のもとに、その経費において、レンタルされたものであることを考え併せると、被告計見の本件事故の際の運転行為は被告会社の業務の範囲内でなされたと認めるに十分である。
被告会社は「被告計見は、当時福井商会の者と協力して新会社を設立しようとしていた。それゆえに原告を被告車に同乗させた。」と主張している。そして、被告計見の供述、乙第二号証の中には、一部被告計見の右意図を窺わせる部分がある。しかし、それ以上に、前記サイクルシヨーでの計見の福井商会に対する協力及びその後の同被告の行動が独立計画とどのように結び付くのかという点に関する立証がなく、前記認定を覆すには不十分である。
そして、甲第一九号証及び弁論の全趣旨によれば、被告計見及び被告会社は行為地法であるカリフオルニア州法においても責任を負うと認められる。
二 争点2(過失相殺)について
証拠(乙三の一ないし四、乙六、被告計見本人)によれば、原告は本件事故当時シートベルトを着用していなかつたことが認められる。しかし、原告は後部座席にいたこと、本件事故は被告計見の居眠り運転という重過失によつて生じたものであることを考えると、シートベルト不着用はこれを考慮しないと公平を害するとまでは言えず、過失相殺の対象とはならない。
三 争点3(損害額)
(一) 裁判所の認定事実
原告の損害額を認定するにあたり、原告の負傷内容、治療経過等を確定する。
証拠(甲二ないし六、九ないし一八、二一、丙一、二、原告本人)によれば、次の各事実を認めることができる。
<1> 原告は本件事故により、前歯の損傷、右足関節打撲及び捻挫等の傷害を負い、右治療のため、(1)中辻整形外科に平成四年九月二八日から平成五年四月二七日まで通院(実日数六二日)、(2)島田病院整形外科に平成五年二月一二日から同年四月一六日まで通院(実通院日数六日)、(3)黒川鍼灸院に平成四年一〇月一〇日から平成五年二月一四日まで通院(実通院日数一六日)、(4)グローバルマツサージに平成四年一〇月二〇日から平成五年四月二三日まで通院(実通院日数九日)、(5)伊達歯科医院に平成四年九月二八日から平成五年三月一五日まで通院(実通院日数二三日)した。
<2> 歯の損傷については、事故により直接喪失した歯は前歯二本であり、一部破折歯は六本であるが、うち歯冠を四分の三以上喪失したものは無い(特に甲二一、丙一)。
<3> 原告はアマチユアの自転車競技者として優秀な成績をおさめていたが、本件事故後参加した競技においては、完走できず、これを契機として自転車競技を止め、平成五年七月二〇日ころ、前記福井商会も退職した。
(二) 裁判所の判断
<1> 後遺障害逸失利益
等級表にいう歯科補てつとは、現実に喪失しまたは著しく欠損した歯牙に対する補てつを指すと解されるところ、原告の歯の欠損は前記のものにとどまるから、原告の障害の程度は等級表一四級二号にも該当しない。
また、一定限度で歯の障害が残つたことが、競技生活を断念する契機になつたことについては、慰謝料の加算要素としては考慮する。しかし、それ以上に右障害が自転車競技者として致命的なものであつたのか、アマチユアの自転車競技者として活躍したことが原告の収入額にどの程度反映していたのか、のいずれの点についても、的確な立証はない。
したがつて、原告の逸失利益の主張は理由がない。
<2> 義歯再調達費用
立証なし。
<3> 慰謝料一〇〇万円
前記認定の原告の傷害の部位、程度、通院期間、状況の他、本件事故が競技生活を止める契機となつたことを考慮して右額を相当と認める。
<4> よつて、原告の被告らに対する請求は右一〇〇万円及び相当弁護士費用一〇万円(本件審理の内容、経過、右一〇〇万円の損害額から右額を相当と認める。)の総計一一〇万円及び本件事故の翌日である平成四年九月二四日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 樋口英明)