大阪地方裁判所 平成6年(ワ)1953号 判決 1995年1月23日
原告
松岡こと金勝基
被告
西井一志
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は原告に対し、金六八九万四九一四円及びこれに対する平成四年七月四日から支払い済みまで年五分の割合の金員を支払え。
第二事案の概要
自動二輪車が歩行者と衝突し、歩行者が傷害を負つた事故に関し、被害者から、自動二輪車の運転者に対し、自賠法三条、民法七〇九条に基づき、損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実等(証拠によつて認定する事実は証拠摘示する。)
1 本件事故の発生
日時 平成四年七月四日
場所 大阪市生野区小路三丁目一八番七号先路上
加害車 被告運転自動二輪車(被告車両)
被害者 原告
態様 信号機によつて規制された東西方向の直進路と南北方向の直進路(南北道路)が交わる交差点(本件交差点)附近で、南北道路上で、本件交差点の南側にある横断歩道(本件横断歩道)南側車道上にいた原告に、南北道路を北に向かつて直進進行していた被告車両が接触し、原告が左脛骨天蓋骨折、左腓骨骨折の傷害を負つた(事故現場附近の状況、進行方向、位置関係は甲三、傷害は甲二による。)。
2 控除
原告は、本件事故による損害の填補として、被告加入の自賠責保険から二五五万六〇七八円、被告から二〇万円の支払いを受けた。
二 争点
1 被告の責任及び過失相殺
(一) 原告主張
本件事故は、原告が、駐車車両があつたため車道上で、タクシーを呼び止めようとして停止中、右手前方にブレーキ痕の長さから制限速度時速六〇キロメートルを超える速度で走行していたと推認できる被告車両を認めたが、被告車両がそのまま直進すれば行き過ぎると思い見ていたところ、被告車両が方向を変え、原告の方に突つ込んで来たので避けることができず、原告が跳ねられたものであるから、被告の前方不注視、速度違反によるものである。したがつて、被告は民法七〇九条による不法行為責任を負う。また、被告は被告車両の所有者であることから、自賠法三条の責任を負う。
被告の過失相殺の主張は争う。原告は飲酒はしていたものの、泥酔はしておらず、右事故態様からすると、原告の過失は多くとも二割である。
(二) 被告主張
原告主張の事故態様は争う。
被告は、対面信号が青であつたので、本件交差点に向かつて直進進行していたところ、本件横断歩道南側の路肩に駐車していた二台の車両の陰から突然原告が飛出してきたので、急ブレーキをかけたが間に合わず、衝突したものであるから、被告には予見可能性も回避可能性もなく、過失がないので、責任がない。また、仮に、被告に何らかの過失があるとしても、本件事故のほとんどの原因は、対面信号が赤であるのに、急に飛出してきた原告にあるから、八割過失相殺すべきである。
2 損害
(一) 原告主張
入通院慰藉料一六〇万円、入院雑費二一万〇六〇〇円(1300円×162)、後遺障害慰藉料二二〇万円、休業損害一三七万二六三六円(22万0209円÷30×187)、逸失利益四二六万七七五六円(22万0209円×12×11.536×0.14)。
(二) 被告主張
争う。
相当入院期間は一か月で、相当通院期間は一か月であるから、入通院慰藉料は六五万円が、入院雑費は三万円(1000円×30)が、神経症状が主であるから後遺障害慰藉料は一五四万円が、休業損害は二か月分四四万〇四一八円が、それぞれ相当である。また、逸失利益も、後遺障害は神経症状が主で、運動能力の点も慣れによつて補完できるから、労働能力喪失率は当初五年一四パーセント、次の五年七パーセントに限るべきで、基礎収入についても、原告の本件事故前の就労状況が継続的ではないこと、現在就労していないことから、勤労意欲に問題があるのでその点も斟酌すべきである。
第三争点に対する判断
一 被告の責任及び過失相殺
1 本件事故の態様
(一) 前記認定の本件事故状況に、甲三、四、乙一、証人塩田の証言、原告及び被告各本人尋問の結果を総合すると、以下の事実が認められる。
本件事故現場附近の概況は別紙図面のとおりで、信号機によつて規制された東西方向の直進路と南北方向の直進路(南北道路)が交わる交差点(本件交差点)附近で、南北道路北行車線は、片側二車線で、側道があり、幅員九・七メートルである。本件事故現場は市街地にあり、歩車道の区別があり、本件事故当時は夜間であつたが、照明によつて明るく、被告車両からは、前方の見通しは良かつたが、同図面<甲>附近の駐車車両により、左側の見通しは悪く、交通は閑散であつた。本件事故現場附近の道路はアスフアルトで舗装されており、路面は平坦で、本件事故当時乾燥しており、速度は法定速度である時速六〇キロメートルに規制されていた。
被告は、被告車両を運転して、南北道路北行き走行車線上やや右側を北に向け、時速約六〇キロメートルで直進していたが、対面信号が青であつたので、そのまま進行し、同図面<1>附近に至つた際、駐車車両に気付いたが、原告には気付かず、同図面<2>附近に至り、同図面<ア>附近の原告に気付いたので、危険を感じ急ブレーキをかけ、左に車体を傾けたが、空走距離との関係もあり、結局、原告に衝突するまでにはブレーキはかからず、方向もほとんどそのままで、同図面<2>附近から約一二メートル北側の同図面<イ>附近で、原告左足首附近と接触し、左側に転倒して、被告車両は同図面<4>附近で停止した。
原告は、本件事故の前日である平成四年七月三日午後六時頃から本件事故時まで、晩酌、スナツクでの飲酒によつて、少なくともビール一八〇ミリリツトル及び中瓶二本を飲んでいたが、難波方面のプールバーに向かうためタクシーを拾おうとして、同図面<ア>ないしその西側附近で立つていたところ、南北道路北行車線追越車線上をタクシーが走行して来たのに気付き、停車させるため東側に歩行進行したところ、前記の態様で接触した。
なお、衝突時の原告の対面信号は赤で、被告の対面信号は青のままであつた。
原告は、事故現場附近の住民である塩田が救急車を呼ぶ旨述べたの対し、「いらん、引つ込んでろ。」と怒鳴り、安否を気遣いに来た被告に対し、「無謀な運転をするな、ヘルメツトを脱げ。」と怒鳴り、一発殴り、救急車で搬送された先の病院で、大声で話しており、診察した医師は泥酔状態と判断していた。
(二) なお、甲四及び原告本人尋問には、原告は本件事故の際同図面<ア>附近で停止してタクシー待ちをしていたところ、被告車両がそのままの進路では原告に衝突するはずがない位置を走行していたのに、その左側である原告側に異常に斜行し、本件事故を引き起した旨の部分があるが、原告は本人尋問において、被告車両が同図面<1>附近を進行していたことも認めており、それによると同図面<ア>附近の原告と衝突するために異常に斜行することはありえないから、原告の供述は重要な点で矛盾しており、被告本人尋問の結果に照らし採用することはできない。
また、原告は、速度の点について、ブレーキ痕からして時速六〇キロメートルを超えていたと推認すべきと主張するものの、前記認定の事故態様に甲三によつて認められる現場にはスリツプ痕がなく、擦過痕がある事実を総合すると、本件事故現場に残つていたのは被告車両が転倒して滑走してできた擦過痕であつて、ブレーキ痕とは異なるから、その主張は前提を欠き採用できない。
2 当裁判所の判断
前記認定の事実からすると、被告も、対面信号は青ではあるものの、駐車車両があつて、横断歩道附近の左前方の見通しが悪かつたから、その方向を注視し、その附近を通る際はやや減速するなどの処置をとるべきであつたのに、それらを怠つた過失があるので、民法七〇九条の責任を負う。
一方、原告は、泥酔とまではいえなくとも相当程度酒に酔つた状態で、タクシーを止める目的で、かつ、駐車車両があつたとはいうものの、横断歩道附近で対面信号は赤であるのに、右方の確認が不十分で被告車両に気付かず、あるいは、被告車両の存在に気付きながらその動静への注視が不十分で、そのまま走行車線内の右側附近まで歩行進行した過失があるから、相応の過失相殺すべきところ、その割合は、前記信号の状態、衝突位置が横断歩道附近で自動二輪車の進行方向からすると横断歩道のやや手前の停止線附近にあたること等の前記認定の事故態様からすると、八割が相当である。
二 結語
右過失割合によると、原告の主張する損害額の合計である九六五万〇九九二円を前提としても、既払い金二七五万六〇七八円を超える損害はないので、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求には理由がない。
(裁判官 水野有子)
別紙図面〔略〕