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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)5087号 判決 1994年12月21日

原告

中村仁美

被告

東雲裕志

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金二九二万一二四八円及びこれに対する平成五年四月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その七を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金一一〇〇万円及びこれに対する平成五年四月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、普通貨物自動車と自転車の衝突事故で、自転車に乗つていて受傷し、その後死亡した者の遺族から、本件事故により死亡したとして普通貨物自動車の運転者に対し民法七〇九条に基づき、所有者に対して自賠法三条に基づきそれぞれ損害賠償請求(一部請求)した事案である。

一  争いのない事実など(証拠及び弁論の全趣旨により明らかに認められる事実を含む。括弧内に適示したのは認定に要した証拠である。)

1  事故の発生

(1) 発生日時 平成五年四月二日午前一一時ころ

(2) 発生場所 大阪市西成区橘三丁目二〇番二八号先路上(以下「本件事故現場」という。)

(3) 加害車両 被告西濃運輸株式会社(以下「被告会社」という。)所有、被告東雲裕志(以下「被告東雲」という。)運転の普通貨物自動車(岐四四う一九八八、以下「被告車」という。)

(4) 被害者 自転車に乗つていた亡鷲見榮美子(以下「亡榮美子」という。)

(5) 事故態様 自転車に乗つて横断歩道上を横断中の亡榮美子と本件道路を進行中の被告車が衝突したもの

2  亡榮美子の受傷、死亡(甲七の1ないし4、八、九の1ないし3)

亡榮美子は、本件事故により骨盤骨折、左大腿骨頸部骨折、右腓骨骨折、右脛骨骨折、右鎖骨骨折、右第二、第三肋骨骨折、頭部打撲、顔面挫傷の傷害を負い、平成五年四月二日、大阪市立大学医学部附属病院(以下「市立大学病院」という。)に救急搬送され、同月六日まで入院し、同日田中外科病院に転院して同月一四日まで入院し、さらに、手術目的で同日大阪回生病院に転院したが、同年六月八日死亡した。

3  責任原因

(1) 被告会社は、被告車を所有し、自己のため運行の用に供していた。

(2) 本件事故は被告東雲の過失により発生した。

4  相続(甲二、三)

原告は亡榮美子の実子で、唯一の相続人である。

5  損害の填補

原告は、自賠責保険から一〇四七万五〇〇〇円、被告会社から治療費一九二万七三四九円の支払を受けた。

二  争点

1  過失相殺

(1) 被告ら

本件事故は、被告東雲が被告車を運転して対面青信号に従つて走行中、亡榮美子が対面赤信号にもかかわらず、これを無視あるいは看過して横断したため発生したものであるから、七割を超える大幅な過失相殺がなされるべきである。

(2) 原告

本件事故の原因は、専ら前方注視を怠り、制限速度を超えて運転した被告東雲にあり、過失相殺すべきでない。

2  亡榮美子の死亡と本件事故との因果関係

(1) 原告

亡榮美子は本件事故による受傷のため、腎機能傷害を急激に悪化させ腎不全によつて死亡したもので本件事故と死亡とに因果関係がある。

(2) 被告ら

亡榮美子は、従来から罹患していた私病である腎臓病による腎不全のため死亡したもので交通事故外傷によるものではない。仮に、本件事故との間に因果関係が認められるとしても、割合的認定がなされるべきである。

3  損害額

第三争点に対する判断

一  過失相殺

1  証拠(甲四ないし六、乙六の1ないし7、9)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 本件事故現場は、別紙図面(以下、地点の表示はこれによる。)のとおりであり、片側各三車線、制限速度時速四〇キロメートル、アスフアルト舗装された南北にのびる道路(以下「本件道路」という。)とこれに東から突き当たる道路(以下「東西道路」という。)とが交差する丁字型交差点(以下「本件交差点」という。)南詰に設けられた横断歩道上である。本件交差点には信号機が設置されているが、片方の信号機は横断歩行者宙用(従つて、車両たる自転車は直接にはこの信号機による規制が及ばないことになる。)で歩行者用信号の押ボタンを押さなければ、南行車両信号は青のままである。本件事故当時、路面は乾燥していた。

(2) 被告東雲は、普通貨物自動車を運転し、本件道路南行第二車線を時速約八〇キロメートルで進行中、本件交差点手前約七五メートルの<1>地点で対面青信号を確認し、約二五メートル進行した<2>点で東西道路から本件道路を自転車に乗って横断しようとしていた亡榮美子を五九メートル前方の<ア>地点に発見したが、亡榮美子が信号待ち停止するだろうと見込んで、右にハンドルをきつて第三車線に車線変更して進行し、さらに約三一メートル進行して<3>地点に至つた時、原告が本件交差点に進入しているのを前方三二メートルの<イ>地点に認め、危険を感じ、ブレーキをかけたが及ばず、三二・五メートル進行した<4>地点で<ウ>地点まで進出していた亡榮美子と衝突した。

衝突後、被告車は、なお一六・五メートル進行して<5>地点に停止し、亡榮美子は衝突後一九・四メートル南の<エ>地点、自転車は一七メートル南の<オ>地点にそれぞれ転倒した。

なお、本件事故現場には、被告車による右二七・二メートル、左二八メートルの二条のスリツプ痕が印象されていた。

2  右事実によれば、本件事故は被告東雲が亡榮美子の動静に対する注視を欠き、制限速度を遥かに超える速度違反による過失によつて惹起されたものではあるが、亡榮美子も押ボタン信号がある横断歩道を自転車に乗つて横断する際に自転車に対する規制が及ばないとはいえ、対面赤信号で右方の確認不十分のまま自転車に乗つて横断していた落ち度も軽視できないというべきであつて、本件道路状況等を総合勘案すると、五割の過失相殺が相当である。

二  亡榮美子の死亡と本件事故との因果関係

1  亡榮美子が本件事故で受傷したこと、本件事故後の平成五年六月八日に腎不全で死亡したことは前記記載のとおりであるところ、前掲証拠によれば、亡榮美子は平成二年九月、田中外科病院において門脈圧亢進症のため手術を受け、その際肝機能障害、腎不全が認められたこと、本件事故による多発骨折のため多量に出血し、市立大学病院で三〇〇〇ミリリツトル以上の輸血がなされたこと、本件外傷の治療中、肝機能に加えて腎機能が悪化し、人工透析を行つたが改善のないまま、死亡したことが認められる。

2  調査嘱託の回答によると、亡榮美子は前記門脈圧亢進症の手術後の経過は順調であり、本件事故当時、前記既往症が余命二か月程度の重症とは認められないが、他方で、本件事故による大腿骨頸部骨折等で二か月で死亡するケースは稀であること、体内の大きな骨に損傷を来した場合、相当多くの血液が骨髄から流出し、これら血管系から出た血球が破壊され、老廃物となつて腎臓、肝臓の濾過、代謝の作用を受け、これが既往症があるため何とかやり繰りしていた右臓器に壊滅的打撃を与えることがあること、多量の出血、ショック状態は血圧の低下による腎臓等の機能低下をもたらすことから、大阪回生病院の担当医は本件事故による外傷が腎臓機能などの悪化を来たし、余命を大幅に短くしたとするのが妥当と結論づけていることが認められる。

3  右によると、亡榮美子が死亡したことと本件事故との間には相当因果関係が認められるが、本件事故と既往症が競合して死亡したものであるから、亡榮美子の死亡による損害については、民法七二二条を類推適用して、その三割を控除するのが相当である。なお、傷害による損害については、受傷程度に照らすと、既往症の存否にかかわらず前記入院を要したものと認められ、減額することは相当ではない。

三  損害額(各費目の括弧内は原告ら主張額)

1  傷害分

(1) 入院雑費(八万八四〇〇円) 八万八四〇〇円

前記事実によれば、亡榮美子は平成五年四月二日から同年六月八日まで六八日にわたり市立大学病院、田中外科病院、大阪回生病院で入院治療をうけたものであるところ、一日当たりの入院雑費は一三〇〇円が相当であるから、八万八四〇〇円となる。

(2) 休業損害(五八万二五八三円) 二〇万二五〇九円

証拠(甲二、三、乙七の1、2)によれば、亡榮美子は、実子の原告が婚姻し独立後、本件事故当時五六才(昭和一一年四月九日生)、平成四年から株式会社アン・ブラニングで稼働し、平成五年には死亡までの三か月で二七万一七五〇円の所得を得て暮らしていたこと(主婦業をしていたと認めるに足りる証拠はない。)、本件事故後死亡した平成五年六月八日まで就労出来なかつたことが認められる。

右によると、亡榮美子の休業損害は、二〇万二五〇九円となる。

(計算式)271,750×4÷365×68=202,509

(小数点以下切捨て、以下同様)

(3) 入院慰謝料(八四万円) 八四万円

亡榮美子の前記受傷部位・程度、入院期間等によると、入院慰謝料としては八四万円が相当である。

(4) 小計

以上によると、亡榮美子の傷害分の損害は、一一三万〇九〇九円となり、未請求分の治療費一九二万七三四九円を加えると三〇五万八二五八円となり、前記過失相殺による減額をすると一五二万九一二九円となる。

2  死亡分

(1) 逸失利益(一八四二万六七四九円) 一五三五万五六二四円

亡榮美子は、死亡時五七才であつたところ、前記会社には平成四年に採用され、雇用期間も短く今後の転職の可能性に照らすと、今後一三年程度、少なくとも、平成四年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・女子労働者・学歴計五五ないし五九才の年収額三一二万七一〇〇円程度の年収を得られたであろうことが推認されるから、収入の五割を生活費として控除し、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、逸失利益の現価を算定すると、一五三五万五六二四円となる。

(計算式)3,127,100×(1-0.5)×9.821=15,355,624

(小数点以下切捨て、以下同様)

(2) 慰謝料(二二〇〇万円) 二二〇〇万円

亡榮美子の年令、家庭状況などの諸般の事情に照らすと、その慰謝料としては二二〇〇万円が相当である。

(3) 葬儀費(一二〇万円) 一二〇万円

本件事故と相当因果関係が認められる葬儀関係費用は一二〇万円が相当である。

(4) 小計

以上によると、亡榮美子の死亡分の損害は、三八五五万五六二四円となり、前記過失相殺により五割の控除をし、これからさらに既往症による三割の減額をすると一三四九万四四六八円となる。

3  損害額のまとめ

以上によると、亡榮美子の損害は、一五〇二万三五九七円となるが、前記既払金一二四〇万二三四九円を控除すると、二六二万一二四八円となる。

4  弁護士費用(一〇〇万円) 三〇万円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は三〇万円と認めるのが相当である。

四  まとめ

以上によると、原告の本訴請求は二九二万一二四八円及びこれに対する不法行為の日である平成五年四月二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 高野裕)

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