大阪地方裁判所 平成6年(ワ)6444号 判決 1998年10月13日
大阪市東成区深江北三丁目一四番三号
原告
前田金属工業株式会社
右代表者代表取締役
前田英治
右訴訟代理人弁護士
小野昌延
同
山上和則
同
松本克己
同
西山宏昭
愛知県安城市住吉町三丁目一一番八号
被告
株式会社マキタ
右代表者代表取締役
後藤昌彦
右訴訟代理人弁護士
片山欽司
同
井上尚司
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、別紙目録(二)ないし(五)記載の各シャーレンチを製造し、販売し、販売のために展示してはならない。
2 被告は、原告に対し、金二五二八万六〇〇〇円及び内金三〇四万円については平成六年七月九日から、内金二二二四万六〇〇〇円については平成九年一二月二日から、それぞれ支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
原告も被告もともに、電動式工具等の製造、販売、その他の事業を営む会社であり、トルシア型高圧ボルトの締め付けに使われる特殊電動工具であるシャーレンチを製造、販売している。
2 原告の販売する製品の形態
原告は、別紙目録(一)記載の形態のシャーレンチ(以下、「原告製品(一)」という。)を、昭和五三年三月以降現在まで製造、販売している。
また、原告は、別紙目録(一)の二記載のシャーレンチ(以下「原告製品(一)の二」といい、原告製品(一)と併せて、単に「原告製品」という。)を、昭和五八年以降現在まで製造販売している。
3 被告は、平成六年一月以降、別紙目録(二)、(三)記載の各シャーレンチ(以下、これらを併せて「変更前のイ号物件」という。)の製造、販売を開始し、また、平成七年から変更前のイ号物件を一部変更して、別紙目録(四)、(五)記載の各シャーレンチ(以下、これらを併せて「変更後のイ号物件」といい、変更前のイ号物件と併せて、単に「イ号物件」という。)の製造、販売をしている。
4 原告製品(一)の形態は昭和五六年ころには原告の出所を示す表示として周知となっており、仮にこれが認められないとしても、原告製品(一)の二の形態は、遅くとも被告が変更前のイ号物件を販売し始める以前には原告の出所を示す表示として周知となっている。
5 イ号物件の形態は、原告製品の形態と極めて類似しており、誤認、混同が生じるおそれがある。
6 被告は、平成六年一月からイ号物件を製造、販売して、少なくとも合計金二五二八万六〇〇〇円の利益を得た。
7 よって、原告は被告に対し、不正競争防止法二条一項一号、三条、四条及び五条に基づき、前記請求の趣旨の判決を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 請求原因2は争う。
原告が販売するシャーレンチは、機種が変更され、それに伴って形態も変更されている。原告のいう原告製品(一)の形態は、具体的な商品の形態ではなく、右製品に代表される形態の抽象的特徴を列挙したにすぎないものであり、商品表示の特定として失当である。
また、原告製品(一)の二は、平成三年以降は、一部の特殊用途を除いては製造、販売されていない。
3 請求原因3は認める。
4 請求原因4は否認する。
(一) 原告製品の基本的形状は、技術的機能に由来するものであって、商品表示性を取得し得ない。
(二) 原告製品と同一又は類似する形態のシャーレンチが、原告以外の複数の者から製造、販売されており、原告製品の形態は、原告製品の出所を表示する機能を有しない。
5 請求原因5は否認する。
イ号物件は、原告製品と形態が大きく異なるのみならず、色彩が異なり、さらに被告の著名商標等を付した大きなプレートが付されているから、誤認混同はあり得ない。
また、シャーレンチは高価品で専門業者が扱うものであり、基本的形状が類似することのみをもって誤認混同を招来するものではない。
6 請求原因6は認める。
三 争点
1 原告製品の形態は、商品表示として周知であるといえるか。
(一) 商品の形態が商品表示としての機能を有すると主張する場合に、その特定の具体性の程度
(二) 原告製品の形態は、平成六年一月の時点で商品表示性を取得し、周知性を獲得していたか。
2 誤認混同のおそれの有無
(一) 誤認混同が生じるか否かの判断は、流通におかれた当初の形態を比較すべきか、あるいは、その後の使用時における混同についても考慮すべきか。
(二) イ号物件の形態は、原告製品の形態と類似し、原告製品との間に誤認混同を生じるか。
四 争点に関する当事者の主張
1 争点1について
【原告の主張】
(一) 争点1(一)(商品表示の特定)について
(1) 原告製品(一)は、昭和五三年以降、原告が製造、販売してきた別紙シャーレンチ目録1ないし10記載の一連のシャーレンチに共通する形状であり、他のシャーレンチとは異なった特異な形状をしており、その特異性は、永年の使用によって二次的意味を生じ、不正競争防止法の保護の対象となる程度にまで達している。
原告製品(一)は、機種名の変遷はあったが、その製品形態の構成態様は、別紙シャーレンチ目録1ないし10に記載のとおりほぼ同一であり、その基本的形状が商品表示性を有するというべきである。別紙目録(一)に添付されている写真は、原告の最近の主力製品のものであるが、原告製品(一)の基本的形状を示す代表として選択したものにすぎない。
(2) 一般論として、商品形態は商品の具体的な形態をいうということはできるが、不正競争防止法二条一項一号によって保護される商品表示がどの程度具体的であるかについては事案ごとに異なり、抽象性を全く許容しないという硬直的なものではない。そもそも、需要者は商品形態の細部まで記憶するものではなく、商品形態が微少に変更されたとしても、残存する記憶に変更された形態が重畳して記憶として持続されるものである。前記のとおり、原告製品(一)は、従前にない全く新たな形状をした特徴のあるシャーレンチとして発売され、発売以来約二〇年間、基本的なデザインを変更することなく継続して製造、販売を続けてきており、その形態上の差異の変遷は極めて微少であって、需要者が認識し、記憶する商品表示としての法的評価としては同一と解して問題がない。
(3) 商品の模様、色彩、光沢は、たとえ形状が極めてありふれていても、その模様や色彩によって法的に保護されることがあり得るということであって、必ず常に模様や色彩まで考慮しなければならないわけではない。つまり、一定の商品の形態が周知商品表示となっているか否かは、その商品形態が需要者に認識されている使用期間の長さや知名度の高さによって異なるのであり、知名度が高い場合には、色彩に関係なく、その商品の形状のみで周知商品表示といい得るのである。原告製品(一)には、モーターハウジング部が黒色でスイッチレバーが青色のもの、モーターハウジング部がオレンジ色でスイッチレバーが青色のもの、モーターハウジング部がシルバー色でスイッチレバーが青色のものなど種々の色彩が存在し、原告の出所を表す商品表示は、色彩とは関係なく、色彩を超越した形状自体である。したがって、商品表示性を有する原告製品(一)の形態の特定としては、プレートを取り去り、色彩を捨象したもので十分である。
(4) 仮に、原告製品(一)が具体的でなく、抽象的であるがゆえに商品表示性を欠くと判断される場合には、予備的に、原告製品(一)の二を原告製品の形態であると主張する。原告製品(一)の二は、「S-6100A」、「S-6200A」という型番の商品であり、昭和五八年以降今日まで製造、販売されている。
(二) 争点1(二)(周知商品表示性)について
(1) 原告が製造するシャーレンチは、各種形態のものを合わせて市場占有率約七五パーセントを保持してきており、このうち原告製品(一)の形態を有するシャーレンチはシャーレンチ市場全体の約五〇パーセントを占めている。シャーレンチは、建設、橋梁といった極めて限られた分野で使用されるもので、販売数量の絶対量は小さく、ユーザーも限られているから、商品の販売数量や市場占有率が周知性と直結しているということができる。また、原告は、鋼構造の建築、橋梁に関連する業界誌である「鋼構造ジャーナル」に原告製品の広告を掲載しているし、鉄構技術展で原告製品(一)を展示している。
右の事実から、原告製品(一)の形態は昭和五六年ころには周知となっており、また、需要者は形態の細部までを表示的な意味で認識しているものではなく、原告が以前より販売しているシャーレンチの基本的形状の認識に重ねて認識するから、原告製品(一)の二は発売と同時に周知性を取得し、したがって、いずれにしても原告製品の形態は遅くとも平成五年末ころまでには周知性を獲得していたものである。
(2) 他社が販売するシャーレンチについて
ア 被告は、原告製品と形態が同一又は極めて類似するシャーレンチを株式会社芝浦製作所(以下「芝浦製作所」という。)が製造、販売しており、原告製品の形態は出所識別機能を有しないと主張するが、芝浦製作所が販売するシャーレンチ(以下「芝浦製品」という)は、すべて原告が製造して供給しているものである。
芝浦製品は、芝浦製作所の総合カタログの中では「東芝電動工具関連商品」のページに掲載されているし、商標も「東芝」、「TOSHIBA」ではなく、芝浦製作所のものが付されており、東芝ブランド品とは区分された取り扱いになっている。のみならず、芝浦製品には、原告と芝浦製作所の間の契約により、銘板に原告の有名な商標である「TONE」が付されているし、取扱説明書にも「製造元 TONE」と記載されており、芝浦製品の宣伝広告に、芝浦製作所が製造者であると表示されているものはない。製品にOEMがあることは常識であって、昭和五二年二月以来の長期にわたる右のような原告商標の表示により、「芝浦シャーレンチ」=「原告のシャーレンチ」、「TONEのシャーレンチ」という関係が電動工具業界では周知の事実となっている。
そして、原告がOEM供給しているのは芝浦製作所一社のみであり、販売数量の点においても原告自身の販売量と芝浦の販売量は約七:三でOEM生産の方がはるかに少ないから、芝浦製品の存在は原告製品の表示性に影響を及ぼすものではない。
右のような事実から、芝浦製品を含めて、原告製品の形状が「TONE」商標と相まって原告の出所表示として周知性を獲得しているのであるのであって、たとえ芝浦製品に原告商標「TONE」のほか芝浦の商標や商号が付加されたとしても、そのことによって原告が不正競争防止法上の法的地位を喪失することはあり得ない。
イ また、被告は、リョービ株式会社、三菱電機株式会社、京都機械工具株式会社、滋賀ボルト株式会社(以下「滋賀ボルト」という。)の各製造にかかるシャーレンチも原告製品の形態と類似しており、原告製品には何ら特異性は認められないと主張する。しかし、前三者の販売するシャーレンチはすべて滋賀ボルトの供給によるものであり、滋賀ボルト製品の形態はイ号物件ほどは原告製品に近似したものではないし、その販売数量はOEM製品を含めても少なく、原告製品の商品表示性に何ら影響を与えるものではない。
なお、滋賀ボルトは原告との間で両者の協力関係の一環として締結されている契約において、原告製品の形態が周知の製品となっていることを認め、滋賀ボルトの法律的な安全のために、いわば保険をかける意味で滋賀ボルトは原告との不争契約を締結している。
ウ さらに、日立工機株式会社は、原告が原告製品の製造販売を開始してから四年後の昭和五七年に、原告製品に酷似するシャーレンチ「H1」の製造、販売を開始したが、原告製品の形状の特異性を認め、原告との法的紛争を回避するために、短期間のうちに「H1」の製造、販売を中止した。
(3) 被告は、シャーレンチは本体部、モーターハウジング部、ハンドル部から構成されており、その配列組合せも自ずから限定されると主張するが、配列には別紙組合せ図記載のとおり、各種の組合せがあるのであって、イ号物件のような形態になる技術的必然性はない。
また、被告は、シャーレンチをH形鋼の内側に入れてトルシャーボルトの締め付けを行う、いわゆる内締めをするためには、イ号物件のような形態にならざるを得ないと主張するが、H形鋼の内締めはシャーレンチで締付するシャーボルトの使用形態の一態様にすぎず、さらに狭いところも含め、様々な接合箇所が想定されるのである。そして、被告がイ号物件の開発の主目的として挙げる三〇〇ミリメートル幅のH形鋼の内締めは、原告の製造販売にかかる「MC-3100C」でも可能であり、この形態は原告製品の形態とは明らかに異なっている。この製品の市場占有率はシャーレンチ市場全体の一〇パーセント程度に及び、決して特殊なものということはできない。また、右のような目的を達成し得る滋賀ボルト製品と比較しても、イ号物件の方がはるかに原告製品に形態が近似していることからも、技術的制約により原告製品の形状に似ざるを得ないということができないのは明らかである。また、被告は当初、イ号物件は三〇〇mmH鋼の内締めをするために開発したと主張し、具体的かつ詳細な数値を挙げてその根拠を説明していたが、正式な工法で三〇〇mmH形鋼の内締めを行う場合には、イ号物件のうち6922NBはサイズが大きすぎて使用できないのであって、被告の主張はそもそも根拠がない。したがって、三〇〇mmH鋼の内締めを行うシャーレンチを実現するためにイ号物件の形状にせざるを得なかったとの被告の主張は失当である。
また、被告は、伝達効率の関係、使いやすさの関係から原告製品の形態がとられることが多いとするが、原告は現に「M-3100」や「MDS-200」という形態が異なる製品を開発し、販売しているのであって、技術的必然性は何ら存しない。
イ号物件の形態をみると、各部の寸法は原告製品と非常に近く、しかも僅かながら寸法を小さく、重量を軽くすることにより、原告製品と比較したときのカタログ上の優位性を確保することを狙ったものであることは明らかである。すなわち、イ号物件の形態は技術的機能に由来する必然的結果ではなく、原告製品の形態をとる必要がないのに、シャーレンチ業界に再度参入するに当たり、最も売れている原告の形態表示をわざわざ模倣し、もって被告は、原告製品の商品表示に化体された他人の営業上の信用を自己のものに取り込んで、顧客の獲得を行っているのである。
【被告の主張】
(一) 争点1(一)(商品表示の特定)について
(1) 原告は、原告製品(一)の商品形態の商品表示性を「<1>本体部とソケット部を水平に連接し、これに垂直に略『T字形』になるようにモーターハウジング部を配置し、<2>モーターハウジング部とハンドル部とで『角張ったD字形』を形成するようにハンドル部を配置したシャーレンチ」であると主張するが、これは、原告の販売するシャーレンチ中の特定のものの形態を取り上げ、その商品表示性を主張しているわけではなく、原告の販売するシャーレンチに共通する抽象的な特徴を取り上げて主張しているにすぎない。しかしながら、商品形態とは商品の具体的な形態をいうものであって、商品の形態の抽象的な特徴は商品表示には当たらない。そして、原告の販売するシャーレンチの形態は、別紙シャーレンチ目録1ないし10に記載のとおり、すべて異なるのであって、そうすると、何をもって原告製品(一)とするか特定されていないことになり、何がイ号物件と混同を生じるかについても明らかでないから、原告の主張はそれ自体失当である。
また、原告が予備的主張として挙げる原告製品(一)の二は、「S-6100A」、「S-6200A」であるが、これは平成三年以降は製造、販売されていない。したがって、被告がイ号物件の製造、販売を開始した平成五年当時は製造販売していない製品の形態をもって商品表示とすることは失当である。
(2) 原告は、原告製品から色彩、プレート等を一切捨象した、形状のみをもって商品表示であると主張するが、よほど特異な形状でなければ、形状のみで商品表示性を取得するなどということは考えられない。流通に置かれた商品について、取引者や需要者が認識し、記憶するのは形状だけではなく、色彩、材質、模様、ロゴマーク、ネームプレート等を包含した商品の外見なのであって、商品形態を論じる場合、これらを総合して判断すべきである。そして、原告製品は、原則として黒色と銀色が基調とされており、これが特徴といって差し支えない。したがって、色彩を省略した形状のみで商品表示とすることは許されない。
(二) 争点1(二)(周知商品表示性)について
(1) 商品形態自体が商品表示性を取得するか否かは、その形態が極めて特殊独自のものであるか否か、その形態が長年継続的かつ排他的、独占的に使用されてきたか否か、形態自体が強力に宣伝されたか否か等の諸要素を総合判断して決すべきものである。
(2) 原告製品の形態の非独占的使用
次のとおり、原告製品と同一または類似のシャーレンチが市場に流通しており、原告製品の形態が独占的排他的に使用されてきたものとはいえない。
ア 原告製品と同一ないし極めて類似した形態の商品が、芝浦製作所より遅くとも昭和五五年ころより現在まで、「芝浦電動シャーレンチ」の名称で継続して製造、販売されており、東芝電動工具カタログにも記載されている。原告は、芝浦製品は原告のOEM製品であり、原告の製造にかかるものであると主張するが、仮にそうであるとしても、原告製品と同一又は極めて類似した形態のシャーレンチが、一方は原告ブランドの製品として、他方は芝浦ブランドの製品として流通に置かれた場合、需要者は当該商品を出所が異なるものと考えるのが当然である。芝浦製品は、業界誌においても独自の宣伝をし、そこでは原告のOEM製品であるなどとは表示されていないし、業界誌自身も芝浦製品を原告製品と区別して独自の製品として取り扱っている。さらに、芝浦製品のカタログには「改良のため予告なしに設計変更する場合がありますのでご了承ください。」と記載されているから、取引者、需要者は、芝浦製作所で製造していると考えるのがむしろ自然であり、現に、シャーレンチを使用する現場においても原告製品と芝浦製品は全く別の製品として認識されている。したがって、原告が、原告製品のOEM生産の受注をした段階で商品表示機能を喪失するのは明らかである。
原告は、芝浦製品には原告の商標が表示されていると主張する。しかし、芝浦製品のプレートには、芝浦製作所の商標が大きく印字されているほか、芝浦電動シャーレンチ、株式会社芝浦製作所の記載があり、その隅に小さい字で「TONE」の文字が附記されているにすぎない。東芝ないし芝浦製作所の著名度と右記載の仕方からすれば、仮に「TONE」が原告商標であったとしても、取引業者ないし需要者は芝浦製品を東芝ないし芝浦製作所製造にかかるものと認識するのは当然である。また、芝浦製品が、カタログ中の「東芝電動工具関連商品」のページに掲載されていたとしても、カタログには芝浦製作所の製品ということが表示されているだけであって、「TONE」の表示も、原告からのOEM製品であるという説明もないのであるから、需要者が芝浦製作所の製品と区別して理解するはずがない。
イ さらに、市場には、原告製品と類似する形態であるシャーレンチが芝浦製品の外に三菱電機製品、リョービ製品、京都機械工具製品、滋賀ボルト製品として流通している。原告は、滋賀ボルトについては原告製品と類似した製品を販売することを許諾したものであり、三菱電機製品、リョービ製品、京都機械工具の製品は滋賀ボルトから供給されたOEM製品であるというが、そうだとすると、原告は市場において、原告製品と同一又は類似の形態を有するシャーレンチが、芝浦製品のほかに三菱電機製品、リョービ製品、京都機械工具製品、滋賀ボルト製品として流通することを容認したことになる。
ウ そして、これらの各製品の市場占有率は明らかでないが、仮に原告の主張によるとしても、原告製品及び芝浦製品の市場占有率は五〇パーセント程度であり、そのうち芝浦製品が一五パーセント以上を占め、また、滋賀ボルト製品及び滋賀ボルトが供給しているとする製品の市場占有率は約二〇パーセントであるから、原告製品が群を抜いた市場占有率を有しているということはできないのである。
エ このように、特定の商品と形態が同一又は類似する商品が市場に多数存在するようになった場合には、当該商品の形態は出所の認識手段となり得ないことは当然である。
(3) 商品の実質的な機能を達成するための構成に由来する形態の商品表示非該当性
ア 不正競争防止法が、周知の他人の商品表示と同一又は類似の商品表示を使用して他人の商品と混同を生じさせる行為を差止請求の対象としているのは、そのような商品表示に化体された他人の営業上の信用を自己のものと顧客に誤認させて顧客を獲得する行為を不正競争行為として防止する趣旨であって、その商品表示を付された他人の商品本体が有している形態、構成や、それによって達成される実質的機能をその商品主体の専有として、他者の模倣、利用から保護することを目的とするものではない。そして、商品形態自体が商品表示と認められ、同号に該当する場合には、他の商品表示の場合と異なり、当該商品の販売等そのものが差し止められることになるから、その形態が実質的機能を達成するための構成に由来するとき、すなわち技術的制約等のために似ざるを得ない場合には、その形態、構成による同一機能の商品等の販売が禁圧されることになる。そうすると、当該商品に化体された他人の営業上の信用を保護するというに止まらず、当該商品本体が本来有している形態、構成やそれによって達成される実質的機能、効用を、差止請求権者に独占利用させることになる反面、相手方には予定された以上の制約を与え、市場の競争形態に与える影響も同号が予定したものとは全く異なる結果が生じることとなる。
したがって、商品の実質的機能を達成するために由来する形態、即ち技術的制約等のために似ざるを得ない商品形態は同号の商品表示には該当しないものと解すべきである。
イ シャーレンチは、鉄骨造りの建築物のH形鋼の接続のために使用されるトルシャーボルトをナットで締め付ける電動工具であるが、シャーレンチは、ソケット部、本体部、モーターハウジング部及びハンドル部から構成され、それらをどう配列するかによって形状が定まることになるから、その形態も自ずから限定される。すなわち、片手で操作できるいわゆるピストル形の電動工具においては、特殊用途に用いられるものを除外して考えた場合、一般的には、本体部を中心にして、ハンドル部はそれに垂直の方向に配置されるべきであるから、あとは<1>モーターハウジング部を本体部に垂直、ハンドル部を平行にするか、<2>モーターハウジング部を本体部に平行、ハンドル部を垂直に置くかに限定される。
しかし、<2>はモーターハウジング部と本体部が離れることになるので、回転の伝達にロスが生じやすく、使いやすさの面からも<1>の形状が採られることが多い。他社のシャーレンチも<1>の形状を採用しており、原告製品に何ら特異性は認められない。被告の製造、販売する製品においても、シャーレンチの他、ハンマードリルや電動ケレン等において<1>の形状を採用しているものが多い。
このように、右のとおり<1><2>の形態の選択があり得るが、そのいずれもシャーレンチの実質的機能を達成するための構成に由来するものであり、このうち<1>を採用している原告製品の形状は、機能面と使い勝手の面から、この種電動工具においては一般に採用されているありふれた形状であって、商品表示性を取得するものではない。
ウ 被告のイ号物件の設計思想も同様であり、小型の鉄骨構造物に多く使用される三〇〇ミリメートル程度のH形鋼の内締め作業やかち上げ作業に対応できるシャーレンチを開発するため、(ア)できるだけ小型化して狭い場所でも使用ができるようにすること、(イ)軽量化すること、(ウ)トルク(回転動力)の伝達効率を高めること、(エ)ハンドルを握ったときのバランスをよくし、使い勝手の良いものとすること等に主眼を置いて設計を行った。
そこで、イ号物件の開発に当たって、まずモーターを小型化するとともに力の伝達効率をよくするために本体部とソケット部を一列に配置し、それぞれ短くかつ小型化し、次に、モーター部の回転動力をギヤ部へ効率よく伝達するとともに、製品全体の長さを短くするために、モーターハウジング部を本体部に垂直に配置し、さらに、ハンドルを握ったときのバランスをよくし、かち上げ作業に便利なように、モーターハウジング部を本体部の中央に配置した上で、ハンドル部の上端を本体部後方下端に、下端をモーターハウジング部下部に装着させることにしたのである。
エ 原告は、イ号物件の機能を発揮するための構成は他の形態でも実現可能であると主張する。確かに、原告製品のS-3100やM-3100Cが三〇〇mmH形鋼の内締め作業をできることは事実であるが、これは、特殊用途のものであり、トルク(回転動力)の伝達効率が悪く、また余分の部品が必要となることから原価も割高になり、故障しやすいと考えられたため、被告が汎用機種をまず一機種だけ開発しようとする際には、到底採用できるものではなかった。しかも、この形状については、イ号物件の開発に着手する以前の昭和六三年一〇月一二日に原告によって意匠登録されており、この形状のシャーレンチを開発することは法律的にも不可能であった。また、滋賀ボルトの「TSW-60L」や「TSW-80L」は、三〇〇mmH形鋼の内締めをできる大きさであるか疑問があるし、右二機種に採用されている首振り構造は、滋賀ボルトによって特許登録されており、これを採用することもできなかった。
オ したがって、モータハウジング部を本体部に垂直に、ハンドル部に平行に配列するいわゆるピストル形シャーレンチにおいては、イ号物件のような形状にするのが技術的必然であり、これに対応する原告製品の形状は、シャーレンチの実質的機能を達成するための構成に由来する形態であるから、商品表示に該当するものではない。
(4) 原告製品の周知性の欠如
原告製品は、前記のとおり、群を抜いた市場占有率を有するわけではなく、その形状が商品表示として周知性を有するということはできない。
原告は、「鋼構造ジャーナル」に昭和五六年以降広告を出していると主張するが、右の雑誌の読者のうちシャーレンチの需要者はごく一部であり、その広告内容も、原告製品のうちの一機種が他の商品と同様の取扱いで掲載されているにすぎない。また、原告は、鉄構技術展に原告製品を展示したとするが、同展示会における原告のブースは会場全体に比し僅かなもので、原告の他の商品とともに原告製品を展示したにすぎないから、原告製品を目にしたのは来場者のうちの僅かにすぎないことは想像に難くない。さらに、同展示会にはレンタル会社が被告や滋賀ボルトのシャーレンチも展示したということであり、原告製品の形態が来場者にインパクトを与えたとは考えられない。
そのほか、原告製品の形態が周知性を有するとの立証はない。
(5) このように、原告製品の形態は、原告において排他的、独占的に使用されてきたものでもなく、また、その形状はシャーレンチの実質的機能を達成するための構成に由来する形態であり、商品表示性を有するということはできず、さらにその形態が原告の出所を示す表示として周知であるということもできない。
2 争点2について
【原告の主張】
(一) 不正競争防止法二条一項一号にいう「その他の商品又は営業を表示するもの」の類似は、対比すべき二つの商品の出所につき混同を生ずるおそれがあるか否かを考慮して決すべきであるが、一般需要者は、商品購入の際過去に購入した商品の容器包装の詳細を記憶しているものではないし、二つの商品が常に同時に並べられ、容器包装の細部にわたり比較可能な状態で販売されているわけでもない。したがって、混同を生ずるかを検討するにあたっては、商品を全体的に、離隔的に観察すべきであって、容器包装の形状・記載等が取引者や需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して、その容器包装のイメージを構成する主要な特徴部分において共通すれば、その容器包装は全体として混同されるおそれがあり、類似するものといわなければならない。
また、不正競争防止法における混同は、単に「購入」時のみならず、購入後の「使用」の段階でも生じるものであり、同法の保護はかかる「使用」の段階にも及ぼすべきものである。なぜなら、そうでなければ、表示に化体された信用ないし出所指示力を保護するという法の目的が十分達せられないからである。
(二) 原告製品とイ号物件の比較
(1) 原告製品とイ号物件とを対比すると、イ号物件は、細部を巧みに違わせて原告製品と異なった印象を与えるように努めているが、イ号物件の形態が原告製品の形態に類似していることは明らかである。仮に被告の主張するような形態上の相違点があったとしても、全体的観察ということからすると、これらはいずれもシャーレンチの現実ユーザーにとって些細な相違点であり、原告製品とイ号物件は類似しているというほかない。
そして、需要者の印象、記憶に残るのは形状であって、色彩・ラベル、銘板・光沢感は、それが特別に突出して表現されていない限り、印象、記憶に残ることはない。
(2) 色彩について
ア 前記のとおり、原告製品には、モーターハウジング部が黒、オレンジ、シルバーの三色が、また、ハンドル部も黒のものとシルバーのものがあるから、原告製品の形態の商品表示性については色彩は問題とならないというべきである。
被告は、イ号物件に用いられている青色は「マキタブルー」として著名であると主張するが、電動工具に青色を使用しているのは被告のみではない。また、被告の製品のすべてにマキタブルーが使われているわけではなく、色々な青色、他の色が使用されている。「マキタブルー」なる色彩は、一部の取引者が知るのみで、需要者の大部分は単純な青色と「マキタブルー」なる色との区別など認識していない。そもそも色彩のみで出所を指示するほどのものになることは極めて困難である。
被告が著名なのは、木造建築業界であって、シャーレンチを使用する鋼構造建築業界ではなく、分業化が進んでいる現場では、被告の製品の使用頻度は低く、知名度もないし、そもそも色でメーカーを識別する習慣が業界には全く存しない。
イ そして、シャーレンチが現実に使用される建築現場では、色があせてしまう場合や、油や塵埃などの汚れで色が目立たなくなる場合があり、また、ユーザーやレンタル業者が自己所有のシャーレンチであることを示すために、モーターハウジング部やシャーレンチ全体に塗装を施す場合などがあり、これらの場合、修理やクレームに関与する現実のユーザーが認識する商品は、色彩と無関係となる。
(3) 商標の表示
被告は、イ号物件には被告商標を付したプレートが貼付されていることから、原告製品と誤認混同を生ずることはあり得ないとするが、そうとは一概には言い切れない。商標、商号の差が混同に影響することは勿論であるが、商品に接する者の全員が誤認混同する必要はないのであって、単にプレートを貼付すれば形態模倣の責を免れるというものではない。どのような商品でも、商品自体又は商品の包装箱に商標を付していないケースはほとんどないから、商標を付した場合には誤認混同がないとすれば、形態の模倣は保護されないことになる。不正競争防止法において形態の保護を肯定した判決のほとんど全事件で商標の付与を無視しているのは、周知表示の保護は販売時だけではなく、販売後にも混同を生じ信用を害するに至る場合を含むからである。加えて、販売後に混同を生ずる場合、次の購入に影響を与えることにも留意すべきであるが、シャーレンチは作業現場で荒く使用されるのであって、プレートがいつまでも付されているという保障はないし、また、プレートの表面が摩耗して字が読めなくなるというケースもあり得るのである。
イ号物件に付された二枚のプレートも、商品全体から見ればさほど目立たないものであり、かつ、シャーレンチという商品の用途及び機能によれば、主としてその形状に着眼して取引が行われることを考え併せると、右のようなプレートがあるということは印象にも残らないので、商品の出所について混同のおそれがあるという結論を左右するものではない。
一般的に、形状の模倣の程度が高いほど、商標の違いが目立っても誤認混同のおそれが大きいのであって、本件のように、イ号物件が原告製品に酷似している場合には、商標の違いはさほど問題とならない。
(4) 商品の性質
被告は、シャーレンチが高価品であることから購入するには十分な調査がされ、商品が類似しているとしても混同を起こすおそれがないとする。しかし、建設業、鉄工業の職人は、シャーレンチを自ら購入するよりは会社から与えられることが多く、現場には無造作に混在することすらあるし、職人が作業自体に習熟しているとしても、シャーレンチについて必ずしも高度な知識を有しているとはいえない。また、オフセット印刷機などとは異なり、シャーレンチのように作業者が手中で操作できる小型工具の場合には、商品の形態自体がかなりの程度に商品の価値を決するといえるから、誤認混同のおそれはある。
(5) 変更後のイ号物件
イ号物件の設計変更は、商品の形態とは色彩等を包含する概念であるとの被告の主張を拠り所にして色の変更を行ったものであり、また、形状の模倣の程度が高いほど、商標の違いが目立っても誤認混同のおそれは大きいのであって、設計変更後のイ号物件も離隔的観察による実体はこれまでと全く変わらず、依然として出所の誤認を生じるものである。
(三) イ号物件は原告製品の形状の印象、記憶、連想を脱し、類似性を脱することを得ず、仮に被告の商標が大きく表示されていても、原告の許諾を得た製品あるいは原告のOEM製品が登場したくらいに受けとられる、広義の混同の可能性が十分ある。
【被告の主張】
(一) 争点(一)について
原告は、誤認混同は商品購入時のみならず販売後使用時の混同も問題となると主張するが、不正競争防止法二条一項一号は、販売拡布輸出における誤認混同を防止することを目的としており、そこにおける商品は商取引の対象となるものを指すのであるから、汚れや色あせ、第三者が塗装したもの、あるいはプレートがはずれたり表面が摩耗したりしたような流通の対象とならない商品間の誤認混同が問題となることはない。
ちなみに、「購入時」に混同がなかったものが「購入後使用段階」で混同が生じたとすれば、それは購入後使用時までの間に第三者による何らかの作為が商品に加えられたからであって、そのような場合に当初の製造販売者が責任を負ういわれはない。
(二) 争点(二)について
(1) 不正競争防止法の保護対象は、あくまで実際に取引の対象となっている商品の形態である。商品形態とは、商品の外観の態様のことであり、その形状のみならず、模様(図柄)、色彩(色相、明度、彩度等)、質量感、光沢感などを包含する概念である。形状についても、正面だけでなく、背面、左右側面、上底面からの形状のほか、前後方斜めからの形状も重要である。
(2) イ号物件と原告製品の形態の比較
原告製品とイ号物件を比較すると、以下のとおり、その形態にも随所に相違点が見られ、全体的なイメージも原告製品に比較してイ号物件は洗練されたイメージを受け、明らかに両者は識別可能で、出所の混同を生じるおそれはない。
ア モーターハウジング部の形状について、原告製品は、略円筒形をしているのに対し、イ号物件は、略四角柱状をしており、角部は全てU字状の凹部を施している。
イ 本体部のうちギヤケースの形状について、原告製品は表面に凹凸がないが、イ号物件には装飾的なフィン形状の凹凸を施している。
ウ モーターハウジング部上方の風窓について、原告製品ではモーターハウジング部上面に上向きに風窓が設けられているのに対して、イ号物件では、モーターハウジング部上部三面に横向きにスリット状の多数の風窓が設けられている。
エ ギヤケース背面の形状について、原告製品はかぎ穴状であるのに対し、イ号物件はつりがね状になっている。
オ ハンドル部の形状について、原告製品は直線的であるのに対し、イ号物件では全体的に丸みを持たせた形状をしている。
(3) 色彩、材質の違い
ア 変更前のイ号物件は、モーターハウジング部を「マキタブルー」にし、ハンドル部を黒色、本体部、ソケット部を銀色ないしグレー色の、金属色にしており、黒色と銀色を基調とする原告製品との差異は一見して明らかである。変更後のイ号物件は、さらにハンドル部も「マキタブルー」になっている。特にイ号物件に施されている青色は他のメーカーが使用している青色とは異なり、「マキタブルー」と呼称される、若干緑色を混合したマンセルの色基準によると10BG3/6とされる色で、被告のイメージカラーとして被告の製造販売する製品の多数に施されている。被告は電動工具の国内シェア三〇数パーセントを占めるトップメーカーであり、「マキタブルー」は電動工具のユーザーの中では著名なもので、右青色の電動工具を見れば、その製品がイ号物件であることは一目瞭然である。シャーレンチは鉄骨組立工事に用いられる専門家用の商品であって、これを取り扱う取引業者及び需要者は、シャーレンチの外、被告の製造、販売にかかるインパクトレンチや切断機、ドリル類、ハンマードリル、ディスクグラインダー等を取り扱うことも多く、マキタブルーが施されたイ号物件を、概ね黒色とシルバー色を基調とし金属感覚の原告製品と見間違えることなど全く考えられない。
また、スイッチレバーの色については、イ号物件はオレンジ色であるのに対し、原告製品は青色である。イ号物件のハンドル部は黒色であるから、スイッチレバーのオレンジ色は特に目立つ配色とされており、原告製品とイ号物件の相違は明らかである。
イ イ号物件の材質は、マキタブルーのモーターハウジング部、ハンドル部及び本体部のうちの下部ギヤケース部、スイッチレバーがいずれも合成樹脂製品、本体部のうちの上部ギヤケース、インターナルギヤと、ソケット部のうちのアウターソケットホルダーが金属製品、プロテクター部がゴム製品であるのに対し、原告製品の材質はスイッチレバー、プロテクター部を除きすべて金属製品であって、両者は見た目、手触りによっても容易に識別できる。
また、右のような材質の違いから、イ号物件は二重絶縁構造であるのに対し、原告製品は一重絶縁構造であるため、原告製品にはコードの先にアースクリップが付けられている。
(4) 商標、商号の表示
変更前のイ号物件のモーターハウジング部の中央部には、左側に黒地で白抜きのローマ字で被告のマキタという商標を付したプレート(一三ミリ×五〇ミリ)が、右側に赤地に白抜きのローマ字でマキタという商標と黒地に白抜きの製品規格表示及び白地に黒字の被告の商号を記載したプレート(三二ミリ×六五ミリ)がそれぞれ張り付けられている。
さらに、変更後のイ号物件は、モータハウジング部の中央部に、左側に赤地に白抜きのローマ字で被告のマキタという商標を表示したプレート(一五ミリ×六五ミリ)が、右側に赤地に白抜きのローマ字でマキタという商標と黒地に白抜きの商品規格表示及び白地に黒字の被告の商号を記載したプレート(三二ミリ×六五ミリ)が、さらに本体部後端面に赤地に白抜きのローマ字で被告のマキタという商標を表示したプレート(一一ミリ×四三ミリ)が、それぞれ貼付されている。変更後のイ号物件は樹脂部分を全てマキタブルーに統一し、更に従前製品よりも大きく鮮やかにかつ一個所多く、被告の商号商標を表示したものである。これを、マキタブランドとマキタブルーを知る建設業界並びに鉄骨業界の人々が、原告製品と誤認するなどということはあり得ない。
他人の商品と同一又は類似の形態の商品であっても、商標、商号、容器、包装などの商品形態以外の表示を他人のものと違えることにより、出所混同のおそれが解消されれば、違法でないと解すべきである。
(5) シャーレンチの製品としての特性
シャーレンチを購入する者は主として建築、土木橋梁、鉄骨業者及びレンタル業者であり、実際に使用するのは建築等の業者の従業員及び下請業者のとび職の人々である。そして、シャーレンチは一台二〇~三〇万円もする高価な機械で、ほとんど鉄骨組立作業時に一時的、集中的に使用されるものであり、建築業者が自ら購入するのはまれで、主にレンタル業者が購入しているものである。レンタル業者は、どのシャーレンチがどのメーカーのものであるかは熟知しており、誤認混同はあり得ない。また、このような高価品を購入するに際しては、いわゆる消耗品のように単にその形態を一見しただけで選択購入するものではなく、そのメーカー名、製品の機能性、安全性、堅牢性等を充分に調査検討の上、製品を選択して購入するのが通常であって、仮に商品が類似していても混同を起こすおそれはない。
(6) 以上のとおり、イ号物件は、その形状自体についても原告製品との相違点が多いのみならず、原告製品との出所の混同を避けるため、色彩、材質を異にし、商標、商号を明示しているのであって、イ号物件がマキタブランドを周知する取引業者及び需要者において取引ないし使用されることを考えれば、出所の誤認混同を招くおそれなど考えられない。
第三 当裁判所の判断
一 原告製品(一)について
1 争点1(一)について
(一) 商品の形態は、商品の機能を合理的に発揮させるため、あるいは、商品の生産を効率的に行うためや、さらには商品の美感を高めるため等の理由により適宜選択されるものであり、本来的には商品の出所を表示する目的を有するものではない。しかし、当該商品が長期間特定の営業主体より継続的、排他的に供給されることにより、あるいは、短期間であっても強力に宣伝広告されることにより、当該商品の形態自体がその出所を表示する二次的意味を持つに至ることがある。このような場合には、商品の形態が、不正競争防止法(以下「法」という。)二条一項一号にいう「商品……を表示するもの」に該当するということができる。
そして、法二条一項一号が、他人の商品表示として広く認識されているものと同一若しくは類似の商品表示を使用した商品の譲渡等を不正競争行為としているのは、右のような商品表示に化体された他人の営業上の信用を自己のものと顧客に誤認混同させて顧客を獲得する行為を不公正な競争として禁圧することを目的とするものと解される。したがって、ここでいう商品表示とは、商品を個別化し、特定の出所を認識する手段たる形象であるというべきであり、その出所を認識することが可能な表示として全体的一体性を有し、独立の個別化力を有するものでなければならないが、このような識別表示としての実質的同一性を維持し、同一の出所を観念し得る限りにおいては、その表示自体に微細な変更が加わったとしても、同一の商品表示として評価し得ると解すべきである。これは、商品の形態自体が商品表示としての二次的意味を持つに至った場合にも同様であり、当該商品の形態に微細な変更が加わったとしても、その商品の形態のうち、右のような識別表示として機能する基本的部分に変更がなく、一連の商品の全体的な印象から、需用者が当該形態を同一の出所を表すものであると認識し得る限りにおいては、継続して同一の出所を識別する表示性を維持しているものと解すべきである。
(二) そして、別紙シャーレンチ目録記載の各シャーレンチは、原告が商品表示として特定する、<1>本体部とソケット部を水平に連接し、これに垂直に、略「T字形」になるようにモーターハウジング部を配置し、<2>モーターハウジング部とハンドル部とで「角張ったD字形」を形成するようにハンドル部を配置したシャーレンチという点では共通した形態を有すると認められるから、これが商品表示として保護されるかどうかは別として、原告が右の形態的特徴の共通性を、法二条一項一号にいう商品表示としていることをもって、原告製品(一)の形態が特定を欠くとする被告の主張は採用できない。
2 争点1(二)について
(一) 前記のとおり、法二条一項一号が、周知の他人の商品表示と同一又は類似の商品表示を使用して他人の商品と混同を生じさせる行為を差止請求の対象としているのは、そのような商品表示に化体された他人の営業上の信用を、自己のものと顧客に誤認、混同させて顧客を獲得する行為を不正競争行為として防止する趣旨であって、商品形態自体や、それによって達成される実質的機能をその商品主体の専有として保護することを目的とするものではない。しかし、商品形態自体が商品表示と認められ、これに類似する形態を有する商品の販売等が法二条一項一号に該当するとされる場合には、他の商品表示の場合と異なり、当該形態を有する商品の販売等そのものが差し止められることになるから、その商品形態が商品の実質的な機能を実現するための構成に由来するときは、結果として、その形態、構成による同一機能の商品を製造、販売することが禁圧されることになる。したがって、このような場合には、商品表示に化体された他人の営業上の信用を保護するというに止まらず、当該商品本体が本来有している形態、構成やそれによって達成される実質的機能、構成を、他者が商品として利用することを許さず、差止請求権者に独占的に利用させることとなり、同一商品についての業者間の競争それ自体を制約する結果を生ずる。
このように、商品の実質的機能を達成するための構成に由来する形態を法二条一項一号の商品表示と認めて、同号を適用することは、実際には同号が本来予定した保護を上回る結果を差止請求権者に与えることになる反面、相手方には予定された以上の制約を加え、市場の競争形態に与える影響も同号が予定したものと全く異なる結果を生ずることになるから、商品の実質的機能を達成するための構成に由来する形態は、法二条一項一号の商品表示としては保護されないものと解するのが相当である。
(二) そこで、これを本件について検討すると、甲第一三号証、第一九号証、第二六号証、第二七号証、検甲第一号証、第二号証、乙第二〇号証並びに証人松村昌造、同八木則人及び同井上亘弘の各証言によれば、次の事実が認められる。
(1) 原告が製造、販売する別紙シャーレンチ目録1ないし10記載のシャーレンチは、次のとおりの基本的形状の共通性を有している。
ア 本体部、ソケット部、モーターハウジング部、ハンドル部の四つの構成要素からなる。
イ 本体部は、(a)ハウジング、インターナルギヤ、アウターソケットホルダが同軸上に水平に連結されて構成され、(b)ハウジング下部には、モーターハウジング部及びハンドル部がそれぞれ結合されている。
ウ ソケット部は、本体部のアウターソケットホルダに同軸上に着脱自在に嵌合し、連結されている。
エ モーターハウジング部は、その上端部が本体のハウジング部に垂直に結合し、本体部とモーターハウジング部がいわば「T字形」を形造っている。
オ ハンドル部は、(a)一端(上部)が水平に配置された本体部のハウジング下部に結合し、(b)他端(下部)は、垂直に配置されたモーターハウジング部の下部と連結し、(c)取り付けられたハンドル部の状態が正面視で「角張ったD字形」となっており、(d)ハンドル部の握り面の内側、即ちハンドル部とモーターハウジング部の間の空間側にはスイッチ及びエジェクトレバーが設けられている。
(2) 原告製品の右のような製品形態は、次の理由により採用されている。
ア 原告製品(一)は、狭いところで使うために、本体部及びソケット部を短くし、モーターハウジング部を本体部とソケット部の中央に置いて小型になるように設計している。
イ モーターハウジング部を本体部とソケット部の中央に置いているのは、本体部の下端の一番末端に付けるよりは安定感があり、モーターハウジング部をギヤ部の末端に付けて、それからハンドル部をはみ出すようにする場合は、ハンドルが回転しない限りは、かち上げ作業(シャーレンチを下から上へ持ち上げて行う作業)が困難になるからである。
ウ ハンドル部を本体部の末端に付けると、本体部とソケット部の長さにハンドル部の長さが加わることから、小型のH形鋼の内側に右部分を入れて行う内締めには適さないため、ハンドル部を本体部の下端に連結して、ソケット部と本体部とを内締め作業の際にH形鋼の内側にも入るように考慮している。
(3) また、イ号物件は、前記(2)記載の原告製品(一)の基本的形状を有するが、このような形状を採用した理由は次のとおりである。
ア 本体部のうち、インターナルギヤ部、上部ギヤケース、下部ギヤケースには遊星歯車が含まれており、これは機械の構造上一列に配置しないと成り立たないことから、本体部とソケット部を一列に配置し、また、内締めを可能とし、かつ、かち上げ作業を容易にするために、ソケット部と本体部をできるだけ短くした。
イ 本体部の後ろにモーターハウジング部を配置すると、その分だけ長くなり、小型のH形鋼の内締めが不可能になり、かち上げ作業も困難になること、力を伝達する際の伝達ロスをできるだけ少なくするためには、モーターハウジング部を本体部にできるだけ接近させる必要があること、一番重量のあるソケット部と本体部の重心の近くにモーターハウジング部を置くことがバランスの点で合理的であることから、ギヤ部とソケット部の中央に垂直にモーターハウジング部を連結し、ハンドル部の一端を本体部の下に取り付け、他端をモーターハウジング部の後部に取り付ている。
(三)(1) 右の事実からすれば、原告製品の形態のうち、本体部が一列配置とされているのは内部構造上の制約からであり、本体部の中央に垂直にモーターハウジング部が直接連結され、T字形を形成しているのは全体のバランスを良くし、動力の伝達の際の伝達ロスを少なくするため、また、かち上げ作業を行いやすくするためであり、ハンドル部の一端を本体部の下方末端部に取り付け、他端をモーターハウジング部の後部に取り付けているのは、内締め作業を行いやすくするためであるということができる。
そうすると、原告が主張する原告の出所を示す商品表示としての原告製品の特徴である「<1>本体部とソケット部を水平に連接し、これに垂直に、略『T字形』になるようにモーターハウジング部を配置し、<2>モーターハウジング部とハンドル部とで『角張ったD字形』を形成するようにハンドル部を配置したシャーレンチ」という構成は、いずれも実質的機能を達成するためのものであるといわざるを得ない。
(2) この点、原告は、他の形態でも右と同様の機能を実現することは可能であり、技術的必然性は何ら存しないと主張する。
ア しかし、乙第三七号証並びに証人松村昌造及び同井上亘弘の各証言によれば、原告が他の形態として主張する別紙目録(六)記載の形態のシャーレンチは、かち上げ作業に使用しやすいものの、モーター部が下部にあり、モーター部からハンドル部を通ってギヤ部に回転力が伝達することになるため、モーター部とギヤ部が直結している形態の場合よりも、力の回転力の伝達にはロスが生じて効率が悪く、また、動力伝達手段として軸やシャフト等が必要となり、部品数が多くなることにより原価が高くなる、また、長い距離を軸を通して力を伝達することにより、軸のねじれなどが発生し、故障する確率が高くなるという欠点を有することが認められる。
イ また、証人井上亘弘の証言によれば、滋賀ボルト製品は、ハンドルが回転するという機能を有し、かち上げ作業は容易であることが認められるが、モーターハウジング部の取り付け位置がギヤ部とソケット部の重心と合っていないため、ハンドルを持ったときのバランスが悪くなり、また、ハンドルが回転しない場合には、かち上げ作業が困難となることが認められる。
ウ さらに、証人井上亘弘の証言によれば、別紙目録(七)の形態を有するシャーレンチは、ハンドル部の一端がギヤ部の後方に取り付けられ、他端がモーターハウジング部の後方に付けられている形状であるが、狭いH形鋼の内締め作業が困難になるのみならず、モーターハウジング部の取り付け位置も、ギヤ部とソケット部の重心からずれているため、バランスが良くないという欠点があることが認められる。
エ 原告は、別紙組合せ図記載の組合せを挙げ、組合せ形態は多数あり、現実に製品化されているものも多いと主張するが、本件製品のように製品を小型化できてH形鋼の内締め作業やかち上げ作業が比較的容易であり、全体のバランスが良く、かつ本体部とモーターハウジング部が直接連結していて力の伝達効率が良い形状は、同図の組合せ1、12、15、16程度であり、これらの組合せの形状の相違はハンドル部の有無、位置にあるところ、一般的な作業における扱いやすさを考えれば、原告製品の形態が最も使いやすいものであることは一見して明らかである。
(四) このように、原告製品(一)の形態的特徴は、すべて実質的機能を達成するための構成に由来する形状というべきであって、右機能と同等の機能を他の構成で実現することは困難というべきである。特に、本件のようなシャーレンチにあっては、現在の技術水準を前提にする限り、その全体形状は、ソケット部、本体部、モーターハウジング部及びハンドル部の四部材を配置する組合せによって決まるのであり、その基本的配置態様はもっぱら機能的必然性に支配されるものであって、このような場合にその抽象的な基本的構成態様については、商品表示としては保護されないものと解するのが相当である。
(五) そうすると、原告製品(一)の形態は、実質的機能を達成するための構成に由来する形態であるということができるから、法二条一項一号の商品表示としては保護されないというべきである。
二 原告製品(一)の二について
1 争点1(二)について
(一) 甲第一三号証及び別紙目録(一)の二添付の写真によれば、原告製品(一)の二は、
(1) 本体部は、ほぼ中央部で段差が設けられ、表面がなめらかに仕上げられたアルミ製かまぼこ形のギアハウジング部と鉄製黒色円筒形のインターナルギヤ、アウタソケットホルダからなり、これらとソケット部を順次水平に連結し、ギヤハウジング前半部に黒色アルミ製の略円筒形状のモーターハウジング部を垂直に配列し、
(2) 上部はギヤハウジング部後半分に、下部はモーターハウジング部の下部に断面略四角柱状の直線で処理された銀色アルミ製のハンドルを連結し、
(3) モーターハウジング部右側中央に、原告商標、原告商号、製品規格を表示したプレートを付したシャーレンチ
であると認められる。
(二) 原告は、右の原告製品(一)の二について、色彩・材質の如何、ラベル・銘板の存否・大小を捨象した形態を、商品表示として特定する。しかし、このように解すると、原告製品(一)の二の形態は、まさにその外形的な基本的形状であるということになり、この基本的形状は、原告製品(一)の形態と異ならないから、実質的機能を実現するための構成に由来する形態であって、商品表示として保護されないことは、前記一2で述べたとおりである。
2 争点2について
(一) そこで、原告製品(一)の二の形態を、前記1(一)で具体的に認定したものであるとして、イ号物件と誤認混同のおそれがあるかを検討する(原告製品(一)の右形態が、法二条一項一号の周知商品表示に該当するか否かについては、ひとまず措く。)。
(二) 争点2(一)について
前記のとおり、法二条一項一号が、周知の他人の商品表示と同一又は類似の商品表示を使用して他人の商品と混同を生じさせる行為を差止請求の対象としているのは、そのような商品表示に化体された他人の営業上の信用を自己のものと顧客に誤認、混同させて顧客を獲得する行為を不正競争行為として防止する趣旨であるから、同号における誤認、混同を論じる場合には、もっぱら当該商品が流通に置かれ、取引の対象となる状態における商品が比較されるべきであって、当該商品が使用時において誤認、混同を生じ、しかも当該商品の品質が著しく劣るなどのために、周知商品表示の主体の信用を毀損するなどの特段の事情がない限りは、流通に置かれた段階での商品で比較して誤認混同が生じるか否かを判断すれば足りるというべきである(なお、原告は、使用時の誤認・混同が次回の購入時の行動に影響を及ぼすと主張するが、その点も結局は流通段階における誤認・混同の有無として検討すれば足りるというべきである。)。
そして、本件全証拠によっても、本件において、右のような特段の事情があると認めるに足りる証拠はないから、本件では、誤認混同のおそれの有無については、取引の対象となる商品について比較すれば足り、塗装がされたり、プレートがはがれたりした商品についての誤認、混同も考慮すべきであるとの原告の主張は採用できない。
3 争点2(二)について
(一) 甲第一三号証、第二五号証の一ないし三、乙第二号証の一ないし八、第三号証の一ないし八、第二五号証の一ないし八、第二六号証の一ないし八、第三八号証、検甲第八号証、検乙第一号証によれば次の事実が認められる。
(1) 変更前のイ号物件の形態は、別紙目録(二)、(三)添付の写真のとおり(ただし、目録(二)、(三)の背面の写真では後記の製品規格等を記載したプレートがはずされている。)、
ア 本体部は、後半分に三本のフィン形状の凹凸を施した銀色のつやのないアルミ製かまぼこ形の上部ギヤケース部、グレー色鉄製円筒形のインターナルギヤ部、黒色鉄製円筒形のアウタソケットホルダ部からなり、これらと、同じく黒色鉄製円筒形のソケット部を順次水平に連結し、上部ギヤケースの下部に黒色樹脂製で三側面に縦長のスリット上の多数の風穴を設けた下部ギヤケース部を取り付け、同部前半分下部にやや緑がかった青色の樹脂製で四隅をU字状の凹部とした略四角柱のモーターハウジング部を垂直に配置し、
イ 上部は黒色の下部ギヤケース部後部下部に、下部はモーターハウジング下部に、全体がなめらかな曲線で処理された黒色の樹脂製ハンドル部を連結し、
ウ モーターハウジング部の中央部に、左側に黒地に白抜きのローマ字で被告商標を付したプレート(一三ミリメートル×五〇ミリメートル)が、右側に赤地に白抜きのローマ字で被告商標を付し、黒地に白抜きの製品規格表示並びに白地に黒字の被告商号を記載したプレート(三二ミリメートル×六五ミリメートル)が張り付けられているシャーレンチ
である。
(2) 変更後のイ号物件の形態は、別紙目録(四)、(五)添付の写真のとおり、
ア 本体部は、後半部に三本のフィン形状の凹凸を施した銀色のつやのないアルミ製かまぼこ形の上部ギヤケース部、グレー色の鉄製円筒形のインターナルギヤ部、銀白色鉄製円筒形のアウターソケットホルダからなり、これらに、同じく銀白色鉄製円筒形のソケット部を順次水平に連結し、上部ギヤケースの下部に銀色のつやのないアルミ製で三側面に縦長のスリット上の多数の風穴を設けた下部ギヤケース部を取り付け、同部前半分下部に緑がかった青色の樹脂製の四隅をU字状の凹部として略四角形状のモーターハウジングを垂直に配列し、
イ 上部は銀色のつやのないアルミ製の下部ギヤケース部後部下部に、下部はモーターハウジング下部に全体がなめらかな曲線で処理された緑がかった青色の樹脂製のハンドルを連結し、
ウ モーターハウジング部の中央部に、左側に赤地に白抜きのローマ字で被告商標を表示したプレート(一五ミリメートル×六五ミリメートル)が、右側に赤地に白抜きのローマ字で被告商標と、黒地に白抜きの商品規格表示及び白地に黒字の被告商号を記載したプレート(三二ミリメートル×六五ミリメートル)が、さらに上部ギヤケース部後端面に赤字に白抜きのローマ字で被告商標を表示したプレート(一一ミリメートル×四三ミリメートル)を付したシャーレンチ
である。
(二) また、検甲第一号証、乙第六号証ないし第九号証、第二〇号証、第三七号証ないし第三九号証並びに証人井上亘弘及び同八木則人の各証言によれば、次の事実が認められる。
(1) シャーレンチは、一台当たり二〇万円から三〇万円する、鉄骨の組立に用いる高力トルシャーボルトを締める特殊工具であり、需要者は主として建築、土木橋梁、鉄骨業者及びレンタル業者である。そして、シャーレンチは、鉄骨組立作業時に一時的、集中的に使用するのみのものであり、作業中に故障した場合に修理に出すと作業に支障が生じることから、保守点検が十分にされており、故障した場合に代替機の入手が容易なレンタル品が利用される頻度が高い。
(2) 被告は、電動工具の製造販売を主たる業務とする会社であり、最近数年の売上高は一〇〇〇億円を超え、そのうち電動工具の占める割合は約八七パーセントである。被告の電動工具の国内シェアは三〇ないし四〇パーセントを占めると推定されている。被告は、昭和四一年ころから二重絶縁構造のプロ用の携帯用電動工具の樹脂部分に、マンセルの色基準で10BG3/6とされている、青色に若干緑色を混合した「マキタブルー」と称する独自の色を多く使用している。プロ用の携帯用電動工具のうち、この色を使用したものは、種目別では、平成六年で約六〇パーセント、平成八年では約七〇パーセントに上り、生産量では、平成八年度で約六八パーセントとなる。なお、被告が製造販売する携帯用電動工具のうちプロ用の占める割合は、平成九年度で八四パーセントである。
(3) 原告が販売するシャーレンチの中には、モーターハウジング部をオレンジ色にしたものもあるが、カタログに掲載されている原告製品(一)はすべて黒色と銀色を基調とした色彩である。
(三) 右に認定した各事実からすると、原告製品とイ号物件は、その基本的形状は類似するものの、黒色と銀色を基調とする原告製品(一)の二の形態とイ号物件の色彩は明らかに異なり、被告製品に用いられている色彩は、大手電動工具メーカーである被告が自己の製品に多く用いている色彩であって、誤認混同のおそれは少ないものと認められる。また、シャーレンチは、専門職が使用する特殊電動工具であって、安価な商品ではなく、主たる取引先はレンタル業者や建築、土木橋梁、鉄骨組立等の業者であることから、その製品の購入に当たっては、機能、製造業者、形状による用途適合等を比較検討するのが通常であると推認される。そして、原告製品にもイ号物件にもモーターハウジング部に商標等を記載した比較的大きなプレートが貼付されていることから、商品の出所を容易に識別でき、特に、変更後のイ号物件は、モーターハウジング部の左右両面に加えて、背面にもプレートが貼付され、大きく被告商標が表示されているから、被告製品が被告の製造にかかるものであることは一層明らかであるということができる。
そうすると、単に基本的形状が類似することをもって、イ号物件と原告製品(一)の二の商品主体の誤認混同が生じるとはいえない。
この点原告は、甲第二九号証ないし第三一号証のアンケート結果及び甲第三七号証ないし甲五五号証アンケート結果を挙げ、イ号物件と原告製品の誤認、混同が現に生じていると主張するが、前者は銘板を外したイ号物件の白黒写真をもってアンケートを行ったものであり、また、後者はカラー写真ではあるものの、塗装され、銘板が半分取れかけたイ号物件の写真をもってアンケートを行ったものであり、右に述べたところから、採用することができない。
三 以上によれば、原告の請求はその余の点を判断するまでもなく、理由がない。
(平成一〇年七月七日口頭弁論終結)
(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 高松宏之 裁判官 水上周)
目録(一)(原告製品(一))
別紙写真のとおり、<1>本体部とソケット部を水平に連接し、これに垂直に、略「T字形」になるようにモーターハウジング部を配置し、<2>モーターハウジング部とハンドル部とで「角張ったD字形」を形成するようにハンドル部を配置したシヤーレンチ。
<省略>
<省略>
<省略>
目録(一)の二(原告製品(一)の二)
別紙写真に示される形状のシヤーレンチ。ただし、色彩・材質の如何、ラベル・銘板の存否・大小はいずれも問わない。
<省略>
<省略>
目録(二)(変更前のイ号物件 6920NB用)
別紙写真に示される形状のシャーレンチ。ただし、色彩・材質の如何、ラベル・銘板の存否・大小は、いずれも問わない。
<省略>
<省略>
目録(三)(変更前のイ号物件 6922NB用)
別紙写真に示される形状のシャーレンチ。ただし、色彩・材質の如何、ラベル・銘板の存否・大小は、いずれも問わない。
<省略>
<省略>
目録(四)(変更後のイ号物件 6920NB用)
別紙写真に示される形状のシャーレンチ。ただし、色彩・材質の如何、ラベル・銘板の存否・大小は、いずれも問わない。
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目録(五)(変更後のイ号物件 6922NB用)
別紙写真に示される形状のシャーレンチ。ただし、色彩・材質の如何、ラベル・銘板の存否・大小は、いずれも問わない。
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目録(六)
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目録(七)
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シヤーレンチ目録1
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シヤーレンチ目録2
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シヤーレンチ目録3
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シヤーレンチ目録4
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シヤーレンチ目録5
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シヤーレンチ目録6
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シヤーレンチ目録7
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シヤーレンチ目録8
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シヤーレンチ目録9
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シヤーレンチ目録10
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組合せ図
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