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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)6781号 判決 1996年1月25日

原告

光田兆男こと廬兆男

ほか一名

被告

日動火災海上保険株式会社

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

被告は、原告らに対し、各金一二五〇万円及びこれらに対する平成五年三月二三日から支払済みまで年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。

第二事案の概要

一  本件は、自損事故により光田一也こと廬一也(以下「一也」という。)が死亡した事故に関し、同人の両親である原告らが、被告に対し、右事故を理由に保険契約に基づく保険金を請求した事案である。

二  争いのない事実

1  一也は、被告との間で、平成五年二月七日、次の内容の自家用自動車総合保険契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(一) 被保険者 廬一也

(二) 被保険自動車 トヨタセリカGT―R(三河五三つ四四三三)

(三) 保険期間 平成五年二月七日午後四時から平成六年二月七日午後四時まで一年間

(四) 種類・金額 自損事故 一名一五〇〇万円

搭乗者傷害 一名一〇〇〇万円

2  一也は、平成五年二月一八日午前一時ころ、被保険自動車を運転中、愛知県西加茂郡三好町大字三好字弥栄一番地一先路上において、道路左側の電柱に激突する自損事故を起こして死亡した(以下「本件事故」という。)。

本件事故後の検査によると、一也の血液中に一ミリリツトルにつき〇・四八ミリグラムのアルコールが含有されていた。

3  一也の相続人は、両親である原告らであり、原告らは、一也の財産上の地位を法定相続分(二分の一)に従つて相続した。

4  本件契約の自家用自動車総合保険普通保険約款第二章自損事故条項三条一項二号及び第四章搭乗者傷害条項二条一項二号には「被保険者が酒に酔つて正常な運転ができないおそれがある状態で被保険自動車を運転しているときに、その本人について生じた傷害については、保険金を支払わない」旨の規定がある(以下「本件免責条項」という。)。

三  争点

本件事故が本件免責条項に当たるか。

(被告の主張)

本件事故は、一也が血液中に前記量のアルコールを含有する状態で被保険自動車を運転し、制限速度の時速四〇キロメートルを大幅に超える高速度でほぼ直線に近い道路を走行中、道路左側の路外に逸走し、コンクリート基礎に乗り上げてから電柱に激突し、同車が大破して停止したというものであるから、本件免責条項に該当する。

(原告らの主張)

本件免責条項にいう「酒に酔つて正常な運転ができないおそれがある状態」とは、道路交通法一一七条の二第一号の「酒に酔つた状態(アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態)」と同旨であつて、右条項は同法六五条(酒気帯び運転等の禁止)一項の規定に違反した者を前提にしているから、結局、同法一一九条一項七号の二及び同法施行令四四条の三により血液一ミリリツトルにつき〇・五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態にないときは、本件免責条項は該当しないものと解すべきところ、本件では、一也の血液中のアルコール含有量は一ミリリツトルにつき〇・四八ミリグラムであつて、右含有量に達しないから、一也には本件免責条項の適用はない。また、前記量のアルコールでは一也の運転能力にほとんど影響がなく、本件事故態様からみても、一也が運転する被保険自動車の走行速度もせいぜい時速六〇キロメートル程度であつたと推定されるから、本件免責条項に当たらない。

第三争点に対する判断

一  本件事故が本件免責条項に当たるか。

1  前記争いのない事実及び証拠(甲二、三の1、2、乙一の1ないし4、二の1ないし3、八の1ないし4、一〇ないし一三、検乙一ないし三〇、証人塩見薫、同中原輝史、鑑定結果)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 一也は、同じ会社の寮仲間であつた塩見薫と、本件事故前日である平成五年二月一八日午後七時前後ころから寮で一緒に夕食を取りながら酒を飲んでいた(一也は、酒が好きで、飲むと陽気になつた。)。途中、塩見は、飲酒のせいで気分が悪くなり、寮の部屋に戻つたこともあつて、一也の酒量については、全く分からない旨供述している。午後一〇時半か一一時ころ、一也は、塩見を誘い、もう一人友人を加えてカラオケバーに行くことになり、助手席に塩見を乗せて被保険自動車を運転してカラオケバーに向かつた(もう一人の友人は、自分の車で行つた。)が、そこでは、一也ら三人は全くアルコール類を飲まず、一也はいわゆるハイの状態で陽気に歌を歌つて他の二人とともに一時間程度を過ごし、翌日(本件事故日)午前一時ころ、帰路についた。一也は、行きと同様、助手席に塩見を乗せ、テープを聞き歌を歌いながらハイの状態で運転し、カラオケバーから約一四〇メートル北進した交差点を右折し、多少のカーブがあるものの、ほぼ直線に近い道路を東進し、本件事故を起こした。

本件事故の翌日、愛知県警察本部科学捜査研究所において行われた一也の血液(約三ミリリツトル)の鑑定結果によれば、アルコール含有量は、一ミリリツトルにつき〇・四八ミリグラムであつた。

(二) 本件事故現場付近の状況は、別紙図面のとおりである。現場付近の道路は、やや左にカーブした片側一車線(車線幅三メートル)のアスフアルトで舗装された平坦な路面であり、制限速度時速四〇キロメートルで、前方の見通しはよいが、夜間は暗い。道路左端には幅〇・二メートルの縁石、その左には幅一・四メートルの歩道、更にその左には、別紙図面の位置に、民家の高さ二メートルのブロツク塀、高さ〇・六メートルのコンクリート基礎、NTT越幹二四の電柱、高さ〇・七メートルの花壇とハイツビユー三好の建物がある。また、本件事故当時は、晴れで路面は乾燥していた。また、交通量も比較的閑散としていた。

(三) 本件現場には、別紙図面のとおり、一也が走行していた車線の反対車線の右端から一也の進行方向からみて斜め前方にかけて中央線を少しはみ出たところまでと、同じく反対車線の右端から前方一〇・五メートルの辺りに滑り痕跡があり、前者の長さは、実況見分調書現場見取図(乙二の3)に一六・六メートルと記載されている(なお、被保険自動車の本件事故直前の速度を鑑定した鑑定では、右見取図の縮尺に照らして図上計測した二六・五メートルを前提にしている。)。また、別紙図面のとおり、被保険自動車が路外に飛び出した際に生じたものと推認される前記ブロツク塀とコンクリート基礎に破損が認められ、被保険自動車は、本件事故により、前記花壇の上に乗りかかり、ハイツビユー三好の建物とNTT越幹二四の電柱の間に車体を「く」の字にして停止した。

(四) 助手席に同乗していた塩見は、本件事故直前、被保険自動車がかなりの速度を出して走行し、その速度ははつきりとは分からないが、時速一〇〇キロメートル前後出ていた旨供述している。

また、被保険自動車の本件事故直前の速度の鑑定結果によれば、滑り痕跡の長さ二六・五メートル、右痕跡末端部と破損された前記ブロツク塀の位置、右痕跡がやや左向きに湾曲して印象されていたこと等の事情から、右痕跡は、高速・急ブレーキによる車輪ロツクに伴うタイヤ(右後輪)の横滑り痕であると推測され、さらに、転動状態が生じた距離、車体の損傷状況なども考慮して、被保険自動車の本件事故直前の速度を上下一〇パーセントの誤差を見込んだ上で時速一〇〇キロメートル(右痕跡の長さを一六・六メートルとすれば、時速八六・八キロメートル)と推定されている。

2  以上の事実によれば、一也が本件事故の数時間前に飲酒し、そのアルコール血中濃度は、一ミリリツトルにつき〇・四八ミリグラムであつたが、その酒酔いの程度としては、第一度(微酔・血中濃度〇・〇五~〇・一五パーセントあるいは一ミリリツトルにつき〇・五~一・五ミリグラム)に属しないが、一也の前記症状及び右血中濃度に照らせば、第一度にほとんど近い症状であつたこと(第一度の症状は、抑制がとれ、陽気になり、決断が速やかとなる。したがつて、誤りも出る。また、血中濃度〇・五パーセントのときの反応時間は、正常時の二倍になる。)、前記速度鑑定の結果及び塩見の供述からすれば、本件事故直前の被保険自動車の速度は、時速一〇〇キロメートル前後出ていた可能性があり、少なくとも実況見分調書の現場見取図に記載された滑り痕跡の長さ一六・六メートルを前提にしたとしても、時速八六キロメートル程度の速度は出ていたと推認できること、本件事故現場ば、深夜で交通量が閑散とし、やや左カーブがあるものの、見通しのよい道路であるから、運転者は、アルコールの影響がなくても、ある程度スピードを出して運転する可能性はあるが、本件事故現場は、夜間は暗く、道路幅もそれほど広くはなく、制限速度時速四〇キロメートル規制があるのに、一也は、右のとおり制限速度を倍以上も上回る速度を出して運転し、しかも、前記した本件事故の痕跡等に照らせば、自らの車線を大幅に逸脱して反対車線に進入し、そこからさらに左前方に進行し、結局、道路左側に逸走したことからすれば、単なる速度の出しすぎによる運転操作の誤りとはいえず、一也の右運転操作には、アルコールの影響があつたものと認めざるを得ない。

なお、原告らは、本件免責条項の「酒に酔つて正常な運転ができないおそれがある状態」とは、道路交通法一一七条の二第一号の「酒に酔つた状態」と同旨であり、右条項は同法六五条一項の規定に違反した者を前提にしているから、右条項に該当するには、アルコール血中濃度が血液一ミリリツトルにつき〇・五ミリグラム以上でなければならない旨主張するが、道路交通法一一七条の二第一号は、右数値未満でも同法六五条一項に違反している者であればよく、右解釈としては、外観上身体にアルコールを保有していることが認知できれば足りると解されているから、右主張はその前提を誤つており、採用できない。

3  以上から、本件事故は、一也が酒に酔つて正常な運転ができないおそれがある状態で被保険自動車を運転しているときに生じたものであり、本件免責条項に該当するから、被告の主張には理由がある。

二  以上によれば、原告らの請求は理由がないからこれを棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木信俊)

別紙図面

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