大阪地方裁判所 平成6年(ワ)7521号 判決 1995年8月25日
原告
中島健
ほか二名
被告
田村育子
ほか一名
主文
一 被告らは、連帯して、各原告に対し、それぞれ金八二一万四三〇一円及びこれに対する平成四年一月一五日から支払い済みまで年五分の割合の金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告らは、連帯して、原告中島健に対し、一五四五万〇八二五円及びこれに対する平成四年一月一五日から支払い済みまで年五分の割合の金員を支払え。
二 被告らは、連帯して、原告平木利子に対し、一五四五万〇八二五円及びこれに対する平成四年一月一五日から支払い済みまで年五分の割合の金員を支払え。
三 被告らは、連帯して、原告加藤英夫に対し、一五四五万〇八二五円及びこれに対する平成四年一月一五日から支払い済みまで年五分の割合の金員を支払え。
第二事案の概要
普通貨物自動車が歩行者と衝突し、歩行者が死亡した事故について、被害者の遺族から、普通貨物自動車の運転者に対し、民法七〇九条に基づき、運行供用者に対し、自賠法三条に基づき、損害賠償を一部請求した事案である。
一 争いのない事実等(証拠によつて認定する事実は証拠摘示する。)
1 本件事故の発生
発生日時 平成四年一月一五日午前六時二〇分頃
発生場所 大阪府枚方市長尾元町六丁目二六番先路上
加害車両 普通貨物自動車(京都四〇ら七一〇七)(被告車両)被告育子運転
態様 被告車両が、路上を歩行中の中島清(亡清)と衝突したもの。
2 被告らの責任
被告育子は、本件事故の際、最高速度である時速四〇キロメートルを超える時速四五キロメートル以上で走行し、運転免許条件である眼鏡等の着用なく、被告車両を運転し、本件事故を引き起こしたものであるから(乙一の9、10、12ないし14、19)、民法七〇九に基づき、本件事故による損害を賠償する責任がある。
被告長治は、被告車両の所有者であつて、本件事故当時、その運行の用に供していたから、自賠法三条に基づいて本件事故による人身損害を賠償する責任がある。
3 亡清の傷害及び死亡
亡清は、本件事故によつて、外傷性硬膜外及び硬膜下血腫、右側頭骨骨折等の傷害を受け、平成四年一月一五日中村病院を経て、関西医科大学附属病院救命救急センターに入院し、同年二月一五日新世病院に転院し、同年四月三〇日まで同病院で入院治療を受けていたが、同日、右各傷害によつて死亡した(甲一二ないし一七の各1)。
4 相続
原告らは、亡清の子らであつて、他に、亡清の相続人はない(甲二ないし一一)から、それぞれ、亡清の損害賠償債権を三分の一ずつ相続した。
5 既払い
被告らは、原告らに対して、本件事故に基づく損害賠償として、合計五八九万八四六四円を支払つた。
二 争点
1 過失相殺
(一) 被告ら主張
亡清にも、交差点を横断するに際して、左右の安全を確認する義務があるのに、これを怠つた過失があるところ、被告車両進行道路が幹線道路かつ優先道路で、被告車両がヘツドライトを点けており、亡清からの安全確認が容易であつたこと等を考慮すると、亡清の過失は二割を下るものではない。
(二) 原告ら主張
争う。
被告車両進行道路は幹線道路ではなく、車両との関係では優先道路であるものの、歩行者との関係では優先関係にない。また、亡清は老人であつて、非常にゆつくりでしか横断できないこと、対向車線側から横断しているので、横断開始から本件事故まで距離的・時間的間隔があること、被告車両進行道路は直線道路で、前方の見通しを遮る障害物はなかつたこと、そうであるのに、被告育子は免許条件である眼鏡等をかけていなかつたこともあつて、僅か一五メートル手前に至るまで亡清を発見していないこと、被告車両は最高速度時速四〇キロメートルを超える時速四五キロメートルで走行していたことからすると、本件事故は、被告育子の一方的な過失に基づくものである。
2 休業損害及び逸失利益
(一) 原告ら主張
(1) 休業損害 一〇六万八五六三円
亡清は、生前賃料取立業務を含むアパート管理業務に従事していたので、平成四年の男子八三歳の賃金センサスによる年収三六四万五一〇〇円を基礎として算定すべきである。
364万5100円÷365×107=106万8563円
(2) 逸失利益 六七九万三〇五四円
アパート管理業務に関する逸失利益 三三九万二四九四円
364万5100円×0.5×1.8614=339万2494円
厚生年金に関する逸失利益 三四〇万〇五六〇円
141万6900円×0.5×(平均余命5.64の新ホフマン係数)=340万0560円
(二) 被告ら主張
争う。
賃料収入は、原告らが不動産を相続することによつて現在も取得しており、アパート管理業務に関する損害の発生自体認められない。厚生年金受給権の喪失も、労働の対価でなく、受給者本人及びその者の収入に依存する家族に対する生活保障のため支給されるもので、亡清には扶養親族はいなかつたので、逸失利益とすることは相当でない。
3 相続税
(一) 原告ら主張
相続税を算定するには、不動産価額は時価を基準とし、時価の算定にあたつては土地は路線価がある場合はこれにより評価し、建物は固定資産の評価額とするのが原則であるが、例外的に、相続開始前三年以内の取得の場合には、土地・建物いずれも取得額を相続時の時価とすることとなつている。
亡清は、本件事故により、八三歳で死亡したところ、その平均余命は五・六四年であるから、本件事故がなければ、その期間生存するのが通常であつた。
亡清死亡によつて、原告らが相続した土地は、亡清が、平成元年一二月八日に代金二五〇〇万円で購入したものであり、原告らが相続した建物三棟は、亡清が同月頃新築したものであるところ、右死亡により、相続税の計算において、相続開始前三年以内の取得として、右土地の取得額は二五〇〇万円、右建物三棟の取得価額総額は前記新築請負代金三五九九万八〇〇〇円とされ、相続財産全体では合計金六〇九九万八〇〇〇円と評価されるに至つた。
仮に本件事故がなければ、相続税評価額は右三年以内の特例の適用を免れ、土地につき、路線価に従つて、一五〇四万四六二二円、建物につき、固定資産評価額に従つて、総額一〇〇八万二〇一七円とされ、相続財産全体では合計二五一二万六六三九円と評価されたものである。
このように、評価額が増加したことに伴い、原告らは相続税を合計九一〇万二九〇〇円余分に支払わざるを得なくなつたものであるから、これも本件事故により発生した損害といえる。
(二) 被告ら主張
争う。
原告らが相続した亡清の遺産の評価を取得価額によつたとしても、それは、時価額からみて正当なものであるから、損害ということはできない。
そもそも、相続税の課税をどのようにするか、その際に遺産を如何に評価するかといつた問題は、国の施策に関するところであるから、相続開始三年以内の取得である場合、取得価額をもつて評価するという課税方法が妥当なのかは、個人間の損害賠償問題として賠償責任を負わせることによつて解決すべき問題ではない。
仮に、百歩譲つて、これが損害であるとしても、これを予見することは不可能な特別損害であつて、相当性に欠ける。
4 その他の損害
(一) 原告ら主張
治療費(診断書料も含む。)五〇四万〇四六四円、入院雑費一三万九一〇〇円、入院付添費五六万二一二〇円、入院慰謝料一七〇万円、死亡慰謝料二二〇〇万円、葬儀費用一二〇万円
(二) 被告ら主張
治療費、入院付添費は認め、その余は知らない。
第三争点に対する判断
一 過失相殺(争点1)
1 本件事故の態様
前記認定の事故態様に、乙一の9、10、12ないし14、19、弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。
本件事故現場は、東西に延びる片側一車線、幅員約七・二メートルの直線路(東西道路)に、北方向から幅二・三メートルの農道、南方向から幅三・八メートルの道路が交差する、信号機によつて規制されていない交差点(本件交差点)付近で、その概況は別紙図面のとおりである。本件事故現場は非市街地にあり、本件道路は歩車道の区別があり、交通は閑散であつた。東西道路上の本件交差点西側からは、前方、右方の見通しは良かつたが、左方の見通しは悪かつた。東西道路はアスフアルトによつて舗装されており、路面は平坦で、本件事故当時乾燥しており、最高速度は四〇キロメートルによつて規制されていて、優先道路であつて、駐車及び追越しのためのはみ出し走行が禁止されていた。本件事故は、日の出時間である午前七時五分の前である六時二〇分頃に起こつたものの、水銀灯があつたため、交差点付近はある程度見通せ、照射実験の結果も総合すると、被告育子は、ライトを下向きに点灯していても、別紙図面<2>附近(以下符号のみで示す。)より手前で、<ア>より南側の亡清を見通せた。
被告育子は、免許の条件として眼鏡等が必要であつたが、この時は眼鏡等を装着せず、被告車両を運転して、本件道路東行車線上を東に向け、時速約四五キロメートルで直進していたが、<2>で、<ア>を歩行横断中の亡清(本件事故当時八三歳)を認め、急ブレーキをかけたものの、及ばず、<3>に至り、<イ>の亡清と<×>で衝突し、<4>で停止したところ、亡清は<ウ>に転倒した。
2 当裁判所の判断
前記認定の事実からすると、亡清にも、車道上を横断歩道のない場所で横断するに際して、左右の安全確認を怠つた過失があつたと推認されるので、過失相殺すべきところ、本件道路が幹線道路ないし住宅商店街のある道路に該当しないこと、亡清が老人であること、被告育子には時速五キロメートルの速度違反、眼鏡等の条件違反という著しい過失があることからすると、その割合は五パーセントをもつて相当と認める。
二 損害(争点2ないし4、なお争点2、3に関するもののみ指摘する。)(円未満切り捨て)
1 治療費(診断書料も含む。)五〇四万〇四六四円、入院付添費五六万二一二〇円
当事者間に争いがない。
2 入院雑費一三万九一〇〇円
甲一三ないし一七の各1、三〇、原告健本人尋問の結果によると、亡清は、本件事故による傷害により、本件事故当日である平成四年一月一五日から同年四月三〇日までの一〇七日間入院していたことが認められるところ、一日当たりの入院雑費は一三〇〇円と認めるのが相当であるから、左のとおりとなる。
1300円×107=13万9100円
3 休業損害(争点2) 三五万一七八〇円
甲一八ないし二二、二三の1、2、乙一の11、原告健本人尋問の結果によると、亡清(本件事故当時八三歳)は、本件事故当時、長男である原告健一家と同居していたが、平成元年ころから不動産賃貸業を初め、三軒の一戸建て住宅を賃貸し、平成三年一月に妻が死亡してからは、その家賃の取り立て、貸家の周りの掃除や草取り、そこに送られてくる宅配便や小包等の受取や水洗トイレの浄化槽の清掃等の管理一切に従事していたこと、家賃収入は月合計二四万円であつたこと、亡清の死亡後は、原告健の妻が家事のかたわら右貸家の管理にあたつていることが認められる。これらの事実からすると、亡清が生前携わつていた貸家管理労働は、一月当たり一〇万円と評価するのが相当であるから、その一〇七日分の休業損害は、右のとおりとなる。
10万円×12×107÷365=35万1780円
4 入通院慰藉料 一五〇万円
甲一二ないし一七の各一、二四、三〇、原告健本人尋問の結果によつて認められる、亡清の傷害の程度、症状の経過、被告らの対応に照らすと、右額が相当である。
5 死亡逸失利益 三一四万四八一九円(争点2)
3で認定の事実からすると、本件事故当時八三歳の亡清は、平均余命の半分程度の二年間、一月当たり一〇万円(一年当たり一二〇万円)に相当する労働をする蓋然性が認められる。また、甲二五、二六、原告本人尋問の結果によると、亡清は、厚生年金を年間一四一万六九〇〇円得ていたところ、平均余命程度である五年間それを得る蓋然性があつたのに、本件事故による死亡によつて取得することができなくなつたものであつて、それも逸失利益として評価されるべきである。そして、それぞれの期間の所得額、年金の性質等を総合すると、当初の二年間の生活費控除率を五割、その後の三年間の生活費控除率を八割とするのが相当である。よつて、左のとおりとなる。
(120万円+141万6900円)×(1-0.5)×1.8614+141万6900円×(1-0.8)×(4.3643-1.8614)=243万5548円+70万9271円=314万4819円
6 死亡慰藉料 一八〇〇万円
前記認定の亡清の家族関係、被告らの対応等を総合すると、右額が相当である。
7 葬儀費用 一二〇万円(各原告四〇万円)
弁論の全趣旨によると、原告らは葬儀関係費用として、右金額を越える額の支出をしたと認められるところ、本件事故による損害として、右額を相当と認める。
8 相続税増加分 否定
相続税は、相続の機会に相続財産を取得したことを原因として、課される租税であるので、課税の直接の原因は、相続財産の取得、即ち、所有権を取得したことであるから、本件事故を原因とする損害には当たらない。また、実質的に考えても、相続財産の評価時は、亡清の死亡時であるが、その時点で、原告らは、自由に相続財産を処分する権限を得たものであるから、その時点の時価を前提とする課税をされても、何らの不都合はない。これに対し、原告らは、亡清が平均余命まで生存し、その際に、現実に亡清が死亡した時点での相続財産を取得したことを前提として、その相続税法上の時価額の変動によつて、相続税が減少した分を損害として主張するものの、相続財産は本来亡清が自由に処分しうるものであるから、原告らが同一の相続財産を取得しうることを前提とできないこと、その相続財産の取得を前提としても、その評価は、相続人らである原告らが取得しえた時点の時価を前提とするのが相続税の趣旨に合致すること、亡清の死亡時の時価は不確定であるので、原告らの主張する計算の前提の立証もないこと等からしても、その主張は採用できない。
9 合計額 二九九三万八二八三円
三 過失相殺後の損害 二八四四万一三六八円
四 既払い控除後の損害 七五一万四三〇一円
前記認定の既払い金を控除すると、二二五四万二九〇四円となり、それを相続分に応じて分割すると、右のとおりになる。
五 弁護士費用 原告ら各七〇万円
本訴の経過、認容額等に照らすと、右額をもつて相当と認める。
六 結語
よつて、原告らの請求は、それぞれ八二一万四三〇一円及びこれに対する不法行為の日である平成四年一月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。
(裁判官 水野有子)
(別紙図面)
<省略>