大阪地方裁判所 平成6年(ワ)884号 判決 1996年3月26日
大阪市旭区高殿一丁目二番八号
原告
旭加工紙株式会社
右代表者代表取締役
中川裕之
右訴訟代理人弁護士
三山峻司
右輔佐人弁理士
奥村茂樹
東京都中央区日本橋馬喰町一丁目一四番五号
被告
狭山化工株式会社
右代表者代表取締役
橋本博隆
右訴訟代理人弁護士
中村稔
同
熊倉禎男
同
辻居幸一
同
窪田英一郎
右輔佐人弁理士
宍戸嘉一
東京都千代田区神田駿河台一丁目六番地
被告
トッパン・ムーア株式会社
右代表者代表取締役
小倉秀文
右訴訟代理人弁護士
野口良光
同
松枝迪夫
同
飯島澄雄
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求の趣旨
一 被告らは連帯して、原告に対し五億円及びこれに対する平成六年二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
三 仮執行の宣言
第二 事案の概要
一 原告は左記特許権(以下「本件特許権」という。)を有していた(平成七年四月二一日の経過をもって存続期間満了。争いがない。)。
発明の名称 透明の合成樹脂フィルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙とその製造方法
出願日 昭和五一年一一月五日(特願昭五一-一三二二九六)
出願公告日 昭和五五年四月二一日(特公昭五五-一五〇三五)
登録日 昭和五五年一一月二八日
特許番号 第一〇二四四〇三号
特許請求の範囲
「1 種々の印刷を施した紙4と透明の合成樹脂フイルム2と感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したことを特徴とする透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙。
2 種々の印刷を施した紙4の重量を四〇g/m2~七〇g/m2とし、透明の合成樹脂フイルムの厚さを一五μ~五〇μとしたことを特徴とする特許請求の範囲第1項記載の透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙。
3 種々の印刷を施した紙4と透明の合成樹脂フイルム2と感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したものの一端に紙4を残して切り欠く10か又は切目11を設けたことを特徴とする特許請求の範囲第1項又は第2項記載の透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙。
4 透明の合成樹脂フイルムをTダイ3から押し、出し、押圧ロール紙4とラミネートする方法において、ラミネーション時の溶融樹脂フイルム2の押出し温度を、各種合成樹脂のそれぞれの溶融温度よりやや低い温度にすることで接着後剥離が容易になるように紙4とラミネートし、その後前記合成樹脂フイルム2の側に感圧性粘着剤8と剥離紙4を積層して紙4、合成樹脂フイルム2、感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したことを特徴とする透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙の製造方法。
5 前記透明の合成樹脂フイルムを、高圧ポリエチレン、中圧ポリエチレンあるいはポリプロピレンから選ばれた一種又は数種のものであることを特徴とする特許請求の範囲第4項記載の透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙の製造方法。」(別添特許公報〔以下「公報」という。〕参照)
二 本件特許権の特許請求の範囲のうち、第1項は物の発明であり、第4項は方法の発明である。第2項及び第3項は第1項の発明の実施態様を示したものであり、第5項は第4項の発明の実施態様を示したものである(甲第一号証)。本件訴訟では、第1項の発明のみが問題となっている(以下「本件特許発明」という。)。
三 本件特許発明の構成要件は、以下のとおり分説するのが相当である(甲第一号証)。
1<1> 種々の印刷を施した紙4と
<2> 透明の合成樹脂フイルム2と
<3> 感圧性粘着剤8及び
<4> 剥離紙9を
順に積層したことを特徴とする
2 透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした
3 荷札、ラベル等の表示紙
四 本件明細書には、作用効果について以下の(1)ないし(3)のとおりの記載がある(甲第一号証)。
(1) 段ボール、紙箱等の被着物を破損することなく簡単に荷札、ラベル等の表示紙を剥離できるだけでなく、剥離後の段ボール等の表面の印刷を消すことがなく美麗である(公報5欄25行~6欄2行)。
(2) 紙4の剥離後は被着物に合成樹脂フイルムが感圧性粘着剤と共に残存するが、更にこの合成樹脂の上からでもこの発明の表示紙を重ねて貼着することができる(同6欄3行~6行)。
(3) 経済性の上でも長網抄紙法により抄造された紙と円網抄紙法により抄造された紙とを積層したものより、この発明のように紙と合成樹脂フイルムとを積層したものの方が安価であり、工程上も従来の合成樹脂のラミネートする方法をそのまま利用することによりきわめて有益である(同6欄7行~13行)。
五 被告らの行為
被告狭山化工株式会社(以下「被告狭山化工」という。)は、別紙イ号物件目録記載のラベル(以下「イ号物件」という。)を製造して被告トッパン・ムーア株式会社(以下「被告トッパン・ムーア」という。)その他に販売し、被告トッパン・ムーアは、被告狭山化工からイ号物件を購入してこれを販売している(争いがない。)。
六 請求の概要
イ号物件が本件特許発明の技術的範囲に属することを前提に、被告狭山化工及び被告トッパン・ムーアがイ号物件を販売した行為は本件特許権を侵害する共同不法行為を構成するものであると主張して、被告らに対し原告の被った損害の内金五億円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年二月一一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を請求。
七 争点
1 イ号物件は本件特許発明の技術的範囲に属するか。
2 被告らが損害賠償責任を負う場合に、被告らが原告に賠償すべき損害の額。
第三 争点に関する当事者の主張
一 争点1(イ号物件は本件特許発明の技術的範囲に属するか)
【原告の主張】
1 イ号物件は、塗工紙1、ポリエチレンからなる接着層2、アルミ箔からなる隠蔽層3、ポリエチレンからなるアンカー層4、ポリエチレンからなる結合層5、シリコーンからなる部分剥離処理層6、ポリエステルからなる透明フイルム層7、感圧性接着剤層8、剥離紙9の各層を順に積層してなるものであり、本件特許発明の構成要件1を具備するものである。
(一) イ号物件の塗工紙1は、本件特許発明の構成要件1<1>の「種々の印刷を施した紙4」に該当する。塗工紙1の表面には、葉書の差出人(ラベルのユーザー)の希望する任意のデザインが施されているのであり、何らかの印刷が施されているのであって、文字印刷の施されていないものは皆無であるからである。
ポリエステルからなる透明フイルム層7は構成要件1<2>の「透明の合成樹脂フイルム2」に、感圧性接着剤層8は同1<3>の「感圧性粘着剤8」に、剥離紙9は同1<4>の「剥離紙9」に各該当する。
そして、イ号物件においても、右のとおり構成要件1の<1>ないし<4>に相当する塗工紙1、ポリエステルからなる透明フイルム層7、感圧性接着剤層8、剥離紙9の各層が右の順番で積層されているから、本件特許発明の構成要件1を充足する。
被告らは、本件特許発明の構成要件1にいう「順に積層した」とは、構成要件1の<1>ないし<4>の各層が右の順番で間に他の層を介在させることなく直接接触して積層されていることを意味すると主張するが、本件特許発明においては、上層から下層に、種々の印刷を施した紙、透明の合成樹脂フイルム、感圧性粘着剤、剥離紙という順に序列のある積層体であれば足り、これらの各層の間に任意の他の層を介在させても差し支えないのである。
(1) 本件特許発明の特許請求の範囲第1項には、紙と透明の合成樹脂フイルムとが直接積層されているとは記載されておらず、単に「順に」すなわち順番に積層されていると記載されているだけである。したがって、文言上は、上層から下層に第一層から第四層の順番に積層されているという意味であり、後記の本件特許発明の本質・技術思想からしても、直接積層の場合もあれば他の介在層を介しての間接積層の場合もあると解するのが当然である。特許請求の範囲には発明の構成に欠くことのできない事項のみが記載される(昭和六〇年法律第四六号による改正前の特許法三六条五項)のであるから、積層の順番は本件特許発明にとって不可欠の構成要素であるが、特許請求の範囲に記載されていない直接積層であるか間接積層であるかという事項は、どちらでもよいと解釈するのが至当である。
もし本件特許発明が任意の他の層の存在を予定していないものであれば、特許請求の範囲は「…剥離紙9のみを順に積層した…」と記載されたはずである。
被告らの指摘する本件明細書の「この発明を説明すると、」(公報3欄13行)との記載は、「特許請求の範囲第4項に記載された製造方法の発明を説明すると、」という意味であり、この点に関する被告らの主張は、物の発明と製造方法の発明とを混同するものである。ラミネートの方法及び剥離の方法に関する詳細説明は、まさに右製造方法の発明に関するものであり、これを物の発明たる本件特許発明の技術的範囲の限定資料とすることはできない。なお、「この発明を説明すると」との記載は、「製造方法に関する発明の一実施例にかかるものを説明すると」と記載すべきところを省略して、そのように記載したにすぎない。発明の詳細な説明及び図面は、具体物を表現する手段であって、技術思想である発明を直接表現することはできず、実施例に基づいて、当業者が分かりやすいように具体物(発明の最も分かりやすい態様)を説明したにすぎないのである。
(2) また、被告らの指摘する発明の詳細な説明の「経済性の上でも長網抄紙法により抄造された紙と円網抄紙法により抄造された紙とを積層したものより、この発明のように紙と合成樹脂フイルムとを積層したものの方が安価であり、工程上も従来の合成樹脂のラミネートする方法をそのまま利用することによりきわめて有益である。」という効果は、特許請求の範囲第4項の製造方法の発明の効果にすぎず、本件特許発明の効果ではない。長網抄紙法と円網抄紙法を併用して、すなわち長網抄紙機と円網抄紙機とを直列に接続して積層紙を得るよりも、押出しラミネート法で市販の紙と市販の合成樹脂フイルムを積層した方が安価であるということである。前者の場合、長網抄紙機と円網抄紙機が高価であり、それを直列に接続するために多大のスペースを必要とし、また抄造するために多大のエネルギーや水を必要とするのであり、後者の場合に比べて製造コストが高価になることは明らかである。
(3) 被告らは、本件特許請求の範囲第1項の「透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした」との記載はいわゆる機能的クレームであるから、その技術的範囲は本件明細書に開示されたところに限定されなければならない旨主張するが、特許請求の範囲第1項の記載は何ら機能的なものではない。なぜなら、本件特許発明にかかる表示紙の層構成は、紙、透明の合成樹脂フイルム、感圧性粘着剤、剥離紙が順に積層されているというように具体的に記載されているからである。機能的クレームというのは、具体的構成が記載されておらず、機能だけで表現されている場合をいうのである。確かに、「透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした」との記載は機能的表現ではあるが、これは、具体的構成を明確にした上で、発明を分かりやすくするための記載であり、この表現があるからといって、特許請求の範囲第1項の記載が機能的クレームであるということはできない。このような機能的表現を必要としたのは、本件特許発明が従来全く存在しなかった物にかかるパイオニアインベンションであり、特許請求の範囲に必須の構成要件のみを記載しただけでは、どのような物であるか判然としないからである。
被告らは、明細書に開示されていない範囲についてまで出願人に独占的な権利を与えることができないことは特許法の原則からして当然である旨主張するが、本件特許発明の特許請求の範囲に記載されている開示事項により構成される発明の範囲は明らかであるし、利用発明(特許法七二条)、利用考案(実用新案法一七条)の場合には、基本発明の発明者ないし考案者が具体的に認識していなかった事項(技術)も基本発明の技術的範囲に属するものとして権利主張をすることができるのである。
本件特許発明にかかる表示紙を被着物に貼着した後、文字が印刷された紙を取り去ると、透明の合成樹脂フイルムのみが被着物に残り、被着物表面の印刷が表れるという点に、本件特許発明の本質に基づいた、社会経済的に格別顕著な効果が発揮されるのである。このような点について、本件特許発明は右技術的課題を解決した最初にしてかつ新規なパイオニア的なものといえるのである。
(4) 被告らは、本件特許発明においては紙と合成樹脂フイルムとの間に任意に他の層を介在させても差し支えないということになると、特許請求の範囲第4項の発明は本件特許発明とは牽連関係を有しないものとなってしまい、そもそも本件特許出願自体が拒絶されるべきものであったことになると主張する。
しかし、当時の特許法三八条(昭和六二年法律第二七号による改正前のもの)に規定された物の発明と物の製造方法の発明との関係は、被告ら主張のようなものではなく、物の発明が特定発明である場合、併合発明である物の製造方法が特定発明にかかる物を製造できれば、併合出願の要件を満足しているのである。本件において、特許請求の範囲第4項の表示紙の製造方法によって、紙と透明の合成樹脂フイルムとの間に他の層が介在しない特定発明にかかる表示紙が得られるのであるから、併合出願の要件を満足している。
物の発明とその製造方法の発明とが併合出願される場合、一般的に、特定の物の製造方法は何種類もあるのであって、そのうちの一つが、物の製造方法として特許請求の範囲に記載されるのである。被告ら主張のように併合出願の要件を解釈すると、他の製造方法によっても特定発明にかかる物を製造しうるのに、併合発明にかかる一つの物の製造方法によって得られる物のみが特定発明にかかる物であり、他の製造方法によって得られる物は特定発明である物の発明の範囲には入らないということになり、併合出願が認められた趣旨を没却することになる。すなわち、併合出願にかかる各発明が相互にその発明の範囲を狭める役割を果たすのであって、併合出願を利用すると発明の範囲が狭まり、併合出願を利用しないで別出願とすると本来の範囲を確保できるという奇妙な結果が生じることになる。
(5) 被告らは、原告自身も、本件特許発明は紙と透明の合成樹脂フイルムとが順に(直接)積層されたものに限られるとの認識を有していたことは、原告が昭和六〇年一一月九日に出願した別の実用新案登録出願(実願昭六〇-一七二七四一号。以下「別件出願」という。)の出願経過から明らかである旨主張する。
しかし、別件出願にいう「表面のシート」は、その明細書(乙第二号証)中に、「上記において、1は種々の印刷を施した表面のシートであるが、このシートは紙又はアルミ蒸着、アルミ箔を接着したものや合成樹脂フイルム、合成紙、織布であってもよい。」(4頁13行~16行)と記載されていることから、紙単体のもの、紙にアルミ箔や合成樹脂フイルムを接着したもの等各種のものを含むことは明らかである。原告は、意見書(乙第三号証)においても、透明の合成樹脂フイルムより上にある層全体を称して「表面のシート」と表現し、透明の合成樹脂フイルムよりも上の層(紙だけのこともあるし、紙にアルミ箔や合成樹脂フイルムが接着されていることもある。)が、透明の合成樹脂フイルムと直接疑似接着していると述べているのである。したがって、被告らの主張とは逆に、むしろ別件出願の出願経過から、原告が紙と透明の合成樹脂フイルムとの間に他の介在層(アルミ箔や合成樹脂フイルム)が存在していても差し支えないことを認識していたことが明らかとなる。
(6) 被告らが本件特許発明に類似しあるいはこれと同様の層構成を有するテープ、ラベル、シール等についての本件特許発明の出願前の特許出願ないし実用新案登録出願として挙げる乙第四ないし第七号証の公知文献のうち、本件特許発明と関係があるのは、乙第五号証の実用新案出願公開昭五〇-二〇六二号のみである。乙第四号証の実用新案出願公告昭四〇-二一三三九号は単なる粘着紙に関するものであり、乙第六号証の実用新案出願公開昭五〇-一四五七六二号及び乙第七号証の実用新案出願公開昭四八-二六一九八号は封緘テープに関するものであって、本件特許発明とは技術分野を異にし無関係である。
本件特許発明と技術分野の一致する乙第五号証の実用新案出願公開昭五〇-一二〇六二号にしても、被着物表面の印刷が消されないようにするため、表示紙の層の一つとして透明の合成樹脂フイルム層を採用するという本件特許発明の基本的な技術思想が記載も示唆もされておらず、本件特許発明の技術思想とは全く異なるものである。このことは、乙第五号証をいわゆる引用例の一つとしてされた無効審判請求事件の経過からも明らかである。
本件特許発明は、前記のとおり従来全く存在しなかった物にかかるパイオニアインベンションであるから、被告ら主張のように本件特許発明の技術分野は極めて「混んだ」状態にあるなどとしてその技術的範囲を限定的に解釈することは許されない。
(7) 本件特許発明の本質は、上層に文字印刷された紙、下層に透明の合成樹脂フイルムが積層されてなる表示紙であって、これを被着物に貼着した後、所望の時点で上層の紙を取り去り、下層の透明の合成樹脂フイルムのみを残し、かつ被着物の表面の印刷が消されないようにするという点にある。このような構成を有する表示紙というのは、比較的単純なものではあるが、本件特許発明の特許出願前の公知文献等には存在しない。したがって、本件特許発明は、特許出願から登録に至るまで拒絶査定を受けることも、異議申立てを受けることもなかった。
右のような本件特許発明の本質に基づけば、紙と透明の合成樹脂フイルムが直接積層されているか間接積層(他の層を介しての積層)されているかは問わないことは明らかである。
(8) したがって、本件特許発明は、まさに「上層に文字印刷された紙、下層に透明の合成樹脂フイルムが積層されてなる表示紙であって、これを被着物に貼着した後、所望の時点で上層の紙を取り去り、下層の透明の合成樹脂フイルムのみを残し、かつ被着物表面の印刷が消されないようにする」というような広範なものとして特許権が付与されたものである。このことは、本件特許権について訴外モダン・プラスチック工業株式会社のした無効審判請求事件における審決(甲第二四号証の1。以下「本件審決」という。)において、「したがって、前記甲各号証には、引用発明におけるプラスチックフイルムとして透明の材料を用いることについて示唆する記載もないから、第一発明の相違点2に挙げた構成は、当業者が容易に想到し得たものではない。そして、第一発明は、前記相違点2で挙げた構成を有することにより前記作用効果の対比において挙げた、被着物表面に残留する部分が被着物表面の印刷を消さない、という優れた作用効果がもたらされる。」と認定され、無効審判請求は成り立たないとされたことからも明らかである。
(二)(1) イ号物件において、本件特許発明の構成要件1<1>ないし<4>の各層に該当する層以外の層は、以下の理由で設けられたものであり、本件特許発明に必要に応じて付加されるものであって、これらの層の存在によって本件特許発明の発明思想が破壊されているものではない。
ポリエチレンからなる接着層2は、塗工紙1にアルミ箔からなる隠蔽層3を接合するために使用され、アルミ箔からなる隠蔽層3は、ラベルの隠蔽性を向上させるために使用されているものであるから、いずれも隠蔽性を向上させる目的で採用されているものであり、本件特許発明の作用効果を破壊するものではない。
ポリエチレンからなるアンカー層4及びポリエチレンからなる結合層5は、固化の際に同一物質の融着接合によって強固に一体化されて、ポリエチレン層を形成したものであるが、これは、何らの格別な作用効果を奏するものではない。紙にアルミ箔を貼合したものは銀紙と俗称されているので、ポリエチレンからなる接着層2とアルミ箔からなる隠蔽層3を採用しても、これらに塗工紙1を合わせたものが銀紙として紙の概念に包摂されるというおそれがあるため、見掛け上、本件特許発明の構成と異ならせるための弁明を用意するためだけに右のようなポリエチレンからなるアンカー層4及びポリエチレンからなる結合層5を付加したにすぎないと推測される。
シリコーンからなる部分剥離処理層6は、結合層5及び透明フイルム層7との剥離を容易にするために設けたものであり、これによって、本件特許発明の作用効果は何ら破壊されるものではなく、かえって増進される。したがって、シリコーンからなる部分剥離処理層を設けても本件特許発明を利用しなければイ号物件そのものの実施自体が不可能である(特許法七二条)。
すなわち、イ号物件は、被着物表面の印刷が消されないようにするため、表示紙の層の一つとして透明の合成樹脂フイルム層を採用するという本件特許発明の基本的技術思想を利用したうえ、表面の紙部分と透明の合成樹脂フイルム層とを剥離しやすくするという改良を加えたものである。
(2) 被告らは、イ号物件の製造方法は本件特許発明の製造方法とは根本的に異なる旨主張するが、物の発明にかかる本件特許発明と製造方法の発明にかかる特許請求の範囲第4項の発明とを混同するものである。
イ号物件が透明の合成樹脂フイルム層とそれより上の紙層を含む層とが剥離しやすいように種々の工夫がされたものであることは原告も認めるところであるが、いかにそのような工夫がされていても、得られた物が本件特許発明の構成要件を充足している限り、本件特許発明の技術的範囲に属するのである。
2 イ号物件は、本件特許発明の構成要件2を具備するものである。
(一) 本件特許発明の構成要件2の「透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした」というのは、本件特許発明にかかる表示紙を被着物に貼着した後、透明の合成樹脂フイルム2を被着物上に残し、合成樹脂フイルム2より上の層を剥離除去するということである。イ号物件も、別紙イ号物件目録のイ号物件説明書(末尾三行)の「ラベル(剥離紙9を除く)は、ポリエチレンからなる結合層5とシリコーンからなる部分剥離処理層6あるいはポリエステルからなる透明フイルム層7との間では、他の層間に比し最も剥離が生じやすく結合されている。」との記載から明らかなように、これを被着物に貼着した後、ポリエステルからなる透明フイルム層7を被着物上に残し、透明フイルム層7よりも上の層を剥離除去するものであるから、本件特許発明の構成要件2を具備する。
(二) 被告らは、イ号物件は、場合によってはラベルを部分的に剥離した後、その判読が終われば他の部分は剥離せずに放置することがありうるし、部分剥離処理層6は必ず被着物に残存するから、透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにしたものではない旨主張する。
しかし、前者については、受取人が上層を全部剥離しない場合があるというにすぎず、イ号物件がこれらの層を全部剥離できないように構成されているということではない。イ号物件は、全部剥離することができるように構成されているから、透明の合成樹脂フイルムのみが被着物に残存しうるようになっているのである。受取人がイ号物件を剥離しないで捨ててしまうこともあるのであって、受取人がどのように剥離するかによってではなく、イ号物件が客観的にどのように構成されているかによって、本件特許発明の技術的範囲に属するか否かが決定されるべきである。
後者については、剥離口(イ号物件の端部)にシリコーンが塗布されているだけであって、イ号物件の本体にはシリコーンが塗布されていない。したがって、イ号物件の本体には、透明の合成樹脂フイルムのみが被着物に残存するのである。
3 イ号物件は、イ号物件目録記載のとおり「ラベル」であるから、本件特許発明の構成要件3にいう「荷札、ラベル等の表示紙」に該当する。
(一) 被告らは、本件特許発明にいう「表示紙」とは、段ボール箱、紙箱等に付される荷札、ラベル、シール等を指すことは明らかであり、イ号物件のように葉書に施されるシークレットラベルのようなものを含まない旨主張する。
しかし、まず、特許請求の範囲は、世の中で常識的に使用される言葉で記載されているのであり、これと無関係に、一般的字義から切り離してその言葉を解釈することは、特許発明の技術的範囲の解釈として正しくない。
被告らの主張は、本件明細書の発明の詳細な説明の欄における文言をいちいち取り上げて、これを特許請求の範囲の記載の文言と同列に取り扱うものであるが、被告らの指摘する発明の詳細な説明の記載は、表示紙を使用する場合に関する説明をしているものであり、技術内容を分かりやすく解説するための技術文献であるから、その文言をそのまま本件特許発明の技術的範囲を画する文言とするのは誤りである。
また、被告らが本件特許発明にいう表示紙は輸送され流通経路に置かれる段ボール箱、紙箱等に付されるものであるとしながら、段ボール箱と同様に輸送され流通経路に置かれる葉書に付されるイ号物件は表示紙に包含されないとするのは、矛盾している。
本件特許発明にかかる表示紙の葉書への使用が許可されたのは、なるほど本件特許発明の出願以降のことであるが、だからといって、本件特許発明の技術的範囲が狭まるものではない。郵便物としての葉書に使用できなかったのは、郵便規則上の制約により、郵便物という手段(商業目的)への実施が事実上閉ざされていただけのことである。
なお、販売が許可されていない物であっても拒絶査定を受けることはないのであるが(パリ条約第四条の四)、販売が許可されていない物を正面から取り上げて明細書の発明の詳細な説明に記載すると、特許法三二条の公序良俗違反に該当するとして拒絶査定を受けるおそれがあるため、明細書作成者は、そのような危険を冒さずに、早期に権利を取得するため、販売が許可されている物について記載することになるのである。
(二) 被告らは、本件特許発明の表示紙というのは、それ自体が表示機能、すなわち情報を伝達する機能を有するものでなくてはならないが、イ号物件それ自体が何らかの情報を伝達する機能を有するものではない旨主張する。
しかし、表示紙というのは、それを見る人に何らかの事実や情報等の伝えたいことが記載されているものをいうのであって、宛先等の特定の事項が記載されているものだけをいうのではない。被告らは、イ号物件の表面に印刷表示のあることを認めながら、差出人の名称やシークレットラベルの開封方法が記載されているにすぎないから、表示機能を有するものではない旨主張するが、差出人の名称や開封方法が記載されているということは、取りもなおさず、それ自体で表示機能を有していることに外ならない。イ号物件に差出人の名称や開封方法が記載されているのは、見る人にそれらの情報を伝えたいからであり、その記載をもって表示でないとする根拠は全くない。
イ号物件は、表示機能と隠蔽機能とを有するのであるから、表示機能の側面から表示紙と定義しても、隠蔽機能の面から隠蔽紙と定義しても、実体は同じものである。被告らは、本件特許発明にかかる表示紙には隠蔽機能がないのに対し、イ号物件には隠蔽機能がある旨主張するが、本件特許発明にかかる表示紙にも隠蔽機能があることは、発明の詳細な説明に「しかし出願中の考案では段ボール箱を損傷させることなく剥離を容易にするが、剥離した後に表示紙すなわち円網抄紙法により抄造された紙の一部を段ボールに残存させるために段ボールの表面に付された文字、図形等の印刷物が消されてしまう結果となる。」(公報2欄32行~37行)、「荷札、ラベル等の表示紙を印刷された上に直接貼付けていることをかんがみると印刷効果を失なうばかりでなくユーザーにとっても不便である。」(公報3欄3行~6行)と記載されていることから明らかである。右の記載は、表示紙を被着物の表面に貼付すると被着物の表面の印刷が消されてしまうこと、すなわち、本件特許発明にかかる表示紙が隠蔽機能を有していることを前提とした記載である。
なお、被告らのいう隠蔽は、特定人に宛てられた被着物に印刷された情報を当該特定人に見させてこれを伝達することが目的であり、表示紙を被着物に貼着しても剥離後「被着物の表面の印刷が消されることがない」という作用効果のいわば盾の両面の一面からみた機能をいうものにすぎない。
(三) 表示紙という語は、何らかの情報が表面に表示されているもの全般を指し、表面の表示を剥離して、下層に隠されていた文字等を見るようにしたものも、表面に表示が施されている限り、表示紙に該当する(例えば実用新案出願公告昭五九-三五三八九号〔甲第二七号証〕)。
なお、被告らのいうシークレットラベルのような葉書に使用するものにも、業界では表示紙であると認識されている。このことは、被告のシークレットラベルと同様の用途に使用される「しんてんシール」について、訴外エイブリイ・トッパン株式会社が自社発行の商品パンフレットに本件特許発明の特許番号を付していることから明らかである(甲第二八号証、検甲第二二号証)。
(四) そして、本件特許発明の作用効果(a)本件特許発明にかかる表示紙を葉書に貼着した後、この表示紙を剥離すると、透明の合成樹脂フイルムのみが被着物に残存するので、被着物の表面の印刷が消されることなく、美麗である、(b)表示紙を剥離する際、合成樹脂フイルムを残して剥離されるので、被着物の破損を防止できる、(c)紙の剥離後は被着物に合成樹脂フイルムが感圧性粘着剤とともに残存するが、更にこの合成樹脂フイルムの上からでも、本件特許発明にかかる表示紙を重ねて貼着することができる、というものであるところ、イ号物件も、(a)イ号物件を葉書に貼着した後、ポリエチレンからなる結合層5を含んでその上層を剥離すると、ポリエステルからなる透明フイルム層7のみが葉書に残存するので、葉書の表面の印刷が消されることなく、受信者が葉書に印刷された情報を正確に確認しうる、(b)ポリエステルからなる透明フイルム層7を残して剥離されるので、葉書の破損を防止できる、(c)イ号物件を葉書に貼着したが、ラベラー(ラベルの自動貼着機械)の不調により貼りずれが生じた場合には、結合層5を含んでその上層を剥離し、葉書に残存したポリエステルからなる透明フイルム層7の上から、改めてイ号物件を正規の箇所に再貼着することができるのであって、本件特許発明の作用効果をすべて奏する。
被告らは、イ号物件が本件特許発明の表示紙に含まれないことは、もし含まれると仮定すると本件明細書記載の本件特許発明の作用効果(前記第二の四の(1)ないし(3)のいずれについても不自然ないし整合しない部分が生じてくることからも明らかであるとして種々主張するが、いずれも失当である。
(1) 被告らは、本件特許発明の場合は剥離後の段ボール等の表面の印刷を消すことがなく美麗であるとされているが、イ号物件の場合は美麗かどうかは問題とならない旨主張する。しかし、美麗というのは、鮮明で美しいという意味であって、被着物の印刷が当初の印刷のまま顕現した結果を表現しているのである。したがって、イ号物件において、剥離後に、葉書表面の印刷が当初のまま顕現し、印刷文字が判読できるということは、本件特許発明の右作用効果に相当するものである。
(2) 被告らは、イ号物件の場合は、剥離後に更に別のイ号物件が重ねて貼着されることはありえない旨主張するが、イ号物件においても、常に再貼着が行われるというわけではないものの、前記のとおり、葉書に貼着したがトラブルが発生したという場合には、上層を剥離し、改めてイ号物件を正規の箇所に再貼着することができるのである(甲第二二号証)。
(3) 被告らは、本件特許発明の、長網抄紙法により抄造された紙と円網抄紙法により抄造された紙とを積層したものより安価に製造できるとの作用効果は、本件特許発明が、長網抄紙法により抄造された紙と円網抄紙法により抄造された紙とを積層したものと代替性を有することを意味するとして、このことを前提に、イ号物件の場合は右のように積層したもので代替するわけにはいかない旨主張する。
しかし、右作用効果が特許請求の範囲第4項の製造方法の発明の効果であることは前記1(一)(2)のとおりである。また、本件特許発明の表示紙は、長網抄紙法により抄造された紙と円網抄紙法により抄造された紙とを積層したものを基本的に改良し新たな機能を持つ物品としたものであって、これとは全く代替性を有しものである。
(五) 被告らは、本件特許発明の実施例に記載された表示紙は、葉書に記載された情報面上における完全な隠蔽と完全な剥離が必要とされるシークレットラベルないし葉書の隠蔽紙として用いることはできないから、この点からもイ号物件のようなシークレットラベルないし葉書の隠蔽紙が本件特許発明の表示紙に該当しないことが明らかである旨主張するが、原告は、紙と透明の合成樹脂フイルムを直接積層した本件特許発明と同じ四層からなる積層体を、葉書用途のラベルに実用品として大量に使用した実績がある(日本生命保険相互会社使用の「ニッセイからのお知らせ」シール)。被告提出の乙第一二号証の実験は、紙又は合成樹脂の選定が不適当であったのではないかと考えられる。
4 被告らは、イ号物件は被告狭山化工の有する登録第一八六八〇八三号実用新案権(以下「被告狭山化工実用新案権」という。)の実施品であり、本件特許発明と技術的思想を異にする旨主張する。
しかし、被告狭山化工実用新案権は郵便葉書に関するものであるところ、イ号物件は、葉書に記載された情報を隠蔽するためのラベルに関するものであって、郵便葉書に関するものではないから、被告狭山化工実用新案権の実施品であるとはいえない。
被告らの主張が、被告狭山化工実用新案権を実施する際に使用するラベルがイ号物件に相当するという趣旨であるとしても、被告狭山化工実用新案権を実施する際に使用するラベルにつき実用新案登録を受けていたからといって、それを理由に、イ号物件が本件特許発明の技術的範囲に属しないということはできない。なぜなら、このラベルは、本件特許発明を利用したものであって、本件特許発明における表示紙において、「紙」と「透明の合成樹脂フイルム」とを剥離しやすいようにした考案であり、まさに本件特許発明の改良考案に当たると解されるからである。すなわち、被告狭山化工実用新案権にかかる考案は、本件特許権に抵触しないという理由で登録されたのではなく、加えられた他の新規な技術的思想が評価されたゆえに登録されたのである。
【被告らの主張】
1 イ号物件は、本件特許発明の構成要件1を具備しない。
(一) 本件特許発明の構成要件1にいう「順に積層した」とは、構成要件1の<1>ないし<4>の各層が、文言どおり、右の順番で、間に他の層を介在させることなく直接接触して積層されていることを意味する。
(1) 本件明細書(公報)の発明の詳細な説明の2欄16行~3欄11行には、本件特許発明に至る経緯が記載されており、そこには、「この印刷されたものを消すことなくしかも段ボール箱を損傷せずに剥離容易な荷札、ラベル等の表示紙が必要となった。発明者はこの点に着眼し、種々研究、実験を行なった結果以下の発明を完成した。」(3欄8行~12行)と記載されている。
右記載に引き続き、「この発明を説明すると、」(3欄13行)から4欄37行まで、本件特許発明の説明が記載されているが、「溶融した合成樹脂フイルム2を押出機のTダイ3より押出し紙4と積層し冷却固化する。」(3欄16行~18行)、「ラミネーション時の溶融樹脂の押出し温度を三〇〇℃~三二〇℃とすると紙4と合成樹脂フイルム2が完全接着し、」(3欄26行~28行)、「ラミネーション時の溶融樹脂の押出し温度を二五〇℃~三〇〇℃未満にすることが、紙4と合成樹脂フイルム2とを一応弱く接着させ、」(3欄34行~36行)、「各種合成樹脂のそれぞれの溶融温度よりやや低い温度にすることで接着後紙4と合成樹脂フイルム2とを容易に剥離することができるようにすることも可能である。」(3欄41行~4欄1行)、「このようにして溶融した合成樹脂のフイルム2と紙4とを前記クーリング・ロール5とプレッシャー・ロール6とで加圧されるが、」(4欄7行~9行)、「このようにして紙4と合成樹脂フイルム2とをラミネートしたものは」(4欄15行~16行)、「切り欠き10か又は切目11を設けなくても手で十分合成樹脂フイルム2を残存して紙4を被着物より剥離することができるが」(4欄33行~35行)等、その大部分が紙と透明の合成樹脂フイルムとの接着、すなわちラミネートの方法及び剥離に関するものである。
右のように、本件明細書には、紙と透明の合成樹脂フイルムとの間に他の層を介在させることについては何の記載も示唆もなく、このような層の介在は本件特許発明の技術的範囲から明確に除外されていると解さざるをえない。原告主張のように本件特許発明が紙と透明の合成樹脂フイルムとの間に他の層が介在するものまで含むとすることは、特許請求の範囲の「順に積層した」という文言上無理であるばかりでなく、発明の詳細な説明の記載上も不可能である。
発明の詳細な説明の前記記載は、「この発明」の説明であり、単なる一実施例の説明ではない。このことは、右記載とは別に、本件明細書4欄38行以下に「実施例」として本件特許発明の実施例が記載されていることからも明らかである。原告は、前記「この発明を説明すると、」との記載は、「特許請求の範囲第4項に記載された製造方法の発明を説明すると、」という意味である旨主張するが、根拠がない。
(2) また、発明の詳細な説明には、本件特許発明の効果として、「経済性の上でも長網抄紙法により抄造された紙と円網抄紙法により抄造された紙とを積層したものより、この発明のように紙と合成樹脂フイルムとを積層したものの方が安価であり、工程上も従来の合成樹脂のラミネートする方法をそのまま利用することによりきわめて有益である。」(公報6欄7行~13行)との記載がある。ここで、「この発明」が「安価であり」、「従来の合成樹脂のラミネートする方法をそのまま利用する」ことができるためには、紙と透明の合成樹脂フイルムを直接接着させて層を形成する必要があり、これを構成要件として考えていたことが明らかである。紙と透明の合成樹脂フイルムとの間に他の層が介在する場合には、当然その分費用がかさみ、また、従来の合成樹脂をラミネートする方法をそのまま利用するわけにはいかず、別な工程を採用しなければならないからである。
原告は、右記載の作用効果は特許請求の範囲第4項の表示紙の製造方法の発明の効果であり、本件特許発明の効果ではない旨主張するが、「長網抄紙法により抄造された紙と円網抄紙法により抄造された紙とを積層したもの」より安価とされているのは、「紙と透明の合成樹脂フイルムとを積層したもの」そのものであり、これが本件特許発明の作用効果であることは明らかである。
(3) 本件特許請求の範囲第1項には、「透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした」との記載(構成要件2)があるが、どのようにして透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存させるかについては記載がなく、いわゆる機能的クレームであるから、その技術的範囲は明細書に開示されたところに限定されなければならない。
すなわち、特許請求の範囲第1項には、特許発明の構成に欠くことができない事項が十分に開示されておらず、また、その発明の詳細な説明においても、紙に透明の合成樹脂フイルムのみを直接ラミネートする方法が開示されているだけである。
仮に、本件特許発明の技術的範囲に紙の層と透明の合成樹脂フイルムの層との間に他の層が介在するものも含まれるとすると、本件明細書にラミネート法以外の方法が開示されていないことから、当業者は、かかる層構成を有するものについて、どのようにして「透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するように」すればよいか本件明細書からは理解できず、自らその接着と剥離の方法を開発しなければならないことになる。明細書に開示されていない範囲についてまで出願人に独占的な権利を与えることができないことは特許法の原則からして当然であり、本件特許発明の技術的範囲は、実施例に示されたラミネート法等によって紙と透明の合成樹脂フイルムとを順に(直接)積層した構成を有するものに限定されなければならない。
原告は、利用発明の場合には基本発明の発明者が具体的に認識していなかった事項(技術)も基本発明の技術的範囲に属するものとして権利主張することができる旨主張するが、利用発明というのは、その発明が基本発明の明細書に開示された技術を利用し、かつ、その構成要件を充たして初めて利用発明となるのであり、基本発明の明細書に開示された技術を利用していないものは利用発明とならない。
また、原告は、前記「透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした」という機能的表現は具体的構成を明確にした上で発明を分かりやすくするための記載であり、この表現があるからといって特許請求の範囲第1項の記載が機能的クレームであるということはできない旨主張する。しかし、原告主張のように紙、透明の合成樹脂フイルム、感圧性粘着剤、剥離紙が順に積層されているという層構成のみが本件特許発明の構成要件であるとすれば、紙と透明の合成樹脂フイルムとの間に剥離が生じる保障はなく、透明の合成樹脂フイルムのみが被着物に残存するとはいえないから、本件特許発明はその効果を奏することができない。「透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした」という要件はまさに本件特許発明を構成するものであり、このような機能的表現を含む特許請求の範囲第1項が機能的クレームであることは明らかである。
(4) 本件特許発明の出願時においては、当時の特許法三八条により一発明一出願主義が採用され、例えば同一の願書に記載される「物の発明」と「物を生産する方法の発明」との間には強い牽連関係が必要とされていた。したがって、「物の発明」たる本件特許発明(特許請求の範囲第1項)と「物を生産する方法の発明」たる特許請求の範囲第4項の発明との間には強い牽連関係が必要とされるところ、本件特許発明が紙と透明の合成樹脂フイルムを順に(直接)積層させたものであるとすれば、特許請求の範囲第4項の発明は、紙と透明の合成樹脂フイルムを分離しやすいようにラミネートする方法に関するものであるから、その間の牽連関係は理解が容易である。しかし、仮に原告主張のように、本件特許発明においては紙と合成樹脂フイルムとの間に任意に他の層を介在させても差し支えないということになると、特許請求の範囲第4項の発明は本件特許発明とは牽連関係を有しないものとなってしまい、そもそも本件特許出願自体が拒絶されるべきものであったことになる。また、本件特許発明の層構成は無限の可能性を有する極めて多様なものを含むことになり、特許請求の範囲第4項の発明は、このような無限の可能性を有する層構成のうちの限られたごく一部の層構成のものを生産する方法の発明となって、本件特許発明との牽連関係は極めて希薄となってしまう。
更に、特許請求の範囲第4項でも、本件特許発明と同様に紙4、合成樹脂フイルム2、感圧性粘着剤8及び剥離紙9を「順に積層した」という文言が用いられているところ、原告はこれについては紙と合成樹脂フイルムとの間に他の層が介在しないものであることを認めており、本件特許発明における「順に積層した」の解釈と矛盾する。
(5) 原告自身も、本件特許発明は紙と透明の合成樹脂フイルムとが順に(直接)積層されたものに限られるとの認識を有していたことは、別件出願の出願経過から明らかであり、かかる原告の認識を超えるような技術的範囲の解釈は採りえない。
すなわち、別件出願の昭和六三年八月三日付手続補正書(乙第二号証)によって補正された明細書の考案の詳細な説明において、「出願人は既に『発明の名称:透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙とその製造方法(特公昭五五-一五〇三五号)』(特許第一〇二四四〇三号)の権利を取得しており…本願考案はこの特許発明をそのまま利用したものである。」(2頁12行~3頁2行)として、別件出願にかかる考案が本件特許発明をそのまま用いたものであることを明らかにしている。そして、別件出願にかかる考案は実開昭五五-三三七二一号の考案に基づいて極めて容易に考案できたものであるとする平成二年七月一三日付拒絶理由通知に対し、原告は同年一一月一三日付意見書(乙第三号証)において、「引用例のタッグ紙は、剥離する第2タッグ紙8の下面に粘着剤層9を介して透明離型剤(シリコーン)6と貼着しているが、本願考案の表示シートは、剥離する表面のシートを透明の合成樹脂フイルムに直接疑似接着により積層している。」(3頁6行~11行)と述べているから、「表面のシート」と「合成樹脂フイルム」とを「直接疑似接着」させることが別件出願にそのまま利用された本件特許発明の内容であると認識していたことが明らかである。
原告主張の別件出願の明細書(乙第二号証)中の「上記において、1は種々の印刷を施した表面のシートであるが、このシートは紙又はアルミ蒸着、アルミ箔を接着したものや合成樹脂フイルム、合成紙、織布であってもよい。」(4頁13行~16行)との記載は、「表面のシート」として「紙」や「合成樹脂フイルム」を使用しうるという趣旨であって、紙に合成樹脂フイルムを接着したものを例示したと解することは到底できない。
(6) 本件特許発明と類似し、あるいはこれと同様の層構成を有するテープ、ラベル、シート等については、本件特許発明の出願前から多数の特許出願ないし実用新案登録出願がされており、本件特許発明の技術分野は極めて「混んだ」状態にあることから、層構成が多少でも異なれば異なる技術であると把握されており、本件特許発明も紙と透明の合成樹脂フイルムとの間に他の層が介在するものまで含む広いものとして成立する余地はない。
例えば、本件特許発明と同様の層構成を有するものとして、実用新案出願公告昭四〇-二一三三九号(乙第四号証)にかかる「粘着剤塗布紙様体」の考案があり、これは、保護紙7、水性粘着剤6、フイルム1、油性粘着剤2、台紙4の順に積層した粘着剤塗布紙様体に関するもので、そのフイルム1の例として「セロファン、ビニール等からなるもの」(1頁右欄30行~31行)が示されており、台紙4を粘着剤塗布紙様体から剥がした後、残余の層を被着体に油性粘着剤の面で接着させ、最後に保護紙を剥がしてフイルム1のみを被着物に貼付するようにしたものである。
また、実用新案出願公開昭五〇-一二〇六二号(乙第五号証)にかかる「接着シート」の考案は、上側シート、接着剤層、下側シート、接着剤層、保護シートを順に積層し、必要に応じて上側シートを剥離し、下側シートのみを被着物に残存させるようにしたものである。更に、実用新案出願公開昭五〇-一四五七六二号(乙第六号証)にかかる「封緘用接着テープ」の考案は、皮膜層のみを被着物に残存させるようにした封緘用接着テープにおいて、テープ状支持体、皮膜層、感圧性接着剤層を順に積層したもので、テープ状支持体と皮膜層とを「順次熱圧着…などの方法により設け」る(明細書2頁8・9行)ものであり、実用新案出願公開昭四八-二六一九八号(乙第七号証)にかかる「封緘テープ」の考案が存在するにもかかわらず、接着剤の代わりに熱圧着法を採用したというだけで実用新案登録第一二二七八五二号として登録されるに至っている。
原告は、右本件特許発明の出願前公知の文献のうち、乙第四、第六、第七号証は、いずれも本件特許発明とは技術分野を異にし無関係である旨主張する。しかし、乙第四号証の粘着剤塗布紙様体、乙第五号証の粘着シート、乙第六、第七号証の封緘用テープのいずれも、紙や合成樹脂等を用いて接着ないし剥離させる技術を用いるものであり、同一又は類似の技術分野に属するものである。このことは、乙第五ないし第七号証の実用新案登録出願がいずれも同じ日東電気工業株式会社によってされていることからも明らかである。
(7) 原告は、「発明の本質」なる概念を用いて、紙と透明の合成樹脂フイルムが直接積層されているか間接積層されているかは問わないと主張するが、「発明の本質」なる概念に基づく特許発明の技術的範囲の確定は、特許法上認められない方法であるばかりか、特許発明の技術的範囲を極めてあいまいにし、特許権の客観的な外延を第三者に知らせることができず、不当である。
特許発明の技術的範囲の画定は、まず何より特許請求の範囲の記載に基づいて行い、その際に明細書の発明の詳細な説明の記載が参酌され、場合により従来技術がその技術的範囲を制限するものとして働くにすぎない。
(8) 原告は、本件特許発明は、「上層に文字印刷された紙、下層に透明の合成樹脂フイルムが積層されてなる表示紙であって、これを被着物に貼着した後、所望の時点で上層の紙を取り去り、下層の透明の合成樹脂フイルムのみを残し、かつ被着物表面の印刷が消されないようにする」というような広範なものとして特許権が付与されたものである旨主張するが、そのような広範なものとして成立する余地はない。
原告が右主張の根拠として引用する本件審決は、単に当該無効審判請求事件において提出された公知文献と本件特許発明との相違点について認定、判断しているだけであり、それを超えて本件特許発明の技術的範囲を確定するものではない。本件特許発明において、残存する合成樹脂フイルムが透明であり、そのために荷札、ラベル等を剥がしても段ボール等の表面の印刷が消されないという作用効果を奏することは認められるが、だからといって本件特許発明の技術的範囲が透明の合成樹脂フイルムを用いたラベルすべてに及ぶということにはならない。本件特許発明は、紙と透明の合成樹脂フイルムを剥離しやすいように接着して直接積層することを構成要件とするものであり、この構成を備えないものは、たとえ透明の合成樹脂フイルムが段ボール等の表面に残存するものであっても、本件特許発明の技術的範囲に属しないものである。なお、透明の合成樹脂フイルムのみを段ボールに残存させる封緘テープの構成は、前記(6)の乙第七号証によって本件特許発明の出願前に開示されている。
原告は、本件特許発明にかかる表示紙を被着物に貼着した後、文字が印刷された紙を取り去ると、透明の合成樹脂フイルムのみが被着物に残り、被着物の表面が表れるという点について、本件特許発明は右技術的課題を解決した最初にしてかつ新規なパイオニア的なものといえるとも主張するが、本件特許発明の技術的課題が「透明の合成樹脂フイルムのみが被着物に残る」ようにすることにあるとすれば、まさにいかにして「透明の合成樹脂フイルムのみが被着物に残る」ようにするかが本件特許発明の特徴なのであり、それは、紙と透明の合成樹脂フイルムとを、ラミネーションの温度を合成樹脂の溶融温度よりやや低い温度にすることによって剥離を容易にしつつ接着し、直接積層することにあると解する外はない。
(二) イ号物件は、右(一)のような各層が直接接触して積層されているという構成ではないから、本件特許発明の構成要件1を具備しない。
(1) イ号物件は、別紙イ号物件目録記載の構成を有するものであり、仮に塗工紙1、ポリエステルからなる透明フイルム層7が、それぞれ本件特許発明の紙4、透明の合成樹脂フイルム2に該当するとしても、イ号物件は、塗工紙1とポリエステルからなる透明のフイルム層7との間に、ポリエチレンからなる接着層2、アルミ箔からなる隠蔽層3、ポリエチレンからなるアンカー層4、ポリエチレンからなる結合層5、シリコーンからなる部分剥離処理層6を介在させたものであるから、本件特許発明の技術的範囲に属しないことは明らかである。
(2) イ号物件は、後記4のとおり被告狭山化工実用新案権の実施品であることから、その製造方法も、基本的に被告狭山化工実用新案権にかかる考案の実施例(明細書6欄3行~20行)に示された以下のⅰないしⅴの工程を有するものであり、本件特許発明の製造方法とは根本的に異なるものである。
ⅰ 塗工紙1とアルミ箔からなる隠蔽層3との間にポリエチレンからなる接着層2を流し込んで形成し、塗工紙1とアルミ箔からなる隠蔽層3とを接着させる。
ⅱ 右アルミ箔からなる隠蔽層3にポリエチレンからなるアンカー層4をラミネートする。
ⅲ ポリエステルからなる透明フイルム層7に部分的にシリコーンからなる剥離処理層6を塗布する。
ⅳ ポリエチレンからなるアンカー層4とシリコーンからなる部分剥離処理層6ないしポリエステルからなる透明フイルム層7との間にポリエチレンをその通常のラミネーション温度よりも低い温度で熱押出して固化させ結合層5を形成する(ポリエチレンからなる結合層5は、同一物質であるアンカー層4とは相溶して強固に一体化するが、異質のものであるポリエステルからなる透明フイルム層7とは弱い接着力で接着する。)。
ⅴ 右ⅰないしⅳのようにして得られたシール体に感圧性接着剤層8を施し、剥離紙9を貼り合わせる。
以上のとおり、イ号物件においては、ポリエチレンからなる結合層5は、同一物質であるアンカー層4とは強固に一体化するが、異質のものであるポリエステルからなる透明フイルム層7とは弱い接着力で結合するため、透明フイルム層7との間で剥離が生じやすいようになるという接着と剥離の方法を採用しており、これは、被告狭山化工実用新案権に基づく極めて独特なものであり、紙と透明の合成樹脂フイルムとを剥離しやすいように接着させることを構成要件とする本件特許発明とは全く異なる技術思想に基づくものである。
2 イ号物件は、本件特許発明の構成要件2を具備しない。
(一) イ号物件は、名宛人が塗工紙1、接着層2、隠蔽層3、アンカー層4及び結合層5を、少なくとも部分的に剥離しなければ葉書に記載された情報を判読できないが、場合によってはラベルを部分的に剥離した後、その判読が終われば他の部分は剥離せずに放置することがありうるし、部分剥離処理層6は必ず被着物に残存する。したがって、イ号物件は、「透明の合成樹脂のみを被着物に残存するようにした」ものではない。
(二) 原告は、イ号物件は全部剥離することができるように構成されているから、透明の合成樹脂フイルムのみが被着物に残存しうるようになっていると主張するが、イ号物件には、むしろ部分的に剥離し、他の部分は剥離せずに放置しても情報を判読でき、その目的を達成するように構成されているものもあるのである。
また、原告は、イ号物件の「本体」にはシリコーンが塗布されていないとするが、その「本体」が何を意味するのか判然としない。
3 イ号物件は、本件特許発明の構成要件3にいう「荷札、ラベル等の表示紙」に該当しない。
(一) 本件特許発明にいう「表示紙」とは、段ボール箱、紙箱等に「輸送その他の必要上」貼り付けられる「荷札」や「商品のラベルあるいはシール等」(公報2欄21行~23行)であり、「流通経路によりある時点で剥離する必要が生じる」もので(同2欄24行~25行)、「印刷されたものを消すことなくしかも段ボール箱を損傷せずに剥離容易」であることが必要なもの(同3欄8行~10行)であるから、これら本件明細書の記載からすると、「輸送」され、「流通経路」に置かれる段ボール箱、紙箱等に付される荷札、ラベル、シール等を指すことは明らかであり、イ号物件のように葉書に施されるシークレットラベルのようなものを含まないことは明らかである。郵便葉書に貼着されるシークレットラベルは、昭和五五年に郵便規則が改正されて初めて実現可能となったものであり、本件特許発明が昭和五一年の出願時にかかる目的を有していたということはありえない。本件明細書には本件特許発明が葉書に使用できることは一切記載ないし示唆されておらず、むしろ本件明細書の開示からすれば、このような使用は排除されていると解さざるをえない。
原告は、葉書も輸送され流通経路に置かれるものである旨主張するが、葉書は「輸送」されるものではなく、「送付」、「配達」されるものであり、また、「流通経路」に置かれるものでもない。
原告は、明細書の作成者は特許法三二条による拒絶査定を受けることをおそれて販売が許可されていない物を正面から取り上げて記載することはしないものである旨主張するが、このような主観的事情は明細書の客観的解釈とは無関係である。出願人が明細書に記載しなかったことによる不利益は、第三者ではなく出願人が負うべきであることは明らかである。
(二) 表示紙というのは、本件特許発明において紙4が「種々の印刷を施した」ものであるという要件があるように、それ自体が表示機能、すなわち情報を伝達する機能を有するものでなくてはならない。本件特許発明にいう荷札などはまさにその典型的なものであり、表面に宛先、送り手の住所、氏名等の情報が記載され、段ボール箱等にその情報が「表示」されるのである。
これに対し、イ号物件であるシークレットラベルは、葉書に記載された情報を一時的に隠蔽する機能を有するものであり、それ自体が何らかの情報を伝達する機能を有するものではない。したがって、その表面には情報が印刷される必要は全くない。確かに、イ号物件の表面には葉書の差出人の希望する任意のデザインが施されてはいるが、それはシークレットラベルを用いたことの結果として、葉書の該当部分が不自然に殺風景となるのを防止するためであって、通常差出人の名称やシークレットラベルの開封方法が記載されているにすぎない。
本件特許発明の表示紙において剥離によって「被着物の表面の印刷が消されない」ということと、イ号物件のシークレットラベルにおいて剥離によって隠蔽された情報が表れることとは、技術思想において全く異なるものである。すなわち、本件特許発明の表示紙は、それ自体が表示機能を有し、何かを隠蔽するという機能を有しないから、その貼着箇所は印刷箇所と何の関係も持たず、原則的に段ボール箱等のどこかに貼着しても見えさえすればよいということになる(たまたま印刷箇所に表示紙が貼着された場合に、印刷の損傷を防げば必要かつ十分である。)のに対し、イ号物件は、それ自体が表示機能を有せず、情報を隠蔽するという機能を有するから、葉書のどの部分に貼着してもよいというわけではなく、一定の場所、すなわち隠蔽されるべき情報が記載された箇所に貼着される必要があるのである(必ず印刷箇所に貼着され、その情報を隠蔽し、かつ、その情報を判読できるようにしなければならない。)。また、本件特許発明の表示紙に使用される紙4は、「重量を四〇g/m2~七〇g/m2であることが望ましく」(公報4欄21行~22行)とされているが、この程度の重量の紙は通常十分な隠蔽性を有しておらず、透過性を有しているものである。これは、本件特許発明の表示紙が下地の印刷が透けて見えるものでも構わず、場合によっては積極的に透過性を有するものを使用することが考えられていることによる。これに対し、イ号物件は、葉書に記載された情報が上から透けて見えたのでは意味がなく、必ず隠蔽機能を有するものでなければならない。
原告は、イ号物件も表示機能を有する「表示紙」である旨主張するが、イ号物件の表面に「記載」があるからといって、当然に「表示紙」であるとはいえない。「表示」とは、「<1>外部へあらわし示すこと<2>図表にして示すこと」(広辞苑)であり、積極的に外部に何かを伝える意思のあることが必要である。その意味で、段ボール箱等の送り先を明記する本件特許発明の実施品が「表示紙」であることは容易に理解できる。これに対し、イ号物件であるシークレットラベルは、葉書に記載された情報を一時的に隠蔽する機能だけが重要であり、その表面の「記載」は副次的な意味しか持ちえない。前記差出人の名称、シークレットラベルの開封方法等の記載は積極的に「外部へあらわし示す」事項ではなく、このような隠蔽目的を本来的機能として有するイ号物件は「隠蔽紙」とはいえても「表示紙」とはいえない。段ボールに使用される本件特許発明の表示紙と葉書に使用されるイ号物件の隠蔽紙とは、決してその両者の機能を兼ね備えられるものではない。
原告が本件特許発明にかかる表示紙にも隠蔽機能があるとして引用する本件明細書の発明の詳細な説明の部分(公報2欄32行~37行、3欄3行~6行)は、いずれも従来技術に関する記載であり、このような印刷が消されるという事態を悪いものと考え、できるだけ印刷が消される状況を解消しようとして本件特許発明が発明されたものであることは明らかであり、これをもって本件特許発明の表示紙が隠蔽機能を有するとすることはできない。本件特許発明の表示紙において「被着物の表面の印刷が消されることがない」ことは隠蔽機能を有することを意味しない。
(三) 原告は、「表示紙」という語は何らかの情報が表面に表示されているもの全般を指すとして、「表示体」という語を用いる実用新案出願公告昭五九-三五三八九号(甲第二七号証)を挙げるが、当該考案は、それ自体が絵、模様、文字等の情報を伝達する機能を有する表示体Aと、同じく絵、模様、文字等の情報を伝達する機能を有する表示体Bとを積層させた積層表示体であり、情報隠蔽機能を本質とするイ号物件とは全く異なるものである。右公報は、かえって、「表示紙」ないし「表示体」がそれ自体情報伝達機能を有することを本質的要素とするものに限られることを示すものである。
また、本件特許発明の特許番号が付されているという「しんてんシール」(甲第二八号証)は、原告が関与して製造、販売されているものであり、葉書用の隠蔽ラベルにも本件特許発明の効力を及ぼしたいという原告の願望を示すものにすぎない。
(四) イ号物件が本件特許発明の表示紙に含まれないことは、もし含まれると仮定すると本件明細書記載の本件特許発明の作用効果(前記第二の四の(1)ないし(3))のいずれについても、不自然ないし整合しない部分が生じてくることからも明らかである。
(1) まず、(1)「段ボール、紙箱等の被着物を破損することなく簡単に荷札、ラベル等の表示紙を剥離できるだけでなく、剥離後の段ボール等の表面の印刷を消すことがなく美麗である。」との作用効果については、何よりイ号物件は「段ボール、紙箱等の被着物」ではなく「葉書」から剥離されるものである点で根本的な相違点がある。この点をおくとしても、本件特許発明の場合は、段ボール箱等の表面の印刷が表示紙の剥離によって一部だけ破損したり、跡が残ったりして汚く見えたりする可能性があるから、「剥離後の段ボール等の表面の印刷を消すことがなく美麗である」とされているが、イ号物件のようなシークレットラベルの場合は、剥離後に葉書に記載された情報がきちんと判読できるかどうかだけが問題となり、美麗かどうかは問題とならない。
原告は、イ号物件において葉書の印刷文字が判読できるということが「美麗」に当たる旨主張するが、葉書の表面が「美麗」であるというような表現は慣用的ではない。
(2) (2)「紙4の剥離後は被着物に合成樹脂フイルムが感圧性粘着剤と共に残存するが、更にこの合成樹脂の上からでもこの発明の表示紙を重ねて貼着することができる。」との作用効果については、本件特許発明の「表示紙」では、いったんある場所に送られた段ボール箱等が流通の観点から別の場所に転送される必要が生じ、あるいは段ボール箱それ自体が再利用されることがあるから、一度貼着された荷札等を剥がして更に別の荷札を貼着することが考えられ、このような効果を奏することが必要となるのである。これに対し、イ号物件の場合は、葉書がその名宛人に郵送され、名宛人がラベルを剥離して内容である情報を確認すれば目的は果たされ、剥離後に更に別のイ号物件が重ねて貼着されることはありえない。
原告は、イ号物件においても、葉書に貼着したもののトラブルが発生した場合には、正規の箇所に再貼着することができる旨主張するが、仮にそうであるとしても、本件明細書で再貼着できるとされているのはトラブルが生じた場合ではなく、通常の使用状態においてであることは明らかである。
(3) (3)「経済性の上でも長網抄紙法により抄造された紙と円網抄紙法により抄造された紙とを積層したものより、この発明のように紙と合成樹脂フイルムとを積層したものの方が安価であり、工程上も従来の合成樹脂のラミネートする方法をそのまま利用することによりきわめて有益である。」との作用効果は、換言すれば、本件特許発明が、長網抄紙法により抄造された紙と円網抄紙法により抄造された紙とを積層したものと代替性を有することを意味するが、イ号物件の場合は、右のように積層したもので代替するわけにはいかない。このようなものを葉書に用いた場合は、剥離後に紙の層が葉書に残存することになり、葉書に記載された情報を判読することが不可能となるからである。
原告は、本件特許発明は長網抄紙法により抄造された紙と円網抄紙法により抄造された紙とを積層したものとは代替性を有しない旨主張するが、少なくとも両者は用途において共通する。
(五) 更に、本件特許発明の層構成を有するもの、特に本件特許発明の実施例に記載されたものは、葉書に記載された情報面上における完全な隠蔽と完全な剥離が必要とされるシークレットラベルないし葉書の隠蔽紙として用いることはできないから、この点からも、イ号物件のようなシークレットラベルないし葉書の隠蔽紙が本件特許発明の表示紙に該当しないことが明らかである。
すなわち、本件特許発明の実施例に従って製造したラベルは、完全な剥離が生じなくとも、十分その目的を果たす。もちろん完全に剥離されるに越したことはないが、本件特許発明の「表示紙」が段ボール箱等に付される荷札、ラベル、シール等である限り、ある程度剥離されていれば段ボール等の表面の損傷、剥離跡等はそれほど目立たないからである。しかし、シークレットラベルの場合は、このような不完全な剥離では残存する紙自体元来透過性を有しているとはいえ、残存状態により誤読等を生じ実用性を満たさない。葉書に記載された情報がすべて名宛人に伝達される必要があり、そのためには少なくとも情報が記載された面上の剥離は完全に生じなければならないからである。
本件特許発明の表示紙が葉書の隠蔽紙として使用できないことは、東ソー株式会社による実験報告書(乙第一二号証)からも明らかである。
すなわち、右実験報告書は、本件明細書の開示に従って製造した本件特許発明と同様の層構成を有するラミネートされた表示紙一四サンプルについて、剥離紙を剥離して段ボール板に貼着し、任意の四名の者に剥離させた結果を示したものである。同実験の結果、三サンプルについては、紙と透明の合成樹脂フイルムとの接合力が弱いため、これを剥離紙から剥がして段ボール板に貼着することができず、他のサンプルについても、段ボール板に貼着することはできるものの、四名全員が完全に紙を透明の合成樹脂フイルムから剥離することができたものはなかった。中には紙と透明の合成樹脂フイルムとの間で平均して八〇パーセントほどの剥離が生じたものはあったが、この程度の剥離では、段ボール箱等に付される荷札、ラベル、シール等としては十分その目的を果たすことができるものの、イ号物件のようなシークレットラベル(隠蔽紙)としては前記理由により実用性を満たさないのである。
4 以上のとおり、イ号物件は、本件特許発明の構成要件1、2、3をいずれも具備せず、本件特許発明の技術的範囲に属しないものであるが、このことは、イ号物件が被告狭山化工実用新案権の実施品であり、本件特許発明と技術的思想を異にすることからも明らかである。
(一) 被告狭山化工実用新案権にかかる「被覆処理された郵便葉書」の考案は、昭和六一年七月八日に出願し(実願昭六一-一〇三八四号)、平成三年一〇月一一日登録された(第一八六八〇八三号)ものであるが、その実用新案登録請求の範囲第1項は、「コンピュータ処理による印刷を施された郵便葉書1の裏面に対して接着される透明な熱可塑性樹脂の保護フイルム2と、裏面に熱可塑性樹脂の保護フイルム5をラミネートされた隠蔽性のあるカバーシート4と、前記樹脂フイルム5と同系の熱可塑性樹脂からなりかつこの樹脂の融点よりも低い温度で熱押出しされて前記保護フイルム2とカバーシート4とを剥離可能に結合する結合層3とを備えていることを特徴とする被覆処理された郵便葉書。」というものである。
被告狭山化工実用新案権にかかる考案は、明細書(乙第一号証)の記載(4欄36行~43行、5欄4行~7行)からも分かるように、ラミネートされたカバーシートと保護フイルムとの間にカバーシートと同系の樹脂からなる結合層を介在させ、カバーシートとの間には強い接着を、保護フイルムとの間には弱い接着を生じさせて、カバーシートと保護フイルムとを一体のものとしつつ、カバーシートないし結合層を保護フイルムから剥離しやすいようにしたものであって、このような極めて独自の層構成等を採用したラベル等は、その出願前には存在せず、新規性及び進歩性が認められたのであり、その技術的思想は本件特許発明の技術的思想とは異なるものである。
(二) 被告狭山化工実用新案権にかかる考案の出願公告に対しては、いずれも本件特許発明の公報を公知文献とする三件の異議申立てがされ、右考案は本件特許発明と同一、あるいは当業者がこれに基づいて極めて容易に考案しうるとの主張がされたが、特許庁は、これら異議申立てをいずれも理由のないものとして退けた。その理由は、右公報には「樹脂フイルム5と同系の熱可塑性樹脂からなり、かつこの樹脂の融点よりも低い温度で熱押出しされて保護フイルム2とカバーシート4とを剥離可能に結合する結合層3」ないし「フイルム2、5間の結合層3」の点が記載されておらず、被告狭山化工実用新案権にかかる考案は、右の公報に記載されたものと認めることができないばかりでなく、これから極めて容易に考案をすることができたものとも認めることができない、というものである。このことは、特許庁においても被告狭山化工実用新案権にかかる考案は本件特許発明とは異なる技術思想に基づくものであることが認められたことを端的に示している。
原告は、被告狭山化工実用新案権にかかる考案は、本件特許発明における表示紙において、紙と透明の合成樹脂フイルムとを剥離しやすくなるようにした改良考案であって、本件特許発明の利用考案そのものである旨主張するが、被告狭山化工実用新案権にかかる考案は、前記のとおり、紙と透明の合成樹脂フイルムとをラミネートによって剥離しやすいように接着させることを構成要件とする本件特許発明とは接着と剥離の原理及び構成を異にし、その技術的思想を異にするものである。
(三) イ号物件における「塗工紙1からアンカー層4までの層」、「アンカー層4」、「結合層5」及び「透明フイルム層7」は、それぞれ被告狭山化工実用新案権にかかる考案の「隠蔽性のあるカバーシート4」、「熱可塑性樹脂のフイルム5」、「結合層3」及び「透明な熱可塑性樹脂の保護フイルム2」に該当する。
そして、イ号物件は、郵便葉書に用いられるシークレットラベルすなわち隠蔽紙であり、郵便葉書に用いることによって被告狭山化工実用新案権の実用新案登録請求の範囲第1項を満たす郵便葉書がもたらされるから、その実施品に相当するものである。
【被告トッパン・ムーアの主張】
原告自身、イ号物件が本件特許発明の技術的範囲に属しないと認識していたことは、以下の事実から明らかである。
1 イ号物件は、被告トッパン・ムーアの有する登録第二〇六〇一〇四号実用新案権(昭和五九年七月二七日出願、平成六年六月二九日出願公告、平成七年五月九日登録。丙第一号証の1・2)にかかる考案と被告らが有する技術ノウハウをもとに、昭和六二年頃から互いに協力して開発したものであり、被告トッパン・ムーアは、イ号物件につき「メカクシール」の名称で受託活動を行い、被告狭山化工は、主として被告トッパン・ムーアの製造委託会社として製造を担当した。
ところが、原告は、昭和六三年一一月八日、訴外パテントマニジン社と連名で、被告トッパン・ムーアに対し、右メカクシール(イ号物件)は、右パテントマニジン社が実用新案登録出願(昭六〇-一八〇八八八号)をし原告が専用実施権を有する「葉書の複層化アタッチメント」(実用新案出願公開昭六二-九五七一号。丙第二号証はその実用新案公報)にかかる考案の実施品であるから、出願公告されたときは補償金を請求する旨警告し、なお、原告はしんてんシールの製造方法について本件特許権を有していることを付言する旨の警告書(丙第三号証)を送付してきた。被告トッパン・ムーアは、平成元年一月二四日原告を訪ね、イ号物件は本件特許権を侵害するものではないと説明した。
これに対し、原告は、平成元年三月一七日に被告トッパン・ムーアを訪ね、イ号物件は本件特許権を侵害するものでないことを表明するとともに、原告はパテントマニジン社に右考案の実施料を支払っており、被告トッパン・ムーアが顧客から請け負った分を幾分かでも、できることなら半分を原告に発注してほしい旨要望した。
被告トッパン・ムーアは、原告に対し、原告が被告トッパン・ムーア及びその顧客の「メカクシール」の実施に対し本件特許権の主張を行わないこと等三つの条件を守ることが取引の条件であることを表明し、原告及び被告トッパン・ムーアはこのことを前提に取引を行うことを約した。
2 また、平成元年六月二六日付官報号外第八八号により社会保険庁は支払通知書等貼付用シールの入札公示をするとともに、その入札説明の折に「シール及び台紙の仕様」(丙第六号証)を提示した。この仕様書において、シールの原反として原告製のAN、訴外KSシステムズ株式会社製のKS秘ラベル原紙及び被告狭山化工製のポストリード又はこれらと同等以上のものが指定されたが、年金支払通告のシール付郵便葉書のシールとして用いられることが原告においても明白であったにもかかわらず、仕様書のいずれの箇所にも本件特許権の表示は何ら掲載されていなかった。
しかも、原告は、右入札において被告トッパン・ムーアが落札したにもかかわらず、被告トッパン・ムーアに対し何ら本件特許権に基づく主張を行っていないし、これ以降も、本件訴訟の提起まで、社会保険庁の右シールの入札に対する被告トッパン・ムーアの落札についても、被告トッパン・ムーアが他の顧客から受注したイ号物件についても、何ら本件特許権に基づく主張をしていない。
二 争点2(被告らが損害賠償責任を負う場合に、被告らが賠償すべき損害の額)
【原告の主張】
1 イ号物件の社会保険庁向けの納品、販売による損害
(一) 被告狭山化工関係
(1) 被告狭山化工は、社会保険庁向けの入札において、平成元年度から平成四年度までの間、別紙「社会保険庁向けイ号物件損害金計算表」記載のとおり合計六億一九五五万四〇〇〇枚のイ号物件を同庁に販売(納品)した。
本件特許権の侵害品であるイ号物件は本来販売することができないものであり、平成元年度から平成四年度までの入札については、社会保険庁の製造指定業者は原告の外に被告狭山化工しかなかったから(名目上、訴外KSシステム株式会社も製造指定業者に入っていたが、納入実績は皆無であった。)、被告狭山化工が落札していなければ、右いずれの入札にも参加していた原告が落札し、原告製品を社会保険庁に販売(納品)できていたはずである。
原告の右平成元年度から平成四年度までの間における社会保険庁向け販売(納品)にかかる製品の純利益率は、原反加工完了段階で三二・五パーセントであり、少なくとも一九パーセントを下らないことが明らかであるから、原告は、少なくともイ号物件の販売総額五八億八五七六万三〇〇〇円(原告製品はこれより高額で落札されたはずである。)の一九パーセントに相当する一一億一八二九万四九七〇円の損害を被った。
(2) 仮に右の主張が認められないとしても、被告狭山化工のイ号物件の販売による利益率は、少なくとも原告の右純利益率一九パーセントを下回るものではない。原告より大規模で営業していた被告狭山化工の社会保険庁向けイ号物件の諸経費の売上高に占める割合は、大量仕入大量生産により、小規模に営む原告のイ号物件と同様の商品についての諸経費の売上高に占める割合より小さくなっても大きくなることはないからである。
そうすると、被告狭山化工が前記期間に社会保険庁向けイ号物件合計六億一九五五万四〇〇〇枚の販売により得た利益の額は、一一億一八二九万四九七〇円を下らない。
原告は、特許法一〇二条一項の規定により、被告狭山化工の右行為によって同額の損害を受けたものと推定される。
(二) 被告トッパン・ムーア関係
被告トッパン・ムーアは、右(一)の損害のうち、前掲「社会保険庁向けイ号物件損害金計算表」記載の被告トッパン・ムーア販売(入社)関与分である五億九八七六万九〇四〇円(三一億五一四一万六〇〇〇円×〇・一九)については、故意又は過失(特許法一〇三条)により、被告狭山化工と共同して原告の本件特許権を侵害したものであり、同被告と連帯して賠償する責任を負う。
2 イ号物件の一般ユーザー向け販売による損害
(一) 被告狭山化工関係
(1) 被告狭山化工の一般ユーザー向けイ号物件の販売実績及び販売額は、別紙「一般ユーザー向けイ号物件損害金計算表」添付の「一般ユーザー向けイ号物件使用実績表」記載のとおりである。
原告の一般ユーザー向けイ号物件と同様の商品の純利益率は三一・八パーセントを下回ることはなく、これを二〇パーセントと見積もるとしても、原告は、少なくともイ号物件の販売総額四億五八五〇万円の二〇パーセントに相当する九一七〇万円の損害を被った。
(2) 仮に、右の主張が認められないとしても、被告狭山化工の一般ユーザー向けイ号物件の販売による利益率は、少なくとも原告の右純利益率三一・八パーセントを下回るものではない。原告より大規模で営業していた被告狭山化工の一般ユーザー向けイ号物件の諸経費の売上高に占める割合は、大量仕入大量生産により、小規模に営む原告のイ号物件と同様の商品についての諸経費の売上高に占める割合より小さくなっても大きくなることはないからである。
そうすると、被告狭山化工が一般ユーザー向けイ号物件を販売したことによって得た利益の額は、被告狭山化工の利益率を二〇パーセントと推定したとしても、九一七〇万円を下らない。
原告は、特許法一〇二条一項の規定により、被告狭山化工の右行為によって同額の損害を被ったものと推定される。
(二) 被告トッパン・ムーア関係
被告トッパン・ムーアは、右(一)の損害のうち、前掲損害金計算表及び使用実績表記載の被告トッパン・ムーア販売関与分である三二〇〇万円(一億六〇〇〇万円×〇・二〇)については、前記1(二)と同様の理由により、被告狭山化工と連帯して賠償する責任を負う。
3 実施料相当額による原告の損害
右1、2の主張が認められないとすれば、原告は、特許法一〇二条二項の規定に基づき、本件特許発明の実施料相当額を原告の被った損害として、共同不法行為者たる被告らにその賠償を求める。
(一) 本件特許発明の実施料相当額における実施料率としては、昭和六三年から平成三年までの間の外国技術導入契約における実施料率(ただし、イニシャルロイヤリティーなしの場合)の平均値が四・六四パーセントであるから、低く見積もっても四パーセントとするのが相当である。
仮に、右理由によっては四パーセントの実施料率が認められないとしても、以下のとおり国有特許権の実施料算定方式により、実施料率はやはり四パーセントを下らないものである。
すなわち、国有特許権実施契約書(昭和二五年二月二七日特総第五八号特許庁長官通牒)の内容(甲第二九号証)は、民間における一般の特許権の実施許諾の場合にも参考とされるべきところ、右国有特許権実施契約書における実施料率は、基準率×利用率×増減率×開拓率という算式により算定される。
基準率は、実施価値「上」のものは四パーセント、「中」のものは三パーセント、「下」のものは二パーセントとされているところ、本件特許発明を除いては製品としては存立しえないので、本件特許発明の実施価値は四パーセントとみるのが妥当である。利用率は、発明がその製品において占める割合であって、発明がその製品の全部であるときは一〇〇パーセントとされるが、本件では製品全体の価格と関係のない製品は付帯していないので一〇〇パーセントとみるのが妥当である。増減率及び開拓率は、いずれも一〇〇パーセントを基準とするが、本件では格別の事由はないので、これによる。
(二) したがって、社会保険庁向けイ号物件については、被告狭山化工の販売総額五八億八五七六万三〇〇〇円に四パーセントを乗じた二億三五四三万〇五二〇円が、一般ユーザー向けイ号物件については、販売総額四億五八五〇万円に四パーセントを乗じた一八三四万円が実施料相当額と認められる。被告狭山化工は、右合計額を原告に賠償する責任を負い、被告トッパン・ムーアは、右のうち同被告の販売(入札)関与分である一億三二四五万六六四〇円(三一億五一四一万六〇〇〇円×〇・〇四と一億六〇〇〇万円×〇・〇四の合計)の範囲で被告狭山化工と連帯して賠償する責任を負う。
4 被告らは、原告製品には超高速機での安定した貼付けができないという欠陥があり、社会保険庁においてトラブルが生じたため、事実上原告製品が同庁に販売(納品)されることはありえなかった旨主張するが、原告製品については、平成五年度に先立ち社会保険庁から呼出しを受けて同庁で機械適合検査が行われ、何ら問題がなかった。このような検査が行われたのは、他業者から原告製品について機械適合が悪いとの根拠のない風評が同庁に対して流れたためである。
【被告らの主張】
1 原告の主張はすべて争う。
2 原告は、被告狭山化工が落札していなければ原告が原告製品を社会保険庁に販売(納品)できていたはずであると主張するが、原告製品には超高速機での安定した貼付けができないという欠陥があり、社会保険庁においてトラブルが生じたため、事実上原告製品が同庁に販売(納品)されることはありえなかった。
(被告狭山化工)
原告は自らが社会保険庁の製造指定業者であった旨主張するが、原告は社会保険庁の入札指名業者ではなく、直接社会保険庁に製品を納入できる立場にはなかった。社会保険庁は、原告、被告狭山化工又は訴外KSシステム株式会社の原反と同等の品質を有する原反の使用を義務付けていたが、他社が同等の品質を有する原反を製造することを禁じていたものではない。
いずれにしても、ユーザーがイ号物件を選択し、購入したのは、イ号物件の品質、価格及び被告狭山化工の営業ないしサービス活動によるものであって、本件特許発明の実施の有無とは関係がない。
(被告トッパン・ムーア)
原告は、社会保険庁の入札指名業者でないことから、直接入札に参加する立場にはなく、原告を中心とする「しんてん会」のメンバーである大日本印刷株式会社、小林記録紙株式会社が落札した「支払通知書貼付用シール」の製造を請け負うことを両社と約していたにすぎないものと思われる。
しかしながら、右シールは、原告製原反ANが用いられ、原告により印刷、加工され、いったんは社会保険庁に納入されたものの、使用時にトラブルが発生し、事実上使用できず、大日本印刷株式会社、小林記録紙株式会社は請け負った仕事を完成することができなかった。このため、右両社は、急遽被告トッパン・ムーアを介して又は直接被告狭山化工に再委託の協力を求め、被告狭山化工により製造されたイ号物件を社会保険庁に納入することにより仕事を完成することになった。
しかも、被告トッパン・ムーアは、平成元年八月一日以降、原告の要望に基づき、原告が原反ANを用いて印刷、加工を行った社会保険庁用の右シールにつき、同庁で使用されるのと同じ超高速機及び高速機等により再三再四、貼付テスト、品質評価を行い、原告に対し品質向上の提案、協力、アドバイスを行ったにもかかわらず、原告はこれを部分的にしか受け入れなかった。そのため、原告は、右両社が落札した「支払通知書貼付用シール」の再委託の仕事を請け負うことができず、自ら取引の機会を逸し続けたものである。
なお、イ号物件は、不代替物であるところから、ユーザーが被告トッパン・ムーアに隠蔽シールの製造を委託したのは、イ号物件の品質及び被告トッパン・ムーアの営業ないしサービス活動を含む仕事の完成に対する価格(報酬)によるものであって、本件特許発明の実施の有無とは関係がない。
3 特許法一〇二条一項の推定規定が働らくためには、特許権者自らがその特許発明を実施し、その実施により独占的に利益を得ることができたという事情の存在が必要であるが、右2のとおり、そのような事情は全く存在しない。
4 原告は本件特許発明の実施料相当額における実施料率としては四パーセントとするのが相当である旨主張するが、本件特許発明をそのまま実施して商業的に満足な製品を製造することが困難であることは東ソー株式会社の実験(乙第一二号証)から明らかであり、このような不完全な、しかも隠蔽シールにおいて不可欠な隠蔽層の技術思想を何ら開示、示唆していない本件特許発明に対し四パーセントもの高額な実施料が支払われることはありえない。
第四 当裁判所の判断
一 争点1(イ号物件は本件特許発明の技術的範囲に属するか)について
1 本件特許発明の構成要件1の意味
本件特許発明の構成要件1の意味について、上層から下層に<1>種々の印刷を施した紙、<2>透明の合成樹脂フイルム、<3>感圧性粘着剤、<4>剥離紙という順に序列のある積層体であれば足り、これらの各層の間に任意の他の層を介在させても差し支えないのか(原告の主張)、右各層が右の順番で間に他の層を介在させることなく直接に接触して積層されていることを意味するのか(被告らの主張)争いがあるので、まずこの点から検討する。
(一) 本件明細書の記載及び図面
特許請求の範囲第1項は、構成要件1につき、「種々の印刷を施した紙4と透明の合成樹脂フイルム2と感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したことを特徴とする」と記載されている。
また、発明の詳細な説明の欄には、「この発明を説明すると、まず押出機1に<1>高圧ポリエチレン、<2>ポリプロピレンあるいは<3>中圧ポリエチレン等の合成樹脂から選ばれた1種又は数種を投入、溶融した合成樹脂フイルム2を押出機のTダイ3より押出し紙4と積層し冷却固化する。この方法はエクストルジョンラミネート法と言われるもので、ラミネーション時の溶融樹脂の押出し温度は通常三〇〇℃~三二〇℃である。またポリプロピレンはポリエチレンに較べて溶融温度が約一〇~二〇℃程低いがどちらも前記三〇〇~三二〇℃で十分溶融状態となり、押し出される。この発明においてはラミネーション時の溶融樹脂の押出し温度を二五〇℃~三〇〇℃未満にしたものである。このことはラミネーション時の溶融樹脂の押出し温度を三〇〇℃~三二〇℃とすると紙4と合成樹脂フイルム2が完全接着し、このラミネートしたものは以後剥離することが不可能である。また温度が二五〇℃未満であると紙と合成樹脂フイルムとの接着強度が弱くなるばかりでなく、事実上押出機1より合成樹脂フイルム2を押出すことが不可能となる。したがつてこの発明のようにラミネーション時の溶融樹脂の押出し温度を二五〇℃~三〇〇℃未満にすることが、紙4と合成樹脂フイルム2とを一応弱く接着させ、しかも接着後剥離が容易なものとしてラミネートすることができる。上記は、高圧ポリエチレン、ポリプロピレン、中圧ポリプロピレンについての紙とラミネーション時の押出温度について述べたが、本発明はこれらに限定されるものではなく各種合成樹脂のそれぞれの溶融温度よりやや低い温度にすることで接着後紙4と合成樹脂フイルム2とを容易に剥離することができるようにすることも可能である。なお一般にTダイ3より押出された合成樹脂フイルム2と紙4の接着点、すなわちクーリング・ロール5とプレッシャー・ロールとの加圧点までの距離は一〇〇~一二〇m/mでありTダイ3より押出される溶融した合成樹脂フイルムの温度とは余り差がない。このようにして溶融した合成樹脂のフイルム2と紙4とを前記クーリング・ロール5とプレッシャー・ロール6とで加圧されるが、この加圧もラミネーション時の溶融した合成樹脂フイルム2の押出し温度及びTダイ3より加圧点までの距離との相対的関係において通常のラミネーション時よりやや弱く加圧することが好ましい。なお紙4はラミネーション時以前に文字、図形等の印刷を施していても差し支えない。このようにして紙4と合成樹脂フイルム2とをラミネートしたものは冷却器7を介して積層するが、更にこれに合成樹脂フイルム2の側に感圧性粘着剤8と剥離紙9とを順に積層する。ついで積層したものの紙4の表面に文字、図形等種々の印刷を施してこの発明である表示紙を仕上げる。この場合紙4の重量を四〇g/m2~七〇g/m2であることが望ましく、四〇g/m2未満であると表示紙を剥離する場合に紙4が被着物に残存し、七〇g/2以上であると紙4のコストが高くなり不経済である。また合成樹脂フイルム2の厚さは一五μ~五〇μが最適であり、一五μ未満であれば強度が弱く剥離が不完全となり五〇μ以上であれば不経済である。このようにして種々印刷を施した紙4と合成樹脂フイルム2と感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したものの一端に紙4を残して切り欠く10か又は切目11を設けることも可能である。この発明のものであれば前記切り欠き10か又は切目11を設けなくても手で十分合成樹脂フイルム2を残存して紙4を被着物より剥離することができるが、切り欠く10か又は切目11を設けると指先で簡単に紙4の一端を掴むことができ便利である。」(公報3欄13行~4欄37行)と記載されている。右引用部分の記載は、主として特許請求の範囲第4項及び第5項の表示紙の製造方法の発明を念頭に置いた記述の仕方になっているが、右のように、その書出し自体、「この発明を説明すると、」というものであって、後記実施例についての記載(公報4欄38行~5欄23行)の前にあって、実施例ではなく本件明細書記載の発明そのものを説明するものであることを明示しており、また、「ついで積層したものの紙4の表面に文字、図形等種々の印刷を施してこの発明である表示紙を仕上げる。」(同4欄20~21行)との記載は、物の発明たる本件特許発明(特許請求の範囲第1項)にかかる表示紙の製造方法の説明であることを示しており、右記載以下の、「この場合紙4の重量を四〇g/m2~七〇g/m2であることが望ましく、四〇g/m2未満であると表示紙を剥離する場合に紙4が被着物に残存し、七〇g/m2以上であると紙4のコストが高くなり不経済である。また、合成樹脂フイルム2の厚さは一五μ~五〇μが最適であり、一五μ未満であれば強度が弱く剥離が不完全となり五〇μ以上であれば不経済である。」(同欄21行~28行)との部分は、本件特許発明の実施態様である特許請求の範囲第2項の発明についての説明であり、「このようにして種々印刷を施した紙4と合成樹脂フイルム2と感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したものの一端に紙4を残して切り欠く10か又は切目11を設けることも可能である。この発明のものであれば前記切り欠き10か又は切目11を設けなくても手で十分合成樹脂フイルム2を残存して紙4を被着物より剥離することができるが、切り欠く10か又は切目11を設けると指先で簡単に紙4の一端を掴むことができ便利である。」(同欄28行~37行)との部分は、本件特許発明自体(切り欠きも切目も設けないもの)とその実施態様である特許請求の範囲第3項の発明(切り欠き又は切目を設けたもの)についての説明であること、発明の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載しなければならないところ(昭和六〇年法律第四一号による改正前の特許法三六条四項)、本件明細書における発明の詳細な説明の欄の記
載は、発明の課題ないし目的の記載(公報2欄16行~3欄12行)、後記実施例についての記載(同4欄38行~5欄23行)、作用効果の記載(同5欄24行~6欄13行)を除くと、右引用部分がすべてであるから、右引用部分が特許請求の範囲第4項及び第5項の発明のみに関する記載であるとすれば、本件明細書の発明の詳細な説明において、物の発明たる本件特許発明(特許請求の範囲第1項)に対応する構成についての記載は全く存在しないことになり、右特許法三六条四項に反することになることに照らし、右引用部分は、その前半(「ついで積層したものの紙4の表面に文字、図形等種々の印刷を施してこの発明である表示紙を仕上げる。」まで)において、特許請求の範囲第4項及び第5項の表示紙の製造方法の発明について説明するとともに、その後半(「この発明である表示紙を仕上げる。」を含み「この場合」以下)において、右のような製造方法によって製造された表示紙という形で本件特許発明(特許請求の範囲第1項)並びにその実施態様である特許請求の範囲第2項及び第3項の発明の構成を説明する記載であると解さざるをえない(原告は、右「この発明を説明すると、」〔公報3欄13行〕との記載は、「特許請求の範囲第4項に記載された製造方法の発明を説明すると、」という意味であるとか、「製造方法に関する発明の実施例にかかるものを説明すると、」と記載すべきところを省略したとか主張するが、右説示に照らし到底採用することができない。)。
実施例については、「実施例」との見出し(公報4欄38行)のもとに、「高圧ポリエチレンを三二〇℃で溶融したものを押出機のTダイ3より押出し、これを予め巻き取られたものから送られた紙4とクーリング・ロール5とプレッシャー・ロール6との押圧ロールでのラミネーション時の温度を二九〇℃として紙4と透明な合成樹脂フイルム2とをラミネートし、その後冷却器7において冷却した。ついで、紙4と透明な合成樹脂フイルム2を積層したもののフイルム2側に感圧性粘着剤8を塗布し、その後ロールにより剥離紙を積層し、その後紙4の表面に荷札の様式印刷を行って本発明を仕上げた。なお前記使用した紙の重量は六〇g/m2のものであり、透明な合成樹脂のフイルムの厚さは四〇μのものを利用した。このようにして出来た荷札は、剥離紙9を剥離して、感圧性粘着剤側を段ボールの荷札貼着個所に貼着したが、この場合では紙4と透明な合成樹脂フイルム2とのラミネートした個所は十分接着された状態であった。その後、指先により紙をもって透明な合成樹脂フイルム2から分離すると紙4のみがフイルム2と分離して剥離し、フイルム2は感圧性粘着剤8と共に段ボールに残存した。以上の場合は、透明な合成樹脂フイルム2を段ボール面より剥離されることもなく、しかも紙4のみが完全にフイルム2より剥離された。更に、段ボールに残存した透明な合成樹脂フイルム2上に、別の新たな本発明の荷札を剥離紙9を剥離して感圧性粘着剤8により十分貼着することができた。」(同4欄39行~5欄23行)との記載があるのみである。
また、図面の簡単な説明には、「第2図はこの発明の縦断面図であり、」(公報6欄16行~17行)との記載があり、添付図面第2図には、上から紙、合成樹脂フイルム、感圧性粘着剤、剥離紙が各直接接触して積層されたものが示されている。その外、第3図、第4図にも、上から紙、合成樹脂フイルム、感圧性粘着剤、剥離紙が各直接接触して積層されたものが示されており、それ以外の積層物を示す図面は存しない。
以上によれば、特許請求の範囲第1項には、構成要件1<1>ないし<4>の各層の間に任意の他の層を介在させても差し支えない旨の記載はなく、発明の詳細な説明にも、構成要件1<1>ないし<4>の各層の間に任意の他の層を介在させても差し支えない旨の記載及びその示唆はなく、かえって、本件明細書記載の発明そのものについての説明である前記引用部分は、物の発明たる本件特許発明(特許請求の範囲第1項)の構成要件1<1>ないし<4>の各層が間に他の層を介在させることなく直接接触して積層されるものであることを示唆するものである。また、実施例及び添付図面においても、構成要件1<1>ないし<4>の各層がそれぞれ直接接触して積層されたもののみが示されている。
原告は、本件特許発明の本質は、上層に文字印刷された紙、下層に透明の合成樹脂フイルムが積層されてなる表示紙であって、これを被着物に貼着した後、所望の時点で上層の紙を取り去り、下層の透明の合成樹脂フイルムのみを残し、かつ被着物の表面の印刷が消されないようにするという点にあり、このような本件特許発明の本質に基づけば、紙と透明の合成樹脂フイルムが直接積層されているか間接積層(他の層を介しての積層)されているかは問わないことは明らかである旨主張するが、本件特許発明(特許請求の範囲第1項)では、構成要件1<1>ないし<4>の各層を、「順に積層したことを特徴とする」と記載されているのであるから、右各層の構成、数、積層の順序のいずれも本件特許発明にとって重要なものであり、他の層の存在は予定していないものと解すべきである。原告は、積層の順番は本件特許発明にとって不可欠の構成要素であるが、特許請求の範囲に記載されていない直接積層であるか間接積層であるかという事項はどちらでもよいと解釈するのが至当であるとか、もし本件特許発明が任意の他の層の存在を予定していないものであれば、特許請求の範囲は「…剥離紙9のみを順に積層した…」と記載されたはずである旨主張するが、もちろん特許請求の範囲がそのように記載されていればより明確ではあるものの、本件においては、特許請求の範囲がそのように記載されていなくても、発明の詳細な説明における前記引用部分が、各層が間に他の層を介在させることなく直接接触して積層されるものであることを示唆しているのであるから、右主張も採用できない。
(二) 公知技術
本件特許発明は荷札、ラベル等の表示紙に関するものであるところ、本件特許発明の出願前の実用新案出願公開昭五〇-一二〇六二号(実願昭四八-六六三二三号)にかかる明細書及び図面(乙第五号証)に記載された考案は、その実用新案登録請求の範囲が「上側シートの片面に接着剤層を設け、該接着剤層に剥離可能な下側シートを貼着し、さらに下側シートの他面に接着剤層を設けて成る接着シート」(1頁5行~8行)というものであり、考案の詳細な説明の欄には、考案の対象について「本考案はラベルまたはフスマ等の装飾用等に使用される接着シートに関するものである。」(1頁10行~11行)、考案の目的について、「従来、上記の如くの用途に使用されている接着シートは、紙等の基体に接着剤を塗布したものであり、表面強度の弱い段ボール、紙等の被着体に貼着して使用することが多い。しかしながらラベルとしては不要時における引き剥がし、または荷物転送時におけるラベルの貼り替えに際し、被着体表面を損傷することが多くトラブルが絶えなかった。またフスマ等に用いられる装飾用シートにおいても模様がえの時には、手間がかかるうえ下地を損傷することが多く面倒なものであった。本考案は上記の欠点を解決するものである。」(1頁12行~2頁3行)、構成について、「即ち、本考案に係る接着シートは、上側シートの片面に接着剤層を設け、該接着剤層に剥離可能な下側シートを貼着し、さらに下側シートの他面に接着剤層を設けて成るものである。本考案を実例によって説明すると、(1)はポリエチレン、ポリエステル等各種のプラスチックフイルム、紙、金属箔等またはそれらを適宜積層した複合体より成る上側シートであって、文字、模様、色彩等は適宜施される。(2)、(4)は接着剤層であり、溶剤賦活型、熱賦活型等各種の接着剤が使用せられ同種、異種どちらでもよいが、使用の便利さから両者ともに感圧性接着剤にすることが好ましい。(3)は接着剤層(2)より剥離可能な下側シートであって、紙、各種のプラスチックフイルム、金属箔等が使用せられるが、剥離を容易にするため接着剤層(2)に貼着される面には剥離処理を施すことが好ましい。(5)は必要に応じて設けられる剥離性の保護シートである。」(2頁4行~3頁2行)、作用効果について、「本考案は上記の如くの構成としたので、不要時には接着剤層(2)と下側シート(3)の境界より簡単に剥離でき、また荷物転送時におけるラベルの貼り替えに際しては、上側シートを下側シートより剥離し、被着体上に残った下側シートをそのまま使用するか、またはその上に新しいラベルを貼着すればよいので段ボール等の被着体表面を損傷することは全くない。さらにフスマ等の装飾用シートにおいて、下側シートに模様色彩等をあらかじめ施したものにあっては上側シートを剥離するのみで、また下側シートが無地のものにあっては上側シートを剥離し、その上に新しい装飾用シートを貼着するだけで季節、雰囲気に応じて、下地を損傷することなく、簡単に模様がえできる。」(3頁3行~17行)と記載されている。
すなわち、右明細書及び図面に記載された接着シートの考案は、上層から下層に、(1)上側シート、(2)接着剤層、(3)下側シート、(4)接着剤層、(5)必要に応じて(4)の下に設けられる剥離性の保護シートという順番で積層された構造を有するものである。
仮に原告主張のように、本件特許発明の構成要件1の意味は、上層から下層に<1>種々の印刷を施した紙、<2>透明の合成樹脂フイルム、<3>感圧性粘着剤、<4>剥離紙という順に序列のある積層体であれば足り、これらの各層の間に任意の他の層を介在させても差し支えないとすれば、右考案において、(1)の上側シートの材料として紙を採用して文字を施し、(3)の下側シートに透明のプラスチックフイルムを採用した場合、本件特許発明は右考案と同一の構成を有することになり(右考案の(1)、(3)、(4)、(5)の各層がそれぞれ本件特許発明の<1>、<2>、<3>、<4>の各層に相当し、(1)の上側シートと(3)の下側シートの間に(2)の接着剤層が介在しても、本件特許発明の構成要件1と同様に、上層から下層に右(1)、(3)、(4)、(5)の各層の順に積層されていることになる。右考案における(3)の透明のプラスチックフイルムから成る下側シートは(2)の接着剤層と剥離可能に接着されているから、(1)の上側シート及び(2)の接着剤層を剥離した後は、本件特許発明の構成要件2と同様に、透明のプラスチックフイルムから成る下側シートのみが被着物に残存することになり、また、上側シートの材料として紙を採用して文字を施したラベルが、本件特許発明の構成要件3にいう「荷札、ラベル等の表示紙」に該当することは明らかである。)、本件特許発明の特許には明白な無効事由があることになるから、原告の右主張は採用することができず、この点からいっても、本件特許発明は構成要件1<1>ないし<4>の各層が問に他の層を介在させることなく直接接触して積層された構造を有するものであると解するのが相当である。
この点について、原告は、右乙第五号証の明細書及び図面には、被着物表面の印刷が消されないようにするため、表示紙の層の一つとして透明の合成樹脂フイルム層を採用するという本件特許発明の基本的な技術思想が記載も示唆もされておらず、本件特許発明の技術思想とは全く異なるものである旨主張する。しかしまず、「表示紙の層の一つとして透明の合成樹脂フイルム層を採用する」という点は、右明細書に下側シートの材料としてプラスチックフイルムが明記されているところであり、そのプラスチックフイルムから透明のプラスチックフイルムを排除する旨の記載はなく、プラスチックフイルムが透明であるからといって、右考案の前記目的を達成することができなくなるとか、ラベルについての「本考案は上記の如くの構成としたので、不要時には接着剤層(2)と下側シート(3)の境界より簡単に剥離でき、また荷物転送時におけるラベルの貼り替えに際しては、上側シートを下側シートより剥離し、被着体上に残った下側シートをそのまま使用するか、またはその上に新しいラベルを貼着すればよいので段ボール等の被着体表面を損傷することは全くない。」という作用効果、又はフスマ等の装飾用シートについての「下側シートが無地のものにあっては上側シートを剥離し、その上に新しい装飾用シートを貼着するだけで季節、雰囲気に応じて、下地を損傷することなく、簡単に模様がえできる。」という作用効果を奏することができなくなるとは考えられないから、下側シートの材料であるプラスチックが透明のプラスチックを含むものであることは明らかというべきである(右ラベルについての作用効果の記載によれば、「荷物転送時におけるラベルの貼り替えに際して」「上側シートを下側シートより剥離し、被着体上に残った下側シートをそのまま使用する」場合、段ボール等の表面にそのまま残存するいわば用済みの下側シートは不透明であるより透明である方が目立たないし、「その上に新しいラベルを貼着す」る場合も、残存する下側シートが不透明であれば、上に貼着する新しいラベルが残存する下側シートを完全に覆わないと下側シートが目立つことになるから、右作用効果からすれば、むしろ、右考案における下側シートは透明である方が好ましいとさえいうことができる。)。「被着物表面の印刷が消されないようにするため」という点は、なるほど右明細書にはこれを明記した箇所はないものの、右考案は、「ラベルとしては不要時における引き剥がし、または荷物転送時におけるラベルの貼り替えに際し、被着体表面を損傷することが多くトラブルが絶えなかった。」という欠点を解消することを目的とし、「不要時には接着剤層(2)と下側シート(3)の境界より簡単に剥離でき、また荷物転送時におけるラベルの貼り替えに際しては、上側シートを下側シートより剥離し、被着体上に残った下側シートをそのまま使用するか、またはその上に新しいラベルを貼着すればよいので段ボール等の被着体表面を損傷することは全くない。」(3頁3~10行)というのであり、上側シートを剥離すると下側シートが段ボール等の被着物上に残存し、段ボール等の被着物の表面を損傷することは全くないというのであるから、右考案においても、下側シートに透明のプラスチックフイルムを採用した場合、段ボール等の被着物の表面の印刷が消されないという作用効果を奏するのは当然のことであって、本件特許発明が、このことを目的として明記したからといって、構成が同一である右考案と別異の発明になるものでないことはいうまでもない。
2 イ号物件との対比
(一) これに対し、イ号物件は、別紙イ号物件目録記載のとおり、上層から下層に塗工紙1、ポリエチレンからなる接着層2、アルミ箔からなる隠蔽層3、ポリエチレンからなるアンカー層4、ポリエチレンからなる結合層5、シリコーンからなる部分剥離処理層6、ポリエステルからなる透明フイルム層7、感圧性接着剤層8、剥離紙9の各層を各隣接して積層したものであり、ポリエチレンからなる結合層5とシリコーンからなる部分剥離処理層6あるいはポリエステルからなる透明フイルム層7との間では、他の層間に比し最も剥離が生じ易く結合されているものである。
したがって、原告主張のようにイ号物件の右塗工紙1、ポリエステルからなる透明フイルム層7、感圧性接着剤層8、剥離紙9の各層がそれぞれ本件特許発明の構成要件1の<1>、<2>、<3>、<4>に各相当するとしても、塗工紙1の層とポリエステルからなる透明フイルム層7の層とが直接接触しておらず、間にポリエチレンからなる接着層2、アルミ箔からなる隠蔽層3、ポリエチレンからなるアンカー層4、ポリエチレンからなる結合層5(部分的にはこれに加えてシリコーンからなる部分剥離処理層6)が介在しているので、イ号物件は本件特許発明の構成要件1を具備しないものというべきである。
(二) 原告は、イ号物件における右接着層2から結合層5(及び部分剥離処理層6)までの各層は、本件特許発明に必要に応じて付加されるものであって、これらの層の存在によって本件特許発明の発明思想が破壊されているものではないとか、イ号物件は被着物表面の印刷が消されないようにするため表示紙の層の一つとして透明の合成樹脂フイルム層を採用するという本件特許発明の基本的技術思想を利用したうえ、表面の紙部分と透明の合成樹脂フイルム層とを剥離しやすくするという改良を加えたものである旨主張する。
しかし、本件特許発明の構成要件1<1>の紙の層と<2>の透明の合成樹脂フィルムの層とは間に他の層を介在させることなく直接接触して積層されるものと解すべきであることは前示のとおりであり、また、本件明細書には、本件特許発明の解決課題として、「昨今の段ボール箱や紙箱類に種々の形式の印刷が施されており、しかも段ボール箱等の表面積の1/2以上が印刷されている現状において、荷札、ラベル等の表示紙を印刷された上に直接貼付けていることをかんがみると印刷効果を失なうばかりでなく、ユーザーにとっても不便である。特に段ボール箱や紙箱類に印刷されている文字はPRやその他の目的で施されているうえで、この印刷されたものを消すことなくしかも段ボール箱を損傷せずに剥離容易な荷札、ラベル等の表示紙が必要となった。」(公報2欄37行~3欄10行)との記載があるところ、右記載は直接的には表示紙の剥離後に被着物に印刷された文字を消さないようにする必要性についての記載であるものの、本件特許発明は、被着物に印刷された文字は不特定多数の者に見せるものであって、表示紙を貼付した場合に表示紙が有する隠蔽作用は欠点であるとして捉え、表示紙の剥離後は被着物に印刷された文字が消えないようにするという技術的思想に基づくものであるのに対し、イ号物件は、被着物(通知用の葉書等)に印刷された文字は不特定多数の者に見せないようにするものであり、そのために塗工紙1とポリエステルからなる透明フイルム層7との間にアルミ箔からなる隠蔽層3を介在させて隠蔽作用を発揮させるという技術的思想に基づくものであって、質的に異なる技術的思想に基づくものであるから、右原告の主張は採用することができない。
二 結論
以上によれば、イ号物件は本件特許発明の技術的範囲に属しないことが明らかであるから、原告の被告らに対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないというべきである。
(裁判長裁判官 水野武 裁判官 田中俊次 裁判官 本吉弘行)
イ号物件目録
イ号物件説明書および別紙図面に示す、葉書に記載された情報を隠蔽するためのラベル
イ号物件説明書
一、別紙図面の説明
(一) 第一図のaはミシン目が二本で剥離用のつまみが付いているラベル(プルトップ型)の、第一図のa'はミシン目が二本で剥離用のつまみが無いラベルの、第一図のbはミシン目が一本のラベルの、それぞれ斜視図である。
(二) 第二図のaはミシン目が二本のラベル(つまみの有無を問わない)の、第二図のbはミシン目が一本のラベルの、それぞれ断面図である。
(三) 第三図のaはミシン目が二本のラベル(つまみの有無を問わない)の、第三図のbはミシン目が一本のラベルの、それぞれ剥離中の葉書に貼合されたラベルの斜視図である。
二、シークレットラベルの構成
(一) ラベルは、次の各層を順に積層してなる。
塗工紙1
ポリエチレンからなる接着層2
アルミ箔からなる隠蔽層3
ポリエチレンからなるアンカー層4
ポリエチレンからなる結合層5
シリコーンからなる部分剥離処理層6
ポリエステルからなる透明フィルム層7
感圧性接着剤層8
剥離紙9
(二) 塗工紙1の表面には、葉書の差出人(ラベルのユーザー)の希望する任意のデザインが施されている。
(三) 塗工紙1、ポリエチレンからなる接着層2、アルミ箔からなる隠蔽層3、ポリエチレンからなるアンカー層4およびポリエチレンからなる結合層5の一部には、剥がし口を設けるためにミシン目10が設けられている。
(四) ポリエチレンからなるアンカー層4とポリエステルからなる透明フィルム層7との間には、ポリエステルの融点よりも低い温度で溶融されて固化したポリエチレンからなる結合層5が介在するが、かかる結合層5は、固化の際に、ポリエチレンからなるアンカー層4とは同一物質の融着接合によって強固に一体化され、他方ポリエステルからなる透明フィルム層7とは異質表面のため弱い接着力で結合されている。
シリコーンからなる部分剥離処理層6は、部分的に帯状に積層されており、ポリエチレンからなる結合層5とポリエステルからなる透明フィルム層7との剥離を容易にする。
この結果、ラベル(剥離紙9を除く)は、ポリエチレンからなる結合層5とシリコーンからなる部分剥離処理層6あるいはポリエステルからなる透明フィルム層7との間では、他の層間に比し最も剥離が生じ易く結合されている。
以上
第一図a
<省略>
第一図a'
<省略>
第一図b
<省略>
第二図a
<省略>
第二図b
<省略>
第三図a
<省略>
第三図b
<省略>
社会保険庁向けイ号物件
損害金計算表(狭山化工外分)
Ⅰ 被告らのイ号物件の社会保険庁向けの販売実績
1.平成元年度入札分
8月 Aタイプ 20.280.000枚
Bタイプ 32.556.000枚 トッパン・ムーア
Cタイプ 41.250.000枚
12月 タイプ区別なし 19.014.000枚
合計数量 113.100.000枚
(トッパン・ムーア入札納品関与分 52.836.000枚)
2.平成2年度入札分
4月 A・Cタイプ 8.238.000枚
Bタイプ 14.094.000枚-トッパン・ムーア
6月 Aタイプ 37.674.000枚
Bタイプ 67.014.000枚-トッパン・ムーア
Cタイプ 41.718.000枚-トッパン・ムーア
合計数量 168.738.000枚
(トッパン・ムーア入札納品関与分 108.732.000枚)
3.平成3年度入札分
4月 A・Cタイプ 3.558.000枚
Bタイプ 7.362.000枚-トッパン・ムーア
6月 Aタイプ 38.796.000枚
Bタイプ 77.700.000枚-トッパン・ムーア
Cタイプ 43.596.000枚
合計数量 171.012.000枚
(トッパン・ムーア入札納品関与分 85.062.000枚)
4.平成4年度入札分
5月 A・Cタイプ 11.532.000枚
Bタイプ 19.092.000枚
9月 Aタイプ 7.512.000-枚
Bタイプ 85.098.000枚-トッパン・ムーア
Cタイプ 43.470.000枚
合計数量 166.704.000枚
(トッパン・ムーア入札納品関与分 85.098.000枚)
5.平成元年度から平成4年度までの総合計数量
619,554,000枚
このうち、トッパン・ムーア販売(入札)関与分合計数量
331,728,000枚
(備考)上記入札分の製造は、いずれも被告狭山化工が行い、このうち、トッパン・ムーアとあるのは、入札にあたり被告トッパン・ムーアが応札業者となり社会保険庁に販売(納品)したことを示している。
Ⅱ 被告らのイ号物件の社会保険庁向けの販売(入札)額
1.1枚あたりの推定販売(入札)単価
9円50銭
2.平成元年度から平成4年度までの販売総額
金5,885,763,000円
[但し、619,554,000枚×9円50銭]
このうち、トッパン・ムーア販売(入札)関与分
金3,151,416,000円
[但し、331,728,000枚×9円50銭]
Ⅲ 被告らの推定利益率
19%
Ⅳ 損害賠償額
金1,118,294,970円
[但し、5,885,763,000円×19%]
このうち、トッパン・ムーア販売(入札)関与分
金598,769,040円
[但し、3,151,416,000円×19%]
一般ユーザー向けイ号物件
損害金計算表(狭山化工外分)
Ⅰ 被告らのイ号物件の一般ユーザー向けの販売実績及び販売額別表一般ユーザー向けイ号物件使用実績表のとおり。
Ⅱ 被告らの推定利益率
20%
Ⅲ 損害賠償額
(1)金9,170万円
〔但し458,500,000円×20%〕
(2)この内トッパン・ムーア販売関与分
金3,200万円
〔但し、3,200万枚×5円×20%〕
一般ユーザー向けイ号物件使用実績表(狭山化工外分)
<省略>
<19>日本国特許庁(JP) <11>特許出願公告
<12>特許公報(B2) 昭55-15035
<51>Int.Cl.3G 09 F 3/02 //B 31 D 1/00 識別記号 庁内整理番号 6363-5C 7724-3E <24><44>公告 昭和55年(1980)4月21日 発明の数 2
<54>透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙とその製造方法
<21>特願 昭51-132296
<22>出願 昭51(1976)11月5日
公開 昭53-57800
<43>昭 53(1978)5月25日
<72>発明者 中川裕之
枚方市宮之下町34~1
<71>出願人 旭加工紙株式会社
大阪市旭区高殿1丁目2番8号
<74>代理人弁理士 渡辺秀雄
<57>特許請求の範囲
1 種々の印刷を施した紙4と透明の合成樹脂フイルム2と感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したことを特徴とする透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙。
2 種々の印刷を施した紙4の重量を40g/m2~70g/m2とし、透明の合成樹脂フイルムの厚さを15μ~50μとしたことを特徴とする特許請求の範囲第1項記載の透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙。
3 種々の印刷を施した紙4と透明の合成樹脂フイルム2と感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したものの一端に紙4を残して切り欠く10か又は切目11を設けたことを特徴とする特許請求の範囲第1項又は第2項記載の透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙。
4 透明の合成樹脂フイルムをTダイ3から押し、出し、押圧ロール紙4とラミネートする方法において、ラミネーシヨン時の溶融樹脂フイルム2の押出し温度を、各種合成樹脂のそれぞれの溶融温度よりやや低い温度にすることで接着後剥離が容易になるように紙4とラミネートし、その後前記合成樹脂フイルム2の側に感圧性粘着剤8と剥離紙4を積層して紙4、合成樹脂フイルム2、感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したことを特徴とする透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙の製造方法。
5 前記透明の合成樹脂フイルムを、高圧ポリエチレン、中圧ポリエチレンあるいはポリプロピレンから選ばれた1種又は数種のものであることを特徴とする特許請求の範囲第4項記載の透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙の製造方法。
発明の詳細な説明
この発明は荷札、ラベル等の表示紙を剥離した際に被着物の表面を損傷することなく、しかも被着物の表面の印刷等を覆い隠さないようにした透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙に関する。
現在、一般的に広く使用されている段ボール箱、紙箱等は輸送その他の必要上荷札な商品のラベルあるいはシール等を貼付けている。これらのシール等の表示紙は流通経路によりある時点で剥離する必要が生じるが、この場合に従来のものでは被着物たとえば段ボール箱や紙箱から剥離する際に箱の表面を損傷させたり、表示紙が完全に除去できずに箱に残存してしまう欠点があつた。この欠点を解消するものとして、出願人は昭和51年実願第67772号において段ボール箱を損傷させることなく剥離を容易にした荷札を出願中である。しかし出願中の考案では段ボール箱を損傷させることなく剥離を容易にするが、剥離した後に表示紙すなわち円網抄紙法により抄造された紙の一部を段ボールに残存させるために段ボールの表面に付された文字、図形等の印刷物が消されてしまう結果となる。このことは昨今の段ボール箱や紙箱類に種々の形式の印刷が施されており、しかも段ボール箱等の表面積の<省略>以上が印刷されている現状において、荷札、ラベル等の表示紙を印刷された上に直接貼付けていることをかんがみると印刷効果を失なうばかりでなく、ユーザーにとつても不便である。特に段ボール箱や紙箱類に印刷されている文字はP.R.やその他の目的で施されているうえで、この印刷されたものを消すことなくしかも段ボール箱を損傷せずに剥離容易な荷札、ラベル等の表示紙が必要となつた。発明者はこの点に着眼し、種々研究、実験を行なつた結果以下の発明を完成した。
この発明を説明すると、まず押出機1に<1>高圧ポリエチレン、<2>ポリプロピレンあるいは<3>中圧ポリエチレン等の合成樹脂から選ばれた1種又は数種を投入、溶融した合成樹脂フイルム2を押出機のTダイ3より押出し紙4と積層し冷却固化する。この方法はエクストルジヨンラミネート法と言われるもので、ラミネーシヨン時の溶融樹脂の押出し温度は通常300℃~320℃である。またポリプロピレンはポリエチレンに較べて溶融温度が約10~20℃程低いがどちらも前記300℃~320℃で十分溶融状態となり、押し出される。この発明においてはラミネーシヨン時の溶融樹脂の押出し温度を250℃~300℃未満にしたものである。このことはラミネーシヨン時の溶融樹脂の押出し温度を300℃~320℃とすると紙4と合成樹脂フイルム2が完全接着し、このラミネートしたものは以後剥離することが不可能である。また温度が250℃来満であると紙と合成樹脂フイルムとの接着強度が弱くなるばかりでなく、事実上押出機1より合成樹脂フイルム2を押出すことが不可能となる。したがつてこの発明のようにラミネーシヨン時の溶融樹脂の押出し温度を250℃~300℃未満にすることが、紙4と合成樹脂フイルム2とを一応弱く接着させ、しかも接着後剥離が容易なものとしてラミネートすることができる。上記は、高圧ポリエチレン、ポリプロピレン、中圧ポリプロピレンについての紙とラミネーシヨン時の押出温度について述べたが、本発明はこれらに限定されるものではなく各種合成樹脂のそれぞれの溶融温度よりやや低い温度にすることで接着後紙4と合成樹脂フイルム2とを容易に剥離することができるようにすることも可能である。なお一般にTダイ3より押出された合成樹脂フイルム2と紙4の接着点、すなわちクーリング・ロール5とプレツシヤー・ロールとの加圧点までの距離は100~120m/mでありTダイ3より押出される溶融した合成樹脂フイルムの温度とは余り差がない。
このようにして溶融した合成樹脂のフイルム2と紙4とを前記クーリング・ロール5とプレツシヤー・ロール6とで加圧されるが、この加圧もラミネーシヨン時の溶融した合成樹脂フイルム2の押出し温度及びTダイ3より加圧点までの距離との相対的関係において通常のラミネーシヨン時よりやや弱く加圧することが好ましい。なお紙4はラミネーシヨン時以前に文字、図形等の印刷を施していても差し支えない。このようにして紙4と合成樹脂フイルム2とをラミネートしたものは冷却器7を介して積層するが、更にこれに合成樹脂フイルム2の側に感圧性粘着剤8と剥離紙9とを順に積層する。ついで積層したものの紙4の表面に文字、図形等種々の印刷を施してこの発明である表示紙を仕上げる。この場合紙4の重量を40g/m2~70g/m2であることが望ましく、40g/m2未満であると表示紙を剥離する場合に紙4が被着物に残存し、70g/m2以上であると紙4のコストが高くなり不経済である。また合成樹脂フイルム2の厚さは15μ~50μが最適であり、15μ未満であれば強度が弱く剥離が不完全となり50μ以上であれば不経済である。このようにして種々印刷を施した紙4と合成樹脂フイルム2と感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したものの一端に紙4を残して切り欠く10か又は切目11を設けることも可能である。この発明のものであれば前記切り欠き10か又は切目11を設けなくても手で十分合成樹脂フイルム2を残存して紙4を被着物より剥離することができるが、切り欠く10か又は切目11を設けると指先で簡単に紙4の一端を掴むことができ便利である。
実施例
高圧ポリエチレンを320℃で溶融したものを押出機のTダイ3より押出し、これを予め巻き取られたものから送られた紙4とクーリング・ロール5とプレツシヤー・ロール6との押圧ロールでのラミネーシヨン時の温度を290℃として紙4と透明な合成樹脂フイルム2とをラミネートし、その後冷却器7において冷却した。ついで、紙4と透明な合成樹脂フイルム2を積層したもののフイルム2側に感圧性粘着剤8を塗布し、その後ロールにより剥離紙を積層し、その後紙4の表面に荷札の様式印刷を行つて本発明を仕上げた。
なお前記使用した紙の重量は60g/m2のものであり、透明な合成樹脂のフイルムの厚さは40μのものを利用した。
このようにして出来た荷札は、剥離紙9を剥離して、感圧性粘着剤側を段ポールの荷札貼着個所に貼着したが、この場合では紙4と透明な合成樹脂フイルム2とのラミネートした個所は十分接着された状態であつた。その後、指先により紙をもつて透明な合成樹脂フイルム2から分離すると紙4のみがフイルム2と分離して剥離し、フイルム2は感圧性粘着剤8と共に段ポールに残存した。
以上の場合は、透明な合成樹脂フイルム2を段ポール面より剥離されることもなく、しかも紙4のみが完全にフイルム2より剥離された。
更に、段ポールに残存した透明な合成樹脂フイルム2上に、別の新たな本発明の荷札を剥離紙9を剥離して感圧性粘着剤8により十分貼着することができた。
以上述べてきたようにこの発明によれば、
<1> 段ポール、紙箱等の被着物を破損することなく簡単に荷札、ラベル等の表示紙を剥離できるだけでなく、剥離後の段ポール等の表面の印刷を消すことがなく美麗である。
<2> 紙4の剥離後は被着物に合成樹脂フイルムが感圧性粘着剤と共に残存するが、更にこの合成樹脂の上からでもこの発明の表示紙を重ねて貼着することができる。
<3> 経済性の上でも長網抄紙法により抄造された紙と円網抄紙法により抄造された紙とを積層したものより、この発明のように紙と合成樹脂フイルムとを積層したものの方が安価であり、工程上も従来の合成樹脂のラミネートする方法をそのまま利用することによりきわめて有益である。
図面の簡単な説明
第1図は紙と合成樹脂フイルムを積層する状態を示す説明図である。第2図はこの発明の縦断面図であり、第3図はイは第2図の一端を切り欠いたもので口は第2図の一端に切目を設けた縦断面図である。第4図はこの発明を被着物より剥離する状態を示す縦断面図である。第5図はこの発明を積層した原反の斜視図であり、これから荷札、ラベル等の表示紙を作るものである。
2……合成樹脂フイルム、3……Tダイ、4……紙、8……感圧性粘着剤、9……剥離紙、10……切り欠き、11……切目。
第1図
<省略>
第2図
<省略>
第4図
<省略>
第3図
<省略>
第5図
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特許公報
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