大阪地方裁判所 平成6年(行ウ)74号 判決 2001年3月08日
原告
甲
同訴訟代理人弁護士
関戸一考
被告
生野税務署長
横田勝年
被告
国
同代表者法務大臣
高村正彦
被告両名訴訟代理人弁護士
兵頭厚子
被告両名指定代理人
佐野年英
同
原田一信
主文
1 被告生野税務署長が、原告に対し、平成3年9月12日付けでした昭和63年分所得税の更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知の取消しを求める訴えを却下する。
2 原告の被告生野税務署長に対するその余の請求をいずれも棄却する。
3 被告国は、原告に対し、80万円及びこれに対する平成6年10月7日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告の被告国に対するその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用は、原告と被告生野税務署長との間に生じた費用は原告の負担とし、原告と被告国との間に生じた費用はこれを3分し、その1を原告の負担とし、その余を被告国の負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告生野税務署長が、原告に対し、平成3年9月12日付けでした昭和63年分所得税の更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知を取り消し、昭和63年分所得税の更正及び過少申告加算税の変更決定のうち事業所得の金額が1847万7981円を超える部分を取り消す。
(2) 被告生野税務署長が、原告に対し、平成3年9月12日付けでした平成元年分所得税の更正の請求に対する更正及び過少申告加算税の変更決定のうち事業所得の金額が1869万6008円を超える部分を取り消す。
(3) 被告国は、原告に対し、220万円及びこれに対する平成6年10月7日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 訴訟費用は、(1)、(2)に関する部分は被告生野税務署長の、(3)に関する部分は被告国の負担とする。
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 本案前の答弁(被告生野税務署長)
ア 請求の趣旨(1)に係る訴えのうち、原告の昭和63年分所得税について被告生野税務署長が平成3年9月12日付けでした更正処分及び過少申告加算税の変更決定の取消しを求める訴えを却下する。
イ 請求の趣旨(2)に係る訴えのうち、原告の平成元年分所得税について被告生野税務署長が平成3年9月12日付けでした更正処分及び過少申告加算税の変更決定のうちそれぞれ事業所得金額が2521万2581円を超える部分の取消しを求める訴えを却下する。
ウ 訴訟費用は原告の負担とする。
(2) 本案の答弁
ア 原告の請求をいずれも棄却する。
イ 訴訟費用は原告の負担とする。
ウ 担保を条件とする仮執行免脱宣言
第2当事者の主張
1 請求原因
(1) 原告は活魚販売業を営む者であるが、昭和63年分及び平成元年分の所得税の青色確定申告書に別表1の確定申告欄のとおり記載して、それぞれ法定申告期限までに提出した(以下「当初申告」という。)。
(2) ところが、平成2年10月末日頃から大阪国税局直税部資料調査第2課職員ら(以下「被告職員ら」という。)が原告店舗及び原告の自宅を来訪し、原告側の承諾を得ずに店内に入り、レジや水槽に立ちはだかったり、自宅においては同意も得ずにタンスや押入れをひっくり返すなど、違法な調査を繰り返した。
(3) 上記税務調査(以下「本件調査」という。)の際に、平成2年11月8日に別表1の修正申告欄に記載のとおりとする修正申告書(以下「本件修正申告書」という。)が作成され、同月9日に提出された。
本件修正申告書に押印したのは原告ではなく、その母乙であった。被告職員らは、原告の所得について虚偽の事実を告げるとともに、原告が「調べさせてくれ。」と述べたところ、乙に対し、「調べたら本店(原告の父丙の経営する店舗)の所得が風船のようにふくらむからやめとけ。」等々と語気荒く迫っため、乙は半狂乱になって、「私の金で払ってやる。」と言って本件修正申告書に押印してしまった。被告職員らは「間違っていたらいつでも直してやる。」と言って本件修正申告書を持ち帰ったものである。
(4) 被告生野税務署長(以下「被告署長」という。)は、平成2年12月3日付けで別表1の賦課決定欄に記載のとおり、各年分の過少申告加算税の賦課決定をした。
(5) 原告は,平成3年1月31日に別表1の更正の請求欄に記載のとおり各年分の所得税の更正の請求(以下「本件更正の請求」という。)をした。
これに対し、被告署長は、本件更正の請求のうち昭和63年分については平成3年9月12日付けで更正をすべき理由がない旨の通知(以下「本件通知」という。)をするとともに、職権により別表1の更正等欄に記載のとおり国税通則法24条に基づく更正及び過少申告加算税の変更決定(以下「昭和63年処分」という。)をした。
また、平成元年分については、本件更正の請求に基づき、同日付けで別表1の「通知又は更正等」欄に記載のとおり更正及び過少申告加算税の変更決定(以下「平成元年処分」といい、昭和63年処分と併せて「本件各処分」という。)をした。
(6) 原告は、本件各処分を不服として、平成3年10月18日付けで別表1の異議申立て欄に記載のとおり異議申立てをしたところ、異議審理庁は、平成4年1月13日付けで異議申立てをいずれも棄却する旨の決定をした。
原告は平成4年2月7日に本件各処分について国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同所長は、平成6年5月26日付けでこれを棄却する旨の裁決をした。
(7) 本件各処分は、原告の当初申告額を超える部分について原告の所得を過大に認定してされたものであり、違法な処分である。
被告署長は、原告が所得金額を算出するに十分な帳簿書類等を提示していたにもかかわらず、十分な調査を行わずに、平成元年処分については、誤った売上、仕入を計上して行い、昭和63年処分については、この誤った平成元年の売買差益率を適用して推計したもので、本件各処分は、推計の必要性も合理性も欠く違法な処分である。
また、被告署長は、原告が本件更正の請求をしたのは平成3年1月31日であるから、法定期限の平成2年3月15日を経過しているとして本件通知を行ったが、これは自らの説示(本件調査の際にされた被告職員らの「間違っていたらいつでも直してやる。」との前記発言)に反し、違法である。
(8) 被告国は、国家公務員である被告職員らがその公権力の行使である本件調査に当たり違法な行為を行い原告に多大な損害を与えたので、国家賠償法1条に基づき原告の被った損害を賠償する責任を負う。
被告職員らの違法な本件調査により原告が受けた精神的苦痛を慰謝するには少なくとも200万円が必要である。
更に、この損害賠償を求める訴訟を遂行するための弁護士費用としては20万円が相当である。
(9) よって、原告は、被告署長に対し、本件通知及び本件各処分(ただし、当初申告額を超える部分)の取消しを求めるとともに、被告国に対し、国家賠償法1条に基づき、損害の賠償として220万円及びこれに対する不法行為の後で訴状送達の日の翌日である平成6年10月7日から支払済みに至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 被告署長の本案前の主張
原告は、昭和63年分及び平成元年分の各所得について、いずれも確定申告(当初申告)及び修正申告をした。被告署長は、各年分についていずれも減額更正をした。
申告納税制度の下においては、申告によって所得は確定し、減額更正は申告に基づく所得のうち減少する部分についてのみ法的効果を及ぼし(国税通則法29条2項)、これにより原告に所得の一部取消しという有利な結果をもたらすものであるから、このような処分の取消しを求める利益はない。
昭和63年分の所得税については、原告の減額更正請求は期限徒過により更正の請求としての効果はなく、被告の減額更正は職権に基づくものである。平成元年分の所得税についての減額更正は、原告の適法な減額更正の請求に基づくものである。したがって、平成元年処分の取消訴訟のうち、当初申告額(1869万6008円)を超え、減額更正額(2521万2581円)に至るまでの間の所得額の取消しを請求する分については適法であるが、減額更正額を超える部分及び昭和63年処分の取消請求については、減額更正処分が税額を減少するだけの内容と効果を有し、減額後残存する既申告額部分には何らの効果を及ぼさないため、原告に有利でこそあれ不利にならず、したがって、訴えの利益がなく不適法である。
3 本案前の主張に対する原告の認否、反論
(1) 本件修正申告書の提出によっても修正申告の意思表示はされていない。被告職員らは原告に修正申告書の用紙を渡し、とりあえず名前を書くように指示した。原告は書類に数字が書き込まれているかどうかも認識していなかったし、もちろんその内容について何も分かっていなかった。原告が署名した後で係員が原告に対して修正申告の内容を具体的に説明したのである。これによると、4900万円程の利益が出ており、それに見合う定期預金が存在しているとされ、また、差益率が19%のところを11%に負けてやるなどと言われたが、原告はこれに納得せず、「調べさせてくれ。」と繰り返したところ、被告職員の己は、同席していた原告の母乙に対し、「調べたら本店(丙の経営する店舗)の所得が風船のようにふくらむからやめとけ。」「4900万円の定期預金があるやないか。」等々と語気荒く迫った。原告の母乙はショックで錯乱状態に陥り、声を出して泣き叫びながら、「私の金で払ってやる。」と言って本件修正申告書に押印してしまったのである。原告が茫然としていると、被告職員らは「間違っていたらいつでも直してやる。」と言って本件修正申告書を持ち帰ったのである。このように、原告の意思に基づく署名、押印行為がない以上、修正申告の意思表示は不存在である。
(2) 仮に修正申告の意思表示があったとしても、錯誤に基づくものであり、無効である。なぜなら、原告は被告職員らから4900万円の定期預金の存在のみを示され、これと同額位の利益があった筈だと修正申告を迫られた。原告の取引銀行の銀行員は成績を上げるため歩積両建預金をさせており、確かに原告名義の定期預金4900万円は存在したが、同時に5400万円の借入れが存在したのである。ところが、原告は被告職員らから5400万円の借入金の存在については告げられていない。原告らが右借入金の存在を知らされなかったことは、所得税額の算出の基礎となる事項にかかわる重大な誤りであり、これに基づく本件修正申告の意思表示は錯誤により無効である。
4 請求原因に対する被告らの認否
(1) 請求原因(1)の事実は認める。
(2) 同(2)の事実は、被告職員らが国税調査のため原告方を訪れた事実は認め、その余の事実は否認する。なお、訪れた日は10月29日であり、原告方を訪れた職員は、国税局職員及び生野税務署職員であり、その数は5名である。
(3) 同(3)の事実は、原告が、被告署長に対し、別表1の修正申告欄に記載のとおり各年分の本件修正申告書を提出した事実は認め、その余の事実は否認する。原告が本件修正申告書を提出したのは、11月9日である。
(4) 同(4)~(6)の事実は認める。
(5) 同(7)は、被告署長がいずれも平成3年9月12日付けでした、本件各処分において、原告の確定申告額を超える部分についての所得金額を認定したこと、昭和63年分の所得について平成元年の売買差益率を適用して推計したこと、原告主張の内容の本件通知をしたことは認め、その余は争う。
(6) 同(8)は否認する。
5 本案についての被告らの主張
(1) 本件調査の違法性について
ア 平成2年10月29日の調査において、被告署長は事前通知を行っていないが、所得税の調査を行うに当たり、実施の日時場所の事前通知、調査理由の個別的、具体的な告知などは、質問検査を行う上で法律上一律の要件とされているわけではない。
被告職員らは原告の事業所の調査を行うに当たり、身分証明書等を提示し、税務調査である旨を告げ、原告の了解を得た上で調査を実施した。同日実施した原告の父丙宅及び原告自宅における調査の際も、身分証明書等を提示し、家人の了解を得て実施した。
イ 原告が本件修正申告書を提出したのは、本件修正申告書に押捺された受付印の日付どおり、平成2年11月9日である。被告職員の辛は、同年11月7日から9日まで兵庫税務署に応援に行く予定であったが、8日で終了したため、9日は丙宅に臨場したものである。
同日、被告職員らが原告の父丙宅に赴いた理由は、原告の営業に関する現金・預金の管理、当座入金帳の記帳等は原告の母乙が行っていたため、乙から事情を聴取し、あるいはその保管している帳簿資料等を調査することがぜひとも必要であり、また、原告の所得税の調査結果を説明する上でも、乙の同席が望まれたからである。
原告の当初申告は所得を損益計算書によって算出していたところ、調査の結果、損益計算書には売上除外があったので、被告職員らは、同席した原告、乙、原告の関与税理士Iに対し、次のとおり調査結果を説明した。
ウ 原告は、現金売上に係る現金を乙に渡し、同人が原告名義のA銀行鶴橋支店の当座預金に入金していた。この売上について、原告は、平成元年分及び昭和63年分の一部について「現売」と題した現金売上ノート(以下「現売ノート」という。)に記載し、乙もノート(以下「乙ノート」という。)に記載していた。
被告職員らが調査したところ、現売ノートと乙ノートに記載された日々の売上金額には開差が認められた。これらを原告らに指摘し説明を求めたところ、乙は、乙ノートの方が売上金額が多いものは現売ノート締め後の売上金額(売上除外となる額)を加算したもので、乙ノートの方が売上金額が少ないものは原告の生活費(月50万円)や原告の別居中の妻Gへの生活費送金分(月25万円)などに流用するための金額を差し引いた金額である旨説明した。そして、売上除外があることは、原告の保存している帳簿書類及び取引先銀行調査などからも裏付けられた。
被告職員らは、両ノートに記帳のある平成元年分について、両ノートの差額5635万5000円を売上除外金額と認定し、その金額から記帳漏れと認められた仕入金額3454万円を差し引いた2181万5000円を申告漏れ所得金額と算定した。また、昭和63年分については、現売ノート自体が一部しか記載されておらず、また、乙ノート、レジペーパー及び振替伝票等の原始記録が保存されていないことから、原告の修正済みの平成元年分損益計算書(この売上除外金額及び認容した仕入漏れ金額を加算したもの)の原価率90.59%で、原告の昭和63年分損益計算書の売上原価9億7539万6776円を除して算出した売上金額10億7671万5157円から、同損益計算書の売上金額10億4858万6570円を差し引いた2812万8587円を申告漏れ所得金額と算定した。
エ ここに述べた原価率から明らかなとおり、差益率は9.41%(原価率90.59%)となる。原告は、被告職員らが、差益率は本来19%のところを11%に負けてやると言ったと主張するが、そのような事実はない。
原告は上記説明を了解し、どういう手続をしたらいいのかと尋ねたため、被告職員らは、修正申告の手続を採るべきことを説明したところ、原告はこれを了承したため、被告職員らは、その場で売上除外の所得金額を収支実額で計算し、本件修正申告書に記載して、原告に提示した。これに対し、原告は、その内容を了解した上で、自ら本件修正申告書に署名し、次いで、同席していた乙が原告のバッグから印鑑を取り出して押印した。乙が本件修正申告書に押印した後、原告は本件修正申告書を2階で関与税理士Iとともに検討し、更に被告職員らによる説明を受けている。
したがって、本件修正申告の意思表示がされていないとはいえない。
オ 原告は、本件修正申告の意思表示がされているとしても、それは錯誤に基づくと主張し、その理由として、被告職員らから4900万円の定期預金の存在のみを示され、5400万円の借入金の存在を知らされなかったことが、所得金額の算出の基礎となる事項にかかわる重大な誤りである旨主張する。
しかしながら、そもそも、本件においては、原告の確定申告書に添付された損益計算書と売上を記帳したノート等から売上除外等が判明し、原告の平成元年分及び昭和63年分の所得に申告漏れ金額が存在することが明白となったことから原告に修正申告を行うかどうかを打診したにすぎない。しかも、損益計算書では定期預金及び借入金の金額は勘定科目とならず、所得金額の算出の基礎とならないのに対し、貸借対照表では定期預金及び借入金の金額が所得金額の算出の基礎となるところ、原告は確定申告書に添付すべき貸借対照表を作成添付していなかったことから、定期預金や借入金の金額を所得金額の算出の基礎とする貸借対照表による所得金額の算出は行っていなかったものである。したがって、仮に、原告が主張するように、被告職員らにおいて、4900万円の定期預金の存在のみを告げ、5400万円の借入金の存在を告げなかったとしても、定期預金及び借入金の存否いかんは本件修正申告に係る所得金額の算出の基礎となる重大な要素とはなり得ず、錯誤の理由となるものではない。
(2) 本件通知について
本件更正の請求は請求期間が徒過してからされており、更正の理由なしとした本件通知は適法である。被告職員らが請求期間を徒過しても更正する旨約した事実はない。
(3) 本件各処分について
ア 平成元年処分について
平成元年処分においては、売上金額を、原告の修正申告に係る売上金額10億7303万8816円から仮受消費税相当額117万9175円と原告の当初申告における3月分売上金額の過大計上額124万0400円を減算した10億7061万9241円とし、仕入金額を、原告の仕入帳により確認した仕入金額から仮払消費税相当額2128万8623円を減算した9億8733万8240円として、原告の事業所得の金額を計算した。
これを詳述すると、次のとおりである。
(ア) 売上金額減額241万9575円
① 原告は、税抜経理方式(消費税の額と当該消費税に係る取引の対価の額とを区分して経理する方式。所得税法施行令182条の2第2項、同法施行規則38条の2第1項参照)を選択しているが、修正申告において追加した売上漏れ金額5635万5000円のうち、平成元年4月1日ないし同年12月31日の間の売上金額4048万5000円については仮受消費税117万9175円が含めて計算されており、したがって仮受消費税相当額117万9175円が過大に計上となっていたため、減額した。
仮払消費税額の計算式
40,485,000×3/103=1,179,175
② 原告の当初申告の売上金額(別表3「①当初申告額」欄の1)のうち、平成元年3月分売上金額8850万7966円は、集計誤りにより124万0400円過大に計上されていたため、この過大計上分を減額した。
③ よって、原告の平成元年処分における売上金額は、本件修正申告の売上金額から、①、②の合計額241万9575円を減算した10億7061万9241円となる(別表3「③更正(減額)欄の1」参照)
(イ) 仕入金額増額1287万8852円
原告は、前記同様、税抜経理方式を選択しているが、原告の仕入帳の金額10億0862万6863円のうち、平成元年4月1日ないし同年12月31日の間の仕入金額7億3090万9356円は、仮払消費税額2128万8623円を含めて計算されていたので、原告の仕入金額はこれを減算した9億8733万8240円となる。
仮払消費税額の計算式
730,909,356×3/103=21,288,623
(ウ) 事業所得の金額減額1529万8427円
前記(ア)(イ)の変動により、事業所得は2521万2581円となり、1529万8427円の過大計上分を減額した。
イ 昭和63年処分について
昭和63年処分においては、原告の修正申告に係る売上原価の額9億7539万6776円(別表2参照)を基に、平成元年処分後の差益率により推計し、原告の事業所得の金額を計算した。
なお、平成元年処分後の差益率及び昭和63年処分に係る売上金額は、次のとおりとなる。
(ア) 平成元年処分後の差益率
平成元年処分後の差益率は、平成元年の差益金額(差引金額)8569万5371円(別表3「③更正(減額)」欄の7「差引金額(①-⑥)」参照)を売上金額10億7061万9241円(同表「③更正(減額)」欄の1「売上金額」参照)で除した8.00%となる。
(イ) 昭和63年処分に係る売上金額
昭和63年処分に係る売上金額は、昭和63年の売上原価の額9億7539万6776円(別表2「②修正後の金額」欄の6「差引原価(④-⑤)」参照)を、前記1の差益率から算出した売上原価率92.00%(1-0.08=0.92)で除した10億6021万3886円となる。
6 本案についての被告らの主張に対する認否、反論
(1) 調査の違法性について
ア 平成2年10月末日ころの行為
(ア) 平成2年10月末日ころ、原告の営業時間帯である午前9時頃、被告職員数名が事前通知もせずいきなり原告の店舗を訪れた。被告職員らの一人は原告に対し「国税局のもんや。」と言って国税局の手帳をちらっと見せ、「調べさせてくれ。」と言うなり、訳が分からずとまどっている原告を無視して数名が一斉に無断で店内に入り込み、調査を始めた。原告は何が何だかわけがわからず、また、営業時間帯だったため手が離せなかったこともあり仕事を続けた。その間、被告職員らは勝手に2階に上がったり、引き出しを開けたり帳面を見たりし、男性店員の私物にまで手を触れようとしたりした。2階に上がってきた男性店員が「なんで勝手に入り込んでこんなことをするんだ。」と抗議したが、国税局職員は「許可を得てきた。」と言い、午後4時頃まで調査を行った。そして、帳簿等を段ボールに詰めて一方的に「預り証」を置き、原告の承諾も受けず持ち去る等の行為を行った。
事前通知なしに臨場した場合には、原告の都合を聞いて十分配慮しなければならないのに、被告職員らは原告の都合を無視し、原告の手が離せないのに乗じてあたかも強制捜査の如く有無を言わせない態度で店内の調査を強行し、断りもなく2階に上がり、原告や事務員の無知に乗じて強制捜査まがいの行為を強行した。
(イ) その上、被告職員らは同時に、近くにある原告の父丙の店舗と原告の自宅にも事前通知もなく訪れた。原告の自宅には原告の妻と子供がいたが、国税局の職員2名は「国税局のもんや。」といきなり中に入り込み、勝手にタンス、押入れの中をかきまわし、調査する等の違法行為を行った。約20分位した後、「何も取る物がない。」と言い残して帰って言った。
イ 平成2年11月8日の調査
本案前の主張に対する認否、反論で述べたとおり、被告職員らは原告に対し、原告の所得について虚偽の事実を告げるとともに、原告が「調べさせてくれ。」と述べたのに対し、乙に対し、「調べたら本店(原告の父丙)の所得が風船のようにふくらむからやめとけ。」等々と語気荒く迫り、これにより、乙が半狂乱になって「私の金で払ってやる。」と言って本件修正申告書に押印してしまったのに乗じて、本件修正申告書を持ち帰ったもので、原告は自らの意思に基づかずに、あるいは錯誤に基づき、本件修正申告書を提出させられた。
(2) 本件通知について
争う。
(3) 本件各処分について
原告の所得は次のとおりである。
ア 平成元年分
(ア) 売上金額 10億3607万6319円
内訳は次のとおり。
① 記帳のある分(甲42別紙2頁) 10億1587万0394円
② 生計費 600万円
③ 別生計費 265万円
④ 売上検討表(現売ノートと乙ノートの対比表)差額(甲7) 676万7000円
⑤ 売上漏れ指摘分
(「異議調査の結果」の売上漏れ(1002万7427円の一部を認めたもの。甲13) 478万8925円
(イ) 売上原価 9億7529万5937円
内訳は次のとおり。
① 期首商品棚卸高 3994万9475円
当初申告分 563万6830円
原告が従前採用していた現金主義を、本来採用すべき発生主義に変更したことによる昭和63年分の仕入漏れによる増加分
(昭和63年12月21日~同月31日までに仕入れた3726万6715円から同年中に売れたものを控除) 3431万2645円
② 仕入金額 9億4339万7662円
③ 期末商品棚卸高 805万1200円
(ウ) 元年分の原価率
上記売上原価÷上記売上金額=94.1%(差益率5.9%)
イ 昭和63年分
売上金額 10億3969万2716円
(昭和63年の売上原価÷平成元年の原価率=9億7835万0846円÷94.1%)
理由
1 本件調査の経緯
前記争いのない事実に証拠(甲5~34、41、42、検甲1、乙1~9(書証は枝番を含む。)、証人丁、I、辛、壬、己、原告本人(いずれも後記認定に反する部分を除く。))並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
(1) 原告は昭和61年ころから活魚卸売業を営み、昭和62年分所得税から青色申告をしていた。原告の父丙は、貝類と淡水魚の卸売業を営んでいた。
(2) 被告職員ら(大阪国税局直税部資料調査第2課所属の丁、戊、己、庚、辛及び壬並びに被告署長の部下職員である癸、J)は、原告が提出した昭和62年分ないし平成元年分(以下「本件各年分」という。)の所得税の確定申告書に記載された所得金額等及び平成元年4月1日から同年12月31日までの課税期間(以下「本件課税期間」という。)の消費税の確定申告書に記載された課税標準額等が適正なものであるかどうかを確認するため、原告の所得税及び消費税に係る本件調査を担当した。
(3) 平成2年10月29日
ア 原告の事業所における調査
午前9時ころ、戊、辛及び癸は、大阪市生野区鶴橋にある原告の店舗に赴き、原告に対し、身分証明書及び質問検査章を提示し、税務調査のために臨場した旨を伝えた。
戊らは、原告から事業内容や経理方法等について説明を受け、原告が、A銀行、B信用金庫、C銀行の各鶴橋支店及びD信用金庫今里支店と取引があることを確認した。
また、辛は、原告店舗2階事務所において現売ノート(現金売上げノート)を含む帳簿書類等を調査した。
この調査の過程において、原告及びその従業員らは、被告職員らの調査の方法が強引であることに抗議したが、原告らは、被告職員らに強制捜査権限があるものと誤解していた。
この日、辛は、原告から現売ノート及び現金売上伝票の一部を預かった。
イ 原告の自宅における調査
同日、午前9時ころ、庚及びJは、大阪市東成区東中本のEスカイハイツ内にある原告の自宅に赴き、原告の内妻であるFに対し、身分証明書及び質問検査章を提示し、税務調査のために臨場した旨を伝え、原告の預貯金の状況や預貯金通帳の保管場所の確認等を行った。
ウ 丙宅における調査
同日、原告の父丙に対する所得税及び消費税の調査において、同調査の担当者は、乙ノート(原告の母乙が、原告から渡された原告の売上げに係る現金等の出入りについて記帳しているノート)を確認し、丙及び乙の了解を得て預かった。
辛は、乙ノートと現売ノートを照合し、両ノートに記載されている日々の現金売上の金額が一致しないことを発見した。
(4) 平成2年10月30日
辛は、原告店舗に赴き、原告から総勘定元帳並びに前日の29日には預からなかった現売ノート及び現金売上伝票等の残りを預かった。
(5) 取引銀行の調査
被告職員らは、平成2年10月30日及び同月31日、原告の取引銀行(前記(3)ア)において、原告の取引状況等について調査を行った。
(6) 平成2年11月2日
ア 原告店舗
辛は、事業所へ赴き、原告に対し、売上金をどのように銀行に入金しているかを調査した。これに対し、原告は、売上金は全て乙に渡しているので、乙に聞いて欲しい旨回答した。
イ 丙の事務所
丁及び壬は、丙の事務所へ赴き、乙に対して、現売ノートと乙ノートに記載された日々の現金売上金額の不一致の存在理由について説明を求めた。乙は、乙ノートの記載金額の方が多いのは現売ノートの締め後の売上金額を加算しているためであり、逆に乙ノートの記載金額の方が少ないのは原告の生活費や原告の別居中の妻Gへの生活費送金分を差し引いているためであると説明した。
その際、被告職員らは、乙から、この説明の内容を確認書と題してメモしてもらい、提出を受けた。
(7) 平成2年11月8日
午後1時ころ、丁、己及び壬は、丙宅に臨場し、乙及びH税理士同席のもと、丙に対して修正申告の慫慂をした。丙は、所得税額を約4000万円増加させる内容の修正申告をすることを承諾した。
原告は、前日、国税局から午後4時に丙宅に来るよう連絡を受けていたので、午後4時ころ、丙宅を訪れた。被告職員らは、引き続き、原告に対して修正申告の慫慂をした。
すなわち、丁らは、1階の和室において、原告に本件調査の結果について説明を行った。
和室には、原告の両親も同席した。
その席において、まず、原告は、丁の求めに応じて、白紙の修正申告書用紙に署名した。己は、原告に対して、現売ノートと乙ノートを検討した結果、売上計上漏れが確認されたとして、「1億数千万円儲かっている。4000万円にまけといてやる。」と述べた。原告は、もう一度調べ直したいと述べ、午後4時30分ころ、I税理士に電話して立ち会いを依頼した。Iは自転車で急遽丙宅に向かい、午後4時40分ころ、丙宅に到着した。Iは、当日が誕生日であり、家族と食事をする予定であったが、原告の求めに応じて、急遽臨場したものである。
I税理士が到着した後、壬及び己が、原告及びI税理士に対して、甲第5号証(売上検討表)により計算した表(甲23別紙A)を示し、粗利益率が11%位になると述べたので、Iは、原告は卸売業なので、せいぜい8~9%であると答えた。Iは、財産の増減等所得に関する内容の資料の提示を求めたが、壬は、今はそれを持って来ていないと述べた。被告職員らが持参していた資料は、現金売上検討表(甲5)、損益計算の集計表(甲23のA)、預金等の残高調べ(甲22)であった。資産増減法の説明はなかった。
壬は、現金売上検討表(甲5)のうち、乙ノートの記載が少ない場合の差額を原告に有利に原告の主張する現金仕入れの計上漏れであるとして再計算したところ、差益率は9.41%となった。壬は、この差益率が、原告の申立てとも合致することから、上記計算方法による売上げ、仕入れが実態ではないかと説明した。
Iが「それだけの所得に差異があるのなら、それはどこに残っているのか教えてほしい。」と尋ねると、己は、定期預金が4900万円存在していることを説明した。Iは、過去の経験から、被告職員らは銀行の反面調査をしていることを知っていたので、そのように信じた。被告職員らは5400万円の銀行借入のことは告げなかった。原告は、母に対して、本当にそれだけの定期預金があるのかを問い質していた。I税理士が臨場してからの以上のような説明は10分前後しか行われなかった。
結局、被告職員らは、次のような内容の修正申告を原告に対して慫慂した。すなわち、平成元年分につき、現売ノートと乙ノートの差額のうち、乙ノートの記載が多い場合の差額の合計5635万5000円が売上計上漏れの金額であり、また、乙ノートの記載が少ない場合の差額の合計3454万0000円が仕入計上漏れであるとして、当該売上計上漏れの金額5635万5000円を原告の当初申告における売上金額10億1668万3816円に加算した10億7303万8816円を売上金額、当該仕入計上漏れ金額3454万0000円を原告の当初申告における仕入金額9億3991万9388円に加算した9億7445万9388円を仕入金額とし、その他必要経費等の金額は原告の当初申告における金額により、原告の事業所得の金額を4051万1008円と算定した。昭和63年分については、原告の当初申告における売上原価の額9億7539万6776円に、平成元年分の差益率9.41%から計算した売上原価率90.59%を適用して売上金額を推計し、その他仕入金額等の金額は原告の当初申告における金額により、原告の事業所得を算定することとした。
壬は、平成元年分の修正申告書(乙4)に修正後の金額を記載し、これを原告に提示した。
原告は、「俺にはようわからんからもう一度調べなおしてほしい。」と述べたが、己は、「そんな暇はもうないんや。もし、あったとしても、親父さんの方の所得が風船のように膨らむだけや。」などと答えた。すると、乙は急に興奮し、原告のバックから印鑑を取り出し、「私が払うたる。」等と言いながら修正申告書に押印した。
乙が興奮したので、原告は、乙に落ち着くように言って、右修正申告書を持って2階に上がり、I税理士がその後を追いかけて2階に上がった。
丁は、I税理士に呼ばれて2階に上がり、同税理士の要請で、同税理士、原告に対して、原告の売上計上漏れ等前記2、3の説明を改めて行った。原告が丁に対して「また調べ直して修正申告が間違っていたらどうしてくれるのか。」と尋ねると、丁は「もし間違っていたらいつでも直してやる。」と述べた。
丁は、修正申告書を三つ折りして背広の内ポケットに入れ、午後6時ころ、他の被告職員らとともに丙宅を退出した。
(8) 以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
なお、被告は、被告職員らによる修正申告の慫慂及び本件修正申告書(乙3、4)の作成がされた日につき、当初は平成2年11月8日と主張し、これに沿う証拠(乙1・丁の陳述書)も提出していたが、平成9年6月4日に行われた証人丁の尋問において同証人が陳述書の記載内容を訂正して同月9日が正しいと証言し、被告は同月9日であると主張を変更するに至ったので、この点につき検討する。
ア 被告は、11月9日であることの根拠として、職員辛が当日丙方に他の職員とともに臨場し、原告に対して所得の計算について説明し、昭和63年分の修正申告書(乙3)に修正後の所得等の数字を書き入れているところ、辛は同月7日から9日までは兵庫税務署に応援に行く予定であったが、同税務署への応援が8日で終了したため、9日に丙方に臨場したものであると主張する。
これに対し、原告は、当初から一貫して本件修正申告書の作成日は11月8日であると主張しており、辛が丙方に臨場したことを否定している。
イ 証人丁は、陳述書の記載を訂正した理由につき、記憶違いであったと証言するが、同証人は、自らの記憶及び他の職員からの報告内容、関係文書に基づいて乙第1号証を作成しているのであり、しかも本件修正申告書の受付日付が11月9日であるのに、これと異なる同月8日に本件修正申告書が作成されたと明確に陳述していることに照らすと、単なる記憶違いとの理由はにわかに信じがたいものといわざるを得ない。
ウ 証人辛は、11月9日に丙方に臨場したとして、被告の前記主張に沿う供述をするが、8日までに兵庫税務署への応援を終えたこと及び9日に原告の税務調査のために丙方に臨場したことを裏付ける行動記録、予定表等は提出されていない。
この点につき、原告は、証人辛が存在を認めた事務予定表につき文書提出命令を申し立てたところ、被告は同文書の任意提出を拒むとともに文書提出命令の要件を争い、当裁判所は原告の申立てを却下する旨の決定をした。しかし、文書提出命令の申立てが認容されるか否かと、争いのある事実について立証するために被告が当該文書を自ら提出するか否かとは別の問題であり、被告が事務予定表等の文書を証拠として提出することに支障がある事情は認められないのにこれを提出しないことは、被告の主張及びこれに沿う証人辛の証言の信用性を疑わせるものである。
エ 昭和63年分の修正申告書(乙3)の修正後の所得等の記載部分は、証人辛の証言により同人の筆跡であることが認められる。辛が11月8日までは原告に関する調査に参加し得ない状況であったという事実を前提とすると、乙第3号証に辛の記載部分があることは、本件修正申告書の作成された日が11月8日ではなく、9日であったことを推認される事実とも考えられる。
しかし、①乙第3号証の辛記載部分には、3箇所の訂正部分があるところ、内2箇所には訂正印が押捺されていないこと、②訂正部分に押印された訂正印の印影は、他の印影と比較すると、細部に差異が認められ、原告の印章とは異なる印章が用いられた疑いがあること(甲35の1、2、甲40)、③平成元年分の修正申告書(乙4)の修正後の収入金額欄は二度にわたって訂正されているが、後に原告に交付された控え(甲27の2)には訂正部分の記載がないこと、以上の点からすると、本件修正申告書は、原告が署名し乙が押印した時点では全部が記載されていたわけではなかったと推認される。特に、昭和63年分については、前記のとおり平成元年の差益率を用いて所得額を推計する方法を用いているため、直ちに正確な金額を計算して記載するのは容易ではないことを考慮すると、むしろ辛記載部分は後日記載されたと考えられるのであり、そうすると、乙第3号証に辛記載部分があることは、11月8日に修正申告の慫慂及び本件修正申告書の作成(主要部分の記載と署名、押印)がされたと認定する妨げとなるものではない。
オ 他方、証人I(昭和19年11月8日生)は、当日は同人の誕生日であり、家族と食事をする予定であったところ、原告から連絡を受けて急遽丙方に赴いた旨証言しており、自らの誕生日との関係で当日が11月8日であったとする点は、具体的、合理的で信用性が高い。
また、原告は、辛が丙方に来たことを強く否定し、証人Iも丙方で辛に会った記憶はないと証言する。この点につき、被告側証人(辛、丁、己、壬)は、辛は丙方の玄関横の応接間で原告に対する説明等を行っており、Iが来てから原告や他の職員は和室に移動したが、辛は応接間で待機しており、乙第3号証への記載も応接間で行ったと証言する。しかし、辛のみがこのような行動を取るというのは、あまりにも不自然であり、信用しがたい。
カ 以上の点を総合すると、被告ら職員が丙方を訪れて原告に修正申告を慫慂し、本件修正申告書が作成されたのは、平成2年11月8日であったと認められ、これに反する被告側証人の証言は採用できない。
2 本件修正申告の効力について
前記認定事実によれば、本件修正申告書は、被告職員らが本件調査の結果に基づいて記載したものであり、原告は被告職員らの説明に納得せず、調査させて欲しいと繰り返し述べていたにもかかわらず、被告職員らは、修正に応じなければ原告ないし父丙に対して一層高額の課税が行われる可能性を暗に示しながら強圧的な言辞で押印を迫り、興奮した母乙が本件修正申告書に押印するや、間違っていたらいつでも訂正してやるなどと述べて原告の抵抗を抑え、未だ全部が記載されていない本件修正申告書を持ち帰り、後に修正を加えて受付処理をしたものと認められるのであり、このような経過に照らすと、本件修正申告書は、原告の確定的な意思に基づいて作成提出されたものとはいえず、したがって、本件修正申告は無効というべきである。
3 被告署長に対する各訴えの適否
(1) 本件通知の取消しの訴え
本件修正申告は無効であるから、原告は、本件修正申告によって当初申告を超える租税債務を負うものではない。したがって、昭和63年分所得税の更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知は、原告に何らの不利益を生じるものではないから、その通知の取消しを求める訴えの利益はないというべきである。
(2) 本件各処分の取消しの訴え
原告の被告署長に対する本件各処分の取消しの訴えは、本件各処分のうち当初申告額を超える部分の取消しを求めるものであって、適法である。
4 本件各処分の適法性
(1) 平成元年処分
平成元年の原告の事業所得の金額の算定の基礎となる数値のうち、必要経費、貸倒引当金(繰戻額、繰入額)及び青色申告控除額については、当事者間に争いがない。争いのあるのは、売上金額及び売上原価であり、平成元年分の更正処分においては、売上金額から売上原価を控除した金額(差益額)を8569万5371円と算定しているから、差益額が更正処分における算定額以上であれば、平成元年処分は適法ということになる。
ア 売上金額
(ア) 原告の当初申告における売上金額(10億1668万3816円)は、現金売上については現売ノートの記載に基づいているところ、本件調査の結果、現売ノートと乙ノートとの間に現金売上の金額につき開差があり、乙ノートの記載額の方が高い場合の差額の合計が5635万5000円、乙ノートの記載額の方が低い場合の差額の合計が3454万円であり、被告職員らは、前者の5635万5000円を売上計上漏れ金額と認定して、これに基づいて修正申告を慫慂したことは前記認定のとおりである。
両ノートの開差につき、原告は、伝票、帳簿等の再調査の結果に基づき、乙ノートの記載額の方が高い場合の差額の合計は5089万5000円、乙ノートの記載額の方が低い場合の差額の合計は4412万8000円であると主張する(甲7)。
(イ) 現売ノートと乙ノートの間に開差が生じている理由について、原告は、乙が原告から受け取った現金を適当に割り振って銀行に入金したり(この場合に現売ノートの金額が乙ノートの金額を上回る。)、反対に数日分をまとめて入金したり(この場合には、乙ノートの金額が現売ノートの金額を上回る。)したためであり、したがって、両ノートの記載額の差額、すなわち、5089万5000円と4412万8000円の差額である676万7000円が売上計上もれの額であると主張する。
しかし、現売ノートの金額と乙ノートの金額との間に原告主張のような対応関係があることについて、原告は何ら具体的に主張しておらず、これを裏付ける的確な証拠はない。したがって、原告の主張は採用することができない。
(ウ) 乙ノートの記載額は、銀行への入金によって正確性が裏付けられており、その記載に見合う現金が原告から乙に交付されたと認められる。したがって、乙ノートの記載額が現売ノートの記載額を上回る場合には、その差額は売上の計上もれに当たると認めるのが相当であり、これに反する証拠はない。
他方、乙ノートの記載額が現売ノートの記載額を下回る場合については、乙が原告から受け取った現金のうちから原告の生活費(月額50万円)や妻への送金分(月額20~25万円)を差し引いていたことが認められ、この点は原告も自認するところである。また、審査請求段階では、差額分が日掛預金に充てられたことが認定されており(乙2)、使途が不明の部分についても貯蓄等に充てられたものと推認される。
(エ) したがって、原告の平成元年分の売上金額は、①現売ノートの記載に基づく売上金額に乙ノートとの差額5089万5000円(甲7により認められる。)を計上もれとして加え、②4月から12月までの計上もれ額のうち仮受消費税相当額を控除し、③被告の指摘する3月分の集計誤り124万0400円を控除する、という方法により算出するのが相当である。
① 乙ノートとの差額分を加えた売上金額は、10億6757万8816円となる。
1,016,683,816+50,895,000=1,067,578,816
② 4月分ないし12月分の売上計上もれ額は3502万5000円であり、これに対する仮受消費税相当額は102万0145円である。
35,025,000×3/103=1,020,145
③ ①から②及び3月分の集計誤り124万0400円を控除すると、原告の売上金額は、10億6531万8271円となる。
1,067,578,816-(1,020,145+1,240,400)=1,065,318,271
イ 売上原価
原告は、当初申告の基礎となった資料に基づき、発生主義により再計算を行った結果、期首在庫の計上もれ及び仕入金額の過少計上があったとして、売上原価は9億7529万5937円であると主張しており(甲42)、原告主張額を売上原価と認める。
ウ 売上金額から売上原価を控除した残額(差益額)は、9002万2334円であり、平成元年分の更正処分における差益額8569万5371円を上回る。したがって、平成元年処分は適法である。
(2) 昭和63年処分
昭和63年の売上については、現売ノート自体が一部しか記載されておらず、また、乙ノート、レジペーパー及び振替伝票等の原始記録が保存されていない。しかし、昭和63年と平成元年において、売上原価率に変動が生じた事情が窺われないので、原告自身の昭和63年の売上原価の額を平成元年の原価率で除することにより、昭和63年の売上を推認することができる。
ア 平成元年の原価率
前記認定の売上金額及び売上原価から平成元年の原価率を計算すると、91.54%となる。
975,295,937÷1,065,318,271=0.9154(小数点第5位以下切り捨て)
イ 昭和63年の売上原価
売上原価については、当初申告の際の金額である9億7539万6776円を原告、被告双方とも主張していたが、原告は、当初申告の基礎となった資料に基づいて発生主義による計算を行った結果として、9億7835万0846円と主張を改めており、原告主張の額を売上原価と認める。
ウ 売上金額
昭和63年の売上原価を平成元年の原価率で除して昭和63年の売上金額を推計すると、10億6876万8675円となる。
978,350,846÷0.9154=1,068,768,675(小数点以下切り捨て)
エ 差益額
売上金額から売上原価を控除した残額(差益額)は、9041万7829円となり、昭和63年分の更正処分における差益額(8481万7110円)を上回る。
差益額から控除すべき必要経費等の額につき当事者間に争いはないから、昭和63年処分は適法である。
5 国家賠償請求について
(1) 本件調査のうち、平成2年10月29日から11月2日までの間に原告の店舗及び自宅並びに丙の自宅及び事務所において被告職員らが行った調査については、一部にやや強引と思われる点があるものの、税務調査である旨を表示して原告や丙の了解を得て行われたものと認められ、違法な調査ということはできない。
(2) しかし、平成2年11月8日の丙方における被告職員らの行為は、十分な資料の提示及び説明をせずに調査結果を一方的に押しつけ、修正に応じない場合には更に不利益な処分が行われることを暗に示し、強圧的な言辞を用いて修正申告を迫り、原告の真意に基づくものでないことを知りながら本件修正申告書を作成させてこれを持ち帰ったものであり、修正申告の慫慂として許容される限度を逸脱した違法な行為というべきである。
(3) 原告は、被告職員らの前記違法行為により、人格的利益を侵害され、精神的損害を被ったと認められ、原告の精神的損害に対する慰謝料としては70万円が相当である。
また、原告は損害の回復のため本訴の提起及び追行を弁護士である原告訴訟代理人に委任することを余儀なくされたと認められ、弁護士費用としては10万円が相当である。
6 結論
以上によれば、原告の本訴請求のうち、昭和63年分所得税の更正の請求に対する更正すべき理由がない旨の通知の取消しを求める訴えは不適法であるから却下すべきであり、被告署長に対するその余の請求はいずれも理由がないから棄却すべきである。また、被告国に対する請求は、80万円及びこれに対する不法行為の日以降である平成6年10月7日(本件訴状が被告国に送達された日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度で認容し、その余の請求は理由がないから棄却すべきである。
よって、主文のとおり判決する(仮執行宣言は、相当でないから付さないこととする。)。
(裁判長裁判官 山下郁夫 裁判官 青木亮 裁判官 畑佳秀)
file_2.jpg別紙