大阪地方裁判所 平成6年(行ク)16号 決定 1994年6月06日
原告
服部敏雄
右訴訟代理人弁護士
河村武信
同
正木みどり
同
松本七哉
被告
茨木税務署長
永井齊
右指定代理人
巖文隆
外三名
主文
本件申立てを却下する。
理由
第一 申立て
一 文書の表示及び文書の趣旨
原告の同業者であるA、B、C、D、F、G、H(以下「本件同業者七名」という。)の各作成にかかる茨木税務署宛昭和六二年分ないし平成元年分の各青色申告決算書(以下「本件各文書」という。)
なお、予備的に、本件各文書で、次の部分を紙片で覆う等して秘匿したものであることを許容する。
(秘匿部分)
第一次的には、申告者、税理士の住所・氏名・電話番号・事務所の名称・所在地・従業員の氏名等の固有名詞部分。
第二次的には、以下の各項目以外の部分。(一) 損益計算書の科目のうち、次の各科目とその金額欄。①売上金額、②給料賃金・外注費等、「雇人費」に該当するもの、③減価償却費、④リース代、⑤地代家賃、⑥専従者給与。(二) 減価償却費の計算の欄のうち、①建物以外の「減価償却資産の名称」の欄、②右①のそれぞれについて、「当該年度の必要経費算入額」の欄。
二 文書の所持者
被告
三 証すべき事実
推計課税の不合理性(本件同業者七名と原告の営業形態等が異なる事実)
四 文書提出義務の原因
民訴法三一二条一号
第二 事案の概要
本件訴訟は、被告が原告に対し平成二年七月九日付けでした昭和六二年分、同六三年分及び平成元年分の所得税の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分の取消しを求めるものである。被告は、右各処分の根拠となる推計課税の適法性、合理性を立証するため、本件同業者七名の同業者調査表を証拠として提出し(乙第三号証)、その準備書面において、右同業者調査表は、大阪国税局長が作成基準を定めて被告に対し発した通達に基づき、被告において、所轄管内の同業者の青色申告決算書等を調査し、作成したものであることを明らかにしている。
原告は、(1) 被告の主張に照らすと、被告は本件同業者七名の青色申告決算書(本件各文書)をその準備書面において引用したというべきであるから、民訴法三一二条一号に基づく文書提出義務を負う、(2) 同号の文書については、守秘義務を理由にその提出義務を免れることはできないと解すべきであり、仮にそうでないとしても、本件各文書中の一部(第一の一に記載のとおり)を紙片で覆う等してこれを秘匿したものを提出させれば足りる、と主張する。
これに対し、被告は、(1) 被告が引用したのは同業者調査表であって本件各文書ではない、(2) 仮に被告が本件各文書を引用したものと解されるとしても、被告は本件各文書の記載内容につき守秘義務を負うから、民訴法二七二条、二八一条一項一号の類推適用によりその提出を拒み得る、(3) 本件各文書中の一部を紙片で覆う等したものは、本件各文書の原本とは異なる文書であって、このような文書を新たに作成する義務を被告に課す法的根拠はないばかりか、右文書の筆跡その他の記載内容から当該申告者が特定される可能性もあるから、守秘義務違反を生ずるおそれがある、と主張している。
第三 判断
被告が本訴において引用し、証拠として提出した同業者調査表(乙第三号証)は、アルファベットで表示した七名の業者につき、それぞれ、売上金額、売上原価、消耗品費、材料費、一般経費及び以上の各金額から当然に算出される所得金額を記入した一覧表であるところ、被告は、その準備書面において、右同業者調査表は本件各文書に基づいて作成したものであることを自認し、本件各文書の存在及び内容について言及している。
ところで、民訴法三一二条一号が、訴訟において引用した文書の提出義務を訴訟当事者に課したのは、当事者がその所持する文書を訴訟上引用することにより自己の主張を補強しておきながら、当該文書の提出を拒み得ることとしたのでは、訴訟の公正を損なうという配慮によるものであるから、同号に規定する「訴訟ニ於テ引用シタル」といえるためには、当事者が当該文書について訴訟上単に言及したというだけでは足りず、自己の主張の裏付けとして当該文書を積極的に引用したことを要するものと解される。これを本件についてみると、<略>によれば、被告は、本件各文書の記載内容につき本件同業者七名に対する守秘義務を負っていることを理由に、本件各文書を提出することなく、これに基づいて別途作成した同業者調査表を証拠として提出していることが明らかである。要するに、被告は、本件推計課税の根拠事実を裏付ける直接証拠というべき本件各文書を提出しないことに伴う訴訟上の負担、不利益を甘受する前提で、あえて本件各文書に代えて同業者調査表を訴訟上引用しているのであって、この同業者調査表の作成の経緯を説明する必要上、その準備書面において本件各文書の存在と内容に言及したにすぎず、本件各文書を自己の主張の裏付けとして積極的に引用したものとは認め難い。
したがって、本件各文書が同号所定のいわゆる引用文書に当たるものということはできず、同号に基づき本件各文書又は本件各文書の一部を紙片で覆う等したものの提出を命ずることを求める本件申立ては、理由がない。
(裁判長裁判官福富昌昭 裁判官倉吉敬 裁判官氏本厚司)