大判例

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大阪地方裁判所 平成7年(わ)1267号 判決 1996年7月08日

裁判所書記官

黒正三

本籍

大阪市淀川区十三東二丁目三七番地の一五

住居

大阪府豊中市本町六丁目四番二二号 豊中ホームズ二〇一号

会社役員

藤井好子

大正一一年一一月四日生

本籍

大阪市淀川区十三東二丁目一二番

住居

大阪府箕面市百楽荘二丁目四番一六号

無職

酒井君子

大正八年七月三日生

右の者らに対する各所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官酒井徳矢出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人藤井好子を懲役二年四月及び罰金七五〇〇万円に、被告人酒井君子を懲役一年六月及び罰金三〇〇〇万円に各処する。

被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、それぞれ金二〇万円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

被告人らに対し、この裁判確定の日から三年間それぞれその懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

第一  被告人藤井好子(平成六年三月八日ころの住所は大阪府箕面市桜ヶ丘一丁目六番二七号)は、自己が所有していた不動産を譲渡したものであるが、同被告人から依頼を受け、同被告人の所得税確定申告手続に関与した野崎泰秀、鈴木彰、岡澤宏及び平井龍介と共謀の上、同被告人の所得税を免れようと考え、別紙(一)修正損益計算書記載のとおり、同被告人の平成五年分の総合課税の総所得金額が二六一五万〇九一七円、分離課税の長期譲渡所得金額が一四億〇一〇八万六四三六円で、これらに対する所得税額が四億二八五〇万二五〇〇円であった(別紙(二)税額計算書参照)にもかかわらず、譲渡収入の一部を除外するなどの行為により、その所得の一部を秘匿した上、平成六年三月八日、大阪府池田市城南二丁目一番八号所在の所轄豊能税務署において、同税務署長に対し、平成五年分の総合課税の総所得金額が二一〇一万六七一六円、分離課税の長期譲渡所得金額が一億〇五一五万〇四七六円で、これらに対する所得税額が三七一五万四七〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定の申告期限を徒過させ、もって、不正の行為により、別紙(二)税額計算書記載のとおり、平成五年分の所得税三億九一三四万七八〇〇円を免れ

第二  被告人酒井君子(平成六年三月八日ころの住所は大阪府豊中市新千里西町三丁目一六番一五号)は、自己が所有していた不動産を譲渡したものであるが、同被告人から依頼を受け、同被告人の所得税確定申告手続に関与した野崎泰秀、鈴木彰、岡澤宏及び平井龍介と共謀の上、同被告人の所得税を免れようと考え、別紙(三)修正損益計算書記載のとおり、同被告人の平成五年分の総合課税の総所得金額が六〇七万五六四〇円、分離課税の長期譲渡所得金額が一〇億五七六三万〇二五七円、退職の所得金額が八九〇万円で、これに対する所得税額が二億二〇八八万七三〇〇円であった(別紙(四)税額計算書参照)にもかかわらず、譲渡収入の一部を除外するなどの行為により、その所得の一部を秘匿した上、平成六年三月八日、所轄の前記豊能税務署において、同税務署長に対し、平成五年分の総合課税の総所得金額が二三一万四七五三円、分離課税の長期譲渡所得金額が一億一〇八六万三五三九円、退職の所得金額が八九〇万円で、これらに対する所得税額が二〇八八万六七〇〇円

(ただし、申告書には誤って二〇八七万六七〇〇円と記載)である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定の申告期限を徒過させ、もって、不正の行為により、別紙(四)税額計算書記載のとおり、平成五年分の所得税二億〇〇〇〇万〇六〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

(注)括弧内の漢数字は証拠等関係カード検察官請求分記載の証拠番号を示す。

判示事実全部について

一  第三六回公判調書中の被告人藤井好子の供述部分

一  第三〇回公判調書中の被告人酒井君子の供述部分

一  被告人藤井好子〔二六三、二六四、二六六、二六七〕及び同酒井君子〔二八六、二八八、二八九〕の検察官調書

一  第二一回公判調書中の分離前の相被告人野崎泰秀、同鈴木彰、同岡澤宏及び同平井龍介の各供述部分

一  野崎泰秀〔二七〇、二七二ないし二七四〕、鈴木彰〔二七七〕、岡澤宏〔二七九〕、平井龍介〔二八〇ないし二八四〕、上村一郎〔二四六〕、藤井静雄〔二五三〕及び柿田ヨシエ〔二五六〕の検察官調書

一  査察官報告書〔二三四〕

一  査察官調査書〔二三五〕

一  「所轄税務署の所在地について」と題する書面〔二三二〕

判示第一の事実について

一  被告人藤井好子の当公判定における供述

一  第二一回公判調書中の被告人藤井好子の供述部分

一  被告人藤井好子の検察官調書〔二六五〕

一  野崎泰秀〔二七一〕、上村一郎〔二四七〕、藤井宏子〔二四八〕、能方孝子〔二四九〕、近藤良子〔二五〇〕、里山利子〔二五一〕及び藤井康守〔二五二〕の検察官調書

一  査察官調査書〔二三六ないし二四〇〕

一  証明書〔二二九〕

判示第二の事実について

一  被告人酒井君子の当公判定における供述

一  第二一回公判調書中の被告人酒井君子の供述部分

一  鈴木彰〔二七八〕及び宇治田昌弘〔二五四〕の検察官調書

一  査察官調査書〔二四一ないし二四四〕

一  証明書〔二三〇〕

(法令の適用)

被告人藤井好子の判示第一の所為及び被告人酒井君子の判示第二の所為は、いずれも平成七年法律第九一号(刑法の一部を改正する法律)附則二条一項本文により同法による改正前の刑法(以下「旧刑法」という。)六五条一項、六〇条、所得税法二三八条一項に該当するところ、いずれも所定刑中懲役刑及び罰金刑の併科を選択し、かつ、情状によりそれぞれ同条二項を適用して右の罰金の額はいずれもその免れた所得税の額に相当する額以下とし、それぞれその所定刑期及び金額の範囲内で、被告人藤井好子を懲役二年四月及び罰金七五〇〇万円に、被告人酒井君子を懲役一年六月及び罰金三〇〇〇万円に各処し、被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、旧刑法一八条によりそれぞれ金二〇万円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置することとし、被告人両人について、情状により同法二五条一項を適用して、被告人らに対し、この裁判確定の日から三年間それぞれその懲役刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

本件は、被告人両名が、それぞれその所有する不動産を売却した利益に関し、右不動産売却の仲介をした野崎のほか、鈴木、岡澤及び平井と共謀の上、平成五年分の所得税につき、被告人藤井については三億九〇〇〇万円余り、被告人酒井については二億円余りの所得税をほ脱したものであるところ、いずれもほ脱税額が高額である上、ほ脱率も共に九〇パーセントを超える高率であって、納税義務に著しく反する重大事案というべきである。

ところで、本件脱税は、右被告人両名の不動産売却益に関し、申告書上、不動産譲渡収入の一部を除外する一方、架空の不動産譲渡費用を計上するなどして、被告人藤井につき約一三億円、被告人酒井につき約九億円の長期譲渡所得金額を過少にし、さらに、被告人酒井については、同被告人所有の他の不動産を譲渡するに際し、これを一旦鈴木に著しく低い価格で譲渡したかのように仮装し、架空の短期土地譲渡損失約八八〇〇万円を計上して損益通算により長期譲渡所得金額を一部除外する方法によって敢行されたものである。そこで、右のような脱税工作に対する被告人両名の関与の程度や脱税の認識の程度について検討するに、被告人両名は、各自所有の不動産の売却の仲介をした野崎から、右不動産売却益の税務申告に関して、鈴木に納税手続を依頼すれば、自由民主党同志会(以下「自民党同志会」という。)を通じて税務署に手を回し、政治的な圧力をかけるので、低い税額で申告をしても、税務調査を受けることがない旨の説明を受けたことから、野崎に対し、納付する所得税額を低くすべく、鈴木を通じて本件申告を行うように依頼したこと、その後野崎の助言に従って多額の割引債券を購入したこと、被告人両名についての税務申告においては、被告人両名分と同時に、右不動産売却に伴い所得の発生する藤井輝夫の所得税をも鈴木らにおいて低い税額で申告することとなっていたところ、被告人両名は、野崎から、本件ほ脱税額について説明を受けたほか、被告人両名及び右藤井輝夫分の脱税に関し、自民党同志会東京本部に納める脱税工作資金として四億五〇〇〇万円余り及び鈴木に対する手数料として一億円余りを支払うこととなる旨、その金額を記載した資料に基づいて説明を受けた上、野崎が右金額に沿って被告人らが用意してきた現金や割引債券を本件所得税の納付分や自民党同志会に対する脱税工作資金、鈴木に対する手数料に仕分けしている際にも、これに立ち会い、さらには、申告した所得税の納付に引き続き、野崎が右脱税工作資金等の現金及び割引債券の入ったバッグを持って鈴木の事務所に赴いた際には、野崎に同道して右事務所前において待機し、その際鈴木側から右脱税工作資金に関する領収証は得られなかったことの各事実が認められ、右一連の事実に鑑みれば、被告人両名は、本件税務申告手続に関する謝礼として合計五億五〇〇〇万円余りもの極めて多額の金員が支払われていることを十分認識していたものと認めることができる。したがって、以上からすれば、被告人両名には、野崎に対して鈴木を通じての申告を依頼した時点から、本件が違法行為であり、脱税であるとの認識があったものと言うべきはもとより、脱税工作の手口自身は他の共犯者の立案によるものであれ、被告人両名こそまさに本件各所得税の納付義務者そのものなのであるから、被告人両名は、本件を敢行する上において重要な立場を占めており、本件脱税に少なからず関与していたものと言わざるを得ない。

また、被告人両名は、前記不動産売却益を少しでも多く手元に残したいとの思惑から、本件脱税を敢行するに至ったものであって、特に斟酌すべき動機ではない。

以上のとおり、本件脱税の規模及び態様並びにその中における被告人両名の地位及び関与の態様等からすれば、被告人両名の刑事責任は重大である。

一方、被告人両名は、共に本件所得税について修正申告を行った上、右ほ脱税額全額について納付を完了しているほか、右修正申告に伴う地方税の更正分や、重加算税、延滞税等についてもそれぞれ全額を納付している。また、被告人両名は、前記のとおり、本件脱税に伴う脱税工作資金及び手数料として被告人両名分及び藤井輝夫分合計五億五〇〇〇万円余りを支払い、実際には、四億五〇〇〇万円余りについては鈴木が、一億円余りについては野崎が利得する結果となったほか、藤井輝夫から同人の所得税申告手続に関して預託を受けていた金員の中から、本件脱税工作の謝礼として、野崎に対し一〇八〇万円、平井に対して二〇〇〇万円を支払っており、結局、被告人両名は、合計約五億八〇〇〇万円もの巨額の脱税報酬を支払っている。さらに、本件脱税は、そもそも野崎から持ち掛けられたものである上、脱税方法の決定は、専ら野崎、鈴木及び平井の話し合いによってなされたものであって、被告人両名は、野崎の主導の下に、その助言に従って、本件脱税に向けた行動をなしていたものであるということができる。

以上に加えて、被告人両名はいずれも自己の刑事責任を認め、反省していること、現在、被告人藤井は七三歳、被告人酒井は七七歳といずれも高齢であること、被告人藤井には前科がなく、また、被告人酒井は交通事犯の罰金前科一犯を有するのみであることなど量刑上被告人に有利に斟酌すべき事情も存する。

そこで、以上の事情を総合して考慮した結果、被告人両名をそれぞれ主文の懲役刑及び罰金刑に処し、懲役刑についてはいずれもその刑の執行を猶予するのが相当であると判断した。

よって、主文とおり判決する。

(裁判長裁判官 田中正人 裁判官 石井俊和 裁判官増田啓祐は海外出張のため署名押印することができない。裁判長裁判官 田中正人)

別紙(一)

修正損益計算書

(総所得金額)

<省略>

(分離長期譲渡所得)

<省略>

(分離短期譲渡所得)

<省略>

(総合課税総所得)

<省略>

別紙(二)

税額計算書

<省略>

別紙(三)

修正損益計算書

(総所得金額)

<省略>

(分離長期譲渡所得)

<省略>

(損益通算)

<省略>

(総合課税総所得)

<省略>

別紙(四)

税額計算書

<省略>

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