大阪地方裁判所 平成7年(わ)738号 判決 1996年2月06日
主文
被告人を懲役一三年に処する。
未決勾留日数中二〇〇日を右刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は
第一 自動車運転の業務に従事していた者であるが、平成六年三月九日午前六時一〇分ころ、普通乗用自動車(登録番号なにわ五五わ九三四四)を運転し、大阪市東成区中道二丁目五番一五号先の片側各三車線を有する道路(市道築港深江線)を森ノ宮方面から緑橋方面に東進してきて、同所先の信号機により交通整理の行われている交差点を信号に従い右折するに当たり、同交差点の中心付近で一時停止したものの、同地点においては、右市道の中央分離帯上に高速道路の高架橋脚柱が設けられており、しかも、その東方には道路に勾配もあって、対向車線東方に対する見通しが困難であったから、見通しが十分できる位置で再度一時停止した上、東方から進行してくる対向車両の有無及びその安全を確認して右折すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、対向車両が途切れたことに気を許し、後続する対向車両は無いものと軽信し、前記交差点の中心付近から発進した後は再度一時停止することなく、漫然時速一〇ないし一五キロメートルで右折進行した過失により、折から前記市道の東方より同交差点に対向直進してきたA(当時二六歳)運転の普通乗用自動車を左斜め前方約一七・八メートルの地点に初めて発見し、ハンドルを右に切って避けようとしたが間に合わず、自車左側面部を前記A運転車両右後角部に衝突させ、その衝撃で同車を左斜め前方に逸走させて、同交差点南西詰歩道上に設置された水銀灯柱に同車前部を衝突させ、よって、同人に加療八四日間を要する頭部外傷[1]型、左大腿四頭筋挫傷等の傷害を負わせ
第二 公安委員会の運転免許を受けないで(免許の効力停止中)、同年五月六日午後六時五五分ころ、同市城東区東中浜四丁目八番二二号付近道路において、普通乗用自動車(登録番号なにわ五七も二二)を運転し
第三 自動車運転の業務に従事していた者であるが、前記第二記載の日時ころ、同記載の車両を運転し、同記載場所先の交通整理の行われていず、かつ、左右の見通しの困難な交差点を東から西に向かい直進するに当たり、同交差点の手前で徐行して左右道路の交通の安全を確認すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、左方道路の交通の安全を確認することなく、漫然時速約五〇キロメートルで同交差点に進入した過失により、折から左方道路より同交差点に進行してきたB(当時一四歳)操縦の足踏二輪自転車を左斜め前方約九・一メートルの地点に、同車に後続して進行してきたC(当時一四歳)操縦の足踏二輪自転車を左斜め前方約九・七メートルの地点にそれぞれ認め、急ブレーキをかけたが間に合わず、自車前部をB操縦自転車右側面部に、次いでC操縦自転車前部に順次衝突させて、右両名を各自転車もろとも路上に転倒させ、よって、右Bに全治約一か月間を要する右下腿挫傷等の傷害を、右Cに加療約二か月間を要する右脛骨及び腓骨各骨折の傷害をそれぞれ負わせ
第四 法定の除外事由がないのに、同年七月上旬ころ、前記第一記載の場所先路上に停車中の普通乗用自動車内において、回転弾倉式けん銃一丁を所持し
第五 前記二回にわたる交通事故がもとで、当時勤めていた運送会社を退職し、その後は定職に就かないまま、金融業者の手伝いをする知人の甲と行動を共にしていた者であるが、同年一一月二二日ころ、同人から、消費者金融を営む大阪府箕面市桜四丁目九番一号桜中央橋ビル二階の有限会社富士一の店舗を襲い金員を強取しようと誘われるや、その旨同人と共謀の上、同月二四日午後五時五〇分ころ、右桜中央橋ビル付近に赴き、まず右甲において、前記富士一の店内に入り、同社取締役D(当時三二歳)に対し、所携のけん銃を突き付けて「動くな。」と怒号したところ、Dが反抗する態度を示したことから、この際同人を殺害するもやむなしと決意した甲において、Dの胸部にけん銃弾一発を発射して命中させ、次いで、後から同店内に入ってきた被告人も加わって、既に驚愕畏怖している同社社員E(当時四五歳)及びDを同店便所内に連れ込み、こもごも、「金はどこや。金庫はどこや。」などと怒号して金員を要求し、さらに、被告人において、Dの頭部等をガラス製灰皿(平成七年押第四〇三号の1はその破片)及び鉈(同号の2)の背で数回殴打するなどして、同人らの反抗を抑圧した上、甲において、EからD管理に係る現金約一二一万円在中のチャック付き茶色ビニール袋を提出させてこれを強取したが、その直後、同店から逃走する際、Dが甲の腕等をつかんで離さなかったことから、再び甲において、殺意をもってDの頭部等にけん銃弾三発を発射して命中させ、よって、そのころ、同所において、同人を頭部銃創に基づく脳挫滅により死亡するに至らせ
たものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
被告人の判示第一及び第三の各所為は平成七年法律第九一号(刑法の一部を改正する法律)附則二条一項本文により同法による改正前の刑法二一一条前段に、判示第二の所為は道路交通法一一八条一項一号、六四条(一〇三条二項二号)に、判示第四の所為は平成七年法律第八九号(銃砲刀剣類所持等取締法の一部を改正する法律)附則二項により同法による改正前の銃砲刀剣類所持等取締法三一条の二第一項、三条一項に、判示第五の所為は前記改正前の刑法六〇条(ただし、強盗致死の範囲で)、二四〇条後段にそれぞれ該当するところ、判示第三の所為は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の重いCを被害者とする業務上過失傷害罪の刑で処断し、各所定刑中、判示第一の罪については禁錮刑を、判示第二及び第三の各罪については懲役刑を、判示第五の罪については無期懲役刑をそれぞれ選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるが、判示第五の罪につき無期懲役刑を選択したので、同法四六条二項本文により他の刑を科さないこととし、なお犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条二号を適用して酌量減軽した刑期の範囲内で被告人を懲役一三年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中二〇〇日を右刑に算入し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、判示第五の事実について、被告人には強盗致傷罪の限度でしか責任がないと主張し、その理由として、第一に、本件においては、既に財物奪取が完了し被告人が犯行現場から離れた後に共犯者の甲がけん銃を発砲してDを殺害したのであるから、共同正犯の処罰根拠ないし個人責任の原理に照らして、被告人に致死の結果に対する責任を問い得ないこと、第二に、結果的加重犯の共同正犯が肯定されるためには責任主義の見地から少なくとも過失を要するから、過失がない以上、被告人に致死の結果に対する責任を問い得ないことを挙げる。
しかしながら、およそ強盗の共謀をした者はその強盗の機会に他の共犯者が強盗殺人の所為に出た場合に強盗致死の限度で責任を負うべきであり、かつ、このように解することは個人責任の原理に立脚して、共同正犯の処罰根拠をいわゆる相互利用に求めることと何ら矛盾するものではないところ、本件においては、甲がけん銃を発砲した時期及びその状況からして、D殺害の行為が強盗の機会になされたことは明白であり、したがって、被告人は本件致死の結果に対する責任を免れない。
また、関係証拠によれば、被告人は、本件強盗の態様や甲の性格等からして、甲がけん銃をDに向けて発砲することを十分予見できたものと認められるから、これを回避しようとしなかった被告人に過失があることも明らかである。
以上の次第で、弁護人の主張は理由がなく、被告人には強盗致死の限度で甲との共同正犯による罪責が問われるべきである。
(量刑の理由)
本件は、被告人が、元暴力団組員の知人と共謀の上、消費者金融会社の店舗を襲って現金を強取し、その際共犯者が同店責任者をけん銃で射殺したという強盗致死一件、そのけん銃を右事件の約四か月前に預かり所持していた銃砲刀剣類所持等取締法違反一件、普通乗用自動車を運転中に不注意で人身事故を起こした業務上過失傷害二件及び無免許運転による道路交通法違反一件の事案である。
まず、強盗致死の犯行については、無職の被告人が、生活費や交通事故の示談金支払いに窮し、共犯者に誘われるままこれに加担したものであるが、そのような窮状に陥ったのも、元はといえば被告人に責任があり、犯行の動機としてそれほど同情できるものではない。また、右の犯行は、共犯者がかねてより知っていた店舗を狙い、下見など周到な準備をした上で敢行するという計画的なものであり、その態様も、判示のとおり、けん銃を使用した凶悪かつ残虐なものであるところ、被告人においても、無抵抗の被害者らを便所内に連れ込み、その頭部や顔面等をガラス製灰皿及び鉈の背で数回強打するなどの相当手酷い暴行に及んでいるもので、その果たした役割は軽視できない。そして、発生した結果もまことに重大であって、被告人らの凶行により三二歳という尊い生命を奪われた被害者D本人の無念さはもちろんのこと、残された家族らの憤怒と悲嘆の胸中も察するに余りあるものがあり、その妻が被告人の厳罰を切望するのも当然のことと思われる。しかるに、被告人は、公判廷で謝罪の言葉を述べているものの、それ以外に右の遺族らに対して慰謝の措置を講じていない。
次に、銃砲刀剣類所持等取締法違反の犯行についてみても、所持に係るけん銃は、三八口径回転弾倉式の殺傷能力が高く、後に本件強盗致死の凶器となった危険なものであり、凶悪なけん銃使用犯罪が多発し市民生活に重大な不安と脅威を与えている近時の社会事情にもかんがみると、これまた軽視できない犯行である。
さらに、業務上過失傷害及び道路交通法違反の犯行についても、判示第一の事故による免許停止処分中に無免許運転をして、再び判示第三の事故を起こしたものであって、被告人の遵法精神の希薄さと安易な性格が窺える上、被害者らに与えた各傷害の程度も決して軽くない。
してみると、本件各犯行はいずれも犯情のよくないものであり、被告人の刑事責任は重大といわなければならない。
しかしながら、他方、強盗致死の結果は、被告人が犯行現場から逃走した後の共犯者の凶行によって発生したもので、被告人としては本意でなかったこと、被告人が強盗に加担した経緯には、年長の共犯者に誘引された側面が認められること、また、けん銃の所持についても、やはり右共犯者から依頼されたことによる犯行で、しかも、その所持の期間は数日程度と短いものであったこと、業務上過失傷害については、いずれも被害者側に相当な落ち度のある事故である上、既に示談が成立していることが窺えること、被告人には前科が四犯あるものの、服役前科は約一〇年前のものであること、本件当時は約半年間にわたり無職の状態にあったが、必ずしも勤労意欲がなかったわけではないこと、更には、被告人の更生を願う両親及び妻子がいることなど、被告人のために酌むべき事情も少なからず存する。
そこで、以上諸般の事情を総合考慮し、被告人に対しては、酌量減軽の上、主文掲記の刑を科すのが相当と判断した。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 白井万久 裁判官 大越義久 裁判官 鈴木秀行)