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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)10254号 判決 1997年9月24日

原告

井上喜久栄

外三名

右四名訴訟代理人弁護士

村辻義信

小谷英男

小谷寛子

被告

泉証券株式会社

右代表者代表取締役

木村輝久

右訴訟代理人弁護士

中祖博司

山田昌昭

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告井上喜久栄(以下「原告井上」という。)に対し、金一二七万円、同河野豊(以下「原告河野」という。)に対し、金三六七万円、同早野健(以下「原告早野」という。)に対し、金一一八万円、同角谷徹(以下「原告角谷」という。)に対し、金三〇九万五七三七円及びこれらに対する平成七年一〇月二六日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は被告の従業員であった訴外甲野一郎(以下「甲野」という。)が原告らに対し、有利な投資情報を提供するなどして自らを信頼させ、もって証券購入代金名下に金員を騙取したとして、甲野の雇用者である被告に対し、使用者責任に基づく損害賠償を求めている事案である。

二  争いのない事実及び証拠上容易に認定できる事実

1  被告は有価証券の売買、媒介、取次及び代理等を目的とする株式会社であり、甲野は昭和五九年ころに被告に入社し、本件事件当時も被告会社の社員であり、同社灘営業所に勤務し、営業員として顧客の投資勧誘等の業務に従事していたものである。なお、平成五年一一月一九日、被告は甲野を懲戒解雇した。

2  甲野は平成五年一〇月二一日、原告井上方に電話をして、「親しい友達に今電話してるんやけど、会社のお客さんで、会社と大口の取引があるお客さんやけど、その人が一〇年前に購入した債券が一一月末で満期になる。その人が満期前の三週間に、資金繰りの関係でお金が必要になり、大口で三週間だけ資金を回したいと言っている。三週間だけで、簡単にいえば九一円が一〇〇円になる話しで、いい話しなんで、会社でもお客さんに声をかけているし、僕もせっかくやから友達に声をかけているところ。」との勧誘を行い、これを受けて原告井上は同年一一月五日に甲野の指定するさくら銀行板宿支店、普通預金、口座番号三九一八二〇八、口座名義甲野一郎へ一〇〇万円を振り込んだ。(甲1、5、原告井上本人)

3  甲野は原告河野豊に対し、平成五年一〇月一八日ころ、神戸市中央区下山手通五丁目一〇番一号兵庫県庁において、同人の勤務先に電話で「一月一〇日に満期になる額面二〇〇〇万円の債権をもっている親戚がいて、この人が緊急に現金が必要になって、この債権を売りたがっている。満期前に解約すると利息が不利になるので、二〇〇〇万円のうち数百万円でいいから買い取らないか。一か月後に利息が一割位になる。」との勧誘を行い、これを受けて原告河野は同月二一日に甲野の指定するさくら銀行板宿支店、普通預金、口座番号三九一八二〇八、口座名義甲野一郎へ三〇〇万円を振り込んだ。(甲2、6、10、12の1、原告河野本人)

4  甲野は原告早野に対し、平成五年七月一二日、同人の勤務先に電話で「一か月で一〇〇万円になる債券があるが、買わないか。ついては明日代金を振り込んで欲しい。金額は九一万円だが、振込手数料差し引きでよい。」との勧誘を行い、これを受けて原告早野は同月一三日に甲野の指定する大和銀行三宮支店、普通預金、口座番号三二六七三五、口座名義甲野一郎へ九一万円を振り込んだ。(甲3、7の1、原告早野本人)

5  甲野は原告角谷に対し、平成元年一一月下旬ころ、同人の勤務先に電話でワラントの購入を「リスクはあるが、儲けも大きい。」と勧誘し、これに対し、原告角谷はそのときは考えていると言って、その後二ないし三日後に被告会社に電話をし、甲野に対し、「八〇万円程度であれば、余裕資金がある。ワラントを買うのであれば三菱地所が良いと思う。」と伝えたところ、「七六万五七三七円を振り込んでもらえば、二分の一単位を購入できる。」との説明を受けて、平成元年一一月一七日に甲野の指定する大和銀行三宮支店、普通預金、口座番号三二六七三五、口座名義甲野一郎へ七六万五七三七円を振り込んだ。

甲野は原告角谷に対し、平成五年一〇月六日ころ、同人の勤務先に電話で「一か月預ければ一割儲かる大変有利な商品がある。国債の購入なので、安全確実である。一七六万円を振り込んでもらえば、一か月後に二〇〇万円になる。」との勧誘を行い、これを受けて原告角谷は同六日、甲野の指定する大和銀行三宮支店、普通預金、口座番号三二六七三五、口座名義甲野一郎へ一七六万円を振り込んだ。(甲4、8、9、原告角谷本人)

6  甲野が原告らに持ちかけた前記各取引は被告会社に存在せず、また、同取引について、被告は甲野に顧客の勧誘を指示していない。

三  争点

1  甲野の前記各行為が被告の事業を執行するにつきなされたものと評価できるかどうか。

2  仮に右各行為がその外形から見て被告の事業の範囲内に属するとしても、原告らはそれが甲野の職務権限内において適法になされたものではないことについて、その事情を知り、又は重大な過失によりそれを知らなかったと評価できるかどうか。

第三  判断

一  争点1について

1  原告らは甲野の前記各行為が被告の事業を執行するにつきなされたものであると評価すべき事実として、甲野の被告での地位が被告の灘営業所の営業課副長であったこと、本来の職務は有価証券の売買の勧誘、顧客から被告への売買注文の受託等であったこと、甲野が原告らに対して勧誘をする際、被告の灘営業所の営業時間内に電話をして、満期日や利息等についての説明や個人口座への振込の説明をしたこと、甲野が原告らに対して購入を勧めた商品は債券であり、債券売買の九割は店頭売買であり、価格も原則として自由であり、株式取引とは大幅に異なっており、甲野の勧誘した取引は債券を取引市場に出すのではなく、被告会社の中枢情報にもとづく特別に「お得な」相対取引の勧誘であること、原告らは甲野の勧誘する取引が被告会社を通じて行われるものであることを信じていたことである。

2  これに対して、被告は、甲野の前記各行為が被告の事業を執行するにつきなされたものでないと評価すべき事実として、右各取引は原告らが知己である甲野を信用して親密な個人的取引としてなされたものであること、右各取引の内容は年一七〇パーセントないし一二〇パーセントもの高利回りの債券の売買及び原告角谷においては三菱地所のワラントの二分の一単位の購入であり、残り二分の一については甲野が購入したというものであり、前者についてはそのような極端な高利回りの債券を証券会社が取り扱うことはないこと、後者については、外務員と顧客が共同出資してワラントを購入することなどないこと、前記各取引において被告会社の発行する書類が一切やりとりされていないこと、原告早野は昭和六三年四月二〇日に被告に顧客口座を開設しているが、平成元年六月には口座を閉鎖しており、原告角谷は昭和五九年五月二九日に被告に顧客口座を開設しているが、昭和六一年九月には口座を閉鎖しており、原告井上及び同河野は被告会社の顧客ではなく、右各取引が行われた際に、原告らは被告に顧客口座を有しておらず、原告らは甲野個人の銀行口座へ送金をしていることである。

3 本件において、甲野の行為が被告の事業執行の範囲内に含まれるかという問題は被告の営業員が通常行う勧誘や取引の形態と本件において甲野が行った勧誘及び取引の形態を比較して、それが客観的、外形的に見て被告の通常の形態のそれに該当するか、言い換えると甲野が被告の営業員という立場を離れて個人として原告らと取引をしたと評価できるかの問題であると考えられる。

まず、本件において甲野が原告らに勧誘した商品については、その種類は明確ではなく、国債あるいは他の債券であったようであるが、共通しているのは一か月後には一〇パーセント以上の利息が何らのリスクなしに得られるというものである。平成五年当時の金利情勢からして極めて有利な商品であることは明白であり、このような商品を証券会社が販売することは考えにくい。

この点原告らは、売買の対象は債券であり、債券は九〇パーセントがいわゆる相対取引であり、その価格も自由に定められるのであるから、このような商品を証券会社が売り出すことも十分考えられると主張するが、本件で問題にしているのは右のような債券取引自体の可能性ではなく、証券会社が通常扱っている商品と比較して客観的にみて、社会通念からみて、右商品が通常扱われているものと評価しうるかどうかということであり、この側面からするとやはり証券会社の扱う商品の範疇に入るとは評価できないと考えられる。また、原告角谷と甲野とのワラントに関する取引については、ワラントを二分の一を取得し、もう二分の一についてはだれかわからない別の人が購入するという取引内容である(原告角谷本人)が、このような形態の取引が証券会社において通常行われているとは到底考えられない。

次に原告らの甲野との取引に関する手続について見てみると、原告早野は昭和六三年四月二〇日に被告に顧客口座を開設しているが、平成元年六月には口座を閉鎖しており、原告角谷は昭和五九年五月二九日に被告に顧客口座を開設しているが、昭和六一年九月には口座を閉鎖しており、原告井上及び同河野は被告会社の顧客ではなく、顧客口座自体を開設したことはない。本来証券会社と取引するには顧客口座を開設し、そこに買い付けた商品の代金等を振込むというのが通常の形態であるところ、原告井上は証券会社と取り引きするには顧客口座の開設が必要であると認識していた(原告井上本人)し、また、原告河野は過去に証券会社との取引を行っている者である(原告河野本人)から証券会社と取り引きするには顧客口座を開設することが必要であると認識していたと考えられるし、その余の原告らはいずれも過去に顧客口座を開設していたことがあるから、右同様の認識があったと考えられる。そして、右のような認識を有している原告らが事前もしくは事後に顧客口座を開設していないことは被告会社を通さずに取引をするということを推認させる事実であり、また、事後被告に対して被告が発行する取引に関する種々の書類の要求もしていない(原告ら本人、弁論の全趣旨)ことと、原告らが甲野個人の口座へ代金を振込んでいるという事実を併せ考えると、本件において問題とされている取引は被告会社が通常行う取引と比較してその範囲に含まれるとは評価されないものであると考えられる。

この点、原告らは顧客口座を開設しないで取引をすることや営業員個人の口座に取引代金を振込むことは世上よく行われているのであるから、そのことで本件における取引が被告の取引としての外形を失うものではないと主張するが、本件で問題とするのは証券会社との取引が前提の現実に行われているイレギュラーな取引と本件で問題となっている取引の比較ではなく、被告の通常の形態での取引と本件で問題になっている取引の比較をすることであるから、原告らの右主張は採用することができない。

そして、以上の事実と原告らと甲野とが同じ大学の同じサークルの同窓生であるという事実(原告井上本人)、甲野の勧誘文言の中にいい話なので親しい友達に声をかけているという事実を総合して考えると、甲野と原告らの取引は被告の業務の執行という範囲から離れた甲野と原告らとの個人的取引と評価されざるをえないと考えられる。

これに対して、原告らは、甲野の被告での地位が被告の灘営業所の営業課副長であったこと、本来の職務は有価証券の売買の勧誘、顧客から被告への売買注文の受託等であったこと、甲野が原告らに対して勧誘をする際、被告の灘営業所の営業時間内に電話をして、満期日や利息等についての説明や個人口座への振込の説明をしたことは、甲野と原告らの取引は甲野が被告の営業員として取引したものと評価できるとしているが、甲野の職務が右のとおりであったとしてもそのことから直ちに本件で問題となっている取引が被告の営業員としての取引と評価できるものではなく、また原告らは本件で問題となっている取引のために被告の灘営業所を訪問したことはなく、そこで取引がなされたことはなく(原告ら本人、弁論の全趣旨)、単に電話が灘営業所からその営業時間内になされたということで原告らと甲野の取引が被告との取引の外形を備えることとなるとは考えがたい。

以上から、甲野と原告らの取引は被告の事業執行の範囲に含まれるとは認められないのであるから、原告らの請求はいずれも理由がない。

(裁判官今中秀雄)

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