大阪地方裁判所 平成7年(ワ)11785号 判決 1998年12月25日
主文
一 大阪地方裁判所平成5年(ケ)第672号不動産競売事件につき平成7年11月17日に作成された配当表の「配当等の額」欄のうち、原告への配当額0円とあるのを114万7,000円に、被告への配当額4,837万6,100円とあるのを4,722万9,100円にそれぞれ変更する。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一 原告の請求
大阪地方裁判所平成5年(ケ)第672号不動産競売事件につき平成7年11月17日に作成された配当表の「配当等の額」欄のうち、原告への配当額0円とあるのを1,703万9,342円に、被告への配当額4,837万6,100円とあるのを3,133万6,758円にそれぞれ変更する。
第二 事案の概要
本件は、不動産競売手続により売却された土地につき不動産工事の先取特権保存の登記を経由した原告が、右土地につき根抵当権の設定を受けた被告に優先して、右先取特権に基づき工事代金債権に対する配当を受けるべきであるのに、これを考慮しないで執行裁判所は配当表を作成したとして、被告に対し、民事執行法90条に基づき、右配当表のうち原告と被告の各配当額の変更を求めた事案である。
一 前提となる事実(争いのない事実の外、証拠等による認定部分は括弧内に当該証拠等を挙示する。)
1 被告は、訴外山田俊夫(以下「山田」という。)から、平成2年4月12日、別紙物件目録記載1、2の各土地(以下「本件土地」という。)につき、極度額を2億4,000万円、債権の範囲を銀行取引等、債務者を山田とする根抵当権の設定を受け、同日、その旨の登記を経由した(甲1)。
2 原告は、山田から、平成4年4月10日、本件土地につき宅地造成工事(以下「本件工事」という。)を、代金1,400万円で請け負い、同月27日、工事費用の予算額を右代金額として不動産工事の先取特権を保存する旨の登記を経由した(甲1ないし3の2、3、証人吉本)。
3 原告は、本件土地に関して、同年5月初旬ころ、切土、残土処分工事(以下「第1期工事」という。)を行い、平成5年11月から平成6年4月中旬までの間、<1>通路暗渠工事、<2>擁壁設置工事、<3>フェンス設備工事、<4>ヒューム管布設工事、<5>2号人孔桝設置工事、<6>防護柵設置工事、<7>通路コンクリート工事(以下「第2期工事」と総称する。)を行った(甲3の1、証人吉本、弁論の全趣旨)。
4 大阪地方裁判所(以下「執行裁判所」という。)は、被告による根抵当権実行の申立てに基づき、平成5年5月13日、本件土地につき不動産競売手続(同裁判所平成5年(ケ)第672号)を開始し、翌14日、本件土地につき差押登記がなされた。そして、右競売手続において、訴外小田英夫(以下「小田」という。)が、本件土地の買受人となり、平成7年7月28日、代金5,005万円を納付して本件土地の所有権を取得した(甲1、2、弁論の全趣旨)。
5 そこで、執行裁判所は、前記不動産手続において、本件土地の売却代金につき、1億9,740万円の配当要求をした被告に対し、手続費用として167万3,900円及び根抵当権付き債権として残余である4,837万6,100円を配当し、2,774万9,786円(元本2,280万円、損害金494万9,786円)の配当要求をした原告に対しては配当しないことを内容とする平成7年11月17日付け配当表(以下「配当表」という。)を作成した(別紙配当表参照)。
6 原告は、平成7年11月17日の配当期日において、原告の配当要求額のうち1,703万9,342円(元本1,400万円、損害金303万9,342円)については原告の有する前記不動産工事の先取特権が被告の有する根抵当権に優先することを理由に、本件配当表につき異議を申し立てた。
二 当事者の主張
1 原告の主張
(一) 本件工事代金について原告が登記をした先取特権(以下「本件先取特権」という。)の効力が及ぶ範囲は、第1期工事の工事代金のみならず第2期工事のそれについても及ぶというべきである。
すなわち、本件工事のうち、第1期工事及び第2期工事のうちの<2><3>は、本件土地に対して行った工事であり、その余の各工事は、本件土地の宅地開発に伴い、右土地に隣接する国有地である水路、里道に対して行った工事であるが、本件土地を宅地開発するには、都市計画法29条の開発行為の許可を得るため、八尾市開発指導要綱に基づく事前協議を成立させることが不可欠であり、右事前協議においては近隣の水路、里道等の改修工事を行うこと等が開発の条件とされるのが一般的であって、本件工事は、全体として右事前協議を成立させるために必要となった工事であるから、第1期工事のみならず、第2期工事も、本件土地に関する工事として、本件先取特権により代金債権が担保される。
(二) そして、不動産競売手続による本件土地の売却価額の中には、本件工事による価値増加分が含まれている以上、右増加分については、原告に配当するのが当然である。また、原告が、本件工事完了以降、最低売却価額の変更を求めたり、右決定に対し執行異議を申し立てなかったとしても、これらは、あくまで権利であって義務ではないのであるから、原告の配当要求を排除する理由にはなり得ない。
2 被告の主張
(一) 本件先取特権の対象となる工事は、時期的にも、内容的にも、第1期工事に限られ、第2期工事を含まない。しかも、右第1期工事についても、本件土地に増価分が現存したとはいえず、結局、原告に対する配当がないとした本件配当表は適正なものというべきである。
しかも、民法327条にいう「債務者ノ不動産ニ関シテ為シタル工事」とは、当該不動産に直接関連する工事であり、当該不動産の価値を直接的に高めるものでなければならないところ、第2期工事は、本件不動産競売手続開始決定後に、本件土地に隣接する国有地である水路、里道に関して行われたものであり、間接的に本件土地の利用価値を高めることはあったにしても、これを直接的に高めるものとはいえない以上、右「債務者ノ不動産ニ関シテ為シタル工事」とはいえず、不動産工事の先取特権の対象となるものではない。さらに、第1期工事も、本件土地上になされてはいるものの、第2期工事に付随するものであり、直接本件土地の価値を高めたものといえるかは疑問であること、開発の事前協議の申請前の種々の手続を回避する目的でなされたものであること等の事情から、抵当権者の利益を害してまで保護に値するものとはいえず、第2期工事と同様に、不動産工事の先取特権の対象とはならない。
(二) また、原告は、執行裁判所に対し、競売手続の中で、いつでも再評価を求めたり、執行異議を申し立てることが可能であったにもかかわらず、それを怠っており、そのため、最低売却価格は本件工事を考慮に入れずに決定され、その結果、本件配当に至ったものであり、このように自ら手続的利益を放棄したとみなしうる以上、原告としては、本件先取特権が成立しない、あるいはこれを被告に対抗できないという不利益を甘受すべきであるから、本件先取特権の行使は、本件不動産競売手続上、認められるべきではない。
三 争点
1 本件先取特権の効力が及ぶのは本件工事のうちどの範囲か。
2 原告が本件配当手続において不動産工事の先取特権を主張することが許されるか。
第三 争点に対する判断
一 争点1について
1 証拠(甲3の1ないし4、証人吉本)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件先取特権保存の登記に先立って、山田から請け負った本件工事として第1期工事及び第2期工事を行ったことが認められる。もっとも、第2期工事が行われたのは、原告、山田間の請負契約締結後1年半が経過した時点で、かつ、本件不動産競売手続が開始された後であったことは、前記のとおりであり、さらに、証拠(甲3の2、3、7)によれば、右請負契約上の工事期間は平成4年5月1日から同年7月31日までであったこと、そして、右請負契約締結時に予定されていた工事の内容と実際に行われた第2期工事の内容とが食い違うことが認められる。しかしながら、他方、証拠(甲3の1、8、17、証人吉本)及び弁論の全趣旨によれば、本件工事は、都市計画法上の開発行為の許可を受ける前提として、八尾市開発指導要綱に基づき、地元の利害関係人らとの調整及び開発許可申請に伴う関係公共機関との事前協議を経る中で、その期間及び内容を修正せざるを得なかったことが認められ、かかる事実に照らせば、第2期工事の工事期間及び内容が当初の請負契約の内容と異なる点は、本件先取特権の効力が及ぶ範囲を検討する上で影響を与えないというべきである。
2 ところで、不動産工事の先取特権は、債務者の不動産に関してした工事につき、これを請け負った者等の費用請求権を被担保債権として、一般債権者はもとより、抵当権者に対しても優先弁済的効力を認める法定担保物権であり、右不動産工事によって、新たな不動産が債務者の財産に加わり、あるいは当該不動産の価値が増加し、その価値が現存していることに鑑み、公平の観点から認められたものである。右に述べた不動産工事の先取特権の効力及び制度趣旨からすれば、その費用請求権について優先弁済的効力を受けられる「不動産ニ関シテ為シタル工事」とは、先取特権の対象たる不動産に対して直接施された工事に限られるものと解すべきである。
そして、証拠(甲3の7、5の1ないし4、証人吉本)及び弁論の全趣旨によれば、第1期工事は、本件土地の表面を整地するものであったこと、第2期工事のうち<2><3>は、本件土地の水路との境界部分に擁壁を造って、その上にフェンスを立てるというものであったこと、その余の工事は、本件土地に隣接する国有地である水路、里道に施された工事であることが認められる。右認定事実によれば、第1期工事及び第2期工事の<2><3>は、本件土地に直接施された工事といえるから本件先取特権の対象となるが、第2期工事の<1><4><5><6><7>は、本件土地に直接施された工事といえない以上、間接的に本件土地の利用価値を高める工事であるとしても、本件先取特権の対象とはならない。
そして、鑑定の結果によれば、右の本件先取特権の対象となると認めるべき工事によって、前記配当期日である平成7年11月17日の時点において、本件土地につき114万7,000円の価値の増加があったことが認められる(右鑑定結果自体については、当事者も格別争っていない。)。
二 争点2について
1 証拠(甲1、2、3の1、6、9、乙1ないし5、証人吉本)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 原告は、八尾市と都市計画法32条の事前協議を開始するにあたって本件土地が整備されていなければ煩雑な協議が必要となってくることから、これを回避するための措置として、事前協議前に第1期工事を行った上、平成5年4月30日、事前協議の申出を行った。
(二) そして、原告は、同年5月13日に開始された本件土地に対する不動産競売手続において、元本現在額を1,400万円とする債権届出をした。一方、評価人は、執行裁判所に対し、同年7月15日、本件土地の評価額を西側市道が利用可能である場合には7,127万2,000円、不可能である場合には5,239万2,000円とし、本件土地に格別の不動産工事が施されたとは認めにくい旨記載した評価書を提出した。
(三) また、原告は、現況調査を担当した大阪地方裁判所執行官の照会に対し、同年9月10日、都市計画法に基づく開発許可申請を行っているが、地元関係者との調整が未了であるため工事着工待ちになっており、地元との調整が出来次第工事にかかる旨の回答書を提出した。
(四) 大阪地方裁判所執行官は、執行裁判所に対し、同年10月6日、原告作成の右回答内容と共に本件土地の隣接土地所有者等の事情聴取内容を記載した上、本件先取特権保存登記記載の工事はなされていない旨の意見を付した現況調査報告書を提出した。
(五) 原告は、同年11月から翌6年4月までの間に第2期工事を行った。
(六) 執行裁判所は、平成6年5月25日、本件土地について、第1回目の売却実施命令を出し、同年6月8日、最低売却価格を5,240万円として期間入札の公告を行ったが、売却は不能に終わった。
(七) 前記評価人は、執行裁判所に対し、同年7月18日、1年経過による市場価格の変動を勘案した評価額として西側市道が利用可能でありる場合は6,608万円、不可能である場合は4,860万6,000円とする補充評価書を提出したが、右評価は本件土地の実査を行うことなくなされたものであった。
(八) そして、執行裁判所は、同年9月9日、本件土地について右補充評価書に基づく第2回目の売却実施命令を出し、同月22日、最低売却価格を4,862万円として期間入札の公告を行ったが、売却は不能に終わった。そこで、執行裁判所は、平成7年3月15日、本件土地について、第3回目の売却実施命令を出し、同月29日、右同一の最低売却価格で期間入札の公告を行ったところ、小田から買受けの申出がなされたため、同年5月8日、売却許可決定を出し、小田は、同年7月28日、右代金を納付した。
(九) 原告は、執行裁判所に対し、同年10月23日、元本現在額を2,280万円とする債権計算書を提出した。そして、原告は、執行裁判所に対し、同年11月6日、原告訴訟代理人作成にかかる本件工事の経緯に関する報告書を提出した(右報告書には、平成4年5月初旬ころに第1期工事を完了したが、その後、地元利害関係人らとの調整及び八尾市等との協議に手間取り、結局、第2期工事着工が平成5年11月、完成が翌平成6年4月中旬と、当初の予定よりも遅れてしまった旨の事情が記載されていた。)が、本件配当表では原告への配当額が0とされていたため、平成7年11月17日の配当期日において異議を申し出た。
2 右認定事実によれば、本件土地の最低売却価格は、その決定過程において原告の工事による増価分が考慮されておらず、これを前提として定められた最低売却価格に基づいて売却許可決定がなされているにもかかわらず、原告は、執行裁判所に対し、競売のための再評価を求めたり、執行異議を申し立てる等の積極的な行動をとっていないことは被告の指摘するとおりであるが、原告としては、裁判所の求めに応じて工事予定の報告をし、その後も債権の届出等必要な手続をとっているのであり、それ以上に、競売手続の経緯や評価の内容についてまで注意をし、再評価や執行異議を申し立てなければならない義務があるとまではいうことができないから、原告がかかる行為に出ていないからといって、直ちに本件先取特権行使の手続的利益を放棄したものとまでみなすことはできない。そして、他に、本件先取特権の成立を阻害し、あるいはこれを被告に対抗できないものとすべき事情を認めるに足りる証拠はない。
三 結論
以上のとおり、原告は、第1期工事及び第2期工事<2><3>による本件土地の増価分のうち、配当時に現存する増加額114万7,000円については、本件先取特権の効果により被告の根抵当権に優先して配当を受け得るのであるから、本件配当表を、これを前提としたものに変更すべきである。
したがって、原告の本件請求は右の限度で理由があるから認容し、主文のとおり判決する。
(別紙)物件目録<略>
配当表<略>