大阪地方裁判所 平成7年(ワ)12368号 判決 1997年10月15日
原告
甲野春子
右訴訟代理人弁護士
山下潔
井奥圭介
池田直樹
岩城穣
岡本栄市
加納雄二
笠松健一
鎌田幸夫
小久保哲郎
越尾邦仁
小山操子
篠原俊一
城塚健之
杉本吉史
須田滋
富永俊造
長岡麻寿恵
乘井弥生
雪田樹里
被告
オウム真理教破産管財人
阿部三郎
右訴訟代理人弁護士
柳瀬康治
寺島勝洋
久保井一匡
大野金一
小林克典
大野了一
佐藤貴則
八代ひろよ
花岡光生
赤尾太郎
右久保井訴訟復代理人弁護士
今村峰夫
主文
一 原告が、破産者オウム真理教に対し、別紙債権目録一記載の債権を破産債権として有することを確定する。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告が、破産者オウム真理教に対し、別紙債権目録二記載のいずれかの債権を破産債権として有することを確定する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
原告は、麻原彰晃こと松本智津夫(以下「松本」という。)を教祖とするオウム真理教(以下、右の宗教団体であるオウム真理教と宗教法人であるオウム真理教を区別せずに、「オウム真理教」という。)の信者であった甲野太郎(以下「太郎」という。)の母である。
2 太郎の入信
原告の長男である太郎は、平成元年一一月ころ、オウム真理教の信者となり、平成七年三月にオウム真理教で言うところの出家をした。
右出家とは、「シヴァ大神及び麻原尊師に生涯にわたって、心身及び自己の全財産を委ね、現世における一切の関わりを断つこと」をいい、右「現世における一切の関わり」とは、「一切の現世的な関係、例えば、肉親、友人、知人などとの直接の接触(手紙、電報、電話など)を指」す。
3 オウム真理教の破産
オウム真理教は、平成八年三月二八日午前一〇時、破産宣告を受け、被告が破産管財人に選任された。
4 破産管財人による否認
原告は、破産債権として請求の趣旨記載の債権を届け出たが、被告は、平成八年九月二五日の債権調査期日において、右届出債権全額を否認した。
5 不法行為ないし不当利得(選択的併合)
(一) 不法行為に基づく損害賠償請求権
(1) 太郎等の不法行為
太郎は、平成七年三月八日、高槻市農業協同組合大冠支店(以下「大冠支店」という。)において、前日に自宅から無断で持ち出した原告の総合口座通帳と印章を使用し、何ら権限がないのに、原告の高槻市農業協同組合に対する貯金のうち一〇〇〇万円を引き出した(以下「本件引出行為」という。)。なお、太郎は、同日、右一〇〇〇万円をオウム真理教に布施として交付した。
オウム真理教大阪支部(以下「大阪支部」という。)所属の幹部であった乙川花子(以下「乙川」という。)は、太郎から原告の貯金について相談を受けると、他人の財産を奪ってでも布施するよう教唆煽動し、その結果、太郎が、本件引出行為に及んだのであり、さらに、乙川は、本件引出行為に先立ち、自ら原告になりすまして大冠支店に電話し、原告が病気のために息子の太郎が代わりに貯金を引き出しに行くなどと虚偽の連絡をし、大冠支店まで太郎に同行するなど、太郎の本件引出行為を幇助した。
(2) 太郎等についての使用者責任
① 使用関係
太郎及び乙川は、本件引出行為当時、オウム真理教の信者としてその教義に基づいて行動していた。また、太郎は、本件引出行為を、大阪支部の幹部である乙川と相談し、乙川の教唆により、またその協力を得て行っており、オウム真理教と太郎ないし乙川との間には、指揮監督関係があった。
② 職務執行性
オウム真理教は、信者に対し、出家の際には全財産を布施としてオウム真理教に交付するように組織を挙げて指導している上、他人の財産を奪い取ってでも布施するように指導している。本件でも、太郎は、乙川から人の財産を盗んででも布施した方がよいなどと煽動されて本件引出行為を行い、それによって引き出された一〇〇〇万円が、オウム真理教に布施として交付されていることからすれば、太郎は、オウム真理教の信者として、オウム真理教の教義及び指導に従って本件引出行為に及んだと言うほかなく、また乙川も、同様にオウム真理教の教義及び指導に従って太郎に布施を勧め、本件引出行為に協力したものであって、かかる一連の流れを見ると、本件引出行為自体がオウム真理教の教義の実践行為であったといえる。したがって、本件不法行為は、オウム真理教の宗教活動ないし宗教活動に密接に関連する行為として、オウム真理教の「事業ノ執行ニツキ」されたものといえる。
(3) オウム真理教の教唆
オウム真理教では、教祖でありかつ代表役員であった松本の意思決定及び指揮監督の下、出家の際には全財産を布施するように組織をあげて指導しているばかりか、他人の財産を奪いとってでも布施するべきであるなどとして違法行為を煽動しており、太郎も、従前から、右松本の説法により、そのような煽動を受けていた。
(二) 不当利得返還請求権
(1) (一)(1)のとおり、太郎は、原告の貯金口座から一〇〇〇万円を引き出した。そして、太郎は、原告の子である上、本件引出行為の際、原告の総合口座通帳及び印章を所持しており、特に不審な点があったとはいえないから、大冠支店が太郎の請求により貯金を払い戻したことは、準占有者に対する弁済として有効であるから、原告に一〇〇〇万円の損失が生じた。
(2) (一)(1)のとおり、太郎は原告の貯金口座から引き出した一〇〇〇万円をオウム真理教に交付した。これにより、オウム真理教に一〇〇〇万円の利得が生じた。
(3) 損失と利得及び因果関係
右(1)の損失と(2)の利得の間には、社会通念上、原告の金銭でオウム真理教の利益が生じたと認められるだけの連結があり、因果関係が存在することが明らかである。
(4) 法律上の原因
前述のとおり、オウム真理教は、信者に対し、出家の際には全財産を布施としてオウム真理教に交付するように組織を挙げて指導している上、他人の財産を奪い取ってでも布施するよう信者に指導しており、乙川や当時のオウム真理教大阪支部長等のオウム真理教の幹部も、太郎が布施した一〇〇〇万円が本件引出行為によって得られたものであることを知っていた。
これらの事情からすると、オウム真理教は、太郎が布施した一〇〇〇万円が本件引出行為によって得られたものであることにつき、悪意であったか少なくとも善意であることについて重大な過失があることは明らかである。
6 よって、原告は、原告が、破産者オウム真理教に対し、一〇〇〇万円の不法行為による損害賠償請求権ないし不当利得返還請求権を破産債権として有することの確定を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は、認める。
2 同2の前段は認め、後段もおおむね認める。
3 同3及び4は認める。
4 同5(不法行為ないし不当利得)について
(一) (一)(不当行為)について
(1) (1)は知らない。
なお、本件引出行為は、①女性名義の口座であるのに男性が引き出しに来たこと、②引き出した金額が一〇〇〇万円と高額であること、③原告になりすまして大冠支店に電話をした乙川は、声も年齢も違うこと、④右電話の内容は、できる限りの現金の用意を求める旨の電話をしていることなどからすると、大冠支店としては、原告本人の自宅に電話するなどの確実な方法で原告の意思確認をする必要があるところ、それを怠った大冠支店には過失があり、準占有者に対する弁済が成立しないので、原告は、いまだ大冠支店に対する一〇〇〇万円の貯金払戻請求権を有しているのであり、本件では、損害が存在しない。
(2)① (2)は、太郎が、出家信者としてオウム真理教に献身したこと、乙川がオウム真理教の信者であったことは認めるが、その余は知らない。
本件引出行為時、太郎はまだ出家信者ではなく、また、当時の勤務先であったエヌ・ティ・ティ関西移動通信網株式会社(以下「ドコモ関西」という。)に退職願を出していたものの、それが受理された平成七年三月末日までは、ドコモ関西の従業員であったのだから、当時の太郎はオウム真理教の被用者であったとはいえない。
また、乙川もオウム真理教の一信者にすぎない。
② (2)②は、オウム真理教が、信者に対して出家の際には全財産を布施として納めるように指導していたことは認めるが、その余は知らない。
オウム真理教が事業として行う行為は、布施の重要性を説き、布施の勧誘を行うことまでであり、オウム真理教の勧誘を受け、どのような方法で、どのような財産を布施するかは、オウム真理教の事業の問題ではなく、信者の信仰活動に過ぎない。
したがって、太郎の本件引出行為も、個人としての信仰活動の際に不法行為を行った者に過ぎず、オウム真理教の事業の執行につき、不法行為を行ったとはいえない。
(3) (3)は、オウム真理教が、信者に対して出家の際には、全財産を布施として納めるように指導していたことは認めるが、その余は知らない。
本件につき、共同不法行為が成立するためには、本件引出行為に向けられた教唆が必要であるが、オウム真理教の布施の一般的な勧誘だけでは、右の共同不法行為の成立に必要な教唆にはならない。
(二) (二)(不当利得)について
(1) (1)及び(2)は知らない。
(2) (3)は争う。
本件では、太郎の行為が存在していることから、受益と損失の因果関係の直接性が認められない。
(3) (4)は、オウム真理教が、信者に対して出家の際には全財産を布施として納めるように指導していたことは認めるが、その余は知らない。
オウム真理教の利得は、太郎の布施によって生じたものであり、法律上の原因を有する。
また、乙川という女性信者が太郎に関与していたとしても、それは一信者として行ったものであり、オウム真理教の悪意又は重過失を基礎付けるものではない。
三 抗弁―過失相殺(請求原因5(一)に対して)
原告は、太郎がオウム真理教の信者として正常の状態ではないことを知っていたのであるから、太郎が原告の財産を無断で持ち出す危険があることを予知することができた。したがって、原告は、貯金通帳や印章を太郎に発見されない場所や銀行の貸金庫などに保管するなど、太郎がこれらを無断で使用することができないようにするための措置を講じておれば、本件引出行為を防止することができた。
四 抗弁に対する認否及び反論
争う。
原告は、本件引出行為当時、太郎がオウム真理教に入信していたことを知っていたが、オウム真理教の教義内容を知らなかったし、太郎は、元来はおとなしくまじめな性格であり、本件引出行為まで、親の財産を持ち出したことはなかった。したがって、原告は、本件引出行為を予見しておらず、また、その可能性もなかった。
第三 証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録を引用する。
理由
一 請求原因1ないし4は、当事者間に争いがない。
二 請求原因5(一)(不法行為)について
1 甲八ないし一一、一五及び証人甲野太郎の証言並びに弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。
(一) 太郎は、昭和六一年三月、大阪電気通信大学を卒業して日本電信電話株式会社に入社し、平成五年七月からは、ドコモ関西に勤務していた。太郎は、平成元年六月ころ、書籍でオウム真理教を知り、オウム真理教京都支部において入信し、その後、大阪支部にも出入りするようになった。
太郎は、平成七年二月ころから、出家の準備を始め、同年三月上旬に出家を許可されると、同月三一日、ドコモ関西を退職し、同年四月一日、正式に出家し、大阪支部で出家信者として生活するようになった。右出家の際、太郎は、退職金の二〇〇万円を布施としてオウム真理教に交付した。
なお、太郎は、平成七年一〇月ころ、オウム真理教を脱会している。
(二) オウム真理教においては、修業によりあらゆる神通力を得ることができるとともに、解脱、悟りという究極の幸福を得ることができる(その域に達することが「最終解脱」と呼ばれる。)旨、「最終解脱」に達するための段階として「布施の極限」、「持戒の極限」、「忍辱の極限」、「精進の極限の基礎」、「精進の極限の応用」、「禅定極限」の「六つの極限」などを経る必要がある旨を説いている。オウム真理教の教えによると、その修業の第一段階が「布施の極限」とされ、「ひたすら布施・奉仕を実践する(自分の財産を一円に至るまでお布施する。)。」ことが次の段階へと進む指針とされていた(なお、「持戒の極限」においては「一日二時間以上の教学を行」うことが、「忍辱の極限」においては「完璧な任務遂行を行」うことが、「精進の極限の基礎」においては「一切の否定的情報を排除して、仲間に対して四無風心を説く。また、サブリーダーとしての役割が与えられる」ことが、「精進の極限の応用」においては「スタッフの模範となり、弟子たちの指導ならびに掌握に務め、グルの意思を具現化する」ことがそれぞれ次の段階への指針とされていた。)そして、「すべての財産は、現世的な観念により、あるいは貪りの心によって、汚れた行為により得たもの」であり、「その悪業を滅し、偉大な功徳に変えるために」極限のお布施をする、「もともと財そのものは……だれの所有でもな」く、「このだれの所有でもないものを真理の実践のために使うならば最高の功徳となる……したがって、あらゆる手段を用いて偉大な布施をする」などと教えられていた。
オウム真理教の大阪支部は、本件引出行為当時、支部長以下二〇ないし一〇〇人ほどの出家信者(ほかに一〇〇〇ないし一五〇〇人ほどの在家信者)が所属しており、乙川は、同支部でおおむね三番目ぐらいの地位にある幹部で、信者の教化や信者獲得などの支部活動を担当していた。
(三) 太郎は、出家を準備していた際(本件引出行為が行われる前)、大阪支部において、乙川をはじめとする出家信者らに対し、自分の母親である原告の貯金があることを話した。乙川らは、太郎に原告の貯金を引き出す権限がないことを知りながら、人の財産を盗んででも布施した方が盗まれた人の功徳になるなどとその貯金を引き出してオウム真理教に布施として交付することを勧め、太郎も原告の貯金を無断で引き出してオウム真理教に布施として交付することを決めた。その席には、大阪支部の支部長も同席していた。
(四) 太郎は、平成七年三月七日、原告が自宅の整理ケースの中に保管していた総合口座通帳(甲一一)と印章を無断で持ち出した。
一方、乙川は、本件引出行為の当日である同月八日の午前中、原告を装って大冠支店に電話し、病気なので息子である太郎が代わりに貯金を引き出しに行くと虚偽の話をした。その際、大冠支店で用意できる現金が一〇〇〇万円までとのことだったので、引き出す金額は一〇〇〇万円ということになった。
(五) 太郎は、平成七年三月八日、右の総合口座通帳(甲一一)と印章を携帯し、乙川と共に、太郎の乗用車で大冠支店に赴いた。
太郎は、同日午後一時ころ、大冠支店に着くと、乙川を残して自分一人だけで同支店内に入り、当座性貯金出金票用紙に原告の名前を記入するとともに持参した前記の印章を用いて押印し、さらに、大冠支店の窓口担当者の指示に従って自らの名前も右出金票用紙に併記して、一〇〇〇万円の当座性貯金出金票を作成し、これを前記の総合口座通帳(甲一一)とともに窓口に提出して貯金の払戻請求を行い、窓口係員から貯金の払戻しとして一〇〇〇万円の交付を受けた。
(六) 太郎は、一〇〇〇万円を引き出した後、そのまま乙川と共に大阪支部に帰った。
太郎は、この間、乙川に対し、一度、右一〇〇〇万円の入った封筒を手渡したが、支部に着くと再び右封筒を返され、午後四時ころ、正規の布施の手続にのっとって大阪支部の経理の担当者に交付した。
太郎は、同日中に、原告名義の総合口座通帳(甲一一)及び印章を自宅の整理ケース内に戻した。
(七) 原告は、平成三年三月一〇日ころ、前記総合口座通帳(甲一一)を見たところ、同月八日に貯金口座から一〇〇〇万円が引き出されていたので、大冠支店に電話して確認し、太郎が引き出したことを知った。
2 太郎による本件引出行為が、不法行為に該当すること(損害の点は除く。)は明らかである。
3(一) 前記1認定事実のとおり、乙川は、太郎に対し、太郎が原告の貯金を引き出す権限がないことを知りながら、原告の貯金を引き出してオウム真理教に布施するようにそそのかし、本件引出行為に先立ち、自ら原告になりすまして大冠支店に原告が病気のために息子の太郎が代わりに貯金を引き出しに行く旨の電話をして太郎の本件引出行為が不自然にならないように工作し、さらに、本件引出行為の際も、大冠支店まで同行している。太郎は、乙川の右のそそのかしによって本件引出行為をすることを決意し、また、右の電話及び同行により、本件引出行為は容易となったのであるから、乙川の右各行為は、不法行為に当たる太郎の本件引出行為を教唆及び幇助するものとして、不法行為を構成し、これは太郎の不法行為との共同不法行為になる。
(二) オウム真理教の信者は、オウム真理教の教義を信じ、その教義に基づいて「最終解脱」を目標として、前記「六つの極限」などの段階を順次上昇していくことを目的に修業を行っており、とりわけ出家信者は、「シヴァ大神及び麻原尊師に生涯にわたって、心身及び自己の全財産を委ね、現世における一切の関わりを断」って、専らオウム真理教の活動を行っているのであるから、オウム真理教の活動に関しては、オウム真理教に完全に従属していたことを推認することができる。乙川も、右の出家信者の一人であって、大阪支部という比較的大きな支部の幹部として、自らの修業のみならず、信者の勧誘、教化など専らオウム真理教の活動に従事していたのであるから、乙川もオウム真理教の指揮監督を受けて、その事業に従事していたということができる。
そして、オウム真理教においては、前認定のとおり、信者が布施を行うことは、教義上、極めて重要な意味を有するものとされていたのであるから、信者に布施を行うよう勧め、協力することは、信者に対する指導(「教化」)を担当していた乙川のオウム真理教における事務に含まれるというべきである。
前判示のとおり、本件で乙川が行ったのは、直接には、太郎に対し、原告の貯金を引き出すことをそそのかし、引出しを容易にする行為であるが、結局のところ、それは、引き出された金員をオウム真理教に対して布施させることを目的とするのもであり、実際、本件引出行為によって引き出された金員は、太郎によってオウム真理教に布施として交付されていることからすれば、乙川が太郎の本件引出行為を教唆、幇助した行為は、布施勧誘活動の一部であり、オウム真理教の活動の一部であって、オウム真理教の指揮監督を受けて(すなわち、被用者として)行ったものと評価することができる。
4 損害について検討する。
被告は、本件引出行為につき、大冠支店には過失があり、準占有者に対する弁済が成立しないので、原告は、いまだ大冠支店に対する一〇〇〇万円の貯金払戻請求権を有しているのであるから、原告に損害がない旨主張する。
しかしながら、前記のとおり、乙川の教唆と幇助に基づく太郎の本件引出行為によって、原告の貯金口座から一〇〇〇万円が引き出されており、原告が今後右一〇〇〇万円の払戻請求を行ったとしても高槻市農業協同組合がこれに任意に応ずることは期待し難い。そして、本件引出行為に際し、太郎が原告の総合口座通帳及び印章を持参して、大冠支店の職員に提示していること、本件引出行為当日の午前中、乙川が、原告を装って大冠支店に病気のため息子である太郎が代わりに貯金の払戻しを受けに行く旨の電話をしているが、それが女性からの電話であることから、大冠支店に対し、それ以上原告であるか否かを識別ないし確認することを期待することは容易でないこと、また、右電話の内容自体には、特に不審な点は認められないこと、右電話のとおり、原告の実の息子である太郎が、大冠支店を訪れ、当座性貯金出金票(甲一〇)に自ら記入押印し、一〇〇〇万円の払い戻しを請求していること、確かに一〇〇〇万円の現金の引き出しは多額であったといえるが、他の事情を考え併せると、これのみによって本件引出行為が原告に無断でされたものであることを疑わせるものであるとまではいないことなど、本件引出行為に関する事情からすると、大冠支店の一〇〇〇万円の払戻しが債権の準占有者に対する弁済としての効力の有無は、一義的明白であるということはできない。これらの事情の下では、原告が、損害賠償請求という方法による以上、高槻市農業協同組合に対する貯金の払戻請求が可能であるかどうかを問わず、原告は、乙川の教唆及び幇助に基づく太郎の本件引出行為によって、原告の貯金口座から引き出され、オウム真理教に布施として交付された一〇〇〇万円に相当する損害を被ったものというべきである。
三 抗弁―過失相殺について
太郎及び乙川の不法行為は、故意の不法行為である上、原告が太郎による原告の総合口座通帳及び印章の持ち出しを予見できたと認めるに足りる証拠もないから、被告の過失相殺の主張は理由がない。
四 以上によると、原告の請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官水上敏 裁判官稲葉一人 裁判官齊藤充洋)
別紙<省略>