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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)12643号 判決 1997年12月25日

原告

山口敏和

ほか四名

被告

千代田火災海上保険株式会社

ほか一名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

(第一請求)

一  被告千代田火災海上保険株式会社は、第二項の被告と連帯して、原告山口敏和に対して金二八〇〇万円、同小林美智子に対して金二〇〇万円を支払え。

二  被告日動火災海上保険株式会社は、第一項の被告と連帯して、原告山口敏和に対して金一四七九万三四〇〇円、同小林美智子に対して金一三七六万三五九三円を支払え。

(第二請求)

被告千代田火災海上保険株式会社は、原告小林安子に対し金七五〇万円、同小林覚、同小林美智子及び同長野ゆり子に対して各自金二五〇万円を支払え。

第二事案の概要

本件は、交通事故によって死亡した亡小林正人(以下「亡正人」という)の相続人である原告山口敏和(以下「原告敏和」という。)及び原告小林美智子(以下「原告美智子」という。)が、自賠責保険の被保険者ら(及びその遺族)の自賠責保険会社に対して有している請求権を代位請求できると主張して保険金を請求し、或いは自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)一六条一項に基づく被害者請求として自賠責保険会社に対して保険金を請求し(第一請求―択一的)、また、同事故によって死亡した亡小林辰三(以下「亡辰三」という。)の相続人である原告小林安子(以下「原告安子」という。)、同小林覚(以下「原告覚」という。)、同美智子及び同長野ゆり子(以下「原告ゆり子」という。)が、自動車損害賠償責任保険損害査定要綱(以下単に「査定要綱」という。)ないし同査定要項実施要領(以下「実施要領」という。)に基づく保険金請求権があると主張して自賠責保険会社に対して保険金を請求(第二請求)している事案である。

一  争いのない事実等(証拠により認定する場合には証拠を示す。)

1  事故(以下「本件事故」という。)の発生

(一) 日時 平成四年一二月一二日午後二時五〇分

(二) 場所 滋賀県伊香郡木之本町飯ノ浦八六六番地先国道八号線(甲一)

(三) 関係車両<1> 大型貨物自動車(石川一一き三二〇七)(以下「嶽車」という。)

右保有者 有限会社清湖運輸

右運転者 嶽和義

(四) 関係車両<2> 普通貨物自動車(滋賀四〇や三二六五)(以下「辰三車」という。)

右運転者 小林辰三

2  結果の発生

本件事故により、亡正人(事故当時九歳)及び亡辰三(事故当時六五歳)が死亡した。亡正人は原告美智子及び同敏和の子、原告安子は亡辰三の妻、原告覚、同ゆり子及び同美智子は、いずれも亡辰三の子である。

3  保険契約の締結

本件事故発生時において、有限会社清湖運輸(以下「訴外清湖運輸」という。)は、関係車両<1>につき被告千代田火災海上保険株式会社(以下「被告千代田火災」という。)と、亡辰三は、関係車両<2>につき被告日動火災海上保険株式会社(以下「被告日動火災」という。)と、それぞれ自賠法に基づく保険契約(いわゆる自賠責保険契約)を締結していた。

4  自賠責保険会社からの支払

被告日動火災は、原告美智子に対し、亡正人の死亡による自賠責保険金として一五二〇万六六〇〇円を、被告千代田火災は、原告美智子外四名に対し、亡辰三の死亡による自賠責保険金として一五〇〇万円を支払った。

二  争点

1  加害者請求権に対する被害者からの債権者代位請求の可否

2  亡正人の死亡による損害―自賠法一六条一項

(原告美智子及び同敏和の主張)

(一) 亡正人の逸失利益 二三〇三万一七四八円

(二) 慰謝料 二三〇〇万円

(内訳)

(1) 亡正人分 一五〇〇万円

(2) 原告美智子分 五〇〇万円

(3) 原告敏和分 三〇〇万円

(三) 葬儀費用 一二〇万円

(四) 文書料 一六〇〇円

(被告日動火災の主張)

被告日動火災は、原告美智子に対し、亡正人の死亡による自賠責保険金として一五二〇万六六〇〇円を支払っており、原告美智子の被告日動火災に対する被害者請求権は右保険金の支払いにより消滅している。

3  消滅時効

(被告らの主張)

(一) 原告美智子及び同敏和は、平成四年一二月一二日ころに損害及び加害者を知った。

(二) 被告らは、(一)から起算して二年以上経過した平成八年六月四日の本件口頭弁論期日において、原告美智子及び同敏和に対し、右消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

4  査定要綱ないし実施要領に基づく請求の可否

5  事故態様及び過失相殺ないし被害者側の過失

(被告千代田火災の主張)

本件事故は、辰三車がセンターラインをオーバーして対向車線を走行したために、対向車線を走行していた嶽車と正面衝突したものであり、辰三に九割以上の過失がある。

第三当裁判所の判断

一  争点1(加害者請求権に対する被害者からの債権者代位請求の可否)について

1  原告美智子及び同敏和の主張するところは、要するに、自賠法一五条に基づき、被保険者は被害者に支払った損害賠償金を、その保険金額の範囲内で自賠責保険会社に保険金請求できるところ、被害者は、損害額の確定を停止条件として右被保険者が有する保険金請求権に代位することもできると解すべきであるとするもののようである。

2  しかしながら、かかる見解を採用することはできない。なぜなら、自賠法一五条に基づく被保険者からの保険会社に対する請求(いわゆる「加害者請求」)は、被保険者の被害者に対する賠償金の支払を停止条件とする債権であることは明文上明らかであるところ、かかる明文に反してまで被害者からの代位請求を認めなければならない根拠は見いだしがたいからである。原告らの引用する判例(最高裁判所昭和五三年(オ)第八八〇号・昭和五六年三月二四日第三小法廷判決・民集第三五巻第二号二七一頁)は、自賠法三条の規定による損害賠償請求権を執行債権として転付命令が申請された場合、右損害賠償債務の履行によって発生すべき同法一五条の規定する自賠責保険金請求権を特に肯定したものであって、本件の原告の主張のごとき代位請求まで認めたものではないから、本件とは事案を異にするものであって本件に適切ではない。

よって、その余の点につき判断するまでもなく、原告美智子及び同敏和の第一請求のうちの債権者代位権に基づく請求はそもそも主張自体失当であり、理由がない。

二  争点2(亡正人の死亡による損害―自賠法一六条一項)、同3(消滅時効)について

1  原告美智子の被告日動火災に対する請求について

前記争いのない事実等、証拠(甲二〇、二七、弁論の全趣旨)によれば、原告美智子は、亡正人の死亡による損害につき被告日動火災に対して被害者請求をし、金一五二〇万六六〇〇円の支払を受けた事実が認められる。そして、自賠責保険実務において被害者死亡の場合の死亡による損害に関する保険金額の上限が三〇〇〇万円とされていることは当裁判所に顕著な事実であるところ、原告美智子は被告日動火災より相続分に応じた保険金額上限の金員の支払を受けたものであると認められ、そうだとすると、原告美智子の被告日動火災に対する自賠法一六条一項に基づく被害者請求権は支払を受けたことによりすでに消滅しているものであるから、原告美智子の被告日動火災に対する右請求はそもそも理由がない。

2  原告美智子の被告千代田火災に対する請求及び同敏和の請求について

(一) 本件においては、かりに原告敏和に自賠法一六条一項に基づく請求権が成立するとしても、以下に述べるとおり同人の請求権は同法一九条に定める二年の時効により消滅したことが明らかであるから、以下損害につき判断することなく消滅時効の判断のみを示す。

(二) 自賠法一六条一項に定める被害者請求権は、保有者に対する被害者の損害賠償請求権を基礎とするものであると解されるので、その消滅時効については、自賠法四条により民法七二四条前段も適用され、「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知りたる時より」起算すべきこととなる。

ところで自賠法一九条において、同法一六条一項に定める被害者請求権につき短期の消滅時効が定められた趣旨は、前述のとおり被害者請求権は被害者の迅速な救済のために法が特に認めたものであることに鑑み、速やかに被害者請求権を行使する被害者のみを救済すれば足り、これをしない被害者にまで同請求権の行使を許す必要はないと考えられるところにあるものと解される。そうだとすれば「加害者を知りたる時」とは、被害者又はその相続人において、請求権を行使することが可能な状況の下で不法行為の実行者及び加害車両の保有者並びに保険契約者の氏名及び住所を知ろうと思えば容易に知りうる状態となった時点(それらを確知することまでは要しない。)であると解するのが相当である。

(三) これを本件についてみるに、まず、原告美智子は本件事故当日に亡正人の死亡の事実及び本件事故の概要につき知ることができたと認められ(弁論の全趣旨)関係車両<1>の運転者及び保有者並びに保険契約者の氏名及び住所を知ろうと思えば容易に知りうる状態になったと解される(原告美智子は、被告千代田火災が、亡辰三に関する保険金につき支払不能としたので、亡正人に関する被害者請求もできなかった旨主張するが、このような事情は法律上権利行使が不可能な事情ではないので、時効の進行には影響しないと解される。)。

次に前記争いのない事実等、証拠(甲一、二、一八、二八、弁論の全趣旨)によれば、本件事故が発生したのは平成四年一二月一二日であること、亡正人は原告敏和と同美智子の子であること、関係車両<2>の運転者は原告美智子の親である亡辰三であったこと、原告敏和は本件事故前から同美智子及び亡正人とは別居していたが、本件事故後すぐに原告美智子から亡正人の死亡の事実を知らされたため、原告美智子に対して同敏和が抗議し、同人と原告美智子との関係が一層険悪なものとなったこと、戸籍謄本には死亡日時、場所が記載されていること、交通事故証明書(甲一)には自賠責会社名と証明書番号が記載されていることが認められる。以上の事実を総合すれば、原告敏和は本件事故後数日内には亡正人の死亡の事実を知ったものと考えられ、その時点において関係車両の運転者及び保有者並びに保険契約者の氏名及び住所を知ろうと思えば容易に知りうる状態になったと解される。

(四) そして、被告千代田火災及び被告日動火災が平成八年六月四日の本件口頭弁論期日において右各消滅時効を援用したことは当裁判所に顕著な事実であるところ(被告千代田火災が原告美智子の請求に対して消滅時効を援用したかは準備書面においては必ずしも明らかではないが、被告千代田火災が原告美智子の請求に対して請求棄却の申立てをしていること、右書面の時効の主張は特に時効の起算日について問題となっている原告敏和に関して明示的に述べたものに過ぎず、原告美智子を除外する趣旨のものとは解されないこと等からすれば、同被告は第一請求のうち原告美智子の自賠法一六条一項に基づく請求に対しても消滅時効を援用したものと解される。)、右各消滅時効の中断の事実は本件全証拠を総合しても認めることができず、結局被告らの右各消滅時効の抗弁は理由があることが明らかである。したがって、第一請求のうち原告美智子の被告千代田火災に対する自賠法一六条一項に基づく請求及び原告敏和の被告らに対する自賠法一六条一項に基づく請求はいずれも理由がない。

三  争点4(査定要項ないし実施要領に基づく請求の可否)について

原告安子、同覚、同美智子及び同ゆり子の主張するところは、要するに、査定要綱ないし実施要領に基づき、自賠責保険会社に対する実体的な保険金請求権が発生するというもののようである。しかしながら、このような請求権を認めることはできないのであって、その余の点につき判断するまでもなく右原告らの請求はいずれも理由がないことが明らかである。

四  結論

以上のとおりであるから、その余の点につき判断するまでもなく原告らの請求はいずれも理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本信弘 山口浩司 大須賀寛之)

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