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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)13225号 判決 1997年12月09日

原告

株式会社吉光

右代表者代表取締役

山本善彦

右訴訟代理人弁護士

片山久江

小松陽一郎

被告

有限会社古潭

右代表者取締役

古徳勉

右訴訟代理人弁護士

佐藤貞夫

渡辺力

右輔佐人弁理士

福田尚夫

主文

一  被告は、茨城県水戸市、ひたちなか市及び那珂郡那珂町内で使用する場合を除き、その営業活動又は営業施設に「古潭」、「こたん」又は「KOTAN」の各標章を使用してはならない。

二  被告は、被告の所有する別紙目録(七)記載の標章を付した看板その他の広告物を撤去せよ。

三  被告は原告に対し、金一〇〇万円及び内金九〇万円に対する平成八年一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

六  この判決の第三項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

一  被告は、その営業活動又は営業施設に「古潭」、「こたん」又は「KOTAN」の各標章を使用してはならない。

二  被告は、被告の所有する別紙目録(一)ないし(一〇)記載の各標章を付した看板その他の広告物を撤去せよ。

三  被告は原告に対し、金一〇〇〇万円及び内金九〇〇万円に対する平成八年一月一二日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  仮執行の宣言

第二  事案の概要

本件は、後記商標権を有する原告が、被告の使用している別紙目録(一)ないし(一〇)記載の各標章は右商標権に係る登録商標に類似しているから、右商標権を侵害するものであると主張して、被告に対し、商標法三六条一項・二項、民法七〇九条・商標法三八条二項に基づき、その営業活動又は営業施設に「古潭」、「こたん」又は「KOTAN」の各標章(以下「被告標章」と総称する)を使用することの差止め及び別紙目録(一)ないし(一〇)記載の各標章を付した看板その他の広告物の撤去並びに損害賠償(通常使用料相当額の損害金九〇〇万円及び弁護士費用一〇〇万円の合計一〇〇〇万円並びに右九〇〇万円に対する民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払)を求めた事案である。

一  原告の有する商標権(争いがない)

原告は、次の商標権を有している(以下「本件商標権」といい、その登録商標を「本件登録商標」という)。

登録番号 第三〇一六九五三号

出願日 平成四年九月四日(商願平四―一七三八九一)

出願公告日 平成六年四月一五日(商公平六―一九八一一)

設定登録日 平成六年一二月二二日

指定役務 役務の区分第四二類ラーメンを主とする飲食物の提供

登録商標 別添「商標公報」該当欄記載のとおり

二  被告の行為

1  被告は、別紙目録(一)ないし(九)記載のいずれも茨城県内に所在する店舗において、ラーメン店及びすし店を営業しており、右各店舗において営業表示として同目録記載の態様で被告標章を使用している(争いがない)。

なお、原告は、被告は別紙目録(一〇)記載の店舗においても同目録(一〇)記載の態様で被告標章「古潭」を使用している旨主張するのに対し、被告は、同目録(一〇)記載の標章は現在取り外して使用していない旨主張するところ、被告代表者の供述によれば、被告は、写真10に写された「古潭」の標章自体は取り外したものの、同じ店舗の別の箇所に「KOTAN」の標章を表示していることが認められる。

2  右各店舗の営業開始年月は、次のとおりである(原告において明らかに争わないから、自白したものと見做される)。

別紙目録(一)(本部) 平成六年一一月

同(二)(那珂町店) 昭和五八年四月

同(三)(水戸インター店) 昭和六〇年一二月

同(四)(勝田店) 昭和六三年八月

同(五)(水戸吉沢店) 平成元年一一月

同(六)(水戸南店) 平成五年一〇月

同(七)(磯原店) 平成五年一二月

同(八)(那珂町西店) 平成六年四月

同(九)(東水戸店) 平成七年八月

3  被告は、右各店舗において営業表示として被告標章を使用して、平成七年一月一日から同年九月三〇日までの間に少なくとも合計三億円の売上げを得た(争いがない)。

三  被告標章と本件登録商標との対比

本件登録商標は、漢字で「古潭」と横書きし、その上部に並列して片仮名で「コタン」と横書きしてなるものであるところ、被告標章(「古潭」、「こたん」又は「KOTAN」)は、本件登録商標と対比すると、外観については漢字のものが類似し、称呼については漢字・平仮名・ローマ字のいずれのものも本件登録商標と同一である。

また、本件登録商標の指定役務は、第四二類「ラーメンを主とする飲食物の提供」であるところ、被告の営業のうち、ラーメン店の役務は本件登録商標の指定役務と同一であり、すし店の役務(すしの提供)も第四二類の「飲食物の提供」に属するから本件登録商標の指定役務に類似する。

したがって、被告は、指定役務又はこれに類似する役務について本件登録商標に類似する被告標章を使用しているものであるから(この点については被告も争わない)、格別の事由のない限り、被告の行為は本件商標権の侵害となるところ、被告は、抗弁として後記四争点の1ないし5のとおり主張して侵害とはならない旨主張するものである。

四  争点

1  被告標章は、商標法二六条一項三号にいう「役務の提供の場所」を普通に用いられる方法で表示する商標であるか。

2  被告標章は、商標法二六条一項一号にいう「自己の名称」を普通に用いられる方法で表示する商標であるか。

3  本件登録商標は、いわゆる「特別顕著性」を欠く商標であり、商標法三条一項、二六条一項により第三者の使用に対して排他権が及ばないものであるか。

4  被告は、被告標章について商標法三二条一項に基づくいわゆる先使用による使用権(以下、単に「先使用権」という)を有するか。

5  被告は、被告標章について商標法の一部を改正する法律(平成三年法律第六五号。以下「商標法一部改正法」という)附則三条一項所定のいわゆる継続的使用権(以下、単に「継続的使用権」という)を有するか。

6  被告が損害賠償義務を負う場合に、原告に対し賠償すべき損害の額。

第三  争点に関する当事者の主張

一  争点1(被告標章は、商標法二六条一項三号にいう「役務の提供の場所」を普通に用いられる方法で表示する商標であるか)について

【被告の主張】

被告標章は、商標法二六条一項三号にいう「役務の提供の場所」を普通に用いられる方法で表示する商標であるから、本件商標権の効力は被告標章に及ばない。

1 その商品の産地・販売地や役務の提供の場所を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標は、商標登録を受けることができず(商標法三条一項三号)、指定商品の産地・販売地(同法二六条一項二号)や指定役務の提供の場所(同項三号)を普通に用いられる方法で表示する商標には、商標権の効力が及ばない。

右各規定の趣旨は、商品の産地・販売地や役務の提供の場所を表すようないわゆる記述的商標は、商品を流通過程に置き、役務を提供する場合に通常必要な表示で、かつ何人もその使用を欲するものであるので、その使用を一般人に開放しておくことが必要であり、特定人に独占させるときは多数人に不測の損害を与えることになるばかりでなく、これに接する需要者は単にその商品の産地・販売地や役務の提供の場所を表示するにすぎないものと理解するにとどまり、商品や役務の識別機能を保持するものとは認め難いから、これらは商標権の枠外に置くことを適当とするとの公益的見地から、不登録事由とし、仮に登録されても無効審判を請求するまでもなく商標権の効力は及ばないとしたものであるとされる。

2(一) ところで、「古潭」「こたん」「コタン」は、「北海道沙流郡門別町コタン」、「上川郡弟子屈町コタン」、「厚田郡厚田村古潭」、「網走郡美幌町コタン」、「苫前郡羽幌町(旧焼尻村)コタン」等、アイヌゆかりの場所の地名として数か所存在し、行政区画名になっている。また、「古潭」、「コタン」をその一部に含む地名として、「旭川市神居町神居古潭」、「小樽市朝里神威古潭」、「根室市コタン東梅」、「山城郡八雲町コタン温泉」、「厚岸郡浜中村コタンコァンベツ」、「苫前郡苫前町コタンベツ(旧古潭別)」等数か所存在するほか、古潭を「古丹」と表記する地名として、「留萌市古丹」、「常呂郡端野町古丹」、「白糠郡音別町(旧尺別村)古丹」等があり、「コタン川」、「古潭川」、「コタンケシ川」、「コタン沢川」、「コタン沢」、「古潭沢」、「古潭橋」、「こたん橋」等の名称に至っては枚挙にいとまがない。

これらの「古潭」「コタン」が定着した地理的名称であることは、郵便番号簿「ぽすたるガイド」(乙三)に「旭川市神居古潭」「弟子屈町サンペコタン」「門別町コタン」が登載されて固有の郵便番号が付されていること、市販の道路地図帖である株式会社国際地学協会発行「全国ロードマップ」(乙四)に「八雲町コタン温泉」「厚田村コタン」「旭川市神居古潭」「小樽市神威古潭」「弟子屈町コタン」が地名として記載されていること、大型地名辞典として最も権威のある角川書店発行「角川日本地名大辞典1 北海道下巻」(乙五)に「現行行政地名」として「旭川市神居町神居古潭」「小樽市朝里神威古潭」(両地とも著名な観光地である)「厚田村古潭村」の解説が掲載されていること等から明らかである。

(二) 北海道白老郡白老町には、往時のアイヌ民族の衣食住、信仰、生活様式などを知ることができる多くの資料、文化財を展示し、アイヌ文化の調査研究、世界各地の先住民族との交流の拠点ともなっている「アイヌ民族博物館」があり、その近くのポロト湖のほとりに、かつてのアイヌ部落古潭を復元して「ポロトコタン」と称し、イオマンテリムセ等の古式舞踊、ピリカの唄やムックリの演奏を当時のままの装いで公開し、アトゥシ織りなどの伝統工芸の実演をしているところ、その一角に「レストランコタン」が店舗を構え、「コタンかにラーメン」「らーめん海の幸」など豊富なラーメンメニューを提供している(乙二)。

(三) このように、「古潭」「こたん」「コタン」といえば、北海道、とりわけアイヌ部落という地理的名称をイメージするのが一般的である。また、前記白老町はアイヌゆかりの土地として全国的にも著名な観光地であることから、一般の需要者は、白老町といえばアイヌ、ポロトコタンを想起するのであり、そして、「札幌ラーメン」に代表されるように、ラーメンと北海道との観念的連鎖から、北海道特有のものとしてのアイヌ民族との連想において、「古潭」「コタン」という地理的名称をごく自然にラーメンの提供地として想起するのである。

(四) 被告は、その営業の表示において、アイヌのトーテムポールを思わせる高い広告塔、アイヌの衣装をまとった人物像の看板等を多用して宣伝を繰り返してきた結果、茨城県や近県の一般の需要者は、北海道のアイヌの古潭のラーメンを食する目的で被告の店舗に来店するようになってきている。

3(一) 商品の産地・販売地や役務の提供の場所というのは、一般の需要者がその場所で当該商品の製造・販売や役務の提供がされていると思うであろう場所であれば足り、現実にその場所で製造・販売、提供がされているか否かを問わない。この点についての原告の主張は、「一般の需要者がその場所で当該役務の提供がなされていると思うであろう」との要件を殊更狭く解釈するものである。「ジョージア」コーヒー事件における最高裁昭和六一年一月二三日判決・判タ五九三号七一頁によって維持された東京高裁昭和五九年九月二六日判決・判タ五四三号三一七頁は、需要者・取引者がその地で当該商品が生産されているであろうと思うか否かの判断基準として、大多数の者は「ジョージア」が「必ずしも米国の州名を表すものと正確に認識はしないとしても、少なくとも米国内の地名を表すものと認識することは明らかであり、仮にジョージア州において現実に指定商品が生産されていないとしても、ジョージアという地名が右指定商品の産地を示すものでありえないと考えられる特段の事情のない限り、取引者、需要者はその商品がその地で生産されているかのように思うであろう」と判示しているのであって、「古潭」は北海道の地名(地理的名称)であり、ラーメンの産地等を示すものでありえない特段の事情は認められないから、被告標章が記述的商標であることは明らかである。

(二) 原告は、「コタン」は、特定の地理的名称等を指すのではなく、抽象的な概念としての「部落」「村」を意味するから、記述的商標ではないと主張するが、「コタン」は、元来生産及び生活の本拠地としての「部落」「村」を指称するアイヌ語であったところ、遅くとも日本国政府が組織的・制度的に北海道開拓に着手した明治以降は、「古潭」「コタン」を行政上アイヌ民族ゆかりの特定の場所の地理的名称として使用するようになり、第二次世界大戦後においては北海道における地理的名称としてすっかり定着していることは、前記2(一)のとおりである。

(三) 原告は、「コタン」という地名が複数存在するのであればかえってその産地・販売地、役務の提供地と地名との結びつきは一層希薄となる旨主張するが、「古潭」「コタン」という地名の観光地が前記白老町、旭川市、小樽市などに複数存在することにより、一般の需要者は、「古潭」「コタン」という地理的名称に北海道のアイヌゆかりの土地という強いイメージを抱いており、前記2(二)のとおり右観光地において現実に「コタンかにラーメン」を提供しており、前記「札幌ラーメン」の存在もこれを補っているから、「古潭」「コタン」という地名が複数存在することは、どこにでもある地名であるという希薄化の方向ではなく、「古潭」「コタン」がラーメンの提供地であることに凝集させる効果を上げているのである。

【原告の主張】

1 商品の産地・販売地等が記述的商標と認定されるためには、当該商品がその土地で現実に生産・販売されているか、あるいはそのようなものであると一般の需要者・取引者が考えると思われるような場合であることを要し、具体的には、著名な地理的名称、繁華な商店街等がこれらに該当するとされている。

2 「コタン」は、特定の地理的名称等を指すのではなく、抽象的な概念としての「部落」、「村」を意味するから(甲三の1・2)、記述的商標ではない。確かに「古潭」「コタン」という地名が客観的には複数存在するようであるが、「角川日本地名大辞典」(乙五)記載の「古潭」等の行政地は、いずれも人口が数百人から数千人の極めて小さな場所で、しかも地理的にばらばらに位置するものであり、そこで共通してラーメン等が現実に販売されていたり、一般の需要者・取引者がそのようなものであると考えているとは到底思われない。このように「コタン」という地名が複数存在するのであれば、かえってその産地・販売地、役務の提供地と地名との結びつきは一層希薄となろう。

例えば「札幌ラーメン」の場合、札幌市には数え切れないほどのラーメン店が存在するのであり、かかる事実・実績があってはじめてラーメンの販売地ないし役務の提供地として令名を有するようになり、その結果、記述的商標と認められ、その出所表示機能等が否定されるのである。しかるに、「古潭」は著名な地理的名称とは到底いえないから、被告標章が商標法二六条一項三号にいう役務の提供の場所を普通に用いられる方法で表示する商標に該当することはありえない。

被告は、「ジョージア」コーヒー事件の東京高裁判決を引用するが、その上告審である最高裁判決は、「需要者又は取引者によって、当該指定商品が当該商標の表示する土地において生産され又は販売されているであろうと一般に認識されることをもって足りる」と判示しており、原告の主張する定義と何ら変わりはない。

二  争点2(被告標章は、商標法二六条一項一号にいう「自己の名称」を普通に用いられる方法で表示する商標であるか)について

【被告の主張】

被告標章は、商標法二六条一項一号にいう「自己の名称」を普通に用いられる方法で表示する商標であるから、本件商標権の効力は被告標章に及ばない。

1 被告は、昭和六一年一月五日から現在に至るまで、「有限会社古潭」を自己の商号として登記し(乙一)、「古潭」なる名称を自己の営業表示として使用している。「有限会社」という単に会社の種類を表す記載は、一般需要者の認識においては自他識別機能を有しているとは考えられないから、被告標章において「有限会社」の記載を欠くからといって商標法二六条一項一号にいう「自己の名称」であることを左右するものではない。

2 仮にそうでないとしても、被告は、昭和五三年から一貫して「古潭」なる名称を「自己の名称」として使用してきたものであるから、同条項により本件商標権の効力は被告標章に及ばない。

【原告の主張】

株式会社の商号は「他人の名称」に該当し、株式会社の商号から「株式会社」の文字を除いた部分は「他人の名称の略称」である(「月の友の会」事件に関する最高裁昭和五七年一一月一二日判決・民集三六巻一一号二二三三頁)。したがって、被告の商号の一部である単なる「古潭」の表示について商標法二六条一項一号の適用があるためには、「著名」でなければならないが、被告主張の「古潭」の表示が著名性の要件を欠いていることは明らかである。

また、被告が「古潭」のみを自己の名称として使用してきた事実は認められないし、この場合には、ある程度ありふれたものでないことを要するが、被告は他方で「古潭」の名称はありふれたものであると主張しているのであり(後記三【被告の主張】)、矛盾する。

三  争点3(本件登録商標は、いわゆる「特別顕著性」を欠く商標であり、商標法三条一項、二六条一項により第三者の使用に対して排他権が及ばないものであるか)について

【被告の主張】

本件登録商標は、商標法三条一項六号にいう「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標」、すなわちいわゆる「特別顕著性」を欠く商標であり、同法三条一項、二六条一項により、第三者の使用に対して排他権が及ばないというべきである。

1 商標法三条一項六号は、「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標」、すなわち自他識別力(特別顕著性)を欠く商標は、登録を受けることができないとし、その例示として掲げる一ないし五号のうちの四号において「ありふれた…名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」を挙げている。

2 本件登録商標は、前記のとおりラーメンの産地・販売地、役務の提供地を示す地理的名称としての記述的商標であり、全国の各地域・都市において、ラーメンを主とする飲食物の提供という指定役務の商標として極めてありふれた名称となっている。

その一例として、職業別電話帳(NTTのタウンページ)の「ラーメン店」の項には、「古潭」「こたん」「コタン」という名称のラーメン店が多数掲載されていて(乙三九ないし四七の各1・2)、これらの名称がいかにありふれたものであるかを示して余りある(特許庁商標課・商標審査基準〔改訂四版〕には、「ありふれた名称とは、……例えば五〇音別電話帳等においてかなりの数を発見することができるものをいう。」と記載されている)。

3 これら自他識別力(特別顕著性)を欠く商標は、特定の者に独占させることは適当でないので、商標として登録を受けることができず(商標法三条一項)、拒絶査定の事由とされ(同法一五条一号)、仮に登録されても無効審判によって無効とされる(同法四六条一項一号)ばかりでなく、同法二六条一項により、第三者の使用に対して商標権に基づく排他権が及ばないと解される。けだし、右二六条一項の規定は、自他識別力(特別顕著性)を欠く商標についての過誤登録に対する第三者の救済規定であるとされており、また、同法三条一項四号に該当する場合は二六条一項一号にも該当すると考えられているからである。

【原告の主張】

被告は、職業別電話帳に本件登録商標に類似した商標等のラーメン店がいくつか掲載されていることをもって、本件登録商標をありふれた名称であると主張する。

しかし、前記商標審査基準は、「例えば東京都電話番号簿(日本電信電話株式会社発行)においてかなりの数を発見することができるもの」としているが、実務的には、「二〇ないし三〇以上の同一の氏(名称も)が存在するときはありふれていると認定されたときもあったが、最近では、電話が各家庭に飛躍的に普及したことに伴い、従来より相当上回った数の存在が必要とされている」(工業莞司・実務でみる商標審査基準の解説四九頁)から、右被告の主張・立証では到底本件登録商標がありふれた名称であるとはいえない。

四  争点4(被告は、被告標章について先使用権を有するか)について

【被告の主張】

被告は、被告標章について先使用権を有するから、被告標章の使用は本件商標権の侵害とはならない。

1 被告は、本件登録商標の出願(平成四年九月四日)前である昭和四六年頃から現在まで、ラーメン、すし、うどん等の提供の役務を業として行っており(現在は茨城県内に一〇店舗)、以下のとおり、遅くとも昭和五七年から平成四年九月までの間、不正競争の目的でなく、継続反復して被告標章を使用して店舗の看板、メニュー等、ユニフォーム、業界月刊誌、ラジオ、日刊紙、チラシ、会社案内、一般月刊誌により被告の営業を広告宣伝した結果、被告標章は、右本件登録商標の出願の際、少なくとも茨城県、栃木県、福島県及び千葉県において、被告の営業に係る役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたから、被告は、商標法三二条一項により、被告標章につき先使用権を有している。

(一) 被告は、昭和五九年から茨城県水戸市大塚町所在の旧本社、昭和六一年一月から水戸市加倉井町所在の新本社(乙六)、昭和五八年四月から那珂郡那珂町所在の那珂町店(乙七)、昭和六〇年一二月から水戸市加倉井町所在の水戸インター店(乙一八)、昭和六三年八月からひたちなか市所在の勝田店(乙一九)において、その他の店舗においてもそれぞれその開店時から、被告標章をその店舗の看板、メニュー等として使用している。

(二) 被告代表者及び従業員は、昭和五七年以前から現在に至るまで、被告標章「古潭」の名称を胸に刺繍したユニフォームを着て店に出ている(乙二〇)。

(三) 飲食店関係の業界月刊誌「近代食堂」(発行部数約九万五〇〇〇部)昭和五九年八月号に、特集記事として被告の那珂町店が取り上げられ、被告標章による被告の営業が全国の食堂経営関係者の目に触れ、注目を浴びた(乙二一)。

(四) 被告は、昭和六一年七月から現在に至るまで、ラジオ「茨城放送」(株式会社茨城放送プロモーション。受信可能エリアは、茨城県全域、栃木県・福島県・千葉県の各一部)において、月水金は道路情報、火木土はスポットにより、被告標章による被告の営業の宣伝放送を行っている(乙二三、二四)。

(五) 被告は、昭和六三年から現在に至るまで、毎年一月、五月、七月に(各一回)、日刊聖教新聞茨城版(発行部数約九万一〇〇〇部)の紙上において、被告標章をもって営業広告を掲載している(乙一〇ないし一七)。

(六) 被告は、平成元年一〇月、米沢店(現水戸吉沢店)のオープンを機に、被告標章を表示したチラシ(乙八添付のもの)を、新聞折込等により水戸市一円の住宅に配付した。

(七) 被告は、平成三年六月に、被告標章を表示した会社案内(乙九添付のもの)を一〇〇〇部印刷し、茨城県を中心として栃木県、千葉県、福島県の取引先、高校、大学等に配付した。

(八) 平成四年六月には、月刊誌「国際ジャーナル」(発行部数約二万部)に特別企画として被告代表者のインタビュー記事が掲載され(乙二二)、被告標章を表示した被告の営業が広く東日本一円に宣伝された。

2(一) 原告は、先使用権が認められるための周知性の要件は、商標法四条一項一〇号の場合と同じであり、「全国にわたる主要商圏の同種商品取扱業者の間に相当程度認識されているか、あるいは、狭くとも一県の単位にとどまらず、その隣接数県の相当範囲にわたって、少なくともその同種商品取扱業者の半ばに達する程度の層に認識されていることを要する」(いわゆる「DCC事件」に関する東京高裁昭和五八年六月一六日判決・無体集一五巻二号五〇一頁)旨主張するが、本件においては、都道府県、場合によっては更に狭い郡、市において、相当広く認識されているという程度をもって足りるというべきである。

(1) 商標が周知商標であるかどうかは法律問題ではなく事実問題であるから、商標法四条一項一〇号の周知性の認定に当たっても、原告主張のように画一的一義的に判断するのではなく、使用期間、使用態様等各種の事情及びその営業における実情等を総合的に勘案し、社会通念に照らし客観的に判断すべきものである。

(2) のみならず、同法三二条一項は、四条一項一〇号とは関係者の利益状況が明らかに異なる。すなわち、四条一項一〇号の場合は、先願主義の基本的合理性を前提としつつ、その例外として周知商標利用者に出願権を独占させることの当否が検討されなければならず、そこでは使用事実に対する保護を厚くするあまり、先願主義のメリットを過度に害することのないよう配慮する必要があり、そのためには周知性の意義は厳格に解釈されなければならない。しかし、三二条一項の場合は、登録商標権に基づく権利行使に対抗して、先使用者が享有する価値ある使用形態をどこまで保護していくのが適当かという点に問題が集約され、そもそも先願者と周知商標使用者のいずれが商標登録を受けられるかという二者択一的な選択が迫られるわけではなく、たとえ先使用者を保護しても、登録商標権者が甘受すべき不利益はたかだか先使用者との並存的使用状態にすぎず、しかも、並存的使用状態から混同の生ずるおそれがあるときは、同条二項に基づき識別表示の併用を先使用者に求めることもできるのである。これに対し、先使用権が認められないことによる先使用者の不利益は、長年使用してきたサービスマークのごとき当該営業の基本に関わる場合には、極めて甚大なものがある。しかも、そこで迫られている選択は、価値ある商標の使用継続が認められるか、それとも絶対的にその使用を断念しなければならないかという極めて落差の大きな選択なのである。このように商標法四条一項一〇号の場合と同法三二条一項の場合とで関係者の利益状況が明らかに異なることを前提として考えるならば、先使用権制度における周知概念は、登録阻止事由における周知概念よりも緩やかに解釈すべきであることは当然であり、具体的には、より狭い地域、より低い浸透度において判定することが許されるべきである(渋谷達紀・商標法の理論二八二頁参照)。

したがって、DCC事件に関する東京高裁判決の判示に基づき原告の主張する要件は、あまりにも厳格すぎるというべきである。

(3) 原告は、ラーメンが全国的な一般的商品である旨主張するが、右DCC事件におけるコーヒーとは全く性格を異にする。すなわち、コーヒーは、すべて外国から輸入され、全国的な一般的商品として流通しているものであり、外国での産地が問題とされることはあっても、国内における産地・販売地が問題になることは皆無であるのに対し、ラーメンは、国内において個性化・差別化・地域化が進められ、産地・販売地毎にそれなりの特色を持った商品として受け取られており、「札幌ラーメン」「喜多方ラーメン」「博多ラーメン」「鹿児島ラーメン」のように頭に地方名、都道府県名、市町村名等の地理的な名称を冠して呼称されているのであって、コーヒーのような全国的な一般的商品とは全く性格を異にするのである。

しかも、本件は、役務商標に関する事案であり、役務(サービス)は、転々流通することを本態とする商品とは異なり、需要者がそれが提供される場所に赴いて提供を受けるのであるから、その性格上、周知性が要求される地理的範囲は商品の場合よりもはるかに狭くてもよいと解すべきである。

(二) また、商標法三二条一項にいう「不正競争の目的」とは、公序良俗、信義衡平に反する手段によって他人の信用を利用し、不当に利益を得ようとする目的をいうところ、被告にそのような「不正競争の目的」が存しないことは明らかである。

被告が被告標章及び「有限会社古潭」の商号を使用するようになったのは、被告は昭和四三年から東京で、昭和四六年から茨城県でラーメンの提供を業として行うようになったが、北海道の古潭、コタン等の地名をしばしば耳にし、北海道ラーメン、札幌ラーメンのイメージとも重なって、被告代表者の姓である「古徳」と被告の提供しているラーメンとを結びつける標章を「古潭」と直感したことによるものである。もとより、原告が大阪市内において昭和四三年に「古潭」の営業表示によりラーメン店の営業を始めていたことなど全く知る由もなく、不正競争の目的はなかった。

なお、「不正競争の目的」については、立証責任の一般原則に従い、「あったこと」の立証責任が原告にあるというべきである。

3 被告が被告標章について先使用権を主張できる地理的範囲には、制限がない。

商標法三二条一項は、継続的使用権に関する商標法一部改正法附則三条一項が「その役務に係る業務を行っている範囲内において」継続的使用を認めることとしているのに対し、「その商品又は役務について」先使用権を認めることとしているのであって、「現に商品を販売し又は役務を提供している店舗・地域」においてのみ先使用権を認めるというものではないからである。例えば、製造業者が商品にある商標を付して卸業者に販売した場合、その商品はその商標を付されたまま卸業者の取引先である全国の小売業者に卸販売されていくのであって、その販路について製造業者は全く関知しない。先使用の商標を付した商品は生産地の小売業者にしか販売してはならないということにはならず、またそのようなことは不可能である。このことは、役務についても同様である。サービス業において、その地域的拡大や業務の拡大は、必然的な事業展開であって、右先使用権の効力が拡大した地域や業務にも及ぶことは当然である。商標権者の先使用権者に対する混同防止表示付加請求権を定める商標法三二条二項は、このことを前提として初めて、意味のある規定である。すなわち、先使用の商標と登録商標の使用地域が地理的に離れていて、市場が競合しない場合には、商品混同の具体的なおそれは生じないのであるから、商標権者は混同防止表示付加請求はなしえないであろうが、先使用権者が市場を拡大して商標権者と使用地域が接近し、混同を招来するおそれが生じたときに初めて、右請求をすることができるのである。

【原告の主張】

被告標章は、原告が本件登録商標の出願をした平成四年九月四日において周知性を取得しておらず、また、被告は被告標章の使用について不正競争の目的を有していたから、被告は被告標章につき先使用権を有しない。

1 先使用権が認められるための周知性の要件については、商標法四条一項一〇号の場合と同じであり、そして、コーヒーという全国的な一般的商品について、「全国にわたる主要商圏の同種商品取扱業者の間に相当程度認識されているか、あるいは、狭くとも一県の単位にとどまらず、その隣接数県の相当範囲の地域にわたって、少なくともその同種商品取扱業者の半ばに達する程度の層に認識されていることを要するものと解すべきである」(前記DCC事件東京高裁判決)とされている。

ところが、被告の各店舗は、一店を除き、水戸市を中心とする半径約一〇Km内に存在しており、取扱いに係る役務等がラーメン等全国的な一般的商品であるから、到底右周知性が認定される余地はない。

2 原告は、昭和四三年一一月に、大阪「アベノ地下センター」において「古潭」の営業表示によりラーメン店の営業を始め、その後、昭和四五年三月「ウメダ地下センター」、昭和四六年一二月「ミナミ(虹の街)地下センター」等々というように、著名な繁華街において古くから本件登録商標を使用してきている(現在、大阪市内を中心に一二店舗のラーメン店を営業しており、関東地方にも進出予定である)。そして、昭和五二年一〇月頃から多大の費用をかけて継続して大阪の著名映画館の劇場CMで「古潭」のCM上映を行ってきたものであり(甲五の1・2)、昭和五六年一一月から平成二年九月までラジオ大阪の著名番組でスポットCMを流してきた(甲六の1〜6)。昭和五八年一〇月発行の「日本の繁盛店一〇〇選」において、ラーメン店としては唯一原告が紹介されているし(甲七)、平成四年七月発行の「料理と食シリーズ①ラーメン 冷し中華」において、「全国のラーメン・冷し中華二〇〇品」として原告の取り扱う二品目が紹介されている。

このように、本件登録商標「古潭」は、古くから全国的に知られていたのであり、被告関係者においてこれにアクセスしたことは十分に推認されるから、被告は、被告標章の使用につき不正競争の目的を有していたということができる。

なお、「不正競争の目的」については、「なかったこと」の立証責任が被告にある。

3 被告は、被告標章について先使用権を主張できる地理的範囲には制限がない旨主張するが、先使用の商標が全国的に周知になっている場合と周知になっている地域が限定されている場合とを混同した主張である。商標権者よりも先に自己の商標について商標権を獲得する努力をしなかった以上、先願登録主義をとる我が国商標法の下では、継続的使用権の場合ほど地域限定が狭くないとしても、先使用の商標が周知になっている地域にしか先使用権が認められないのは当然である。

五  争点5(被告は、被告標章について継続的使用権を有するか)について

【被告の主張】

被告は、被告標章について継続的使用権を有しているから、被告標章の使用は本件商標権の侵害とはならない。

1 被告は、継続的使用権に関する商標法一部改正法施行の日(平成四年四月一日)から六か月を経過する前(平成四年九月三〇日以前)である昭和五三年から現在まで継続して、日本国内において不正競争の目的でなく被告の営業(役務)の表示として被告標章を使用しており、商号も、従前は「有限会社レストランキャンドル」であったが、昭和六一年一月五日に「有限会社古潭」に変更し、同商号を使用して現在に至っているから、被告標章について継続的使用権を有している。

2 被告が被告標章の使用について不正競争の目的を有していなかったことは、前記四【被告の主張】2(二)記載のとおりである。

3 原告は、継続的使用権が主張できる地理的範囲は、平成四年九月三〇日を経過する際現にその商標の使用として役務にかかる業務を行っている範囲、すなわちその場所に限定されるところ、被告店舗のうち別紙目録(一)、(六)ないし(九)記載の五店舗については、右期日より後に新しく開店したものであるから、継続的使用権は認められない旨主張するが、誤りである。

商標法一部改正法附則三条一項の趣旨については、継続的使用権は「制度施行前の役務に係る商標の使用者の既存の評価・信用、取引秩序を保護することを目的とする」が、「継続的使用権を有するサービス事業者が無制限に将来の事業の拡大を行うと、抵触する商標権を過度に損なうおそれがあることを十分に考慮し、継続的使用権をその業務を行っている範囲で認めることとし、地域的にもその使用を限定することとしたのである」(特許庁編・工業所有権法逐条解説第一三版一〇八六頁以下等)とされており、ほとんど異論をみない。同条項にいう「業務を行っている範囲」は、原告主張のように当該店舗の存する「その場所」ではなく、「地域」でとらえられるべきことは、サービスマークが一定の地域の需要者に対し提供する役務について使用する標章であることからして当然の帰結である。このことは、同条項が、抗弁権として同じ性格を有する先使用権の要件である周知性に代えて、「業務を行っている範囲」という限定を付したことからも明らかである。

したがって、本件において被告が継続的使用権を認められる地理的範囲は、被告の移転前の旧本部、別紙目録(二)ないし(五)記載の各店舗により営業を行っていると認められる地域的範囲を含むのであって、同目録(一)、(六)ないし(一〇)記載の六店舗においても被告標章の使用が認められることは当然である。

【原告の主張】

1 継続的使用権が認められるためには、平成四年九月三〇日以前において、当該役務について商標を使用していなければならず、また「不正競争の目的」もその時点で不存在でなければならない。

2 しかし、被告が被告標章の使用について不正競争の目的を有していたことは、前記四【原告の主張】2記載のとおりである。

3 更に、継続的使用権が主張できる地理的範囲は、平成四年九月三〇日を経過する際現にその商標の使用として役務に係る業務を行っている範囲、すなわちその場所に限定される。

しかるに、別紙目録(一)の本部(平成六年一一月)、同(六)の水戸南店(平成五年一〇月)、同(七)の磯原店(平成五年一二月)、同(八)の那珂町西店(平成六年四月)、同(九)の東水戸店(平成七年八月)の五店舗については、被告は右期日より後に新しく開店し、新たに被告標章を使用しているとのことであるから、少なくとも右五店舗については継続的使用権が認められないことは明らかである。

被告は、継続的使用権が認められるのはその「地域」(但し、どこまでを「地域」と称しているかは不明である)である旨主張するが、被告も認めるとおり、継続的使用権は「地域的にもその使用を限定」されているのであって、その認められる範囲は「同じ温泉地内での旅館の移転や別館の新築」、「同じ地域(○○市△△一丁目)での床屋やパチンコ店の移転や支店の設置」とされており、「ホテルやレストランがその所在地の市以外に支店を設置した場合」は認められないとされている(岡田全啓・サービスマーク商品商標登録の実務三〇三頁以下)。比較的小規模のラーメン店の場合、右基準からすれば、別紙目録(一)、(六)ないし(九)記載の五店舗については、継続的使用権が認められないのは当然である。

六  争点6(被告が損害賠償義務を負う場合に、原告に対し賠償すべき損害の額)について

【原告の主張】

1 本件登録商標の通常使用料相当額は売上額の三%というべきであるから、原告は、平成七年一月一日から同年九月三〇日までの間の被告の売上高三億円(前記第二の二3)に右三%を乗じた九〇〇万円を通常使用料相当額の損害額として賠償を求める。

2 本件訴訟の特殊性の鑑み、原告が支出することあるべき弁護士費用のうち、少なくとも一〇〇万円は、被告の本件商標権侵害の不法行為と相当因果関係にある損害というべきである。

【被告の主張】

原告の主張は争う。

第四  争点に対する判断

一  争点1(被告標章は、商標法二六条一項三号にいう「役務の提供の場所」を普通に用いられる方法で表示する商標であるか)について

1  商標法二六条一項三号は、「当該指定役務若しくはこれに類似する役務の…提供の場所…を普通に用いられる方法で表示する商標」には、商標権の効力が及ばない旨規定するところ、右にいう「役務の提供の場所」は、必ずしも当該指定役務又はこれに類似する役務が当該商標の表示する場所において現実に提供されていることを要せず、需要者によって、当該指定役務又はこれに類似する役務が当該商標の表示する場所において提供されているであろうと一般に認識されることをもって足りるというべきである(最高裁昭和六一年一月二三日判決・判タ五九三号七一頁参照)。

2  これを本件についてみると、甲第三号証の1(アイヌ語小辞典)及び同号証の2(財団法人アイヌ民族博物館監修「アイヌ文化の基礎知識」)によれば、被告標章(「古潭」「こたん」「KOTAN」)の語源である「コタン」は、アイヌ語であり、抽象的な概念としての「部落」「村」(一時的にせよ永住的にせよ、家が一軒でもあるところ)を意味するものであって、本来、特定の場所を表すものではないことが認められる。

もっとも、乙第二ないし第五号証、第三四号証の1ないし5、第三五号証の1ないし6及び弁論の全趣旨によれば、北海道において「古潭」「コタン」との名称を含む地名は、「旭川市神居町神居古潭」、「上川郡弟子屈町サンペコタン」、「沙流郡門別町コタン」、「小樽市朝里四丁目神威古潭」、「石狩支庁厚田村古潭村」等、各地に存し、行政区画名になっているものもあること、北海道各地の川や橋にも、コタン川、古潭川、古潭橋、コタン橋等の名称を付されたものがあること、また、白老郡白老町のアイヌ民族博物館にはポロト湖のほとりにアイヌ部落が復元されていて「ポロトコタン」と名付けられており、その近くに「レストラン コタン」という店舗があって、「コタンラーメン」「みそラーメン」「バターラーメン」等の飲食物を提供しており、前記旭川市神居町神居古潭には「ドライブイン 神居古潭」という店舗があって、丼物やコーヒー等の飲食物を提供していることが認められる。しかしながら、これらの事実を考慮に入れても、ラーメンを主とする飲食物の提供を受ける一般の需要者は、北海道各地に「旭川市神居町神居古潭」をはじめとする被告標章をその地名中に含む場所が存在するとの認識を有していると認めるに足りる証拠がなく、仮にそのような漠然とした認識を有しているとしても、ラーメンを主とする飲食物の提供に当たり被告標章が使用される場合、北海道各地に存在する「旭川市神居町神居古潭」をはじめとする被告標章をその地名中に含む個々の場所を想起し、被告標章をもってラーメンを主とする飲食物の提供がされる特定の場所を表示するものと認識するとは認められない。

被告は、「古潭」「こたん」「コタン」といえば、北海道、とりわけアイヌ部落という地理的名称をイメージするのが一般的であり、また、白老町はアイヌゆかりの土地として全国的にも著名な観光地であることから、一般の需要者は、白老町といえばアイヌ、ポロトコタンを想起するのであり、そして、「札幌ラーメン」に代表されるように、ラーメンと北海道との観念的連鎖から、北海道特有のものとしてのアイヌ民族との連想において、「古潭」「コタン」という地理的名称をごく自然にラーメンの提供地として想起するのであるとか、「古潭」「コタン」という地名の観光地が前記白老町、旭川市、小樽市などに複数存在することにより、一般の需要者は、「古潭」「コタン」という地理的名称に北海道のアイヌゆかりの土地という強いイメージを抱いており、右観光地において現実に「コタンかにラーメン」を提供しており、「札幌ラーメン」の存在もこれを補っているから、「古潭」「コタン」という地名が複数存在することは、どこにでもある地名であるという希薄化の方向ではなく、「古潭」「コタン」がラーメンの提供地であることに凝集させる効果を上げていると主張するが、ラーメンを主とする飲食物の提供に当たり被告標章が使用される場合、せいぜい「北海道のアイヌゆかりの土地」という漠然としたイメージを生じさせるにすぎず、前記のとおり、一般の需要者は、北海道各地に存在する被告標章をその地名中に含む個々の場所を想起し、被告標章をもってラーメンを主とする飲食物が提供される特定の場所を表示するものと認識するとは認められない。

3  したがって、被告標章は、商標法二六条一項三号にいう「役務の提供の場所」を普通に用いられる方法で表示する商標であるとは認められないから、このことを理由に本件商標権の効力は被告標章に及ばないとする被告の主張は採用することができない。

二  争点2(被告標章は、商標法二六条一項一号にいう「自己の名称」を普通に用いられる方法で表示する商標であるか)について

商標法二六条一項一号は、「自己の肖像又は自己の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を普通に用いられる方法で表示する商標」には、商標権の効力が及ばない旨規定し、「自己の名称」と「これらの著名な略称」を明確に区別しているのであるから、右規定にいう「自己の名称」とはその完全な名称をいうものと解すべきであり、有限会社の商号から有限会社という文言を除いた部分は自己の名称の「略称」に該当するものと解すべきである(最高裁昭和五七年一一月一二日判決・民集三六巻一一号二二三三頁参照)。被告標章中の「古潭」は、被告の商号「有限会社古潭」から「有限会社」という文言を除いたものであって、被告の名称の略称であるというほかない(被告標章中の「こたん」「KOTAN」が被告の名称といえないことは明らかである)。これに反する被告の主張は採用することができない。被告は、昭和五三年から一貫して「古潭」なる名称を「自己の名称」として使用してきたとも主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

しかして、自己の名称の「略称」については、それが著名である場合に限り、右規定の適用があることは文言上明らかであるところ、被告標章が被告を表示するものとして著名であると認めるに足りる証拠はないから、商標法二六条一項一号により本件商標権の効力が被告標章に及ばないとする被告の主張は採用することができない。

三  争点3(本件登録商標は、いわゆる特別顕著性を欠く商標であり、商標法三条一項、二六条一項により第三者の使用に対して排他権が及ばないものであるか)について

被告は、本件登録商標は、商標法三条一項六号にいう「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標」、いわゆる特別顕著性を欠く商標であり、同法三条一項、二六条一項により、第三者の使用に対して排他権が及ばないというべきであると主張し、その根拠として、本件登録商標は、ラーメンの産地・販売地、役務の提供地を示す地理的名称としての記述的商標であり、全国の各地域・都市において、ラーメンを主とする飲食物の提供という指定役務の商標として極めてありふれた名称となっており、その一例として職業別電話帳(NTTのタウンページ)の「ラーメン店」の項には、「古潭」「こたん」「コタン」という名称のラーメン店が多数掲載されていて(乙三九ないし四七の各1・2)、これらの名称がいかにありふれたものであるかを示して余りあると主張する。

しかしながら、「古潭」「コタン」の名称からなる本件登録商標がラーメンの産地・販売地、役務の提供地を普通に用いられる方法で表示する商標といえないことは、前記一における認定・説示から明らかであり、また、右証拠(乙三九ないし四七の各1・2)によれば、右職業別電話帳(NTTのタウンページ)の「ラーメン店」の項には、収録地域が東京都港区・品川区・目黒区・大田区の範囲内に二店、豊島区・文京区・北区・板橋区・練馬区の範囲内に二店、新宿区・渋谷区・世田谷区・中野区・杉並区の範囲内に三店、武蔵野エリア(清瀬市等一一市)内に二店、府中・調布エリア(府中市等五市)内に一店、市川・船橋エリア(市川市等七市一町)内に一店、川口・朝霞エリア(川口市等八市)内に二店、群馬県中央・東部エリア(前橋市等五市一三町八村)内に四店、新潟県新潟・下越エリア(新潟市等一〇市六郡)内に一店というように、東京都をはじめ関東地方及び新潟県内に存在する「コタン」「こたんラーメン」「サッポロラーメンコタン」「古潭」などといった名称のラーメン店の電話番号が掲載されていることが認められるが、これらのラーメン店の存在を考慮しても、未だ本件登録商標がラーメンを主とする飲食物の提供という指定役務の商標として極めてありふれた名称となっているとまでいうことはできず、原告の営業を示すものとしての識別機能(特別顕著性)を欠くということはできない。

したがって、被告の前記主張は、前提を欠き、採用することができない。

四  争点4(被告は、被告標章について先使用権を有するか)について

1  先使用権を定める商標法三二条は、「他人の商標登録出願前から日本国内において不正競争の目的でなくその商標登録出願に係る指定役務又はこれらに類似する役務についてその商標又はこれに類似する商標の使用をしていた結果、その商標登録出願の際現にその商標が自己の業務に係る役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているときは、その者は、継続してその役務についてその商標の使用をする場合は、その役務についてその商標の使用をする権利を有する」旨規定する。

右規定にいう、商標登録出願の際現にその商標が自己の業務に係る役務を表示するものとして「需要者の間に広く認識されているとき」との要件については、先使用権に係る商標が未登録の商標でありながら、登録商標に係る商標権の禁止権を排除して日本国内全域においてこれを使用することが許されるという、商標権の効力に対する重大な制約をもたらすものであるから、当該商標が必ずしも日本国内全体に広く知られているまでの必要はないとしても、せいぜい二、三の市町村の範囲内のような狭い範囲の需要者に認識されている程度では足りないと解すべきである。右周知性の程度についての被告の主張は、これに反する限度で採用することができない。

2  被告は、被告は本件登録商標の出願(平成四年九月四日)前である昭和四六年頃から現在までのラーメン、すし、うどん等の提供の役務を業として行っており(現在は茨城県内に一〇店舗)、遅くとも昭和五七年から平成四年九月までの間、不正競争の目的でなく、継続反復して被告標章を使用して、店舗の看板、メニュー等、ユニフォーム、業界月刊誌、ラジオ、日刊紙、チラシ、会社案内、一般月刊誌により、被告の営業を広告宣伝した結果、被告標章は、右本件登録商標の出願の際、少なくとも茨城県、栃木県、福島県及び千葉県において、被告の営業に係る役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていた旨主張するので、検討するに、証拠(乙一、六ないし三三、三六ないし三八、四八、被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、被告の設立から本件登録商標の出願日である平成四年九月四日の時点までにおける被告の営業、広告宣伝活動等について、次の(一)ないし(九)の事実が認められる。

(一) 被告は、昭和四六年一一月八日、茨城県水戸市南町三丁目二番四五号を本店所在地、商号を「有限会社レストランキャンドル」として設立され、同所において、「レストランキャンドル」の屋号でハンバーグ、スパゲティ等の洋食及びラーメンの提供を開始した。

被告は、昭和五三年、同店を閉店して一〇月に水戸市見和に「古潭」の屋号でとんかつ、ラーメンの店を開店し(その後閉店)、続いて昭和五八年四月手打らーめん「古潭」として那珂町後台に那珂町店(別紙目録(二))を、昭和六〇年一二月同じく手打らーめん「古潭」として水戸市加倉井町に水戸インター店(同目録(三))を、昭和六三年八月ファミリーすし「古潭」としてひたちなか市市毛に勝田店(同目録(四))を、平成元年一一月手打らーめん「古潭」として水戸市米沢町に水戸吉沢店(同目録(五)。当時の名称は「米沢店」)を開店した。この間、被告は、昭和六一年一月五日、商号も「有限会社古潭」に変更するとともに、本件所在地を現在の水戸市加倉井町一九五三番地の一に変更した。平成三年現在の従業員数は、正社員三〇名、パート等九〇名である。

右那珂町店、水戸インター店、勝田店、水戸吉沢店の四店舗は、いずれも水戸市並びに同市の北に隣接する那珂町及び北東に隣接するひたちなか市に所在し、JR水戸駅を中心とする半径一〇Km以内の円内に位置するものである。

(二) 右四店舗においては、それぞれの開店以来、「古潭」「こたん」あるいは「KOTAN」という被告標章を看板やメニュー等に表示し、代表者や従業員は、「古潭」の名称を胸に刺繍したユニフォームを着用している。

(三) 昭和五九年八月頃、飲食店関係の業界月刊誌「近代食堂」同月号に、被告の那珂町店が「地方の小さな町の立地的なハンデを、他店にない強力商品の開発によって見事克服」という表題で採り上げられ、同店及び被告代表者に関する記事が掲載された。

(四) 被告は、ラジオ「茨城放送」(放送受信可能エリアは茨城県全域及び栃木県・福島県・千葉県の一部)により、昭和六一年七月二八日から昭和六二年一〇月九日までの間の月・水・金曜日に道路情報のスポンサーとして、昭和六一年七月二九日から同年一〇月二八日までの間の火・木・土曜日に二〇秒間のスポットで、「手打らーめん古潭」の広告宣伝をし、昭和六二年一〇月一二日から平成四年九月三日(木)までの間(現在も継続している)の月・火・水・木曜日に「史上最大の難しいクイズ」という一〇分間のクイズ番組のスポンサーとして「手打らーめん古潭」の広告宣伝をした。

(五) 被告は、昭和六三年一二月二六日及び平成二年から平成四年七月までの間の毎年一月、五月、七月の三回、日刊聖教新聞茨城版に、他の水戸市を中心とする茨城県内の多数の企業とともに、会社名・本店所在地・電話番号・営業内容を記載した小さな囲み広告を掲載した(現在まで継続している)。

(六) 被告は、平成元年一一月に水戸吉沢店(当時の名称は「米沢店」)を開店するに当たり、「手打らーめん古潭 米沢店オープン! スタッフ募集」と題した広告を兼ねた求人広告チラシを約一〇万部作成し、配布した。右チラシには、それまでに開店していた那珂町店、水戸インター店、勝田店も表示されていた。

(七) 被告は、平成三年六月、被告標章を表示した求人用の会社案内を約二〇〇〇部作成し、茨城県を中心に取引業者や学校等に配布し、また、その頃、茨城県中小企業家同友会発行の「'92求人情報」に求人広告を掲載し、右「'92求人情報」は、茨城県及び隣接する栃木県・福島県・千葉県並びに東京都の一部の高校・大学・専門学校に配布された。

(八) 平成四年六月には、月刊誌「国際ジャーナル」東日本版に、「100億円企業を目指して躍進する」と題して被告及び関連企業である株式会社エヌティービーが採り上げられ、同社の代表者でもある被告代表者のインタビュー記事が掲載された。

(九) 被告は、昭和五九年一月から平成四年九月までの間、水戸とその周辺の人々の情報誌「月刊みと」に毎号、被告の広告(求人広告を含む)を掲載している(現在も継続している)。

3 右2認定の事実によれば、被告は、昭和五三年一〇月に水戸市見和に「古潭」の屋号でとんかつ、ラーメンの店を開店して「古潭」の営業表示を使用しはじめ(その後閉店)、続いて、昭和五八年四月那珂町店、昭和六〇年一二月水戸インター店、昭和六三年八月勝田店、平成元年一一月水戸吉沢店を開店して、平成四年九月四日の時点において右那珂町店、水戸インター店、勝田店、水戸吉沢店の四店舗を経営しており、右四店舗において被告標章を看板やメニュー等に表示し、代表者や従業員は「古潭」の名称を胸に刺繍したユニフォームを着用しているというのであるが、右四店舗は、いずれも水戸市並びに同市の北に隣接する那珂町及び北東に隣接するひたちなか市に所在し、JR水戸駅を中心とする半径一〇Km以内の円内に位置するものであり、そして、その営業が店舗におけるラーメン、すし等の提供であって、転々流通する商品の販売ではないことに照らすと、前認定のような飲食店関係の業界月刊誌「近代食堂」昭和五九年八月号における記事、昭和六一年七月二八日以降のラジオ「茨城放送」(放送受信可能エリアは茨城県全域及び栃木県・福島県・千葉県の一部)による広告宣伝、昭和六三年一二月二六日及び平成二年以降の毎年一月、五月、七月の日刊聖教新聞茨城版における囲み広告、平成元年一一月の水戸吉沢店開店時のチラシ約一〇万部の配布、平成三年六月における被告標章を表示した求人用の会社案内約二〇〇〇部及び被告の求人広告を掲載した茨城県中小企業家同友会発行の「'92求人情報」の配布、平成四年六月発行の月刊誌「国際ジャーナル」東日本版における被告及び関連企業株式会社エヌティービーの記事、昭和五九年一月以降における水戸とその周辺の人々の情報誌「月刊みと」への広告(求人広告を含む)掲載の各事実、更に現今における自動車交通の発達を考慮しても、前記平成四年九月四日の時点において被告標章が被告の営業に係る役務を表示するものとして需要者に認識されている地理的範囲は、せいぜい水戸市及びその隣接地域内にとどまるものというべきである。被告標章は右時点において少なくとも茨城県、栃木県、福島県及び千葉県において被告の営業に係る役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたとの被告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

したがって、前記1に説示したところに照らし、被告標章は、原告による本件登録商標の出願の際、被告の業務に係る役務を表示するものとして「需要者の間に広く認識されてい」たとは認められない。

4  そうすると、先使用権に関するその余の要件について判断するまでもなく、被告は被告標章について商標法三二条所定の先使用権を有しないものといわなければならない。

五  争点5(被告は、被告標章について継続的使用権を有するか)について

1  商標法一部改正法附則三条一項は、「この法律の施行の日から六月を経過する前から日本国内において不正競争の目的でなく他人の登録商標(この法律の施行後の商標登録出願に係るものを含む。)に係る指定役務又は指定商品若しくは指定役務に類似する役務についてその登録商標又はこれに類似する商標の使用をしていた者は、継続してその役務についてその商標の使用をする場合は、この法律の施行の日から六月を経過する際現にその商標の使用をしてその役務に係る業務を行っている範囲内において、その役務についてその商標の使用をする権利を有する。」と規定する。

被告が商標法一部改正法施行の日(平成四年四月一日)から六月を経過する日である平成四年九月三〇日の前から日本国内の那珂町店、水戸インター店、勝田店、水戸吉沢店の四店舗において、本件登録商標に係る指定役務(ラーメンを主とする飲食物の提供)と同一又は類似の役務について本件登録商標に類似する被告標章の使用をしていたことは前記のとおりであるから、被告が「不正競争の目的でなく」被告標章を使用しているか否かについて検討するに、証拠(甲四、五の1・2、六の1〜6、七、八、九の1〜4、一〇の1〜3、一二、甲一三、一四の1〜8、一五、一六、証人沼田利幸)及び弁論の全趣旨によれば、次の(一)ないし(五)の事実が認められる。

(一) 原告は、昭和四三年一一月四日に設立され、同月に「札幌らーめん古潭・阿倍野店」(アベノ地下センター)を開店し、それ以来、昭和四五年三月「札幌らーめん古潭・梅田店」(ウメダ地下センター)、昭和四六年一二月「札幌らーめん古潭・虹の街店」(ミナミ地下センター)、昭和五〇年一二月「らーめんと華風料理の店・古潭阪急かっぱ横丁店」、昭和五三年一一月「らーめんと華風料理の店・古潭なんばCITY店」、昭和五五年一〇月「らーめんと甘党の店・古潭ナビオ阪急店」、昭和五八年四月「中華料理と飲茶の店・中国茶居古潭」(アクティ大阪)、昭和五九年一〇月「らーめんと飲茶の店・麺点心茶居古潭」(堺タカシマヤ)、昭和六三年一一月「らーめんと飲茶の店・麺点心茶居古潭」(阿倍野近鉄百貨店)、平成三年一〇月「らーめん専門店・古潭ロサヴィア茨木店」(阪急茨木駅)というように、「古潭」との表示を付したラーメン店等を大阪市内及びその周辺都市の主要な繁華街に次々と開店した(なお、「古潭」との表示を付さない店舗としては、平成二年三月に「包子・麺・餃子の店・点心屋台」〔京橋コムズ〕、平成四年二月に「甘味&釜めしの店・花ふくべ」〔ナビオ阪急七階〕をそれぞれ開店した。平成四年現在の従業員数は、正社員五〇名、臨時社員一〇〇名ないし一五〇名である。

原告の全店舗の売上額の合計は、昭和五二年度は四億二〇八四万九三五〇円(期末店舗数四店)であったところ、出店数の増加とともに売上げを伸ばし、平成四年度には一八億四八一四万〇七三四円(期末店舗数一二店)と最高になり、平成五年度から平成八年度までは概ね年間一七億六〇〇〇万円ないし一七億八〇〇〇万円付近で推移している。

(二) 原告は、昭和五二年一〇月から平成六年二月までの間、いずれも大阪市内(南街スカラ座は中央区、その余は北区)に所在する映画館において、映画の幕間に一五秒間の「古潭」を表示したスポット映画広告をした。その映画館は、三番街シネマ1・2・3(三番街シネマ2については昭和六一年一二月から)、北野劇場(昭和五五年一〇月から平成四年三月まで)、梅田劇場(昭和五五年一〇月から平成四年三月まで)、梅田スカラ座(昭和五五年一〇月から)、梅田ピカデリー1・2(昭和五五年一〇月から昭和六一年一一月まで)、梅田グランド劇場(昭和六一年一二月から平成二年三月まで)、ニューOS劇場(昭和六一年一二月から。但し、平成四年四月からは「OS劇場」)、南街スカラ座(昭和六一年一二月から。但し、平成四年四月からは「OS劇場」)、南街スカラ座(昭和六一年一二月から)であり、北野劇場一館については、平成六年三月以降も継続している。

(三) 原告は、昭和五六年一一月から平成元年九月までの間、大阪放送株式会社「ラジオ大阪OBC」(マーケットエリアは、大阪府全域を中心として大阪湾を囲む近畿、四国、中国の各一部であり、法定エリアは、名古屋市、岡崎市、豊橋市を東端とする)が毎日曜日午後一二時から放送していた深夜番組「鶴瓶・新野のぬかるみの世界」において二〇秒間の「古潭」のスポットコマーシャルを各二回(一か月八回)放送し、同番組終了後の同年一〇月から平成二年九月までの間、同じく「オールナイト・ニッポン」において二〇秒間の「古潭」のスポットコマーシャルを各二回(一か月八回)放送した。

(四) 原告は、一般書籍としては、昭和五八年一〇月四日発行の「'83 日本の繁盛店一〇〇選」に「古潭阿倍野店」が「高品力と接客で、大阪でも有数の行列店舗」と題して採り上げられ、併せて「梅田店」「アクティ大阪店」も紹介されており、平成四年七月発行の「料理と食シリーズ①ラーメン冷し中華」に「全国のラーメン・冷し中華二〇〇品」の中の一品として、「点心茶居古潭ナビオ阪急店」の「ぎょうざラーメン」及び「中国茶居古潭アクティ大阪店」の「らーめんと青菜ひたしの定食」が挙げられている。

週刊誌としては、昭和四六年一一月一五日発行の「ヤングレディ」の「東京 横浜 大阪 神戸 京都 知名人三六人が推薦する 中華そば(ラーメン)がとびきりおいしいお店」と題する記事の中で、昭和五〇年三月五日発行の「週刊文春」の「東京 大阪 安くてうまいラーメン屋七〇選」と題する記事の中で、昭和五二年三月一八日発行の「週刊ポスト」の「東京・大阪/味の特選情報 ヤング、OL、そしてサラリーマンに大人気のうまいラーメンの店一〇〇」という記事の中で、いずれも「古潭」との表示の下に原告の店舗が採り上げられた。

また、業界誌である「月刊食堂」の昭和四七年四月号、昭和五六年一月号、昭和五九年九月号に、いずれも「古潭」との表示の下に原告の店舗、商品等を紹介する記事が掲載された。

(五) なお、原告は、本件登録商標のほか、指定商品を旧三三類として、「古潭」(昭和五二年六月一〇日出願)、「コタン」(昭和五二年六月二七日出願)、やや図案化された「古潭」(昭和五三年二月二三日出願)という登録商標について商標権を有しており、原告代表者は、指定商品を旧三二類として、「古潭ラーメン亭」(昭和五一年二月二三日出願)、「古潭本あじラーメン」(昭和五一年二月二三日出願)、「古潭」(昭和五一年七月八日出願)、「コタン」(昭和五二年七月五日出願)、図案化された「古潭」(昭和五三年二月二三日出願)という登録商標について商標権を有している。

2  右1認定の事実によれば、原告は、(1)昭和四三年一一月の設立及び「札幌らーめん古潭・阿倍野店」の開店以来、大阪市北区及び中央区内の大阪を代表する繁華街にある地下街や駅ビル等の一角に「古潭」との表示を付したラーメンを主体とした飲食店を次々と開店しており、平成四年九月三〇日現在で、八店舗を有し(そのほかに、「古潭」との表示を付さない店舗を二店舗有する、)大阪市周辺の堺市及び茨木市にも各一店舗を有し、その年間の合計売上額は約一八億円に上っている、(2)また、昭和五二年一〇月から、大阪市内における主要な映画館において、映画の幕間に一五秒間の「古潭」を表示したスポット映画広告を継続して行っているほか、昭和五六年一一月から平成二年九月までの間、大阪府全域を中心として大阪湾を囲む近畿、四国、中国の各一部をマーケットエリアとする「ラジオ大阪OBC」における毎週日曜日午後一二時からの深夜番組において二〇秒間の「古潭」のスポットコマーシャルを各二回(一か月八回)放送した、(3)更に、昭和四六年一一月一五日発行の「ヤングレディ」以降、全国的に販売されている一般書籍、週刊誌及び業界誌において、原告の店舗が大阪の代表的なラーメン店として繰り返し紹介されている、というのである。してみれば、「古潭」との表示は、遅くとも、原告が大阪市内の主要な繁華街に位置する七店舗(阿倍野店、梅田店、虹の街店、阪急かっぽ横丁店、なんばCITY店、ナビオ阪急店、アクティ大阪店)を開店し、映画館におけるスポット映画広告及びラジオによるスポットコマーシャルが需要者に浸透したと考えられ、更に、右「ヤングレディ」、昭和五〇年三月五日発行の「週刊文春」、昭和五二年三月一八日発行の「週刊ポスト」、業界誌「月刊食堂」昭和四七年四月号・昭和五六年一月号に続いて、「'83 日本の繁盛店一〇〇選」に「古潭阿倍野店」が採り上げられた昭和五八年頃には、少なくとも大阪市内及びその周辺地域において、原告の経営するラーメン店の営業を示すものとして需要者及び飲食店業者に広く知られるに至ったということができ、したがって、遅くとも昭和五八年以降は、大阪市内及びその周辺地域の飲食店業者であれば、特段の事情のない限り、「古潭」との表示を付したラーメン店が存在することは当然認識していたものと推認することができる。

しかしながら、右のとおり、原告の経営する「古潭」との表示を付した店舗は、大阪市内(八店舗)及びその周辺都市(堺市及び茨木市に各一店舗)にのみ存在し、その宣伝広告も、もっぱら大阪市内の映画館におけるスポット映画広告及び大阪府全域を中心として大阪湾を囲む近畿、四国、中国の各一部をマーケットエリアとする(法定エリアは名古屋市、岡崎市、豊橋市を東端とする)ラジオのコマーシャルにとどまるものであることに鑑みると、全国的に販売されている一般書籍、週刊誌及び業界誌「月刊食堂」に原告の店舗が繰り返し紹介されており、原告又は原告代表者が指定商品を旧三三類又は旧三二類として「古潭」又は「コタン」ないしこれを含む登録商標について商標権を有していることを考慮しても、「古潭」との表示が原告の営業表示として茨城県水戸市及びその隣接地域における被告のような飲食店業者に広く知られるに至ったとの事実は、平成四年九月三〇日の時点でもなおこれを認めることはできない。そして、被告代表者の供述によれば、被告代表者が「月刊食堂」という業界誌をかつて読んだことがあることは認められるものの、右被告代表者の供述その他本件全証拠によるも、被告代表者が同誌を定期的に講読していたとか、原告の店舗を紹介した前記一般書籍、週刊誌及び業界誌「月刊食堂」そのものを見るなどして「古潭」との表示を付した原告の店舗が存在することを認識していたとの事実は認められない。

そうすると、被告代表者が「古潭」の表示を付した原告の店舗の存在を認識していたとの事実が認められない以上、被告が平成四年九月三〇日の前から那珂町店、水戸インター店、勝田店、水戸吉沢店(別紙目録(二)ないし(五))の四店舗において被告標章を使用していることについては、その余の点について検討するまでもなく、「不正競争の目的でなく」使用しているものといわざるをえない。

3  したがって、被告は、継続的使用権を有することになるから、平成四年九月三〇日より前から被告標章を使用して営業をしていた右四店舗において継続して被告標章を使用できることは明らかであるが、更に、右時点より後に開店した別紙目録(一)、(六)ないし(一〇)記載の各店舗においても継続的使用権の効力として被告標章を使用できるかどうか争いがあるので、判断する。

商標法一部改正法附則三条一項の規定は、商標法の改正により役務商標(サービスマーク)の登録制度が導入されたことに伴い、本来であれば他人の登録役務商標に係る商標権の効力により使用できなくなるところの、右制度の施行前から当該役務について使用されている商標について、その商標が従前蓄積してきた既存の評価・信用、ないしはこれを基礎として形成された既存の取引秩序を保護するために継続的使用権を認めるものであるが、継続的使用権を有する者が当該商標を使用して事業を拡張することを無限定に許容するときは、登録役務商標に係る商標権の効力を過度に弱めることになるから、商標法一部改正法の「施行の日から六月を経過する際現にその商標の使用をしてその役務に係る業務を行っている範囲内」においてその使用の継続を認めることとし、地理的にも現にその役務に係る業務を行っている範囲内に限定し、いわば現状を維持する限度でその使用を認めることとしたものと解される。

したがって、右にいう「現にその商標の使用をしてその役務に係る業務を行っている範囲内」とは、まず、従前からその商標を使用して事業を行っている場所そのものがこれに当たることは当然であるが、これに限られず、その場所においてその商標を使用して事業を行ってきたことにより蓄積されてきた既存の評価・信用、ないしはこれを基礎として形成された既存の取引秩序が及ぶと認められる地域をも含むと解するのが相当である。右のような既存の評価・信用ないしは取引秩序は、その事業が行われてきた場所だけではなく、その近隣の一定の地理的範囲にわたって形成されうるものであり、そのような地理的範囲内でその商標を使用して新たな出店をするなど事業を拡大することを認めても、登録役務商標に係る商標権の効力を過度に弱めることにはならないからである。

そこで、かかる見地に立って、被告が被告標章を使用して事業を行ってきたことにより平成四年九月三〇日の時点で蓄積されていた評価・信用、ないしはこれを基礎として形成されていた取引秩序が及んでいる地理的範囲について検討するに、前記四2認定の事実によれば、被告は、平成四年九月三〇日の時点で既に那珂町店、水戸インター店、勝田店、水戸吉沢店を開店し、右四店舗において被告標章を看板やメニュー等に表示し、代表者や従業員は「古潭」の名称を胸に刺繍したユニフォームを着用して営業を行っていたものであり、そして、右四店舗はいずれも水戸市並びに同市の北に隣接する那珂町及び北東に隣接するひたちなか市に所在し、JR水戸駅を中心とする半径一〇Km以内の円内に位置するものであり、右のような狭い地理的範囲内における四店舗という店舗数は少ないものとはいえず、前認定の広告宣伝等を併せ考えれば、被告が被告標章を使用して事業を行ってきたことにより平成四年九月三〇日の時点で蓄積されていた評価・信用、ないしはこれを基礎として形成されていた取引秩序は、水戸市並びに同市に隣接する那珂町及びひたちなか市の範囲に及んでいたものということができ、他方この地理的範囲を超えては及んでいないというべきである。

してみれば、被告は、右の水戸市、ひたちなか市及び那珂町内においては、継続的使用権の効力により、その営業活動又は営業施設に被告標章を使用することができるが、それ以外の地域については継続的使用権の効力が及ばず、被告標章を使用することができないというべきである。したがって、被告の店舗中、別紙(一)、(六)、(八)ないし(一〇)記載の各店舗は、平成四年九月三〇日よりも後に開店したものではあるが、水戸市、ひたちなか市及び那珂町内に所在するから、右各店舗における営業は、なお商標法一部改正法附則三条一項にいう「現にその商標の使用をしてその役務に係る業務を行っている範囲内」に該当するというべきである。

しかしながら、別紙(七)記載の店舗は、右地域内にはなく、茨城県北端の北茨城市磯原町磯原七〇三―三に位置し、右地域から約五〇Kmも離れているから、右店舗における営業は、「現にその商標の使用をしてその役務に係る業務を行っている範囲内」ということはできない。継続的使用権の効力に関する原告及び被告の各主張は、以上の説示に反する限度でいずれも採用することができない。

4  そうすると、原告の本件請求中、商標法三六条一項に基づき、被告の営業活動又は営業施設に被告標章を使用することの差止めを求める請求は、水戸市、ひたちなか市及び那珂町内での使用の差止めを求める部分を除き、理由があり、右水戸市、ひたちなか市及び那珂町内での使用の差止めを求める部分は理由がなく、同条二項に基づき、被告の所有する別紙目録(一)ないし(一〇)記載の各標章を付した看板その他の広告物の撤去を求める請求は、同目録(七)記載の標章を付した看板その他の広告物の撤去を求める限度で理由があるが、その余は理由がないということになる。

六  争点6(被告が損害賠償義務を負う場合に、原告に対し賠償すべき損害の額)について

1  以上によれば、被告は、別紙目録(七)の店舗において被告標章を使用することにより原告の有する本件商標権を侵害したものであるから、これによって原告の被った損害を賠償すべき義務があるというべきである。

2  しかして、原告は、平成七年一月一日から同年九月三〇日までの間の本件登録商標の通常使用料相当額を損害額として賠償を求めるところ、前記第二の二3のとおり、被告が別紙目録(一)ないし(一〇)の各店舗において営業表示として被告標章を使用して、平成七年一月一日から同年九月三〇日までの間に少なくとも合計三億円の売上げを得たことは、当事者間に争いがないが、右各店舗のそれぞれの売上額を個別的に認定できる証拠はないから、右各店舗における売上額は、平成七年八月開店の同目録(九)の東水戸店を含めそれぞれ均一なものと認めるほかはない。したがって、同目録(七)の店舗における右期間中の売上額は三〇〇〇万円と認めるのが相当である。

そして、前記認定の原告の営業規模、本件登録商標を使用しての宣伝広告の実績等に鑑みると、本件登録商標の使用に対し通常受けるべき金銭の額は、右売上額の三%に相当する九〇万円と認められる。

また、本件事案の内容、右損害賠償の認容額に照らせば、原告が本件訴訟のために支出することあるべき弁護士費用のうち一〇万円をもって被告による本件商標権侵害の不法行為と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。

3  したがって、原告の被告に対する損害賠償請求は、右の合計一〇〇万円の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないというべきである。

第五  結論

よって、原告の本件請求は、主文第一ないし第三項掲記の限度で認容し、その余は棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官水野武 裁判官田中俊次 裁判官小出啓子)

別紙目録

(一) 所在 茨城県水戸市赤塚一―二〇一六―一六 鈴木ビル(本部)

別紙写真1の看板に表示されている「古潭」の標章部分

(二) 所在 茨城県那珂郡那珂町後台三〇五三―一三(那珂町店)

別紙写真2の1の看板に表示されている「古潭」及び「こたん」の標章部分、同2の2の建物の入口上部及び建物左側の看板に表示されている「古潭」の標章

(三) 所在 茨城県水戸市加倉井町一九五三―一(水戸インター店)

別紙写真3の1の建物の屋根部分に表示されている「古潭」の標章部分、同3の2の置看板及び布製広告物に表示されている「古潭」及び「こたん」の標章部分

(四) 所在 茨城県ひたちなか市市毛九四二―七(勝田店)

別紙写真4の1の看板に表示されている「古潭」の標章、同4の2の建物の入口上部に表示されている「古潭」、「こたん」及び「KOTAN」の標章

(五) 所在 茨城県水戸市米沢町八九―一(水戸吉沢店)

別紙写真5の1の看板に表示されている「古潭」の標章、同5の2のたれ幕及び布製広告物に表示されている「古潭」及び「こたん」の標章

(六) 所在 茨城県水戸市南町三―六―二六(水戸南店)

写真6の看板に表示されている「古潭」の標章

(七) 所在 茨城県北茨城市磯原町磯原七〇三―三(磯原店)

写真7の置看板に表示されている「古潭」の標章

(八) 所在 茨城県那珂郡那珂町戸崎一四八八(那珂町西店)

別紙写真8の看板及び布製広告物に表示されている「古潭」及び「こたん」の標章

(九) 所在 茨城県水戸市吉沼町五五六(東水戸店)

別紙写真9の建物の入口上部及び置看板に表示されている「古潭」の標章

(一〇) 所在 茨城県ひたちなか市市毛九四二―一(まぐろや市毛店)

別紙写真10の建物の一部に表示されている「古潭」の標章

別紙写真1〜10<省略>

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