大阪地方裁判所 平成7年(ワ)1459号 判決 1995年11月22日
原告
富田信一こと
金信一
右訴訟代理人弁護士
川崎敏夫
被告
高山和子こと
康和子
右訴訟代理人弁護士
山口勉
主文
大阪地方裁判所昭和六二年(ワ)第四七八八号事件につき、同裁判所が平成五年八月四日付与した執行文の付された和解調書の正本に基づいて被告が原告に対してする強制執行は、被告の富田茂こと金得茂に対する請求債権額の二九分の六を超える部分については、これを許さない。
原告のその余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、第一事件、第二事件を通じ、これを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
大阪地方裁判所が同裁判所平成七年モ第八三〇号事件についてした強制執行停止決定を認可する。
大阪地方裁判所が同裁判所平成七年モ第一〇四二号事件についてした強制執行停止決定を取り消す。
この判決の第四項、第五項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 原告の請求の趣旨
一 第一事件
大阪地方裁判所昭和六二年(ワ)第四七八八号事件につき、同裁判所が平成五年八月四日付与した執行文の付された和解調書の正本に基づいて、被告が原告に対してする強制執行は、これを許さない。
二 第二事件
大阪地方裁判所昭和六二年(ワ)第四七八八号事件の執行力ある和解調書の正本に基づいて、被告が原告に対してする強制執行はこれを許さない。
第二 当事者の主張
一 原告
1 被告と訴外富田茂こと金得茂(以下「得茂」という。)との間の大阪地方裁判所昭和六二年(ワ)第四七八八号事件について、平成二年一〇月二五日、訴訟上の和解が成立した(以下、この和解につき作成された和解調書を「本件和解調書」という。)。本件和解調書中には、次の条項がある。
(一) 得茂は、被告に対し、平成二年一一月末日限り、別紙物件目録(一)の建物の二〇一号室、二〇二号室、三〇一号室、同目録(二)の建物の三〇三号室、五〇三号室の各入居者を退去させ、平成二年一一月末日限り右各室を明け渡す。
(二) 得茂は、被告に対し、前号の各室の各入居者を平成二年一一月末日限り明け渡さなかったときは、明渡完了にいたるまで一日につき、別紙物件目録(一)の建物の二〇一号室について五〇〇〇円、二〇二号室について五〇〇〇円、三〇一号室について五〇〇〇円、同目録(二)の建物の三〇三号室について五〇〇〇円、五〇三号室について五〇〇〇円の各割合による金員を支払う。
2 得茂は、平成元年六月一七日死亡した。
3 得茂の相続人は、別紙相続関係図のとおりである。得茂の国籍は大韓民国であり、得茂死亡当時の韓国民法によると、原告の相続分は二九分の六である。
4 大阪地方裁判所書記官は、平成五年八月四日、被告に対し、原告を得茂の単独相続人であるとして、承継執行文を付与した。
5 被告は、平成五年九月二一日、右の承継執行文が付された本件和解調書の正本に基づき、1(二)の金員として四五六万五〇〇〇円を請求債権とし、原告を債務者として大阪地方裁判所に強制競売の申立て(以下「本件強制競売」という。)をし、同裁判所は強制競売開始決定をした。
6 原告は、得茂の相続人として二九分の六の相続分を有するにすぎないのであるから、原告を得茂の単独相続人として付与された右の承継執行文は違法なものであり、右の承継執行文による強制執行は許されない。
7 また、原告訴訟代理人は、平成七年二月一七日の供託に先立ち、被告訴訟代理人である中谷茂弁護士に対し、競売事件の請求債権のうち原告の相続分に相当する九四万四四八二円を支払いたいが、受け取ってもらえるのであれば持参すると通知し、受領を促したところ、同弁護士は受領を拒否する旨を告げた。そこで、原告は、同月一七日、九四万四四八二円を弁済供託した。なお、被告は、本件強制競売における請求債権として明渡遅滞による損害金の元本のみを表示しており、その損害金の支払遅延を理由とする遅延損害金は表示していないから、右の元本部分のみの弁済提供及び供託によって、本件競売手続は取り消されるべきである。なお、違法な執行文が付された本件和解調書の正本に基づく本件強制競売手続は違法であるから、その強制競売手続に要した費用を原告が支払うべき理由はない。
8 よって、原告が提起した執行文付与に関する異議の訴え及び請求異議の訴えにより、本件和解調書の正本に基づく強制執行の不許を求める。
二 原告の主張に対する認否
1 原告の主張1の事実は認める。
2 同2の事実は認める。
3 同3のうち、得茂の国籍が韓国であることは認め、原告の相続分は知らない。
4 同4の事実は認める。
5 同5の事実は認める。
6 同6は争う。
7 同7のうち、原告が平成七年二月一七日九四万四四八二円を弁済供託したことは認め、原告の口頭の提供及び供託が有効であることは争う。原告の供託金はまず本件強制競売の手続費用に充当されるべきところ、原告が提供し供託したとする金額は本件強制競売において請求債権と表示された元本額の二九分の六にすぎず、本件強制競売の手続費用は加算されていない。また、被告は、本件強制競売の申立てをするに先立ち、原告に対し、得茂の相続債務の支払を催告した。
第三 当裁判所の判断
一 大阪地方裁判所書記官が平成五年八月四日、被告に対し、原告を得茂の単独相続人であるとして付与した承継執行文に基づく強制執行が許されないかということについて判断する。
1 得茂が平成元年六月一七日死亡したこと、得茂の国籍が大韓民国であることは当事者間に争いがない。甲第三号証、第四号証の各一、二、弁論の全趣旨によると、得茂の相続人は別紙相続関係図のとおりであることが認められ、得茂の国籍が大韓民国であることからすると、得茂の相続関係については韓国民法が適用されるところ、韓国民法によると、得茂の死亡による原告の相続分は二九分の六である。
2 したがって、原告を得茂の単独相続人であるとしてされた承継執行文の付与は、原告の相続分二九の六を超える部分については違法というべきであるが、これによる強制競売の手続、すなわち、強制競売開始決定や売却手続がすべて許されなくなると解することは相当でない。被告の原告に対する債権額が減少する結果として、超過売却となる場合には売却が許されなくなることがあるが(民事執行法七三条参照)、そのような場合を除き、配当までの手続は適法であり、配当の段階において、得茂に対する債権額の二九分の六のみが被告に配当されるにすぎないと解するのが相当である。
3 よって、原告を得茂の単独相続人であるとして付与された承継執行文に基づく強制競売の手続自体が違法であるとはいえないから、この点に関する原告の請求は、平成五年八月四日に付与された執行文の付された和解調書の正本に基づく強制執行につき、被告の得茂に対する債権額の二九分の六を超える部分について執行不許を求める限度で理由があり、その余は理由がないというべきである。
二 原告が九四万四四八二円を弁済供託したことにより、原告の被告に対する債務全額が消滅し、これにより、本件和解調書に基づく強制執行が許されなくなるかということについて判断する。
原告が平成七年二月一七日、被告に対する債務の弁済として九四万四四八二円を供託したことは当事者間に争いがない。そして、甲第五号証によると、右の九四万四四八二円とは、得茂の被告に対する債務の元本の二九分の六相当額であることが認められる。
しかるところ、債務の弁済がされた場合には、当事者間の合意がない限り、費用、利息損害金、元本の順に充当されるものであるから、原告としては、被告に対する債務の弁済による債務の元本全額が消滅したというためには、それまでに要した費用、利息損害金をも弁済することが必要である。本件においては、被告が本件強制競売の申立てをするに先立ち、原告に対し、得茂の相続債務の支払を催告したことは争いがなく(原告はこの事実を明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。)、右の催告により、得茂の被告に対する債務の二九分の六相当額について、原告は履行遅滞に陥っていると解されるから、強制競売手続費用並びに右催告の日までの利息及び催告の日の翌日からの遅延損害金が発生していることは明らかである。したがって、原告のした弁済供託によって、原告の被告に対する債務の全額が消滅しているということはできない。
この点について、原告は、被告が本件強制競売における請求債権として明渡遅滞による損害金の元本のみを表示しており、その損害金の支払遅延を理由とする遅延損害金は表示していないから、右の元本部分のみの弁済提供及び供託で本件競売手続を停止させることができると主張する。しかし、被告が本件強制競売における請求債権として債権の一部のみを表示している場合であっても、弁済供託により債務全額が消滅したというためには、やはり、費用及び利息損害金の弁済供託が必要であると解されるから、原告の主張は理由がない。また、原告は、違法な執行文が付された本件和解調書の正本に基づく強制競売も違法であるから、その強制競売手続に要した費用を原告が支払うべき理由はないと主張する。しかし、本件和解調書の正本に基づく本件強制競売手続が違法であるといえないことは前記のとおりであるから、原告の右の主張も理由がない。
三 よって、原告の本訴請求は主文第一項の限度で理由があるから、その限度でこれを認容し、その余は理由がないから、これをいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、強制執行停止決定の認可、取消しと仮執行の宣言につき民事執行法三七条一項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官佐賀義史)
別紙物件目録、相続関係図<省略>