大阪地方裁判所 平成7年(ワ)4379号 判決
原告 神坂直樹
右訴訟代理人弁護士 別紙代理人目録(一)記載のとおり
被告 国
右代表者法務大臣 臼井日出男
右指定代理人 別紙代理人目録(二)記載のとおり
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金一一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年五月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件請求は、裁判官任官を志望していた原告が、被告である国に対し、
1 司法研修所教官が、原告の任官志望を撤回させるべく、不当な撤回強要行為をしたことにより、原告に損害を与えた、
2 最高裁判所が、思想・信条を理由として、原告を判事補に任命されるべき者に指名しない旨の決定をしたことにより、原告に損害を与えた、
3 最高裁判所長官及び同人事局長が、原告の名誉を毀損し、侮辱する記者会見をしたことにより、原告に損害を与えた、
4 原告の提起した行政訴訟を担当した東京地方裁判所及び東京高等裁判所の裁判官が、違法な裁判をしたことにより、原告に損害を与えた、
として、国家賠償法一条一項に基づき、損害賠償を求めるものである。
二 原告の主張
(請求原因)
1 原告は、平成三年一〇月、司法試験第二次試験に合格後、平成四年四月一日、最高裁判所により第四六期司法修習生に任命され、二年間の司法修習を経て、考試(司法修習の最後に行われる、いわゆる「二回試験」)に合格し、平成六年四月一日、司法修習を終了し、判事補の任命資格を取得した。
2 原告は、平成六年一月一八日、最高裁判所に対し、所定の書類を添付して、判事補採用願を提出した。
3(一) 最高裁判所は、司法修習生採用選考の段階から判事補選考の段階までの間、次のとおり、思想・信条にかかわる事項について調査した。
(1) 司法修習生採用選考段階
<1> 最高裁判所人事局は、司法修習生採用選考申込者に関し、「司法修習生採用選考申込書」において、「前科・前歴」「学歴」「職歴」「家族状況」「親しい知人友人」「自分の性格」「特に愛読し、又はしたことのある書物」等思想・信条にかかわる調査をした。
<2> 最高裁判所人事局は、司法修習生採用選考申込者に関し、「経歴調査票」等の調査票により、在職した職場(アルバイト先)や出身大学に対し、性格、勤務評定、組合活動、労働歴等の労務管理上の問題やサークル活動・学生運動・政治運動歴等の学生管理上の問題に関する情報を収集する等思想・信条にかかわる調査をした。
<3> 最高裁判所人事局は、司法修習生採用選考申込者に関し、警察及び法務省等の関係機関に対し、活動歴、前科・前歴等のいわゆる公安情報を照会したほか、思想・信条にかかわる情報の提供を求め、調査をした。
<4> 最高裁判所の試験官は、司法修習生採用選考口述試験において、逮捕歴・起訴歴のある者のうち特に学生運動や労働運動等の経験者に対し、現在どのように考えているか、反省しているか等を質問し、「修習中、研修所の秩序を乱さず修習に励む」という趣旨の誓約書を書かせ、特に起訴歴のある者については、法曹関係者(裁判官・弁護士・学者)等の保証人を付けるよう要求し、場合によっては、保証人同行で何回も面接に出頭するよう求めた(採用内定の通知も遅れて出されている)。
(2) 司法修習開始から判事補採用選考開始まで
<1> 最高裁判所人事局は、司法研修所裁判教官に対し、司法修習に先立ち、前記(1) <1>ないし<4>の個人データを交付し、また、<1>ないし<4>の調査に基づいて作成した判事補勧誘名簿を交付した。
<2> 最高裁判所人事局は、司法研修所裁判教官に対し、その地位を利用して、判事補への勧誘や判事補志望の撤回強要を行うよう指示するとともに、司法修習生の思想・信条にかかわる日ごろの言動や行状、とりわけ志望動向に目を光らせてその把握に努めさせ、逐次報告の上指示を仰ぐよう指示した。
<3> 司法研修所裁判教官は、最高裁判所人事局の右指示に従い、その地位を利用して、判事補への勧誘や判事補志望の撤回強要を行い、逐次報告の上指示を仰いだ。
(3) 判事補採用選考段階
<1> 最高裁判所人事局は、判事補採用願を提出した者に対し、「身上調書」の提出を求め、その中で、「最近感銘を受けた書物」「尊敬している人物」「自分の性格」等思想・信条にかかわる事項について調査した。
<2> 最高裁判所人事局は、判事補採用願を提出した者に対し、採用面接において、「尊敬している人物」「自分の性格」等思想・信条にかかわる事項について質問した。
(二) 最高裁判所人事局は、前記(一)の調査により、原告に関し、以下の情報・評価を入手した。
(1) 原告は、いわゆる箕面忠魂碑訴訟(原告の両親を含む箕面市民が、箕面市長らを相手取り、同市が公有地に建設した忠魂碑は国家神道に基づく宗教施設であるとして、その撤去等を求めた住民訴訟。以下「箕面忠魂碑訴訟」という)の原告補助参加人として、ニュースを編集・発行し、訴訟や集会・弁護団会議、戦史研究会等に参加してきた。
(2) 原告は、沖縄嘉手納基地のいわゆる一坪反戦地主訴訟の原告となった。
(3) 原告は、即位の礼・大嘗祭違憲訴訟の原告となり、いわゆる抜き打ち結審をした裁判所に抗議文を送る等した。
(4) 原告は、高校時代、朝鮮語学習会や差別問題研究会に所属し、韓国光州事件や障害者問題に関する上映会、文化祭問題、卒業式問題、「日の丸」掲揚反対等に取り組み、機関誌、ビラを編集・発行し、壁新聞を掲示し、集会を開いたほか、受験体制の矛盾や反原発を訴えるポスターを描いた。
(5) 原告は、高校卒業後、三名の教員の処分に反対する運動に取り組み、訴訟や集会に参加し、ニュース等を編集・発行した。
(6) 原告は、反天皇制、反戦・反安保、反核・反原発や空港反対、死刑反対、米韓大統領来日反対等の集会・デモ・ハンストに参加した。
(7) 原告は、大学時代、部落解放研究会に所属し、集会・デモに参加するとともに、障害者の介護活動を行ってきた。
(8) 原告は、「性の研究会」や「エホバの証人高校生排除問題を考える会」を友人らと作り、性の罪悪視や教育拒否権の問題について学習会を重ね、ニュース・パンフレット等を発行した。
(9) 原告は、前期修習最初の民事裁判の講義中に、憲法訴訟や行政訴訟等も講義内容に含まれるのかとの質問をするとともに、箕面忠魂碑訴訟の原告補助参加人であることを表明した。
(10) 原告は、前期修習の判決起案等において、元号ではなく西暦を使用した。
(11) 原告は、前期修習の検察講義で、暴力団に関する検察教官の発言を批判した。
(12) 原告は、実務修習の検察取調修習を辞退した((18)参照)。
(13) 原告は、個人面談で民事裁判修習についての感想を聞かれたところ、夫婦別姓の問題について、肯定的な意見を述べた。
(14) 原告は、前期修習中、いわゆるPKO法案の徹夜国会傍聴、反対集会・デモに参加したり、「緊急ひとことアピール集」を作成・配布した。
(15) 原告は、「『コリアと日本』を訪ねる会」でビデオ上映会や寮祭講演会を開催した。
(16) 原告は、司法修習生採用選考要領の国籍要件の撤廃を求める署名活動を行い、その連絡役となり、提出後に記者会見を行った。
(17) 原告は、検察取調修習についての学習会を行い、その案内ビラを作成・配布した。
(18) 原告は、(12)のとおり、検察取調修習を拒否したが、それに先立ち、検察取調修習について要望書を検察庁に提出し、修習開始の挨拶の際、検事正に対し、直接質問した。
(19) 原告は、箕面忠魂碑訴訟の最高裁判決の後、原告補助参加人としてマスコミの取材に答えて右判決を公然と批判し、訴訟を支援する会の事務局として抗議集会を主催した。
(20) 原告は、後期修習最初の講義において、実務修習の感想や進路志望、抱負等について発言を求められた際、箕面忠魂碑訴訟の最高裁判決で住民敗訴が確定したことに関し、司法研修所の「民事判決起案の手引」一頁「判決作成の目的」のうち「一般国民に対し、具体的な事件を通じ、法の内容を明らかにするとともに、裁判所の判断及び判断の過程を示すことによって裁判の公正を保障する」との部分を引用してそらんじ、この観点からいえば、右判決の理由は全く杜撰なもので判断の過程を何ら示していないと批判した上で、裁判官を志すことに決めた旨表明し、司法修習生らの拍手を浴びた。
(21) 原告は、(20)の発言を聞いた司法研修所教官から、最高裁判決で敗訴した箕面忠魂碑訴訟等の運動が、組織的に、原告を裁判官として裁判所に送り込もうとしているとみられた。
(22) 原告は、実務修習中の第四六期司法修習生「春の集会」で箕面忠魂碑訴訟の最高裁判決を批判する分科会を主催した。
(23) 原告は、家庭裁判所修習中、箕面忠魂碑訴訟の原告補助参加人として口頭弁論に出頭するとの理由で、早退承認を申し出、承認を得て早退した。
(24) 原告は、後期修習開始当初発行された「青法協通信」増刊号に裁判官志望者として唯一実名で投稿し、「謹んでお請けします。裁判官の名を汚さぬよう、良心に従い独立して職権を行い、憲法及び法律にのみ拘束されます。」とのタイトルの下に、抱負を語り、「裁判官はそれぞれの個性を生かし、慣行や圧力に屈せず、独自の判決を下すことが、司法における言論の自由であり、真の司法の独立だ。」と箕面忠魂碑訴訟で違憲判決を出した古嵜慶長判事の言葉を引用したり、いわゆる肩たたき(任官志望の撤回強要)等任官制度の不明朗さを批判した。
(25) 原告は、「身上調書」の「尊敬している人物」欄に「大岡昇平」と回答しているが、尊敬する理由において一定の確信に基づいた思想・信条的な背景があるとみられた。
(26) 原告は、「身上調書」の「自分の性格」欄に「短所…凝り性」と回答しているが、自己の信念に基づき確信をもって粘り強く行動する傾向が強いとみられた。
(27) 原告は、「身上調書」の「親しくしている知人友人」欄に原告が一〇年来介護をしてきた自立する障害者の氏名を回答しているが、自己の社会的活動をあえて積極的にアピールする傾向が強いとみられた。
(28) 原告は、「身上調書」の「裁判官を志望した動機」欄に、司法研修所「民事判決起案の手引」一頁「判決作成の目的」を引用し、「『一般国民に対し、具体的な事件を通じ、法の内容を明らかにするとともに、裁判所の判断及び判断の過程を示すことによって裁判の公正を保障する』…このことを実践していきたいという思いが、実務修習期間中の裁判官の方々との出会いを通じて高まり、裁判官志望を固めるに至った。できるだけ広い視野で、真面目にコツコツ仕事したい。」と回答しているが、あえて起案の手引を引用し志望動機を論ずる点が、裁判官の職業観について確信的なものを持ち、かつ、最高裁判所に対して挑戦的であり、また、「広い視野」「真面目」「コツコツ」という点は、かなりの含みを持った抱負・宣言を語っているとみられた。
4 加害行為
(一) 本件任官志望撤回強要による権利侵害
(1) 司法研修所の井上稔民事裁判教官(以下「井上教官」という)と村上博信刑事裁判教官(以下「村上教官」という)は、原告に対し、最高裁判所人事局の指示を受け、互いに意を通じて、次のとおり、平成五年三月二九日から同年一二月一日までの間、七回にわたり、原告の任官志望を撤回させるべく、これを強要した(以下「本件任官志望撤回強要」という)。
<1> 平成五年三月二九日
井上教官は、実務修習期間中である同日午後六時ころから九時ころまでの間、大阪地方裁判所付近の飲食店「いちげん屋」で開かれた大阪修習クラス会の席上、原告に対し、任官志望を撤回させるべく、「神坂君が裁判官になったら危ない。」「僕は、神坂君のことをカミソリ神坂だと思ってたんだよ。とにかく要件事実がすごく得意だったろ。でも、実務っていうのは、違うんだよ。要件事実みたいなカミソリで、ずったばった切ってしまったんでは、根本的に解決しない。」「裁判官になったら、洋暦でやるんだろ。当事者が不可解に思わないかな。それに、取調修習をやってないの。それじゃあ、駄目だなあ。やらないと。」と、原告が裁判官として不適格であるとの発言を手を変え品を変えて繰り返した。
<2> 同年七月三〇日
井上教官は、中問合同研修期間中である同日午後六時ころから八時ころまでの間、高野山の宿坊で開かれた中問合同研修の懇親会の席上、遠くの席から原告の席に赴き、原告に対し、「前に任官希望とか何とか言ってたから、気にしていたんだけど、どう、(法律)事務所は決まった。」と問いかけ、原告が、驚いて、「いえ、まだ任官希望なんですけど。」と答えると、同教官は、任官志望を撤回させるべく、「えっ、やっぱり任官希望なの。もう遅いよ。早く言ってくれないと。」と述べた。
そして、原告が、「もう遅いって、前から言っていたではないですか。」と言うと、「まあ、この席ではその話はやめとくか。とにかく今からじゃあ難しいなあ。」と答え、原告にもはや任官は困難であるとの断定的な見通しを告げることにより、任官志望を撤回するよう精神的圧力をかけた。
<3> 同年九月七日
井上教官は、実務修習期間中である同日午後一〇時一〇分ころから一一時ころまでの間、任官志望を撤回させるべく、原告宅に電話した。
同教官は、「神坂君が裁判官になったら、苦労するんじゃあないか、物足りないんじゃないか、同僚とうまくいかなくなるんじゃないか、と思ってね。なかなか続かないと思うよ。」「神坂君は、弁護士タイプだと思うよ。」「はっきりいって、裁判官は十中八九駄目だろう。私が決めるんじゃないから、何ともいえないけど。」と述べた。
また、同教官は、「成績は問題ないよ。民裁ではおそらくトップクラスだよ。難しい理由の一つは、時世だな。おそらく弁護士事務所が決まらない人もいたりして、任官希望が一〇〇を優に超えるだろう。だから、例えば、成績が悪い人や、人柄に問題のあるんじゃないかという人には、難しいって言っているんだよ。」と述べた。
これに対し、原告が、「それでは私は人柄が悪いとおっしゃるんですか。」と問い返すと、同教官は、「まあ、そういうことかな。」と答え、原告が、「私のどこが人柄が悪いのですか。」と問い質すと、「まず、西暦だな。西暦はあくまでも典型的なことだけど。西暦起案は、当事者が怪訝に思うはずだ。」と述べた。
そして、同教官は、「確かに法的には根拠はないかも知れないが、元号法もあるし、慣行もあるしね。でも考えなおさなかったじゃない。普通なら、教官に言われたら、あ、そうかと直すはずなんだけどな。成績は優秀でも、人柄については、教官が前期みたところで客観的に言うしかないから。」と原告の人柄の非難を続けた。
さらに、同教官は、原告は裁判官の適性を欠いているとして、「人柄というか、適性だね。神坂君は論理的思考が好きだから問題ないけど、また論理的思考だけでもいけないんだな。切れ過ぎるのも困るんだよ。成績が良過ぎるっていうのも考えもんなんだ。ほどほどがいいんだ。平凡が一番なんだよ。平凡が。」等と述べ、最後に、「私だけで心もとなかったら、村上さんにも聞いてみたらいいよ。井上教官はこう言っていたけど、どう思いますかって。」と言ってようやく電話を切った。
<4> 同年一〇月四日
村上教官は、実務修習期間中である同日、大阪地方裁判所第一四刑事部裁判官室で開かれた第四五期新任判事補・第四六期大阪修習クラス会の席上、原告が任官志望を維持していることを十分承知していながら、志望を撤回させるべく、原告に対し、「井上教官から聞いたんだけどね、弁護士の方が向いているという話だったんだろ。僕もそう思っててね。神坂君やっぱり弁護士が向いているよ。」と述べる等、繰り返し原告は弁護士に向いていると強調し、さらには、冗談を装って、「事務所も決めずに宙ぶらりんなのは、神坂君だけかあ。」と笑い飛ばした。
<5> 同年一二月一日・一次会
井上教官は、後期修習が始まって間もなくで、判事補採用願の用紙取寄せ・受付けが始まる前日である同日午後五時一五分ころから、司法研修所付近の飲食店「赤ちょうちん」において開かれたクラス会の席上、原告の任官志望を撤回させるべく、離れた席から原告の席に赴き、原告に対し、開口一番、「どう、もう(法律)事務所は決まった。」「まだ決めてないの。神坂君はやっぱり弁護士に向いてるよ。」とまたも同じ話をもち出し、傍らにいた松井修習生に、「教官、何てこと言うんですか。神坂さんに失礼じゃないですか。やめて下さい。」と制止されるまで、任官志望の撤回を強要した。
<6> 同日・二次会
井上教官は、同日、午後八時ころから、司法研修所付近のいわゆるカラオケボックス「ZIP」で開かれた二次会の席上、原告に対し、「神坂君は弁護士になった方がいいよ。」「神坂君は本当に任官に向いていないと思う。」等と任官志望の撤回を強要した上、いまだ十分な圧力をかけるには至らなかったと判断するや、原告と平田修習生を「二次会(正確には三次会)に行こう。そこで議論しよう。」と誘った。
そして、同教官は、三次会の会場に向かう路上、「神坂君が任官すると、敗訴した当事者から必ず神坂君の過去の経歴を調べ上げて、それを上訴理由の中に書いてくる。」等と言って、暗に原告が箕面忠魂碑訴訟の補助参加人であること等のために裁判官として不適格であるとの見解を示した。
<7> 同日・三次会
井上教官は、同日、午後一〇時半過ぎから、JR御徒町駅付近の飲食店で、原告と平田修習生との三名で開かれた三次会の席上、原告から、同教官の路上での発言中に「経歴」という言葉が出ていたことに関して、「箕面忠魂碑訴訟の補助参加人をやっていたことが問題なんですか。」と問い質されたのに対し、「そうだ。君は確信を持ってやっている。このような人は裁判官には向かない。弁護士になって活躍した方が君のためだ。」と答え、ここにおいて、原告が裁判官として不適格と判断した理由を明言し、任官志望の撤回を強く強要した。そして、同教官は、午前零時が近づいて、原告らが帰りの電車の時間を気にしはじめると、「書けないねえ。最高裁人事局に君のことを適任だと推薦することはできない。不適任と書いて出すほかない。もちろん私が決めるのではなく、最高裁人事局の決めることだが、私が最高裁人事局の人間だったら君を採用しない。そう言うほかはない。」「とにかく神坂君、本当にもう一度、真剣に考えてくれ。」と語気強く叩きつけるように言い放ち、司法研修所教官としての地位と権限を振りかざして任官志望撤回を明確に強要した。
(2) 井上・村上教官よる本件任官志望撤回強要は、平等権(憲法一四条)、思想・良心の自由(同法一九条)、表現の自由(同法二一条)、職業選択の自由(同法二二条一項)、公務就任権(同法一三条、一五条、国際人権規約B二五条)等に反し、原告の人権を違法に侵害するものである。
(3) 原告は、本件任官志望撤回強要により、自由な意思決定を妨げられない・意思決定に不当に干渉されないという法的利益を侵害された。
なお、意思決定過程への干渉がなされればそれ自体で右利益の侵害となるのであって、結果として意思決定が妨げられたかどうかは問題でないことは、国家公務員法三九条の趣旨に照らしても明らかである。
(4) 本件任官志望撤回強要は、国家賠償法一条一項の職務行為に該当する。
(二) 本件任官拒否による権利侵害
(1) 最高裁判所は、平成六年四月六日、裁判官会議を開いて、原告を判事補に任命されるべき者に指名しない旨決定し、最高裁判所人事局長名で、原告に対し、その旨通知した(以下「本件任官拒否」という)。
(2) 本件任官拒否が、原告の思想・信条を理由とするものであることは、以下の事実から明白である。
<1> 前記3(一)及び(二)のとおり、最高裁判所は、司法修習生採用選考の段階から判事補選考の段階までの間、思想・信条にかかわる事項について調査の上、原告が、その思想・信条に照らし、判事補として不適任であると評価した。
<2> 前記(一)(1) <1>ないし<7>のとおり、司法研修所教官は、箕面忠魂碑訴訟の補助参加人として参加したこと、判決起案で西暦を使用したこと、検察取調修習を辞退したこと等原告の思想・信条を理由として、任官志望の撤回を強要しているが、司法研修所教官による任官志望の司法修習生に関する人格、成績、言動等に関する評価等は、司法研修所長を通じて最高裁判所に報告されており、裁判官の採用に当たって重要な資料とされた。
<3> 原告は、平成六年三月二四日、最高裁判所において、第四六期司法修習生の裁判官志望者に対する採用面接を受けたが、その際、最高裁判所人事局長から、身上調書記載の「尊敬している人物」の理由、検察取調修習拒否の理由等について質問された。
原告に対する右質問は、思想・信条に深くかかわる事項であり、ほかの裁判官志望者に対する面接が平均七、八分であったのに対し、原告に対する面接は、二五分に及んだ。
その結果、最高裁判所は、前記3(一)及び(二)の原告に関する思想・信条にかかわる情報、評価に何ら修正、変更の必要がないことを確認した。
<4> 原告には、裁判所法所定の欠格事由がない。
<5> 最高裁判所は、原告の再三の要求にもかかわらず、本件任官拒否の理由を一切開示しない。
(3) 本件任官拒否は、平等権(憲法一四条)、思想・良心の自由(同法一九条)、職業選択の自由(同法二二条一項)、公務就任権(同法一三条、一五条、国際人権規約B二五条)、適正手続を受ける権利(同法一三条、三一条)に反し、原告の人権を違法に侵害するものである。
(4) 原告は、本件任官拒否により、不合理な差別的取扱いをされないという法的利益を侵害された。
(三) 最高裁判所による記者会見と権利侵害
(1) 最高裁判所人事局長は、本件任官拒否を決定した平成六年四月六日、記者会見を行い、「研修所の成績、実務庁の成績、二回試験の成績、面接の結果等から、能力、人格、識見等を総合的に判断して決定した。思想・信条や団体加入等とは関係がない。」と述べた。
(2) 最高裁判所長官は、同年五月二日、記者会見において、同趣旨を述べた。
(3) 右記者会見の内容は、原告が裁判官としての適性を欠き、能力が劣っていたとの虚偽の事実を摘示し、これをマスコミに公表して広く社会に流布したものである。
(4) 原告は、右記者会見により、名誉権(憲法一三条等)を著しく侵害され、侮辱された。
(四) 行政訴訟の訴訟指揮による権利侵害
(1) 原告は、平成六年七月四日、東京地方裁判所に対し、最高裁判所を被告として、任官拒否取消訴訟(平成六年(行ウ)第二一一号)を提起した。
(2) 右事件を担当した遠藤賢治裁判長ら(第一一民事部)は、第一回口頭弁論期日を指定することなく、また、答弁書催告状を付することもなく訴状を送達し、口頭弁論を開かず、判決期日を告知することもなく、判決言渡しを強行しようとした。
(3) そのため、原告は、判決言渡しに備え、同部の開廷日ごとに東京地方裁判所に赴き、監視活動をせざるを得なくなった。
(4) 遠藤賢治裁判長らは、口頭弁論を一回も開くことなく、同年一二月二二日、原告の訴えを却下する判決を言い渡した。
(5) 右事件の控訴審を担当した宍戸達徳裁判長らは、原告からの進行に関する問い合わせに対し、構成が未決定であると申し欺いた上、平成七年三月三〇日、口頭弁論を開くことなく、抜き打ち的に、控訴棄却の判決を言い渡した。
(6) 右各裁判所の訴訟指揮は、いずれも裁量権を著しく逸脱・濫用し、原告の裁判を受ける権利(憲法三二条)を侵害するものである。
5 損害
(一) 原告は、前記4(一)ないし(四)の各違法行為により、精神的苦痛を受けたものであって、これによる慰謝料相当額は一〇〇〇万円を下らない。
(二) 原告は、前記4(四)(3) の監視活動をせざるを得なくなり、交通費(前後八回にわたり、箕面市の自宅と東京地方裁判所の間を往復した)として、二〇万五四九〇円を出捐を余儀なくされた。
(三) 原告は、本件訴訟の提起・追行を原告代理人らに委任し、弁護士費用として一〇〇万円を下らぬ出捐を余儀なくされた。
6 結語
よって、原告は、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、前項の損害金の内金一一〇〇万円及びこれに対する平成七年五月一八日(本訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(原告の主張の補足)
1 任官拒否の歴史的経緯について
別紙「事実整理案(原告意見書による)」第二の一2記載のとおり。
2 原告の修習態度と周囲の評価について
別紙「事実整理案(原告意見書による)」第二の一3記載のとおり。
3 原告の思想・信条にかかわる経歴・自主的活動等について
(一) 箕面忠魂碑訴訟への補助参加について
別紙「事実整理案(原告意見書による)」第二の一4(一)記載のとおり。
(二) 司法修習中の自主活動について
別紙「事実整理案(原告意見書による)」第二の一4(二)記載のとおり。
(三) 判決起案のおける西暦使用について
別紙「事実整理案(原告意見書による)」第二の一4(三)記載のとおり。
(四) 検察取調修習の辞退について
別紙「事実整理案(原告意見書による)」第二の一4(四)記載のとおり。
(五) その他
前記請求原因3(二)(1) ないし(28)のとおり
(六) 原告の旺盛な人権問題に対する関心及び自主活動への取組は、国民の人権を擁護する法曹へ成長するための糧になっているが、最高裁判所は、これらの思想・信条にかかわる経歴・自主活動等を理由に差別的取扱いをし、本件任官拒否及び任官志望撤回強要を行ったものである。
4 本件任官拒否及び任官志望撤回強要の経過について
別紙「事実整理案(原告意見書による)」第二の一5記載のとおり。
5 加害行為
別紙「事実整理案(原告意見書による)」第二の一6記載のとおり。
6 違法性について
別紙「事実整理案(原告意見書による)」第二の一7記載のとおり。
7 損害について
別紙「事実整理案(原告意見書による)」第二の一8記載のとおり。
三 被告の認否・反論
(請求原因について)
1 認める。
2 認める。
3(一) 認否しない。
(二) 認否しない。
4(一)(1) 頭書部分のうち、<1>ないし<7>の日時に井上教官又は村上教官が原告と会話を交わしたことは認め、その余は否認ないし争う。
<1> 平成五年三月二九日に大阪修習クラス会が開かれ、原告及び井上教官が出席していたこと、その席上で井上教官が原告に対し、西暦による起案は避けた方がよい旨を個人的見解として述べ、また、原告が要件事実が好きである旨及び事件の解決のためには要件事実的な論理的思考のみでは不十分である旨を述べたことは認め、その余は否認ないし争う。
<2> 平成五年七月三〇日に和歌山県高野山での中問合同研修の懇親会が開かれ、原告及び井上教官が出席し、会話を交わしたことは認め、その余は否認ないし争う。
<3> 平成五年九月七日に井上教官が自宅にいた原告と電話で話したこと、その中で、原告から意見を求められ、同教官としては原告が弁護士に向いていると考えるが、結論を出すのは教官ではない、村上教官にも意見を求めるとよいと述べたことは認め、その余は否認ないし争う。
<4> 平成五年一〇月四日に大阪地方裁判所の裁判官室で九組司法修習生の一部が同席した懇談が行われ、原告及び村上教官が出席したこと、村上教官が原告の任官志望の意思を承知していたこと及び同教官が右懇談会の席上で原告に対し、原告は弁護士に向いているとの意見を述べたことは認め、その余は否認ないし争う。
<5> 平成五年一二月一日に九組司法修習生クラス会が開かれ、原告及び井上教官が出席し、会話を交わしたことは認め、その余は否認ないし争う。
<6> 原告主張の日時・場所において、前記<5>記載のクラス会のいわゆる二次会が開かれ、井上教官も出席し、原告と会話を交わしたことは認め、その余は否認ないし争う。
<7> 原告主張の日時・場所において、井上教官、原告及び平田修習生が懇談したことは認め、その余は否認ないし争う。
(2) 争う。
(3) 争う。
原告が主張する司法研修所教官の言動をもってしても、原告の自由な意思決定を妨げ又はそれに不当に干渉するものとは到底いえず、違法性を基礎づける事実とはなり得ない。
(4) 司法研修所教官は、司法修習生の人格識見の向上並びに司法に関する理論及び実務等の修得の指導に当たることを主たる職務とし、いずれも一〇年以上の法曹経験を有する者である。教官が、それぞれの法曹経験に基づき司法修習生を指導していく過程の中で、修習終了後の司法修習生の進路等についても、当該司法修習生の適性等を考慮しながら同人が円滑に実務の世界に入ることができるよう、自己の法曹経験を踏まえて、いわば先輩法曹として、適宜助言することを前記の職務に付随するものとして行っているため、この助言が国家賠償法一条一項の対象となることは争わない。
(二)(1) 認める。
(2) 争う。
<1> 争う(ただし、前段は認否しない)。
<2> 否認する。ただし、司法研修所長が、最高裁判所に常置された司法修習生考試委員会に対し、司法修習生の修習の成績を報告していることは認める。
<3> 平成六年三月二四日に最高裁判所において、第四六期司法修習生の裁判官志望者に対し採用面接が行われたこと、その際、最高裁判所人事局長が原告に対し、身上調書記載の尊敬している人物の理由、検察取調修習拒否の理由等について質問したことは認め、その余は否認ないし争う。
<4> 平成六年四月六日の時点で、原告について裁判所法四六条所定の欠格事由がなかったことは認める。
<5> 認める。
(3) 争う。
(4) 争う。
原告が侵害されたと主張する権利ないし利益は、畢竟、判事補に任命されるべき者に指名されることを求める権利自体、あるいはこれと不可分の内容であり、国家賠償法上保護されるべき法的利益には当たらない。したがって、この点に関する原告の主張は、主張自体失当である。
(三)(1) 認める。ただし、最高裁判所人事局長が、原告に関して述べたという趣旨であれば否認する。
最高裁判所人事局長は、原告の氏名等は一切明らかにしておらず、記者から不指名の理由を質問されたのに対し、人事に関することであるから理由は述べられないと答えるとともに、一般論として、修習中の成績、面接の結果等から能力、人格、識見等を総合的に判断して決められており、思想・信条や団体加入等とは関係ないと述べたに過ぎない。
(2) 認める。ただし、(1) と同趣旨である。
(3) 否認する。
この記者会見では、原告を特定しての言及はなく、判事補に任命されるべき者の指名に関する基準について、一般論としての発言がされたにとどまる。
(4) 争う。
原告主張の記者会見においては、原告に関する具体的事実の摘示もなく、原告の名誉に関する侵害はあり得ない。
(四)(1) 認める。
(2) 事件を担当した遠藤賢治裁判長らが、第一回口頭弁論期日を指定しなかったこと、答弁書催告状を付することなく訴状を送達したこと、口頭弁論期日を開かなかったことは認め、その余は否認ないし争う。
(3) 不知。
(4) 認める。
(5) 控訴審が口頭弁論期日を開かないで、平成七年三月三〇日に控訴を棄却する判決を言い渡したことは認め、その余は否認ないし争う。
(6) 争う。
原告の主張する事実関係によっても、右各事件の裁判所の訴訟指揮は、国家賠償法上はもとより訴訟法上も何ら違法とされる余地はない。
したがって、この点に関する原告の主張は主張自体失当である。
5 争う。
6 争う。
(原告の主張の補足について)
1 認否しない(認否の必要がない)。
2 頭書部分のうち、司法修習が前期修習及び後期修習からなることは認めるが、その余の主張の趣旨は争う。
(一) 第一段は概ね認め、第二段は不知、第三段のうち、原告がいわゆる箕面忠魂訴訟の原告補助参加人であったことは認めるが、その余は不知、第四段は認める。
(二) 不知。
(三) 原告が前期修習の判決起案に西暦を使用したことは認めるが、その余は不知。
(四) 昭和三八年に当時の相島一之司法研修所長がいわゆる「相島六原則」を表明したこと、原告が取調修習を行わなかったことは認めるが、その余は不知。
3 請求原因に対する認否・反論3の趣旨に反する部分は否認ないし争う。
4 請求原因に対する認否・反論3の趣旨に反する部分は否認ないし争う。
5 請求原因に対する認否・反論4の趣旨に反する部分は否認ないし争う。
6 争う。
7 争う。
四 争点
1 本件任官拒否は、国家賠償法一条一項の違法行為に当たるか。
2 司法研修所教官が原告に対して行った任官志望の撤回勧奨(判事補採用願が提出される前であるから、正確には「撤回勧奨」ではないが、便宜的に右表現をとる)・いわゆる「肩たたき」は、国家賠償法一条一項の違法行為に当たるか。
3 最高裁判所長官・同人事局長の行った記者会見は、国家賠償法一条一項の違法行為に当たるか。
4 原告が提起した行政事件訴訟の裁判手続は、国家賠償法一条一項の違法行為に当たるか。
第三争点に対する判断
一 前提となる事実
争いのない事実及び証拠(原告本人尋問の結果のほか、各項ごとに掲げる)並びに弁論の全趣旨(なお、被告からは、原告が提起した判事補指名拒否処分取消等請求訴訟の判決正本(乙一ないし三)を除き、原告本人尋問における反対尋問を含め、特段の立証・反証はない)によると、以下の事実が認められる。
1 原告は、平成三年一〇月、司法試験第二次試験に合格後、平成四年四月一日、最高裁判所により第四六期司法修習生に任命された。
原告の司法研修所におけるクラスは九組であり、実務修習地は大阪であった。[争いがない]
2 司法修習の課程は、司法研修所における前期修習、各配属地の実務庁ないし弁護士会における裁判、検察及び弁護の各実務修習、司法研修所における後期修習からなっている。
司法研修所における前期・後期修習は、民事裁判、刑事裁判、検察、民事弁護、刑事弁護の五科目に分かれ、クラスごとに、それぞれの実務法曹である教官一名ずつが担当している。
井上教官は、原告が配属された九組の民事裁判教官、村上教官は同じく刑事裁判教官であった。[争いがない]
3 本件任官拒否に至るまでの原告の言動等は、以下のとおりである。
(一) 司法修習前の社会的活動等
(1) 箕面忠魂碑訴訟の原告補助参加人として、訴訟や集会・弁護団会議に参加し、ニュースを編集・発行し、靖国神社や忠魂碑の歴史的背景を研究する戦史研究会を主宰した。
(2) 沖縄嘉手納基地のいわゆる一坪反戦地主訴訟の原告となった。
(3) 即位の礼・大嘗祭違憲訴訟の原告となり、右訴訟をいわゆる抜き打ち結審した裁判所に対し、抗議文を送る等した。
(4) 高校時代、朝鮮語学習会や差別問題研究会に所属し、韓国光州事件や障害者問題に関する上映会、文化祭問題、卒業式問題、「日の丸」掲揚反対運動等に取り組み、機関誌、ビラを編集・発行し、壁新聞を掲示し、集会を開いたほか、受験体制の矛盾や反原発を訴えるポスターを描いた。
(5) 高校卒業後、三名の教員の処分に反対する運動に取り組み、訴訟や集会に参加し、ニュース等を編集・発行した。
(6) 反天皇制、反戦・反安保、反核・反原発や空港反対、死刑反対、米韓大統領来日反対等の立場に立ち、その集会・デモ・ハンストに参加した。
(7) 大学時代、部落解放研究会に所属し、集会・デモに参加した。
(8) 「性の研究会」や「エホバの証人高校生排除問題を考える会」を友人らと作り、性の罪悪視や教育拒否権の問題について学習会を重ね、ニュース・パンフレット等を発行した。
(二) 前期修習・実務修習・後期修習における言動
(1) 前期修習最初の民事裁判の講義中に、憲法訴訟や行政訴訟等も講義内容に含まれるのかと質問するとともに、箕面忠魂碑訴訟の原告補助参加人であることを表明した。
(2) 前期修習の判決起案等において、複数の教官から、口頭や起案の添削を通じて、実務慣行に従い元号表示を用いるよう再三指導されたにもかかわらず、起案の提出日、起案に記載する事実ばかりか、事件番号(現在の裁判実務においては、各事件ごとに「平成〇年(ワ)第〇〇号」等の事件番号が付されている。これは、各事件固有の番号であって、単なる表示の問題ではない)等についてまでも、あらかじめ元号表示されているものについては訂正した上で、西暦表示をした。[甲三五ないし三九]
(3) 前期修習の検察講義において、検察教官が、「街のダニ」等の表現を用いて暴力団を厳しく批判したことを聞き咎め、批判した。
(4) 検察実務修習において主要な課程として実施されている発問方式の取調修習(司法修習生が被疑者に対し直接発問して取調べを行う方式の修習)に関し、法的に取調権限がない司法修習生が取調べを行うことは違法の疑いがあるとの見解に立ち、取調修習については全件傍聴方式が妥当であり、かつて相島一之司法研修所長が表明したいわゆる「相島六原則」が遵守されたとしても、通常行われている発問形式による取調修習に応ずるべきではないと考えていた。
そして、前期修習中、これに関する学習会を行い、その案内ビラを作成・配布するとともに、実務修習に先立ち、大阪地方検察庁に対し、ほかの司法修習生らと連名で、修習方法に関する要望書を提出し、検察実務修習開始の挨拶の際、同庁検事正に対し、この点について質問し、最終的に、取調修習を拒否した。
また、原告は、取調修習を拒否した者の席の配置が不自然である(拒否した者のグループの席と応じた者のグループの席とを別々にした)として、是正を求め、変更させた。[甲二九、三〇、四二ないし四七]
(5) 平成五年一一月二五日、後期修習初日のクラスオリエンテーションにおいて、各司法修習生が実務修習の感想や進路志望、抱負等について発言を求められた際、箕面忠魂碑訴訟の最高裁判決が言い渡され、原告敗訴が確定したことを報告し、右判決の理由は全く杜撰なもので判断の過程を何ら示していないと批判した上で、裁判官を志すことに決めた旨表明した。
(6) 平成六年二月一八日、後期修習最後の検察講義の際、司法研修所が編算した「民事判決起案の手引」の一頁「判決作成の目的」のうち「一般国民に対し、具体的な事件を通じ、法の内容を明らかにするとともに、裁判所の判断及び判断の過程を示すことによって裁判の公正を保障する」との部分を引用してそらんじ、裁判官を志望することを改めて表明した。
(三) 司法修習中のその他の社会的活動等
(1) 前期修習中、当時国会で審議されていた、いわゆるPKO法案の徹夜国会傍聴、反対集会、デモに参加したり、同期の司法修習生に「PKO法案反対緊急ひとことアピール」を呼びかけ、同アピール集を作成、配布した。[甲一九、二〇]
(2) 司法修習生主催の寮祭において、「『コリアと日本』を訪ねる会」として、いわゆる従軍慰安婦問題のビデオ上映会や、同問題に関する戦後補償訴訟の代理人である弁護士の講演会を開催した。[甲二一ないし二四]
(3) 司法修習生採用選考要領の国籍要件の撤廃を求める署名活動を行い、その連絡役となり、最高裁判所に提出し、その後記者会見を行った。
(4) 家庭裁判所実務修習中に、箕面忠魂碑訴訟の関連事件である遺族会補助金訴訟の原告補助参加人として口頭弁論に出頭するとの理由で、早退した。
(5) 平成五年二月一六日に箕面忠魂碑訴訟の最高裁判決が言い渡された後、原告補助参加人としてマスコミの取材に答えて右判決を批判し、訴訟を支援する会の事務局として抗議集会を主催した。
(6) 同年三月二九日、井上教官との個人面談で、民事裁判実務修習の感想を聞かれた際、配属部裁判官室において夫婦別姓の問題について議論となり、その際肯定的な意見を述べたと話した。
(7) 同年五月、第四六期司法修習生クラス連絡委員会が主催した「春の集会」で、箕面忠魂碑訴訟の最高裁判決を批判する分科会を主催した。
その際、原告は、「今日の健康<憲怠と憲忘期>」と題する以下の記載のある文書を配布した。
「3 最高裁判決の解剖
最高裁判決の解剖に基づく所見は、以下のとおりである。
…(略)…
(4) 総合鑑定(末期的な憲忘症)
4 司法状況の解剖
最高裁の憲忘症は、司法全体に蔓延しこれを侵している。
…(略)…
(3) 総合鑑定(極度の憲怠期)
5 治癒の見込み
…(略)…
ひとりでも多くの裁判官が、このように、『圧力に屈しない勇気』を持ち『良心に従い法律解釈』し『一切妥協しない』との立場を貫き、『日本刀』によって『判決は変わらない』ことを毅然と示すことが、傷を治癒する唯一の道である。
とはいっても、…(略)…勇気のある裁判官が何人いるか。多くの裁判官がそのような勇気を持ちえないのは、安易に『圧力に屈する』ことを覚え『妥協する』ことに慣れてしまった者が、そもそも裁判官になってしまっているからではないか。
その意味で、私は、司法研修所において、憲法訴訟の修習はおろか、裁判官の独立(憲法七六条三項)の精神すら触れられないことに、大変不満を持つものである。むしろ、教官の『指導』を闇雲に信じることが良しとされていないか。また、俗に『肩たたき』『逆肩たたき』と呼ばれる不明朗な任官システムが横行していないか。…(略)…」
(8) 同年一一月二五日(後期修習初日)に発行された青年法律家協会第四六期司法修習生部会の機関誌である「青法協通信」増刊号に、裁判官志望者として唯一実名で投稿し(なお、原告は、同会の会員ではなかった)、「謹んでお請けします。裁判官の名を汚さぬよう、良心に従い独立して職権を行い、憲法及び法律にのみ拘束されます。」との表題の下に、箕面忠魂碑訴訟の関連事件である遺族会補助金訴訟に関し「住民訴訟だから、私が任官すると、初任地によっては、箕面市民でなくなり補助参加適格を失うことになる。当然、任官する以上、その覚悟はある。」(初任地次第では、補助参加人でなくなることを覚悟した上での任官志望である)とし、「裁判官はそれぞれの個性を生かし、慣行や圧力に屈せず、独自の判決を下すことが、司法における言論の自由であり、真の司法の独立だ。」との箕面忠魂碑訴訟の第一審裁判長の言葉を引用したり、いわゆる肩たたき等裁判官任用制度の不明朗さを批判した。[甲三二]
(9) なお、原告は、本人尋問においても、「およそ任官志望者は萎縮しており、自主的活動には目もくれず、ほとんどノータッチだと感じられ、司法研修所の教官も、成績をとにかく頑張れとあおることによって、自主的活動に関与することはもちろん、弁護士志望者との交わりすら避けさせようと持って行っているように考えられる。」との供述をしているとおり、司法研修所教官のみならず、他の司法修習生、なかんずく任官志望者に対しても批判的な見解を抱いていた。
4(一) 井上・村上教官は、原告に対し、以下の言動をとった(なお、原告は、井上・村上教官の発言内容を詳細に記憶している理由として、各発言のあった直後に、原告自身や同席した司法修習生がメモを残していたと供述している)。
(1) 平成五年三月二九日
井上教官は、民事裁判実務修習中である同日、大阪高等・地方・簡易裁判所別館の会議室において、大阪に配属された第四六期九組司法修習生の個人面談を行った。
その際、同教官は、原告が、裁判官志望であると伝えたところ、「ああそう、裁判官に。」「まあ、この後、夕方に飲み会があるから、その場で、またみんなと楽しくやろうじゃないか。」と答えた。
そして、同教官は、同日午後六時ころから同裁判所付近の飲食店「いちげん屋」で開かれたクラス会の席上、「そういえば、さっき任官志望とか何とかいってたけど、神坂君が裁判官になったら危ない。」「というのは、僕は、神坂君のことをカミソリ神坂だと思ってたんだ。とにかく要件事実がすごく得意だったろう。」「民裁では、クラスで一番できてたよ。」「でもね、実務っていうのは、違うんだ、要件事実のようなカミソリばかりで、ずったばった切ってしまったんでは、根本的に解決しない。まああれだな、少し鈍ったようなナタで当事者の主張を聞いて集めて、この辺りが落ち着きどころかなというのを見極めるのが一番大事なんだよ。」と言った。
また、同教官は、「裁判官になっても、洋暦でやるんだろ。それじゃ駄目だよ。」「それに、取調修習をやってないの。駄目だよやらないと。」等と言い、原告が西暦起案や取調修習についての自分の考え等反論を述べたのに対しても、「そんなことじゃ駄目だよ。」と応じた。
(2) 同年七月三〇日
井上教官は、同日午後六時ころから八時ころまで開かれた和歌山県高野山の宿坊における夏季中間合同研修の懇親会において、原告に対し、「前に任官希望とか何とか言ってたから気にしていたんだけど、どう、(法律)事務所は決まった。」と問いかけ、原告が、まだ任官希望である旨答えると、「えっ、まだ任官希望なの。もう遅いよ、早く言ってくれないと。」と言った。
これに対し、原告が、前から言っていたではないかと問い質すと、同教官は、「この席では、ちょっとその話はやめとこうか。でも、今からじゃ難しいな。」と答え、その後一言二言会話を交わしただけで、全体として五分も話さないうちに席を離れた。
(3) 同年九月七日
井上教官は、実務修習期間中である同日午後一〇時一〇分ころから一一時ころまで、原告宅に電話し、「村上教官とも、神坂君は裁判官よりも弁護士に向いているという風に話してたんだけど、その後どうしたのかなと思って。」「神坂君が裁判官になったら、苦労するんじゃないか、物足りないんじゃないか、同僚とうまくいかなくなるんじゃないか。なかなか続かないと思ってね。基本的に合議で進めていく仕事だからね。」「弁護士だったら饒舌でもいいけれど、裁判官は違うんだ。当事者双方の主張をじっと聞いて、ここはこうすればという、そういうやり方だからね。神坂君は弁護士タイプだと思うよ。」「神坂君なりにいろいろ考えてるんだろうけれども、この際はっきりいっておくよ。裁判官は十中八九駄目だろう。私が決める訳じゃないから、何ともいえないんだけれども。」等と言った。
また、同教官は、「成績は問題ないよ。おそらく民裁はトップクラスだろう。悪いのはこの今の時世だな。弁護士事務所が決まらない人もいたりとかして、任官希望者が一〇〇を優に超えるだろう。だから、例えば成績が悪い人とか、人柄に問題のあるという人にはこうやって、駄目だとか難しいと言ってるんだよ。」等と言った。
これに対し、原告が、「私の人柄が悪いとおっしゃるんですか。」と問い質すと、同教官は、「まあ、そういうことかな。」と応じ、原告が、「私の人柄のどこが悪いんですか。」と問い質すと、同教官は、「まずは西暦だな。そういう判決を書いたら当事者が怪訝に思うはずだ。」「あくまで西暦というのは典型的な話だ。西暦に関しては、別に思想的な背景を云々しようという訳じゃないんだ。なぜ内容的なことじゃなくて、形式的なことにとらわれているんだ。」と言った。
そして、同教官は、原告が、西暦起案に対する自分の考えや、実務修習中は指導担当裁判官の便宜を考え、西暦起案と元号起案の二通を用意する等したこと、任官しても、例えば合議であれば通らないのだから、実務との折り合いを考えながらやっていきたいと言うと、「合議ではやらないと言っても、単独ではやるだろう。やらないと言っても、裁判官は法律と良心のみに基づいてやるんだから、できちゃうんだよな。」「刑裁の村上さんも西暦を元号に直してると言ってたよ。それから弁護の春原さんも、神坂君は西暦で記載していたという風に聞いた。どうも一風変わってるなという風な印象が教官の最初の印象だったようだよ。」「何でそういう形式的なことにこだわるのか。法的な根拠がなくても元号法はあるし、慣行でもあるし、でも最後まで考え直さなかったじゃないか。普通なら、教官に言われたら、ああそうかと直すはずなんだけどな。最後まで直さなかったじゃないか。」「とにかく成績は優秀でも、人柄については前期中に教官が見たところで判断するほかないからね。」と応じた。
さらに、同教官は、原告が、「人柄が悪い人は弁護士にもなれないのではないか。」と問い質すと、「人柄というか、適性だね。」「神坂君は論理的思考は好きだから、まあ問題ないかもしれないけど、論理的思考だけでも駄目なんだな。切れ過ぎるのも難しいんだ。あるいは成績が良過ぎるっていうのも考えものだ。ほどほどがいいんだ。平凡が一番なんだよ。平凡が。」と言い、最後に「私だけで心もとなかったら、村上教官にも一度聞いてみたらいいよ。井上教官はこう言っていたけど、どう思いますかって。また何かあったら、電話ちょうだいよ。」と言って、電話を切った。
(4) 同年一〇月四日
村上教官は、実務修習期間中である同日、大阪地方裁判所第一四刑事部裁判官室で開かれた新任判事補二名及び原告を含む第四六期司法修習生二名(いずれも、同教官が担当したクラスの者であった)が参加した懇親会の席上、原告に対し、「将来はどうするの。」「来年三月の件だよ。事務所はもう決まったの。」「井上教官からも、すべてじゃないけどいろいろ聞いてはいるんだけど。」「神坂君はやっぱり弁護士に向いてるんじゃないかと思ってね。」「確かに、事件の種類も多いし、そういう意味の魅力はあるよ。ただやっぱり検察官もそうだけれども、やはり自分で仕事を選ぶことはできないんだな。その点弁護士は自分で仕事を選んでやっていける。神坂君はそういうのに向いているんじゃないか。」「私としては長く裁判官をやってきてるから、何に向いてるかよく分かるんだよ。」「神坂君のようにアクティブで創造的な人は、むしろ弁護士になった方がいいと思うんだ。」等と言った。
そして、同教官は、懇親会の最後に、同じクラスで大阪に配属された他の司法修習生の進路を聞いた後、「そうすると、事務所も決めずに宙ぶらりんなのは、神坂君だけか。」と言い、原告が、「いえいえ、さっきから私言ってますように、任官志望じゃないですか。」と言うと、「ゆっくり考えた方がいいと言ってるだけだよ。」と言い、原告が、「もう十分考えましたから。」と応ずると、「ハハハ、そうか。」と言った。
(5) 同年一二月一日・一次会
井上教官は、後期修習が始まって間もなくで、判事補採用願の用紙取寄せ・受付けが始まる前日である同日夕方から、司法研修所付近の飲食店「赤ちょうちん」において開かれた懇親会において、原告の席に赴き、「どう、もう事務所は決まった。」「まだ決めてないの。神坂君はやっぱり弁護士に向いてるよ。」と言った。
その際、同教官は、付近にいた原告を支持する司法修習生から、額や膝を平手で強く叩かれる等して「やめて下さい。」と制止されたため、「神坂君はやっぱり弁護士に向いてるよ。みんなもそう思うだろ。」と言って席を立った。
(6) 同日・二次会
井上教官は、同日、午後八時ころから、司法研修所付近のいわゆるカラオケボックス「ZIP」で開かれた二次会の席上、原告と平田修習生が同教官らによる任官志望撤回勧奨等について話していたところ、両名の席に赴き、「神坂君は弁護士になった方がいいよ。」「神坂君は本当に任官に向いていないと思う。」と言い、原告と平田修習生を「二次会(正確には三次会)に行こう。そこで議論しよう。」と誘った。
そして、同教官は、三次会の会場に向かう路上、「神坂君が任官すると、敗訴した当事者が必ず神坂君の過去の経歴を調べ上げて、それを上訴理由の中に書いてくる。」と言った。
(7) 同日・三次会
井上教官は、同日、午後一〇時半過ぎころから、JR御徒町駅付近の飲食店で、原告と平田修習生との三名で開かれた三次会の席上、原告から、同教官の路上での発言中に「経歴」という言葉が出たことに関し、箕面忠魂碑訴訟の補助参加人をやっていたことが問題なのかと聞かれ、「そうだ。君は確信を持ってやっている。そういう人は裁判官には向かない。弁護士になった方が君のためだ。」と答えた。
これに対し、原告が、「忠魂碑訴訟を担当してやりたいから裁判官を目指しているわけではない。」「いわゆる左翼の人にも批判的というか、厳しいつもりだ。」と反論すると、同教官は、「いやあ。」と首を大きく横に振り、「特定の政治的立場を持っている人は裁判官に向かない、そのような人は裁判官にはいない。裁判所というのは、政治的に厳正に中立であることが必要だ。」「裁判官もいろいろ自由闊達に議論することは望ましいけれども、だけど、それは裁判所の中での話だ。外に出すこととは違うんだ。出してはならないんだ。」等と答えた。
さらに、同教官は、「訴訟をやっている人、当事者というのは裁判官に向かない。」と言い、これに対し、平田修習生らから「裁判官といえども交通事故や離婚により訴訟をしなければならない場合もあるはずだ。」等と反論されると、「まあ、それはそうだが、君の場合は訴訟がね。」と言った。
また、原告らが、原告の能力に何か問題があると判断しているか、起案の中でバランスが人とずれていると感じたことがあるかと聞いたのに対し、「いや、そういうことはない、そういう訳ではない。」と答えた。
そして、同教官は、午後一二時ころ、議論も終わりという雰囲気になって、平田修習生から、「教官、神坂の推薦状はどうなるんですか。」と問われると、「書けないね。君のことを適任だと推薦することはできない。むしろ不適任と書いて出すほかないな。そういうほかないね。もちろん私が決めるのではなく、最高裁人事局の決めることだが、私が最高裁人事局の人間だったら君を採用しない。そう言うほかはない。」と言い、最後に「とにかく神坂君、本当にもう一度、真剣に考えてくれ。」と言った。
その後、同教官は、原告と別れた後、平田修習生と一緒になった帰路の電車の中で、「ああ、そういえば、神坂君が後期修習最初の時に、箕面忠魂碑訴訟が最高裁判所で敗訴になったということを言っていたね。あれが決定的だった。」と言った。
これについて、平田修習生は、後日、原告に対し、「どうもあの言によれば、井上教官は、神坂が箕面忠魂碑訴訟の方から組織的に裁判所に送り込まれようとしているというような、何かそういう誤解をしているみたいだ。」と話した。
(二) その後、井上・村上教官は、原告に対し、格別の働き掛けをしていない。[争いがない]
(三) なお、以上の井上・村上教官の原告に対する任官志望の撤回勧奨は、原告の口を通して、周囲の司法修習生や原告の知り合いの新聞記者らの知るところとなり、原告は、有志の司法修習生らとともに、他の任官志望撤回勧奨事例の情報収集や、原告が任官を拒否された場合にとるべき行動について準備を進めた。
5(一) 原告は、平成六年一月一八日、所定の書類を添付して、判事補採用願を提出した。[争いがない]
(二) その際、添付書類である身上調書の「尊敬している人物」欄に「大岡昇平」と、「自分の性格」欄に「長所‥温厚 短所‥凝り性」と、「親しくしている知人友人」欄に原告が長年介護に当たってきた身体障害者を(ただし、氏名、職業、現住所、関係(原告は単に「友人」と記載)のみの記載であり、それ自体からは右具体的事情は判別できない)、「裁判官を志望した動機」欄に、前記「民事判決起案の手引」の文言を引用し、「このことを実践していきたいという思いが、実務修習中の裁判官の方々との出会いを通じて強まり、裁判官志望を固めるに至った。できるだけ広い視野で、真面目にコツコツ仕事をしたい。」と記載した。[甲五〇]
6 原告は、平成六年三月二四日、最高裁判所において、第四六期司法修習生の判事補採用希望者に対する採用面接を受けたが、その際、最高裁判所人事局長らから、出身大学及び入学年度、大学在籍年数、司法試験受験回数、大学卒業後の職歴、司法試験受験の動機、身内の法曹関係者の有無、身上調書に記載した「尊敬している人物」、「裁判官を志望した動機」欄の「できるだけ広い視野」の意味、原告の任官志望に対する実務修習担当弁護士らの意見、実務修習の修習内容(これに対し、原告は、検察取調修習を拒否したこと、その理由、代わりに取り組んだ修習内容を詳細に答えた)、任地の希望、家族関係、身上調書に記載した「自分の性格」の具体的意味、二回試験の感想について質問された。
他の採用希望者に対する面接が平均七、八分であったのに対し、原告に対する面接は、約二五分に及んだ。
7 原告は、平成六年四月一日、司法修習生の修習を終え、判事補の任命資格を取得した。[争いがない]
8 最高裁判所は、同年四月六日、裁判官会議を開いて、判事補採用願を提出した第四六期司法修習生一〇五名のうち、原告を除く一〇四名を判事補に任命されるべき者に指名する旨決定し、原告に対し、最高裁判所人事局長名で、「あなたは、不採用と決定されました」と通知した。[争いがない]
9 原告には、同年四月六日当時、裁判所法四六条所定の裁判官任命の欠格事由はなかった。[争いがない]
また、司法研修所の成績については、井上教官から前期修習の民事裁判について、また、民事弁護教官からは前期・後期民事弁護について、いずれも極めて優秀であると言われていた。
10 最高裁判所は、現在に至るまで、原告の再三の要求にもかかわらず、本件任官拒否の理由を一切開示していない。ただし、この点は、原告に対してのみ開示を拒否したものではなく、過去においても、同様の任官拒否の事例について、理由を公表していない。[争いがない]
11(一) 最高裁判所人事局長は、本件任官拒否がなされた同年四月六日、判事補に任命されるべき者を指名する裁判官会議の後に行われる恒例の記者会見において、「研修所の成績、実務庁の成績、二回試験の成績、面接の結果等から、能力、人格(なお、これを報道した全国紙各紙の記事(甲五二ないし五五)では、「人格」ではなく「人柄」となっている)、識見等を総合的に判断して決定した。思想・信条や団体加入等とは関係がない。」「一〇四人の採用は、昭和二五年の一〇六人に次ぐ史上二番目の大量採用である。」等と述べた。
なお、原告も、右同日の夕刻、前記不採用通知を受けるや直ちに、東京都霞ヶ関の司法記者クラブにおいて記者会見を行い、本件任官拒否は思想・信条による差別である等と批判した。
そして、翌日の全国紙各紙に、最高裁判所人事局長の発言、原告の発言、原告の実名及び顔写真が掲載された。[甲五二ないし五五]
(二) 最高裁判所長官は、同年五月二日ころ、憲法記念日を前に定例の記者会見を行い、本件任官拒否について質問され、「人事は総合的な判断。思想・信条による差別ということはない。」「むしろ裁判官にはいろいろな考えを持った人がいる方が当たり前だ。」「一般論として、公正中立な立場を持つことは裁判官倫理として要請される。思想・信条を制約されることはないが、政治活動は慎まなければならない。」「(選考基準の公表を求める声に対し)人事は秘密としてきた従来の考え方は正しいと思う。」「政治活動は、外に打って出るということ。思想・信条とは違う。」と述べ、これが翌日の全国紙各紙に掲載された。[甲五六ないし五八]
12(一) 原告は、平成六年七月四日、東京地方裁判所に対し、最高裁判所を被告として、判事補指名拒否処分取消等請求事件訴訟(平成六年(行ウ)第二一一号)を提起した。[争いがない]
(二) 右事件の第一審裁判所は、第一回口頭弁論期日を指定することなく、また、答弁書催告状を付することもなく訴状を送達し、口頭弁論を開かないまま、同年一二月二二日、「原告の本件訴えは、いずれも抗告訴訟の適法要件を欠く不適法なものであり、その欠缺を補正することができない。」として、訴えを却下するとの判決を言い渡した。[乙一]
(三) 右事件の控訴審裁判所は、原告からの進行に関する問い合わせに対し、構成が未決定であるとのみ回答したまま、平成七年三月三〇日、口頭弁論を開くことなく、第一審とほぼ同様の理由で、控訴を棄却するとの判決を言い渡した。[乙二]
(四) 最高裁判所は、同年一二月一五日、右事件についての原告からの上告に対し、原審の判断は正当であり、その過程に所論の違法はないとして、これを棄却するとの判決を言い渡した。[乙三]
二 争点1について
1(一) 憲法八〇条一項前段には、下級裁判所裁判官(判事補もこれに含まれる)の任命は、最高裁判所の指名した者(以下「裁判官候補者」といい、判事補の場合は特に「判事補候補者」という)の名簿によって、内閣がこれを行うと規定されている。
裁判官は、その一人一人が司法権の担い手であって、その良心に従い独立してその職権を行使する存在であり(憲法七六条三項)、その採否(正確には、内閣による任命を受ける候補者とするか否か)は、内閣により指名ないし任命され、その後国民審査に付される一五名の最高裁判所裁判官をもって構成される裁判官会議の議を経てなされる極めて高度で重要な司法行政作用である。
司法権の独立は、それが具体的に行使される裁判手続において保障される必要があるのみならず、これと密接な関連を有する司法行政作用に関しても尊重されなければならないものであって、裁判官の任命は、規則制定権(憲法七七条一項)と並び、若しくはそれ以上に司法権の具体的行使と密接に関連するものである。
そこで、憲法は、最高裁判所長官の指名、その他の最高裁判所裁判官及び下級裁判所裁判官の任命について、内閣の権能とすることにより(六条二項、七九条一項、八〇条一項)、民主的統制を及ぼしつつ、下級裁判所裁判官任命候補者の指名を最高裁判所に委ねることにより、司法権の独立を保障しようとしたものと解される。
これを受けて、裁判所法も、判事補の採用について、「最高裁判所の指名した者の名簿によって、内閣でこれを任命する」(同法四〇条一項)、「司法修習生の修習を終えた者の中からこれを任命する」(同法四三条)と規定するほか、裁判官一般の欠格事由として、<1>禁錮以上の刑に処せられた者、<2>弾劾裁判所の罷免の裁判を受けた者を掲げるのみで(同法四六条)、他に特段の規定を置いていない。
したがって、判事補候補者の指名は、司法権の独立を保障する趣旨から、最高裁判所の広範な裁量に委ねられているものと解される。司法修習を終了していない者、所定の欠格事由を有する者を指名してはならないとの制約を除き、いかなる者が裁判官として適任であるかを判断するのは正に最高裁判所の裁量であり、人格・識見・能力の優劣(それ自体多義的な基準であるが)は判断の一基準ではあるとしても、絶対的なものではなく、それ以外の要素を付加して判断することも、法令や条理に反しない限りは妥当性の問題に過ぎず、違法性の問題とはなり得ない。
(二) そうすると、他の国家機関は、特段の事情がない限り、右決定に介入すべきではないし、その当否を軽々に論ずべきではない(個人や私的団体がその具体的妥当性について批判を含む言論を発表したり、国会等において、右の判事補採用制度を含む裁判官任用制度のあり方を議論・検討することは、もとより別論である)。この理は、司法の一翼を担う下級審裁判所といえども同様である(右決定の当否の判断は、憲法上規定された最高裁判所の権限の具体的行使そのものに対するものであり、具体的事件について、下級審裁判所が最高裁判所の判例と異なる判断を下すこととは全く意味が異なっている)。
(三) しかしながら、最高裁判所も憲法に基づいて設置された機関であり、憲法の各種人権規定に拘束されることはもとより当然であるし、憲法上裁判官候補者の採否の決定を委ねられたのも、その裁量権の行使が、適正になされるとの信頼に基礎づけられているからにほかならない。
したがって、裁判所法所定の欠格事由がない者について欠格事由があるとする等、判断の基礎とされた重要な事実に誤認があったり、思想・信条を理由とする等憲法上許容し得ない理由に基づく等、その判断が明白に合理性を欠く場合には、裁量権の逸脱ないし濫用であって、違法というべきである。
そして、かかる違法な裁量権の行使により判事補候補者として指名されなかった者は、思想・信条等により不合理な差別的取扱いを受けないという法的保護に値する利益が害された者として、国家賠償法一条一項の損害賠償を請求し得るものと解される。
(四) なお、被告は、およそ何人も判事補候補者に指名されることを求める権利を有するものではなく、原告が主張する「指名について不合理な差別的取扱いを受けないという法的利益」とは、結局、指名ないし任命を求める権利自体か、あるいはそれと不可分の内容というほかないから、原告の主張はそれ自体失当である旨主張する。
確かに、判事補候補者に指名されることを求める権利を基礎づける法的根拠はなく、この点は原告についても同様である。
しかしながら、原告の主張がそれ自体失当である旨の主張は、前述した理由により採用できない。
2 そこで、本件任官拒否が、最高裁判所の裁量権を逸脱ないし濫用したものであるかについて検討する。
(一) 原告は、<1>最高裁判所は、司法修習生採用選考の段階から判事補候補者選考の段階までの間の原告の言動等について調査の上、判事補として不適任であると評価したこと、<2>井上・村上教官は、箕面忠魂碑訴訟の補助参加人として参加したこと、判決起案で西暦を使用したこと、検察取調修習を拒否したこと等を理由として任官志望の撤回勧奨を行っているが(原告は、これを最高裁判所人事局の指示によるものと主張している)、同教官らによる裁判官任官志望の司法修習生の人格、成績、言動等に関する評価等は、司法研修所長を通じて最高裁判所に報告されており、判事補の採用に当たって重要な資料とされたこと、<3>最高裁判所人事局長らが、判事補採用希望者に対する採用面接において、身上調書記載の「尊敬している人物」の理由、検察取調修習拒否の理由等について、約二五分にわたって質問したこと、<4>原告には、裁判所法所定の欠格事由がなかったこと、<5>最高裁判所は、原告の再三の要求にもかかわらず、本件任官拒否の理由を一切開示しないことから、本件任官拒否が、原告の思想・信条を理由とするものであることは明白である旨主張する。
右事実のうち、<1>ないし<3>に関する当裁判所の認定は、前記一3ないし6のとおりであり、<4>、<5>は当事者間に争いがない。
(二)(1) まず、<3>の点については、原告が身上調書に記載した内容や実務修習の内容等、当然のことについて質問がなされたに過ぎないというべきである(身上調書の記載内容は前記のとおりであり、特に思想・信条を調査したものとはいえない)。
最高裁判所は、同人事局長の前記一11(一)の発言にもあるとおり、一般的に司法修習中の成績等の能力、人格(ないし人柄)、識見を判断の基準としており(裁判官の採用に当たって当然考慮すべき事項である)、人事局長らの質問内容は、正にこれらの事項に関するものである。
また、例えば「尊敬する人物」を「大岡昇平」とした理由についての原告の応答は、太平洋戦争に関し、感情先行ではなく、まず事実を正確に把握し、これに基づいて判断する姿勢に惹かれたというものであり、そこに思想差別の対象となる思想・信条が表れているとは認められない。
時間を要したのも、前記一6のとおり、原告の詳細にわたる応答によるところが大であると推認される。
(2) <4>については、本件任官拒否が、それ以外の理由であったことを示すものに過ぎない。
(3) <5>については、前記一10のとおり、最高裁判所は従来から任官拒否の理由を公表していないのであって、単に原告一人にとどまるものではない。
(4) そうすると、問題となるのは、<1>、<2>の事実である。
なお、被告は、最高裁判所が、本件任官拒否に当たり、<1>の事実を調査・認識していたことを争っており、直接証拠もないが、本件訴訟の経緯等にかんがみ、右事実を前提として、以下検討する。
(三)(1) 本件任官拒否を決定した最高裁判所の裁判官会議の議長である最高裁判所長官は、前記一11(二)のとおり、記者会見において、「一般論として、公正中立な立場を持つことは裁判官倫理として要請される。思想・信条を制約されることはないが、政治活動は慎まなければならない。」「政治活動は、外に打って出るということ。思想・信条とは違う。」と述べている。
また、最高裁判所は、平成一〇年一二月一日大法廷決定(判例時報一六六三号六六頁以下)において、「憲法は、近代民主主義国家の採る三権分立主義を採用している。その中で、司法は、法律上の紛争について、紛争当事者から独立した第三者である裁判所が、中立・公正な立場から法を適用し、具体的な法が何であるかを宣言して紛争を解決することによって、国民の自由と権利を守り、法秩序を維持することをその任務としている。このような司法権の担い手である裁判官は、中立・公正な立場に立つものでなければならず、その良心に従い独立してその職権を行い、憲法と法律にのみ拘束されるものとされ(憲法七六条三項)、また、その独立を保障するため、裁判官には手厚い身分保障がされている(憲法七八条ないし八〇条)のである。裁判官は、独立して中立・公正な立場に立ってその職務を行わなければならないのであるが、外見上も中立・公正を害さないように自律、自制すべきことが要請される。司法に対する国民の信頼は、具体的な裁判の内容の公正、裁判運営の適正はもとより当然のこととして、外見的にも中立・公正な裁判官の態度によって支えられるからである。したがって、裁判官は、いかなる勢力からも影響を受けることがあってはならず、とりわけ政治的な勢力との間には一線を画さなければならない。そのような要請は、司法の使命、本質から当然に導かれるところであり、現行憲法下における我が国の裁判官は、違憲立法審査権を有し、法令や処分の憲法適合性を審査することができ、また、行政事件や国家賠償請求事件等を取り扱い、立法府や行政府の行為の適否を判断する権限を有しているのであるから、特にその要請が強いというべきである。職務を離れた私人としての行為であっても、裁判官が政治的な勢力にくみする行動に及ぶときは、当該裁判官に中立・公正な裁判を期待することはできないと国民から見られるのは、避けられないところである。」との判断を示している。
(2) 以上によると、最高裁判所は、「裁判官はその実質において中立・公正であるのみならず、外見上も中立・公正を害さないよう自律、自制すべきこと(公正らしさ)が要請される」との立場に立っており、判事補の採用に当たっても、この点を考慮し、将来(任官後)において、裁判所及び裁判官の公正らしさを害さないか否かを重要な判断の基準としていることは明らかである。
(3) この判断基準の妥当性については、様々な批判もあり、原告も、「私の掲げる旗は『裁判官の市民的自由』だ。欧米では(国によって差はあるが)、裁判官が普通の市民・労働者として集会やデモ、署名運動に参加したり、組合を結成して裁判官不足を訴え増員を要求したりしている。だが、裁判官不足がより切実なのは日本だ。…その現状を変えるのは、何よりも労働者としての自らの声であるにもかかわらず、公然とは増員要求は上がらない。そうした状況下で蔓延するのは、当事者の意向を無視した訴訟指揮、まったく説得しようという気のない判決理由…。裁判所の“甘えの構造”をつきくずすことが必要だ。」「最高裁が司法研修所教官等の口を介して、陰に陽に示す“裁判官になれない理由”、その理由に妥当性はない。」と批判している。[甲五九]
また、右判断基準の適用に当たって、思想・信条や過去の活動(任官前は当然自由である)そのものを理由とすることは、憲法上保障されたこれらの自由を侵害するものであり、許されないのは当然である。
しかしながら、右判断基準は、前記最高裁判決の説示するところにかんがみると、妥当性について異論はあるにせよ、十分合理性があり、違憲・違法ではない。
(4) そこで、本件任官拒否が、最高裁判所の前記判断基準に照らし、裁量権の逸脱ないし濫用に当たるかについて検討する。
前記前提となる事実及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、<1>原告は、最高裁判所が、裁判官には外見上の公正らしさも要請されるとしていることや、判事補の採用に当たり、将来(任官後)、公正らしさを害するおそれがないかを重要な判断基準としていることに極めて批判的であり、<2>他の任官志望者は萎縮しており、原告が参加すべきであると考える自主活動等に見向きもしないとして、前記判断基準に従うことを潔しとしない旨をしばしば表明してきた者であって、<3>司法修習生の「春の集会」において、文書を配布したり、「青法協通信」に投稿すること等を通じて、いささか挑発的な論調で、「安易に『圧力に屈する』ことを覚え『妥協する』ことに慣れてしまった者が、そもそも裁判官になってしまっている。」として、現在の裁判所のあり方を批判し、<4>自己の信念を外部に表明して実現することに重きを置いており、外見上の公正らしさを保持することには価値を認めておらず、<5>他の司法修習生、とりわけ任官志望者の中で際立った存在であった、と認められる。
右事実によると、原告が判事補に任官した場合、原告に対し、公正らしさを保持する努力を期待することは困難であると考えられ、最高裁判所の前記判断基準に照らすと、裁判官としての適性に難があると判断されても、相当性を欠くとはいい難い。
(5) この点について、井上教官は、前記一4(一)のとおり、原告に対し、「(西暦表示に関し)最後まで直さなかった。単独になったらやるだろう。やらないといっても、独立だからできてしまう。」「君は確信を持ってやっている。」「裁判官もいろいろ自由闊達に議論することは好ましいけれども、だけど、それは裁判所の中での話だ。外に出すこととは違うんだ。出してはならないんだ。」「適任だと推薦することはできない。むしろ不適任と書いて出すほかない。」、また、平田修習生に対し、「(原告が)後期修習最初の時に、箕面忠魂碑訴訟が最高裁で敗訴になったということを言っていたね。あれが決定的だった。」といった発言をしているが(原告が箕面忠魂碑訴訟の補助参加人であることは既に原告が井上教官に明言していたし、最高裁判決で敗訴になったことも公然の事実であるから、右発言は、それらの事実自体ではなく、あえてそれに言及した上で任官志望を表明したことの問題性を指摘したものと解される)、右発言の趣旨全体に照らすと、同教官は、思想・信条や過去の活動そのものを問題にしたものではなく(このことは、同教官のそれまでの発言に照らせば、一層明らかである)、原告が、将来(任官後)、裁判所及び裁判官の公正らしさを害する行動をとるおそれがあること等を危惧し、判事補として適任でないとの評価をしていたものと認められる(前記発言は、井上教官のものであるが、村上教官も、同様な評価を持っていたものと推認できる)。司法研修所教官は、司法修習生に対する適切な進路指導を行うべく、自ら司法研修所における講義や懇親会等の機会を通じ、あるいは、同僚教官との意見交換や配属実務庁等の指導官らからの情報に接し、担当クラスの司法修習生の能力、人格ないし人柄、識見等の把握に努めているものであって、一般的にみて、その評価は、客観的資料に裏付けられていて、信頼に値するものであり、また、原告に対する評価についても、前記認定に照らすと、重大な誤りがあるとは認められない。
そして、井上・村上教官の原告に対する右評価は、司法研修所の評価として最高裁判所に報告され、本件任官拒否の有力な判断資料とされたものと推認するに難くない。
(6) そうすると、最高裁判所は、司法研修所の右評価に併せ、採用面接の結果等自らが調査し、把握していた原告の言動等から窺える性向等から、原告には、将来(任官後)、公正らしさを害するおそれがあり、裁判官として適任でないと評価したものであり、本件任官拒否が、原告の思想・信条や過去の活動等そのものを理由としたものでないことは明らかである。
(四) 以上によると、本件任官拒否は、前記<1>ないし<5>の事実をもってしても、原告の思想・信条に基づくものとは認められず、また、判断の基礎とされた重要な事実に誤認はなく、判断が明白に合理性を欠くものではないと認められるから、最高裁判所が、その裁量権を逸脱ないし濫用したものであるとは認められない。
3 そうすると、原告の本件任官拒否に関する請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
三 争点2について
1(一) 前記二1(一)のとおり、下級裁判所裁判官の任命は、最高裁判所の指名した者の名簿によって、内閣がこれを行うとされ、そのうち判事補の任命については、司法修習生の修習を終えた者の中から、最高裁判所の指名した者の名簿によって、内閣でこれを任命するとされている。
そして、判事補への任官を志望する司法修習生は、例年、司法修習が終了する年の一月ころ、司法研修所を通じて、最高裁判所に判事補採用願を提出し、一連の手続を経て、司法修習終了後であるその年の四月ころ、それらの者の中から、判事補候補者が指名されている(争いがない)。
右一連の過程において、司法修習生が、その内心において裁判官への任官を志望し、判事補採用願を提出する等そのための行動をとることは、当然、本人の自由な意思によるべきものであって、この点に法律上保護されるべき利益があることは明らかである。この点は、第四六期司法修習生であった原告についても、同様である。
(二) 一方、司法研修所教官は、司法修習生の人格識見の向上並びに司法に関する理論及び実務等の修得の指導に当たることを主たる職務とし、その過程の中で、修習終了後の司法修習生の進路等についても、その司法修習生の適性等を考慮しながら、同人が円滑に実務の世界に入ることができるよう、自己の法曹経験を踏まえて適宜助言することを職務に付随する行為として行っている。
その内容が、任官志望の撤回勧奨であっても、それは自発的に任官志望の撤回を勧める事実行為であって、法的には何らの拘束力もなく、任官志望者は、自由に意思決定をなし得るものである(原告がこの点を十分に理解していたことは、多言を要しない)。
ましてや、原告が主張するように、司法研修所の裁判教官が、任官志望者の裁判官としての適否について最高裁判所ないし司法研修所長に意見を報告しているのであれば、教官において、裁判官として適任でないと評価した任官志望者に対し、その旨を告げ、ほかの進路を勧めるべきであって、漫然とこれを放置することは、むしろ信義にもとるというべきである。
(三) とはいえ、任官志望の撤回勧奨が、その手段・方法において、説得の範囲を超えて多数回・長時間にわたったり、不利益を科す等と恫喝したり、虚偽の事実を告げて欺罔したり、名誉を毀損したり侮辱するような言辞を弄する等、社会通念上許容できないものであるような場合や、思想・信条による差別等不当な目的に基づくものであるときは、国家賠償法一条一項の違法行為を構成すると考えられる。
2 そこでまず、井上・村上教官による任官志望の撤回勧奨が、思想・信条による差別を目的とする等不当な目的で行われたかについて検討するに、前記二でみたとおり、同教官らは、原告を裁判官として適任でないと評価していたが、それは、思想・信条を理由とするものではないと認められるから、本件任官志望の撤回勧奨も、同様に、思想・信条を理由とするものではないと認められる。
3 次に、井上・村上教官の言動が、客観的にみて、社会通念上許容できる限度を超えていたかについて検討する。
(一) 平成五年三月二九日の井上教官の言動(前記一4(一)(1) )について
右発言は、<1>大阪修習クラス懇親会という酒も入り気楽で打ち解けた場においてなされたものであり、<2>時間的にさほど長時間にわたったものでもなく、<3>不利益を科す等と恫喝したり、欺罔したものでもない。
「神坂君が裁判官になったら危ない。」との発言も、前後の文脈に照らすと、原告には高い論理的思考能力があるが、裁判官が適切な事件処理をするためには、カミソリのような鋭さよりも、少しなまったナタの方が向いているとしたもので、客観的にみて、原告の人格を貶める趣旨ではなく、社会通念上許容できる限度を超えたものではない。
(二) 平成五年七月三〇日の井上教官の発言(前記一4(一)(2) )について
右発言は、<1>合同研修の懇親会という酒も入り気楽で打ち解けた場においてなされたもので、<2>時間的には極めて短時間のものであり、<3>恫喝に当たるものでもなく、<4>原告の人格を誹謗したものでもない。
「もう遅いよ、早く言ってくれないと。」との発言は、前記一4(一)(1) のとおり、同年三月二九日に原告が任官志望を伝えていることからすると、原告に不快感を与えたにせよ、社会通念上許容できる限度を超えたものではない。
(三) 平成五年九月七日の井上教官の発言(前記一4(一)(3) )について
右発言は、<1>同教官から原告の自宅に電話してなされたもので、<2>時間は午後一〇時一〇分ころから約五〇分間にわたったとはいえ、原告と同教官のやりとりの結果であり、同教官が原告に強要した結果とは認められず、<3>恫喝や欺罔に当たるものでもない。
「まあそういう(人柄が悪いという)ことかな。」との表現は、一見すると原告の人格に対する否定的な評価であるが、前後の文脈に照らすと、西暦表示に固執する傾向を例示して、裁判官としての適性に言及したものであり、客観的にみて、社会通念上許容できる限度を超えたものではない。
(四) 平成五年一〇月四日の村上教官の発言(前記一4(一)(4) )について
右発言は、<1>大阪地方裁判所の裁判官室における懇親会という気楽で打ち解けた場においてなされたものであり、<2>一連の会話としてなされたもので、時間的にさほど長時間にわたったものでもなく、<3>恫喝や欺罔に当たるものでもなく、<4>その内容も、「原告は裁判官でなく弁護士に向いている。」というもので、原告の人格を誹謗したものではない。
(五)平成五年一二月一日の井上教官の言動について
(1) 一次会・二次会の発言(前記一4(一)(5) 、(6) )について
右発言は、<1>司法修習生の懇親会という酒も入り気楽で打ち解けた場においてなされたものであり、<2>時間的には短時間のものであり、<3>恫喝や欺罔に当たるものでもない。
発言内容については、原告が、後期修習の初日、クラスにおいて任官志望であることを表明していたにもかかわらず、「もう事務所は決まったか。」「原告は弁護士に向いている。」というものであり、客観的にみて、同教官が、原告を裁判官として適任でないと考えている旨をかなり直截に表したものとなっているが、前記の司法研修所教官の職責に鑑みると、社会通念上許容できる限度を超えたものではない。
(2) 三次会の言動(前記一4(一)(7) )について
右言動は、<1>二次会の後、井上教官自らが誘った平田修習生も同席する酒席においてなされたものであり、<2>原告、井上教官、平田修習生が率直、活発に議論を交わす過程でなされたものであり、<3>恫喝や欺罔に当たるものでもない。
その内容も、全体的にみると、前記二2(三)(5) のとおり、裁判官には公正らしさが要求されるとの立場から、原告を裁判官として適任でないとするものであり、社会通念上許容できる限度を超えたものではない。
(六) なお、以上の言動は、これを全体的・総合的にみても、司法研修所教官としての説得の域を超えたものではなく、社会通念上許容できる限度を超えたものではない。
4 なお、原告は、井上・村上教官の任官志望の撤回勧奨は、最高裁判所人事局の指示を受けたものであることを強調するが、その違法性は、結局、本件任官拒否自体の違法性の有無に帰着するから(前記二のとおり、この点について違法性はない)、右認定を左右するものではない。
5 確かに、原告本人尋問の結果によると、原告が、井上・村上教官の発言によって、自らが進むべき進路を妨害されていると感じ、屈辱感や無力感を味わい、鬱々として後期修習を過ごしたことは察せられるが、それはつまるところ、裁判官としての任官が困難であることを告げられたことによるものであり、前記1(二)のとおり、司法研修所教官の職責の遂行上やむを得ないところであって、それ自体を違法ということはできない。
6 そうすると、井上・村上教官による任官志望の撤回勧奨は、国家賠償法一条一項の違法行為を構成するものではなく、この点に関する原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
四 争点3について
1 最高裁判所長官及び同人事局長の記者会見における発言内容(以下「本件発言」という)は、前記一11のとおりである。
2(一) 原告は、本件発言により、原告が裁判官としての適性を欠き、能力が劣っていたとの虚偽の事実を広く社会に流布されたため、名誉権を著しく侵害され、侮辱された旨主張する。
(二) 確かに、本件発言において、原告の氏名は公表されていないが、前記一4(三)のとおり、原告は、一定範囲の者の間において、任官を拒否される可能性が高い者として知られる存在となっており、また、原告が同じ日に記者会見を行ったことから、任官を拒否されたのが原告であることは社会一般に広く知られることとなったことは否定できない。
(三) そして、原告は、本人尋問において、「最高裁長官らの発言は、思想・信条を理由として本件任官拒否をしながら、これを否定して能力、人格、識見を問題とするものであり、本件任官拒否の真相から世間の目をそらすための悪質なキャンペーンであると感じた。」と供述している。
3 しかしながら、前記一11のとおり、<1>最高裁判所人事局長の記者会見、最高裁判所長官の記者会見は、いずれも恒例のものであって、本件任官拒否を報告するためにあえて行われたものではなく、<2>原告の名も明示しておらず、<3>判事補に任命されるべき者の指名に関する一般論が述べられたものであるところ、その内容は、従前からいわれてきたところであって、<4>原告に関する具体的な事実や評価の摘示もない。
また、本件任官拒否が、原告の思想・信条を理由としたものでないことは、前記二のとおりであるから、本件発言が、原告本人が供述するような目的のためのものであるとはいえない。
4 そうすると、本件発言は、およそ国家賠償法一条一項の違法行為を構成するものではなく、この点に関する原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
五 争点4について
1 原告が、平成六年七月四日、東京地方裁判所に対し、最高裁判所を被告として、判事補指名拒否処分取消等請求訴訟(平成六年(行ウ)第二一一号)を提起したこと、右事件の第一審裁判所が、第一回口頭弁論期日を指定することなく、また、答弁書催告状を付することもなく訴状を送達し、口頭弁論を開かず、同年一二月二二日、原告の訴えを却下する判決を言い渡したこと、右事件の控訴審裁判所が、平成七年三月三〇日、口頭弁論を開くことなく、控訴棄却の判決を言い渡したことは、前記一12のとおりである。
2 原告は、右訴訟の第一審及び控訴審担当の各裁判所の訴訟指揮により、裁判を受ける権利を侵害された旨主張する。
3 しかしながら、右訴訟は、いずれも抗告訴訟の適法要件を欠く不適法なものであるところ(乙一ないし三)、当時施行されていた旧民事訴訟法によると、不適法な訴えであってその欠缺を補正することができない場合には、第一審においても、控訴審においても、口頭弁論期日を経ないで訴えを却下することができ(行政事件訴訟法七条、旧民事訴訟法二〇二条)、その場合、当事者に対し判決言渡期日の告知及び呼出手続をする必要はないと解されるから、各裁判所の訴訟指揮に何らの違法もないことは明らかである。
4 そうすると、原告が提起した行政事件訴訟の裁判手続は、およそ国家賠償法上の違法行為を構成するものではなく、この点に関する原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
第四結語
以上のとおり、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤嘉彦 裁判官 坪井祐子 裁判官 頼晋一)
別紙
代理人目録(一)
秋田真志 臼田和雄 加納雄二 秋田仁志 江角健一 河村武信 青木佳史 江野尻正明 笠松健一 赤津加奈美 奥村秀二 蒲田豊彦 赤沢敬之 岡本栄市 鎌田幸夫 伊東良徳 太田真美 冠木克彦 井奥圭介 太田隆徳 川下清 岩城穣 大久保康弘 片見富士夫 岩本朗 加島宏 岸本達司 生沼寿彦 加藤清和 金竜介 石田法子 加藤高志 北本修二 飯島歩 城塚健之 熊野勝之 國本敏子 島尾恵理 武村二三夫 越尾邦仁 須田滋 津田広克 児玉憲夫 杉本吉史 辻公雄 小山操子 鈴木含美 寺田太 小坂井久 環直彌 出井義行 佐井孝和 瀧康暢 徳井義幸 阪口徳雄 谷智恵子 徳永豪男 桜井健雄 谷英樹 富崎正人 里見和夫 竹下政行 豊川義明 財前昌和 田中泰雄 乕田喜代隆 阪田健夫 田中稔子 中北龍太郎 下川和男 田中厚 山川元庸 重村達郎 松田繁三 山口健一 中道武美 松丸正 幸長裕美 中嶋弘 松本剛 湯川二朗 中島光孝 松井忠義 雪田樹理 長野真一郎 正木孝明 吉川法生 長尾博史 正木みどり 吉川実 西村正治 宮地光子 養父知美 西晃 峯本耕治 脇山拓 野間啓 明賀英樹 福森亮二 原野早知子 森下弘 山崎浩一 早川光俊 藤木邦顕 山下潔 安富巌
以上
別紙
代理人目録(二)
齊木敏文 岩坪朗彦 小沢満寿男 関口正木 下野恭裕 宮武康 玉井勝洋 蔵田一弘
以上