大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成7年(ワ)4435号 判決 1997年3月21日

本訴原告・反訴被告(以下「原告」という)

A

右訴訟代理人弁護士

西中務

本訴被告・反訴原告(以下「被告」という)

第一自動車工業株式会社

右代表者代表取締役

飯野利雄

右訴訟代理人弁護士

吉田大地

主文

一  本訴について

1  本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)に対し、金一一万円及びこれに対する平成七年五月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  本訴原告(反訴被告)のその余の請求を棄却する。

二  反訴について

本訴原告(反訴被告)は、本訴被告(反訴原告)に対し、金一六二万八〇五五円及びこれに対する平成七年七月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、本訴、反訴とも、本訴原告(反訴被告)の負担とする。

四  この判決の第一項1及び第二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

(本訴)

一  請求の趣旨

1 被告は、原告に対し、金五三二万五一七三円及び内金五二六万六七四三円に対しては平成七年五月一九日から、内金五万八四三〇円に対しては平成八年一一月二二日から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴)

一  請求の趣旨

1 原告は、被告に対し、金一六二万八〇五五円及びこれに対する平成七年七月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

一  当事者間に争いのない事実

1  被告は、自動車の修理等を業とする会社であり、原告は、昭和四三年二月、被告に入社し、売掛金の請求や回収など経理全般の業務に従事していた。

なお、原告の平成五年一一月以前の給与は、月額四一万円であった。

2  被告は、給与支給日の平成五年一一月二五日、原告に対し、同月分の給与として三〇万円を支払った。

3  被告は、平成五年一一月二七日、原告に対し、経理上不正の疑いがあることを理由に、解雇の意思表示(以下「本件解雇」という)をしたが、解雇予告手当ての支払いはしなかった。

4  原告は、前記のとおり、被告の売掛金の請求や回収などの業務に従事していたが、得意先から回収した被告の売掛金につき、回収額の全部または一部が帳簿上入金として処理されておらず、右入金として処理されなかった金額の合計は、一六二万八〇五五円に及んでいる(そのうち、回収額の全部が入金処理されなかった分は別紙全額一覧表記載の合計八七万二九六〇円であり、一部が入金処理されなかった分は別紙差額一覧表記載の合計七五万五〇九五円である)。

二  当事者の主張

(本訴)

1 請求原因

(1) 原告は、平成五年一一月の給与として、四一万円の支給を受ける権利があるにもかかわらず、被告は、原告に対し、前記のとおり、三〇万円を支払っただけであり、差額の一一万円が未払いである。

(2) また、被告は、原告に対して、本件解雇を行ったにもかかわらず、原告の給与月額相当の四一万円の解雇予告手当の支払いをしない。

(3) さらに、原告は、被告に対し、昭和四二年九月ころに三五万円を、昭和六〇年ころまでに二九四万四五四三円を、それぞれ貸し渡したほか、平成元年二月二七日から平成五年九月三日までの間の貸金残金が合計一五一万〇六三〇円に達している(その詳細は、別紙融資明細表記載のとおり)にもかかわらず、被告は、その返済をしない。

(4) よって、原告は、被告に対し、平成五年一一月分の未払給与一一万円、解雇予告手当て四一万円及び貸付金残金の内金五三二万五一七三円四八〇万五一七三円に対しては弁済期後の平成七年五月一九日(訴状送達の日の翌日)から、内金五万八四三〇円に対しては平成八年一一月二二日(右金員の支払いを求めた訴変更申立書送達の日の翌日)から、それぞれ支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2 被告の主張

(1) 原告の平成五年一一月の給与については、被告が業績不振であったため、同月二五日よりも前に、被告代表者から同月の給与を三〇万円に減額する旨を通告し、原告はこれを承諾した。

(2) 原告は、前記のとおり、売掛金の一部を被告に入金せず、平成五年一一月二七日に、被告代表者がそのことを糺した際にも、十分な説明や資料の提示などの誠意ある対応をしないばかりでなく、かえって、被告代表者に対し、「こんな会社つぶしてやる。」などの暴言を吐いたため、本件解雇がなされたのである。

右のとおり、本件解雇は、原告の責に帰すべき理由による解雇であることが明らかであるから、被告には、解雇予告手当ての支払義務はない。

(反訴)

1 請求原因

(1) 前記のとおり、原告は、売掛金合計一六二万八〇五五円を被告に入金しなかったのであるが、この金員は、原告が着服したとしか考えられず、したがって、原告の右行為が、被告に対する不法行為を構成することは明らかである。

(2) よって、被告は、原告に対し、不法行為に基づき、損害金一六二万八〇五五円及びこれに対する弁済期後である平成七年七月一一日(反訴状送達の日の翌日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2 原告の主張

被告においては、代表者や従業員に対し、経理処理上表面化できない給与や賞与の支払いをしていたが、原告は、その原資を捻出するため、被告代表者の了解のもとに、原告が回収した売掛金の全部または一部を帳簿上入金処理しなかったにすぎず、これらの金員を原告が私的に費消したわけではない。

したがって、原告の右行為が不法行為を構成する余地はない。

第三証拠(略)

第四当裁判所の判断

一  前記当事者間に争いのない事実に、(証拠略)原告、被告代表者の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

1  原告は、被告の取引先の会社に勤務していたが、被告代表者である飯野利雄(以下「飯野」という)の義兄の岡井実(以下「岡井」という)から、被告で働くよう勧められ、昭和四三年三月、勤めていた会社を退職し、被告に入社した。被告は、自動車の修理等を業とする会社であるが、飯野やその長男が、修理業務を担当し、原告は、集金や経理業務全般を一人で行っていた。

原告は、被告に入社する際に、被告の株式を取得し、被告の株主になるとともに、被告の取締役にも就任した。原告は、被告の発行済株式六〇〇株のうち、七五株の株主とされているが、右株式取得にあたって、自ら出資をしたわけではなかった。

2  被告の取引先からの支払いの多くは、現金や小切手によるもので、原告が取引先に集金に赴いていたが、その集金の方法は、取引先に請求書を持参し、支払いを受けて、領収書を交付した後、振替伝票を作成し、金銭出納簿に記帳するなどというものであった。

被告は、決算等の処理を税務事務所に依頼していたが、平成元年以降、堤孝雄税理士事務所に勤務する岩元一男(以下「岩元」という)が被告会社を担当するようになり、毎年一月末日の年次決算や税務処理を行っていた。右決算処理等の資料となる振替伝票、当座勘定照合表、現金出納帳等の会計書類は、原告が右税理士事務所に持参するものとされており、原告は、右会計書類の持参については、三か月に一度位の割合で持参するよう指示されていたにもかかわらず、遅れがちで、しばしば岩元から催促の電話を受けていたが、特に遅れた理由を告げたことはなかった。そのため、岩元は、官署への提出期限に間に合わせるのがやっとという状態であった。

右年次決算や税務処理の作業は、岩元が、原告が持参した振替伝票に基づき、その数値をコンピューターに入力して行うというもので、まれに振替伝票の記載と当座勘定照合表、現金出納帳の記載とが一致しない場合に、原告に照会する程度のことはあったものの、前記のとおり、原告による資料の持参が遅れがちであったことなどから、岩元は、これらの資料を十分検討する余裕はなく、原告が持参した振替伝票を中心とした会計書類の記載を前提として処理し、振替伝票の記載どおりの入金等があったのかを確認したり、その記載を裏付ける資料の提出を求めたりしたことはなかったし、被告の借入金についても、岩元が確実に把握できたのは、残高証明が発行される金融機関に関するものだけであった。

また、岩元は、確定申告の資料とするため、被告の賃金台帳も確認していたが、その際にも、振替伝票に記載された従業員の給与の額と賃金台帳に記載されたそれとを照合したことはなかった。

3  原告は、昭和四六年ころから、取引先からの入金がありながら、被告の帳簿には、その全部または一部を記帳しないという扱いをするようになった。その結果、平成五年八月末の時点において、実際には入金がありながら被告の帳簿に記載されなかった金額は、入金額の全額が記帳されなかった分の合計が八七万二九六〇円に、入金額の一部のみが記帳されなかった分の差額(実際には入金されていたにもかかわらず、被告の帳簿上入金扱いとされていない金額)の合計が七五万五〇九五円に、それぞれ達していた。

4  原告は、取引先である宇杉商会に対する一九万一五七〇円の売掛金の回収に関し、その支払いがなされることを見越して、平成五年八月三〇日付けの振替伝票を同日前に作成し、同日、支払いを受けたかのように処理していたが、実際には、右売掛金は、同日の支払いはなされなかった。そして、右売掛金は、同年一一月二二日ころ、宇杉商会から、小切手により支払われたが、原告は、これを被告の入金として処理せず、原告の被告に対する貸付金の返済との名目で、原告名義の銀行口座に入金してしまった。

5  飯野は、知人の勧めもあって、被告の経理を身内の者に担当させることとし、平成五年九月二一日ころから、飯野の長男の妻である飯野優子(以下「優子」という)に任せた。優子は、伝票の整理をしたところ、予想に反して売上げが少なく、多額の損失が発生していることに気が付き、飯野に報告し、さらに調査をした結果、請求書どおりの入金がないことが判明した。そこで、飯野は、原告に対し、再々にわたって、その経緯を明らかにするよう求めたにもかかわらず、原告は、充分な説明を行わなかった。

また、原告は、被告の帳簿類を自宅に持ち帰っており、飯野の再三の催促に対しても、少しずつ持参するなど、誠実に対応しようとしなかった。

6  飯野は、被告の業績が悪化したことから、飯野や他の従業員を含めて、給与を減額することとし、平成五年一一月の給与支給日(同月二五日)前に、原告に対し、原告の給与を月額三〇万円に減額する旨の通告を行ったが、原告は、不満そうな表情で、黙っていた。しかし、飯野は、同月二五日の給与支給日、原告に対し、同月分の給与として三〇万円を支払っただけであった。

7  飯野は、平成五年一一月二七日の午前中に、優子などの立会いのもとに、原告に対し、経理上不審な点を種々指摘し、これを糺したにもかかわらず、原告は、充分な説明をなさず、被告の金を毎月一二〇万円位抜いてやりくりしていたなどと発言するに至ったため、飯野らが、その抜いた金を返還するよう求めたのに対し、原告は、被告に対する貸付金を主張するなどしたため、とうとう、飯野らは、原告に対し、本件解雇の通告を行うに至った。

原告は、本件解雇の通告に対し、被告をつぶしてやるなどと反発したが、私物をとりまとめて、被告を退去した。

なお、原告は、右本件解雇の通告にもかかわらず、同日午後、被告の得意先の小西食品を訪れ、被告の売掛金八一万五一〇〇円を小切手で集金し、これを自宅に持ち帰った。原告は、同月二九日ころ、右回収にかかる小切手を小西食品に持参し、これを返還したが、その経緯を被告に報告しなかった。

8  飯野や優子は、本件解雇後、さらに調査を進めたところ、前記宇杉商店の件が明らかになり、また、被告の帳簿上、昭和五八年六月に一二万円が、同年一二月に五〇万円が、それぞれ飯野の長男(優子の夫)が被告に預けた金員の返済として処理されていることが判明したが、飯野の長男が被告に金員を貸し付けたり、被告から金員の支払を受けたりした事実はなかった。

9  原告は、本件解雇後、岩元に対し、被告の元帳の交付を求めたところ、岩元は、本件解雇を知らされていなかったことから、これに応じた。原告は、その後も同様の請求をしたが、岩元は、本件解雇を知り、顧問関係にある被告の帳簿を被告を退職した原告に見せることは適当でないと考え、原告の右要求を拒絶した。

10  ところで、飯野の平成二年ころの給与は、賃金台帳上月額四五万円とされていたが、飯野に交付された給与支給明細書では、月額三七万円とされていたし、同年及び平成三年の飯野の給与については、給与支給明細書に記載された金額の方が賃金台帳や決算書に記載された金額より多かった。右給与支給明細書は、原告が作成していたが、飯野には、右賃金台帳の記載と現実に支給された給与に差が生じた理由は、分からなかったし、また、経理関係については、原告に全面的に任せていたことなどから、同年の夏季及び冬季に支給された賞与の明細や被告の借入金の詳細に対するも認識もなく、さらには、飯野や原告、その他の従業員に対して支給された給与等が、決算書類上どのように処理されていたかも知らなかった。

なお、被告は、昭和五八年一二月及び昭和五九年一二月に、原告や原告の娘名義の定期預金を担保に、金融機関から金員を借り受けているが、この借入れは、原告が被告代表者の飯野に相談することなく、独断で行ったものであった。そして、現在も、右各預金には、担保が付せられたままである。

11  被告は、原告が前記回収した売掛金の一部を被告に入金せず、これを着服したものと判断し、原告を業務上横領を理由に告訴し、捜査機関による捜査が行われたが、結局、原告は、起訴されるには至らなかった。

二  右認定の事実に基づき、本件各請求の当否につき判断する。

1  原告の未払給与請求について

(一) 前記認定のとおり、飯野は、平成五年一一月の給与支給日(同月二五日)の前に、原告に対し、原告の給与を月額三〇万円に減額する旨の通告をした。これに対して、原告は、不満げな表情で黙ったままであったのであるが、このような事実だけでは、原告が右給与減額の通告に対する同意を与えたということはできず、したがって、被告は、原告に対し、右減額分たる一一万円については、未払給与としての支払義務を免れることはできないというべきである。

(二) そして、被告の原告に対する右一一万円の未払給与債務については、支給日である同月二五日の経過によって遅滞に陥ったことになる。

2  原告の解雇予告手当ての支払請求について

(一) 被告は、原告に対し、原告が被告の経理を処理するにあたって、不正を疑わせる点があり、これに対する充分な説明をしなかったことを理由に、本件解雇を通告したのであるが、前記認定のとおり、原告は、昭和四六年ころから、取引先からの入金がありながら、被告の帳簿には、その全部または一部を記帳しないようになったうえ、飯野の給与につき、賃金台帳と異なる金額を支給したり、飯野の長男に対する架空の借受金やその返済を記帳したりするなど、本来の経理業務のあり方からはずれた不明朗かつ不実な取扱いをしていた。そして、優子が被告の経理に関与するようになり、原告の右のような経理処理上の不正を疑わせるような事実が発覚し、飯野から、その説明を求められたにもかかわらず、原告は、充分な説明や資料の提出をすることもなかったばかりでなく、自宅に持ち帰った振替伝票等の会計書類も、なかなか持参しないなど、誠意ある対応をしなかったのである。

(二) このように、原告は、実際に回収した金員の一部について、被告に入金処理をせず、また、そのことを飯野に糺された際にも、誠実に対応しなかったのであることに照らせば、原告は、自らの職務である経理業務につき、被告との労働契約の内容たる職務を果たしたということはできない。

そして、被告は、原告の右のような態度を理由として、本件解雇を行ったのであるから、本件解雇は、原告の責に帰すべき事由に基づくものといわざるを得ない。

(三)(1) これに対して、原告は、前記のような経理処理は、飯野やその他の被告の従業員に対する裏金(帳簿等の書類に表われない給与、賞与等)の支払い等に充てるなどするため、被告の了解のもとに行われた旨を主張し、原告も、その本人尋問や報告書(書証略)において、右主張に沿う供述、記載をしている。

しかしながら、前記認定の事実によれば、飯野は、原告がそのような経理処理を行っていることを知らず、したがって、飯野が原告に対して右経理処理の指示やこれを行う権限を与えていなかったことは明らかであるから、原告の前記供述や報告書の記載は採用できない。また、原告が、飯野の指示がないにもかかわらず、そのような経理処理をしなければならなかった合理的理由は、本件証拠上、これを認めることができない。

(2) 確かに、飯野の給与や賞与だけをみても、前記認定のとおり、被告の帳簿上の処理や現実の支給額との間に食い違いが認められるし、また、被告の従業員であった安井忠実の陳述書(書証略)には、昭和四八年から昭和五二年ころまで毎月本来の給与以外に一万円の支給を受けていた旨の記載がある。

しかしながら、右陳述書の記載を裏付けるに足る的確な証拠がないうえ、仮に、そのような事実があったとしても、それが飯野の意思に基づいていたとは言い切れないし、また、その原資が原告が入金処理しなかった金員であったとも断定できないのであるから、そのことから直ちに原告の前記経理上の処理が正当化されることにはならない。また、原告は、本人尋問において、右差額は封筒に入れて保管しており、この金員についてのメモ程度の覚書を残した分もある旨を供述するが、頻繁に、しかも、端数のある金員を裏金として処理するにあたって、明確な備忘録も作成しないのは不自然との感を免れないうえ、右金員やこれを保管していたという封筒の存在も明らかでないのである。

(3) よって、原告の前記主張は採用できない。

(四) 以上の次第で、本件解雇は、即時解雇として有効であり、原告は、被告に対して、解雇予告手当ての請求権を有しないというべきである。

3  原告の貸付金請求について

(一) 原告は、被告に対する貸付金残金合計五三二万五一七三円の返済がなされていないと主張し、その返還を請求する。

そして、原告の右請求の根拠は、被告の総勘定元帳や決算書の残高明細の記載等であり、原告は、被告に金員の貸付けを行うようになった理由につき、その本人尋問において、右貸付金は、原告が飯野とともに被告の共同経営者の地位にあり、被告の事業資金捻出のために行った旨を供述する。

(二)(1) まず、原告が昭和四二年九月ころに貸し付けたとされる三五万円であるが、この金員を貸し付けた時期自体が明確でない(この点に関する原告の主張は変遷している)うえ、右三五万円が、実際に原告が貸し付けたものなのか、原告が以前勤めていた会社(明和商会)の被告に対する貸付金債権を譲り受けたものなのかも判然としない。

さらに、原告が昭和六〇年ころまでに貸し付けたという二九四万四五四三円についても、決算書の残高明細(書証略)にはこれに符合する金額の表示があるものの、原告主張の貸付時期は一定せず、また、その詳細も明らかでない。

右の事情に照らせば、原告主張にかかる右各貸付金の存在を認めるに足る証拠はないといわざるを得ず、したがって、原告の右主張を採用することはできない。

(2) 次に、原告の主張する平成元年二月二七日以降の貸付金についてであるが、確かに、被告の原告に対する預り金元帳や総勘定元帳(書証略)に記載された金員に前記宇杉商店からの回収金で原告に対する借入金の返済に充てられたとされる分を総合すると、原告主張の金額になる。しかしながら、前記認定の事実によれば、右預り金元帳や総勘定元帳は、岩元が原告の持参した振替伝票等の資料に基づいて作成したものであるが、岩元は、原告による資料の提出が作成期限の直前であったことなどから、右振替伝票等に記載された事項の存否やその正確性について、充分な確認をすることもなかったし、また、被告の借入金については、金融機関からの借入金を除いては、裏付けとなる資料もなかったのである。すなわち、右総勘定元帳等に記載された原告の被告に対する貸付金については、岩元は、原告の記載した振替伝票の記載を機械的にコンピューターに入力した結果顕出されたにすぎないというべきであるうえ、前記宇杉商店の件のように、原告の作成した振替伝票には、実際の資金の流れを反映していないものがあったことを考え併せれば、右振替伝票の記載自体の正確性も疑わしい(なお、被告の取引先である十三信用金庫の当座勘定照合表(書証略)には、一部原告主張の貸付けと符合する記載もあるが、これが原告による貸付けであることが認められる的確な証拠はないから、右当座勘定照合表の記載から、原告の主張を認めることもできない)。

(3) また、原告は、前記のとおり、被告の株主とされてはいるのではあるが、原告が形式上保有する被告の株式も、被告の総株式の一割余りにすぎないうえ、右株式の取得にあたっても、原告自らが現実に出資をしたのではないことに照らせば、原告が被告の実質的な株主であるかは疑わしく、原告が被告の共同経営者たる立場にあったとは言い切れない。

さらに、原告が飯野に対して、被告の資金調達についての相談を持ちかけたり、飯野には土地、建物の財産がある(この事実は、飯野の被告代表者尋問の結果によって認める)にもかかわらず、これを担保に提供するよう求めた形跡もない。

(4) もっとも、被告は、原告やその娘の定期預金を担保として、金融機関から資金の借入れをしているが、前記認定のとおり、右資金の借入れは、飯野に相談することなく、原告の独断で行われたものであるから、この事実をもって、原告の前記主張を裏付けることはできない。

また、前記認定のとおり、原告は、業務上横領を理由に被告から告訴されながら、起訴されるに至らなかったのであるが、原告が起訴されなかった理由が明らかでないから、このことだけでは、原告に経理上の不正がなく、したがって、被告の総勘定元帳の前記記載が原告の被告に対する金員貸付けの事実を反映するものであるとはいえない。

(5) 右に述べてきた事情に照らせば、原告が被告に事業資金を貸し付けた旨の原告本人の前記供述や総勘定元帳の記載は、容易に措信することができないというべきであり、他に原告の被告に対する貸付金の存在を認めるに足る的確な証拠はないから、原告の前記貸付金の主張は採用できない(なお、被告の平成六、七年度の決算書(書証略)には、原告主張の貸付金が計上されているが、このことが右判断の妨げとなるものではない)。

4  被告の損害賠償請求について

(一) 前記のとおり、原告は、取引先から支払いがあったにもかかわらず、その全部または一部について、被告に入金があったとの会計処理を行わず、その未入金額の合計が一六二万八〇五五円に達している。

(二) もっとも、右被告に入金されなかった金員の処理がどのようになされたかについては、本件証拠上、必ずしも明らかでない。原告は、本人尋問において、右金員を封筒に入れて保管しておき、飯野や他の従業員らの報酬(裏金)として支払ったり、飯野の要求に応じて、五〇〇〇円、一万円といった単位で渡したりしていた旨を供述するが、原告の右供述が採用できないことは、前述のとおりである(飯野の要求に応じて支払っていたとの点についても、これに反する被告代表者尋問の結果に照らして採用できない)。

(三) そして、飯野は、原告が右のような処理をしていたことを知らず、これに承諾を与えた形跡はないし、原告も、そのような処理を行ったことについて、前記供述や記載以上の合理的説明をしない。さらに、原告は、前記のとおり、取引先から集金した売掛金を飯野に無断で被告の原告に対する返済の名目で自分名義の預金口座に入金したり、本件解雇後も被告の取引先に集金に赴き、一旦はこれを収受していたことなどの事情を考え併せれば、原告は、被告からその権限を与えられていなかったにもかかわらず、飯野が、会計処理に疎く、これを原告に全面的に任せていたことに乗じて、右処理を行ったといわざるを得ない。

したがって、原告の右行為は、不法行為を構成するというべきである。

(四) そして、本件証拠上、右入金処理されなかった金員を原告が取得した事実を証明する直接的な証拠はないが、前記判示の事情や右金員が実際には回収されながら、被告に入金された形跡がないことに照らせば、原告が右金員を着服したといわれても仕方がないし、少なくとも、被告は、原告の前記行為によって、右金員相当の損害を被ったことは明らかといわなければならない。

確かに、飯野の対応は、本件の顕れた証拠をみる限りにおいては、経理関係の業務をすべて原告に任せきりにし、決算の確認や会計書類の点検も充分に行わないなど、会社の経営者としての資質や責任感に欠けるとの批判を免れない点が見受けられないではなく、飯野が相応の注意を払っていれば、原告の権限逸脱行為のかなりの部分を阻止できたと思われるうえ、被告の被った損害もこれほどの額には至らなかったと考えられるのではあるが、このことから原告の責任が軽減されたり、否定されたりするものではない。

(五) よって、原告は、不法行為に基づき、被告に対し、右原告が取引先から回収しながら被告に入金しなかった金員の合計一六二万八〇五五円相当の損害金を賠償すべき義務があるというべきである。

二  以上判示したところをまとめれば、

1  原告の平成五年一一月分の給与については、減額合意の成立は認められないから、被告は、未払分一一万円の支払義務を免れない。

2  本件解雇は、有効であるから、被告には、原告に解雇予告手当てを支払う義務はない。

3  原告が集金しながら被告の帳簿上入金処理しなかった金員の合計一六二万八〇五五円については、原告が不法に領得したものというべきであるから、原告は、被告に対し、右金員相当額の損害を賠償すべき責任がある。

第五結語

以上の次第で、原告の本訴は、一一万円及びこれに対する弁済期後であることが明らかな平成七年五月一九日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は棄却し、被告の反訴は、理由があるから全部認容し、原告に対して、一六二万八〇五五円及びこれに対する弁済期後であることが明らかな同年七月一一日から支払ずみまで同じく年五分の割合による遅延損害金の支払いを命ずることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 長久保尚善)

別紙(略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例