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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)4591号 判決

原告 横田好恵

右訴訟代理人弁護士 辻口信良

同 森谷昌久

被告 国

右代表者法務大臣 臼井日出男

右訴訟代理人弁護士 藤本久俊

右指定代理人 草野功一

同 平野信博

同 糸井博

同 堀田稔

同 大久保和雄

主文

一  被告は、原告に対し、六四九五万二〇八五円及びこれに対する平成七年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、八〇一〇万三七〇一円及びこれに対する平成七年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、脳腫瘍の疑いがあるとの診断を受けた原告が、被告が開設している国立循環器センターにおいて脳腫瘍か否かの確定診断を得るために脳細胞摘出手術を受け、脳細胞の一部が摘出された結果、身体障害者一級の後遺症が残ったとして、後記過失を原因として債務不履行責任若しくは不法行為責任又は後記瑕疵を原因として国家賠償責任法二条一項に基づき八〇一〇万三七〇一円及びこれに対する不法行為の後の日である平成七年六月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

二  争いがない事実等

1  原告は、昭和一五年三月二五日生まれの女子であり、平成四年当時専業主婦であった(生年月日及び性別は争いがなく、その余は証人横田直也の証言により認められる。)。

被告は、大阪府吹田市藤白台五丁目七番一号において国立循環器病センター(以下「被告病院」という。)を設置し、診療業務を行っている。

村井望医師(以下「村井医師」という。)及び郭泰彦医師(以下「郭医師」という。)は、いずれも被告病院に勤務し、診療業務に従事していた(争いがない。)。

2  原告は、平成四年五月二七日、被告病院を受診し、診療契約を締結し、同年六月一二日、同病院脳血管内科に入院した(争いがない。)。

3  原告は、MRI検査の結果、脳腫瘍を含む疾病の疑いがあるということで、脳血管外科に転科した(争いがない。)。

4  原告は、平成四年七月九日、脳腫瘍に罹患しているかどうかの確定的な診断をするために、異常が認められる部分の脳細胞を摘出する手術(以下「本件手術」という。)を受けた(争いがない。)。

5  原告は、本件手術後、ICUに移されたが、意識不明の状態が続いた(争いがない。)。

6  原告は、平成五年一〇月、身体障害者一級に認定され、平成六年六月二四日、被告病院を退院した(争いがない。)。

7  原告は、現在、日常会話はできるが、自ら歩行することは困難な状態である(証人横田直也)。

三  争点

1  手技に関する過失

(原告の主張)

郭医師は、本来組織採取のために予定されていた病変部に到達した後、その部分の組織を採取すれば必要十分であるのに、その奥の病変部の組織を採取した。採取した部位が脳の深部であることに照らすと、病変部とされる部分以外の部分についてまで組織を採取したのは行き過ぎであり、過失がある。

仮に、右過失が認められないとすると、郭医師は、方向又は距離を誤り、病変部でない部位に到達し、その部分の組織を採取したというべきであり、過失がある。

(被告の主張)

郭医師は、正確に病変部に到達し、同部位の肉眼所見が正常であったので、病変部ないしこれを含めた周辺部の組織を採取したにすぎない。

生検において脳組織が自重により若干移動し、開頭前の時点とは目標点自体が若干ずれを生じる可能性があり、閉頭し病変部を再確認した上で、再手術を行うことには相当の危険が伴うから、病変部以外の部分を採取した郭医師の判断は適正である。

三か所からの脳細胞の採取は、開頭後目標点の組織が肉眼所見で正常であったことから、手術中に緊急に決定されたことである。悪性腫瘍の余後が極めて不良であることを考慮すれば、係る措置もやむを得ないものであり、術前に同意を得ることまでは不要であった。

2  手術装置の欠陥

(原告の主張)

本件では、MRI撮影装置又はMRI用BRW型定位脳手術用器具に何らかの欠陥があり、右欠陥器具又は画像に従って本件手術が施行された結果、原告に後記後遺症が残った。

3  説明義務違反

(原告の主張)

村井医師は、本件手術について多少危険はあるが、「目の部分に影響があるかもしれない。」などと視神経に部分的な影響があるかもしれないという程度の説明しかせず、原告及びその家族に対し、合併症により重篤な結果が生じ得る危険性があること、術式の選択について直視下生検法の方が針生検法より危険であること、仮に目標点と思われる点が肉眼で正常と判断されるときも念のために座標上の目標点の前後の組織を採取することが必要であり、通常そのような手続が行われていることなどについての説明を全くしなかった。

(被告の主張)

被告病院では、原告が脳血管内科から同外科へ転科する際に一般的説明を行い、その承諾を得ている。さらに、村井医師は、術前の平成四年七月八日、原告及びその親族に対し、大脳深部の組織を切除することはそれ自体に一定の危険が伴い、場合によっては生命の危険もないとはいえない、術後には後出血の危険があることなどを説明した。

4  損害(原告の主張)

原告は、平成五年一〇月に身体障害者一級に認定された当時、五三歳であり、車椅子の生活をし、言語もままならず、字も書けない。

損害額は次のとおりである。

(一) 治療関係費        五五五万四三八二円

(1)  治療費          一二四万四九八二円

(2)  付添看護費        三三四万三五〇〇円

(一日当たり四五〇〇円の七四三日分)

(3)  入院雑費          九六万五九〇〇円

(二) 休業損害         三四九万五二五〇円

(三四八万五七〇〇円を三六五で除したものに三六六を乗じたもの)

(三) 慰謝料         二七四九万〇〇〇〇円

(1)  入院慰謝料(二五か月分) 三四九万〇〇〇〇円

(2)  後遺障害慰謝料     二四〇〇万〇〇〇〇円

(四) 後遺障害による逸失利益 三六二八万四〇六九円

(三四八万五七〇〇円に一〇・四〇九四〇六六七を乗じたもの)

(五) 弁護士費用        七二八万〇〇〇〇円

第三争点に対する判断

一  争点1(手技に関する過失)について

1  前記争いがない事実等と、乙第四、第五号証、第六号証の6、8、10及び12、第七号証の1及び2、証人横田直也、同村井望及び同郭泰彦の各証言並びに鑑定の結果によれば、次の事実が認められる。

(一) 脳腫瘍の代表的なものは神経膠腫、リンパ腫などである。神経膠腫とは、脳細胞を支える神経膠細胞が異常を起こして腫瘍化するものをいう。リンパ腫とは、リンパ細胞が異常を起こして腫瘍化するものをいう。神経膠腫の予後は悪性の程度によってさまざまであるが、悪性の神経膠腫に罹患していた場合、診断を確定し、適切な治療を施したとしても、その二年生存率は、二二パーセントから三六・七パーセントである。悪性リンパ腫であった場合、平均生存率は良くても一年未満である。

(二) 神経膠腫やリンパ腫は、根治が困難であるが、早めに治療を行えば生存期間を長くできるし、極めて初期の段階であれば根治する可能性もあるから、早期の診断確定が必要である。リンパ腫と神経膠腫とでは治療方法が異なり、同じ神経膠腫でも進行度のいかんによってもその治療法は異なる。

(三) 生検とは、病気の診断と治療方針を確立するために、脳、脾臓、肝臓、リンパ節等の身体を構成する組織片や腫瘍などの病変部の一部を採取することをいう。

生検を行う方法としては、機械等を用いず、手技のみで目標部位の組織を採取する方法とX線撮影、CT検査、MRI検査などの画像診断方法により病変部の中心を仮想座標空間の一点として座標表示し、病変部へ正確にアプローチする定位的手術による方法があり、今日では後者の方法の方が一般的である。

また、定位的手術を行う場合でも、病変部に特殊な穿刺針を刺入して組織を採取する針生検法(ニードルバイオプシー)と、目標位置にガイドとなるシリコンチューブを挿入し、これに沿って幅一センチメートルの脳ベラ二本で脳組織を切開しながら目標点に到達し、これを直視下に置きながら組織を採取する直視下生検法(オープンバイオプシー)の二つの方法がある。

ニードルバイオプシーは、針を刺入するだけであるから、脳に対する侵襲が少ないが、直視下に行わないので、病変部の外観が分からず、出血した場合の処置が難しく、組織の採取量が非常に少ない。

オープンバイオプシーは、ニードルバイオプシーと比較して、目標部に到達するまでの損傷範囲が相対的に大きく、比較的に正常組織を損傷する危険性が高いが、病変部の性状を直接観察できることから、危険な血管を避けることにより出血を最小限にくい止めることができるほか、出血が起きた際には止血操作を確実にすることができるという利点がある。

なお、オープンバイオプシーを行う場合には、ニードルバイオプシーと比較して病変部に達するまでの侵入経路において正常部の脳組織の一部を切除しなければならないため、術後出血を防ぐために止血を完全に行う必要があること、侵襲による脱落症状が起こらないようにするため、侵入経路に当たる部位の正常組織の切除は最小限度にとどめ、侵入部位は可能な限り沈黙野を選択することに留意する必要がある。

(四) 原告は、平成四年五月上旬ころ、嘔吐などがあり、同月下旬ころ、動悸が激しくなって胸が苦しいと訴え、近医である奥山内科を受診し、同月二七日、胸部圧迫感及び動悸があることなどを主訴として、近医である奥山卓正医師の紹介状を持参し、被告病院心臓血管内科を受診した。

(五) 被告病院心臓血管内科では、直ちに、問診、聴診その他の診療を行ったが、外科所見では異常がなかったので、心電図、胸部X線等の諸検査を行い、事後は、本間覚医師(以下「本間医師」という。)が外来担当として原告を診察することとなった。

(六) 原告は、平成四年六月八日、再度本間医師のもとを来診し、このとき胸部圧迫感がほとんど軽快していたが、五分から一〇分おきで出現する左腕脱力感を主訴として訴え、本間医師は、右主訴に基づき診察し、外部所見により、原告の左胸筋と左手掌筋とが短い間隔で収縮運動をしていることを確認し、被告病院脳血管内科に原告の診療を依頼した。

(七) 原告は、平成四年六月一〇日、被告病院脳血管内科の廣木昌彦医師(以下「廣木医師」という。)に来診し、そのとき、左上肢と下肢の脱力感が二、三分間に一回程度の割合で三〇秒から一分間継続して出現した。

廣木医師は、CT検査により脳の断層撮影を行って病変の有無を調べ、原告の脳内部に明らかな粗大病変を発見することができなかったが、入院精査を勧めた。

(八) 原告は、平成四年六月一二日、被告病院脳血管内科に入院した。

原告の症状は、<1>左上肢において肘関節が内側に屈曲し、手関節が外側に背屈し、拇指が対立し、<2>左下肢においては、膝関節が内側に屈曲し、足関節と拇指がいずれも背屈し、<3>口唇がパクパクと動き、これらの発作が一、二分間に一回程度の割合で約五秒ないし一〇秒間継続するというものであった。

けいれんとは、細胞膜の電位障害を原因として、脳細胞が勝手に働き始めることをいう。不随意運動とは、運動神経をうまく調節できないために体が勝手に動いてしまうことをいい、大脳の前頭葉から深部をとおり脊髄の間に存在する錐体外路の障害が原因となっている。

被告病院脳血管内科の医師らの間では、原告に起こっている発作は、けいれんであるとの意見が大半であった。

(九) 被告病院脳血管内科は、平成四年六月一二日、脳波検査を行ったところ、右脳の前頭葉から後頭葉にかけて鋭波が頻発し、右大脳半球部に刺激性の病変があることがうかがわれた。また、右同日、造影CT検査を行ったところ、右の大脳基底核に少し異常があるのではないかという疑いがもたれたが、同月一〇日に行ったCT検査では明らかな病変は発見されなかったので、廣木医師は、脳細胞が遺伝子異常により自分でコントロールできずに増殖を繰り返す病気である脳腫瘍や先天的な脳の奇形である脳血管奇形を疑い、脳の太い動脈が狭窄を起こし閉塞する原因不明の病気であるもやもや病に罹患している可能性なども念頭に置いた上、さらに、これを精査するため、CT検査よりもより細かな状態を得ることが可能なMRI(磁気共鳴画像診断)検査と血管障害があるかを診断するための脳血管撮影を実施することとし、同時に、左上肢、下肢の硬直様発作に対する対症療法として、デパケン、エクセグラン、ランドセンなどの抗けいれん剤の投与を開始した。

しかしながら、抗けいれん剤の投与によっても、発作の頻度は若干減少したものの、完全には消失するには至らず、けいれんは、対症療法だけでは十分にコントロールできなかった。

前記けいれん発作が継続・重積することによって、脳細胞が死滅することがある。

(一〇) 廣木医師は、平成四年六月一八日、脳血管撮影を行ったが、その結果によっても、明らかな病変を認めることができなかったため、脳血管奇形及びもやもや病は否定される可能性が高まり、同月二三日、MRI検査を行ったところ、右基底核部から中脳部にかけて五ミリメートルから一センチメートル程度の大きさの異常な陰影が、より具体的には、右被殻、淡蒼球から内包全脚を通り、尾状核頭と体部の一部に広がる高信号の病変が認められた。

右MRI検査の結果からすると、神経膠腫、外傷による変化、静脈還流が疑われたが、廣木医師は、原告が従前、脳に外傷を受けたことがないこと、前記脳血管撮影の結果、血管の異常が認められなかったことから、悪性の神経膠腫ないしリンパ腫等の脳腫瘍である可能性があると診断した。また、MRI検査上異常が認められた部位は、錐体外路に接している部分であり、原告に発症していた不随意運動は、右MRI検査で異常が認められた領域の疾患による可能性が考えられた。

廣木医師は、早急に原告の症病名を確定する必要があると判断し、けいれんの原因がもしかしたら悪性の腫瘍かもしれない、右大脳に病変があり、被告病院脳血管外科で組織生検を行うことにしようと原告及び原告の夫に話し、同外科に転科を申し入れた。

(一一) 脳血管外科の村井医師は、平成四年六月二三日ころ、原告を診察し、脳血管外科の医師は、同年六月二五日、会議を開いて、MRI検査の画像や村井医師による従前の経過の報告を下に協議し、村井医師が出血性の梗塞であって脳腫瘍でない可能性があるとして慎重論を述べたが、最終的に脳腫瘍の疑いがあるので生検をする必要があるとの結論となった。すなわち、原告の病変部は脳の深部であり、組織生検それ自体危険を伴うが、半年ほど前に郭医師が同様の生検を行っているから、大丈夫という判断であった。

(一二) 原告は、平成四年六月二六日、脳血管内科から脳血管外科に転科、転棟し、村井医師が主治医となった。

村井医師は、再度MRI検査を行って、原告の脳の病変部が脳腫瘍ではなく、出血性梗塞である可能性はないかなどについて再確認することとしたが、手術の予約は行っておき、右MRI検査の結果次第では中止することとし、同年六月二九日、原告が手術に耐える体力があるかを診断するトレッドミル検査を行い、右検査結果が正常であることを確認した上で、同月三〇日、手術の予約を申し込んだ。

同年七月六日の再度のMRI検査では、原告が検査中にけいれん発作を起こしたりして前回ほど鮮明な画像を得られなかったが、出血ないしその痕跡を発見することはできず、出血性の梗塞であれば時間の経過により病変部に何らかの変化が見られるものであるところ、前回の検査から二週間を経ているのに、病変の部位、大きさ、病変の信号の強度についても変化がなかったことから、出血性梗塞の可能性はないと診断され、村井医師は、脳神経外科のほかの医師と話し合ったが、脳腫瘍が一番疑わしいとの結論に達し、脳の生検を行うこととした。

村井医師は、原告の夫にMRI画像を見せ、病変部を指摘し、初期であるが比較的悪性の脳腫瘍の疑いがかなり強い、予後が非常に悪い、けいれんの原因が脳腫瘍である可能性がある、脳腫瘍かどうかはっきりさせるために手術の必要があると説明して、生検のための手術の承諾を得た。

(一三) 本件手術は、平成四年七月九日午前九時ころから午後三時ころにかけて郭医師(助手・吉村紳一医師)の執刀で行われた。

郭医師は、原告の脳内部の病変は、悪性の神経膠腫又はリンパ腫である可能性が高く、その部位が新生血管が豊富であり、生検を行った場合には、手術時及び手術後に出血が発生する確率が高いことが予想されたため、直視下に組織を治められ、血管を避けることも、止血操作も容易であるオープンバイオプシーを選択することとし、手術に先立ち、本件手術に使用するMRI撮影装置及びMRI用BRW型定位脳手術用器具の予備実験を行っており、BRW装置の内部において磁場によるゆがみや誤差が生じず、外部において最大一ミリメートル程度の誤差であったことを確認した上、まず、原告に頭部リング、MRI用位置決めリング(BRW型定位手術装置)を装着し、MRIにより病変部の中心を目標点として、座標を確定した。その位置は、脳表面から約六センチメートルの深さであった。このときのMRI画像でも、目標部である原告の大脳基底核部は、最大径約一センチメートルの大きさで異常な陰影を示していた。

郭医師らと原告は、その後、手術室に移動し、皮膚切開、開頭、硬膜切開を行った上、ピューデンツ目盛付ドレナージチューブ(ガイド)を目標点まで挿入したが、ガイド刺入に際し、髄液は余り出なかった。郭医師らは、この時点から手術顕微鏡を導入し、開頭部から手術顕微鏡をのぞきながら、チューブに沿って脳ヘラを入れ、一辺約一センチメートルの幅ですき間を作りながら、徐々に脳組織を切開していった。その間、目標点に至るまでの脳組織は、正常であり、出血その他の事故も起きず、目標点に到達した。同部位の組織の性状は、進入経路に存在した正常組織と同じく正常であり、神経膠腫や悪性リンパ腫であると確定することはできなかった。

郭医師は、MRIの画像では異常なのに、肉眼所見では正常であるので、非常に奇異に感じ、チューブが押し返されて場所が狂い本来の病変部より手前に到達したのでないかと判断し、病変が最大径一センチメートルであることを考慮して、同部位の奥からも組織を採取することとし、目標点の組織を最大限五ミリメートル程度採取した後、その奥の組織が肉眼所見で正常であったものの、最大限五ミリメートル程度採取し、その際、静脈性のにじみ出る出血があり、直ちに圧迫止血し、肉眼所見で正常であった目標点の手前の部分の組織も同量程度採取した。

本件手術直後のCT検査では、出血が認められなかったが、翌一〇日のCT検査では出血があり、同月二〇日のMRI検査で一センチメートル程度の静脈性の血腫が認められたが、その後吸収された。

(一四) 原告は、手術後、ICUに収容され、意識不明の状態が少なくとも一か月続き、けいれんが一時的に増悪した後、落ち着いたが、言葉がしゃべれず、寝たきりの状況となった。

右合併症状(後遺症状)の原因は、目標点の奥の細胞を最大限五ミリメートル程度採取したことによる後出血である。

被告病院脳血管外科では、原告から採取した脳細胞を、被告病院病理部と新潟大学脳研究所実験神経病理学部門に送付し、その診断を求めたところ、右病理部では、古い出血のあとがあるとの指摘をするのみで、腫瘍の可能性については言及がなく、右研究所では、三か所から採取された脳細胞は、明らかに腫瘍とは断定できないものであり、小型の正常に近い細胞の二、三個ずつの集簇像とわずかではあるが血管内皮の増殖像とが合併しているのではないかとの疑いがあり、したがって、神経膠腫のごく初期の像かその近傍を見ている可能性が高いと考えられるとの報告をした。

(一五) その後、被告病院で、原告に対し、MRI検査を施行したが、従前認められた異常な病変部は見られなかった。

原告は、平成四年八月一〇日、ICUから一般病棟に転室し、平成六年六月二四日、被告病院を退院したが、著しい体幹失調、四肢不全麻痺、右動眼神経麻痺、意識障害があり、著しい体幹失調により歩行・立位が不可能で、坐位の保持も困難であり、食事に半介助を要し、排尿・排便・衣服の着脱に全介助を要する状況で、平成五年七月九日、症状が固定し、同年一〇月、身体障害者一級に認定された。

2  右認定事実と鑑定の結果によれば、次のとおり、原告主張の手技に関する過失が認められる。

本件手術前に三回行ったMRI検査のいずれにも、原告の脳内部において明らかな病変を示す陰影が描出されていたところ、本件手術後に行ったMRI検査では当該病変部の陰影が消失しているから、右病変部の消失は、本件手術により病変部の脳組織が採取された結果であると推測され、本件手術に先立って本件手術に使用するMRI撮影装置及びMRI用BRW型定位脳手術用器具の予備実験を行っており、BRW装置の内部において磁場によるゆがみや誤差が生じず、外部において最大一ミリメートル程度の誤差であったことが確認されているから、郭医師は本件手術の目標点とされた病変部に正確に到達したということができる。

ところで、右病変部は、肉眼所見で正常であり、採取された組織検査の結果によると神経膠腫のごく初期程度の可能性のものであって、腫瘍といえるようなものでなく、血管性病変の可能性が高かったのである。

しかるに、郭医師は、目標点の病変部が肉眼所見で正常であったため、非常に奇異に感じ、目標点が狂った(目標点を誤った)のではないかと判断して、MRIの画像上目標点とされている地点の五ミリメートルの部分のみならず、その奥の最大限五ミリメートルの部分とその手前の最大限五ミリメートルの部分の組織を採取した。

しかしながら、本件病変部は、大脳深部で視床及び内包後脚に近接する基底核の尾状核、被殻と内包前脚に位置しており、脳幹に近い脳の重要な部位であるところ、本件手術の目的が、脳腫瘍の疑いがあったものの出血性梗塞の可能性を含めた病変の診断の確定にあったのであるから、運動麻痺や意識障害等の術後合併症を避けるためには、診断に必要なだけの最少限の組織の採取(一般には病理診断に必要な腫瘍鉗子で採取可能な量)にとどめるのが原則である。

そして、ガイド刺入に際し、髄液は余り出ておらず、ガイドに目盛が付いていたことに照らせば、目標点が狂った(目標点を誤った)のではないかと判断したのは早計であり、目標点の肉眼所見が正常であった以上、出血性梗塞であるなどのことも考慮して、当該部分の組織の採取にとどめるべきであったということができる。少なくとも、目標点の組織を採取した後、奥の組織が肉眼所見で正常であったのであるから、その奥の部分を採取する必要性はなかったというべきである。

郭医師がその奥の部分を採取したことは行き過ぎであり、過失があるといえる。

そして、原告の合併症状(後遺症状)の原因は、目標点の奥の細胞を最大限五ミリメートル程度採取したことによる後出血であり、右過失行為と右合併症状(後遺症状)との間には因果関係がある。

二  争点5(損害)について

1(一)  治療費(請求一二四万四九八二円)

本件手術後少なくとも一か月経過後であって一般病室に原告が移された平成四年八月一〇日からの治療費が、本件過失行為と相当因果関係にある損害と認められるところ、この金額を特定して認めるに足りる証拠はない。

(二)  付添看護費(請求三三四万三五〇〇円)

原告は平成四年七月九日から平成六年六月二四日まで入院したところ、平成四年八月一〇日から退院時まで六八四日間の付添看護費が本件過失行為と相当因果関係にある損害と認められ、一日当たりの付添費は四五〇〇円が相当であるから、付添看護費相当損害金は三〇七万八〇〇〇円が相当である。

(三)  入院雑費(請求九六万五九〇〇円)

前記六八四日間の入院雑費が本件過失行為と相当因果関係にある損害と認められ、一日当たりの入院雑費は一三〇〇円が相当であるから、入院雑費相当損害金は八八万九二〇〇円が相当である。

2  休業損害(請求三四九万五二五〇円)

前記認定事実によれば、原告は平成四年七月九日当時専業主婦であったことが認められ、平成四年当時の産業計・企業規模計・女子全年齢平均賃金は年間三〇九万三〇〇〇円であるから、平成四年八月一〇日からの休業損害は二八二万一八三三円が相当である。

3  慰謝料(請求二七四九万〇〇〇〇円)

(一) 入院慰謝料(二五か月分)(請求三四九万〇〇〇〇円)

前記のとおり、六八三日間すなわち約二三か月間の入院が被告の不法行為と相当因果関係にある損害であるから、入院慰謝料は三四三万円が相当である。

(二) 後遺障害慰謝料(二四〇〇万〇〇〇〇円)

前記争いがない事実等と乙第四号証及び証人横田直也の証言によれば、原告は、意識障害、体幹失調、四肢不全麻痺の後遺障害があり、平成五年七月九日に症状が固定したこと、同年一〇月、身体障害者一級に認定され、平成六年一月一〇日の時点で、右上下肢に運動麻痺があり、排尿排便障害があり、ものをつまんだり握ったりタオルを絞ったりすることは一人ではうまくできず、着衣を来たり座ったり歩いたりすることが一人では全くできず、ベッドから移動する際に車椅子を利用し、言葉は家族は理解できるが他人は理解することができず、現在ゆっくりとではあるが会話をすることはでき、食事は自分でできるが半介助を要し、歩行はできない状態にあることが認められ、これは、後遺障害別等級表の第2級の3「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの」に当たると認められる。

したがって、後遺障害慰謝料は二〇五〇万円が相当である。

4  後遺障害による逸失利益(請求三六二八万四〇六九円)

前記のとおり、原告は専業主婦であって平成五年七月九日に前記症状が固定したところ、平成五年時の産業計・企業規模計・学歴計・女子全年齢平均賃金は、年間三一五万五三〇〇円であるから、これにライプニッツ係数九・八九八六を乗じ、後遺障害逸失利益は三一二三万三〇五二円が相当である。

5  弁護士費用(請求七二八万〇〇〇〇円)

弁護士費用は三〇〇万円が相当である。

6  以上の合計額は、六四九五万二〇八五円である。なお、仮執行宣言の申立ては、必要がないから付さない。

(裁判長裁判官 若林諒 裁判官 河合裕行 裁判官 上村考由)

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