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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)6212号 判決 1997年5月16日

原告

大阪教職員組合

右代表者中央執行委員長

中道保和

右訴訟代理人弁護士

石川元也

渡辺和恵

井上直行

杉本吉史

被告

株式会社富士銀行

右代表者代表取締役

橋本徹

右訴訟代理人弁護士

船越孜

右訴訟複代理人弁護士

中村泰雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、一億一四六二万二九六六円及びこれに対する平成六年三月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、大阪府下の教職員により組織された教職員組合(権利能力なき社団)であり、被告は、銀行業務を営む株式会社である。

2  原告と被告との間には、平成二年四月三日当時、別紙物件目録記載の番号1ないし20の二〇口の定期預金契約(以下「本件各定期預金」という。)が存在した。

3(一)  本件各定期預金のうち、番号1ないし8の各定期預金は、いずれも満期日までに預金者から特に申し出がない限り自動的に従前と同一の期間の定期預金として継続するとの自動継続特約が付されており、被告は、右各定期預金につき満期日が到来しても、原告から継続しない旨の申し出がない限り継続する義務がある。

(二)  本件各定期預金のうち、番号9ないし20の各定期預金は、いずれも元は自動継続特約付の定期預金であったのを右特約のない定期預金(自由金利型)に切替えたものであるところ、その際、被告は、満期日が到来しても自動継続特約付の定期預金と同様に継続できるようにする旨約束した。

(三)  仮に、右(二)が認められないとしても、原告は、被告に対し、右(二)の各定期預金について、各満期日ごとに継続の申込みの意思表示をした。

しかるところ、銀行は、公的に保護された預金制度を社会一般の利用に供することが要請されており、したがって銀行の預金取引においては契約自由の原則が後退し、締約強制が働き、正当な理由がない限り預金申込みを拒むことができないから、本件において右各定期預金は継続された。

4  しかるに、被告は、平成二年四月三日以降、本件各定期預金について、各満期日以後は普通預金扱いにし、平成二年四月三日から平成六年三月二九日まで定期預金として発生したはずの利息合計金一億三一四九万五七六三円のうち一六八七万二七九七円(平成二年四月三日から各満期日までの定期預金としての利息金と各満期日以降の普通預金としての利息金)のみを支払い、差額一億一四六二万二九六六円を原告に支払わない。

5  (予備的請求)

被告は、平成二年四月三日以降、本件各定期預金の継続を不当に拒絶し、前記の期間預金元金の運用益を得ながら定期預金に付すべき利息金と支払済みの利息金との差額一億一四六二万二九六六円の支払を免れたものであり、これは、法律上の原因なくして利益を受け、原告に損失を及ぼしたものであり、かつ悪意の受益者に当たる。

6  よって、原告は、被告に対し、主位的に本件各定期預金契約に基づき、予備的に不当利得返還請求権に基づき、右各定期預金に対する平成二年四月三日から平成六年三月二九日までの利息合計金一億三一四九万五七六三円から支払済額一六八七万二七九七円を控除した残額一億一四六二万二九六六円及びこれに対する平成六年三月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の各事実は認める。

2(一)  同3(一)の事実のうち、番号1ないし8の各定期預金について自動継続特約が付されていることは認め、その余は争う。

(二)  同3(二)の事実は否認する。

(三)  同3(三)の事実中、被告が原告から、数口の定期預金について、各満期日ごとに継続の申込みの意思表示を受けたことは認め、その余は争う。

銀行は、預金契約の締結につき、行政法規上の規制を受けることはともかく、民事上の締約強制を受けることはないから、本件各定期預金のうち、自動継続特約付でない定期預金については、原告の継続の申込みを被告が承諾しない限り、各満期日以後は定期預金契約は不成立である。

3  同4は認める。

4  同5は争う。

三  被告の主張

1(主位的請求について)

被告は、本件各定期預金について、各満期日に定期預金として継続することを拒絶したところ、右拒絶をなすにつき、以下のとおり正当な理由がある。なお、自動継続特約付の定期預金についても、正当な理由があれば継続を拒絶(停止)できることは、かわりがない。

すなわち、平成二年四月三日に東京地方裁判所が発した債権仮差押命令(平成二年(ヨ)第二二三〇号、債権者・日本教職員組合、債務者・原告、平成六年三月二九日解除)により、本件各定期預金について仮差押(以下「本件仮差押」という。)がなされたところ、右仮差押後に満期日が到来した定期預金の継続(期限の延長)をなすことは、仮差押の処分禁止効に違背するもので、将来差押に移行した場合に差押債権者に対抗することができない処分行為であり、右継続に応じた場合、被告において満期日前に払い戻しに応ずることを余儀なくされるという不利益を被る恐れがある。

また、定期預金の書替えに応ずると、仮差押及び差押の対象債権が不明確になったり、二重差押の場合に競合部分が判然としないことも考えられる。

2(予備的請求について)

前項のとおり、被告が本件各定期預金の継続を拒絶したのは正当の理由に基づくものであるから、定期預金としての利息金の支払を免れても法律上の原因なく利益を受けたことにはならない。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張1のうち、本件各定期預金について被告が継続を拒絶したこと及び本件仮差押がなされたことは認め、その余は争う。

仮差押は差押と異なり、取立権を伴わないし、継続後の利息金にも仮差押の効力が及ぶから、仮差押を受けた定期預金の継続(期限の延長)は仮差押債権者の利益を害するものではない。また、大手都市銀行である被告の資金量等を考慮すれば、本件各定期預金の継続が、差押に移行した後の差押債権者に対抗できず、期限前に差押債権者から取立請求を受ける事態となっても、資金運用上支障を生ずることはない。

したがって、本件各定期預金が本件仮差押を受けたことは、被告が満期日後の継続を拒絶する正当な理由には当たらない。

2  同2は争う。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1、2の各事実は、当事者間に争いがない。

二  主位的請求について

1  請求原因3について

(一)  請求原因3(一)の事実中、本件各定期預金のうち番号1ないし8の各定期預金が原告主張の自動継続特約付であることは当事者間に争いがない。

しかるところ、右特約が付された定期預金については、預金者である原告が満期後は継続しないことを特に申し出ないときは、期限の延長の申し出があったものとみなし、被告において期限を延長したものとして取り扱うべきであると解される。もっとも、被告は、原告から期限の延長の申し出があったとみなされる場合でも、正当な理由がある場合には、右特約付の定期預金の継続を拒絶(停止)できるものと解するのが相当である。

(二)  請求原因3(二)について、甲第一九号証(山中幹男作成の陳述書)及び証人山中幹男の証言によっても、本件各定期預金のうち番号9ないし20の各定期預金につき、被告が、継続の手続を遺漏なく行うことを約したことが認められるにとどまり、満期が到来した場合に当然に継続の扱いをする旨を約したことまでは認めるに足りず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

(三)  請求原因3(三)について、原告が被告に対し右各定期預金のうち数口について各満期日に継続の申込みの意思表示を行ったことは当事者間に争いがなく、この事実と、証拠(甲八の1、2、一一の1、2、一九、証人山中幹男)及び弁論の全趣旨によれば、右各定期預金の満期日が到来した都度、原告が被告に対し継続の申込みの意思表示を行ったことが認められる。

ところで、原告は、銀行の預金取引について締約強制が働く旨主張するところ、銀行業務の公共性(銀行法一条)に鑑みれば、銀行の預金取引については契約自由は制限され、銀行は顧客からの預金取引の申込みに対し、正当な理由がない限り承諾すべき義務があると解することができるが、進んで、その義務が個々の顧客に対する直接の民事上の義務であるとまで認められるか、それとも公法上の義務にとどまるかは、なお検討を要するところであり、銀行が右義務に違反して顧客からの預金取引の申込みを不当に拒絶した場合にも、不法行為責任等を生ずることはともかく、契約の成立までは認められないと解することもできるが、この点の判断はひとまずおく。

2  請求原因4の事実は当事者間に争いがない。

3  被告の主張1について

(一)  被告の主張1のうち、本件各定期預金について被告が継続を拒絶したこと及び本件仮差押がなされたことは当事者間に争いがない。

(二)  被告は、本件各定期預金の継続を拒絶した正当な理由として、本件仮差押がなされたことを主張するので、以下判断する。

債権の仮差押えは、金銭債権者がその将来の強制執行を保全することを目的とし、仮差押命令の執行により、債務者は、仮差押えの目的債権につき、売買・贈与等の譲渡行為、質権・抵当権などの担保権設定行為、第三債務者からの取立、期限の延長その他仮差押債権者を害する一切の処分をすることが禁止され(処分禁止効)、これに反してなされた処分行為は仮差押債権者に対抗できない。もっとも、仮差押は、差押と異なり取立権を伴わないから、仮差押の段階では期限の延長が仮差押債権者に不利益を与えるものではないが、将来差押に移行した場合には取立権の行使を遅らせることになるので、仮差押の段階でなされた期限の延長も仮差押債権者に対抗できないことになる。なお、本件各定期預金のうち番号1ないし8の各定期預金は、自動継続特約付のものであり、右特約による定期預金の継続がそもそも処分行為にあたるかが問題となるが、自動継続特約が付された定期預金も、期限付きの預金であることに変わりはなく、期限到来時に、預金者が特段の申し出をしないという不作為をもって、継続(期限の延長)という処分行為がなされていると解するのが相当であり、これを期限の定めのない定期預金であって一定時期毎に払戻請求する権利が留保されているにすぎないとみるのは相当でない。したがって、右特約による継続も、仮差押債権者を害する処分行為に当たる。

そうすると、本件で被告が本件各定期預金の継続に応じたとしても、将来差押に移行した段階で、差押債権者から取立請求を受けたときは、期限の延長を対抗できないため、期限前の払い戻しに応ずることを余儀なくされる結果となる。

しかるところ、定期預金の期限は、一定期間の資金運用の自由という利益を銀行に付与するものであり、これを一方的に奪うことはできないものというべきである。しかるに、銀行が仮差押のなされた定期預金の継続に応ずることは、将来期限前の払い戻しに応ずることを余儀なくされる恐れがあり、いわば、中途解約の権利が留保された定期預金契約を結ぶに等しい。ところで、銀行実務上、任意に定期預金の中途解約に応ずることがあり、その場合、経過期間に応じて普通預金の利息を付して払い戻す扱いがなされているとしても、このような扱いはあくまで銀行の任意に委ねられており、預金者が当然に要求しうるものではない。なおまた、原告は、大手都市銀行である被告にとって、差押に移行後に差押債権者から期限前の取立請求を受ける事態となっても、資金運用上支障を生ずることはない旨主張するが、銀行として、中途払い戻しを余儀なくされること自体が不利益に当たり、それによって資金運用上支障が生じないとしても、いわば中途解約の権利が留保されたに等しい定期預金契約に応ずべき理由はない。また、仮差押された定期預金の継続に応ずるべきか否かを、個々の金融機関の資金状況等に応じて個別具体的に判断すべきものとするのも、銀行業務の安定性や公平さの観点からみて妥当なこととは思われない。なお、仮差押は、本件のごとく差押に移行せずに終わる場合があるが、仮差押の推移が事前に予測できない以上、第三債務者である銀行としては、差押に移行するであろうことを前提に対応せざるを得ないものというべきである。

このように、定期預金の継続が仮差押債権者を害する処分に当たる以上、被告は、本件各定期預金が本件仮差押を受けたことをもって、その継続を拒絶する正当な理由となし得るものと認めることができる。

(三)  以上の次第であるから、被告は正当な理由により本件各定期預金の継続(期限の延長)を拒絶したものであるので、いずれにしても、各満期日の到来により定期預金契約は終了したものといわざるを得ない。

三  予備的請求について

原告の不当利得返還請求は、被告が本件各定期預金の継続を不当に拒絶したことを前提に、法律上の原因なく利益を受けたことを主張するものであるが、前記認定説示に照らし、右の前提を肯認できないことは明らかである。

四  以上によれば、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官田中澄夫 裁判官今中秀雄 裁判官島村路代は転補のため署名押印できない。 裁判長裁判官田中澄夫)

別紙省略

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