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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)7508号 判決 1998年2月16日

原告

日比健太郎

被告

日進クラウン株式会社

主文

一  被告は、原告に対し、金一一五二万〇四一一円及び内金一〇五二万〇四一一円に対する平成四年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金六四八六万五八〇六円及び内金五八五三万五八〇六円に対する平成四年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告の経営するレストラン「びっくりドンキー」の駐車場に自動二輪車に乗って進入しようとした原告が、同駐車場の入り口に張られたチェーンに自己の身体等を引っかけ転倒し、負傷した事故に関し、原告から被告に対し、選択的に民法七一七条、同法七〇九条及び同法七一五条に基づき損害賠償を請求している事案である。

一  争いのない事実等(証拠により認定する場合には証拠を示す。)

1  事故(以下「本件事故」という。)の発生

(一) 日時 平成四年八月二七日午前一時四五分ころ

(二) 場所 大阪府堺市浜寺石津町西二丁三二番二号ファミリーレストラン「びっくりドンキー」(以下「本件レストラン」という。)駐車場(以下「本件駐車場」という。)入口付近

(三) 事故車両 自動二輪車(なにわ も 六一五一)

(四) 右運転者 原告

(五) 事故態様 原告が事故車両を運転して本件駐車場に進入するに際し、駐車場入口に張られたチェーンに事故車両及び自己の身体を引っかけ、転倒したもの。

2  原告の受傷(甲六ないし八)

原告は、本件事故により、右第一・二肋骨骨折、両側血気胸、肺挫傷、頸部挫傷、気管損傷、両側反回神経麻痺等の傷害を負った。

3  治療状況

原告は、前記傷害の治療のため、以下のとおりの入通院治療を受けた。

(一) 入院治療

(内訳)

(1) 馬場記念病院に平成四年八月二七日から同年一〇月二日まで(甲六、乙一三)

(2) 近大付属病院に平成四年一〇月二日から同年一一月二一日まで(甲七、乙一五)

(3) 同病院に平成五年三月一一日から同年五月一五日まで(甲九、乙一六)

(4) 同病院に平成五年七月二日から同年八月一四日まで(甲九、乙一七)

(5) 同病院に平成五年一〇月二〇日から同年一二月八日まで(甲九、乙一八)

(二) 通院治療

(内訳)

(1) ベルランド病院に平成四年一二月八日から平成五年四月九日まで(実通院日数一四日)(甲三1から14、乙一二、なお、乙一二によれば原告は平成四年一一月二七日から同病院に通院していたことが認められるが、原告の主張に従う。)

(2) 近大付属病院に平成四年九月二四日から平成六年五月二七日まで(実通院日数四九日)(甲七、九、乙一四)

二  争点

1  被告の責任・過失相殺

(原告の主張)

(一) 本件事故は見通しの悪い駐車場の入口に照明設備を設けることなく、視認しにくい細いチェーンを用いて入口を封鎖する仕組みのゲートを設置し、駐車場に進入しようとする者が接触しやすい状況を作出したという、被告が土地工作物に関して損害発生を防止するに足りる設備を設けていなかったことによって起こったものである。

(二) 本件事故は、未だ店内で他の客が飲食している営業中の時間帯に、あたかも客の来店を誘引するかのごとく店の看板もライトアップしたままの状態を放置しておきながら、他方で、見通しの悪い駐車場の入口を視認しにくい細いチェーンで封鎖し、駐車場に進入しようとする者にとって危険な状況を作り出した被告ないし被告の従業員である店長藤本森敏(以下「店長藤本」という。)の過失によって起こったものである。

(被告の反論)

本件事故は、原告が、事故車両を運転し本件駐車場入口より進入するに際し、前方注視を尽くし安全を確認して進行しなければならない注意義務があるのにこれを怠り、漫然と時速約一〇キロメートルで進行した過失によって、引き起こされたものである。

また、本件駐車場入口の状態は、工作物が本来備えるべき安全性を欠いている状態、すなわち瑕疵があるとはいえない。

2  後遺障害の内容、程度

(原告の主張)

原告の本件事故による症状は、平成六年五月二七日に症状固定となったが、症状固定後においてもなお気管に異常を残し、また声帯が十分に振動しないため有声の発生ができず、ささやくような発声しかできない状態であり、呼吸機能及び発声機能の著しい障害が存し、また、外見上も咽頭部から胸部にかけて著しい醜状痕が残った。これらは、後遺障害等級六級に該当する。

3  原告の損害(原告の主張)

(一) 治療費 合計 一七〇万九五〇〇円

(内訳)

(1) 入院費用 馬場記念病院 二五万一八九〇円

近大付属病院 一四〇万五五四〇円

(2) 通院費用 ベルランド病院 六六七〇円

近大付属病院 四万五四〇〇円

(二) 入院付添費 一一〇万七〇〇〇円

(三) 入院雑費 三一万九八〇〇円

(四) 交通費 合計 七万九二六〇円

(内訳)

(1) ベルランド病院 一万〇六六〇円

(2) 近大付属病院 六万八六〇〇円

(五) 休業損害 二七五万二五九六円

(六) 後遺障害逸失利益 三九四四万七六五〇円

(七) 入通院慰謝料 二六二万円

(八) 後遺障害慰謝料 一〇五〇万円

(九) 弁護士費用 六三三万〇〇〇〇円

(一〇) まとめ

以上より、原告は、被告に対し、金六四八六万五八〇六円及び右金額から弁護士費用を控除した五八五三万五八〇六円に対する本件事故発生の日である平成四年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三当裁判所の判断

一  争点1(被告の責任・過失相殺)について

1  前記争いのない事実等(第二の一)、証拠(甲五、一〇、検甲一ないし一七、二四ないし三五、乙一ないし一一、一九、二〇、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 事故現場の状況

(1) 本件事故現場の概況は、別紙図面のとおりである。本件レストランは、南北に通じる府道堺阪南線(以下「本件道路」という。)の東側に接した縦約四七・五メートル、奥行約八〇メートルの敷地にあり、建物は同敷地の南側にある。

(2) 本件事故現場となった本件駐車場入口は、本件レストラン敷地の西側の道路に面した北寄りに設置され、入口幅員は五・五メートルで、敷地に一・六メートル入ったところに木製の門が設置されている。入口付近には、高さ四・〇メートル程度のポール看板が設置されている。

(3) 本件事故当時、本件駐車場入口には鎖が張られていたが、その高さは、両端の柱結束部分で約一・二メートル、中央の最低部分で約〇・八メートルであった。この鎖は、敷地内が暴走族等のたまり場になるのを防止するために、店のラストオーダー時間である午前一時三〇分を過ぎると、店長藤本がかけることになっており、本件事故当日も店長藤本によって、鎖が張られている。この鎖は、銀色で錆びてはおらず、光を当てると銀色に光って見えるものであった。

(4) 本件駐車場には照明が設置されており、照明が全て点灯された状態では、入口付近は極めて明るい。しかし、午前一時四五分になるとタイマーで自動的に駐車場内の照明とポール看板の照明は消灯され、店の接する南北の道路は、付近一帯に街路灯はなく、付近建物についても照明はなく、道路の通行車両も少ないので、消灯後は入口付近は暗くなる。しかし、本件レストランの営業時間は午前二時までなので、店内に客がいる限りは、店内の照明はつけられている。本件事故当時は、タイマーによって駐車場内の照明とポール看板の照明が消灯された直後であった。

(5) 本件道路は、本件事故現場付近では、歩車道の区別があり、歩道の車道寄りには植え込みがあるが、見通しを遮るほどの高さはなく、他に単車に乗って道路を走行している者の左方の見通しを遮る物はなかった。

(二) 本件事故の状況

(1) 原告は、本件事故当日の午前一時三〇分ころ友人ら八名とともに、本件レストランで食事をする目的で、友人宅を出発し、原告の運転する事故車両と、普通乗用自動車に分乗して、一五分ほどかけて本件レストランに向かった。

(2) 原告は、森本朋幸を同乗させ、事故車両を運転して、時速約六〇キロメートルで本件道路を北から南に向けて走行していたが、本件レストランが近づいてきたため、別紙図面記載<1>の地点で事故車両の速度を時速約三〇キロメートルに落とし、さらに同図面記載<2>の地点で事故車両の速度を時速約二〇キロメートルに落として左折の合図を行い、同図面記載<3>の地点から時速約一〇キロメートルで左折を開始した。

(3) そして、原告が本件駐車場入口にさしかかったとき、事故車両に前記の入口に張られた鎖が当たったため、原告は鎖の存在に気づき、ブレーキをかけようとしたが間に合わず、同図面記載<×>の地点でその鎖が原告の胸部さらに頸部に当たり、原告はのけぞる格好となりアクセルをふかす結果となり、事故車両を暴走させ、結局、原告は同図面記載<5>に、森本は同図面記載<甲>にそれぞれ転倒し、事故車両は同図面記載<6>の地点まで暴走して同図面記載の地点にあった自動車に衝突して停止した。

2(一)  以上認定の事実を総合すると、本件レストランの営業時間は午前二時までであるところ、ラストオーダー時刻である一時半を過ぎても、店内の照明が点灯している間は、本件駐車場に進入してくる客がいるかもしれないことは、店長藤本は予想すべきであったにもかかわらず、本件事故当日チェーンをかけるに際して、本件レストランの店内の照明を消した後にする等の相当な方法をとるべき注意義務を怠ったというべきである。したがって、本件事故発生については、店長藤本の過失がその一因となったものと認められる。

(二)  他方、前記1認定の各事実を総合すると、原告には、事故車両を運転し本件駐車場入口より進入するに際し、前方注視を尽くし安全を確認して進行しなければならない注意義務があるのにこれを怠り、漫然と時速約一〇キロメートルで進行した過失があることは明らかである。

以上認定される店長藤本と原告の過失の内容及び程度、その他本件事故態様等本件における一切の事情を斟酌すると、過失相殺として、原告に認容される全損害から六割を控除するのが相当である。

二  争点2(後遺障害の内容、程度)について

1  前記争いのない事実等(第二の一)、証拠(甲六ないし一〇、検甲二〇ないし二三、乙一一ないし一八、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告は本件事故により、右第一・二肋骨骨折、両側血気胸、肺挫傷、頸部挫傷、気管損傷、両側反回神経麻痺等の傷害を負い、入通院治療を受けた結果、平成六年五月二七日ころ以降は通院の頻度も一か月当たり一回程度になり、症状にも著変がみられない状態となった。そして平成七年一二月八日付の後遺障害診断書における診断では、他覚症状及び検査結果として「声門閉鎖が不完全なために気息性の嗄声がある。声門下で狭窄があるために頸部後屈時に狭窄が強くなり、軽い息苦しさを覚える。」、醜状障害として「前頸部皮膚瘢痕」と診断されている。

(二) 原告は、事故によって気管が損傷され、その後気管切開により手術を行ったものの、その後は、気管の内部にできた肉芽のため、気道がふさがれるようになった。その後、肉芽は除去されたものの、呼吸はすぐに息切れする状態となり、また、声帯は中間位で固定となったため、発声時に十分に閉じず、発声が困難な状態が続いている。原告は、平成七年五月二〇日から配管工として稼働するようになったが、小さなかすれ声しか出ず、他人に指示したり、ものを頼んだりしてもなかなか聞き取ってもらえないという不自由を感じている。

(三) 原告の頸部の瘢痕は、縦約九センチメートル、横約一一・五センチメートルの大きさで、前頸部のほぼ中央に存在している。

2  以上認定される事実からすれば、原告の症状は平成六年五月二七日に症状固定に至ったが、原告には、本件事故により、前頸部の醜状痕に加えて、発声及び呼吸機能の障害も残ったと認められ、原告は、これらの後遺障害によりその労働能力を通年にわたり二五パーセント失ったものと解するのが相当である。

この点被告は、原告は、入院中、消灯後も頻回に他患者と話をするなど、入院中から原告は何不自由なくコミュニケーションできており、発声の障害は労働能力の喪失をもたらすようなものではないと主張し、乙二一号証を作成した長谷川医師も同様の意見を述べる。しかしながら、原告が消灯後他の患者と話をしていたことをもって、直ちにコミュニケーションに障害がないということにはならず、かえって、治療中、原告に発声の困難は終始認められていること、平成五年一二月八日の退院時の病状説明においては、医師は、原告に対して、声帯の動きが全くないので声が普通に出ることはないことを説明し、声がでるようであれば異常と考えて早めに受診するように指示していること(乙一八)が、それぞれ認められ、そうだとすれば、原告の声の障害の程度は軽微なものとはいい難く、通常の労働能力を有する労働者に比し相当な労働能力低下があることは明らかというべきである。したがって、右の被告の主張は採用しがたいといわざるを得ない。

三  争点3(原告の損害)について(円未満切捨て)

1  治療費 合計 一六一万五一〇〇円

(内訳)

(1) 入院治療費

馬場記念病院分 二五万一八九〇円(甲一1ないし5)

近大付属病院分 一三一万一一四〇円

(甲二1ないし16)

(2) 通院治療費

ベルランド病院分 六六七〇円(甲三1ないし14)

近大付属病院分 四万五四〇〇円(甲四1ないし25)

2  入院付添費 六一万五〇〇〇円

前記の原告の受傷の内容、程度、原告の年齢、入院治療の内容等に照らすと、原告には、その入院期間中付き添い看護の必要性はあったと認められ、甲一一号証によれば原告の母親が、原告の入院期間中原告に付き添ったことが認められる。以上の事実及び母親の付添が医師の指示によるものではないこと等を考慮すると、本件事故と相当因果関係を有する原告の入院付添費は、原告の主張する入院期間二四六日間分にわたって、一日当たり二五〇〇円をもって相当と認める。

3  入院雑費 三一万九八〇〇円

本件事故と相当因果関係を有する入院雑費は、原告の主張する入院期間二四六日間につき、一日当たり一三〇〇円をもって相当と認める。

4  交通費 合計七万九二六〇円

(内訳)

(1) ベルランド病院分 一万〇六六〇円

(甲一二、乙一二、弁論の全趣旨)

(2) 近大付属病院分 六万八六〇〇円

(甲一二、乙一四、弁論の全趣旨)

5  休業損害 二七五万二五九六円

(一) 前記争いのない事実等(第二の一)、証拠(甲一〇、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、原告は、本件事故当時高校三年生であったこと、平成五年三月には高校を卒業し、同年四月より就職する予定であったこと、本件事故による受傷及びその治療のため、原告は、平成五年四月一日から平成六年五月二七日までの四二二日間は働くことができなかったこと、原告は、就職後は少なくとも賃金センサス(平成五年度・産業計・企業規模計・男子労働者・新高卒・一八歳から一九歳)の平均賃金程度の収入を得られたものであることを認めることができる。

(二) そこで、本件事故と相当因果関係を有する休業損害は、以下の計算式のとおり、二七五万二五九六円であると認める(原告主張のとおり。)。

(計算式)

2,380,800÷365×422=2,752,596

6  後遺障害逸失利益 一四七一万九二七二円

原告は、本件事故がなければ症状固定時(一九歳)から六七歳までの四八年間にわたり、賃金センサス(平成六年度・産業計・企業規模計・男子労働者・新高卒・一八歳から一九歳)の平均給与額二四四万〇四〇〇円以上の収入を得られたものと認められるところ(弁論の全趣旨)、前記認定のとおり、原告は本件事故による後遺障害によりその労働能力を通年にわたり二五パーセント喪失したものである。そこで、右症状固定時の年収二四四万〇四〇〇円を基礎にして、新ホフマン式計算法により、年五分の割合による中間利息を控除して逸失利益を算定すると、本件事故と相当因果関係を有する後遺障害逸失利益は、後記の計算式のとおり一四七一万九二七二円であると認める。

なお、被告は、本件事故によって原告に現実的な収入の減少が生じていないことから、原告に後遺障害逸失利益は認められるべきではないと主張する。しかしながら、前記認定のとおり原告の後遺障害は決して軽微とはいえず、通常の労働能力を有する労働者に比して労働能力が相当程度制約されており、今後における就労の可能性も制約されていることが明らかであるから、本件においては、原告に後遺障害逸失利益を認めるのが相当である。

(計算式)

2,440,400×0.25×24,126=14,719,272

7  入通院慰謝料 一八〇万円

前記争いのない事実等(第二の一)記載の原告の受傷の内容及び程度、入通院の期間、実通院日数、その他本件弁論に現れた一切の事情を考慮して、右金額をもって相当と認める。

8  後遺障害慰謝料 四四〇万円

前記(第三の二)認定の原告の後遺障害の内容及び程度、その他本件弁論に現れた一切の事情を考慮して右金額をもって相当と認める。

9  原告の損害のまとめ

(一) 小括

以上認定される原告の損害の合計金額(但し、弁護士費用は除く。)は、二六三〇万一〇二八円となるところ、前記認定の原告の過失割合六割を右損害額から控除すると、一〇五二万〇四一一円となる。

(二) 弁護士費用 一〇〇万円

原告が本件訴訟を提起、遂行するに際し、弁護士を委任したことは当裁判所に顕著な事実であるところ、本件事故の態様、本件の審理経過、認容額等に照らし、原告の損害として被告らに負担させるべき弁護士費用は一〇〇万円をもって相当と認める。

なお、原告は、弁護士費用については遅延損害金を求めていない。

(三) 合計

右(一)の金額に、右(二)の金額を加えると、一一五二万〇四一一円となる。

四  結論

以上より、原告の請求は、被告に対し、損害賠償として金一一五二万〇四一一円及び内金一〇五二万〇四一一円に対する平成四年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 松本信弘 山口浩司 大須賀寛之)

交通事故現場の概況(三)現場見取図

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