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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)8632号 判決 1997年11月07日

原告

日本化学工業株式会社

右代表者代表取締役

青木進

原告

進基商事株式会社

右代表者代表取締役

青木進

原告

青木進こと金進基

右原告ら三名訴訟代理人弁護士

野村清美

被告

富士火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

白井淳二

被告

日本火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

廣瀬清

右被告ら二名訴訟代理人弁護士

矢島正孝

右訴訟復代理人弁護士

清水英雄

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告らは、原告日本化学工業株式会社に対し、連帯して、金一億七〇〇〇万円及び平成七年九月七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告進基商事株式会社に対し、連帯して、金三〇〇〇万円及び平成七年九月七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告らは、原告青木進こと金進基に対し、連帯して、金六〇〇〇万円及び平成七年九月七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

五  仮執行宣言。

第二  事案の概要

一  基礎となる事実(証拠関係は括弧内に記載のとおり)

1  当事者

原告日本化学工業株式会社(以下「原告日本化学」という。)は、太陽熱温水器、ビニール製品、ナイロン製品、農業用合羽の製造販売を行う株式会社で、原告進基商事株式会社(以下「原告進基商事」という。)は、ビニール生地及びレザー卸販売等を行う株式会社で、原告青木進こと金進基(以下「原告青木」という。)は、右原告各社の代表取締役である。[甲第一八二の一、二及び弁論の全趣旨]

被告富士火災海上保険株式会社(以下「被告富士火災」という。)及び被告日本火災海上保険株式会社(以下「被告日本火災」という。)は、いずれも、火災等の各種保険事業等を営む株式会社である。[弁論の全趣旨]

2  原告らと被告らは、従前から、保険の目的物を、所在地大阪府和泉市王寺町一一一六番地二、家屋番号一一一六番二、鉄骨造陸屋根二階建の工場・倉庫・事務所・食堂(以下「本件建物」という。)、本件建物内部の什器備品、機械設備及び商品一式、終期を平成三年二月三〇日とする、別紙第一ないし第四保険目録記載の普通保険契約とほぼ同様の条件(但し、第二保険目録中の保険金額1は金二〇〇〇万円である点が異なる。)の普通火災保険契約(以下、この一連の契約をまとめて「旧契約」という。)を締結していたが、右終期を迎えてまもなく原告らが事業を閉鎖する予定であったため、旧契約の更新をしなかった。[甲第一七三の一ないし三、第一七四の一、二及び第一七五並びに弁論の全趣旨]

3  原告らは、被告らとの間で、平成六年八月二七日、佐々木義治(以下「佐々木」という。)の取次によって、別紙第一ないし第四保険目録記載の普通火災保険契約(以下、あわせて「本件保険契約」という)を締結して、所定の保険料を払い込み、本件保険契約の内容による各保険証券の交付を受けたが、本件保険契約申込書記載事実は別紙第一ないし第四保険目録記載のとおりとなっている。[争いがない]

そして、本件保険契約の普通保険約款第七条(告知義務)第一項には、「本件契約締結の当時、保険契約者又はその代理人が、故意または重大な過失によって、保険契約申込書の記載事項について、当会社に知っている事実を告げずまたは不実の事実を告げたときは、当会社は、保険証券記載の保険契約者の住所にあてて発する書面による通知をもって保険契約を解除することができます。」との記載(以下かかる条項を「本件告知義務条項」といい、この違反を「本件告知義務違反」という)がある。それに次いで、同条第二項には、「前項の規定は、当会社が保険契約締結の当時、前項の告げなかった事実もしくは告げた不実のことを知り、又は過失により知らなかった場合」(以下、便宜「判明事実」という)、同条第三項には、「保険契約申込書記載の記載事実中、第一項の告げなかった事実または告げた不実の事が、当会社の危険測定に関係のないものであった場合」(以下、便宜「危険測定外事実」という)との記載があり、いずれの場合も、第一項の規定は適用しない旨が規定されている。[甲第一七号証、弁論の全趣旨]

4  ところが、本件保険契約の保険の目的である本件建物等は、同年一二月二三日、本件建物内からの不審火による火災が発生し(以下「本件火災」という)、原告らは、平成七年一月四日、和泉市消防署に本件火災による損害を申告し、同月一〇日和泉市消防署長から全焼のり災証明書の交付を受けた。[争いがない]

5  原告らは、平成七年二月六日、被告富士火災に、商品在庫明細、什器備品明細書(原告日本化学分四枚)、商品流通図、日之鑑定人より依頼の書類一枚を提出し、受領書の交付を受け、同年二月一〇日、被告富士火災に対し、本件保険契約に基づく保険金合計金二億六〇〇〇万円の支払請求書を提出し、同社から保険金請求書を受取った旨の受領書の交付を受けた。[争いがない]

6  被告らは、同年二月七日、原告らに到達した書面により、本件告知義務違反を理由として、本件保険契約の解除の意思表示をした。[争いがない]

7  原告らは、被告らからの保険金の支払がないので、同年三月二日、再度被告富士火災に対し、本件保険契約の保険金の支払請求書を提出し、同社から保険金請求書を受取った旨の受領書の交付を受けた。[争いがない]

8  被告らは、現在も、原告らに対して保険金を支払っていない。[争いがない]

二  当事者双方の主張

1  被告らの主張

(一) 本件告知義務違反による解除

原告らは、被告らに対し、本件保険契約締結時、原告らが本件建物を管理せず、第三者が揮発性の高いガソリンが充填されているバイク等を保管している状況を告知せず、また、従来の皮革製品加工業の事業を再開する見込みもないのにかかる事業を再開するにあたっての保険契約申込であると不実の告知をなし、もって保険会社としても危険測定を誤らせた本件告知義務違反がある。

(二) 詐欺による取消、錯誤無効

(1) 本件保険契約は原告青木の詐欺により締結されたものである。

(2) 本件保険契約について被告らには重要な事項についての錯誤があり無効である。

2  原告らの主張

原告らは、現実の操業予定に基づき本件保険契約を締結したのであって、本件建物内の一部は第三者に賃貸して自動二輪車の置場になっていたがこれは佐々木も承諾していたもので告知義務違反はない。

本件保険契約締結にあたって、原告青木が被告らを欺罔したことはなく、被告らに錯誤もない。

三  争点

1  原告らに告知義務違反があり、被告らの解除は有効か。

2  本件保険契約締結の際に、原告青木が被告らに詐欺を行ったか、また、本件保険契約が被告らの錯誤により無効と言えるか。

第三  争点に対する判断

一  甲第五、第七の二ないし五、第七、第一二ないし一六の一、第一七、第一八の一ないし三、第一九ないし一七一、第一七六の一、二、第一七七の一、二、第一七八の一ないし三、第一七九、第一八〇の一、二、検甲第一ないし一六、乙第一ないし四二の三、検乙第一ないし一五一、梅本淑美、北本達男、佐々木義治の各供述、調査嘱託の結果及び弁論の全趣旨により認められる事実は、以下のとおりである。

1  本件建物の状況

原告らは、昭和四九年ころ、事業所を本件建物に移転したが、その際、本件建物は、別紙図面B、C、Dの部分のみであり、原告日本化学は同図Dの一階及び二階において原皮加工作業を、原告進基商事は、同図B及びCの二階において裁断縫製等の加工作業をしていた。この当時旧契約の担当者でもあった佐々木は、同僚の佐藤と共に本件建物における職作業が、旧契約申込書記載の皮革製品加工工場と合致することを確認していた。

また、原告らは、昭和六〇年頃、本件建物の内別紙図面Aの部分を増築し、一階をロビー、二階を事務所及び応接間として使用するようになったが、この増築による構造変更については、佐々木が物件調査をして旧契約の継続に関して特に問題がないことを確認していた。

しかし、原告らは、取引先の倒産や皮革製品ブームが廃れたことなどから事業が行き詰まり、平成三年一二月、旧保険の契約期間が終了後は契約を更新せず、平成四年三月三一日に事業を閉鎖して後、本件建物を使用することはなかった。

原告青木は、平成六年六月ころ、本件建物内に本件保険契約の保険の目的である、什器、備品を保管したまま、建坪六一三平方メートルである本件建物の一階の内三三〇平方メートルを丸山晧司(以下「丸山」という。)に賃貸し、丸山は、自己の経営する高石二輪ショップの倉庫として、本件建物内に修理あるいは再生組立用の部品を採集するための廃車状態の自動二輪車約六〇台と乗用車一台を収容し、北本達男(以下「北本」という。)を使用して管理した。右のうち、自動二輪車が収容されていた範囲は、本件建物の内別紙図面B、C及びDに保管されていた原告らの什器等の隙間をぬうようにして全体に及び、本件火災に至るまでかかる状態は継続していた(この点、証人北本は自動二輪車等を保管していたのはD及びCの一部のみであったと述べるが、同時にDの自動二輪車を置く余地が機械が一杯のため乗用車一台半くらい分と述べており、右の範囲に六〇台もの自動二輪車を置くことは物理的に極めて困難でありにわかに信用できない。)。

2  原告らの事業

(一) 原告青木は、昭和四〇年四月より、大阪市生野区において、ビニール製玩具、雨合羽等の製造販売会社を営んできたが、場所が手狭であったことなどから、本件建物がある現在の場所へ、昭和五一年暮れ、原告日本化学の工場を移転した。

原告青木は、さらに、昭和五〇年代半ば頃和泉市北信太において、毛皮、皮革製品販売店舗を開設し、平成になった頃、大阪府和泉市太町一五四―五に移転し店名もセーブルと変更した(なお、セーブルに関し被告富士火災との間でガラス保険が別途締結されている。)。

しかし、原告らが平成四年三月三一日に事業を閉鎖して以降は、本件保険契約締結時も本件火災発生時も、本件建物内の棚に保管された商品は、製品の端切れかビニールカッパの半製品で、超大型機械や原告青木が被害申告したような高額で多数の商品類は存せず(焼跡から皮革製品が出たとする梅本証言及び検甲第一五号証もこの認定を左右するものではない。)、存在が確認された高周波ウエルダー、ミシンなどの機械設備は荒廃して使用困難な状況に放置されていた。また、平成四年六月には銀行との当座取引も終わり、金利も支払えず、電気代の滞納分(平成四年二月ないし五月程度)も支払っていなかった。原告青木を除くと唯一の社員である梅本は本件建物に物を取りに行く程度で特に管理はしていなかったし、操業の準備も特にしていなかった。そして、原告青木はほとんど日本に帰ってこないで、年に一〇回くらい三日ないし一週間くらい日本に滞在する程度であった。(これに対し、焼跡から皮製品が出てきたとする写真もその数が多数にわたるものとはいえないし、原告青木が佐々木に説明した事業再開予定の事実を証する客観的証拠もなく、原告青木の陳述書も三越百貨店等の企画に参加すべく準備を整えていたとするのみで外部と現実の交渉をした形跡はなく、また、梅本供述は、注文を取ったとか企画があるとかにとどまり具体的な準備の供述はなくにわかに信用できない。)

3  本件保険契約の経過

原告青木は、平成六年八月二六日夜、三重県津市内所在の佐々木の自宅に、突然電話を架け、原告らが本件建物で同年九月五日から従前同様の皮革製品加工工場の操業を再開することになったので、すぐにでも旧保険と同様の火災保険契約を締結したいが、同年八月二八日には急用で韓国に出発するので、同年八月二七日に本件保険契約の申込手続を済ませたいと強く要望した。

佐々木は、原告青木と、右電話により、同年八月二七日(土曜日)午後八時ないし九時に、原告青木経営の毛皮等の販売店セーブルに来訪することを約束し、同日午後一〇時過ぎに指定の場所に赴いたところ、原告青木から、什器備品機械についての付保金額を旧契約金額より二〇〇〇万円増額したいとの申出があった。そうして保険料は七四万四六〇〇円だったところ、原告らの手持ちの現金が三〇万円しかなかったことから、佐々木が残金を立て替え払いし、梅本が同額の小切手を担保として振出し(但し、当時銀行名がなかった協和銀行における進基商事の小切手帳で日本化学工業の会社印により振出されている。かかる小切手は梅本が九月五日佐々木の口座に残金を振り込み決済している。)、同日午後一一時ころに保険契約申込と保険料受領の手続が完了した。

佐々木は、本件保険契約締結時である同年八月二七日はもとより本件火災に至るまで、本件建物の現況の確認はしていない。

二  争点について

1 告知義務違反の有無

告知義務制度が設けられた趣旨は、保険契約における保険料が個々の保険契約における保険事故の発生の危険性の程度によって決せられるものであり、保険料の算定の基礎となるべき危険率に見合う保険料を確保しなければ保険制度を円滑に運用できないことから、危険測定の基礎事実を知ることが不可欠であるが、この点に関してこれを最もよく知る保険契約者に協力させることが合理的であることにある。そうだとすれば、商法第六四四条一項本文における「重要なる事実」とは、保険会社が危険性を評価したうえで保険契約締結の諾否及び保険料を決するにあたり影響を及ぼす一切の事実と解せられるが、一方で、保険契約者にとっては必ずしも告知義務が生じる事項の範囲が明らかではないことからすれば、本件告知義務条項における告知事実は、保険契約申込書記載の事実に限定され、しかも、保険申込書記載事実であっても危険測定外事実はこれに含まれないと解するのが相当である。

これを本件についてみると、前記認定事実によれば、本件保険契約申込書には本件建物の職作業として「皮革製品加工工場」との記載がある一方、実際には原告らは、皮革製品加工工場としては使用せず、廃業後の倉庫及び第三者である丸山の自動二輪車等の保管場所として使用しており、皮革製品加工工場として使用する予定も現実的なものとして差し迫ったものはなかったのであるから、保険申込書記載事実に齟齬があり本件告知義務条項に違背があることは明らかである。

そして、危険測定事由に該当するかの点は、火災保険における危険性は、出火危険(火災発生の蓋然性)、燃焼危険(火災発生の場合の燃焼度)、損傷危険(燃焼結果としての経済的価値損失度)から構成されるものと解されるが、本件において、皮革製品加工工場において想定される原材料、什器、機械、備品等の収容貨物、作業内容、工場として使用される場合の監視体制から想定される危険率と、現実の使用状況である原告らの什器、機械、備品等の隙間に余地なく中古の自動二輪車が詰め込まれ、その中には多かれ少なかれガソリン等の可燃物をタンクに貯留している場合の危険率とを比較すれば、後者は前者に比して、出火危険、燃焼危険、損傷危険のいずれをとっても危険性が大であることは明白である。

したがって、原告らには、本件保険契約において、告知義務違反があると言うべきであるし、原告らが右につき悪意であったことは、前記認定事実から明らかである。

2  なお、本件火災に関連して被告らとは別の保険会社から原告らの取引金融機関に債権保全保険契約に基づき保険金が支払われているが、右債権保全契約は、本件保険契約とは目的を異にし担保目的物の所有者の告知義務違反があっても無関係に保険金が支払われるものであるから、右保険金が支払われた事実は右判断を左右しない。

三  以上から、その余の主張を判断するまでもなく、原告らの請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用について民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官渡邉安一 裁判官今井攻 裁判官武田正)

別紙<省略>

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