大阪地方裁判所 平成7年(ワ)9959号 判決
原告 安井きよ子
原告 安井千奈美
原告 安井千春
原告 橋本貴美
右四名訴訟代理人弁護士 細見孝二
被告 学校法人関西医科大学
右代表者理事長 塚原勇
右訴訟代理人弁護士 金田朗
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告安井きよ子に対して二〇三三万三一四三円、同安井千奈美、同安井千春及び同橋本貴美に対してそれぞれ六七七万円並びにこれらに対する平成六年一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
第二事案の概要
一 本件は、安井清春(以下「清春」という。)が、平成五年一二月六日被告経営の関西医科大学附属病院(以下「被告病院」という。)に肝臓がんの治療のため入院し、平成六年一月一七日死亡したことに関し、清春の遺族である原告らが、<1>平成五年三月の検査時には肝臓がんを疑わせる所見があったのであるから追跡検査などを行ったり、検査を指導すべき義務があるのにこれを怠った、<2>清春には、同年一二月二〇日以降、腹水が貯留していたにもかかわらず、これについて適切な処置をとらなかったことにより清春に苦痛を与え、死亡させた、<3>清春のように肝硬変に罹患している患者にはボルタレンは禁忌であるから、その使用を避けるべき義務があるのにこれを怠って漫然と投与し、死亡するに至らせた、<4>ボルタレンは清春にとって禁忌であるから、それを使用するには清春及びその家族に対し、説明すべき義務があるにもかかわらずこれを怠って漫然と投与したなどと主張して、被告に対し、債務不履行ないし不法行為による損害賠償請求権に基づき<1>逸失利益<2>慰謝料<3>葬儀費用及び<4>弁護士費用相当額並びにこれらに対する不法行為の結果発生の日である平成六年一月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
二 争いがない事実等
1(一) 清春は、昭和五年一月二七日生まれの男性であった(甲第一号証)。
(二) 被告は、肩書地において、被告病院を経営する医療法人である(争いがない。)。
平松新医師(以下「平松医師」という。)は、被告病院に勤務し、平成三年から平成六年にかけて被告病院第三内科に所属し、診療業務に従事していた(乙第七号証)。
湯山令輔医師(以下「湯山医師」という。)は、被告病院に勤務し、平成五年九月から平成六年一月までは被告病院第三内科に所属し、診療業務に従事していた(乙第八号証)。
関寿人医師(以下「関医師」という。)は、被告病院に勤務し、平成二年一〇月から被告病院第三内科講師を務めており、診療業務に従事していた(証人関寿人の証言)。
2 清春は、被告との間で、平成三年一二月一九日、肝臓の診察治療を行うことを内容とする診療契約を締結した(争いがない。)。
3(一) 清春は、平成五年一二月六日被告病院に入院したが、平成六年一月一七日同病院において死亡した(争いがない。)。
(二) 原告安井きよ子は、清春の妻であり、同安井千奈美、同安井千春及び同橋本貴美は清春の子である(争いがない。)。
三 争点
1 責任原因
(一) 検査指導義務違反
(1) 原告らの主張
平松医師は、清春が民間療法による治療を受けていることを認識しており、平成五年三月四日に実施された検査結果によれば、腫瘍マーカーであるAFPとPIVKAIIが異常値を示していたのであるから、肝臓がんが発症する可能性が高いことを認識し、清春に対し、検査の都度、次の検査を指示し、頻回に検査を受けるよう指導すべき義務を負っていた。
しかしながら、平松医師は、右可能性を認識せず、清春や原告千春に対し、検査結果を報告せず、清春に対し頻回な検査をせず、また、検査を受けるよう指導しなかった。
これにより、清春のがんの発見が遅れてその治療を受ける機会を失い、死期が早まった。
(2) 被告の主張
平松医師は、平成五年一一月に至り、清春が民間療法による治療を受けていることを知ったのであって、それまでは近くの医者に通院治療を受けていると認識し、主治医あてに検査結果を詳しく記載した紹介状を作成しており、指導義務を尽くしている。
AFPは、慢性肝炎や肝硬変に罹患し、強い肝障害時あるいは肝細胞の破壊と再生が進行している場合にも相当上昇することがあるから、その絶対値だけでなく、その変動経過を重視すべきである。
PIVKAIIはあくまでも補助的な診断要素にすぎない。
また、被告は、清春のAFPの数値が上昇するに伴い、平成五年三月一六日、腹部エコー及びCTの画像検査まで実施した上で異常がないことを確認しており、十分な検査義務を尽くしているから、過失はない。
(二) 腹水について適切な治療を行うべき義務の違反
(1) 原告らの主張
肝動脈閉塞術(TAE)施行後であれば、腹水及び腹腔内出血の可能性が高く、また、腹水のコントロールが可能であるから、関医師は、清春に対する診察・検査を十分に行い、その検査結果に対して厳重な注意を払って腹水を早期に発見し、その管理をすべき義務を負っていた。
しかしながら、湯山医師及び関医師は、右注意義務を怠り、清春の腹部が膨らんでいる事実を見逃し、かつ、平成五年一二月二四日に撮影したCTに写る腹水を見逃して、腹水発生後には不適当なリザーブ治療を検討し、同人に対し何らの注意も指導も行うことなく帰宅させ、さらに、腹痛で被告病院に帰院した同人を再度帰宅させた。
これによって、腹水発現の発見が遅れ、腹水を清春に貯留せしめるに至り、同人に耐え難い苦痛を与えて、死亡させるに至った。
(2) 被告の主張
腹水は、これをコントロールすることが困難であって対症療法による治療しかなく、肝臓がんの治療とは関係がない。さらに、腹水治療の遅れと清春の死亡の間には因果関係がない。
腹水の発現は、肝臓がんの末期においては必発の症状であるから、腹水に対する治療開始が若干遅れたとしても、清春がより大きい苦痛を被ったとはいえない。
(三) ボルタレンの使用に関する過失
(1) 原告らの主張
ボルタレン等の酸性系非ステロイド性抗炎症鎮痛剤は、非代償性肝硬変、特に腹水及び腹腔内出血を起こしている患者に対しては、使用禁忌である。
清春は、重度の肝障害を患い、しかも、腹水を起こしていたから、被告医師は、清春に対し、ボルタレンの投与を避けるべき義務を負っていた。
しかしながら、湯山医師及び関医師は、右注意義務を怠り、漫然と右薬剤を投与した結果、清春は、無尿伏態に陥り、腎不全を来し死亡した。
(2) 被告の主張
ア ボルタレンは、二万件を超える実績の中で、腎障害の発生頻度が一三例しかなく、原告らが主張するような腎障害が発生する可能性は極めて稀である。
清春の腎障害の兆候が見られるのは平成五年一月一〇日ころであって被告によるボルタレンの投与が中断されていた時期であった。
したがって、清春の腎不全は、肝硬変に随伴するもので、被告によるボルタレンの投与によるものではない。
イ 被告が清春にボルタレンを投与した当時、ボルタレンが肝障害や腎障害に対する禁忌であるとの認識は一般的に存在しなかった。
(四) 説明義務違反
(1) 原告らの主張
ボルタレンは清春にとって使用禁忌の薬剤であり、その投与によって同人の死を招いたのであるから、湯山医師は、右薬剤を投与するに当たり、清春やその家族にその危険性につき説明すべき義務を負っていた。
しかしながら、被告医師は、右注意義務を怠り、漫然とボルタレンを投与して清春を死亡するに至らしめた。
(2) 被告らの主張
被告医師は、清春の意識レベルを保ってほしいとの家族の希望を考慮して清春の意識に影響を及ぼさないボルタレンを選択したものであるし、本件のように患者の死期が近づいている場合、患者の苦痛を和らげるためにどのような薬剤を選択するかは医師の裁量に委ねられているといえるから、被告医師に過失はない。
2 原告らの損害
(一) 原告らの主張
(1) 損害
ア 逸失利益 一五六六万六二六九円
清春は、死亡当時六四歳であり、ガス配管業を営んでいたものであるので、同人が後八・三五年稼働するとして平成六年の六四歳の男子労働者平均賃金(月収)を基準とし、生活費割合を三〇パーセントとみて新ホフマン方式で算出すると、その逸失利益額は右のとおりとなる。
イ 慰謝料 二〇〇〇万円
清春が被告の不適切な診療により苦痛を受けて死亡したことによる慰謝料と原告らが清春が死亡したことによって被った慰謝料を合算すると、その金額は右のとおりとなる。
ウ 葬儀費用 一〇〇万円
エ 弁護士費用相当額 四〇〇万円
(2) 清春が死亡したことにより、原告らは清春が被告に対して有する損害賠償請求権を相続し、それと原告ら固有の慰謝料を合算すると、原告きよ子は二〇三三万円、その余の原告らは各六七七万七七一一円の損害賠償請求権を有する。
(二) 被告の主張(過失相殺)
清春は、平松医師及び奥野医師の双方から、二、三か月ごとに検査を受ける必要があるとの説明を受けていたにもかかわらず、それを怠ったのであり、過失がある。
第三争点に対する判断
一 争点1(一)について
1 争いがない事実、甲第一号証、甲第九号証、乙第一ないし第四号証、乙第七ないし第一二号証、検乙第一号証の1及び2、検乙第二号証の1ないし4、検乙第三号証の1及び2、検乙第四号証の1ないし4、検乙第五及び第六号証、証人関寿人、同平松新の各証言、原告安井きよ子及び同安井千春各本人尋問の各結果、鑑定の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 原告千春は、昭和五四年三月から平成五年一月まで被告病院に勤務し、当初、整形外科の外来の事務局に、平成二年ころから第一内科入院係に、後に整形外科に配属された。
清春は、被告病院整形外科を受診し、右肘関節症、変形性脊椎症と診断され、その際、血液検査を行ったところ、GOT二一六U/リットル、GPT二三六U/リットルなどの数値が判明したので、同病院整形外科医師西川正治は、平成三年一二月一九日、同病院第三内科に紹介した。
被告病院第三内科の医局長兼講師を務めていた平松医師は、清春を診察して腹部エコー検査も実施し、AFPが三四・四ng/ミリリットルであり、GPT、GOTなどのトランスアミナーゼ値が高く、血小板の減少、肝臓表面に不整があること、脾臓が肥大しているなどの所見を得、肝臓に何らかの疾患が認められるが、がんはいまだ発症していない旨診断した。平松医師は、平成四年一月一三日CT検査を実施し、原告千春が来院した同月一六日、清春がC型肝炎に罹患し、肝硬変に移行しつつある旨の所見を告知し、小柴胡湯を処方した。平松医師は、平成四年一月三〇日、清春を診察してインターフェロンによる治療を検討するため奥野医師の診察を受けるよう指示した。清春は、奥野医師による検査を受け、血小板が六万台しかなく、肝硬変に罹患していると考えられること、インターフェロンによる治療の適用がないこと、GPTが二六六と高く、しかも、活動性があることなどから、治療が必要であり、近くの医者で強力ミノファーゲンC四〇ないし六〇を連日注射してもらい、三か月に一度、腹部エコー検査による経過観察の必要があるとの指導を受けた。
清春は、平成四年一月三〇日、健康食、飲尿療法などの民間療法を指導する岡本哲郎(以下「岡本」という。)が経営する大阪快医学健康相談所に赴き、その後、平成五年一二月一日に至るまで二、三か月に一度、右相談所に通った。平松医師は、平成四年二月一二日、原告千春から近くの医者にかかっているので紹介状を作成してほしいとの依頼を受け、以上の検査結果及び腹部エコー検査が三か月に一回は必要である旨明記した「主治医先生侍史」と記載した主治医あての同日付け紹介状を作成し、原告千春は右紹介状を岡本に交付した。
平松医師は、平成四年四月二五日、血液検査を実施したところ、AFPが一七・六ng/ミリリットルであることが判明し、さらに、同日腹部エコー検査を実施し、「主治医先生」あての同月三〇日付け紹介状に以上の検査結果及び同年二月一二日の時と比較して肝機能的には多少改善傾向にあるが、今後とも十分な管理が必要である旨記載し、原告千春は右紹介状を岡本に交付した。平松医師は、平成四年七月三〇日、血液検査を実施したところ、AFPが一六・三ng/ミリリットルであることが判明し、さらに、同日腹部エコー検査、同年八月四日内視鏡検査を実施し、その検査結果に基づき肝硬変と確定的に診断し、「主治医先生」あての同月五日付け紹介状に以上の検査結果及び今後とも肝細胞がんが発生する危険性が高く、十分な経過観察が必要である旨記載し、原告千春は右紹介状を岡本に交付した。平松医師は、平成四年一一月二七日、血液検査を実施したところ、AFPが二二・三ng/ミリリットルであることが判明し、同日腹部エコー検査を実施し、「主治医先生」あての同年一二月一〇日付け紹介状に以上の検査結果と同年八月の時と比較してそれほどの変化がない旨記載し、原告千春は右紹介状を岡本に交付した。平松医師は、平成五年三月四日、血液検査を実施したところ、AFPが四六・三ng/ミリリットルと前回の平成四年一一月の時と比較して数値が増大し、腫瘍マーカーであるPIVKAIIが〇・一一AU/ミリリットルであることが判明し、同月一六日腹部エコー検査及びCT検査を実施し、「主治医先生」あての同年四月一日付け紹介状に以上の検査結果及び状況は前年八月の時と余り変わりがない旨記載し、原告千春は右紹介状を岡本に交付した。
清春は、その後しばらく被告病院を訪れず、平松医師は、約半年ぶりの平成五年一一月一一日に来院した清春に対し、血液検査を実施し、AFPが七九・一ng/ミリリットル、PIVKAIIが〇・三二AU/ミリリットルと上昇し、同日腹部エコー検査を実施し、同月一九日CT検査を実施し、同月二五日付け紹介状に以上の検査結果及び入院して精査及び加療を受けることが必要である旨記載し、原告千春は右紹介状を岡本に交付した。清春は、平成五年一二月二日、平松医師から入院して検査を受けるよう指示され、同年一二月六日、肝臓がんの精査、治療のため被告病院に入院し、合わせて食道静脈瘤の治療も受けることとなった。清春の入院時の肝機能評価は、チャイルドA、クリニカルステージII、耐術点数一二点であり、この時点で腹水は認められなかった。
被告病院においては、主治医が、他の医師とのカンファレンスを通じて治療方針を決定し、一年上級の世話係、指導医、病棟にいる上級医の助言のもと診断、治療を行うこととされており、湯山医師が清春の主治医となった。湯山医師は、平成五年一二月八日、腹部エコー検査を行い、腹水を認めなかったが、肝右葉に腫瘍径五・七センチメートルを越える腫瘤の画像を認めた。第三内科、第一外科、放射線科の医師は、三科合同カンファレンスを開き、清春につき外科的治療の適応がないと判断した。湯山医師は、平成五年一二月一〇日、肝動脈造影検査を行い、肝右葉後上区域に肝細胞がんを認めたため、肝動脈塞栓術を施行した。湯山医師は、平成五年一二月二〇日、腹部触診をして、腹部が柔らかく平坦で腫れていないとの結果を得た。湯山医師は、平成五年一二月二四日、CT検査を実施し、肝動脈塞栓術の効果が余り認められなかったため、肝臓内に挿入したカテーテルを体内に埋め込み、皮膚の表面のカテーテルの先端から抗がん剤を注入する治療方法について検討することとし、平成五年一二月二七日、清春にその旨の説明をし、また、右CT検査により、少量の腹水貯留が認められたので、腹部エコー検査を予約し、平成五年一二月二五日、胃の不快感の訴えに応じ、ガスターという胃酸を抑えるH2受容体拮抗剤を投与した。清春は、平成五年一二月二八日、いったん帰宅した後、即日帰院し、右上腹部痛を訴え、胃薬と鎮痛剤の点滴を受け、同月三〇日、軽快したので、同日から外泊し、平成六年一月四日、帰院した。
原告きよ子らは、清春が腹部膨満感、腹痛を訴えたため、平成六年一月七日、上級医による詳細な説明と主治医の変更とを求め、主治医が湯山医師から関医師に変更された。関医師は、原告きよ子らに対し、同年一月八日、腫瘍が進行し、破裂する危険が大きく、生命予後が一週間単位のものである旨説明した。清春は、肝不全、腎不全を来し、同年一月一三日、吐血し、同月一六日、意識を消失し、同月一七日、死亡した。
(二) 腫瘍マーカーは、健康な成人の血液等にはほとんど含まれないが、がんが発症した場合、比較的高頻度かつ多量に生成されるため、がんの存在や生物学的性格などを示す指標となる物質をいう。
AFPは、胎生期には生理的に存在する血清たんぱくであり、出生後は次第に減少し、成人では、血液中一〇ng/ミリリットル前後存在するが、肝疾患を中心として病的状態となると産生が亢進し、血液中の値も上昇する肝細胞がんに関する腫瘍マーカーの一つである。
PIVKAIIは、肝臓で合成される血液凝固第II因子であるプロトロンビンの異常なものを総称し、肝臓がん患者の血液中に著増する場合が多く、肝臓がんに関する腫瘍マーカーの一つとされており、AFPの値と相関関係はなく、AFPが低値の場合の肝臓がんの有用な指標とされている。
2 原告らは、平松医師が、清春が民間療法を行っている医師資格を有しない者から継続的に飲尿療法などを受けていることを認識していた旨主張し、甲第九号証、原告安井千春本人尋問の結果には、右主張に沿う部分がある。
しかしながら、前記認定事実及び前掲証拠によると、紹介状には、「主治医先生」と宛名が書かれ、検査結果や投与すべき薬剤が略語を用いて詳細に記載されていること、強力ミノファーゲンの投与という医師による処方に基づかなければできない処置をすべきことを示唆した記載があること、外来病誌上、「何か民間医療をしている。」との記載が認められるのは平成五年一二月二日が初めてであること、入院診療録上、平成五年一二月八日の欄に「患者が行っている民間療法」に関する詳細な記載があることが認められ、これらに照らせば、平松医師は、平成五年一二月までの段階において、清春が近くの医者に通院して治療を受けていたと認識していたと認めることができるのであって、甲第九号証及び原告安井千春本人尋問の結果はいずれも信用することができない。
また、原告らは、平成五年三月四日に行われた検査結果上、AFP、PIVKAIIの数値が異常に高い値を示していたから、肝臓がん発生の高い可能性を認識して、清春に対して頻回な検査を指導すべき義務を負っていた旨主張し、甲第八号証及び第一四号証には、これに沿う部分がある。
しかしながら、前記認定事実及び前掲証拠によると、AFPは、腫瘍マーカーとして一定の役割は担っているが、劇症肝炎、急性肝炎、慢性肝炎、肝硬変のような肝細胞壊死後の再生に伴って異常に高い値を示す場合があり、AFPの数値だけで肝臓がんと診断するためには、四〇〇ng/ミリリットル以上の値を示すことが必要であり、PIVKAIIは、肝硬変時にみられるビタミンK欠乏症時には異常に高い値を示すことがあり、それだけで肝臓がんと確定的に診断することが困難であり、AFPやPIVKAIIの数値が異常値を示した場合、肝細胞がん発生の危険性が高い状態と認識し、より診断感度の高い腹部エコー検査のような画像診断を定期的に行うべきであって、その間隔は、肝腫瘍の倍加時間及び肝細胞がん合併の頻度を考慮すると肝硬変の場合は三か月程度とされていることが認められるところ、本件において、AFPは、平成三年一二月一九日の時点で、三四・四ng/ミリリットル、平成四年四月二八日の時点で、一七・六ng/ミリリットル、同年七月三一日の時点で一六・三ng/ミリリットル、同年一一月三〇日の時点で、二二・三ng/ミリリットル、平成五年三月四日の時点で、四六・三ng/ミリリットル、PIVKAIIは、初めて測定した平成五年三月四日の時点で〇・一一AU/ミリリットルとなっており、これらの数値だけから肝細胞がんに罹患している旨確定的に診断することは困難であって、平成五年三月一六日腹部エコー検査及びCT検査を実施して、「主治医先生」あての同年四月一日付け紹介状に以上の検査結果及び状況は前年八月と余り変わりがないとの診断を通知しているのであって、既に三か月ごとに定期的に腹部エコー検査を受ける旨指示・指導していることに照らせば、必要な検査をし、また、指示・指導をしているといえる。
そうすると、平松医師は、清春が、近くの医者に通院して治療を受けているという前提の上で、検査結果を記載し、肝臓がんの発症の危険性につき警告し、従前と変わらず三か月ごとの腹部エコー検査等の経過観察を依頼する紹介状を作成しており、過失は認められず、右甲第八号証及び第一四号証は採用することができない。
したがって、原告らの争点1(一)(1) の主張は認められない。
二 争点1(二)について
1 争いがない事実、乙第一ないし第四号証、乙第八号証、検乙第一号証の1及び2、検乙第二号証の1ないし4、検乙第三号証の1及び2、検乙第四号証の1ないし4、検乙第五及び第六号証、証人関寿人の証言、弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 前記のとおり、平松医師が外来で診療した段階で腹水は認められなかったところ、湯山医師は、清春が被告病院に入院した平成五年一二月以降、主治医として診療に当たり、前記のとおり検査・治療を行い、平成五年一二月二四日ころからの腹痛を訴えに対し、胃炎を疑い、ガスター等の薬剤を投与し、平成五年一二月二四日に行われたCT検査の結果、少量の腹水が貯留していることを認め、腹部エコー検査を予約し、同月三〇日胃内視鏡検査を行い、表層性胃炎を認め、再びガスター2T等の薬剤を投与した。清春は、平成六年一月四日、倦怠感、腹部膨満感による苦痛を訴え、湯山医師は、同日に行われた腹部エコー検査の結果、相当量の腹水が貯留していることを認め、清春の家族に対し、肝硬変、肝臓がんの末期に生じる腹水とは異なり、血管塞栓術によって肝機能が低下したために生じた一過性のものであり、いずれ投薬によって消失する旨説明した上、漏出性の腹水に対する治療を開始し、新鮮凍結血漿、利尿剤を投与した。湯山医師に代わって主治医となった関医師は、腹水穿刺の処置を施し、同月九日に九〇〇ミリリットル、同月一〇日に一一〇〇ミリリットル、同月一一日に一二〇〇ミリリットル、血性の腹水を排出させ、いずれも滲出性であることを明らかにした。その後、前記のとおり、清春は、肝不全、腎不全を来し、同年一月一三日、吐血し、同月一六日、意識を消失し、同月一七日、死亡した。
(二) 腹水は、液体が腹腔内に貯留する症状をいい、呼吸が苦しくなるなどの症状がみられるが、それ自体が生命予後を左右するものではない。腹水は、漏出性のものと滲出性のものとに区分され、漏出性の腹水は、その成分に含まれるたんぱくの量が少なく、腎不全、心不全、肝不全の患者にみられ、滲出性の腹水は、その成分に含まれるたんぱくの量が少なく、腹膜炎、がんに罹患した患者にみられる。腹水に対する治療は、漏出性のものに対し、利尿剤、アルブミン製剤、新鮮凍結血漿の点滴、注射を行い、滲出性の腹水に対し、利尿剤等の投与は効果がなく、出血部を特定して止血を図る。
2 原告らは、湯山医師及び関医師は、肝動脈塞栓術施行後であれば、腹水及び腹腔内出血の可能性が高く、また、腹水のコントロールは可能であるから、清春に対する診察・検査を十分に行い、その検査結果に対して厳重な注意を払って腹水を早期に発見してその管理をすべき義務を負っていたにもかかわらず、右注意義務を怠り、清春の腹部が膨らんでいる事実を見逃し、かつ、平成五年一二月二四日に撮影したCTに写る腹水を見逃して、腹水発生後には不適当なリザーブ治療を検討し、清春に対し何らの注意も指導も行うことなく帰宅させ、さらに、腹痛で被告病院に帰院した同人を再度帰宅させ、腹水発現の発見が遅れ、腹水を清春に貯留せしめるに至り、同人に耐え難い苦痛を与えて、死亡させた旨主張し、甲第八号証及び第一四号証には、これに沿う部分がある。
しかしながら、前記認定事実及び前掲各証拠によれば、清春に生じた腹水は、肝細胞がんの破綻に伴う腹腔内出血による滲出性のものであって、湯山医師のした処置でなく、開腹したうえ出血場所を特定して止血するか、緊急に肝動脈造影を行って出血場所を特定して塞栓術と同じ要領で出血部の動脈を栓塞するかすべきであって、もとより帰宅を許すべきでなかったものの、元々の原因である肝臓がん自体が治療されない限りコントロールできないもので、腹水のみを治療しようとしても治療抵抗性があって、治療自体難しく、これを行うのが困難であり、いずれにしても、がんそのものが進行していくので、腹水が生命予後を左右しうるものでないことが認められるから、仮に、湯山医師が肝細胞がんの破綻に伴う腹腔内出血による滲出性の腹水と正しく診断していたとしても、これを治療し得たかは明らかでなく、仮に、治療し得たとしても死亡の結果を回避し又は延命し得たかは明らかでなく、右甲第八号証及び第一四号証は採用することができない。
したがって、原告らの争点1(二)(1) の主張は認められない。
三 争点1(三)について
1 前記争いがない事実、乙第一ないし第六号証、乙第八号証、検乙第一号証の1及び2、検乙第二号証の1ないし4、検乙第三号証の1及び2、検乙第四号証の1ないし4、検乙第五及び第六号証、証人平松新の証言、鑑定の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 湯山医師は、肝動脈塞栓術後の発熱に対し、平成五年一二月一〇日二五mg、同月一一日二五mg、同月一二日二五mg、同月一三日二五mg、同月一四日二五mg、同月一六日二五mg、同月一七日二五mg、同月五日二五mg、同月六日二五mg、同月七日二五mgそれぞれボルタレン座薬を投与した。
関医師は、原告らから清春の意識レベルを下げないようにとの要請を受け、死の終末まで意識を保たせるため、平成六年一月一一日五〇mg、同月一二日二五mg、同月一六日五〇mg、それぞれ意識レベルを下げずに解熱及び鎮痛の目的を達成すべくボルタレン座薬を投与した。
清春の合計尿量は、平成六年一月六日は七〇〇ミリリットル、同月七日は六〇〇ミリリットル、同月八日は一〇二〇ミリリットル、同月九日は六一〇ミリリットル、同月一〇日は四〇〇ミリリットル、同月一一日は二〇〇ミリリットル、同月一二日は四〇〇ミリリットル、同月一三日は九一〇ミリリットル、同月一四日は一五五〇ミリリットル、同月一五日は一二〇〇ミリリットルであった。
清春の血中クレアチニンは、平成六年一月七日には一・三mg/デシリットル、同月九日には一・二mg/デシリットルであった。
その後、前記のとおり、清春は、肝不全、腎不全を来し、同年一月一三日、吐血し、同月一六日、意識を消失し、同月一七日、死亡した。
(二) ボルタレンは、非ステロイド系消炎鎮痛剤の一種で、ジクロフェナクナトリウムの商品名をいい、解熱又は鎮痛の目的で使用されるが、重篤な肝障害、腎障害には禁忌である。
クレアチニンは、たんぱくの老廃物の一種で、腎機能の指標とされる物質であり、正常値は、血液中〇・五ないし一・三mg/デシリットルとされている。
2 原告らは、ボルタレン等の酸性系非ステロイド性抗炎症鎮痛剤は、非代償性肝硬変、特に腹水及び腹腔内出血を起こしている患者に対しては、使用禁忌であり、清春は重度の肝障害を患い、しかも、腹水を起こしていたから、被告医師は、清春に対し、ボルタレンの投与を避けるべき義務を負っていたが、湯山医師及び関医師は、右注意義務を怠り、漫然と右薬剤を投与した結果、清春は、無尿状態に陥り、腎不全を来し死亡した旨主張し、甲第八号証及び第一四号証には右主張に沿う部分がある。
しかしながら、前記認定事実及び前掲各証拠によれば、ボルタレンの使用により腎障害が発生したのは二万一九五八例中一四例にすぎないうえ、ボルタレンの投与と清春の尿量の変化及び腎機能の低下との間に関連があるとはいえず、血中クレアチニンの数値自体も正常であることが認められる。
そうすると、ボルタレンの投与が清春の予後に何らかの影響を与えたとはいいうるとしても、清春を死に至らしめたとまでいえず、右甲第八号証及び第一四号証は採用することができない。
したがって、原告らの争点1(三)(1) の主張は認められない。
四 争点1(四)について
原告らは、ボルタレンは清春にとって使用禁忌の薬剤であり、その投与によって同人の死を招いたのであるから、湯山医師及び関医師は、右薬剤を投与するに当たり、清春やその家族にその危険性につき説明すべき義務を負っていたが、右注意義務を怠り、漫然とボルタレンを投与して清春を死亡するに至らしめた旨主張する。
しかしながら、前述のとおり、ボルタレンの投与と清春の死亡との間の因果関係を認めるに足りる証拠はないから、湯山医師及び関医師がボルタレンの投与につきその危険性を説明しなかったことと清春の死亡との間の因果関係を認めることはできない。
したがって、原告らの右主張も採用することができない。
(裁判長裁判官 若林諒 裁判官 上村考由 裁判官松井英隆は、転補のため、署名押印することができない。裁判長裁判官 若林諒)