大阪地方裁判所 平成8年(わ)1332号 判決 1999年10月27日
主文
被告人甲野一郎を懲役四年及び罰金三五〇〇万円に、被告人乙川二郎を懲役三年及び罰金三〇万円に、被告人丙山三郎を懲役二年六月に、被告人丁谷四郎を懲役二年に、被告人大阪土地建物株式会社を罰金二億円にそれぞれ処する。
被告人甲野一郎、被告人乙川二郎、被告人丙山三郎及び被告人丁谷四郎に対し、未決勾留日数中一二〇日を被告人甲野一郎及び被告人乙川二郎の各懲役刑並びに被告人丙山三郎及び被告人丁谷四郎の各刑にそれぞれ算入する。
被告人甲野一郎及び被告人乙川二郎において各罰金を完納することができないときは、被告人甲野一郎については金一〇万円を一日に、被告人乙川二郎については金一万円を一日に換算した期間それぞれ労役場に留置する。
この裁判確定の日から被告人乙川二郎に対しては五年間その懲役刑の、被告人丙山三郎及び被告人丁谷四郎に対してはそれぞれ四年間その刑の執行をいずれも猶予する。
訴訟費用は、被告人甲野一郎、被告人乙川二郎、被告人丙山三郎及び被告人丁谷四郎の連帯負担とする。
理由
(犯行に至る経緯等)
一 被告人甲野一郎、被告人乙川二郎、被告人丙山三郎及び被告人丁谷四郎の身上、経歴等
1 被告人甲野一郎(以下「被告人甲野」という。)は、昭和三四年、大阪市内の清風高校を一年で中退後、昭和三六年から、大阪市内を中心として末野組の屋号で土木工事業を営むようになり、折からの高度経済成長の波に乗って、昭和四五年の大阪万国博覧会までに資金を蓄え、以後、昭和四六年に貸金業等を目的とする丸高産業株式会社(昭和五八年五月二三日に「末野実業株式会社」に商号が変更された。本店所在地は大阪市淀川区十三本町<番地略>、目的はキャバレーの経営等、資本の額は五〇〇万円、代表取締役は被告人乙川二郎とされた。なお、平成九年六月三日解散。以下、「末野実業」という。)を設立する一方、ビルの賃貸・管理業を中心とする不動産業の展開を図り、昭和五二年には不動産管理業等を目的とする被告人大阪土地建物株式会社(昭和五二年二月一五日設立、本店所在地は大阪市此花区酉島<番地略>、目的は不動産管理業等、資本の額は一〇〇〇万円、設立時の代表取締役は被告人乙川二郎であったが、現在は末野興産専務取締役を兼ねていたAである。ちなみに、同会社は、丸高産業株式会社の所有していたマンション等の管理会社として設立されたが、末野興産株式会社設立後は、同会社が所有する不動産の管理業務を行うようになった。以下、「被告人大阪土地建物」又は「大阪土地建物」という。)を、昭和五四年二月一九日には不動産賃貸業等を目的とする末野興産株式会社(本店所在地は被告人甲野の住居地であった大阪府吹田市高野台<番地略>、目的は不動産賃貸業等、資本の額は九〇〇〇万円で、設立時の代表取締役はB、現在は代表取締役社長が被告人甲野、代表取締役副社長が被告人乙川二郎で、大阪市西区新町<番地略>「天祥ビル」に本社事務所を置き、末野興産グループの中核企業として、多数の賃貸ビル等の不動産を所有していた。平成八年一一月一八日破産宣告。なお、同会社は、平成一〇年三月三一日、会社更生法上の更正手続開始決定を受けた後、平成一一年二月一五日、関係人集会において更正計画案が可決され、同月一七日大阪地方裁判所により認可されている。以下、「末野興産」という。)をそれぞれ設立した。
被告人甲野は、末野興産設立後、末野興産を中核として積極的に不動産を取得し、中国南宋末期の忠臣として有名な人物である文天祥の名に由来する「天祥」の文字を所有不動産の名称の一部に入れ、これを飲食店用店舗又はマンション等として高額の賃料で賃貸すること等により、多額の利益を得た上、これによる資金並びに金融機関及び旧住宅金融専門会社(以下、「旧住専」という。)等のノンバンクから借り入れた資金によって、更に幅広く不動産を取得することを繰り返して、事業規模を拡大し、平成二年三月二七日に不動産関連融資の総量規制(以下、「総量規制」という。)が示達されるまでに、取得した不動産は、大阪市内を中心に、テナントビル、マンション等の賃貸ビル及びその敷地並びに駐車場等の主要なものだけで二〇〇を超える一方、前記三社に加え、新町興産株式会社(昭和五五年七月二四日設立、本店所在地は大阪市北区兎我野町<番地略>、目的は不動産賃貸業等、資本の額は二〇〇〇万円、代表取締役は被告人乙川二郎とされ、末野興産のために末野興産のために金融機関からの資金調達を担当する会社として設立されたが、平成八年一一月一八日破産宣告を受けた。以下、「新町興産」という。)、末野観光株式会社(昭和五七年一一月六日設立、本店所在地は大阪市浪速区難波中<番地略>、目的はホテル経営等、資本の額は三〇〇〇万円とされ、設立時の代表取締役は被告人甲野、現在は被告人甲野及び被告人乙川二郎で、ラブホテル二軒の所有名義人になっている。以下、「末野観光」という。)、エヌシー機械販売株式会社(昭和五八年五月一三日設立、本店所在地は大阪府豊中市新千里南町<番地略>、目的は産業廃棄物処理用焼却炉の製造販売等、資本の額は一〇〇〇万円とされ、設立時の代表取締役はC、現在の代表取締役はDで、末野興産がエヌシー機械販売株式会社を経営す右CDに対して有していた債権を回収するための管理会社として設立されたが、昭和六二年以降は事業活動をしていない。以下、「エヌシー機械販売」という。)、株式会社グレース(昭和六〇年一月三〇日設立、本店所在地は大阪市浪速区元町<番地略>、目的はホテル経営等、資本の額は一〇〇万円<平成九年五月一日一〇〇〇万円に増資された。>とされ、代表取締役は被告人乙川二郎であったが、後にEに変更された。ラブホテル一軒を経営している。以下、「グレース」という。)、株式会社ベルサイユ(昭和六〇年一月三〇日設立、本店所在地は大阪市浪速区難波中<番地略>、目的はホテル経営等、資本の額は一〇〇万円とされ、代表取締役は被告人乙川二郎であったが、平成九年六月三日解散された。以下、「ベルサイユ」という。)、株式会社ワールド・エステート(昭和六〇年四月一七日設立、本店所在地は大阪市西区新町<番地略>、目的は不動産賃貸業等、資本の額は四億九〇〇〇万円、代表取締役は被告人甲野とされ、借入金でビルを建設した上、これを末野興産に譲渡するなどしていたが、平成四年以降は事業活動せず、平成八年一一月一八日に破産宣告を受けた後、平成一〇年三月三一日更正手続開始決定を受けた。以下、「ワールド・エステート」という。)及び末野不動産株式会社(末野興産が買収した株式会社岡山製氷の商号を昭和六三年一二月三日に変更したもので、本店所在地は大阪市中央区島之内<番地略>、目的は不動産賃貸業等、資本の額は三〇〇万円とされ、代表取締役は被告人甲野であったが、平成九年二月二〇日破産宣告を受け、同年六月三日解散した。以下、「末野不動産」という。)の七社を設立又は買収し、合計一〇社を末野興産系列下に収め、これらは、中核会社である末野興産の名称をとって、末野興産グループと呼ばれるようになっていた。
なお、被告人甲野は、末野興産が破産宣告を受けるまで、末野興産の代表取締役社長のほか、末野観光等三社の代表取締役を務めながら、末野興産グループ会社の総帥として、その全体を掌握していた。
2 被告人乙川二郎(以下、「被告人乙川」という。)は、昭和二九年早稲田大学を卒業後、大洋漁業株式会社に入社し、経理事務に従事したが、その後、同会社を辞め、山口県や大阪市内の海運会社、運送会社等を転々として経理事務に当たっていたところ、昭和四〇年から、前記末野組の屋号で土木工事業を営んでいた被告人甲野の下で、経理担当責任者として働くようになった。そして、被告人甲野の片腕として末野興産グループの形成に尽力し、末野興産の代表取締役副社長のほか、末野実業等八社の代表取締役となり、末野興産グループの番頭格の存在であった。
3 被告人丙山三郎(以下、「被告人丙山」という。)は、昭和三二年に奈良県吉野高校を卒業して竹中工務店株式会社に入社し、建築作業関係の仕事に従事したものの、その後、同会社を辞め、建設会社を転々としていたが、末野興産グループ関係の工事に携わったことがあって、被告人甲野と面識を有するようになっていたところ、平成四年、勤務先が倒産したことから、被告人甲野から、末野興産グループが所有するビルの営繕工事の責任者となるよう誘われ、平成五年一月二〇日、建築物の内外装工事業、不動産賃貸業等を目的とする後記株式会社コメダコーポレーション(以下、「コメダコーポレーション」ともいう。)が設立されると同時に、その代表取締役に就任した。そのほかにも、後記日新観光株式会社等一〇社の代表取締役ともなっていた。
4 被告人丁谷四郎(以下、「被告人丁谷」という。)は、昭和三四年に鹿児島市の鹿児島商業高校を卒業後、大阪市内の運送会社、建設会社等で経理事務や営業に従事していたが、昭和五八年、被告人大阪土地建物に入社して、経理事務を担当するようになり、昭和六一年、経理総括部長に昇進するとともに、末野興産の取締役となり、末野興産が破産宣告を受けるまで、末野興産の常務取締役のほか、被告人大阪土地建物等七社の監査役及び後記大阪コーポレーション株式会社等二社の取締役の地位にあった。
二 犯行に至る経緯(バブル経済の崩壊と末野興産グループに対する強制執行等)
1 被告人甲野は、昭和五四年に末野興産を設立した後、事業規模の拡大に努めていたところ、昭和六〇年ころ以降、金融機関や旧住専等のノンバンクから融資を受け、潤沢な資金で賃貸ビルを購入し、あるいは更地を購入して賃貸ビルを建設するなどして、事業規模は拡大の一途をたどり、平成二年三月二七日に総量規制の示達までに、末野興産グループが所有する不動産は、主要なものだけでも二〇〇を超えるに至っていた。また、被告人甲野は、金融機関及び旧住専等のノンバンクからの借入れのほとんどを末野興産で行っており、当時、その借入先は六〇社を超え、借入残高合計は約六〇〇〇億円もの巨額に上り、年間で四〇〇ないし四五〇億円を元本返済分及び利息分として支払う必要があったのに加え、建築中のビルの建築工事請負代金約五〇〇億円の支払いが必要であったが、その後、不動産価格が下落するとともに、賃貸ビルの賃料収入等が減少し、不動産不況の様相を呈するようになったことから、末野興産では多額の定期預金等を保有しながら、被告人甲野は、資金繰りがつかないなどとして、右建築工事請負代金以外の支払いをほとんどせず、そのため、借入残高はわずかしか減少せず、そのうち、金融機関の抱える膨大な不良債権が表面化し、平成七年八月には、旧住専から末野興産への多額の貸付けが不良債権化しているとの報道もなされ、末野興産の資産内容や債権・債務の状況等が社会の耳目を集めるところとなった。
2 ところで、被告人甲野らは、平成二年三月の総量規制の示達後にも、株式会社ナイン企画(末野興産が買収した株式会社クモンの商号を平成二年九月六日に変更、本店所在地は大阪市北区兎我野町<番地略>、目的はホテル経営等、資本の額は一二〇〇万円とされ、代表取締役は被告人乙川で、後にEに変更し、ラブホテル一軒を経営していたが、平成九年五月七日解散。以下、「ナイン企画」という。)、大阪開発観光株式会社(平成三年一月二一日設立、本店所在地は大阪市西区西本町<番地略>、目的は不動産賃貸業等、資本の額は八〇〇〇万円、設立時の代表取締役はA、平成九年四月一五日破産宣告を受けたが、その時の代表取締役はEとされていた。特に事業活動はしていなかった。なお、同会社は、平成八年一月二三日に「株式会社ラット」に商号変更された。以下、「大阪開発観光」という。)、大阪コーポレーション株式会社(平成三年一月二九日設立、本店所在地は大阪府吹田市高野台<番地略>、目的は不動産賃貸業等、資本の額は八〇〇〇万円とされ、代表取締役は被告人甲野の長男Gとされた。特に事業活動はしていなかった。なお、平成八年一一月一日、商号が「株式会社オー・シー・ケーカンパニー」に変更された。平成八年一二月二六日破産宣告。以下、「大阪コーポレーション」という。)、株式会社天祥(平成三年二月一九日設立、本店所在地は大阪市西区南堀江<番地略>、目的は不動産賃貸業等、資本の額は八〇〇〇万円、代表取締役は被告人甲野の妻Bとされていた。特に事業活動はしていなかった。なお、平成三年七月二三日に株式会社テンショウから商号を変更され、平成九年二月二〇日に破産宣告を受けた。以下、「天祥」という。)、株式会社四ツ橋ビルディング(平成三年三月七日設立、本店所在地は大阪市西区新町<番地略>、目的は不動産賃貸業等、資本の額は八〇〇〇万円、代表取締役はBとされていた。特に事業活動はしていなかった。平成九年二月二〇日に破産宣告を受けた。以下、「四ツ橋ビルディング」という。)、キンキビル管理株式会社(平成三年五月一日に設立登記され、本店所在地は大阪市西区新町<番地略>、目的は不動産賃貸業等、資本の額は二〇〇〇万円とされ、設立時の代表取締役はAであったが、後に被告人乙川に変更された。特に事業活動はしていない。平成九年二月二〇日に破産宣告を受けた。以下、「キンキビル管理」という。)、大阪土地建物販売株式会社(平成三年五月一五日設立、本店所在地は大阪市西区新町<番地略>、目的は不動産賃貸業等、資本の額は二〇〇〇万円、代表取締役は被告人乙川とされた。特に事業活動はしていなかった。以下、「大阪土地建物販売」という。)を設立した。
3 末野興産は、前記のとおりの巨額の負債を抱えていたが、平成二年三月のいわゆる総量規制を契機とする不動産市場の不況の影響(いわゆるバブルの崩壊)を受け、賃貸ビルによる家賃収入が減少し、かつ新規融資を受けるのが極めて困難な状況にあって、返済のための資金繰りに困るようになる中、株式会社ミヒロファイナンス(平成二年四月一日に株式会社信楽ファイナンスから商号変更、以下「ミヒロファイナンス」という。)から、二四回分割払いの約定で五〇億円を借り入れていながら、平成二年一二月末日が支払期日の元本充当分八億九〇〇〇万円のうち一〇〇〇万円しか支払わないこととして、そのころ、残額についての返済猶予を要請したが、ミヒロファイナンスは、これに応じず、逆に、債務の履行遅滞により期限の利益を失って履行期が到来したとして、元本残額四八億八〇〇〇万円の全額につき、強くその一括返済を督促し、これに応じなければ強制執行も辞さないとほのめかすようになった。そこで、被告人らは、平成三年一月中旬ころ、ミヒロファイナンスと交渉し、右の平成二年一二月末日が支払期日であった元本充当分の残額八億八〇〇〇万円について、とりあえず一か月間の支払猶予を得たが、平成三年一月末日になってもその支払をしなかったことから、ミヒロファイナンスは、同年二月一四日、大阪厚生信金等の五金融機関における末野興産名義の預金に対する仮差押を実行した。このため、被告人らは、同月二七日、ミヒロファイナンスに対し、元本残額及び利息として合計四九億二〇〇〇万円余りを支払い、右仮差押を取り下げてもらった。なお、そのころ、ミヒロファイナンス以外にも末野興産に対し強制執行をする可能性のある債権者はいないではなかった。
その後、末野興産は、同年一〇月ころまでは、賃貸ビルの賃料収入に加え、保有していた定期預金の解約により作った資金で、利息のみを支払うようにしていたところ、同年一一月ころからは、債権者らに対して利息の支払猶予を求めることが多くなり、やがて、ほとんどの債権者に対し、利息すら支払わなくなった状況になったこと等から、ミヒロファイナンスによる前記仮差押の後、末野興産の債権者らは、同年二月から平成六年一二月までに、三二回にわたり、末野興産の預金債権、賃料債権、不動産等に対する差押又は仮差押の強制執行を行い、さらに、平成七年一月から一〇月までに、一三回にわたり、同様の強制執行を行うなどした。
(罪となるべき事実)
被告人甲野は、不動産賃貸等の事業を営む末野興産の代表取締役社長、被告人乙川は、同会社の代表取締役副社長、被告人丙山は、末野興産の系列下にあるコメダコーポレーションの代表取締役社長等、被告人丁谷は、末野興産の取締役(経理担当責任者)の地位にあったものであるが、
第一 「見せ金」等による株式会社の設立
被告人甲野らは、「見せ金」の方法により株式の発行価額の払込みを仮装するなどして株式会社の設立登記をしようと企て、
一 被告人甲野、被告人乙川、被告人丙山及び被告人丁谷は、共謀の上、平成五年一月ころ、株式会社の設立に関し、商号を株式会社コメダコーポレーション、目的を不動産売買・賃貸・管理業等、資本の額を五〇〇〇万円とした上、その発行する株式会社一〇〇〇株のうち九八〇株を天祥(代表取締役B)が、二〇株を被告人甲野が、それぞれ発起人として引き受けた旨の内容虚偽の定款、何ら株式発行価額の払込みがなされていないのに、右発行する株式の総数一〇〇〇株の発行価額の全額五〇〇〇万円が払込済みである旨の内容虚偽の調査報告書等の登記申請に必要な書類を作成した上、同月一九日、コメダコーポレーションの設立登記完了後直ちに引き出して末野興産の系列下にある大阪開発観光名義の預金口座に返戻する意図のもとに、同会社振出の券面金額五〇〇〇万円の小切手一通を株式発行価額の払込取扱金融機関である福寿信用組合本店営業部に開設したコメダコーポレーション名義の別段預金口座に入金して、右発行する株式総数の発行価額の全額が払い込まれたように仮装し、同組合から株式払込金保管証明書一通の交付を受けるや、翌二〇日、大阪市中央区谷町<番地略>の大阪法務局において、同法務局登記官に対し、司法書士杢馨を介して、右書類及び株式払込金保管証明書を、内容真実なもののように装い、同会社の設立登記申請書と共に提出して虚偽の申立てをなし、よって、同日、同所において、同登記官をして、同所備付けの公正証書である商業登記簿の原本に、発行済株式の総数は一〇〇〇株で、資本の額は五〇〇〇万円である旨の不実の記載をさせ、即時これを同所に備え付けさせて行使した。
二 被告人甲野、被告人乙川及び被告人丁谷は、共謀の上、平成五年二月ころ、株式会社の設立に関し、商号を株式会社梅田地所(以下、「梅田地所」という。)、目的を不動産売買・賃貸・管理業等、資本の額を五〇〇〇万円とした上、その発行する株式一〇〇〇株のうち九八〇株を大阪コーポレーションが、二〇株を被告人甲野の妻であるBがそれぞれ発起人として引き受けた旨の内容虚偽の定款、何ら株式発行価額の払込みがなされていないのに、右発行する株式の総数一〇〇〇株の発行価額の全額五〇〇〇万円が払込済みである旨の内容虚偽の調査報告書、発起人会が開催された事実がないのに、発起人会が開催されて取締役にBほか二名が選任された旨の内容虚偽の発起人会議事録及び取締役会が開催された事実がないのに取締役会で代表取締役にBが選任された旨の内容虚偽の取締役会議事録等の登記申請に必要な書類を作成した上、同月三日、梅田地所の設立登記完了後直ちに引き出して末野興産の系列下にある大阪開発観光名義の預金口座に返戻する意図のもとに、同会社振出の券面金額五〇〇〇万円の小切手一通を株式発行価額の払込取扱金融機関である福寿信用組合本店営業部に開設した梅田地所名義の別段預金口座に入金して、右発行する株式総数の発行価額の全額が払い込まれたように仮装し、同組合から株式払込金保管証明書一通の交付を受けるや、翌四日、前記大阪法務局において、同法務局登記官に対し、司法書士杢馨を介して、右書類及び株式払込金保管証明書を、内容真実なもののように装い、同会社の設立登記申請書と共に提出して虚偽の申立てをなし、よって、同日、同所において、同登記官をして、同所備付けの公正証書である商業登記簿の原本に、同会社が商法所定の手続により適法に設立されて法人格を取得するに至った旨の不実の記載をさせ、即時これを同所に備え付けさせて行使した
三 被告人甲野、被告人乙川、被告人丙山及び被告人丁谷は、共謀の上、平成五年三月ころ、株式会社の設立に関し、商号を株式会社阿南コーポレーション(以下、「阿南コーポレーション」という。)、目的を不動産売買・賃貸・管理業等、資本の額を三〇〇〇万円とした上、その発行する株式六〇〇株を大阪コーポレーションが発起人として引き受けた旨の内容虚偽の定款、何ら株式発行価額の払込みがなされていないのに、右発行する株式の総数六〇〇株の発行価額の全額三〇〇〇万円が払込済みである旨の内容虚偽の調査報告書、取締役会が開催された事実がないのに、取締役会が開催されて代表取締役に被告人丙山が選任された旨の内容虚偽の取締役会議事録等の登記申請に必要な書類を作成した上、同月二三日、阿南コーポレーションの設立登記完了後直ちに引き出して末野興産の系列下にある会社の預金口座に入金する意図のもとに、大阪開発観光振出の券面金額三〇〇〇万円の小切手一通を株式発行価額の払込取扱金融機関である福寿信用組合本店営業部に開設した阿南コーポレーション名義の別段預金口座に入金して、右発行する株式総数の発行価額の全額が払い込まれたように仮装し、同組合から株式払込金保管証明書一通の交付を受けるや、翌二四日、前記大阪法務局において、同法務局登記官に対し、司法書士杢馨を介して、右書類及び株式払込金保管証明書を、内容真実なもののように装い、同会社の設立登記申請書と共に提出して虚偽の申立てをなし、よって、同日、同所において、同登記官をして、同所備付けの公正証書である商業登記簿の原本に、同会社が商法所定の手続により適法に設立されて法人格を取得するに至った旨の不実の記載をさせ、即時これを同所に備え付けさせて行使した
四 被告人甲野、被告人丙山及び被告人丁谷は、共謀の上、平成六年三月ころ、株式会社の設立に関し、商号を株式会社櫻井コーポレーション(以下、「櫻井コーポレーション」という。)、目的をパチンコ店及びゲームセンターの経営等、資本の額を五〇〇〇万円とした上、その発行する株式一〇〇〇株をHが発起人として引き受けた旨の内容虚偽の定款、何ら株式発行価額の払込みがなされていないのに、右発行する株式の総数一〇〇〇株の発行価額の全額五〇〇〇万円が払込済みである旨の内容虚偽の調査報告書等の登記申請に必要な書類を作成した上、同月二三日、同会社の設立登記完了後直ちに引き出してコメダコーポレーション名義の預金口座に返戻する意図のもとに、同会社振出の券面金額五〇〇〇万円の小切手一通を株式発行価額の払込取扱金融機関である信用組合関西興銀本店営業部に開設した櫻井コーポレーション名義の別段預金口座に入金して、右発行する株式総数の発行価額の全額が払い込まれたように仮装し、同組合から株式払込金保管証明書一通の交付を受けるや、翌二四日、兵庫県尼崎市難波町<番地略>の神戸地方法務局尼崎支局において、同支局登記官に対し、司法書士杢馨を介して、右書類及び株式払込金保管証明書を、内容真実なもののように装い、同会社の設立登記申請書と共に提出して虚偽の申立てをなし、よって、同日、同所において、同登記官をして、同所備付けの公正証書である商業登記簿の原本に、発行株式の総数は一〇〇〇株で、資本の額は五〇〇〇万円である旨の不実の記載をさせ、即時これを同所に備え付けさせて行使した
五 被告人甲野、被告人乙川、被告人丙山及び被告人丁谷は、共謀の上、平成六年八月ころ、株式会社の設立に関し、商号を日新観光株式会社(以下、「日新観光」という。)、目的をパチンコ店及びゲームセンターの経営等、資本の額を五〇〇〇万円とした上、その発行する株式一〇〇〇株を被告人丙山が発起人として引き受けた旨の内容虚偽の定款、何ら株式発行価額の払込みがなされていないのに、右発行する株式の総数一〇〇〇株の発行価額の全額五〇〇〇万円が払込済みである旨の内容虚偽の調査報告書等の登記申請に必要な書類を作成した上、同月二三日、同会社の設立登記完了後直ちに引き出して末野興産の取締役A名義の預金口座に返戻する意図のもとに、同口座から出金した五〇〇〇万円を株式発行価額の払込取扱金融機関である大阪厚生信用金庫本店営業部に開設した日新観光名義の別段預金口座に入金して、右発行する株式総数の発行価額の全額が払い込まれたように仮装し、同金庫から株式払込金保管証明書一通の交付を受けるや、翌二四日、前記大阪法務局において、同法務局登記官に対し、司法書士杢馨を介して、右書類及び株式払込金保管証明書を、内容真実なもののように装い、同会社の設立登記申請書と共に提出して虚偽の申立てをなし、よって、同日、同所において、同登記官をして、同所備付けの公正証書である商業登記簿の原本に、発行済株式の総数は一〇〇〇株で、資本の額は五〇〇〇万円である旨の不実の記載をさせ、即時これを同所に備え付けさせて行使した
六 被告人甲野、被告人乙川、被告人丙山及び被告人丁谷は、共謀の上、平成六年一一月初めころ、株式会社の設立に関し、商号を株式会社ナニワコーポレーション(以下、「ナニワコーポレーション」という。)、目的を不動産売買・賃貸・管理業等、資本の額を五〇〇〇万円とした上、その発行する株式一〇〇〇株を被告人丙山が発起人として引き受けた旨の内容虚偽の定款、何ら株式発行価額の払込みがなされていないのに、右発行する株式の総数一〇〇〇株の発行価額の全額五〇〇〇万円が払込済みである旨の内容虚偽の調査報告書等の登記申請に必要な書類を作成した上、同月七日、同会社の設立登記完了後直ちに引き出して福寿信用組合に返済する意図のもとに、同組合から手形貸付けを受けた一億四〇〇〇万円のうち五〇〇〇万円を株式発行価額の払込み取扱金融機関である大阪厚生信用金庫本店営業部に開設したナニワコーポレーション名義の別段預金口座に入金して、右発行する株式総数の発行価額の全額が払い込まれたように仮装し、同金庫から株式払込金保管証明書一通の交付を受けるや、同日、前記大阪法務局において、同法務局登記官に対し、司法書士杢馨を介して、右書類及び株式払込金保管証明書を、内容真実なもののように装い、同会社の設立登記申請書と共に提出して虚偽の申立てをなし、よって、同日、同所において、同登記官をして、同所備付けの公正証書である商業登記簿の原本に、発行済株式の総数は一〇〇〇株で、資本の額は五〇〇〇万円である旨の不実の記載をさせ、即時これを同所に備え付けさせて行使した
七 被告人甲野、被告人乙川、被告人丙山及び被告人丁谷は、共謀の上、平成六年一一月初めころ、株式会社の設立に関し、商号を株式会社リョウコーポレーション(以下、「リョゥコーポレーション」という。)、目的を不動産売買・賃貸・管理業等、資本の額を九〇〇〇万円とした上、その発行する株式一八〇〇株を被告人甲野の長男であるGが発起人として引き受けた旨の内容虚偽の定款、何ら株式発行価額の払込みがなされていないのに、右発行する株式の総数一八〇〇株の発行価額の全額九〇〇〇万円が払込済みである旨の内容虚偽の調査報告書、取締役会が開催された事実がないのに、取締役会が開催されて代表取締役にGが選任された旨の内容虚偽の取締役会議事録等の登記申請に必要な書類を作成した上、同月七日、同会社の設立登記完了後直ちに引き出して福寿信用組合に返済する意図のもとに、同組合から手形貸付けを受けた一億四〇〇〇万円のうち九〇〇〇万円を株式発行価額の払込み取扱金融機関である大阪厚生信用金庫本店営業部に開設したリョウコーポレーション名義の別段預金口座に入金して、右発行する株式総数の発行価額の全額が払い込まれたように仮装し、同金庫から株式払込金保管証明書一通の交付を受けるや、翌八日、大阪府豊中市宝山町<番地略>の大阪法務局豊中出張所において、同出張所登記官に対し、司法書士杢馨を介して、右書類及び株式払込金保管証明書を、内容真実なもののように装い、同会社の設立登記申請書と共に提出して虚偽の申立てをなし、よって、同日、同所において、同登記官をして、同所備付けの公正証書である商業登記簿の原本に、同会社が商法所定の手続により適法に設立されて法人格を取得するに至った旨の不実の記載をさせ、即時これを同所に備え付けさせて行使した
八 被告人甲野、被告人乙川、被告人丙山及び被告人丁谷は、共謀の上、平成六年一二月ころ、株式会社の設立に関し、商号を株式会社福岡ビルコーポレーション(以下、「福岡ビルコーポレーション」という。)、目的を不動産売買・賃貸・管理業等、資本の額を三〇〇〇万円とした上、その発行する株式六〇〇株をIが発起人として引き受けた旨の内容虚偽の定款、何ら株式発行価額の払込みがなされていないのに、右発行する株式の総数六〇〇株の発行価額の全額三〇〇〇万円が払込済みである旨の内容虚偽の調査報告書、取締役会が開催された事実がないのに、取締役会が開催されて代表取締役にIが選任された旨の内容虚偽の取締役会議事録等の登記申請に必要な書類を作成した上、同月一二日、同会社の設立登記完了後直ちに引き出して福寿信用組合に返済する意図のもとに、同組合から手形貸付けを受けた三〇〇〇万円を株式発行価額の払込取扱金融機関である信用組合関西興銀本店営業部に開設した福岡ビルコーポレーション名義の別段預金口座に入金して、右発行する株式総数の発行価額の全額が払い込まれたように仮装し、同組合から株式払込金保管証明書一通の交付を受けるや、同月一六日、福岡市中央区舞鶴<番地略>の福岡法務局において、同法務局登記官に対し、司法書士大藤治祐を介して、右書類及び株式払込金保管証明書を、内容真実なもののように装い、同会社の設立登記申請書と共に提出して虚偽の申立てをなし、よって、同日、同所において、同登記官をして、同所備付けの公正証書である商業登記簿の原本に、発行済株式の総数は六〇〇株で、資本の額は三〇〇〇万円である旨及び同会社の代表取締役にIが選任された旨の不実の記載をさせ、即時これを同所に備え付けさせて行使した
九 被告人甲野、被告人乙川、被告人丙山及び被告人丁谷は、共謀の上、平成六年一二月ころ、株式会社の設立に関し、商号を株式会社北六甲カントリー倶楽部(以下、「北六甲カントリー倶楽部」ともいう。)、目的をゴルフ場の経営営業等、資本の額を九〇〇〇万円とした上、その発行する株式一八〇〇株をリョウコーポレーションが発起人として引き受けた旨の内容虚偽の定款、何ら株式発行価額の払込みがなされていないのに、右発行する株式の総数一八〇〇株の発行価額の全額九〇〇〇万円が払込済みである旨の内容虚偽の調査報告書、内容虚偽のJ作成名義の取締役就任承諾書等の登記申請に必要な書類を作成した上、同月一三日、北六甲カントリー倶楽部の設立登記完了後直ちに引き出して福寿信用組合に返済する意図のもとに、同組合から手形貸付けを受けた九〇〇〇万円を株式発行価額の払込取扱金融機関である木津信用組合本店営業部に開設した北六甲カントリー倶楽部名義の別段預金口座に入金して、右発行する株式総数の発行価額の全額が払い込まれたように仮装し、同組合から株式払込金保管証明書一通の交付を受けるや、翌一四日、前記大阪法務局において、同法務局登記官に対し、司法書士杢馨を介して、右書類及び株式払込金保管証明書を、内容真実なもののように装い、同会社の設立登記申請書と共に提出して虚偽の申立てをなし、よって、同日、同所において、同登記官をして、同所備付けの公正証書である商業登記簿の原本に、発行済株式の総数は一八〇〇株で、資本の額は九〇〇〇万円である旨及び同会社の取締役にJが選任された旨の不実の記載をさせ、即時これを同所に備え付けさせて行使した
一〇 被告人甲野、被告人乙川及び被告人丁谷は、共謀の上、平成七年三月中旬ころ、株式会社の設立に関し、商号を南千里開発株式会社(以下、「南千里開発」という。)、目的を不動産売買・賃貸・管理業等、資本の額を三〇〇〇万円とした上、その発行する株式六〇〇株をリョウコーポレーションが発起人として引き受けた旨の内容虚偽の定款、何ら株式発行価額の払込みがなされていないのに、右発行する株式の総数六〇〇株の発行価額の全額三〇〇〇万円が払込済みである旨の内容虚偽の調査報告書、取締役会が開催された事実がないのに、取締役会が開催されて代表取締役に被告人甲野の長女であるK(以下、「K」ともいう。)が選任された旨の内容虚偽の取締役会議事録等の登記申請に必要な書類を作成した上、同月二二日、南千里開発の設立登記完了後直ちに引き出して末野興産の系列下にある株式会社天祥に返済する意図のもとに、同会社振出の券面金額三〇〇〇万円の小切手一通を株式発行価額の払込取扱金融機関である大阪厚生信用金庫本店営業部に開設した南千里開発名義の別段預金口座に入金して、右発行する株式総数の発行価額の全額が払い込まれたように仮装し、同金庫から株式払込金保管証明書一通の交付を受けるや、同日、大阪府吹田市金田町<番地略>の大阪法務局吹田出張所において、同出張所登記官に対し、司法書士杢馨を介して、右書類及び株式払込金保管証明書を、内容真実なもののように装い、同会社の設立登記申請書と共に提出して虚偽の申立てをなし、よって、同日、同所において、同登記官をして、同所備付けの公正証書である商業登記簿の原本に、同会社が商法所定の手続により適法に設立されて法人格を取得するに至った旨の不実の記載をさせ、即時これを同所に備え付けさせて行使した
一一 被告人甲野、被告人乙川、被告人丙山及び被告人丁谷は、共謀の上、平成七年六月ころ、末野興産所有の不動産の仮装譲渡の譲受人となる株式会社を設立させるに際し、商号を株式会社梅田ビルコーポレーション(以下、「梅田ビルコーポレーション」という。)、目的を不動産売買・賃貸・管理業等、資本の額を三〇〇〇万円とした上、その発行する株式六〇〇株をリョウコーポレーションが発起人として引き受けた旨の内容虚偽の定款、何ら株式発行価額の払込みがなされていないのに、右発行する株式の総数六〇〇株の発行価額の全額三〇〇〇万円が払込済みである旨の内容虚偽の調査報告書、取締役会が開催された事実がないのに、取締役会が開催されて代表取締役に被告人丙山が選任された旨の内容虚偽の取締役会議事録等の登記申請に必要な書類を作成した上、同月一二日、梅田ビルコーポレーションの設立登記完了後直ちに引き出して末野興産の系列下にある大阪開発観光名義の預金口座に返戻する意図のもとに、同会社振出の券面金額三〇〇〇万円の小切手一通を株式発行価額の払込取扱金融機関である中国信用組合本店営業部に開設した梅田コーポレーション名義の別段預金口座に入金して、右発行する株式総数の発行価額の全額が払い込まれたように仮装し、同組合から株式払込金保管証明書一通の交付を受けるや、翌一三日、前記大阪法務局において、同法務局登記官に対し、司法書士杢馨を介して、右書類及び株式払込金保管証明書を、内容真実なもののように装い、同会社の設立登記申請書と共に提出して虚偽の申立てをなし、よって、同日、同所において、同登記官をして、同所備付けの公正証書である商業登記簿の原本に、同会社が商法所定の手続により適法に設立されて法人格を取得するに至った旨の不実の記載をさせ、即時これを同所に備え付けさせて行使した
一二 被告人甲野、被告人乙川、被告人丙山及び被告人丁谷は、共謀の上、平成七年七月ころ、末野興産が実質的に買い受ける不動産の所有名義を得させるためだけの株式会社を設立させるに際し、商号を株式会社ヒュース中之島コーポレーション(以下、「ヒュース中之島コーポレーション」という。)、目的を不動産売買・賃貸・管理業等、資本の額を三〇〇〇万円とした上、その発行する株式六〇〇株をリョウコーポレーションが発起人として引き受けた旨の内容虚偽の定款、何ら株式発行価額の払込みがなされていないのに、右発行する株式の総数六〇〇株の発行価額の全額三〇〇〇万円が払込済みである旨の内容虚偽の調査報告書、取締役会が開催された事実がないのに、取締役会が開催されて代表取締役に被告人丙山が選任された旨の内容虚偽の取締役会議事録等の登記申請に必要な書類を作成した上、同月五日、ヒュース中之島コーポレーションの設立登記完了後直ちに引き出して末野興産の取締役A名義の預金口座に返戻する意図のもとに、同口座から出金した三〇〇〇万円を株式発行価額の払込取扱金融機関である中国信用組合本店営業部に開設したヒュース中之島コーポレーション名義の別段預金口座に入金して、右発行する株式総数の発行価額の全額が払い込まれたように仮装し、同組合から株式払込金保管証明書一通の交付を受けるや、翌六日、前記大阪法務局において、同法務局登記官に対し、司法書士杢馨を介して、右書類及び株式払込金保管証明書を、内容真実なもののように装い、同会社の設立登記申請書と共に提出して虚偽の申立てをなし、よって、同日、同所において、同登記官をして、同所備付けの公正証書である商業登記簿の原本に、同会社が商法所定の手続により適法に設立されて法人格を取得するに至った旨の不実の記載をさせ、即時これを同所に備え付けさせて行使した
一三 被告人甲野、被告人乙川、被告人丙山及び被告人丁谷は、共謀の上、平成七年九月ころ、末野興産所有の不動産の仮装譲渡の譲受人となる株式会社を設立させるに際し、商号を株式会社南地所(以下、「南地所」という。)、目的を不動産売買・賃貸・管理業等、資本の額を三〇〇〇万円とした上、その発行する株式六〇〇株をリョウコーポレーションが発起人として引き受けた旨の内容虚偽の定款、何ら株式発行価額の払込みがなされていないのに、右発行する株式の総数六〇〇株の発行価額の全額三〇〇〇万円が払込済みである旨の内容虚偽の調査報告書、取締役会が開催された事実がないのに、取締役会が開催されて代表取締役に被告人丙山が選任された旨の内容虚偽の取締役会議事録等の登記申請に必要な書類を作成した上、同月一三日、南地所の設立登記完了後直ちに引き出して末野興産の系列下にあるコメダコーポレーション名義の預金口座に返戻する意図のもとに、同会社振出の券面金額三〇〇〇万円の小切手一通を株式発行価額の払込取扱金融機関である大阪厚生信用金庫本店営業部に開設した南地所名義の別段預金口座に入金して、右発行する株式総数の発行価額の全額が払い込まれたように仮装し、同金庫から株式払込金保管証明書一通の交付を受けるや、翌一四日、前記大阪法務局において、同法務局登記官に対し、司法書士杢馨を介して、右書類及び株式払込金保管証明書を、内容真実なもののように装い、同会社の設立登記申請書と共に提出して虚偽の申立てをなし、よって、同日、同所において、同登記官をして、同所備付けの公正証書である商業登記簿の原本に、同会社が商法所定の手続により適法に設立されて法人格を取得するに至った旨の不実の記載をさせ、即時これを同所に備え付けさせて行使した
一四 被告人甲野、被告人乙川、被告人丙山及び被告人丁谷は、共謀の上、平成七年九月ころ、末野興産が実質的に買い戻す不動産の所有名義を得させるためだけの株式会社を設立させるに際し、商号を株式会社三国地所(以下、「三国地所」という。)、目的を不動産売買・賃貸・管理業等、資本の額を五〇〇〇万円とした上、その発行する株式一〇〇〇株をリョウコーポレーションが発起人として引き受けた旨の内容虚偽の定款、何ら株式発行価額の払込みがなされていないのに、右発行する株式の総数一〇〇〇株の発行価額の全額五〇〇〇万円が払込済みである旨の内容虚偽の調査報告書、取締役会が開催された事実がないのに、取締役会が開催されて代表取締役に被告人丙山が選任された旨の内容虚偽の取締役会議事録等の登記申請に必要な書類を作成した上、同月一三日、三国地所の設立登記完了後直ちに引き出して末野興産の系列下にあるコメダコーポレーション名義の預金口座に返戻する意図のもとに、同会社振出の券面金額五〇〇〇万円の小切手一通を株式発行価額の払込取扱金融機関である大阪厚生信用金庫本店営業部に開設した三国地所名義の別段預金口座に入金して、右発行する株式総数の発行価額の全額が払い込まれたように仮装し、同金庫から株式払込金保管証明書一通の交付を受けるや、翌一四日、前記大阪法務局において、同法務局登記官に対し、司法書士杢馨を介して、右書類及び株式払込金保管証明書を、内容真実なもののように装い、同会社の設立登記申請書と共に提出して虚偽の申立てをなし、よって、同日、同所において、同登記官をして、同所備付けの公正証書である商業登記簿の原本に、同会社が商法所定の手続により適法に設立されて法人格を取得するに至った旨の不実の記載をさせ、即時これを同所に備え付けさせて行使した
一五 被告人甲野、被告人乙川、被告人丙山及び被告人丁谷は、共謀の上、平成七年九月ころ、株式会社の設立に関し、商号を株式会社ニッセン(以下、「ニッセン」という。)、目的をパチンコの景品販売等、資本の額を一〇〇〇万円とした上、その発行する株式二〇〇株をリョウコーポレーションが発起人として引き受けた旨の内容虚偽の定款、何ら株式発行価額の払込みがなされていないのに、右発行する株式の総数二〇〇株の発行価額の全額一〇〇〇万円が払込済みである旨の内容虚偽の調査報告書、内容虚偽のI名義の役員就任承諾書等の登記申請に必要な書類を作成した上、同月一八日、ニッセンの設立登記完了後直ちに引き出して末野興産の系列下にあるコメダコーポレーション名義の預金口座に返戻する意図のもとに、同会社振出の券面金額一〇〇〇万円の小切手一通を株式発行価額の払込取扱金融機関である信用組合関西興銀本店営業部に開設したニッセン名義の別段預金口座に入金して、右発行する株式総数の発行価額の全額が払い込まれたように仮装し、同組合から株式払込金保管証明書一通の交付を受けるや、翌一九日、前記大阪法務局において、同法務局登記官に対し、司法書士杢馨を介して、右書類及び株式払込金保管証明書を、内容真実なもののように装い、同会社の設立登記申請書と共に提出して虚偽の申立てをなし、よって、同日、同所において、同登記官をして、同所備付けの公正証書である商業登記簿の原本に、発行済株式の総数は二〇〇株で、資本の額は一〇〇〇万円である旨及び同会社の取締役にIが選任された旨の不実の記載をさせ、即時これを同所に備え付けさせて行使した
一六 被告人甲野、被告人乙川、被告人丙山及び被告人丁谷は、共謀の上、平成七年九月ころ、株式会社の設立に関し、商号を株式会社ユーイング(以下、「ユーイング」という。)、目的を喫茶店の経営業等、資本の額を一〇〇〇万円とした上、その発行する株式二〇〇株をリョウコーポレーションが発起人として引き受けた旨の内容虚偽の定款、何ら株式発行価額の払込みがなされていないのに、右発行する株式の総数二〇〇株の発行価額の全額一〇〇〇万円が払込済みである旨の内容虚偽の調査報告書、内容虚偽のI名義の役員就任承諾書等の登記申請に必要な書類を作成した上、同月一八日、ユーイングの設立登記完了後直ちに引き出して末野興産の系列下にあるコメダコーポレーション名義の預金口座に返戻する意図のもとに、同会社振出の券面金額一〇〇〇万円の小切手一通を株式発行価額の払込取扱金融機関である信用組合関西興銀本店営業部に開設したユーイング名義の別段預金口座に入金して、右発行する株式総数の発行価額の全額が払い込まれたように仮装し、同組合から株式払込金保管証明書一通の交付を受けるや、翌一九日、前記大阪法務局において、同法務局登記官に対し、司法書士杢馨を介して、右書類及び株式払込金保管証明書を、内容真実なもののように装い、同会社の設立登記申請書と共に提出して虚偽の申立てをなし、よって、同日、同所において、同登記官をして、同所備付けの公正証書である商業登記簿の原本に、発行済株式の総数は二〇〇株で、資本の額は一〇〇〇万円である旨及び同会社の取締役にIが選任された旨の不実の記載をさせ、即時これを同所に備え付けさせて行使した
一七 被告人甲野、被告人乙川、被告人丙山及び被告人丁谷は、共謀の上、平成七年一一月ころ、末野興産が実質的に買い戻す不動産の所有名義を得させるためだけの株式会社を設立させるに際し、商号を株式会社四ツ橋地所(以下、「四ツ橋地所」という。)、目的を不動産売買・賃貸・管理業等、資本の額を五〇〇〇万円とした上、その発行する株式一〇〇〇株をリョウコーポレーションが発起人として引き受けた旨の内容虚偽の定款、何ら株式発行価額の払込みがなされていないのに、右発行する株式の総数一〇〇〇株の発行価額の全額五〇〇〇万円が払込済みである旨の内容虚偽の調査報告書、取締役会が開催された事実がないのに、取締役会が開催されて代表取締役にIが選任された旨の内容虚偽の取締役会議事録等の登記申請に必要な書類を作成した上、同月七日、四ツ橋地所の設立登記完了後直ちに引き出して末野興産の系列下にある大阪開発観光名義の預金口座に返戻する意図のもとに、同会社振出の券面金額五〇〇〇万円の小切手一通を株式発行価額の払込取扱金融機関である福寿信用組合本店営業部に開設した四ツ橋地所名義の別段預金口座に入金して、右発行する株式総数の発行価額の全額が払い込まれたように仮装し、同組合から株式払込金保管証明書一通の交付を受けるや、同日、前記大阪法務局において、同法務局登記官に対し、司法書士杢馨を介して、右書類及び株式払込金保管証明書を、内容真実なもののように装い、同会社の設立登記申請書と共に提出して虚偽の申立てをなし、よって、同日、同所において、同登記官をして、同所備付けの公正証書である商業登記簿の原本に、同会社が商法所定の手続により適法に設立されて法人格を取得するに至った旨の不実の記載をさせ、即時これを同所に備え付けさせて行使した
一八 被告人甲野、被告人乙川、被告人丙山及び被告人丁谷は、共謀の上、平成七年一一月ころ、末野興産所有の不動産の仮装譲渡の譲受人となる株式会社を設立させるに際し、商号を株式会社大正地所(以下、「大正地所」という。)、目的を不動産売買・賃貸・管理業等、資本の額を三〇〇〇万円とした上、その発行する株式六〇〇株をリョウコーポレーションが発起人として引き受けた旨の内容虚偽の定款、何ら株式発行価額の払込みがなされていないのに、右発行する株式の総数六〇〇株の発行価額の全額三〇〇〇万円が払込済みである旨の内容虚偽の調査報告書、取締役会が開催された事実がないのに、取締役会が開催されて代表取締役に中井治雄が選任された旨の内容虚偽の取締役会議事録等の登記申請に必要な書類を作成した上、同月二一日、大正地所の設立登記完了後直ちに引き出して末野興産の系列下にある株式会社センチュリーコーポレーション(平成五年一二月二一日、阿南コーポレーションから商号変更、以下、「センチュリーコーポレーション」ともいう。)名義の預金口座に返戻する意図のもとに、同会社振出の券面金額三〇〇〇万円の小切手一通を株式発行価額の払込取扱金融機関である信用組合関西興銀本店営業部に開設した大正地所名義の別段預金口座に入金して、右発行する株式総数の発行価額の全額が払い込まれたように仮装し、同組合から株式払込金保管証明書一通の交付を受けるや、翌二二日、前記大阪法務局において、同法務局登記官に対し、司法書士杢馨を介して、右書類及び株式払込金保管証明書を、内容真実なもののように装い、同会社の設立登記申請書と共に提出して虚偽の申立てをなし、よって、同日、同所において、同登記官をして、同所備付けの公正証書である商業登記簿の原本に、同会社が商法所定の手続により適法に設立されて法人格を取得するに至った旨の不実の記載をさせ、即時これを同所に備え付けさせて行使した
第二 資産隠しによる強制執行妨害等
末野興産は、前述のとおり、平成二年三月の総量規制の示達のころには、六〇社を超える法人に対し合計約六〇〇〇億円にものぼる借入金債務を負担していたが、遅くとも平成三年一一月ころからは、その元本の返済のみならず、利息の支払いすら怠るようになって、債権者らから返済等を催促されるにとどまらず、平成三年から平成六年までの間に、三二回にわたり、その不動産、賃料債権、預金債権等に対し、差押命令、仮差押決定、強制競売開始決定等に基づき強制執行を受け、平成七年一月から同年一〇月までに、一三回にわたり、同様にその不動産等に対し強制執行を受けるなどし、今後も同様の事態が予測されるに至っていたところであるが、
一 不動産の仮装譲渡等による強制執行妨害等
被告人甲野、被告人乙川及び被告人丙山は、右のような事態に至っていたことから、末野興産の債権者らから強制執行を受けることをおそれ、財産の仮装譲渡や仮装の債務負担により強制執行を免れようと企て、共謀の上、
1 末野興産が所有する大阪市中央区西心斎橋<番地略>の土地二筆、並びに同土地上に所在し、その一部を末野興産から賃借人四七名に賃料月額合計四四六万六一〇円の約定で賃貸している「心斎橋レジデンス天祥」との名称の建物一棟に根抵当権設定登記を有するだいぎんファイナンス等の末野興産の債権者に対し、借入金の一部弁済をすること等により、右登記を抹消させるに際し、実際は、末野興産の保有資金を右一部弁済に充てるのにもかかわらず、同土地及び建物を末野興産とは無関係の第三者に売り渡し、その代金をもって一部弁済に充て、かつ同土地及び建物の購入者においては、右代金を他から借り入れ、その担保として同土地及び建物に根抵当権を設定するように装って、末野興産に対する他の債権者から同土地及び建物並びに右賃貸にかかる賃料債権に対する強制執行を免れる目的で、平成七年一一月ころ、末野興産が、商法所定の手続によって適法に成立しておらず、かつ実体のない南地所に対し、同土地及び建物を売り渡した旨の内容虚偽の不動産売渡証書、南地所が杢馨司法書士に対して同土地及び建物の所有権を南地所名義へ移転する所有権移転登記手続及び南地所を義務者とし末野興産の系列下の福岡ビルコーポレーションを権利者とする極度額六億円の根抵当権設定仮登記手続の各申請を委任した旨の内容虚偽の委任状等の右所有権移転登記手続及び根抵当権設定登記手続の各申請に必要な書類を作成した上、同月一五日、同市浪速区戎本町<番地略>の大阪法務局今宮出張所において、同土地及び建物について、右債権者による根抵当権設定登記のすべてを抹消した際、同出張所登記官に対し、同司法書士を介して、右書類を、内容真実なもののように装い、右登記手続の申請書と共に提出して虚偽の申立てをなし、よって、同日、同所において、同登記官をして、同所備付けの公正証書である不動産登記簿の原本に、同土地及び建物について、南地所が売買を原因として所有権を取得するとともに、福岡ビルコーポレーションが南地所に対する債権者として極度額六億円の根抵当権を設定した旨の不実の記載をさせ、即時これを同所に備え付けさせて行使することにより、強制執行を免れる目的で財産を仮装譲渡するとともに、仮装の債務を負担した
2 ワールドエステートの所有名義の大阪市中央区宗右衛門町<番地略>の土地上に所在し、その一部を末野興産から賃借人二五名に賃料月額合計六三四万六三〇円の約定で賃貸している末野興産所有の「三ツ寺天祥ビル二号館」との名称の建物一棟に抵当権設定登記等を有する株式会社日本債権信用銀行(以下、「日債銀」と言う。)等の末野興産の債権者に対し、借入金の一部弁済をすることにより、右登記を抹消させるに際し、実際は、末野興産の保有資金を右一部弁済に充てるのにもかかわらず、同建物を末野興産とは無関係の第三者に売り渡し、その代金をもって一部弁済に充て、かつ同建物の購入者においては、右代金を他から借り入れ、その担保として同建物に根抵当権を設定するように装って、末野興産に対する他の債権者から同建物及び右賃貸にかかる賃料債権に対する強制執行を免れる目的で、平成七年一一月ころ、末野興産が、前記南地所に対し、同建物を売り渡した旨の内容虚偽の不動産売渡証書、南地所が杢馨司法書士に対して同建物の所有権を南地所名義へ移転する所有権移転登記手続及び南地所を義務者とし、福岡ビルコーポレーションを権利者とする極度額八億円の根抵当権設定仮登記手続の各申請を委任した旨の内容虚偽の委任状等の右所有権移転登記手続及び根抵当権設定登記手続の各申請に必要な書類を作成した上、同月二二日、前記大阪法務局今宮出張所において、同建物について、右債権者による抵当権設定登記のすべてを抹消した際、同出張所登記官に対し、同司法書士を介して、右書類を、内容真実なもののように装い、右登記手続の申請書と共に提出して虚偽の申立てをなし、よって、同日、同所において、同登記官をして、同所備え付けの公正証書である不動産登記簿の原本に、同建物について、南地所が売買を原因として所有権を取得するとともに、福岡ビルコーポレーションが南地所に対する債権者として極度額八億円の根抵当権を設定した旨の不実の記載をさせ、即時これを同所に備え付けさせて行使することにより、強制執行を免れる目的で財産を仮装譲渡するとともに、仮装の債務を負担した
3 末野興産が所有する「太融寺天祥モータープール」の用地である大阪市北区兎我野町<番地略>の土地に根抵当権設定登記を有する末野興産の債権者日本ハウジングローン株式会社(以下、「日本ハウジングローン」という。)に対し、借入金の一部弁済をすることにより、右登記を抹消させるに際し、実際は、末野興産の保有資金を右一部弁済に充てるのにもかかわらず、同土地を末野興産とは無関係の第三者に売り渡し、その代金をもって右一部弁済に充てるように装って、末野興産に対する他の債権者から同土地に対する強制執行を免れる目的で、平成七年一二月ころ、末野興産が、末野興産系列下の会社である株式会社ドリーム(旧商号・北六甲カントリー倶楽部、以下「ドリーム」ともいう。)に対し、同土地を売り渡した旨の内容虚偽の不動産売渡証書、ドリームが杢馨司法書士に対して同土地の所有権をドリーム名義へ移転する所有権移転登記手続の申請を委任した旨の内容虚偽の委任状等の右所有権移転登記手続の申請に必要な書類を作成した上、同月一五日、同市北区西天満<番地略>の大阪法務局北出張所において、同土地について、右債権者による根抵当権設定登記を抹消した際、同出張所登記官に対し、同司法書士を介して、右書類を、内容真実なものように装い、右登記手続の申請書と共に提出して虚偽の申立てをなし、よって、同日、同所において、同登記官をして、同所備付けの公正証書である不動産登記簿の原本に、同土地について、ドリームが売買を原因として所有権を取得した旨の不実の記載をさせ、即時これを同所に備え付けさせて行使することにより、強制執行を免れる目的で財産を仮装譲渡した
4 末野興産が所有する大阪市北区野崎町<番地略>の土地三筆及び同土地上の、その一部を末野興産から賃借人三八名に賃料月額合計八七二万五五九〇円の約定で賃貸している「梅田天祥ビル一号館」との名称の建物一棟に抵当権設定登記を有する末野興産の債権者株式会社共同債権買取機構(以下、「共同債権買取機構」という。)に対し、借入金の一部弁済をすることにより、右登記を抹消させるに際し、実際は、末野興産の保有資金を右一部弁済に充てるのにもかかわらず、同土地及び建物を末野興産とは無関係の第三者に売り渡し、その代金をもって右一部弁済に充てるように装って、末野興産に対する他の債権者から同土地及び建物に対する強制執行を免れる目的で、平成七年一二月ころ、末野興産が、商法所定の手続によって適法に成立しておらず、かつ実体のない梅田ビルコーポレーションに対し、同土地及び建物を売り渡した旨の内容虚偽の不動産売渡証書、梅田ビルコーポレーションが杢馨司法書士に対して同土地及び建物の所有権を梅田ビルコーポレーション名義へ移転する所有権移転登記手続の申請を委任した旨の内容虚偽の委任状等の右所有権移転登記手続の申請に必要な書類を作成した上、同月二六日、前記大阪法務局北出張所において、同土地及び建物について、右債権者による抵当権設定登記のすべてを抹消した際、同出張所登記官に対し、同司法書士を介して、右書類を、内容真実なもののように装い、右登記手続の申請書と共に提出して虚偽の申立てをなし、よって、同日、同所において、同登記官をして、同所備え付けの公正証書である不動産登記簿の原本に、同土地及び建物について、梅田ビルコーポレーションが売買を原因として所有権を取得した旨の不実の記載をさせ、即時これを同所に備え付けさせて行使することにより、強制執行を免れる目的で財産を仮装譲渡した
5 ワールドエステートの所有名義の大阪市大正区三軒家西<番地略>の土地上に所在し、その一部を末野興産から賃借人九〇名に賃料月額九六八万八六〇〇円の約定で賃貸している末野興産所有の「大正メゾン天祥」の建物一棟に根抵当権設定登記を有する末野興産の債権者だいぎんファイナンスに対し、借入金の一部弁済をすることにより、右登記を抹消させるに際し、実際は、末野興産の保有資金を右一部弁済に充てるのにもかかわらず、同建物を末野興産とは無関係の第三者に売り渡し、その代金をもって右一部弁済に充て、かつ同建物の購入者においては、右代金を他から借り入れ、その担保として同建物に根抵当権を設定するように装って、末野興産に対する他の債権者から同建物及び右賃貸にかかる賃料債権に対する強制執行を免れる目的で、平成七年一二月ころ、末野興産が、商法所定の手続によって適法に成立しておらず、かつ実体のない大正地所に対し同建物を売り渡した旨の内容虚偽の不動産売渡証書、大正地所が杢馨司法書士に対して同建物の所有権を大正地所名義へ移転する所有権移転登記手続手続及び大正地所を義務者としドリームを権利者とする極度額一四億四〇〇〇万円の根抵当権設定仮登記手続の各申請を委任した旨の内容虚偽の委任状等の右所有権移転登記手続及び根抵当権設定登記手続の各申請に必要な書類を作成した上、同月二六日、同市西区江之子島<番地略>の大阪法務局西出張所において、同建物について、右債権者による根抵当権設定登記を抹消した際、同出張所登記官に対し、同司法書士を介して、右書類を、内容真実なもののように装い、右登記手続の申請書と共に提出して虚偽の申立てをなし、よって、同日、同所において、同登記官をして、同所備付けの公正証書である不動産登記簿の原本に、同建物について、大正地所が売買を原因として所有権を取得するとともに、ドリームが大正地所に対する債権者として極度額一四億四〇〇〇万円の根抵当権を設定した旨の不実の記載をさせ、即時これを同所に備え付けさせて行使することにより、強制執行を免れる目的で財産を仮装譲渡するとともに、仮装の債務を負担した
6 末野興産が所有する大阪市西区新町<番地略>の土地七筆並びに同土地上の、その一部を末野興産から賃借人二八名に賃料月額合計七六七万二七八〇円の約定で賃貸している「四ツ橋天祥ビル七号館」との名称の建物一棟に根抵当権設定登記等を有する末野興産の債権者日本住宅金融株式会社(以下、「日住金」という。)に対し、借入金の一部弁済をすることにより、右登記を抹消させるに際し、実際は、末野興産の保有資金を右一部弁済に充てるのにもかかわらず、同土地及び建物を末野興産とは無関係の第三者に売り渡し、その代金をもって右一部弁済に充て、かつ同土地及び建物の購入者においては、右代金を他から借り入れ、その担保として同土地及び建物に根抵当権を設定するように装って、末野興産に対する他の債権者から同土地及び建物並びに右賃貸にかかる賃料債権に対する強制執行を免れる目的で、平成七年一二月ころ、末野興産が、前記大正地所に対し同土地及び建物を売り渡した旨の内容虚偽の不動産売渡証書、大正地所が杢馨司法書士に対して同土地及び建物の所有権を大正地所名義へ移転する所有権移転登記手続及び大正地所を義務者としドリームを権利者とする極度額一八億二四〇〇万円の根抵当権設定仮登記手続の各申請を委任した旨の内容虚偽の委任状等の右所有権移転登記手続及び根抵当権設定登記手続の各申請に必要な書類を作成した上、同月二七日、前記大阪法務局西出張所において、同土地及び建物について、右債権者による根抵当権設定登記等すべてを抹消した際、同出張所登記官に対し、同司法書士を介して、右書類を、内容真実なもののように装い、右登記手続の申請書と共に提出して虚偽の申立てをなし、よって、同日、同所において、同登記官をして、同所備付けの公正証書である不動産登記簿の原本に、同土地及び建物について、大正地所が売買を原因として所有権を取得するとともに、ドリームが大正地所に対する債権者として極度額一八億二四〇〇万円の根抵当権を設定した旨の不実の記載をさせ、即時これを同所に備え付けさせて行使することにより、強制執行を免れる目的で財産を仮装譲渡するとともに、仮装の債務を負担した
7 末野興産が所有し、その一部を末野興産から賃借人五名に賃料月額合計三四万円の約定で賃貸している「八幡筋モータープール」の用地である大阪市中央区東心斎橋<番地略>の土地六筆に根抵当権設定登記等を有する共同債権買取機構等の末野興産の債権者に対し、借入金の一部弁済をすることにより、右登記を抹消させるに際し、実際は、末野興産の保有資金を右一部弁済に充てるのにもかかわらず、同土地を末野興産とは無関係の第三者に売り渡し、その代金をもって右一部弁済に充て、かつ同土地の購入者においては、右代金を他から借り入れ、その担保として同土地に根抵当権を設定するように装って、末野興産に対する他の債権者から同土地及び右賃貸にかかる賃料債権に対する強制執行を免れる目的で、平成八年一月ころ、末野興産が、前記南地所に対し同土地を売り渡した旨の内容虚偽の不動産売渡証書、南地所が杢馨司法書士に対して同土地の所有権を南地所名義へ移転する所有権移転登記手続及び南地所を義務者としドリームを権利者とする極度額四五億円の根抵当権設定仮登記手続の各申請を委任した旨の内容虚偽の委任状等の右所有権移転登記手続及び根抵当権設定登記手続の各申請に必要な書類を作成した上、同月二三日、前記大阪法務局今宮出張所において、同土地について、右債権者による根抵当権設定登記等すべてを抹消した際、同出張所登記官に対し、同司法書士を介して、右書類を、内容真実なもののように装い、右登記手続の申請書と共に提出して虚偽の申立てをなし、よって、同日、同所において、同登記官をして、同所備付けの公正証書である不動産登記簿の原本に、同土地について、南地所が売買を原因として所有権を取得するとともに、ドリームが南地所に対する債権者として極度額四五億円の根抵当権を設定した旨の不実の記載をさせ、即時これを同所に備え付けさせて行使することにより、強制執行を免れる目的で財産を仮装譲渡するとともに、仮装の債務を負担した
8 末野興産が所有する大阪市西区北堀江一丁目二番一、三番四及び四番六の土地三筆、並びに同土地上の、その一部を末野興産から賃借人三〇名に賃料月額合計九六八万九四一〇円の約定で賃貸している「四ツ橋天祥ビル二号館」の建物一棟に根抵当権設定登記等を有する共同債権買取機構等の末野興産の債権者に対し、借入金の一部弁済をすることにより、右登記を抹消させるに際し、実際は、末野興産の保有資金を右一部弁済に充てるのにもかかわらず、同土地及び建物を末野興産とは無関係の第三者に売り渡し、その代金をもって右一部弁済に充て、かつ同土地及び建物の購入者においては、右代金を他から借り入れ、その担保として同土地及び建物に根抵当権を設定するように装って、末野興産に対する他の債権者から同土地及び建物並びに右賃貸にかかる賃料債権に対する強制執行を免れる目的で、平成八年一月ころ、末野興産が、前記大正地所に対し同土地及び建物を売り渡した旨の内容虚偽の不動産売渡証書、大正地所が杢馨司法書士に対して同土地及び建物の所有権を大正地所名義へ移転する所有権移転登記手続及び大正地所を義務者としドリームを権利者とする極度額二四億三〇〇〇万円の根抵当権設定仮登記手続の各申請を委任した旨の内容虚偽の委任状等の右所有権移転登記手続及び根抵当権設定登記手続の各申請に必要な書類を作成した上、同月二三日、前記大阪法務局西出張所において、同土地及び建物について、右債権者による根抵当権設定登記等すべてを抹消した際、同出張所登記官に対し、同司法書士を介して、右書類を、内容真実なもののように装い、右登記手続の申請書と共に提出して虚偽の申立てをなし、さらに、同月三〇日、前同様に、右一丁目二番一及び三番四の土地並びに建物についての右各登記申請に間違いない旨の申出をなし、よって、同月二三日、同所において、同登記官をして、同所備付けの公正証書である不動産登記簿の原本に、右一丁目四番六の土地並びに建物について、大正地所が売買を原因として所有権を取得した旨、同月三〇日、前同様に、右一丁目二番一及び三番四の土地について、大正地所が売買を原因として所有権を取得するとともに、右土地及び建物すべてについて、ドリームが大正地所に対する債権者として極度額二四億三〇〇〇万円の根抵当権を設定した旨の不実の記載をさせ、その都度、即時これを同所に備え付けさせて行使することにより、強制執行を免れる目的で財産を仮装譲渡するとともに、仮装の債務を負担した
9 末野興産が所有する大阪市西区北堀江<番地略>の土地及び同土地上の、その一部を末野興産から賃借人一一名に賃料月額合計一五七万二九五〇円の約定で賃貸している「四ツ橋天祥ビル一号館」との名称の建物一棟に根抵当権設定登記等を有する末野興産の債権者共同債権買取機構に対し、借入金の一部弁済をすることにより、右登記を抹消させるに際し、実際は、末野興産の保有資金を右一部弁済に充てるのにもかかわらず、同土地及び建物を末野興産とは無関係の第三者に売り渡し、その代金をもって右一部弁済に充て、かつ同土地及び建物の購入者においては、右代金を他から借り入れ、その担保として同土地及び建物に根抵当権を設定するように装って、末野興産に対する他の債権者から同土地及び建物並びに右賃貸にかかる賃料債権に対する強制執行を免れる目的で、平成八年一月ころ、末野興産が、商法所定の手続によって適法に成立しておらず、かつ実体のないセンチュリーコーポレーションに対し同土地及び建物を売り渡した旨の内容虚偽の不動産売渡証書、センチュリーコーポレーションが杢馨司法書士に対して同土地及び建物の所有権を大正地所名義へ移転する所有権移転登記手続及び大正地所を義務者としドリームを権利者とする極度額六億一〇〇〇万円の根抵当権設定仮登記手続の各申請を委任した旨の内容虚偽の委任状等の右所有権移転登記手続及び根抵当権設定登記手続の各申請に必要な書類を作成した上、同月二三日、前記大阪法務局西出張所において、同出張所登記官に対し、同司法書士を介して、同土地及び建物について、右所有権移転登記の必要書類を、内容真実なもののように装い、右登記手続の申請書を共に提出して虚偽の申立てをなし、さらに、同月三〇日、同出張所において、同土地及び建物について、右債権者による根抵当権設定登記等のすべてを抹消した際、同出張所登記官に対し、同司法書士を介して、右根抵当権設定仮登記の必要書類を、前同様装い、右登記の申請書と共に提出して虚偽の申立てをし、よって、同所において、同登記官をして、同所備付けの公正証書である不動産登記簿の原本に、同月二三日、同土地及び建物について、センチュリーコーポレーションが売買を原因として所有権を取得した旨、同月三〇日、同土地及び建物について、ドリームがセンチュリーコーポレーションに対する債権者として極度額六億一〇〇〇万円の根抵当権を設定した旨の不実の記載をさせ、その都度、即時これを同所に備え付けさせて行使することにより、強制執行を免れる目的で財産を仮装譲渡するとともに、仮装の債務を負担した
二 定期預金の隠匿による強制執行妨害
被告人甲野、被告人乙川及び被告人丁谷は、平成三年一月ころから、末野興産名義で預け入れられていた約一〇〇〇億円を超える預金を順次解約し、キンキビル管理等の末野興産系列下の会社名義で多数の金融機関に分散して預金するなどしていたが、木津信用組合(以下、「木津信組」という。)が大阪府知事から業務の一部停止を命令された平成七年八月三〇日に先立つ同月二九日、木津信組本店のキンキビル管理等名義の定期預金合計約三八六億円を解約したことを契機として、同年九月一日以降、再三にわたり、新聞紙上等において、右預金解約の事実に関する報道に加え、末野興産は債務超過であるにもかかわらず、末野興産系列下の会社名義で多額の預金を保有、隠匿している疑惑がある旨の報道、木津信組に約一八〇億円の預金をしていた末野興産系列下のビル管理会社は、その社長以下四人の全役員が末野興産の役員を兼務しているとして、解約した預金の一部がキンキビル管理名義であったことをほのめかす報道、末野興産が木津信組から引き出した預金のうち約三七〇億円はキンキビル管理ほか一社の名義だった旨の報道等がなされた影響で、そのころから平成八年一月上旬ころにかけ、多数回にわたり、右報道に接した日住金等二〇を超える債権者から、報道のあった末野興産系列下にある会社名義の預金の開示、末野興産の平成七年一〇月期決算報告書等の末野興産の資産内容に関する資料の提出を要求されるなどしたことから、キンキビル管理等名義の定期預金の存在が債権者らに発覚して、右預金に対し強制執行がなされることをおそれ、これらを隠匿して強制執行を免れようと企て、右三名は共謀の上、債権者らの右要求をほとんど拒絶するとともに、平成八年一月一〇日、別表一記載の金融機関二か所におけるキンキビル管理名義の定期預金七口合計五〇億二七二五万一五八一円及びほか二社名義の定期預金二口合計一億八七五五万七五六五円を、いずれもその満期日を待たずして解約した上、同月一一日、別表二の金融機関欄記載の金融機関一一か所において、末野興産系列下にあるが、何ら営業活動も行っておらず、昭和六二年一〇月八日以降商業登記簿の登記事項に変更のない休眠会社であるエヌシー機械販売名義で預金口座を新規開設し、同表記載のとおり、番号一については、平成八年一月一一日、番号二ないし一二については、翌一二日、預入金額欄記載の金額を、金融機関欄記載の金融機関に、預金種別欄記載の預金として、各預け入れ、右解約金合計五二億一四八〇万九一四六円を分散して預金することにより、強制執行を免れる目的で財産を隠匿した
三 割引債券の隠匿による強制執行妨害
被告人甲野、被告人乙川及び被告人丁谷は、平成二年一二月ころ末野興産の債権者であったミヒロファイナンスからの返済要求が厳しさを増したことから、平成三年一月ころ、末野興産が末野興産等の名義で預け入れていた一〇〇〇億円を超える預金を順次解約し、その一部で無記名割引債券(以下、「割引債」という。)を購入して、これを以前に購入していた割引債と共に隠匿し、これらの割引債に対する強制執行を受けることを免れようと企て、共謀の上、平成三年一月ころから平成五年二月二六日まで、別表三記載のとおり、株式会社東京銀行等の四金融機関発行の割引債合計一七七五通、券面金額合計二二二億七〇八七万円相当に上るまでその購入を続けるなどする一方、平成三年一月ころから平成八年四月一〇日まで、これらの割引債を、末野興産の平成三年一〇月期以降すべての決算報告書から除外するなどして、末野興産の債権者にその存在を秘したまま、大阪市中央区心斎橋<番地略>の株式会社関西銀行本店において、田村多四郎及び秋山大二郎の仮名を使用して賃借した貸金庫内に断続的に隠し入れるなどして保管し、その間の平成七年一二月ころから平成八年四月上旬ころにかけ、多数回にわたり、末野興産の債権者である日住金等約三〇社から、末野興産の平成七年一〇月期決算報告書等の末野興産の資産内容に関する資料の提出等を要求された際、右債権者らのうち株式会社日本リース(以下、「日本リース」という。)に同決算報告書を提出したのみで、その他の要求をすべて拒絶するなどし、さらに、平成八年四月九日、大阪国税局国税査察官において末野興産が多量の割引債を保有しているとの情報を入手していることを知るや、末野興産の債権者においても、同様の情報を入手するなどして、前記の貸金庫内に隠し入れている割引債合計一七七五通の存在を察知し、これらの割引債に強制執行をかけるおそれがあると懸念し、翌一〇日、これらの割引債を、前記貸金庫内から持ち出させた上、同日から同月二三日まで、これらの割引債を、引き続き末野興産の債権者にその存在を秘したまま、同区西心斎橋<番地略>のホテル日航大阪一九三四号室又は同市西区新町<番地略>の天祥ビル地下電気室等において、隠し持つなどして保管することにより、強制執行を免れる目的で財産を隠匿した
第三 労務管理等に関する法令違反と源泉徴収義務違反
被告人大阪土地建物は、末野興産系列の会社で、前記天祥ビルに事業所を設け、常時従業員を使用し、昭和六〇年四月ころ以降は常時一〇人以上の労働者を使用して、末野興産等が所有する不動産の管理等の事業を行う事業主で、かつ居住者に給与などの支払いをする源泉徴収義務者、被告人甲野は、大阪土地建物の実質的経営者として同会社の業務全般を統括する使用者、被告人乙川は、末野興産の代表取締役副社長で、かつ昭和五二年二月一五日から昭和六〇年二月二五日までの間は被告人大阪土地建物の代表取締役を努めるなどし、その後も被告人甲野を補佐しながら、同会社の業務全般を掌理する使用者であったものであるが、
一 被告人大阪土地建物においては、別表四記載のとおり、労働者氏名欄記載のL等一二七名の労働者について、雇用・使用開始日欄記載の日から雇用を開始して、右事業所で使用し、そのうち一ないし五一の労働者(以下、「雇用・使用終了労働者という」)五一名については、雇用・使用終了日欄記載の日に雇用を終了し、その余の番号五二ないし一二七の労働者(以下、「雇用・使用継続労働者」という。)七六名については、引き続き雇用を継続していたところ、被告人甲野及び被告人乙川は、共謀の上、被告人大阪土地建物の業務に関し、
1 前記のとおり、前記L等一二七名を雇用し、同人らが、別表四の雇用・使用開始日欄記載の日以降、雇用保険の被保険者となったことから、被保険者を雇用する事業主として、同人らが被保険者となった日の属する月の翌月一〇日までに、大阪市港区南市岡<番地略>の所轄大阪西公共職業安定所所長に対し、右Lらが被保険者となったことについて、所定の書類を提出して届け出なければならないのに、前記雇用・使用終了労働者五一名については、全くその届出をせず、前記雇用・使用継続労働者七六名については、平成八年四月一七日までその届出をしなかった
2 前記のとおり、前記L等一二七名を雇用し、同人らが、別表四の雇用・使用開始日欄記載の日以降、健康保険の被保険者の資格を取得したことから、被保険者を使用する事業主として、右Lらが被保険者の資格を取得した日から五日以内に、大阪府知事に対し、右Lらが被保険者の資格を取得したことに関し、所定の書類を提出して届け出なければならないのに、故なく、前記雇用・使用終了労働者五一名については、全くその届出をせず、前記雇用・使用継続労働者七六名については、平成八年四月一七日までその届出をせず、もって、使用する者の異動に関し報告をしなかった
3 前記のとおり、前記L等一二七名を雇用し、同人らが、別表四の雇用・使用開始日欄記載の日以降、厚生年金保険の被保険者の資格を取得したことから、被保険者を使用する適用事業所の事業主として、右Lらが被保険者の資格を取得した日から五日以内に、大阪府知事に対し、右Lらが被保険者の資格を取得したことについて、所定の書類を提出して届け出なければならないのに、前記雇用・使用終了労働者五一名については、全くその届出をせず、前記雇用・使用継続労働者七六名については、平成八年四月一七日までその届出をしなかった
二 被告人甲野及び被告人乙川は、共謀の上、事業主である被告人大阪土地建物のために、常時一〇人以上の労働者を使用する使用者として、昭和六〇年四月ころ以降は、法定の就業規則を作成し、大阪市西区南堀江<番地略>の所轄大阪西労働基準監督署署長に届け出なければならないのに、これを作成せず、平成八年四月一七日までその届出をしなかった
三 被告人甲野及び被告人乙川は、共謀の上、被告人大阪土地建物の業務に関し、居住者である同会社の従業員に対する給与等の支払の際、所得税を徴収して、その徴収の日に属する月の翌日一〇日までに、これを大阪市福島区玉川<番地略>の所轄大阪福島税務署に納税しなければならないのに、別表五記載のとおり、平成五年一二月から平成七年一二月までの間、被告人大阪土地建物の従業員に対し、給与等として合計二〇億四二〇八万一一九〇円を支払った際、所得税として合計六億〇一九一万八五四四円を徴収すべきところを全く徴収せず、各支払月の翌月の一〇日までに、同署に納付すべき右金額の所得税を納付しなかった
第四 被告人甲野の所得税法違反
被告人甲野は、自己の所得税を免れようと企て、
一 平成三年分の給与所得、不動産所得及び雑所得を併せた総所得金額が六〇二六万六九六二円で、これに対する所得税額が二一四二万二八〇〇円であるにもかかわらず、雑所得を除外し、実際の所得金額に関係なく、ことさら過少な所得金額を記載した所得税確定申告書を作成してその所得の一部を秘匿した上、平成四年三月一六日、大阪府吹田市片山町<番地略>の所轄吹田税務署において、同署署長に対し、平成三年分の総所得金額が一九六三万五四九六円で、これに対する所得税額が、源泉徴収税額を控除すると一二四万六二〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の所得税二〇一七万六六〇〇円を免れた
二 平成四年分の前同様の総所得金額が九〇五六万八八八〇円で、これに対する所得税額が三五七五万四三〇〇円であるにもかかわらず、前同様の方法によりその所得の一部を秘匿した上、平成五年三月一五日、前記吹田税務署において、同署署長に対し、平成四年分の総所得金額が一八七七万五五二八円で、これに対する所得税額が、源泉徴収税額を控除すると二四万六六〇〇円(ただし、確定申告書には誤って六万六二四〇円と記載している。)である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の所得税三五五〇万七七〇〇円を免れた
三 平成五年分の前同様の総所得金額が九六七一万一五九五円で、これに対する所得税額が三九八二万一三〇〇円であるにもかかわらず、前同様の方法によりその所得の一部を秘匿した上、平成六年三月一五日、前記吹田税務署において、同署署長に対し、平成五年分の総所得金額が一八四六万二二三六円で、これに対する所得税額が、源泉徴収税額を控除すると九一万七四〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の所得税三八九〇万三九〇〇円を免れた
四 平成六年分の前同様の総所得金額が九七五一万二七七四円で、これに対する所得税額が三八五六万〇六〇〇円であるにもかかわらず、前同様の方法によりその所得の一部を秘匿した上、平成七年三月一六日、前記吹田税務署において、同署署長に対し、平成六年分の総所得金額が一八五七万七〇〇〇円で、これに対する所得税額が、源泉徴収税額を控除すると二五万〇六〇〇円(ただし、確定申告書には誤って、一二万二一八〇円の還付を受けることとなる旨記載している。)である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の所得税三八三一万円を免れた
五 平成七年分の前同様の総所得金額が六〇八一万四一七二円で、これに対する所得税額が一九七一万〇九〇〇円であるにもかかわらず、前同様の方法によりその所得の一部を秘匿した上、平成八年三月一五日、前記吹田税務署において、同署署長に対し、平成七年分の総所得金額が一八五一万二四六〇円で、これに対する所得税額が、源泉徴収税額を控除すると一九万六七六〇円の還付を受けることとなる旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の所得税一九九〇万七六六〇円を免れた
ものである。
(証拠の標目)<省略>
(弁護人らの主張に対する判断)
第一 弁護人ら(なお、ここに言う「弁護人ら」とは、特段の断り書きのない限り、被告人甲野、被告人乙川及び被告人丁谷の弁護人らのことを指す。)は、公訴事実に関する事実関係については、被告人甲野の所得税法違反の事実については争い、その余の事実については基本的には争わないが、本件各公訴事実に関し、その法律構成上種々の問題点が散見されるとして、その問題点を指摘し、犯罪の成否を慎重に判断するよう求めているので、順次各主張に対する当裁判所の判断を示すこととする。
第二 「見せ金」による株式会社の設立に関する主張に対する判断
一 弁護人らの主張
1 判示第一の事実のうちコメダコーポレーション、櫻井コーポレーション、日新観光及びナニワコーポレーションの四社を除く一四社が「虚無人」でないとの主張
検察官は、コメダコーポレーション、櫻井コーポレーション、日新観光及びナニワコーポレーションの四社を除く、一四社について登記事項の全部が不実であり、適法に成立していないから、株式会社としては存在しない「虚無人」であると主張するが、「虚無人」の概念自体が判例・学説上全く確立されていないものである上、たとえ法律評価上不存在との評価を免れない会社であっても、現実の存在として生き続け、現実の行為をなし得るのであって、現に、検察官により「虚無人」と断じられた会社の中にも、事業活動を営むなどしていた会社もあり、法律上の清算手続を履践している会社もある。
リョウコーポレーションについて、その発起人とされ、かつその代表取締役とされた被告人甲野の長男であるG(以下、「G」という。)は、右発起人及び代表取締役となることについて、事前に包括的な承諾をしており、同会社がいわゆる持株会社として機能したのであるから、同会社を「虚無人」ということはできない。
また、商法の手続に違背して設立した会社が株式会社として存在しない会社であり、その会社は株式会社の発起人となることができないとするには疑問があり、リョウコーポレーションが「虚無人」に該当しないのは明らかであるが、南千里開発は、登記簿上取締役に就任したとされるK及びBについては、就任に対し、個別的な承諾がないとしても、包括的あるいは推定的承諾が存在したということができるから、南千里開発も株式会社として存在しない「虚無人」であるということはできない。
さらに、その他のリョウコーポレーションを発起人とする会社についても、いずれの会社に関しても代表取締役とされた者がこれに就任することを事前に承諾するなどしている上、不動産をその会社名義で取得している会社もあれば、事前活動を営んでいた会社もあるから、設立手続に瑕疵があるからといって、株式会社として存在しない「虚無人」と言い切れるか疑問がある。
2 「見せ金」により設立した株式会社について、実質的には資本金に見合う資金や財産が存在し、資本の充実が充たされているから、「発行済株式総数」及び「資本の額」が不実であるとはいえないとの主張
本件各会社の設立時期は、平成五年初めころから平成七年末ころの間であるが、その当時、末野興産はじめその関連会社の中には、いわゆる「甲野マネー」と呼ばれる数百億円にも及ぶ資金が潤沢に保有されていた一方で、「見せ金」で設立された各会社の資本金の合計が約七億円程度であるから、各会社について資金が必要な場合には、いつでも末野興産にある資金を注入することができる状態であり、被告人甲野らは実際その意思を有していた。したがって、たとえ資本金を払込取扱銀行に払い込んだ後、直ちにこれを払い戻したとしても、同じ末野興産グループの会社にその資本金に相当する金額の資金が保有されている以上、実質的には「発行済株式総数」及び「資本の額」の不実性を導くものではない。
他方、商法の解釈上、いかに資本の欠缺が大きくてもその欠缺が現実に填補される限り会社債権者を害することはなく、会社設立まで無効にする必要がないと解する有力な見解もあり、その意味で、本件各会社のうち、多数の会社は、実際上、出資金を引き出した後、出資金と同様の原資である「甲野のマネー」の中から必要な資金が再度会社に流れているのであって、現実に「発行済株式総数」及び「資本の額」の不実性が解消されている場合が多い。例えば、梅田地所、阿南コーポレーション、ヒュース中之島コーポレーション、南地所、三国地所等の会社は、会社設立後、現実に不動産を購入しているが、そのための購入資金や登記費用等が右原資から出されて資金が流れている。また、コメダコーポレーションは、末野興産はじめその関連会社の所有物件の営繕部門を担当するために設立されたが、コメダコーポレーション名義の預金口座から資本金五〇〇〇万円を払い戻すなどした後すぐに、「甲野マネー」から五〇〇〇万円を借り入れ、事業用資産である営繕用器具を末野興産から購入する際の購入代金として使用しており、資本金がこれに使用されたのと同様の経済効果がある。
3 各犯行について可罰性(可罰的違法性)がないとの主張
一旦払い込んだ資本金をその使用する時期まで形式的にせよその会社に保有するなどしておきさえすれば、公正証書原本不実記載及び同行使罪には問擬されていなかったと考えられるにもかかわらず、被告人甲野らが本件各会社を設立するに際し、「見せ金」の方法を利用したのは、端的に言って、被告人甲野らがこの点に対する違法性の意識が欠如していたに過ぎないのであるが、一般に、会社を設立するに際し、「見せ金」の形態をとることはしばしば見られるところでもあるのに、これらの事例の処罰事例も極めて乏しく、実際の処罰事例をみると、実質的にも資本充実の原則に違背し、会社債権者に現実に財産的損害を蒙らせ、その反面として行為者自身若しくはその経営法人において不法な利益を享受している事案であるが、本件各会社においては実質的には資本充実の原則を充たす上、会社債権者、株主等に実害を生じさせていないから、被告人甲野らによる「見せ金」を利用しての会社設立が真に可罰性があるのか疑問がある。
二 当裁判所が認定した事実
前掲関係各証拠によれば、本件各会社の設立に至る経緯、設立目的、設立の際の状況、事業活動の有無とその状況等に関し、次の事実が認められる。
1 コメダコーポレーション
被告人甲野、被告人乙川及び被告人丙山は、平成五年一月ころ、相談の上、末野興産グループ会社(以下、特に断り書きがない限り、末野興産もこれに含まれるものとして表記する。)が所有するビルの営繕を担当させるための会社を設立することとし(建築物の内外装工事、不動産賃貸業等を目的)、発起人を出資割合九八パーセントの天祥と同二パーセントの被告人甲野とすること並びに代表取締役を被告人丙山とすること及び資本金を五〇〇〇万円とすることを被告人甲野が決め、商号については被告人甲野の了解の下にコメダコーポレーションとすることを被告人丙山が決め、その後、被告人乙川が被告人丁谷に指示し、登記に必要な書類を準備させるとともに、司法書士杢馨(以下、「杢司法書士」という。)に登記申請を依頼させ、杢司法書士が代理人として登記申請をし、同月二〇日にコメダコーポレーションの設立登記がなされた(本店所在地は、大阪市西区新町<番地略><天祥ビル>)。
コメダコーポレーションの資本金については、設立登記後すぐにこれを払い戻すこととされ、同月一九日、大阪開発観光名義の券面金額五〇〇〇万円の小切手一通を振り出し(同会社名義の大阪厚生信用金庫<以下、「大阪厚生信金」という。>本店営業部の当座預金口座より出金された。)、四九〇〇万円を天祥名義、一〇〇万円を被告人甲野名義として、福寿信用組合(以下、「福寿信組」という。)本店営業部のコメダコーポレーション名義の別段預金口座にそれぞれ振込入金して株式発行価額の払込みをなし、株式払込金保管証明書を入手した後、同月二五日に右入金分を引き出し、元の大阪開発観光名義の右口座に戻した。
なお、発起人の一人とされた天祥の代表取締役の被告人甲野の妻であるB(以下、「B」という。)は、同会社の代表者として活動した実績も全くない上、コメダコーポレーションの設立について何も知らされないまま、設立手続に全く関与していないが、役員として登記されている被告人丙山その他の者は、いずれも役員となることをあらかじめ承諾していた。
その後、コメダコーポレーションは、本店を前記天祥ビルの中に置き、被告人丙山を代表取締役社長とし、かつ従業員を抱えるなどして、実際に、末野興産グループ会社の所有する不動産の営繕等の事業を行っていた。なお、コメダコーポレーションは、設立に際して、実質的に末野興産が所有していた自動車、営繕用器具等を営業に使用していたが、独自の資産があったとはいえない。
2 梅田地所
被告人甲野及び被告人乙川は、平成五年一月ころ、相談の上、不動産賃貸業等を目的とする会社を設立することとし、発起人を出資割合九八パーセントの大阪コーポレーションと同二パーセントのBとすること、代表取締役をBとすること(なお、その後、代表取締役をAと変更した。)、資本金を五〇〇〇万円とすること及び商号を梅田地所とすることを被告人甲野が決め、その後、被告人乙川が被告人丁谷に指示し、登記に必要な書類を準備させるとともに、杢司法書士に登記申請を依頼させ、杢司法書士が代理人として登記申請をし、同年二月四日に梅田地所の設立登記がなされた(本店所在地は、当初、大阪市北区堂山町<番地略>とされたが、平成六年二月九日に同区西天満<番地略>に変更登記がされた。)。
梅田地所の資本金については、設立登記後すぐに払い戻すこととされ、平成五年二月三日、大阪開発観光名義で券面金額五〇〇〇万円の小切手一通を振り出し(同会社名義の大阪厚生信金本店営業部の当座預金口座より出金された。)、四九〇〇万円を大阪コーポレーション名義、一〇〇万円をB名義として、福寿信組本店営業部の梅田地所名義の別段預金口座に各振込入金し、株式発行価額の払込みをなし、株式払込金保管証明書を入手した後、同月九日に右入金分を払い戻し、元の大阪開発観光名義の右口座に戻した。
そして、梅田地所の設立に関し、大阪コーポレーションとBが発起人とされ、定款の作成及び株式引受をしたことになっているが、B及び大阪コーポレーションの代表取締役であったGの両名は、梅田地所の設立について全く知らされないまま、定款の作成、株式引受、役員選任等の設立手続には何ら関与しておらず、またBは代表取締役になる旨の承諾もしておらず、法務局に提出された書類のうち右両名が作成又は入手関与したとされる書類は、いずれも被告人甲野が両名に無断で被告人乙川に指示するなどして作成させたものである。なお、他の登記簿上梅田地所の役員とされた者は、その旨の承諾をしている。
ところで、被告人甲野と被告人乙川は、ワールド・エステートが日本リースの関連会社(エリカ企画)に買戻特約付きで売却していた大阪市北区堂山町所在のモータープールを末野興産グループ会社で買い戻し、その土地上にビジネスホテルを建設することを企図し、その不動産を保有するための会社として梅田地所を設立したが、現に被告人甲野らが右不動産を取得した上でビジネスホテル経営等のための調査やシミュレーションを行ったという可能性を否定することができない。しかし、あくまでも右ホテル等の実質的経営主体としては被告人甲野らであり、梅田地所の代表取締役とされたBらがその意思決定をしたものではないのであって、梅田地所は、単に右不動産の形式的な所有名義人とされたに過ぎず、右ビジネスホテル等の経営主体とされたものとはいえない。そして、右設立目的の実現の可能性がなくなった後も、同会社独自の事業活動はなされていない。
3 阿南コーポレーション
被告人甲野、被告人乙川及び被告人丙山は、平成五年二月ころ、相談の上、不動産賃貸業等を目的とする会社を設立することを決定し、大阪コーポレーションを一〇〇パーセント出資の発起人とすること、代表取締役を被告人丙山とすること、資本金を三〇〇〇万円とすること及び商号を被告人甲野の知人阿南幸江の姓を入れた阿南コーポレーションとすることを被告人甲野が決め、その後、被告人乙川が被告人丁谷に指示し、登記に必要な書類を準備させるとともに、杢司法書士に登記申請を依頼させ、杢司法書士が代理人として登記申請をし、同年三月二四日に阿南コーポレーションの設立登記がなされた(本店所在地は、大阪市西区新町<番地略>)。なお、阿南コーポレーションは、同年一二月二四日にセンチュリーコーポレーションに商号変更されている。
阿南コーポレーションの資本金については、設立登記後すぐにこれを払い戻すこととされ、同年三月二三日、大阪開発観光名義の券面金額三〇〇〇万円の小切手一通を振り出し(同会社名義の大阪厚生信金本店営業部の当座預金口座より出金された。)、大阪コーポレーション名義で福寿信組本店営業部の阿南コーポレーション名義の別段預金口座に振込入金して株式発行価額の払込みをなし、株式払込金保管証明書を入手した後、同月二六日、これを同会社名義の普通預金口座に組み入れた後、同月二九日、右入金分の払戻しを受け、他の末野興産の関連会社の預金口座に入金するなどした。
阿南コーポレーションの設立に関し、被告人丙山が代表取締役となることの承諾は得たが、発起人とされた大阪コーポレーションの代表取締役であるGは、設立について全く知らされないまま、設立手続には何らの関与もしていない上、本件で法務局に提出された書類のうち、Gが作成又は入手に関与したようになっている書類は、いずれも被告人甲野がGに無断で、被告人乙川に指示して作成させるなどしたものである。なお、他の登記簿上役員とされた者は、いずれも役員となることを承諾していた。
阿南コーポレーションは、末野興産グループ会社で曽根崎新地所在のいわゆるレジャービルを購入するために設立され、現に、阿南コーポレーション名義でレジャービルを買い取るなどしたが、それは被告人甲野やその意を受けた被告人丙山が正式の取締役会を開かずに決めた方針に従って、右レジャービルの形式的な所有名義人になったに過ぎず、同会社独自の事業活動はなされていない。
4 櫻井コーポレーション
被告人甲野及び被告人丙山は、平成六年二月ころ、相談の上、パチンコ店及びゲームセンターの経営等を目的とする会社を設立することとし、被告人甲野の当時の愛人であったH(以下、「H」ともいう。)を一〇〇パーセント出資の発起人とするとともに代表取締役とすること、資本金を五〇〇〇万円とすること及び商号をHの姓を入れた櫻井コーポレーションとすることを被告人甲野が決め、その後、被告人甲野が被告人丁谷に指示し、登記に必要な書類を準備させるとともに、杢司法書士らに登記申請を依頼させ、杢司法書士らが代理人として登記申請をし、同年三月二四日に櫻井コーポレーションの設立登記がなされた(本店所在地は、兵庫県尼崎市常松<番地略>)。
櫻井コーポレーションの資本金については、設立登記後すぐにこれを払い戻すこととされ、同月二三日、コメダコーポレーション名義の券面金額五〇〇〇万円の小切手一通を振り出し(同会社名義の福寿信組本店営業部の当座預金口座より出金された。)、H名義で信用組合関西興銀(以下、「関西興銀」という。)本店営業部の櫻井コーポレーション名義の別段預金口座に振込入金して株式発行価額の払込みをなし、株式払込金保管証明書を入手した後、同月三〇日、右入金分を払い戻し、元のコメダコーポレーションの右口座に戻した。
櫻井コーポレーションの設立に関し、発起人とされ、代表取締役として登記されているHは、あらかじめ名義を貸すことを承諾していた上、H以外に役員として登記された三名のうち被告人丙山及び被告人丁谷からはあらかじめ承諾を得ていたが、I(以下、「I」という。)からは取締役となることの承諾を得ていなかった。
櫻井コーポレーションは、被告人甲野又は末野興産がブランデオーズ帝塚山という名称のマンションの一室を購入し、これを転売するまでの所有名義人とするために設立され、現に、転売目的で右マンションを取得することとなり、形式的な所有名義人(買主)として利用されたが、あくまでもこの実質的意思決定は被告人甲野がなしたものであって、同会社独自の事業活動はなされていない。なお、右マンションにはHが居住することとなった。
5 日新観光
被告人甲野、被告人乙川及び被告人丙山は、平成六年七月ころ、相談の上、パチンコ店経営等を目的とする会社を設立することとし、被告人丙山を一〇〇パーセント出資の発起人とし、かつ代表取締役とすること及び資本金を五〇〇〇万円とすることを被告人甲野及び被告人丙山が決め、商号を日新観光とすることを被告人丙山が決め、その後、被告人乙川が被告人丁谷に指示し、登記に必要な書類を準備させるとともに、杢司法書士に登記申請を依頼させ、杢司法書士が代理人として登記申請をし、同年八月二四日に日新観光の設立登記がなされた(本店所在地は、当初、大阪市淀川区西中島<番地略>とされたが、平成七年一一月八日に同区西中島<番地略>に変更登記された。)。
日新観光の資本金については、設立登記後すぐにこれを払い戻すこととされ、平成六年八月二三日、A名義の福寿信組本店営業部の普通預金口座から五〇〇〇万円を出金し、被告人丙山名義で大阪厚生信金本店営業部の日新観光名義の別段預金口座に振込入金して株式発行価額の払込みをなし、株式払込金保管証明書を入手した後、同月二九日に右入金分を払い戻し、元のA名義の右口座に戻した。
日新観光の設立に関し、取締役として登記されているIを除き、登記簿上役員とされた者は、あらかじめこれを承諾していた。
日新観光は、現に、被告人丙山を代表取締役としてパチンコ店の経営に当たることとし、日新観光名義で地上三階地下一階建の建物(遊技場)を建設し、平成七年一〇月二四日ころにパチンコ店「ピーポケット」を開店し、平成九年一一月ころまで営業活動をしていた。
6 ナニワコーポレーション
被告人甲野及び被告人丙山は、平成六年八月ころ、相談の上、不動産賃貸業等を目的とする会社として設立することとし、被告人丙山を一〇〇パーセント出資の発起人とし、かつ代表取締役とすること、資本金を五〇〇〇万円とすること及び商号をナニワコーポレーションとすることを被告人甲野及び被告人丙山が決め、その後、被告人甲野が被告人乙川に指示し、被告人乙川が更に被告人丁谷に指示して、登記に必要な書類を準備させるとともに、杢司法書士に登記申請を依頼させ、杢司法書士が代理人として登記申請をし、同年一一月七日にナニワコーポレーションの設立登記がなされた(本店所在地は、大阪市淀川区西中島<番地略>)。
ナニワコーポレーションの資本金については、設立登記後すぐにこれを払い戻すこととされ、同日、センチュリーコーポレーション名義の福寿信組本店営業部における七億円の定期預金を担保として、同信組からセンチュリーコーポレーション名義で一億四〇〇〇万円の手形貸付を受けた上、そのうち五〇〇〇万円を被告人丙山名義で大阪厚生信金本店営業部のナニワコーポレーション名義の別段預金口座に振込入金して株式発行価額の払込みをし、株式払込金保管証明書を入手した後、同月九日に右入金分を取り戻し、右手形貸付の一部返済に充てた。
ナニワコーポレーションの設立に際し、登記簿上役員とされた者は、Iを除き、あらかじめ役員となることを承諾していた。
ナニワコーポレーションは、競売物件を取得させるために設立され、現に、物件を取得して同会社名義でこれを他者に賃貸するなどしたが、この実質的意思決定の主体は末野興産又は被告人甲野であって、ナニワコーポレーションは、単に形式的な所有名義人とされたに過ぎず、同会社独自の事業活動はなされていない。
7 リョウコーポレーション
被告人甲野、被告人乙川及び被告人丙山は、平成六年一〇月ころ、相談の上、不動産賃貸業等を目的とする会社として設立することとし、Gを一〇〇パーセント出資の発起人とし、かつ代表取締役とすること、資本金を九〇〇〇万円とすること及び商号をリョウコーポレーションとすることを被告人甲野が決め、その後、被告人乙川が被告人丁谷に指示し、登記に必要な書類を準備させるとともに、杢司法書士に登記申請を依頼させ、杢司法書士が代理人として登記申請をし、同年一一月八日にリョウコーポレーションの設立登記がなされた(本店所在地は、大阪府豊中市新千里南町<番地略>)。
リョウコーポレーションの資本金については、設立登記後すぐにこれを払い戻すこととされ、ナニワコーポレーションの設立登記の際に、センチュリーコーポレーション名義の福寿信組本店営業部における七億円の定期預金を担保として、同信組からセンチュリーコーポレーション名義で手形貸付を受けた一億四〇〇〇万円のうちの九〇〇〇万円をG名義で大阪厚生信金本店営業部のリョウコーポレーション名義の別段預金口座に振込入金して株式発行価額の払込みをなし、株式払込金保管証明書を入手した後、同月一一日に右入金分を取り戻し、右手形貸付の一部返済に充てた。
リョウコーポレーションの設立に関し、発起人兼代表取締役とされたGは、リョウコーポレーションの設立について全く知らされないまま、設立手続には何ら関与しておらず、本件で法務局に提出された書類のうち、Gが作成又は入手に関与したことになっている書類は、いずれも被告人甲野がGに無断で被告人乙川に指示して作成するなどさせたものである(なお、Gの関与・承諾の有無については後に詳述する。)。
また、取締役として登記されたIも、取締役となることについて承諾していないが、他の登記簿上の役員とされた被告人丙山及び杢司法書士は、役員となることにつき承諾していた。
リョウコーポレーションは、将来、被告人甲野の後継者となる可能性のあったGのために、ゴルフ場開発を計画する会社の株式をリョウコーポレーション名義で譲り受けて保有させようとして設立され、その後、後述のとおり、後に設立登記される末野興産グループ会社の発起人としてその名義が使用された。しかし、リョウコーポレーション自体が独自に事業活動をしていたわけではなく、末野興産又は被告人甲野がその後に設立された会社を支配管理する手段として、リョウコーポレーションの名義を利用しただけであって、言わばリョウコーポレーションは、末野興産又は被告人甲野の傀儡に過ぎなかった。なお、リョウコーポレーションの設立に際しては、Gが被告人甲野の遺産(末野興産の経営権等を含む。)を相続する際の相続税対策の意味合いもあった。
8 福岡ビルコーポレーション
被告人甲野、被告人乙川及び被告人丙山は、平成六年一二月ころ、相談の上、不動産賃貸業等を目的とする会社を設立することとし、代表取締役を被告人丙山の内妻Iとすること及び資本金を三〇〇〇万円とすることを被告人甲野が決め、Iを発起人とすること及び商号を福岡ビルコーポレーションとすることを被告人丙山が決め、その後、被告人乙川が被告人丁谷に指示し、登記に必要な書類を準備させるとともに、司法書士大藤治祐らに登記申請を依頼させ、同司法書士らが代理人として登記申請をして、同月一六日に福岡ビルコーポレーションの設立登記がなされた(本店所在地は、当初、福岡市博多区中洲<番地略>であったが、平成八年二月二一日に大阪市淀川区東三国<番地略>に移転登記された。)。
福岡ビルコーポレーションの資本金については、設立登記後すぐにこれを払い戻すこととされ、平成六年一二月一二日、福寿信組本店営業部からセンチュリーコーポレーション名義で手形貸付を受けた三〇〇〇万円を、福岡ビルコーポレーション名義で関西興銀本店営業部の別段預金口座に振込入金して株式発行価額の払込みをなし、株式払込金保管証明書を入手した後、同月二二日に右入金分を払い戻し、これをセンチュリーコーポレーション名義の借入金の返済に充てた。
福岡ビルコーポレーションの設立に関し、発起人として定款の作成及び株式を引き受けたこととされたIは、設立について全く知らされないまま、設立手続には関与しておらず、本件で法務局に提出された書類のうち、Iが作成又は入手に関与したようになっている書類は、いずれも被告人甲野らがIに無断で被告人乙川に指示して作成するなどさせたものである。なお、他の役員とされた者からはあらかじめ役員となることの承諾を得ていた。
福岡ビルコーポレーションは、福岡市所在の末野興産の所有する不動産の管理を担当させるために設立されたところ、実際に末野興産が福岡市内で取得した不動産の所有名義の帰属主体となったほか、福岡ビルコーポレーション名義で事務所を構え、被告人甲野らの意を受けた被告人丙山が実質的に代表者となって不動産を管理するなどの活動をしていたことを否定できないが、同会社の代表取締役となったIらが意思決定をするものではなかった。
9 北六甲カントリー倶楽部
被告人甲野、被告人乙川及び被告人丙山は、平成六年一二月ころ、相談の上、ホテルの経営等を目的とする会社を設立することとし、リョゥコーポレーションを一〇〇パーセント出資の発起人とすること、被告人丙山を代表取締役とすること、資本金を九〇〇〇万円とすること及び商号を北六甲カントリー倶楽部とすることを被告人甲野が決め、その後、被告人乙川が被告人丁谷に指示し、登記に必要な書類を準備させるとともに、杢司法書士に登記申請を依頼させ、杢司法書士が代理人として登記申請をし、同月一四日に北六甲カントリー倶楽部の設立登記がなされた(本店所在地は、大阪市淀川区西中島<番地略>)。なお、北六甲カントリー倶楽部は、平成七年二月八日に株式会社北六甲カントリークラブに、同年七月一一日に株式会社ドリームにそれぞれ商号変更された。
北六甲カントリー倶楽部の資本金については、設立登記後すぐにこれを払い戻すこととされ、平成六年一二月一三日、福寿信組本店営業部からセンチュリーコーポレーション名義で手形貸付を受けた九〇〇〇万円を、リョウコーポレーション名義で木津信組本店営業部の北六甲カントリー倶楽部名義の別段預金口座に振込入金して株式発行価額の払込みをなし、株式払込金保管証明書を入手した後、同月一九日に右入金分を払い戻し、これをセンチュリーコーポレーション名義の右借入金の返済に充てた。
北六甲カントリー倶楽部の設立に関し、リョウコーポレーションが発起人とされているが、リョウコーポレーションの代表取締役とされていたGは、設立について全く知らないまま、設立手続にも関与しておらず、本件で法務局に提出された書類のうち、Gがリョウコーポレーションの代表者として作成又は入手に関与したことになっている書類は、いずれも被告人甲野がGに無断で被告人乙川に指示して作成するなどさせたものである。
また、北六甲カントリー倶楽部の役員として登記されている岸由子は、役員となることを承諾していないが、J及び被告人丙山は、役員となることにつきあらかじめ承諾していた。
北六甲カントリー倶楽部は、当初、被告人甲野及び被告人丙山がゴルフ場経営に乗り出すために設立を企図され、実際に、ゴルフ場買収のための活動を試みたが、採算性のあるゴルフ場の取得がかなわず、結局、ゴルフ場の経営を断念した。その前後ころ、被告人甲野や被告人丙山らは、ラブホテル経営に路線を変更し、遅くとも平成七年七月ころまでに前記太融寺天祥モータープールの土地上にラブホテルを建設することとし、平成九年三月ころラブホテルを開店させ、ドリーム名義でこのホテルを経営するなどし、独自に事業活動をしていたことは否定できない。
10 南千里開発
被告人甲野及び被告人乙川は、平成七年三月初旬ころ、不動産賃貸業等を目的とする会社として設立することとし、リョウコーポレーションが一〇〇パーセント出資の発起人とすること、代表取締役を被告人甲野の長女K(以下、「K」という。)とすること、資本金を三〇〇〇万円とすること及び商号を南千里開発とすることを被告人甲野が決め、その後、被告人乙川が被告人丁谷に指示し、登記に必要な書類を準備させるとともに、杢司法書士に登記申請を依頼させ、杢司法書士が代理人として登記申請をし、同月二二日に南千里開発の設立登記がなされた(本店所在地は、大阪府吹田市高野台<番地略>)。
南千里開発の資本金については、設立登記後すぐにこれを払い戻すこととされ、同日、天祥名義の券面金額三〇〇〇万円の小切手一通を振り出し(同会社名義の大阪厚生信金本店営業部の当座預金口座より出金された。)、リョウコーポレーション名義で大阪厚生信金本店営業部の南千里開発名義の別段預金口座に振込入金して株式発行価額の払込みをなし、株式払込金保管証明書を入手した後、同月二九日に右入金分を払い戻し、これを元の天祥名義の右口座に戻した。
南千里開発の設立に関し、リョウコーポレーションが発起人とされているが、リョウコーポレーションの代表取締役とされていたGは、設立登記について全く知らされないまま、設立手続にも関与せず、本件で法務局に提出された書類のうち、Gがリョウコーポレーションの代表者として作成又は入手に関与したことになっている書類及び自分が取締役に就任する旨の承諾書は、いずれも被告人甲野がGに無断で被告人乙川に指示して作成するなどさせたものである。
また、Kも南千里開発の代表取締役となることを承諾しておらず、南千里開発の設立手続には何ら関与していないが、監査役として登記されたAは、あらかじめ就任につき承諾をしていた。
南千里開発は、Kのために末野興産グループの不動産を保有させること等を目論み、結果的にKが被告人甲野の遺産を相続する際の相続税対策という意味をも持たせるべく、設立登記がなされたのであるが、実際に不動産の所有名義人となることも事業活動をした形跡もない。
11 梅田ビルコーポレーション
被告人甲野、被告人乙川及び被告人丙山は、平成七年五月ころ、相談の上、末野興産が所有する不動産の所有名義を移すための受け皿となる会社(不動産賃貸業等を目的)を設立することとし、リョウコーポレーションを一〇〇パーセント出資の発起人とすること、代表取締役を被告人丙山とすること及び資本金を三〇〇〇万円とすることを被告人甲野が決め、商号を梅田ビルコーポレーションとすることを被告人乙川及び被告人丙山が決め、その後、被告人乙川が被告人丁谷に指示し、登記に必要な書類を準備させるとともに、杢司法書士に登記申請を依頼させ、杢司法書士が代理人として登記申請をして、同年六月一三日に梅田ビルコーポレーションの設立登記がなされた(本店所在地は、大阪市北区野崎町<番地略>)。
梅田ビルコーポレーションの資本金については、設立登記後すぐにこれを払い戻すこととされ、同月一二日、大阪開発観光振出名義の券面金額三〇〇〇万円の小切手一通を振り出し(同会社名義の大阪厚生信金本店営業部の当座預金口座より出金された。)、リョウコーポレーション名義で中国信用組合(以下、「中国信組」ともいう。)本店営業部の梅田ビルコーポレーション名義の別段預金口座に振込入金して株式発行価額の払込みをなし、株式払込金保管証明書を入手した後、同月一六日に右入金分を払い戻して、これを元の大阪開発観光名義の右口座に戻した。
梅田ビルコーポレーションの設立に関し、リョウコーポレーションが発起人とされているが、リョウコーポレーションの代表取締役とされていたGは、設立登記について全く知らされないまま、設立手続にも関与しておらず、本件で法務局に提出された書類のうち、Gがリョウコーポレーションの代表者として作成又は入手に関与したことになっている定款等の書類は、いずれも被告人甲野がGに無断で被告人乙川に指示して作成するなどさせたものである。
なお、梅田コーポレーションの役員として登記されている者は、いずれも役員となることを承諾していた。
梅田ビルコーポレーションは、末野興産の所有する不動産である梅田天祥ビル一号館を隠匿する際の名義人として利用するために設立され、現に、これが梅田ビルコーポレーションにその所有名義が移されたが、単に右不動産の形式的な所有名義人となったに過ぎず、同会社独自の事業活動はなされていない。
12 ヒュース中之島コーポレーション
被告人甲野、被告人乙川及び被告人丙山は、平成七年五月ころ、相談の上、末野興産が実質的に取得する不動産の所有名義人とするための会社(目的を不動産管理業等とする。)を設立することとし、リョウコーポレーションを一〇〇パーセント出資の発起人とすること、代表取締役を被告人丙山とすること、資本金を三〇〇〇万円とすること及び商号をヒュース中之島コーポレーションとすることを被告人甲野が決め、その後、被告人乙川が被告人丁谷に指示し、登記に必要な書類を準備させるとともに、杢司法書士に登記申請を依頼させ、杢司法書士が代理人として登記申請をし、同年七月六日にヒュース中之島コーポレーションの設立登記がなされた(本店所在地は、大阪中北区中之島<番地略>)。
ヒュース中之島コーポレーションの資本金については、設立登記後すぐにこれを払い戻すこととされ、同月五日、A名義の普通預金口座から三〇〇〇万円を出金し、これを中国信組本店営業部のヒュース中之島コーポレーション名義の別段預金口座に入金して株式発行価額の払込みをなし、株式払込金保管証明書を入手した後、同月一〇日に右入金分を払い戻し、A名義の右口座に戻した。
ヒュース中之島コーポレーションの設立に関し、リョウコーポレーションが発起人とされているが、リョウコーポレーション代表取締役とされていたGは、設立登記について全く知らされないまま、設立手続にも関与しておらず、本件で法務局に提出された書類のうち、Gがリョウコーポレーションの代表者として作成又は入手に関与したことになっている書類は、いずれも被告人甲野がGに無断で被告人乙川に指示して作成するなどさせたものである。
また、ヒュース中之島コーポレーションの役員として登記されている者のうち、Iは、役員となることを承諾していないが、その余の者はこれを承諾していた。
ヒュース中之島コーポレーションは、末野興産において実質的に日新建設工業株式会社及びチヨダ開発株式会社の共有物件であったヒュース中之島ビルとその敷地を購入する際、末野興産の所有名義とすれば、債権者による強制執行を受けるおそれもあったことから、右不動産の所有名義人として利用するために設立されたもので、右不動産の形式的な所有名義を帰属主体とされたに過ぎず、同会社独自の事業活動はなされていない。
13 南地所
被告人甲野、被告人乙川及び被告人丙山は、平成七年九月ころ、相談の上、末野興産が所有する不動産の所有名義を移すための受け皿会社となる会社を設立することとし(不動産賃貸業等を目的とする。)、リョウコーポレーションを一〇〇パーセント出資の発起人とすること、代表取締役を被告人丙山とすること及び資本金を三〇〇〇万円とすることを被告人甲野が決め、商号を南地所とすることを被告人乙川及び被告人丙山が決め、その後、被告人乙川が被告人丁谷に指示し、登記に必要な書類を準備させるとともに、杢司法書士に登記申請を依頼させ、杢司法書士が代理人として登記申請をし、同月一四日に南地所の設立登記がなされた(本店所在地は、大阪市中央区宗右衛門町<番地略>)。
南地所の資本金については、設立登記後すぐにこれを払い戻すこととされ、同月一三日、コメダコーポレーション名義の券面金額三〇〇〇万円の小切手一通を振り出し(同会社名義の福寿信組本店営業部の当座預金口座より出金された。)、リョウコーポレーション名義で大阪厚生信金本店営業部の南地所名義の別段預金口座に振込入金して株式発行価額の払込みをなし、株式払込金保管証明書を入手した後、同月一九日に右入金分を払い戻し、これを元のコメダコーポレーション名義の右口座に戻した。
南地所の設立に関し、リョウコーポレーションが発起人とされているが、リョウコーポレーションの代表取締役とされていたGは、設立登記について全く知らされないまま、設立手続にも関与しておらず、本件で法務局に提出された書類のうち、Gがリョウコーポレーションの代表者として作成又は入手に関与したことになっている書類は、いずれも被告人甲野がGに無断で被告人乙川に指示して作成するなどさせたものである。
また、南地所の役員として登記されている者のうち、Iは、役員となることを承諾していないが、その余の者はこれを承諾していた。
南地所は、末野興産の所有する心斎橋レジデンス天祥、三ツ寺天祥ビル二号館(敷地は、ワールドエステートの所有名義であった。)及び八幡筋モータープールを隠匿する際の所有名義人として利用するために設立され、現に、これらの物件が南地所に所有名義が移されたが、単に形式的な所有名義の帰属主体になったに過ぎず、同会社独自の事業活動はなされていない。
14 三国地所
被告人甲野、被告人乙川及び被告人丙山は、平成七年八月ころ、相談の上、末野興産が実質的に買い戻す不動産の所有名義人とするための会社を設立することとし(不動産賃貸業等を目的とする。)、リョウコーポレーションを一〇〇パーセント出資の発起人とすること、代表取締役を被告人丙山とすること及び資本金を五〇〇〇万円とすることを被告人甲野が決め、商号を三国地所とすることを被告人乙川及び被告人丙山が決め、その後、被告人乙川が被告人丁谷に指示し、登記に必要な書類を準備させるとともに、杢司法書士に登記申請を依頼させ、杢司法書士が代理人として登記申請をし、同年九月一四日に三国地所の設立登記がなされた(本店所在地は、大阪市淀川区東三国<番地略>)。
三国地所の資本金については、設立登記後すぐにこれを払い戻すこととされ、同月一三日、コメダコーポレーション名義の券面金額五〇〇〇万円の小切手一通を振り出し(同会社名義の福寿信組本店営業部の当座預金口座より出金された。)、リョウコーポレーション名義で大阪厚生信金本店営業部の三国地所名義の別段預金口座に振込入金して株式発行価額の払込みをなし、株式払込金保管証明書を入手した後、同月一九日に右入金分を払い戻し、これを元のコメダコーポレーション名義の右口座に戻した。
三国地所の設立に関し、リョウコーポレーションが発起人とされているが、リョウコーポレーションの代表取締役とされていたGは、設立登記について全く知らされないまま、設立手続に関与しておらず、本件で法務局に提出された書類のうち、Gがリョウコーポレーションの代表者として作成又は入手に関与したことになっている書類は、いずれも被告人甲野がGに無断で被告人乙川に指示して作成するなどさせたものである。
また、三国地所の役員として登記されている者のうち、Iは、役員となることを承諾していないが、その余の者はこれを承諾していた。
三国地所は、かつて末野興産が買戻特約付で有楽エンタープライズに所有権を移転した三国レジデンス天祥二号館を買い戻すに当たり、末野興産名義で買い戻せば、債権者から強制執行を受けるおそれもあったことから、末野興産とは全く関係のない会社を装い、その所有名義人とするために設立されたものであって、単に右不動産の形式的な所有名義の帰属主体となったに過ぎず、同会社独自の事業活動はなされていない。
15 ニッセン
被告人甲野、被告人乙川及び被告人丙山は、平成七年八月ころ、相談の上、パチンコの景品販売等を目的とする会社を設立することを決定し、リョウコーポレーションを一〇〇パーセント出資の発起人とすること、代表取締役を被告人丙山とすること及び資本金を一〇〇〇万円とすることを被告人甲野が決め、商号をニッセンとすることを被告人丙山が決め、その後、被告人乙川が被告人丁谷に指示し、登記に必要な書類を準備させるとともに、杢司法書士に登記申請を依頼させ、杢司法書士が代理人として登記申請をし、ニッセンは同年九月一九日に設立登記がなされた(本店所在地は、大阪市淀川区西中島<番地略>)。
ニッセンの資本金については、設立登記後すぐにこれを払い戻すこととされ、同月一八日、コメダコーポレーション名義の券面金額一〇〇〇万円の小切手一通を振り出し(同会社名義の福寿信組本店営業部の当座預金口座より出金された。)、リョウコーポレーション名義で関西興銀本店営業部のニッセン名義の別段預金口座に振込入金して株式発行価額の払込みをなし、株式払込金保管証明書を入手した後、同月二一日に右入金分を払い戻し、これを元のコメダコーポレーション名義の口座に戻した。
ニッセンの設立に関し、リョウコーポレーションが発起人とされているが、リョウコーポレーションの代表取締役とされていたGは、設立登記について全く知らされないまま、設立手続にも関与しておらず、本件で法務局に提出された書類のうち、Gがリョウコーポレーションの代表者として作成又は入手に関与したことになっている定款等の書類は、いずれも被告人甲野がGに無断で被告人乙川に指示して作成するなどさせたものである。
また、ニッセンの役員として登記されている者のうち、Iは、役員となることを承諾していないが、その余の者はこれを承諾していた。
ニッセンは、日新観光が経営するパチンコ店「ピーポケット」の開店と同時に、同店への景品納入を担当するようになるなど営業活動を行っていた。
16 ユーイング
被告人甲野、被告人乙川及び被告人丙山は、平成七年八月ころ、相談の上、喫茶店経営等を目的とする会社を設立することとし、リョウコーポレーションを一〇〇パーセント出資の発起人とすること、代表等を被告人丙山とすること及び資本金を一〇〇〇万円とすることを被告人甲野が決め、商号をユーイングとすることを被告人丙山が決め、その後、被告人乙川が被告人丁谷に指示し、登記に必要な書類を準備させるとともに、杢司法書士に登記申請を依頼させ、杢司法書士が代理人として登記申請をし、同年九月一九日にユーイングの設立登記がなされた(本店所在地は、大阪市淀川区西中島<番地略>)。
ユーイングの資本金については、設立登記後すぐにこれを払い戻すこととされ、同月一八日、コメダコーポレーション名義の券面金額一〇〇〇万円の小切手一通を振り出し(同会社名義の福寿信組本店営業部の当座預金口座より出金された。)、リョウコーポレーション名義で関西興銀本店営業部のユーイング名義の別段預金口座に振込入金して株式発行価額の払込みをなし、株式払込金保管証明書を入手した後、同月二一日に右入金分を払い戻し、これを元のコメダコーポレーションの右口座に戻した。
ユーイングの設立に関し、リョウコーポレーションが発起人とされているが、リョウコーポレーションの代表取締役とされていたGは、設立登記について全く知らされないまま、設立手続にも関与しておらず、本件で法務局に提出された書類のうち、Gがリョウコーポレーションの代表者として作成又は入手に関与したことになっている定款等の書類は、いずれも被告人甲野がGに無断で被告人乙川に指示して作成するなどさせたものである。
また、ユーイングの役員として登記されている者のうち、Iは役員となることを承諾していないが、その余の者はこれを承諾していた。
ユーイングは、日新観光が経営するパチンコ店「ピーポケット」の隣りに喫茶店として営業をしていた。
17 四ツ橋地所
被告人甲野、被告人乙川及び被告人丙山は、平成七年九月ころ、相談の上、末野興産が実質的に買い戻す不動産の所有名義人とするための会社を設立することとし(不動産賃貸業等を目的とする。)、リョウコーポレーションを一〇〇パーセント出資の発起人とすること、代表取締役をIとすること及び資本金を五〇〇〇万円とすることを被告人甲野が決め、商号を四ツ橋地所とすることを被告人乙川及び被告人丙山が決め、その後被告人乙川が被告人丁谷に指示し、登記に必要な書類を準備させるとともに、杢司法書士に登記申請を依頼させ、杢司法書士が代理人として登記申請をし、同年一一月七日設立登記がなされた(本店所在地は、大阪市西区新町<番地略>)。
四ツ橋地所の資本金については、設立登記後すぐにこれを払い戻すこととされ、同日、大阪開発観光名義の券面金額五〇〇〇万円の小切手一通を振り出し(同会社名義の大阪厚生信金本店営業部の当座預金口座より出金された。)、リョウコーポレーション名義で福寿信組本店営業部の四ツ橋地所名義の別段預金口座に振込入金して株式発行価額の払込みをなし、株式払込金保管証明書を入手した後、同月一〇日に右入金分を払い戻し、これを元の大阪開発観光の右口座に戻した。
四ツ橋地所の設立に関し、リョウコーポレーションが発起人とされているが、リョウコーポレーションの代表取締役とされていたGは、設立登記について全く知らされないまま、設立手続にも関与しておらず、本件で法務局に提出された書類のうち、Gがリョウコーポレーションの代表者として作成又は入手に関与したことになっている書類は、いずれも被告人甲野がGに無断で被告人乙川に指示して作成するなどさせたものである。
また、四ツ橋地所の役員として登記されている者のうち、代表取締役とされたI及び取締役とされたJは役員となることを承諾していないが、その余の者はこれを承諾していた。
四ツ橋地所は、末野興産が平成五年八月に買戻特約付きで大川地所(日本ハウジングローンの関連会社)に譲渡していた四ツ橋天祥ビル三号館を末野興産グループで買い戻す際、末野興産名義では債権者から強制執行を受けるおそれもあったことから、右不動産の所有名義人として利用されたが、これは単に形式的に所有名義の帰属主体となったに過ぎず、同会社独自の事業活動はなされていない。
18 大正地所
被告人甲野、被告人乙川及び被告人丙山は、平成七年八月ころから、相談の上、末野興産が所有する不動産の所有名義を移すための受け皿会社となる会社を設立することとし(不動産賃貸業等を目的とする。)、リョウコーポレーションを一〇〇パーセント出資の発起人とすること、代表取締役を中井治雄とすること(その後、石井重雄に変更された。)及び資本金を三〇〇〇万円とすることを被告人甲野が決め、商号を大正地所とすることを被告人乙川及び被告人丙山が決め、その後、被告人乙川が被告人丁谷に指示し、登記に必要な書類を準備させるとともに、杢司法書士に登記申請を依頼させ、杢司法書士が代理人として登記申請をし、同年一二月二二日に大正地所の設立登記がなされた(本店所在地は、大阪市大正区三軒家西<番地略>)。
大正地所の資本金については、設立登記後すぐにこれを払い戻すこととされ、同月二一日、センチュリーコーポレーション名義の券面金額三〇〇〇万円の小切手一通を振り出し(同会社名義の福寿信組本店営業部の当座預金口座より出金された。)、リョウコーポレーション名義で関西興銀本店営業部の大正地所名義の別段預金口座に振込入金して株式発行価額の払込みをなし、株式払込金保管証明書を入手した後、同月二六日に右入金分を払い戻し、元のセンチュリーコーポレーション名義の右口座に戻した。
大正地所の設立に関し、リョウコーポレーションが発起人とされているが、リョウコーポレーションの代表取締役とされていたGは、設立登記について全く知らされないまま、設立手続にも関与しておらず、本件で法務局に提出された書類のうち、Gがリョウコーポレーションの代表者として作成又は入手に関与したことになっている定款等の書類は、いずれも被告人甲野がGに無断で被告人乙川に指示して作成するなどさせたものである。
そして、大正地所の役員として登記されている者のうち、取締役とされた飯田隼三は役員となることを承諾していないが、その余の者はこれを承諾していた。
大正地所は、末野興産の所有する大正メゾン天祥、四ツ橋天祥ビル七号館及び同二号館の仮装譲渡等をする際の名義人として利用するために設立され、現に、これらの物件が大正地所に所有名義が移されているが、単に形式的に名義の帰属主体になったに過ぎず、同会社独自の事業活動はなされていない。
19 末野興産グループ会社の実態
末野興産には本件一八社を含め多数の関連会社が存在するが(名目だけのものも極めて多数含まれていることも明白である。判示「犯行に至る経緯」参照)、被告人甲野らは、本件以前から頻繁に「見せ金」を利用して会社を設立したことがうかがわれ、とりわけ、平成三年中に設立された大阪開発観光、大阪コーポレーション、天祥、四ツ橋ビルディング、キンキビル管理及び大阪土地建物販売がこれに該当する。
ところで、被告人甲野は、末野興産グループ会社の総帥として、その全体を掌握し、これらの会社のうち末野興産等四社の代表取締役としてその業務全般を統括していただけでなく、被告人甲野が役員として登記されていないその余の各社についての、実質上の経営者として、その業務全般を統括し、末野興産グループ会社すべてに対する最終的決定権を握っていた。
また、末野興産グループ会社の経営実態をみるに、末野興産以外の会社は、ホテルを経営しているグレース、ナイン企画及びドリーム(旧商号・北六甲カントリー倶楽部)並びにパチンコ店等を経営している日新観光、ニッセン及びユーイングを除くと、末野興産所有の不動産の管理等と関係のない事業活動を目的にしていた会社も、また末野興産から必要な資金の供給を受けていない会社もなく、末野興産以外の大半の会社は、いわば、末野興産の不動産管理又は資金運用という目的のために存在していたといえ、この目的のために利用する価値を認められなくなった会社は、当初、事業活動を行っていたことがあっても、やがてそれを止め、何ら事業活動を行わなくなり、幽霊会社の様相を呈するに至っている。
三 公正証書原本不実記載及び同行使罪の成否とその範囲(争点に対する判断)
1 「発行済株式総数」及び「資本の額」の不実性の有無
(一) 本件各払込の「見せ金」該当性
まず、本件各払込が「見せ金」による違法無効な払込となるか否かについては、会社成立後、借入金返済までの期間の長短、払戻金が会社資金として運用された事実の有無、借入金返済が会社資本に及ぼす影響の有無を総合的に考慮して認定するものと解されるところ(最一小決昭和三八年一二月六日民集一七巻一二号一六三三頁参照)、前記第二の二の1ないし18の認定事実によれば、本件各会社の資本金として入金した金員が返戻されるまでの期間が極めて短く、これらの金員が会社において全く運用された実績がないこと等にかんがみれば、いずれの会社についても、法律上違法無効な払込みである「見せ金」に該当することは明白である。
なお、この点に関し、被告人丙山は、第三五ないし第三七回公判期日において、払い込まれた資本金をどうするか等について話し合ったことはなく、会社の設立登記後すぐに、資本金が払い戻されること(資本充実)について当時認識がなかったなどと公正証書原本不実記載及び同行使罪の犯意及び共謀を否認するとも解釈できる供述をするので念のため検討するに、被告人甲野、被告人乙川、被告人丙山及び被告人丁谷は、いずれも検察官に対し資本金の払い戻しについての事前の相談及び認識を自認する供述をしていたにもかかわらず、公判では供述を変遷させており、そのことについて合理的説明をなし得ていないこと、被告人甲野らは、現に同種の行為(登記後すぐ資本金が戻される行為)を繰り返していること等から、被告人甲野や被告人丙山の公判供述は、到底信用することができない。これに対し、犯意及び共謀の存在を具体的に供述する、被告人甲野、被告人乙川、被告人丙山及び被告人丁谷の検察官に対する各供述は、相互にさしたる矛盾点も見当たらない上、いずれも格別不自然・不合理なところはなく、他の客観的証拠とも符合しているのであり、十分信用することができるのであるから、被告人らにおける犯意の存在及び共謀の成立の立証に欠けるところはない。
(二) 「見せ金」による株式会社の設立と「発行株式総数」及び「資本の額」の不実性
次に、「見せ金」による本件各払込が、登記事項中の「発行済株式総数」及び「資本の額」の不実性を構成するか否かについて検討する。
(1) まず、弁護人らは、他の末野興産グループ会社から資本金が捻出されていること、「甲野マネー」なる巨額な資本が存在していたこと(殊に、日新観光やヒュース中之島コーポレーションについては、A名義の預金が資本金の原資であり、これを簿外預金と評価することが可能であるともいう。)、設立登記後しばらくして、不動産を取得するなどして現実に資本に見合う資産を取得していることからすると、実質的にみれば資本充実の原則を充足するから、本件の「発行済株式総数」及び「資本の額」が不実であるというには合理的疑いがあるなどと主張する。
なるほど、前掲関係各証拠によると、弁護人らも指摘するように、本件各会社の資本金の合計以上の資金を末野興産に保有していたといえなくもなく、現に事業活動をした形跡のある一部の会社においては、設立登記後にこれらの会社名義で資産を受け継いだとみる余地もないわけではない。
しかしながら、資本充実の原則は、社員たる株主が出資した額を限度とする間接かつ有限の責任しか負わない株式会社において、資本に相当する財産を実質的に保持することを要求するものであって、資本を単なる計算上の数額にとどまらせず、その内容を充実させ、これをもとに企業活動のための資産や費用に転換して経営を行わしめるとともに、これを会社債権者に対する唯一の実質的担保として会社債権者の保護を図るという重要な機能を有するものである。そして、株式会社は、設立によって独立の法人格を付与された後、その独自の企業活動によって他者との間で順次権利義務関係を築き、株式会社の法人格が否認されるなどの特殊な場合はさておき、株式会社がなした行為に対しては、当該株式会社のみが法的責任を負うべきものとされ、会社債権者が当該株式会社以外の者に法的責任の追及(履行請求、強制執行等)を行うのは極めて困難なのは自明のことであるから、会社債権者の保護の見地にかんがみ、当該株式会社において資本に見合う財産を確保する制度上の必要があるのは当然のことである。してみると、実際に資本の充実が図られたか否かは、個々の株式会社において、資本に見合う財産が充足されたかを個別に判断すべきであって、発起人又は親会社等のオーナーによる資金の補充の可能性があったとしても、設立登記時に当該株式会社において資本の充実がなされていない以上は、少なくとも「発行済株式総数」については、実体に合致しないものとして不実であると解するのが相当である。まして本件の場合には、末野興産グループ会社に資本金相当の金員が保有されているとしても、「見せ金」により設立された個々の株式会社が、その保有する口座から右金員を払い戻され、末野興産の関連会社の名義の口座に移し替えられた預金に対する事実上の支配を有していたとは到底認められない上、「見せ金」により設立された株式会社の債権者が別の法人格を有するとされる末野興産の関連会社に対し、強制執行等の法的措置を講じる場合には相当の困難と負担を伴うのが明らかであること等からしても、法の要求する資本充実の原則を充足していたということはできない。
また、事後的な資本の充実の観点から考察するに、そもそも公正証書原本不実記載及び同行使罪は、登記簿等の特に重要な証明力を有する公文書等の公共的信用を保護するために、非公務員である私人の間接正犯的方法による無形偽造を処罰するものであるが、これらの文書に対する公共的信用の保護の見地からすると、公正証書の原本に権利義務関係に重要な意味を持つ事実について客観的事実に反する不実の記載をし、これを公務所等に備え付けて行使した時点で公正証書原本不実記載及び同行使罪が成立するものと解すべきであるから、たとえ事後的に公正証書の原本である登記簿に記載された事項と客観的に合致する状況が作出されたとしても、公正証書原本不実記載及び同行使罪の成否を左右するものではない。なぜなら、事後的な不実の解消の有無を判断要素とした場合、後日の資本に見合う財産の補充の有無という不確定な事情次第で犯罪の成否が決せられることとなりかねず、ひいては公正証書の公共的信用の保護を図るという公正証書原本不実記載及び同行使罪の目的を達し得なくなるからである。したがって、後日の資本に見合う財産の補充の有無にかかわらず、違法無効な「見せ金」によって設立された会社の登記がなされたことのみをもって、少なくとも「発行済株式総数」の不実性を導くことができる。したがって、本件の場合、資本充実の原則を損なったわけではなく、不実性はないとの弁護人らの主張は理由がなく採用することができない。
(2) さらにまた、弁護人らは、コメダコーポレーションについては、当時、営繕を担当していた被告人大阪土地建物の営繕部の自動車、営繕用器具等の買取処理もできたのであり、現物出資的な処理も可能であったから、実質的には資本充実の原則を害しているわけではないとも主張する。
なるほど、コメダコーポレーションは、被告人大阪土地建物の営繕部門を引き継ぎ、被告人大阪土地建物が使用していた右自動車、営繕用器具等をそのまま使用していたことが認められる。
しかしながら、現物出資は、定款にこれを定めるなどの厳格な手続を踏むことが要求されているにもかかわらず、本件ではこの手続が履践されていない上、これらの備品類についての経理処理が平成六年になって行われたが、もともとこれらの備品類は、発起人とされた天祥の所有でも被告人甲野の所有でもなく、実質的に末野興産(被告人大阪土地建物)の所有の物件で、コメダコーポレーションが単に使用貸借としてこれらを使っていたと認めざるを得ず、これを実質的にみて現物出資がなされていたと理解することはできないから、実質的に資本の充実がなされていたとの弁護人らの主張も理由がなく採用することができない。
(3) なお、本件で明確な争点となっているわけではないが、本件の「見せ金」による各株式会社の設立が、登記事項中、「発行済株式総数」のほか、「資本の額」についても不実ということができるか付言する。
なるほど、資本とは、会社財産を確保するための基準たる一定の計算上の数額であって、現実の存在である会社の財産とは異なり、これが定まることによって配当可能利益を制約するなどの機能を有すること、設立登記がなされて株式会社が成立すると、「見せ金」によって払込みをした株式引受人は依然として払込義務を負っている上、払込未済株式について発起人の払込担保責任が生じるのであるから、通常は債券の形ではあるが資本に見合う財産があること等に照らすと、株式引受人や発起人の引受・発起意思に瑕疵があるなどの事情のない限り、「見せ金」による株式会社の設立であることから、直ちに登記された「資本の額」についてまで不実であるということはできない。
しかしながら、本件の場合、後記第二の三の2の(二)のとおり、発起人とされた者の承諾・関与が認められない会社の場合には、その者の払込義務が生ぜず、資本に見合う債権(財産)があるとはいえないのは言うまでもないが、一応発起人となる旨の承諾・関与が認められる会社の場合にも、発起人とされた者は、いずれも、設立される会社の実質的オーナーといえる末野興産又は被告人甲野との間で自らが資本金の負担をしない旨の暗黙の合意があったとみられることもあって、資本金を当該会社に払い込む意思を有していなかったのは明らかであり、しかも、これらの者が比較的高額の資本金を負担する経済的能力にも大きな疑義があること等からすると、発起人とされた者に対し法的に払込義務が肯定されたとしても、現実にその履行の実現可能性が極めて乏しい状況にあるから、実質的には資本に見合う財産が存在していたとは到底いうことができず、「発行済株式総数」のみならず、「資本の額」についても不実であると認めるのが相当である。
(4) 以上によると、本件一八社について、「見せ金」によって設立されたことにより、「発行済株式総数」及び「資本の額」の不実性を導くことができる。
2 本件各会社における不実の範囲(「虚無人」に関する考察を含む。)
(一) 当事者の主張
(1) 検察官の主張
検察官は、発起人の引受意思の有無、活動実績の有無等を基準に分類し、①コメダコーポレーション、櫻井コーポレーション、日新観光及びナニワコーポレーションの四社については、「発行済株式総数」及び「資本の額」のみを不実とするのに対し、②その余の一四社については、G、K、I、天祥、大阪コーポレーション又はリョウコーポレーションが発起人であって、これらの者(法人にあっては代表取締役とされた者も含む。)の関与・承諾がないから、設立自体が違法無効なものであって、「虚無人」として登記事項の全部が不実であると主張する。
(2) 弁護人らの主張
弁護人らは、仮に、違法無効な「見せ金」による設立行為であるとしても、その瑕疵は大きくない。例えば、リョウコーポレーションの設立に際し、Gに発起人となることや名目とはいえ同会社の代表取締役になることの承諾を得るなどした上(BやK等の被告人甲野の家族の推定的承諾もある。)、本件各会社は、いずれも実際に事業活動を行い、あるいはこれを行う目的で設立されたものであり、社会的実体がないではなく、コメダコーポレーション、櫻井コーポレーション、日新観光及びナニワコーポレーションを除く一四社が「虚無人」ということはできず、登記事項の全部が不実となるわけではないなどと主張する。
(二) 資本金払込手続を除く本件各会社の設立行為の適法性(発起人とされた者の発起・引受意思の有無等)
まず、資本金の払込手続を除いて、リョウコーポレーション等の本件会社の設立行為自体が適法になされたかを検討するに、前記第二の二の1ないし18の認定事実によれば、いずれの会社についてみても、設立登記の際に設立手続に必要な商法所定の発起人による定款の作成、取締役及び監査役による設立手続に関する調査報告書、取締役会議事録等の書類が提出されているとはいえ、登記事項については、手続を厳格に履践せず、実質的には被告人甲野らが決定していたのは明白である。
そこで、右のとおり、設立手続が適法に行われたか疑わしい状況にある中、少なくとも発起人とされた者の承諾・関与(発起・引受意思)の有無及び程度によって、設立手続の違法の程度に大きく影響を及ぼすと考えられるので、まずこの点を検討する。
(1) Gの関与・承諾の有無
ア 被告人甲野及び被告人乙川らは、それぞれの公判期日において、リョウコーポレーションの設立の際のGの関与・承諾をうかがわせる供述をし、Gもまた、第六回公判期日において、同会社の設立に際して、Gの子供のお宮参りの日であった平成六年一〇月九日に、被告人甲野から、当時の被告人甲野方で、Gを代表取締役とする特株会社を作ること、同会社が保有する会社の一つがゴルフ場経営をするものであること等の説明を受けたなどと被告人甲野らの右供述に沿う供述をし、現にGの自宅にリョウコーポレーションの看板が設置されているとする。
そこで、Gの供述の信用性を検討するに、Gは、検察官に対し、明確にリョウコーポレーションの設立への関与を否定する供述をしているが、右公判期日で供述を変遷させた理由につき自分自身が逮捕されるのが怖かったと述べるだけで、その理由について合理的説明をなし得ているとはいえないこと、Gは、その当時、松下電工に勤務しており、末野興産グループ会社では稼働していなかった上、リョウコーポレーションが設立された後も同会社で代表者として稼働していた実績すらもなく、末野興産グループ会社とは全く関係がなかったこと、Gが被告人甲野の長男で、被告人甲野の主張を知り、これに迎合した可能性があること等に照らすと、Gの右公判供述は、信用性に乏しいといわざるを得ない。
これに対し、リョウコーポレーションの設立への関与を全く否定するGの検察官調書の供述内容は、具体的であり、かつ格別不自然・不合理な点を含んでおらず、これと同様の内容の被告人甲野や被告人乙川らの検察官に対する供述とも合致するのであって、十分信用に値するものである。
したがって、被告人甲野らが、Gには無断で、Gを発起人かつ代表取締役としてリョウコーポレーションを設立したと認めることができる。
イ なお、この点に関し、弁護人らは、被告人甲野が末野興産グループ会社の次期総帥とする意思を有していたところ、今後、Gを代表取締役とする法人を積極的に設立したり、あるいは時期尚早であるとした場合に被告人丙山を一時的に代表取締役にした上で、その法人の実質的な権限である株主の地位をGに持たせるべく法人を設立したりすることの包括的承諾があったなどと主張する。
なるほど、被告人甲野に右のような意向があったことは否定できない上、Gが被告人甲野から平成七年一月ころに松下電工を辞職して日新観光を手伝えと言われたと述べる。しかしながら、少なくともそれ以前には末野興産グループ会社の経営に携わるよう求められた形跡はなく、弁護人の主張する会社の設立に関する包括的承諾をうかがわせる事情を見出すことはできないから、弁護人らの右主張は、理由がなく採用することができない。
(2) B、K及びIの承諾・関与の有無
Bは、天祥の代表取締役としてコメダコーポレーションの設立にかかわった点、梅田地所の発起人となり株式二〇株を引き受けた上、代表取締役に就任した点及び南千里開発の取締役に就任した点について、捜査段階において、これを否定する供述をし、Kも、南千里開発の代表取締役に就任した点について、同様にこれを否定する供述をし、さらに、Iも、捜査段階において、福岡ビルコーポレーションの発起人となり六〇〇株を引き受け、その代表取締役に就任した点、四ツ橋地所の代表取締役に就任した点並びに櫻井コーポレーション、日新観光、ナニワコーポレーション、リョウコーポレーション、梅田ビルコーポレーション、ヒュース中之島コーポレーション、南地所、三国地所、ニッセン及びユーイングの取締役に就任した点に関し、被告人丙山に実印を預けていたことはあったが、これらの点につき承諾したことも、手続に関わったこともない旨供述し、これらの供述は被告人甲野らの捜査段階の供述とはもとより、これらの会社の手続に関与した関係者の供述ともよく符合するところであって、B、K及びIの右供述は、十分信用することができる。
この点に関し、弁護人らは、被告人甲野の家族であるK及びB、被告人丙山の内妻であるIの役員就任等への推定的承諾があった旨の主張をする。なるほど、同人らは、被告人甲野や被告人丙山の同居の親族ではあるが、夫あるいは父親である被告人甲野らの仕事の内容すらも全く知悉していなかったといわざるを得ない上、同人らが設立登記に必要な書類の作成には全く関わっていなかったし、また役員就任の承諾をうかがわせるような行動をとった形跡もないことからすると、同人らの推定的承諾の存在を認めることはできない。
(3) リョウコーポレーションを発起人とする会社の設立
リョウコーポレーションの設立登記後、同会社を発起人として、多くの株式会社が設立されたが、前記第二の二の7に認定したとおり、リョウコーポレーションの代表取締役とされたG自身の関与・承諾は認められず、同会社の虚無人性はさておき、少なくとも同会社の設立には大きな法的瑕疵があることは明白であるところ、同会社を発起人とした新会社の設立に関しても、前記第二の二の7及び9ないし18に認定したとおり、リョウコーポレーションの代表取締役とされたGの承諾・関与があった形跡が全く認められない上(ちなみに、Gは、平成七年八月ころまでに松下電工を辞め、日新観光に勤務するようになり、その後のリョウコーポレーションの代表となったことに対する事後承諾の可能性も全くないわけではないが、その後も含めてGがリョウコーポレーションの代表取締役として活動した形跡はうかがわれない。)、リョウコーポレーション自体、発起人としてその名義が使用されていたとはいえ、それ以上に同会社が独自の事業活動をしていたわけではなく、同会社が取締役会を現実に開いて発起人となる旨の決議をしたわけではないのであって、同会社が発起名義人となって設立した株式会社の設立についても、その設立に瑕疵があるのは疑うべきもないことである。
なお、大阪コーポレーション及び天祥を発起人とする会社もあるが、大阪コーポレーションや天祥が、その設立登記後、それぞれ預金の名義人となったり、それらの名義で不動産を取得しようとしたなどの形跡がうかがわれるが、コメダコーポレーション、梅田地所及び阿南コーポレーションの発起人の名義人となった平成五年一月ないし二月ころには、いずれも事業活動をしていなかったこと、これらの会社の代表取締役とされたG(大阪コーポレーション)及びB(天祥)は、設立手続に全く関わっていないほか、代表取締役として活動したこともないこと等に照らすと、これらの会社を発起名義人とする会社の設立についても、リョウコーポレーションを発起名義人とする設立と同様、設立に瑕疵があるといわざるを得ない。
(4) 以上によると、コメダコーポレーション、櫻井コーポレーション、日新観光及びナニワコーポレーションを除く本件一四社について、発起人の引受意思はなかったと認めざるを得ず、設立手続に大きな法的瑕疵があることは明白である。
(三)不実の範囲に関する判断(「虚無人」といえるか。)
(1) なるほど、前記第二の二の認定事実及び右(二)の検討に照らすと、検察官の主張のとおり、とりわけ、コメダコーポレーション、櫻井コーポレーション、日新観光及びナニワコーポレーション以外の一四社については、適法な発起人の発起・引受意思すらもなく、しかも、適法な設立手続を踏んでいなかったのが明白であって、設立自体が違法無効であって、その瑕疵も大きいというほかない。
しかしながら、設立行為に大きな瑕疵があり、商法上、設立が違法無効であるとはいえ、独自に一定の事業活動を行うなど社会的実体があると認められる場合には、これを元に他者と順次権利義務関係が築かれるなどし、当該会社に法人格が付与されなければ、取引の相手方の立場を著しく不安定にし、取引の安全を害する結果となるから、商法は、法的安定性の見地から設立無効の訴えにより無効と宣言されるまでは、一応法人格を付与することとし、一定の制約のある設立無効の訴え(登記が経由されてしまうと、当該会社が一応有効に設立されたものとして扱われ、かつ一定の期間の除斥期間を経由すると訴えを提起することができなくなるし、無効宣言の効果も過去に遡及しない。)によらなければ無効を主張し得ないものとされていること等に照らすと、これを法人格の認められない「虚無人」(なお、弁護人らも指摘するとおり、「虚無人」なる概念は、その意義が必ずしも明確ではないが、ここでは単に不存在と扱うべき法人であって、法人格を認められないものをいうと解する。)とするのは相当ではなく、会社の存在を前提とした上で個別の登記事項が真実と合致するか否かを判断すべきである。
これに対し、仮装設立等で会社としての社会的実体がないと認められる場合には、当該会社自体が不存在というほかないのであって、登記事項の全部が不実となるのはいうまでもない(最一小決昭和四〇年六月二四日刑集一九巻四号一六九頁参照)。そして、設立登記された当該会社が不動産等の財産の所有名義人となるなど形式上取引行為をなした形跡が認められる場合であっても、当該会社が殊更に不動産等の単なる所有名義人とするため、あるいは財産の仮装譲渡の受入れ会社とするためだけに設立されたもので、法人として独自に事業活動をした形跡がなく社会的実体がないと認められるときには、仮に設立後民事及び商事の手続上会社債権者保護等の便宜から法人格を有するものとして扱われることがあったとしても、実質的には仮装設立と何ら変わるものではなく、当該会社が社会的に存在するものとして登記簿に載せられること自体が不実といわざるを得ないから、登記事項の全部が不実ということができる。
(2) 本件の場合、発起人とされた者の発起・引受意思がないことから直ちに設立が違法無効であるとして当該会社が「虚無人」として登記事項の全部が不実となるものではないのはいうまでもないところ、発起人とされた者の発起・引受意思に大きな瑕疵がある株式会社が少なくないとはいえ(例えば、Gが発起人となったリョウコーポレーション、Iが発起人となった福岡ビルコーポレーション、リョウコーポレーションが発起人となった各会社等がこれに該当する。)、これらを実質的にみれば、これらの各会社につき被告人甲野又は末野興産が発起人となって設立したと解釈する余地もないではない上、右(1)での検討にもかんがみると、当該株式会社が一定の意思決定のもと末野興産又は被告人甲野とは独立して事業活動を行うなどの一定の社会的実体があったと認められるのであれば、当該株式会社が社会的に実在する法人とみることができるから、少なくとも当該株式会社の社会的存在に関して言えば、公正証書原本不実記載及び同行使罪の保護法益である公正証書たる登記簿に対する公共的信用が損なわれたということができず、「見せ金」に関する部分(「発行済株式総数」及び「資本の額」)、役員の虚偽選任等の実体に合致しない部分についてのみ公正証書原本不実記載及び同行使罪が成立すると解すべきである。
そこで、以上の検討のほか、前記第二の二の1ないし18の認定事実をもとに、本件各会社における社会的実体の有無等を個別に概観し、不実の範囲を検討することとする。
ア コメダコーポレーション、日新観光、福岡ビルコーポレーション、北六甲カントリー倶楽部、ニッセン及びユーイング
前記第二の二の1、5、8、9、15及び16の認定事実によれば、これらの六社については、実際に、被告人甲野の意向に逆らえないとはいえ、末野興産や被告人甲野とは一応独立して、被告人丙山が一定の裁量をもって意思決定のもと、独自に事業活動又は事業を行うための準備活動を行っていたのを否定できないのであるから、立証責任が検察官にあることも踏まえて考えると、これらの六社については社会的実体があると認めるのが相当である。
それゆえ、これらの会社の場合、登記事項の全部が不実となるわけではなく、個別の登記事項の不実の有無を判断することとなるが、まず、「発行済株式総数」及び「資本の額」が不実となるのは共通である。これに加え、役員選任に瑕疵のある会社がある。すなわち、役員就任の承諾をしていない者がある株式会社としては、福岡ビルコーポレーションにおけるIの代表取締役、北六甲カントリー倶楽部におけるJの取締役並びに日新観光、ユーイング及びニッセンにおけるIの取締役への各選任が虚偽と認められる。
したがって、これらの会社の登記事項中の不実の範囲について、判示第一の一、五、八、九、一五及び一六のとおり認定した次第である。なお、日新観光について、検察官は、「発行済株式総数」及び「資本の額」のみを不実として訴追したことにとどまるものと解されるので、Iの取締役への虚偽選任については判示第一の五の犯罪事実に掲げないこととした。
イ リョウコーポレーション
なるほど、商法上、一人会社として設立することも適法とされ、会社経営上の手法として、持株会社として機能させるために、会社を設立することも社会的にも広く行われているところ、被告人甲野らは、これに目を付け、リョウコーポレーションを発起名義人として次々と新会社の設立登記していることから、リョウコーポレーションは、形式的外観的にみると、末野興産グループ会社における持株会社の役割を担っていたとみる余地も全くないではない。
しかしながら、リョウコーポレーションの実体を仔細に検討するに、前記第二の二の7で認定したとおり、Gにおいて発起人となって株式を引き受ける意思も代表取締役に就任する意思もなく、同会社の設立手続に大きな瑕疵があることが明白である上、同会社は、取締役会も開催されず、その後に設立登記された会社の発起名義人とされたとはいえ、それ以外にはリョウコーポレーション独自の事業活動と評価できる余地のある事業活動をした形跡もうかがわれない。唯一事業活動と評価する余地のある同会社を発起名義人として新会社の設立登記がなされたという点についても、被告人乙川の助言を得た被告人甲野が意思決定をしており、実質的には末野興産又は被告人甲野が発起人となってこれらの会社の設立登記をしたとみるべきであり、単にリョウコーポレーションはその名義を形式的に利用されたに過ぎないといえるから、これらの会社の設立登記の手続がリョウコーポレーション独自の意思決定による事業活動とは到底評価することができない。してみると、リョウコーポレーションは、末野興産又は被告人甲野の傀儡に過ぎず、社会的実体のない不存在の会社であるというほかないから、登記事項の全部が不実と認めることができる。
ウ 南千里開発
前記第二の二の10に認定のとおり、南千里開発は、将来、Kに残すべき不動産を保有させるために設立されたが、同会社の発起人兼代表取締役とされたKは、設立手続には一切関与せず、しかも、事業活動が全く行われていないことにかんがみると、同会社は、社会的実体のない不存在の会社であって、登記事項の全部が不実となると認めざるを得ない。
エ 梅田地所、阿南コーポレーション、櫻井コーポレーション、ナニワコーポレーション、梅田ビルコーポレーション、ヒュース中之島コーポレーション、南地所、三国地所、四ツ橋地所及び大正地所
前記第二の二の2ないし4、6、12ないし14、17及び18の認定事実によれば、これらの一〇社は、本件資産隠しの受け皿(仮装譲渡の譲受人)とするため(梅田ビルコーポレーション、南地所及び大正地所)、あるいは不動産の取得の際の単なる所有名義人とするため(梅田地所、阿南コーポレーション、櫻井コーポレーション、ナニワコーポレーション、南千里開発、ヒュース中之島コーポレーション、三国地所、四ツ橋地所)にのみ設立され、実際にかかる目的・意図に従って不動産の形式的な所有名義人とされるなどしたが、これらはいずれも意思決定の主体が末野興産又は被告人甲野であって、しかも、これらの会社が独自に事業活動をした形跡はないのであるから、社会的実体がない不存在の会社として登記事項の全部が不実となると認めざるを得ない。
ただ、櫻井コーポレーション及びナニワコーポレーションについて、検察官は、「発行済株式総数」及び「資本の額」のみを不実として訴追したにとどまるとも解されるので、「罪となるべき事実」においては、判示第一の四及び六のとおり、「発行済株式総数」及び「資本の額」の限度で摘示するにとどめた。
3 本件「見せ金」による株式会社の設立の可罰性
弁護人らは、「見せ金」による会社の設立が社会的に広く行われているので、本件で被告人甲野らを処罰するのは社会的にみて相当でない(可罰的違法性を欠くと解することも可能である。)と主張する。
確かに、弁護人らが指摘するように、「見せ金」による会社の設立が社会的に広く行われている点を否定するわけではない。しかしながら、そもそも「見せ金」による会社の設立が資本充実の原則に反することで無効と解され、これにより設立された会社の登記がなされたときには、登記に対する社会的信用が害されたことは明白であって、本件における被告人甲野らの行為が公正証書原本不実記載及び同行使罪の構成要件に該当するのは論を待たないところ、前記第二の二に認定したとおり、被告人甲野らが「見せ金」による株式会社の設立を恒常的に行っており、最近では見せ金によらない株式会社の設立がなく、「見せ金」による設立が本件起訴分に限っても一八社にものぼること、設立の目的も資産隠しを意図したものが少なくなく、債権者を害したといえなくもないこと等に照らすと、本件において可罰性がないということは到底できず、被告人甲野らの「見せ金」により設立した本件各会社について、不実の登記をするなどした各行為が処罰に値するのは明らかであるといわざるを得ない。
したがって、可罰性に疑問があるとの弁護人らの主張は、理由がなく採用することができない。
第三 資産隠しに関する主張に対する判断
一 不動産の仮装譲渡等による強制執行妨害等
1 弁護人らの主張
(一) 本件仮装譲渡等が強制執行妨害罪の構成要件に該当しないとの主張
強制執行妨害罪が想定する仮装譲渡及び仮装債務負担行為は、不動産が強制執行妨害の対象となっている場合には、債務者の一般財産(換言すれば、特定の担保権者等の債券者の引き当てとなっていないものである。)である不動産の名義を他人名義に移転して、債務者の一般財産から離脱させ、一般債権者の当該不動産に対する強制執行を不能ならしめる行為をいうところ、判示第二の一の1ないし9記載の各不動産(以下、「本件九物件」ともいう。)については、いずれも末野興産が旧住専、ノンバンクに担保提供されていた物件であり、仮装譲渡等がなされた時期には、その時価が担保権の被担保債券額を大幅に下回る「担保割れ」の状態で、一般債権者の引当てとなっていなかったから、たとえ、不動産の譲渡が仮装であるとしても、不動産の対価が債権者の返済に充てられるのであり、実質的に債権者の権利を侵害するものでないとも考えられる(被担保債権額が物件の時価を大幅に上回り、被担保債権額を弁済して担保権を抹消するという関係にはほど遠い状況にあったことから、債権者においていわゆる損切りによる任意売却を実施して債権回収を図る必要性が高かった。)から、強制執行妨害の目的は希薄といえ、本件九物件の不動産隠しとされる各行為が果たして強制執行妨害罪が予定する構成要件に該当するか疑問の余地がある。
(二) 本件仮装譲渡等の罪数評価についての主張
本件九物件の仮装譲渡等には末野興産に実質的に帰属していた隠し預金が使用されているところに違法性の根拠を求めざるを得ないが、この隠し預金は、平成三年一月の包括的共謀に基づき末野興産の関連会社の名義でなされた預金であり、実質的にみれば、本件九物件の仮装譲渡等は、預金隠しと同一の罪体であるといわざるを得ず、正に、本件九物件の仮装譲渡等は預金隠しの罪の不可罰的事後行為に該当するということができるから、本件九物件の仮装譲渡等を独立して強制執行妨害罪として処断するのは相当ではない。
(三) 債権者に知情性があるとの主張
本件犯罪の成否とは直接関係しないが、債権者は、本件九物件につき債権者が仮装譲渡等であることを認識した上で、任意売却による担保の解除に応じている(これは、主に重要な量刑事情ではあるが、被告人甲野らの行為の違法性又は責任を減少せしめる事情と解する余地もある。)。
担保権を有する債権者は、本件各物件の買受人とされた各会社が独自の経済活動を営む法人ではなく、末野興産の関連会社であること、本件九物件の売買代金も末野興産の実質的な保有資金から捻出されたことをそれぞれ認識し、納得の上で、その売買代金でもって担保権を放棄することを承知していたのであるから、当該債権者には損害が生じていない。すなわち、債権者は、自らの債権回収を優先させる考えから、買主が誰であろうと、さほどの興味は持っておらず、買主がいかなる名義の者であるにせよ、末野興産のダミー会社であるとの認識を持ちながら、あえて売却等に応じたものと考えられる。
このような、債権者側の知情性は、あえて言うならば、共犯性と認められるべきものであり、共犯性があるからといって、被告人らが無罪になるというものではないにしても、被告人甲野らの行為の違法性や責任の程度を考察する上で、極めて重要な要素となるものである。
2 当裁判所が認定した事実
前掲関係各証拠によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件各九物件の仮装譲渡等をするに至った経緯
(1) 末野興産グループ会社では、平成二年三月二七日の総量規制の示達までに、主要なものだけで二〇〇を超える不動産を所有するに至っていたが、その大半は、融資を受けた債権者のために抵当権等を設定していたところ、平成三年一〇月ころまでは、賃貸ビルの賃料収入や保有していた定期預金の解約等によって借入金の利息の支払いに充てていたものの、同年一一月ころからは、債権者に対して利息の支払猶予を求めるとともに、所有不動産を抵当権等を設定している債権者への代物弁済をするか、債権者に売却し、その売却代金を借入金の一部返済に充てることにより借入金の減額を図ろうとした。
(2) ところが、被告甲野は、借入金の返済のために、末野興産グループ会社の所有不動産を下落した価格で手放すのは回避したいと考え、不動産を債権者に売却等をする場合であっても、買戻特約を付すること、賃料の集金等の管理業務を売却後も引き続き末野興産に行わせること等を条件として、被告人乙川に債権者側との交渉に当たらせていたが、被告人甲野らが買戻しに固執したため、債権者との間で売却の合意に達することは少なく、結局、平成三年一一月以降、一〇件余りの不動産を末野興産の債権者に売却して借入金の一部を返済したにとどまった。
その一方で、平成五年一月に不良債権処理方策の一環として金融機関の共同出資による不動産担保付債権の買取会社として共同債権買取機構が設立されると、平成六年八月以降、興銀ファイナンス株式会社(以下、「興銀ファイナンス」という。)及び日リース等の債権者は、末野興産に対する債権の全部又は一部を共同債権買取機構に譲渡するに至った。
(3) そのような中で、末野興産は、債権者から度々強制執行を受けるようになった。
ちなみに、末野興産が受けた強制執行のうち、貸金債権(約束手形金債権を含む。)を有する債権者による主な強制執行の状況は、次のとおりである。
ア 平成三実行分
ミヒロファイナンスによる預金債権の仮差押五件
イ 平成四年実行分
アポロリースによる約束手形預託金返済請求権二件及び賃貸ビル一棟の仮差押一件並びに尾崎信用金庫による約束手形預託金返還請求権差押一件
ウ 平成五年実行分
アポロリースによる約束手形預託金返還請求権の差押及び賃貸ビル一棟の強制競売、大阪東和信用組合(以下、「大阪東和信組」ともいう。)による不動産三物件の仮差押(この中には、梅田天祥ビル一号館が含まれている。)、株式会社オールコーポレーションによる賃貸ビル四物件の賃料債権の差押二件(この四物件の中には、四ツ橋天祥ビル二号館が含まれている。)
エ 平成七年実行分
平成七年八月九日及び一一日に株式会社フクトククレジットにより行われた賃貸ビル二物件の強制競売のほか、同月一〇日、一八日及び同年九月四日に大阪東和信組によって行われた賃貸ビル九物件及び駐車場一か所の仮差押(これらの中には三ツ寺天祥ビル二号館及び太融寺天祥モータープールが含まれている。)、同月八日及び一三日にだいぎんファイナンス(以下、「だいぎんファイナンス」ともいう。)によって行われた賃貸ビル四棟の強制競売(右四棟の中には、仮装譲渡等が行われた心斎橋レジデンス天祥が含まれている。)、同年一〇月一一日に日本住宅金融株式会社(以下、「日住金」ともいう。)によって行われた四ツ橋天祥ビル七号館の賃料債権の差押
なお、強制執行までは行わなかったものの、強制執行認諾文言付き公正証書を作成するなどして、直ちに強制執行を行えるよう準備していた債権者も少なくなかった。
(4) そのような中で、同年八月、旧住専から末野興産への多額の貸付けが不良債権化していることが報道されたほか、同年九月一日以降、末野興産グループ会社において木津信組の多額の定期預金を解約したことが木津信組の破綻の原因であることをにおわせるようなマスコミ報道が大々的になされた。
(二) 被告人甲野、被告人乙川及び被告人丙山の共謀状況
共同債権買取機構に譲渡された債権の担保となっている不動産は、甲野興産が借入金残高の全額を返済しない限り、担保権の実行による不動産競売又は第三者への任意売却により換価されるという方針になっていたところ、被告人甲野、被告人乙川及び被告人丙山は、平成七年五月ころ、「見せ金」を利用して新たな会社の設立登記をし、その会社を末野興産とは無関係な第三者のように装い、第三者への任意売却の形をとって、その会社が担保となっている不動産を下落した価格で購入することにして、担保を外してもらい、借入金残高の全額よりもはるかに少額の支払いですますようにしようと考え、前述のとおり、「見せ金」を利用して、同年六月一三日に梅田ビルコーポレーションの設立登記がなされた。
その後、前述のとおり、同年八月から一〇月にかけて、フクトククレジット、大阪東和信組、だいぎんファイナンス、日住金等の債権者が、末野興産所有の不動産やその賃料債権に対して次々と強制執行の手続をとり、また、同年八月、旧住専から末野興産への多額の貸付けが不良債権化していることが報道されたり、同年九月一日以降、木津信組の定期預金を解約したことがマスコミで大々的に報道されたりし、このような情勢のもと、被告人甲野及び被告人乙川は、同年七月には、債権者から強制執行を受けないようにするため、右の考えを本格的に実行に移すこととし、末野興産所有の不動産のうち高額の賃料収入が得られるなどの物件を、末野興産とは無関係な第三者を装った末野興産の関連会社に任意に売却した形をとって、隠匿していた定期預金を取り崩すなどして作ったその売却代金相当額を借入金の一部返済として債権者に支払って抵当権等を抹消してもらい、担保権の負担のない状態にして末野興産の関連会社の名義で保有するようにしようとの合意に達した。被告人乙川は、債権者との返済交渉の際に、不動産を第三者に売却し、その売却代金で返済する旨申し入れるとともに、前記木津信組報道のあった同年九月上旬ころ、被告人甲野に対し、「住専も新聞に出た木津信の定期預金がうちの預金ではないかとうるさく言って来ていますので、今のうちに不動産の名義を移しておく会社をもっと作って、名義を移した方がいいですよ。木津信の定期がうちの預金だということが債権者に分かれば、それで返してくれと要求してくると思うので、不動産の名義を移すことを急ぎましょう。」などと進言し、末野興産の所有不動産を隠匿するため、その所有名義人とする多くの会社を「見せ金」を利用して設立登記することを進言し、被告人甲野もこれを了承した。
その際、被告人甲野は、不動産の所有名義を移すために新たに設立登記する会社を末野興産とは関係がないように見せかけるため、その役員には、被告人甲野、被告人乙川及び被告人丁谷ら債権者と面識のある者を入れず、債権者に顔を知られていない被告人丙山らを入れること、不動産の所有名義人となる会社に対し、その購入資金を末野興産とは無関係な第三者であるように装った会社が貸し付けたようにして、実体がない仮装の根抵当権設定登記をすることを発案し、被告人乙川にこれを指示した。
そして、被告人甲野は、その翌日ころまでに、被告人丙山に対し、「末野興産の名義になっている物件を他の会社の名義に移したいんだが、そのために会社を作るので、丙ちゃんの方で、その会社の社長になってくれ。住専やノンバンクも返せとうるさいんだ。地価は必ず上がる。債権者には、今は物件を渡したくないので、どうしても地価が上がるまで物件を持っていてくれないか。上った時は、転売して利益を出せば末野興産の借入金の返済もできるからな。新しく作る会社のことは、乙川と相談してくれないか。」などと指示し、被告人丙山は、「分かりました。地価が上がるまで待っています。」などと答えてこれを了承した。
その後、被告人乙野、被告人乙川及び被告人丙山は、被告丁谷に指示し、前述のとおり、いずれも「見せ金」を利用して、同年九月一四日に南地所及び三国地所の、同年一一月七日に四ツ橋地所の、同年一二月二二日に大正地所の各設立登記がなされた。
(三) 本件九物件の仮装譲渡等の状況
(1) 心斎橋レジデンス天祥
心斎橋レジデンス天祥は、末野興産名義の所有権移転登記がされている大阪市中央区心斎橋一丁目の宅地二筆上に末野興産が建築した一二階建ての賃貸マンションで、昭和六二年一一月一八日に末野興産名義で所有権保存登記がなされており、その賃料収入の月額平均が、平成五年約四八六万円、平成六年約四七一万円、平成七年約四五四万円の収入をあげていた物件であった。
平成七年七月ころまでに、右土地建物には、いずれも権利者をだいぎんファイナンス、債務者を末野興産とする極度額二五億円の根抵当権及び権利者を日本リース、債務者を末野興産とする極度額が七億円の根抵当権の各設定登記がなされていたが、権利者が日本リースの極度額七億円の根抵当権は、その被担保債権が存在しなかった。
ところで、前述のとおり、平成七年九月八日及び同月一三日にだいぎんファイナンスが強制競売を申し立てて差押えをしたところ、被告人甲野らは、日本リースに右根抵当権設定登記の抹消を承諾させるとともに、だいぎんファイナンスと交渉し、末野興産とは関係のない第三者のように装った南地所に代金四億九五〇〇万円で売却し、この代金をだいぎんファイナンスへの一部返済に充てる条件で、強制競売の申立てを取り下げ、右根抵当権設定登記を抹消することを承諾させた上、同年一一月一五日、大阪厚生信金本店営業部の大阪開発観光名義の当座預金口座から関西興銀難波支店の南地所名義の普通預金口座に四億九五〇〇万円を振込入金し、同口座からその金額を出金して預金小切手を取り組み、だいぎんファイナンスに一部返済分として交付した。なお、右資金は実質的には末野興産に帰属するものであった。
そして、同日、右土地建物について、根抵当権設定登記すべての抹消登記をしてもらうとともに、南地所名義への所有権移転登記及び権利者を福岡ビルコーポレーション、債務者を南地所とする極度額六億円の根抵当権設定仮登記がなされた。なお、福岡ビルコーポレーション名義の右根抵当権設定登記は、同会社が心斎橋レジデンス天祥の購入代金を南地所に貸し付けたように装うためのものであるとともに、末野興産の債権者による強制執行をかけ難くするとの効果を狙ってなされたものでもある。
(2) 三ツ寺天祥ビル二号館
三ツ寺天祥ビル二号館は、ワールド・エステート名義の所有権移転登記がされている大阪市中央区宗衛門町の宅地三筆上に末野興産が建築した地上六階地下二階建ての賃貸テナントビルで、昭和六三年一〇月一日に末野興産名義で所有権保存登記がなされており、賃料収入の月額平均が、平成五年約七四八万円、平成六年約七二四万円、平成七年約六五八万円との収入をあげていた物件であった。
同年7月ころまでに、右土地建物には、いずれも債務者を末野興産として、権利者が日債銀の債権額が三五億円の抵当権及び権利者が株式会社ココブラウン(以下、「ココブラウン」ともいう。)の極度額が一八億円の根抵当権の各設定登記がされていた。
ところで、右建物につき同年八月一八日に、また右土地につき同年九月二〇日に大阪東和信組が仮差押を行ったことから、被告人甲野らは、同信組に対して金利支払いの正常化を条件に右仮差押の取下げを求めて、これに応じてもらうとともに、日債銀及びココブラウンと交渉し、末野興産とは関係のない第三者のように装った南地所に代金七億七〇〇〇万円で売却し、この代金を日債銀及びココブラウンへの一部返済に充てる条件で、右抵当権及び根抵当権の設定登記を抹消することを承諾させた上、同年一一月二二日、大阪厚生信金本店営業部の大阪開発観光名義の当座預金口座から前記関西興銀難波支店の南地所名義の普通預金口座に右代金相当分の七億七〇〇〇万円と諸費用分を合わせた八億一一五一万四〇〇〇円を振込入金し、同口座からその全額を出金して預金小切手二通を取り込み、日債銀に券面金額七億四六九〇万円の一通を、ココブラウンに同二三一〇万円の一通をそれぞれ交付し、一部返済に充てた。なお、右資金は実質的に末野興産に帰属していたものである。
そして、同日、右土地建物について、右抵当権及び根抵当権の設定登記を抹消してもらうとともに、南地諸名義への所有権移転登記及び権利者を福岡ビルコーポレーション、債務者を南地所とする極度額八億円の根抵当権設定仮登記がなされた。なお、福岡ビルコーポレーション名義の右根抵当権設定仮登記は、同会社が三ツ寺天祥ビル二号館の購入代金を南地所に貸し付けたように装うためのものであるとともに、末野興産の債権者による強制執行をかけ難くするとの効果を狙ってなされたものでもある。
(3) 太融寺天祥モータープール
太融寺天祥モータープールは、末野興産名義の所有権移転登記がされている大阪市北区兎我野町<番地略>の宅地一筆を駐車場としていたものであり、その賃料収入の月額平均は、平成五年約七二万円、平成六年約七六万円、平成七年約五四万円であったが、繁華街の中心にあることから、地価が上昇すれば、高額での売却が見込まれる物件であった。
同年七月ころまでに、右土地には、権利者を日本ハウジングローン、債務者を末野興産とする極度額が五二億円の根抵当権設定登記がなされ、また、前記のとおり、同年九月四日に大阪東和信組が仮差押を行っていたことから、被告人甲野らは、同信組に対して金利の支払いの正常化を条件に仮差押の取下げを求めて、応じてもらうとともに、日本ハウジングローンと交渉して、末野興産とは関係のない第三者のように装ったドリームに代金九億五〇〇〇万円で売却し、この代金を日本ハウジングローンへの一部返済に充てる条件で、右根抵当権を抹消することを承諾させた上、同年一二月一五日、大阪厚生信金本店営業部の大阪開発観光名義の当座預金口座から関西興銀難波支店のドリーム名義の普通預金口座に九億五〇〇〇万円を振込入金し、同口座からその全額を出金して預金小切手一通を取り組み、日本ハウジングローンに一部返済分として交付した。なお、右資金は実質的に末野興産に帰属するものであった。
そして、同日、右土地について、右根抵当権設定登記の抹消登記をしてもらうとともに、ドリーム名義への所有権移転登記がなされた。
(4) 梅田天祥ビル一号館
梅田天祥ビル一号館は、末野興産名義の所有権移転登記がされている大阪市北区野崎町所在の宅地三筆上に末野興産が建築した地上一三階・地下一階建ての賃貸テナントビルで、平成元年二月一六日に末野興産名義で所有権保存登記がされており、その賃料収入の月額平均が、平成五年約一二六三万円、平成六年約一二〇四万円、平成七年約一〇〇六万円との収益をあげていた物件であった。
同年七月ころまでに、右土地建物には、権利者を共同債権買取機構、債務者を末野興産とする極度額が七〇億円の根抵当権設定登記がされていたところ、右根抵当権は、興銀ファイナンスが平成六年一二月二二日に末野興産に対する債権を共同債権買取機構に譲渡したことに伴い、同機構に移転したものである。興銀ファイナンスは、右債権譲渡後も共同債権買取機構の代理人として債権回収に当たっていたところ、被告人甲野らは、興銀ファイナンスと交渉して、末野興産とは関係のない第三者のように装った梅田ビルコーポレーションに代金二二億五〇〇〇万円で売却し、この代金を共同債権買取機構への一部返済に充てる条件で、右根抵当権設定登記を抹消することを承諾させた上、同年一二月二五日、相互信用金庫(以下、「相互信金」ともいう。)淡路支店のドリーム名義の定期預金三口のうち、元本金額五四億二九〇四万三六九二円の一口を解約し、その解約金の一部で券面金額二二億五〇〇〇万円の預金小切手一通を取り組み、共同債権買取機構に対する一部返済分として興銀ファイナンスに交付した。なお、右資金は実質的には末野興産に帰属していたものである。
そして、同日、右土地建物について、右根抵当権設定登記の抹消登記をしてもらうとともに、梅田ビルコーポレーション名義への所有権移転登記がなされた。
(5) 大正メゾン天祥
大正メゾン天祥は、ワールド・エステート名義の所有権移転登記がされている大阪市大正区三軒家西所在の宅地八筆上に末野興産が建築した九階建ての賃貸マンションで、平成二年五月三〇日に末野興産名義で所有権保存登記がされており、その賃料収入の月額平均が、平成五年約一〇九一万円、平成六年約一〇六一万円、平成七年約一〇二七万円との収益をあげていた物件である。
同年七月ころまでに、右土地建物には、権利者をだいぎんファイナンス、債務者を末野興産とする極度額が五〇億円の根抵当権設定登記がされていたところ、被告人甲野らは、だいぎんファイナンスと交渉して、末野興産とは関係のない第三者のように装った大正地所に代金一二億円で売却し、この代金をだいぎんファイナンスへの一部返済に充てる条件で、右根抵当権設定登記を抹消することを承諾させた上、平成七年一二月二六日、相互信金淡路支店に残されたドリーム名義の定期預金二口のうち、元本金額二八億八四四二万九〇四三円の一口を解約し、その解約金の一部で券面金額一二億円の預金小切手一通を取り組み、だいぎんファイナンスに一部返済分として交付した。なお、右資金は実質的には末野興産に帰属していたものである。
そして、同日、右土地建物について、右根抵当権設定登記の抹消登記をしてもらうとともに、大正地所名義への所有権移転登記及び権利者をドリーム、債務者を大正地所とする極度額八億円の根抵当権設定仮登記がなされた。なお、このドリーム名義の根抵当権設定仮登記は、ドリームが右土地建物の購入代金を大正地所に貸し付けたように装うためのものであるとともに、末野興産の債権者による強制執行をかけ難くするとの効果を狙って設定されたものである。
(6) 四ツ橋天祥ビル七号館
四ツ橋天祥ビル七号館は、末野興産名義の所有権移転登記がされている大阪市西区新町一丁目所在の宅地七筆上に末野興産が建築した地上一一階地下一階建ての賃貸テナントビルで、平成元年一〇月二五日に末野興産名義で所有権保存登記がされており、その賃料収入の月額平均が、平成五年約九五六万円、平成六年約八三六万円、平成七年約八〇一万円との収益をあげていた物件であった。
同年七月ころまでに、右土地建物には、権利者を日住金、債務者を末野興産とする極度額が一六八億円の根抵当権(当初の極度額一三〇億円を変更)並びに債権額が七億円及び五億円の各抵当権の各設定登記がされており、また、前記のとおり、日住金が右建物の賃料債権に対する差押を行っていたことから、被告人甲野らは、日住金と交渉して、金利支払いの増額を条件に右差押の取下げを求めて、これに応じてもらうとともに、末野興産とは関係のない第三者のように装った大正地所に代金一四億八〇〇〇万円で売却し、この代金を日住金からの借入金の一部返済に充てる条件で右根抵当権及び抵当権の設定登記を抹消することを承諾させた上、同年一二月二七日、相互信金淡路支店にのこされたドリーム名義の元本金額二〇億円の定期預金一口を解約し、その解約金の一部で券面金額一四億八〇〇〇万円の預金小切手一通を取り組み、日住金に一部返済分として交付した。右資金は実質的に末野興産に帰属するものであった。
そして、同日、右土地建物について、右根抵当権及び抵当権の設定登記の抹消登記をしてもらうとともに、大正地所名義への所有権移転登記及び権利者をドリーム、債務者を大正地所とする極度額一八億二四〇〇万円の根抵当権設定仮登記がなされた。このドリーム名義の根抵当権設定仮登記は、ドリームが右土地建物の購入代金を大正地所に貸し付けたように装うためのものであるとともに、末野興産の債権者による強制執行をかけ難くする効果を狙って設定されたものである。
(7) 八幡筋モータープール、四ツ橋天祥ビル一号館及び同二号館
ア 右三物件をめぐる権利関係等
① 八幡筋天祥モータープール
八幡筋天祥モータープールは、末野興産名義で所有権移転登記がされている大阪市中央区東心斎橋三丁目所在の宅地六筆を駐車場としているものであり、その賃料収入の月額平均が平成五年から平成七年にかけては約五〇〇万円との収益をあげていた物件である。
同年七月ころまでに、右土地には、権利者を共同債権買取機構、債務者を末野興産とする債権額が一四五億六〇〇〇万円の抵当権及び極度額が三三億円の根抵当権、権利者を日本リース、債務者を末野興産とする極度額が三三億六〇〇〇万円の根抵当権並びに債務者を末野興産、権利者を日本リースとその系列会社四社とする極度額が一八〇億円の根抵当権の各設定登記がされていた。
また、右土地建物には、権利者を大阪開発観光として、四ツ橋天祥二号館と同様の根抵当権設定仮登記がされていたが、これも、債権者の強制執行を免れることを目的とした根抵当権設定の実体がない仮装の仮登記であった。
② 四ツ橋天祥ビル一号館
四ツ橋天祥ビル一号館は、末野興産名義の所有権移転登記がされている大阪市西区北堀江<番地略>の宅地及び同土地上の八階建ての賃貸テナントビルで、その賃料収入の月額平均は、平成五年約一九〇万円、平成六年約一七六万円、平成七年約一六四万円であり、一一室しかない割には高い収益をあげていた物件である。
同年七月ころまでに、右土地には、権利者を共同債権買取機構、債務者を末野興産とする債権額が三〇億円及び一一億円の抵当権と極度額が一四五億円及び三三億円の根抵当権、並びに権利者を日本リース、債務者を末野興産とする極度額が六三億一六〇〇万円、三三億六〇〇〇万円及び四六億八六〇〇万円の根抵当権の各設定登記が、右建物には、権利者を共同債権買取機構、債務者を末野興産とする極度額が一四五億円及び三三億円の根抵当権設定登記がそれぞれなされていた。
③ 四ツ橋天祥ビル二号館
四ツ橋天祥ビル二号館は、末野興産名義の所有権移転登記がされている大阪市西区北堀江一丁目所在の宅地三筆上に末野興産が建築した地上一〇階地下一階建ての賃貸テナントビルで、平成六年四月八日に末野興産名義で所有権保存登記がされており、その賃料収入の月額平均が、平成五年約一四一五万円、平成六年約一一九六万円、平成七年約一一〇六万円との収益をあげていた物件である。
同年七月ころまでに、右土地には、権利者を日本リース、債務者を末野興産とする極度額が六三億一六〇〇万円、三三億六〇〇〇万円及び四六億八四〇〇万円の根抵当権、並びに権利者を共同債権買取機構、債務者を末野興産とする債権額が三五億円、三〇億円及び一一億円の抵当権と極度額が一四五億円及び三三億円の根抵当権の各設定登記が、右建物には、権利者を共同債権買取機構、債務者を末野興産とする極度額が一四五億円及び三三億円の根抵当権の設定登記がそれぞれなされていた。
また、右土地には、権利者を大阪開発観光、債務者を末野興産とする極度額五〇億円の根抵当権設定登記がされていたが、これは、債権者の強制執行を免れることを目的とした根抵当権設定の実体のない仮装の仮登記であった。
イ 右三物件の所有名義の移転等の状況
右三物件についての共同債権買取機構の抵当権及び根抵当権は、日本リースが、同年三月三〇日に末野興産に対する債権の一部を共同債権買取機構に譲渡したことに伴って、同機構に移転したものである。日本リースは、右債権譲渡後も共同債権買取機構の代理人として債権回収に当たっていたところ、被告人甲野らは、日本リースと交渉して、四ツ橋天祥ビル一号館を末野興産とは関係のない第三者のように装ったセンチュリーコーポレーションに代金五億一二五四万四〇〇〇円で、四ツ橋天祥ビル二号館を同様に装った大正地所に代金二〇億二九四五万六〇〇〇円で、八幡筋天祥モータープールを同様に装った南地所に代金三七億五八〇〇万円でそれぞれ売却し、この代金合計六三億円を共同債権買取機構への一部返済に充てる条件で、同機構及び日本リース等の名義の右登記すべてを抹消することを承諾させた上、平成八年一月二三日、ドリーム名義の小切手三通、券面金額合計六三億円を、支払場所をドリームが当座預金口座を有する関西興銀新大阪支店として振り出し、共同債権買取機構に対する一部返済分として日本リースに交付した。なお、これらの資金は実質的に末野興産に帰属するものであった。
そして、①八幡筋天祥モータープールにつき、同月二三日、右抵当権設定登記等すべての抹消登記、南地所名義への所有権移転登記及び権利者をドリーム、債務者を南地所とする極度額四五億円の根抵当権設定仮登記が、②四ツ橋天祥ビル一号館につき、同日、センチュリーコーポレーション名義への所有権移転登記を、同月三〇日、右抵当権設定登記等すべての抹消登記及び権利者をドリーム、債務者をセンチュリーコーポレーションとする極度額六億一〇〇〇万円の根抵当権設定仮登記が、③四ツ橋天祥ビル二号館につき、同月二三日、右抵当権設定登記等すべての抹消登記並びに右土地三筆のうち一筆及び建物の大正地所名義への所有権移転登記が、同月三〇日、右土地三筆のうちの残りの二筆の同会社名義への所有権移転登記及び権利者をドリーム、債務者を大正地所とする極度額二四億二〇〇〇万円の根抵当権設定仮登記がそれぞれなされた。なお、右三物件へのドリーム名義の根抵当権設定仮登記は、ドリームが右三物件の購入代金をセンチュリーコーポレーション、大正地所及び南地所の三社に貸し付けたように装うためのものであるとともに、末野興産の債権者による強制執行をかけ難くする効果を狙って設定されたものである。
3 争点に対する判断
(一) 本件九物件の仮装譲渡等の強制執行妨害罪の構成要件該当性
前記第三の一の2の認定事実によれば、被告人甲野らの行為が刑法九六条の二所定の「仮装譲渡」、あるいは「仮装の債務を負担した」ことに該当するのは明白であるので、被告人甲野らにおいて、主観的構成要件要素である「強制執行を免れる目的」の有無(犯意及び共謀の有無を含む。)を検討することとする。
そもそも強制執行妨害罪は、国家行為である強制執行が適正に行われることを担保する趣旨で設けられたものではあるが、これは究極のところ債権者の権利保護をその主眼とするものであるから、強制執行妨害罪が成立するためには、現実に強制執行を受けるおそれのある状態のもとで、強制執行を免れる目的をもって、刑法九六条の二所定の行為をなすことを要すると解されるので(最高裁昭和三五年六月二四日第二小法廷判決刑集一四巻八号一一〇三頁参照)、被告人甲野らが本件仮装譲渡等をした時期において強制執行を受ける客観的状態があったかどうかを検討した上で、被告人甲野らの犯意及び共謀の有無を判断することとする。
(1) 強制執行を受ける客観的状態の有無
そこでまず、本件仮装譲渡等が行われた時期に甲野興産が現実に強制執行を受ける客観的状態にあったか否かを検討するに、なるほど、弁護人らも指摘するとおり、本件九物件は、いずれも旧住専やノンバンク等に担保提供がなされ、被担保債権額が当該不動産の実勢価格(時価)を大きく上回っており、担保権を有しない一般債権者の引当てとなる財産とはいえない状況にあったこと、バブル経済の崩壊により不動産価格も下落し、末野興産からの債務の返済が滞っている中、担保権を有する債権者としては、末野興産による任意売却に応じ、債権の一部でも確実に回収する途を採るのが最善の選択であるといえなくもなかったことからすると、本件仮装譲渡等によっても債権者の利益を害していないとみる余地もある。
しかしながら、前記第三の一の2の(一)の認定事実、殊に、少なくとも木津信組に関する報道のあった平成七年九月ころ以降、末野興産から満足に利息の支払いすら受けていない債権者らは、末野興産の隠し資産があるのではないかとの疑念を持ち始めていたこと、旧住専問題が大きな社会問題となりつつあり、債権者らも債権回収に真剣に取り組もうとし、現にそのころからの強制執行という強行措置をとる債権者も増えてきたこと等に照らすと、本件九物件の仮装譲渡等がなされた時期には、客観的にみて現実に末野興産の財産に対する強制執行がなされた可能性が高い。しかも、本件九物件に対する強制執行の可能性についてみても、当時の経済情勢からしていずれも著しい担保割れの状態にあった点は否定できないとはいえ、一般債権者は、債務者のどの財産に強制執行をかけるかは債権者の意思に委ねられ、担保割れかどうか把握しがたい場合も多く、担保割れ等により十分な債権回収を見込めなくともあえて債権回収の手段として強制執行を選択することもあり得るのに加え、被告人甲野らが仮装譲渡等の手段を講じずに、担保権を有する債権者に債務弁済をして担保を解除してもらうなどして、末野興産に無担保の不動産を確保した場合には、一般債権者が当該不動産に対し強制執行に及ぶことが容易に予想できることの対比からすれば、本件仮装譲渡等の実質は、末野興産所有の不動産に対する強制執行を回避するために、これを別法人の名義にした上で担保の負担のない資産を確保したとみることができ、もし債権者がその実態を把握すれば、本件九物件の譲受会社の法人格を否認したり、本件九物件の譲渡の効力を争ったりして、結果的に本件九物件に対し強制執行を行う可能性も高かったということができる。
以上によると、末野興産において現に強制執行を受ける客観的状態にあったと認めることができる。
(2) 被告人甲野らにおける犯意及び共謀の有無
次に、本件九物件の仮装譲渡等に対する被告人甲野らの犯意及び共謀の有無を検討するに、被告人甲野及び被告人丙山は、必ずしも論旨は明確ではないが、本件九物件の末野興産の関連会社への名義移転等が客観的にみて強制執行妨害に該当することを認めつつも、債権者から財産を隠す意図もなかったし、被告人甲野ら三名の間では共謀もしていない趣旨の供述をする。すなわち、被告人丙山は、第三六回及び第三七回公判期日並びに当公判廷において、「平成七年三月ころ丙山グループで不動産を買い取る方向の話があった。すなわち、末野興産から、資金を手当して貰った上で二〇物件中いくつかを選んで買い取ることとした。当時末野興産が債権者の追求を受けているとは思っていなかったし、経営危機の状態にあったことも分からなかった。本件各物件は、この合意に基づいて買い取っただけのことである。」などと供述し、また、被告人甲野も、第四一回及び第四三回公判期日において、当時不動産を債権者から隠す意思がなかった旨供述する。
しかしながら、被告人丙山の述べる「丙山グループ」とする会社は、いずれも被告人甲野の経済的援助等がなければ立ちゆかぬ会社で、末野興産の関連会社といわざるを得ない上、そもそも末野興産所有の物件を末野興産に実質的に帰属する資金を使って買い取ること自体が不自然である上、本件九物件の買主とされた会社は、いずれも「見せ金」を使って設立登記されるなどしたもので、太融寺天祥モータープールの買主となったドリームを除き、いずれも実体のない会社であること、被告人丙山が本件九物件の取得に向けて自ら交渉等の活動をせず、本件九物件の売買契約に立ち会ってさえいないこと等からすると、被告人丙山の右供述は、到底信用できないものといわざるを得ない。また、被告人甲野の公判供述についても、なるほど、債権者との交渉を被告人乙川に任せていたとはいえ、折に触れて被告人乙川から交渉の経過等の報告を受け、債権者の意向を十分把握できていたとみられること、平成七年九月以降の木津信組報道等を契機に債権者の追及が厳しくなっていたこと等に照らすと、これもにわかに措信しがたい。
これに対し、被告人甲野、被告人乙川及び被告人丙山の捜査段階における各供述をみるに(被告人丙山については、起訴後に自白調書が取られたものもあるが、違法不当との非難を受けるような事情は認められない。)、いずれも前記第三の一の2の(二)の認定事実に沿う供述をするところ、いずれの供述も特段の不自然・不合理な点も見当たらない上、相互に矛盾するところもなく、債権者等の関係者の供述、当時の末野興産をめぐる客観的情勢、仮装譲渡等の実施状況等にも符合することからして、信用性が高いということができる。
したがって、強制執行妨害の被告人甲野らの犯意や共謀の存在についての検察官の立証には何ら欠けるところはない。
(3) 小括
以上によると、被告人甲野、被告人乙川及び被告人丙山は、共謀の上、強制執行を免れる目的をもって、本件九物件の仮装譲渡等を行ったものであって、強制執行妨害罪の構成要件に該当するのは明らかである。ちなみに、不動産登記簿に仮装譲渡及び仮装の債務負担という客観的事実に反する事項を記載させるなどしたことは、不動産登記簿に対する社会的信頼を大きく損なったのは明白であって、公正証書原本不実記載及び同行使罪が成立するのはいうまでもない。
なお、三ツ寺天祥ビル二号館(判示第二の一の2)及び大正メゾン天祥(同5)についても、土地の所有名義がいずれもワールドエステートであったが、同会社が末野興産の関連会社で被告人甲野の意のままに動く会社であること等にかんがみ、土地を含めて右各建物につき仮装譲渡等を行ったと認められ、土地及び建物の両方について強制執行妨害罪等が成立するということができるが、検察官は「建物」についてのみ訴追していると解されるので、その限度で犯罪を認定する趣旨で「罪となるべき事実」の第二の一の2及び5のとおり認定した次第である。
(二) 本件九物件の仮装譲渡等の罪類評価
弁護人らも指摘するとおり、本件九物件の仮装譲渡等に用いられた資金(預金)は、被告人甲野らが平成三年一月以降に末野興産名義の預金を順次他の末野興産の関連会社の名義に移し替えていたものであって、一面では、細胞分裂的に行われた預金移しの延長線上にあるといえなくもない。
しかしながら、強制執行の適正を確保し、究極的には債権者の正当な権利を保護することにあるという強制執行妨害罪の罪質に照らすと、複数の強制執行妨害行為が認められる場合、想定される強制執行が異なるものであれば、別個の強制執行妨害罪が成立すると解されるところ、対象財産の類型ごとになすべき強制執行の種類や手続が異なる上、債権者による対象財産を発見して強制執行に及ぶことの難易等に差異があること、また財産の帰属主体が変われば、通常、それだけ強制執行の困難性が増し、債権者において別個の債務名義を取得する必要が生じること等に照らすと、原則として、対象財産の類型又は対象財産の帰属主体を異にすれば、想定される強制執行が異なるといえるから、別個の強制執行妨害罪が成立すると解するのが相当である。もとより、別個の強制執行妨害罪が成立する場合においても、強制執行の対象財産の原資が共通するほか、それぞれの強制執行妨害行為が密接に関連するなどの事情が認められるときには、これらを包括的一罪と解する余地もないではない。
しかるところ、本件の場合、本件九物件の仮装譲渡等に利用された原資が隠し預金であり、前にこの隠し預金に及んだこと自体も強制執行妨害罪に当たるとはいえ、本件仮装譲渡等によって妨害される強制執行の対象財産が不動産で、隠し預金によって妨害される強制執行の対象財産が預金であり、それぞれ異なる類型に属するところ、これに対応する強制執行は不動産執行と債権執行とであり、その種類及び手続はもちろん、強制執行の態様が明らかに異なることから、別個の強制執行を想定することができ、本件九物件の仮装譲渡等により新たな強制執行妨害罪が成立するといえる。これに加え、預金の隠匿行為がなされた時期と本件九物件が仮装譲渡等がなされた時期における背景事情をみるに、平成七年九月以降、旧住専問題が社会問題となりつつある中、前記の木津信組報道も重なって、末野興産の債権者らは、債権回収をより真剣に検討するようになり、被告人甲野らが預金移し等を始めた平成三年一月ころ(平成三年一月ころの強制執行を受ける可能性については後に詳述する。)と比較すると、債権者の変動はもとより、末野興産をめぐる経済情勢もまた大きく変動していたと認められ、預金隠しと本件九物件の仮装譲渡等について、その原資が共通しているとしても、その際に想定された強制執行が別異のものであるのはもとより、これらの行使の間には密接な関連性があるとは到底認められないから、預金隠しと本件九物件の仮装譲渡等とは併合罪の関係にあるということができる。ちなみに、本件九物件の仮装譲渡等の罪数関係については、土地及びその土地上の建物を併せて仮装譲渡等した場合には土地と建物の一体性が認められるとはいえ、本件仮装譲渡等の対象となった本件各物件には個別性がある上、仮装譲渡等がなされた時期等も異なるから、本件各物件ごとに一罪が成立すると解するのが相当である。
したがって、本件九物件の仮装譲渡等は、後記の預金隠しと同一の罪体とは到底いえず、本件仮装譲渡等の原資として、債権者の強制執行を免れる意図をもって順次名義を移転するなどしていた預金が使われていたとしても、これを独立の強制執行妨害罪として評価するのに妨げる事情となるものではないから、結局、不動産隠しが預金隠しの罪の不可罰的事後行為に該当するとして本件九物件の仮装譲渡等を独立した強制執行妨害罪として処断するのは相当ではないとする弁護人らの主張は、理由がなく採用することができない。
(三) 債権者の知情性
(1) 被告人甲野及び被告人乙川の公判供述
被告人乙川は、第二八回及び第二九回公判期日において、自分が債権者との交渉に当たっていたが、債権者に対しては、仮装譲渡であることは述べていないが、被告人甲野の妻のBの実家筋の親戚が実質的なスポンサーと説明したことはあったが、債権者において相応に調査していたこと等から、本件物件の仮装譲渡を当然知悉していたはずであるという趣旨の供述をし、被告人甲野も、第四一回公判期日において、これに沿う供述をする。
(2) 債権者らの認識と対応(当時の末野興産をめぐる経済情勢を含む。)
ア 末野興産をめぐる経済情勢については、前記第三の一の2の(一)に認定したとおり、巨額の債務の返済に窮し、一部の債権者の強制執行を受けることも少なくなっていたところ、平成七年九月一日以降、木津信組の経営破綻の直接の引き金が大阪にある大手不動産会社(後に、末野興産の関連会社の実名が報道されるに至る。)の手で多額の定期預金を解約されたことにあるという趣旨の報道が連日なされるようになり、末野興産の債権者は、末野興産が木津信組以外の金融機関にも末野興産の関連会社の名義で定期預金を保有して資産を隠しているのではないかと疑い、そのころから、多数回にわたり、末野興産の事務所を訪問し、あるいは電話をかけるなどして、報道内容の確認及び末野興産グループ会社の名義の預金の開示を求めるとともに、末野興産の平成七年一〇月期決算報告書及び内訳明細書等の末野興産の資産内容に関する資料の開示を要求するようになるなど、末野興産の債権者らの間でも末野興産には隠し預金があるのではないかと疑い出していた。
そのような中で、旧住専各社の間でも、同年一〇月五日、住総、日本ハウジングローンおよび日本リースの担当者による情報交換会が開かれ、その際、末野興産が任意売却を申し出た不動産について、その実質は、末野興産の関連会社に対する仮装譲渡ではないかとの疑念が示されるなど、債権者の間では末野興産がその所有不動産を仮装譲渡するなどして資産隠しをしているのではないかとの認識を有していた状況も認められる。殊に、住総の担当者下村力は、その席上、末野興産が進めている任意売却の相手方が末野興産の関連会社で、かつ買取資金が末野興産の隠し資金であることから、末野興産の関連会社に無担保物件が残ることが納得できないので、任意売却、買取ともに拒否し、強行手段に出る時期であって、皆で差押えとか競売とかいった法的手段を進めようと主張するなど、末野興産の任意売却先が末野興産の関連会社であるとの強い疑念を持っていたことがうかがわれる。もっとも、その後右三社において強行手段に出る形跡がなかったこと、日本ハウジングローンでは太融寺モータープールを情報交換会の約二か月後に任意売却に応じていること、日本リースにおいてもまた同様に任意売却に応じていること等に照らすと、下村力が強行手段に出ることを主張したという事実があったとしても、そのころ、旧住専の間で疑われる末野興産の隠し資産を発見し、これに対して強行措置を執れるほどの共通の認識があったとは認められない。
イ さらに、前掲関係各証拠に照らし、本件九物件に関連する各債権者、とりわけ、旧住専各社の対応や認識を個別的に概観することとする。
① 共同債権管理機構(だいぎんファイナンス)
末野興産が心斎橋レジデンス天祥を南地所に平成七年一一月一五日までに四億九五〇〇万円で任意売却するなどし、その売却代金を共同債権管理機構に返済する旨の合意及び大正メゾン天祥を末野興産が大正地所に同年一二月二六日までに一二億円で任意売却するなどし、その売却代金を共同債権管理機構に返済する旨の合意がそれぞれ成立したが、担保権者であった共同債権管理機構(だいぎんファイナンスから債権譲渡を受けた。)の委任を受け、なおも交渉に当たっていただいぎんファイナンスの担当者Mは、捜査及び公判を通じて、仮装譲渡の知情性を明確に否定する供述をする。
しかしながら、前掲関係各証拠によれば、平成五年七月ころから、末野興産とだいぎんファイナンスとの間で不動産の任意売却により債務の返済に充てることを交渉し、だいぎんファイナンスの当時の約一四五億円の債権のうち、約四五億円を放棄し、一〇〇億円程度を不動産の任意売却ないし代物弁済の方法により一括返済することで交渉が継続され、その交渉の経過で、「買主は甲野が作る。」などと意味深長なやりとりがなされていること、Mは、第二五回公判期日において、末野興産以外ならば誰でもよいなどと、債権回収を至上命題とするような供述をしたこと、とりわけ、大正メゾン天祥の任意売却に関しては、買主とされた会社は、売買期日のわずか四日前に設立された会社で、しかも、ほぼ売買当日まで買主が決定していないなどの明らかな不審点があるのにもかかわらず、この点について、末野興産側に釈明を求めた形跡がないこと等に照らすと、右Mの知情性を否定する供述は、にわかに信用できず、少なくとも仮装譲渡の疑念を持っていたと考える方が自然である。
② 日債銀及びココブラウン
末野興産が三ツ寺天祥ビル二号館をドリームに平成七年一一月二二日までに九億五〇〇〇万円で任意売却し、その売却代金を日本ハウジングローンに返済する旨の合意が成立したが、債権者側の担当者であったN(日債銀)及びO(ココブラウン)は、検察官に対し、右物件が仮装譲渡であるとの認識を有していなかった旨供述するが、当時の末野興産をめぐる状況、債権者らの末野興産に対する対応等にかんがみると、右供述はにわかに信用しがたく、日債銀及びココブラウンにおいても、少なくとも仮装譲渡の疑念を有していたと考える方が自然である。
③ 日本ハウジングローン
末野興産が太融寺天祥モータープールをドリームに同年一二月一五日までに九億五〇〇〇万円で任意売却し、その売却代金を日本ハイジングローンに返済する旨の合意が成立したが、担保権者であった日本ハウジングローンの担当者Pは、ドリームが末野興産関連会社であると強く疑い、末野興産側の担当者であった被告人乙川に釈明を求めるなどしたが、被告人乙川が明確にこれを否定し、更に調査したものの、確たる証拠を得られなかったことから、債権回収を優先することとして、これ以上追及することを控え、任意売却(担保の解除)に応じることになったのであり、仮装譲渡の疑いを強く持ちつつ、右合意に至ったものと認めざるを得ない。
④ 共同債権管理機構(興銀ファイナンス)
末野興産が梅田天祥ビル一号館を梅田ビルコーポレーションに同年一二月二五日までに二二億五〇〇〇万円で任意売却し、その売却代金を共同債権管理機構に返済する旨の合意が成立したが、担保権者であった共同債権管理機構(興銀ファイナンスから債権譲渡を受けた。)の委任を受け、なおも交渉に当たっていた興銀ファイナンスの担当者Qは、梅田コーポレーションの代表取締役となっていた被告人丙山が実質的買主であろうと考えていたが、ただ、交渉の過程で何度も買主が変更したこと、当日まで買主を教えられなかったこと等から、不審を感じていたものの、十分調査することなく、任意売却による担保の解放に応じた。
⑤ 日住金
末野興産が四ツ橋天祥ビル七号館を大正地所に同年一二月二七日までに一四億八〇〇〇万円で任意売却するなどし、その売却代金を日住金に返済する旨の合意が成立したが、担保権者であった日住金の担当者Rは、大正地所が末野興産の関連会社だと疑い、末野興産側の担当者であった被告人乙川や被告人甲野に釈明を求めたが、同被告人らが明確にこれを否定したことから、更に調査することなく、任意売却(担保の解除)に応じることとしたのであり、仮装譲渡の可能性があることを認識しつつ、右合意に至ったものと認めざるを得ない。
⑥ 共同債権買取機構(日本リース)
末野興産が、平成八年一月二三日までに、四ツ橋天祥ビル一号館をセンチュリーコーポレーションに五億一二五四万四〇〇〇円で、四ツ橋天祥ビル二号館を大正地所に二〇億二九四五万六〇〇〇円で、八幡筋モータープールを南地所に三七億五八〇〇万円で任意売却するなどし、その売却代金を共同債権管理機構に返済する旨の合意がそれぞれ成立したが、担保権者であった共同債権管理機構(日本リースから債権譲渡を受けた。)の委任を受け、なおも交渉に当たっていた日本リースの担当者Sは、捜査及び公判を通じて、実質的な買主がBの親族と考えており、仮装譲渡の知情性はなかった旨供述する。
しかしながら、Sは、実質的買主がBの親族と認識していたとするものの、これに対し十分な調査をしたわけではないし、また、日本リースとしてはとにかく名目だけでも債権の全額を回収した形にする必要があったとも供述し、前記の平成七年一〇月五日の情報交換会の席上、「我々が拒否しても、他の金融機関の担保物件の取得、または市場の物件の取得に金が回るのは明らかである。それならば金の出所がどこであれ、金をとって物件処分した方がよい。」などと発言したことがうかがわれること等に照らすと、債権者側において知情性がなかったとするには疑問がある。
(3) 小括
以上によれば、平成七年九月以降、木津信組の破綻に関する報道がなされ、末野興産に隠し預金があるのではないかと疑われるようになり、債権者(特に旧住専各社)の間でも末野興産による仮装譲渡があるのではないかとの懸念が示されているのであって、債権者においては、明確な仮装譲渡であるとの確信を持っていたのではないにせよ、債権回収を急ぐ余り、買主が末野興産のダミー会社(仮装譲渡)である可能性が十分にあることを認識しつつ、これに応じたとの疑いを払拭できない。
しかしながら、仮装譲渡ではないかと疑われる状況があったとしても、証拠に基づいて明確にそのことが立証できない限り、債権者が当該財産に対し強制執行等の措置を講じることができず、債権の回収が強く要請される中、債権回収を優先して事実関係を深く追求しなかった債権者をあたかも共犯者であるかのように言って強く責めることは相当ではない。また、仮に一部の債権者が情を通じていたことがあったとしても、他の債権者にとっては当該不動産を債権の回収のために強制執行に及ぶ現実の可能性があることが強制執行妨害罪の成否を決する事情であるから、知情性のあった特定の債権者が非難されることがあるとしても、これが被告人甲野らによる強制執行妨害罪の成立を妨げるものとはならないのはもとより、本件仮装譲渡等の違法性や責任を特に減じる事情となるものでもない。
したがって、一部の債権者に知情性のあることが被告人らの違法性や責任を大きく減少させるとする弁護人らの主張は、理由がなく採用することができない。もっとも、債権者の中で仮装譲渡行為を容認するかのような風潮があったことは、一つの被告人末野らのために酌むべき情状事実となることは否定できないが、それにとどまるものと解される。
二 預金と割引債の隠匿による強制執行妨害
1 弁護人らの主張
(一) 平成三年一月ころの預金隠し及び割引債隠しに関する被告人甲野らにおける「強制執行を免れる目的」(共謀を含む。)がなかったとの主張
刑法九六条の二にいう「強制執行を免れる目的」とは、単に行為者の主観的認識若しくは意図だけでは足りず、その目的実現の可能性が必要であると解されているが、被告人甲野らの包括的共謀の成立時期とされる平成三年一月ころは、旧住専等の債権者には利払いを行っており、債務の支払方法に関しトラブルのあったミヒロファイナンス以外には、末野興産に対し強制執行をなすおそれがあった債権者はなく、強制執行を受けるおそれがある客観的状況にあったとはいえない。そして、そもそも被告人甲野らにおいては、そのころに預金隠し及び割引債隠しの包括的共謀の事実自体ないが、仮に、強制執行を免れる意図が認められるとしても、その目的に対応する客観的状況が存在しないことになる。
しかも、当時、総量規制を端に発した不動産市況の冷え込みのために、末野興産においても経営に大きな影響を受け、その後の不動産融資の金利と不動産賃貸による利回りの逆ざやを生むのが必至の状況で、新たな事業展開をする必要がある中、預金がその後の事業展開に不可欠なもので、被告人甲野らにしてみれば、無理解な債権者(ミヒロファイナンス)から守るために、預金を移し替えていったが、それに先立って、被告人甲野らは、大口債権者であった旧住専各社に対し、ミヒロファイナンスからの強制執行のおそれがあること等の状況を説明の上、旧住専各社から事前に預金の名義を移すことの了承を得ていた。なお、被告人甲野らが預金の移し替えのための新会社を設立したのは、債権者側のアドバイスを受けたためでもあった。このように、平成三年一月ないし五月の新会社設立と預金移し替えの動機が差押回避を主たるものとはしておらず、末野興産の新たな事業展開を目的とした動機が存在したといわなければならない。
したがって、同年一月ころには、被告人甲野らにおいて、「強制執行を免れる目的」が存在しないというべきである。とりわけ、犯意の成立時期をそのころの共謀のみに求めていると解さざるを得ない割引積隠しの公訴事実に関しては、強制執行妨害罪が成立しないといわなければならない。
(二) 割引債の隠匿行為の罪数についての主張
割引債隠しの公訴事実記載の被告人甲野らが共謀の上なした行為は、①平成三年一月ころから平成五年二月二六日まで、券面金額合計二二二億八七万円にのぼるまでその購入を続けるとともに、これらを関西銀行の仮名で賃借した関西銀行の貸金庫内に収納したこと、②これらを断続的に隠し入れるなどして保管したこと、③平成三年一月ころから平成八年四月一〇日までの間、右割引債を末野興産の平成三年一〇月期以降のすべての決算日までの間、右割引債を末野興産の平成三年一〇月期以降のすべての決算報告書から除外するなどして、末野興産の債権者にその存在を秘したこと、④その間の平成七年一二月ころから平成八年四月上旬ころにおいて、多数回にわたり、日住金等の債権者から平成七年一〇月期の決算報告書等の末野興産の資産内容に関する資料の提出等を要求された際、日本リースに同決算報告書を提出したのみで、他の要求をすべて拒絶するなどしたこと及び⑤平成八年四月一〇日、貸金庫内から持ち出した上、ホテル日航客室又は天祥ビル地下電気室等において、隠し持つなどして保管することにより隠匿したことという五つの行為に分けられるが、これらを包括的一罪と解するのは相当ではない。むしろ、割引債隠しは、割引債を購入し貸金庫内に最初に収納したときに「隠匿」の実行行為が終了し、強制執行妨害罪が既遂となり、その後の割引債隠しに関する行為(②ないし⑤)にはいずれも実行行為性が認められず、とりわけ②については、あくまでも隠匿した割引債を点検・確認するための作業であって、到底隠匿行為とは評価できず、③及び④については、債権者に対し真実の決算報告書の提出義務はなく、処罰に値する実質的違法性がないから、実行行為性もなく、⑤についても、貸金庫内に保管するのとは密接不可分と考えにくく、また国税局に提出するための準備行為と評価することができるから、単独で強制執行妨害罪の実行行為となるものでもない。仮に実行行為性が認められたとしても、不可罰的事後行為にしかならないものである。したがって、本件割引債隠しは、本件割引債を順次購入し、貸金庫内に隠匿していくごとに強制執行妨害罪がそれぞれ既遂に達し、最後の割引債隠しが既遂に達したのは、割引債を最後に購入し、貸金庫内に収納した平成五年二月二六日ころであるから、それから三年が経過した平成八年二月二六日ころには割引債隠しすべてについて公訴時効が完成している。また、その後の②ないし⑤の行為は「隠匿」の実行行為とはいえず、また仮に実行行為性が肯定されても不可罰的事後行為というべきであるから、これらの行為についても公訴時効が完成している。よって、割引債隠しの公訴事実については、被告人甲野らに免訴の判決がなされるべきである。
(三) 預金の隠匿行為が二重評価されているとの主張
平成三年一月ころから順次預金が細胞分裂を繰り返すがごとく他の会社名義に移し替えられていったが、本件で預金隠しとして起訴されているエヌシー機械販売名義の預金の移し替えは、既に隠匿された定期預金を原資とされ、既に強制執行妨害が完了した預金を用いてその後の妨害行為がなされているということができるから、その後の隠匿行為を処罰するのは妨害行為を二重に評価することに他ならず、当初の預金隠し行為の不可罰的事後行為と考える余地がある。なお、本体の強制執行妨害行為は公訴時効にかかっている。
また、本件預金隠しも平成三年一月ころの謀議に端を発しており、本件割引債隠しが包括的一罪と評価されるならば、本件預金隠しもこれに含ましめて評価すべきである。
2 当裁判所が認定した事実(客観的隠匿状況等)
前掲関係各証拠によれば、定期預金及び割引債の隠匿状況等について、次の事実が認められる。
(一) 平成三年一月ころの末野興産をめぐる状況
末野興産は、ミヒロファイナンスから、二四回分割払いの約定で五〇億円を借り入れていながら、平成二年一二月末日が支払期日の元本充当分八億九〇〇〇万円のうち一〇〇〇万円しか支払わないこととして、そのころ、残額についての返済の猶予を要請したが、ミヒロファイナンスは、これに応じず、逆に、強行にその一括返済を求め、これに応じなければ強制執行も辞さないとの強硬な態度をとったことから、被告人甲野は、平成三年一月中旬ころ、ミヒロファイナンスと交渉し、右の平成二年一二月末日が支払期日であった元本充当分の残額八億八〇〇〇万円について、とりあえず一か月間の返済の猶予を得たが、平成三年一月末日になってもその返済をしなかったことから、ミヒロファイナンスは、同年二月一四日、大阪厚生信金等の五金融機関における末野興産名義の預金に対する仮差押を実行した。このため、被告人甲野らは、同月二七日、ミヒロファイナンスに対し、元本残額及び利息として合計四九億二〇〇〇万円余りを支払い、右仮差押えを取り下げてもらった。なお、末野興産に対し貸付金債権を有する旧住専といった大口債権者は、末野興産との交渉の結果、利払いのみの返済を受け、元本の支払いを猶予していたが、債権者の中には、履行遅滞に陥った場合、強行に一括返済を求め、強制執行の措置も執りかねない中小の金融業者の存在も予想された。
(二) 預金の隠匿の客観的状況
(1) このような経済情勢の中、被告人甲野らは、平成三年一月二一日に大阪開発観光を設立し、大阪厚生信金本店営業部に同会社名義の当座預金口座を開設し、前記の定期預金の一部を解約したものや集金した賃貸ビルの賃料等を入金するようになった。
その後、同月二九日に大阪コーポレーション、同年二月一九日に天祥、同年三月七日に四ツ橋ビルディング、同年五月一日にキンキビル管理、同月一五日に大阪土地建物販売と次々に設立登記がなされ(なお、これらの会社はいずれもさしたる事業を行った形跡は認められない。)、定期預金を順次解約し、借入金の一部を返済したり、後述のように割引債を精力的に購入したりするとともに、これらの会社名義の定期預金にするなどしていき、その結果、平成三年一二月末時点での末野興産グループ会社の名義の定期預金の残高合計は、被告人甲野の家族の名義のものを含めて、前年一二月末時点の約二三一三億円から約一二八九億円減少して約一〇二四億円となり、大半の預金は、平成三年中に新たに設立登記した会社に移し替えられていった。ちなみに、同年一二月末には末野興産名義の預金が約九八六億円から約四億円に、末野不動産名義の預金が約七六〇億円もあったものが一億円未満にそれぞれ激減した。
なお、同年一月、末野興産の賃料入金口座を大阪厚生信金の大阪開発観光名義の口座と福寿信組の田村義信名義の口座に変更されている。
(2) その後も、被告人甲野らは、定期預金を解約し続け、これらの定期預金の証書を、割引債とともに、関西銀行本店において田村多四郎及び秋山大二郎の仮名を使用して賃借していた貸金庫に隠し入れていた。
ちなみに、これらの定期預金の残高総額の大きな増減はなく、約一〇〇〇億ないし一一〇〇億円の前後で推移し、平成七年一二月末時点では約一〇四三億円であった。
(3) ところで、末野興産グループ会社の名義で保有する定期預金の最大の預金先は、木津信組であり、平成七年一月末時点では、木津信組での残高が合計約五六〇億円に上る定期預金を有していた。なお、被告人甲野らが木津信組にかかる多額の定期預金をしたのは、木津信組の利息が他の金融機関よりも高率であったためであり、被告人甲野らは、定期預金の名義を次々と替えながら、木津信組において多額の定期預金を継続していたが、木津信組の経営不振が噂されるようになったことから、まず、同年二月二八日、四ツ橋ビルディング名義の約一一二億円、天祥名義の約九億円、キンキビル管理名義の約二億円、大阪コーポレーション名義約一億円、センチュリーコーポレーション名義の約一億円の合計約一二六億円を解約して引き出し、次いで、同年三月二八日、四ツ橋ビルディング名義の約五四億円を解約して引き出し、さらに、木津信組の経営破綻の情報を入手したことから、大阪府から木津信組に対しての業務の一部停止命令が出された前日である同年八月二九日、木津信組に残っていた天祥名義の約一八八億円、キンキビル管理名義の約一八〇億円、センチュリーコーポレーション名義の約七億円、コメダコーポレーション名義の約七億円等の合計三八六億円の全額を解約して引き出した。
(4) ところが、同年九月一日以降、この定期預金解約の事実が新聞紙上等で連日報道されるようになり、日住金等の多くの末野興産の債権者は、末野興産が木津信組以外の金融機関にも末野興産グループ会社の名義で定期預金を保有して資産を隠しているのではないかと疑い、同年九月一日ころから平成八年一月上旬ころまでの間に、多数回にわたり、末野興産の事務所を訪問し、あるいは電話をかけるなどして、報道内容の確認及び末野興産グループ会社の名義の預金の開示を求めるとともに、末野興産の平成七年一〇月期決算報告書及び内訳明細書などの末野興産の資産に関する資料の開示を要求した。しかし、被告人甲野らは、木津信組の定期預金の解約の記事は、末野興産とは関係がないとか、平成七年一〇月期の決算書はマスコミに数字が漏れるので提出できないとかいった回答を繰り返し、平成八年二月下旬に債権譲渡先への提出のためどうしても必要だと食い下がった日本リースに対してのみ平成七年一〇月期の決算報告書を提出したほかは、これらの要求には応じなかった。
その後、被告人甲野らは、木津信組が業務の一部停止命令を受けた前日である同年八月二九日に木津信組から引き出された大口定期預金についての一連の報道の中に、同年一二月三日、右大口定期預金のうち一八〇億円分の名義人がキンキビル管理であるとほのめかす新聞報道があり、さらに、同月二七日には、右大口定期のうち三七〇億円分の名義人はキンキビル管理と天祥であると断定する週刊誌による報道があったことから、債権者においては、末野興産が巨額の隠し預金を持っているとの疑念を強く持つようになった。
(5) そのような中で、被告人甲野の指示を受けた被告人丁谷をはじめ経理担当の従業員が、平成八年一月一〇日から一二日までの間に、判示第二の二のとおり、預金名義を移していった。なお、預金の名義を移すことは、それまでに被告人甲野及び被告人乙川の間では決まっていたが、同月五日、被告人乙川の妻が急死したことから、被告人甲野の被告人丁谷への指示に基づいてなされたのである。
(三) 割引債の購入と隠匿の状況
(1) 末野興産は、平成二年一二月末時点で、割引債合計二七四通、券面金額合計三九億二九三七万円を保有するに過ぎなかった。
しかし、平成三年一月ころから、前記のとおり定期預金の一部を解約するとともに、新たに東京銀行を加えた四発行機関の発行の割引債を、一回当たり数億円ないし数十億円の単位で購入し、平成五年二月二六日には、保有する割引債は、その後に償還等がなされたものを除き、合計一七七五通、券面金額合計二二二億七〇八七万円にも上っていた。
(2) そして、被告人甲野らは、これらの割引債を、定期預金証書と共に関西銀行本店の前記の仮名の貸金庫に隠し入れて保管していたが、年に数回、割引債の残高を確認するときや、その一部を償還等するときに、定期預金証書も含めたそのすべてを貸金庫から取り出して、末野興産の本社事務所に持ち帰った上、確認作業や償還等するための一部の割引債のより分け作業が終了すると、ほとんどその日のうちに貸金庫に戻し入れていた。
また、末野興産では、毎年一二月ころ、その年の一〇月期決算にかかる決算報告書及び内訳明細書を作成し、これを債権者に提出していたが、被告人甲野らは、平成三年一〇月期以降の決算報告書等からは、割引債を除外するようになった。
(3) ところで、被告人甲野らは、前記(二)の(4)のとおり、平成七年九月一日ころから平成八年一月上旬ころにかけ、マスコミ報道によって末野興産が木津信組から多額の預金を引き出したとの疑いを抱くようになった日住金等の二〇を超える債権者から、マスコミ報道の確認や平成七年一〇月期の決算報告書等の提出を要求され続けたが、被告人甲野らは、日本リースに対してのみ同月期の決算報告書を提出したが、その余の債権者の要求はすべて拒絶していた。
(4) ところが、平成八年四月九日、大阪国税局国税査察官(以下、「査察官」ともいう。)が、末野興産本社事務所等を所得税法違反の容疑で捜索した際、被告人乙川に対し、末野興産が保有している割引債の呈示を求めたことから、被告人甲野らは、査察官が末野興産において多量の割引債を保有している事実を察知していたが、それを保管している貸金庫までは察知していないことを知ったが、いずれ査察官に貸金庫を嗅ぎつけられるだろうと考え、同日、前日から宿泊していたホテル日航大阪の客室に被告人乙川を呼び、査察官への対応を検討した上、同月一〇日、Aに指示して貸金庫から割引債全部を取り出して同所に持って来させ、同夜は、紙袋に入った割引債を自宅に持ち帰り、翌一一日朝、末野興産本社事務所に出社した際、これを被告人丁谷に渡して保管を命じるなどしていた。
その後、被告人甲野は、同日、査察官への対応に関する弁護士(黒田主任弁護人)の助言を得た被告人乙川と相談し、いずれ査察官にだけは割引債を呈示せざるを得ないとの認識を持つに至ったものの、割引債の呈示に関する具体的方針は定まらなかった。
ところで、被告人甲野から右のとおり保管の命を受けていた被告人丁谷は、その後の二日間、日中は、これを右本社事務所の金庫に入れて保管し、夜間は、これをAに預けて同人の自宅で保管させていたところ、同月一三日朝、末野興産本社事務所に出社したAが割引債を被告人甲野に渡し、被告人丁谷らとともに、割引債の合計金額が約二二〇億円であると確認した上、同日昼ころ、これを別の紙袋に移し入れてから、被告人甲野は、Aに対し、「これ預かっておいてくれ。何があっても俺の指示があるまで持っていてくれ。」などと指示してこれを渡した。
これに対し、Aは、不用意に近づくと感電の危険がある電気室の方が自宅よりも査察官等に発見され難いと考え、同日中にこれを右本社事務所地下の電気室に隠し入れ、以後、同所で保管していたが、同月一八日に被告人甲野が公正証書原本不実記載等で逮捕されてから、隠しきれないと判断し、同月二三日、これを査察官に呈示して差し押さえられた。
3 争点に対する判断
(一) 平成三年一月ころの「強制執行を免れる目的」の有無(被告人甲野らにおける包括的共謀の有無を含む。)
(1) 平成三年一月当時の末野興産をめぐる客観的状況
ア 「強制執行を免れる目的」とは、強制執行をしてもその効果をあげさせない意図、あるいはその効果を減少させること、つまり債権者を害する意思をいうが、単に犯人の主観的認識若しくは意図だけでは足りず、客観的にその目的実現の可能性の存することも必要であると解されるのは前述のとおりである。本件の場合、平成三年一月ころ末野興産が現実に強制執行を受けるおそれがある客観的状況にあったかどうか検討するに、前記第三の二の2の(一)の認定事実によると、その当時、ミヒロファイナンスによる強制執行のおそれが切迫していたことが明白である上、他にも末野興産の対応次第では強制執行の措置に及ぶことが懸念された債権者がいないではなかったこと、その他末野興産の当時の資産状況や負債状況等に照らすと、末野興産が現実に強制執行を受ける客観的状況があったと認めることができる。
イ なお、この点に関し、弁護人らは、その当時、末野興産では十分な資産を保有し、旧住専等の大口債権者には金利の支払いを継続しており、債務の支払方法に関しトラブルのあったミヒロファイナンス以外には、末野興産に対し強制執行をなすおそれがあった債権者はなく、「強制執行を免れる目的」がなかったなどと主張するので補足する。
なるほど、弁護人らも指摘するとおり、平成三年一月当時ミヒロファイナンス以外には、明確に履行遅滞に至っていた債務の存在をうかがい知る客観的証拠は見当たらない。また、その当時、末野興産には一定の資産があり、それを債権者の求めに応じて支払いをしていけば、会社経営に支障が生じることがあるかもしれないが、当面の支払いを滞りなく行い得る状況にあったことも否定できない。
しかしながら、現実に強制執行妨害行為をなして債権者の正当な権利の実現を阻害するおそれがあれば、債務者においてこれを十分弁済するだけの資産を保有していたとしても、刑法九六条の二の法意に照らし、債権者の正当な権利を保護する必要があることはいうまでもない。しかも、強制執行を受ける客観的状況の有無の判断に際しては、個別具体的な特定の債権者による強制執行の可能性を想定する必要はなく、一般の債権者が強制執行をなす現実の可能性があれば、その権利を保護する必要性があるから、そのような状況が認定できれば足りると解される。本件の場合、平成三年一月ころ、末野興産は、総量規制による新規融資を受け難くなり、不動産価格の低下に伴う業績の悪化により、返済資金の資金繰りにも苦労し、債権者に対する債務の弁済が滞りがちになり始めていたことがうかがえること、大口債権者との間の合意で元本についての支払いの猶予をしてもらったとはいえ、負債総額に対する明確な返済計画を立てていたわけでもないこと、西部クレジット、アポロリース、九州リース等が元本の返済猶予の要請を断り、元本残額の一括返済を強く催促するとともに、強制執行をほのめかすようになっていたこと、末野興産で負債総額をすべて弁済するだけの十分な資産があったとしても、債権が履行遅滞に至ったときは、債権回収の手段として強制執行を選択するのも紛争解決手段として相当な場合が多いところ、近い将来、末野興産をめぐる経済情勢次第では、末野興産において債務の一部支払いの拒否をするなどして、履行遅滞に陥る可能性がないではなく、現に同年一〇月には金利の支払いも停止してしまったこと、同年一月ころ以降の預金名義の移転や割引債購入等の動き等にかんがみると、ミヒロファイナンス以外にも強制執行に及ぶ可能性があった債権者がなかったわけではなく、平成三年一月の時点においても、客観的にみて末野興産が強制執行を現実に受けるおそれがあったと認めることができるから、弁護人らの右主張は、理由がなく採用することができない。
(2) 被告人甲野らの包括的共謀の有無等
ア 弁護人らは、検察官主張の平成三年一月ころの謀議の事実を争い、被告人甲野、被告人乙川及び被告人丁谷は、第九ないし一三回、第二八回、第三〇回、第三二回、第三三回、第四〇回及び第四一回公判期日において、平成三年一月ころにおける強制執行妨害の謀議やその犯意を否認し、大要、旧住専関連については同年一〇月ころまで金利の支払いを続けており、ミヒロファイナンス以外には必ずしも債権者の厳しい追及を受ける状況にはなかったこと、末野興産では融資を受けられなかったので、事業をするための別会社を設立し、その会社で融資を受けるために預金移しをしたこと、割引債は、あくまでも融資先の開拓のために半ば付き合いで購入し、かつ購入した割引債も末野興産の「足跡」付きであることが明らかで資金隠しのために割引債を購入したわけではないこと、被告人丁谷は、預金移し等の相談の場合におらず、被告人甲野ないし被告人乙川の指示を受けて行動したに過ぎないこと等の供述をする。
しかしながら、これらの供述の中では、前記第三の二の2の(二)及び(三)の認定事実のとおり、平成三年中に次々と新会社を設立してそれらの会社に預金を移していったり、割引債を次々と購入したりし、末野興産名義の預金がほとんどなくなるなど、客観的にみれば、大がかりな資産隠しと疑われてもやむを得ない状況にあるにもかかわらず、右の被告人甲野らの説明は、裏付けとなる客観的証拠もない上、その説明自体も大がかりな預金移しや割引債の購入等をする理由としては、納得のできるものではなく、不自然といわざるを得ないほか、被告人乙川も供述していたように強硬なミヒロファイナンス対策と解する余地はないではないが、ミヒロファイナンスに対する債務額との対比にしては余りにも大がかりなものであるし、またミヒロファイナンスと和解した後も預金の名義の移転や割引債の購入等を続けていたことからして、これも到底首肯しえない。結局、被告人甲野らは、右のとおりの大がかりな資産の移動につき合理的な理由の説明をなし得ていないのであるから、被告人甲野らの前記公判供述は信用性に乏しいといわざるを得ない。
これに対し、前記第三の二の2の認定事実によれば、平成三年一月ころ以降、被告人甲野らが大がかりに預金の名義を徐々に新たに設立された会社の名義に移していくとともに、平成五年二月ころまで割引債の購入を続け、末野興産名義の流動資産が大幅に減少しており、かつ被告人甲野や被告人乙川はもとより、被告人丁谷もかかる行為に関与していたことが明白に認められ、これによれば、被告人甲野、被告人乙川及び被告人丁谷における犯意及び共謀の存在を推認することができるところである。これに加え、被告人甲野、被告人乙川及び被告人丁谷は、検察官に対し、平成三年一月初旬から中旬ころ、右三者の間で、ミヒロファイナンスが定期預金等への強制執行をかけてくることを懸念し、①名義人が債権者に知られている定期預金を解約すること、②定期預金解約金の一部を新たな定期預金として債権者から隠すこと、③定期預金解約金の一部で、従前から保有している割引債と併せて総額二〇〇億円程度になるまで割引債を購入し、これらの割引債を債権者から隠すこと及び④新たな定期預金の名義人として使用するなどのために、新会社の設立登記をすること等の謀議を遂げた旨概ね一致した供述をする。
これらの被告人甲野らの検察官に対する各供述は、具体的で、特段の不自然・不合理なところもみられない上、前記ミヒロファイナンス等の債権者の動向(前記第三の二の2の(一)の認定事実)、その後の被告人らが新たに会社を設立した上で、次々と預金を解約して右会社の名義に預金を移転したこと(同(二)の(1))、割引債を精力的に購入し、これを保管するなどしたこと(同(三)の(1)及び(2))等の客観的状況にもよく合致するから、その信用性は極めて高いといえ、被告人甲野、被告人乙川及び被告人丁谷における犯意及び共謀の存在に合理的疑いをいれる余地はない。
以上によると、被告人甲野、被告人乙川及び被告人丁谷において、一部他の目的もあったかはさておき、少なくとも債権者による強制執行を免れる目的があったことを優に認定することができる。
イ ところで、平成三年一月ころの預金移しに関する旧住専各社の知情性に関し、被告人甲野及び被告人乙川は、第九ないし第一三回公判期日において、平成三年の年始の挨拶等の機会に、ミヒロファイナンスの強制執行が懸念されたことから、日住金のT副社長及びU常務、住総のV副社長、日本ハウジングローンのW社長及びX常務、日本リースのY社長、更に重ねてそれ以下の担当者にも説明したとして、大口債権者らには預金の移し替えを説明し、了解してもらった趣旨の供述をする。
なるほど、証人Z(日住金)は、第一五及び第一六回公判期日において、「被告人乙川から、ノンバンクからの差押えを回避するため、預金を子会社に移す、あるいは移したという話を聞いた覚えがある。時期ははっきりしないし、『移す』という話だったか、『移した』という話だったかもはっきりしない。しかし、過去形であった可能性が大である、どれぐらい移すという話であったかもはっきりしない。ただ、移すことについて了解を求められたことはない」などと供述し、右Z作成の営業日誌にも同人の供述に沿う記載がないわけではない。しかしながら、被告人甲野らが強硬な態度に出ているミヒロファイナンスに対する対応を旧住専各社に相談したことが全くあり得ないではないにしても、そもそも債権者が違法となる預金隠しを簡単に了解することは通常は考えにくい。これに加えて、右Zの右公判供述は、その内容が曖昧であって、被告人甲野らの供述を裏付けるものとは到底言い難い上、被告人乙川が平成三年四月一八日に日住金に対し末野興産の約六五〇億円の預金の一部を大阪開発観光に一時的に移し替えた旨事後報告したのは明らかで、右営業日誌にはこれに沿う記載はあるとはいえ、預金移しに対する事前の了承をうかがわせる記載はなく、しかも、その他の債権者らは、いずれもこれを明確に否定する供述をし、その供述内容にはいずれも不自然・不合理な点が認められないから、結局、被告人甲野及び被告人乙川の右供述は、にわかに信用することができない。
以上によると、旧住専各社において、預金隠しに対し事前の承諾があったといえないから、これを基にする弁護人の右主張は、理由がなく採用することができない。
(二) 割引債の隠匿行為の罪数評価
ア 強制執行の適正を確保し、究極的には債権者の正当な権利を保護することにあるという強制執行妨害罪の罪質に照らすと、同一の財産を複数回にわたって帰属名義を変えずに順次隠匿するなどの行為を行った場合、順次行った各行為が独立して実行行為性があると認められ、かつ、それぞれの行為当時に別個の強制執行を想定することができるときには、原則として、別個の強制執行妨害罪が成立し、これらは併合罪の関係にあるというべきである。
もとより、これらの行為が密接に関連する、あるいは想定される強制執行が同一のものと評価できるという事情が認められれば、これらを包括的一罪として扱う余地がある。
イ そこで検討するに、割債隠しとして公訴事実に掲げられている行為は、①平成三年一月ころから平成五年二月二六日までの間に、券面金額合計二二二億八七万円にのぼるまでその購入を続けるとともに、これらを仮名で賃借した関西銀行の貸金庫内に収納した行為、②これらを断続的に隠し入れるなどして保管した行為、③平成三年一月ころから平成八年四月一〇日までの間、これらの割引債を末野興産の平成三年一〇月期以降のすべての決算報告書から除外するなどして、末野興産の債権者にその存在を秘したままにしていた行為、④その間の平成七年一二月ころから平成八年四月上旬ころ、多数回にわたり、日住金等の債権者から平成七年一〇月期の決算報告書等の末野興産の資産内容に関する資料の提出等を要求された際、日本リースに同決算報告書を提出したのみで、他の要求をすべて拒絶するなどした行為及び⑤平成八年四月一〇日、貸金庫内から持ち出した上、ホテル日航客室又は天祥ビル地下電気室等において、隠し持つなどして保管することにより隠匿したという行為に分けられるが、前記第三の二の2の(三)の認定に照らし、これらの各行為が個別に実行行為性を有するかまず検討する。
強制執行妨害罪の実行行為である「財産の隠匿」とは、強制執行を実施しようとする者に対しその財産の発見を不能ないし困難にする行為をいい、当然、強制執行が行われた場合の効果を減殺する危険性のあることを要するものである。
まず、①の末野興産名義の定期預金を解約して、割引債を順次購入し、これを前記の仮名で賃借した貸金庫内に保管する行為が「隠匿」に当たることは明白であって詳しく論じるまでもない。
次に、②ないし④の行為については、弁護人らも指摘するとおり、なるほど、②については、あくまでも隠匿した割引債を点検・確認するための作業が中心で、これのみで隠匿行為とは評価するのは問題がないわけではないし、③及び④についても、債権者の求めに応じて決算報告書を提出しなければならない法的義務があるわけではない。しかしながら、これらの②ないし④の行為を全体としてみれば、被告人甲野らの方針決定のもと、継続的に、仮名で賃借する貸金庫に継続的に保管(割引債の確認行為を含む。)するなどして物理的にその発見を困難ならしめるのみならず、決算報告書から割引債の存在を隠蔽するという行為と評価できる行為をなした上、資産隠しを疑う債権者の要求を拒否して決算報告書を交付しなかったりしたが、結局、これらの行為を総合的にみれば、債権者に割引債の発見を困難にさせるためになした積極的な行為であって、実行行為と評価することができる。
さらに、⑤の行為についても、一面で国税局に提出するための準備行為とみる余地もないではないが、被告人甲野らは、査察官から割引債の存在に気づかれつつある中、少なくとも債権者に見つかりたくないとの思いから、いずれこれを査察官に提出せざるを得ないとしても、その時期や方法が決まらなかったことから、当面の間、前記の仮名の貸金庫から割引債を取り出し、暫定的に別の場所に保管していたもので、保管態様を異にし、この行為だけでも、強制執行を免れる目的で「隠匿」したということができる。
以上によると、右のとおり、①ないし⑤の割引債の隠匿行為は、いずれも実行行為性を有するとみることができる。
ちなみに、割引債の隠匿行為に関し、被告人甲野らは、客観的には隠匿になることを認めつつも、強制執行を免れるつもりはなく、新たな融資を得るために付合いで割引債を購入せざるを得なかったとか、割引債を購入する際には末野興産で購入していたのが相手にはすぐに分かるのだから、隠すつもりならそのようなことはしなかったなどと述べる。しかし、割引際の法的性格、割引債の隠匿状況、割引債のほとんどが償還されず、仮名で借りている貸金庫に保管していたこと等に照らし、被告人甲野らの右供述は、にわかに信用しがたく、第三の二の3の(一)の(2)の検討等に照らせば、被告人甲野らの犯意を十分肯認することができる。
ウ そこで、右の①ないし⑤の割引債の隠匿行為の罪数関係についてであるが、第三の二の3の(二)のアで示した解釈にかんがみ、①ないし⑤の各行為の時点で想定された強制執行が同一のもとと評価できるか否か(強制執行の単一性)、あるいはそれぞれの行為に密接な関連性があるか否かを検討の上でこれを判断することとする。
なるほど、前記第三の二の2の(三)の認定事実によれば、割引債の隠匿がなされた期間が五年以上もの長期にわたり、末野興産の債権者にも相当の変動があったこと、前述の木津信組報道の後、末野興産の債権者が末野興産において資産を隠し持っていることを疑う状況にあったこと、⑤の隠匿に際しては査察官に割引債の存在を感づかれたことが発端となって、債権者から強制執行を受けるおそれが切迫したとみられることからすると、⑤の行為の隠匿行為としての独立性が他のものより強く、それ以前の隠匿行為と別個のものとみる余地もないではない。
しかしながら、本件の場合に限って言えば、①の行為の後、被告人甲野らが①の行為により作出された違法状態を認識しつつ、継続的かつ積極的に②ないし⑤の行為を積み重ね、もって、債権者による割引債の発見や強制執行を不能又は著しく困難とさせたいう違法状態を更に維持強化したということができるから、仮に①の行為を他と独立して罪数評価し得るとしても、被告人甲野らが割引債の隠匿を中止するなど右違法状態を解消する措置をとってはじめて、その公訴時効の進行が開始すべきと解するのが正義にかなう結果になるところ、割引債は、無記名債権であって動産とみなされ(民法八六条三項)、これまで広く資産隠しに適する財産と考えられていたこと、被告人甲野らは、平成三年一月ころには、当時の末野興産をめぐる状況等からして、将来における強制執行を懸念し、末野興産名義の定期預金を解約して割引債の購入を続け、その目標額(約二〇〇億円相当)に達すれば、その購入を停止し、仮名で賃借した貸金庫内に継続的に保管していたこと、⑤の行為も割引債に対する強制執行の現実的危険性が高まったとはいえ、割引債の購入及び保管をするに至った当初の目的・意図の延長線上にあったといえること、前記のとおり②ないし⑤の行為は①の行為により作出された違法状態を更に維持強化する側面があったこと、平成三年一月以降は、債権者らに割引債の存在が判明していれば、多数の一般債権者からの強制執行が順次行われた可能性があったこと等にかんがみれば、かなりの時期的経過があるとはいえ、将来、一般債権者からの複数の強制執行が順次行われることが予想され、それを免れる継続的意思のもと、①ないし⑤の行為がなされたということができ、結局、①ないし⑤の際に想定された強制執行が単一のものと認められ、しかも、これらの各行為が、被告人甲野らの同一の犯意に基づいた密接に関連する一連の行為と評価することができるから、これを包括的一罪と解するのが相当である。
したがって、包括的一罪と評価できる本件割引債の隠匿による強制執行妨害罪の公訴時効は、その妨害の態様が解消される措置がとられた時期か、あるいは最終的行為(⑤の行為)が終了した時点から進行を開始すると解するのが相当である。そうすると、少なくとも、本件の割引債の隠匿による強制執行妨害罪の公訴時効は、起訴時点において未だ完成していないということができる。
よって、弁護人らの本件割引債隠しについて公訴時効にかかり免訴を言い渡すべきであるとする主張は、理由がなく採用することができない。
(三) 本件預金の隠匿行為の二重評価性
なるほど、弁護人らも指摘するとおり、平成三年一月ころから順次預金が細胞分裂を繰り返すがごとく他の関連会社の名義に移し替えられており、本件公訴事実となっているエヌシー機械販売名義の預金の移し替えは、既に隠匿された定期預金を原資とされ、既に強制執行妨害が完了した預金を用いて、その後の妨害行為がなされている側面を否定することができない。
しかしながら、仮に強制執行妨害の対象財産の原資が共通する場合であっても、強制執行の対象財産の類型又は対象財産の帰属主体を異にすれば、想定される強制執行が異なるといえ、別個の強制執行妨害罪が成立すると解すべきであるのは前記第三の一の3の(二)で述べたとおりである。そして、預金の移し替えの場合は、預金先が変われば、別個の権利義務関係が作出されることになり、また預金の名義人が変われば、強制執行することの困難性が更に増し、債権者において別個の債務名義を必要とする事態が生じるのであるから、予想される強制執行の態様が異なり、強制執行を免れるために預金移しをする度に新たに強制執行妨害罪が成立するということができる。もっとも、預金先は預金名義人が異なることによって、新たに強制執行妨害罪が成立する場合でも、その原資が共通するほか、当該隠匿行為が先の隠匿行為の延長線上にあると評価できる事情があるなど、複数の隠匿行為に密接な関連性を有するときには、これを包括的一罪と評価することができる。そして、このような場合、検察官は、その一部を起訴することが可能であり、そのときには、起訴された部分について罪の成否を判断すれば足りるが、それが先行する強制執行妨害行為の不可罰的事後行為に該当すると解するのは相当ではない。ましてや、定期預金の隠匿と割引債のそれは、平成三年一月ころの同一の謀議に端を発しているとはいえ、それらは法的性格を異にし、強制執行の態様、種類及び手続が異なるから、想定される強制執行は別異のものであって、別個の強制執行妨害罪が成立するのは明らかで、一方が他方の不可罰的事後行為となると解すべきではない。よって、本件預金隠しが当初の預金隠し行為の不可罰的事後行為と考える余地があるとか、割引債隠しとの包括的に評価すべきとかする弁護人らの主張は、理由がなく採用することができない。
なお、本件預金隠しに関し、被告人甲野は、公判を通して、公訴事実となっている預金隠しの犯意等について、債権者から預金を隠す意図はなかったとも解釈できる旨供述するので念のため補足する。前記第三の二の2の認定事実に照らしても、預金を移したことに対する被告人甲野らの強制執行妨害の犯意を十分推測することができ、これに、被告人甲野及び被告人乙川は、捜査段階において、ともに「木津信組報道の結果、遅くとも平成七年一二月の段階で、債権者において末野興産がキンキビル管理等の名義で保有している定期預金の存在を嗅ぎつけて、これに強制執行をかけてくるおそれがあると心配し、四月下旬ころ、被告人乙川が、被告人甲野に対し、『債権者は今後何をしてくるか分かりませんよ。キンキビル等の名義の定期を別の会社に代えたらどうでしょうか。』、『エヌシー機械販売の名義にしたらどうでしょうか。この会社なら債権者も分からないと思います。』などと進言し、被告人甲野が『そうするしかないな。年が明けてから手続をするか。』と言ってこれを了承し、右の方針で定期預金を隠匿することを決定した。」という趣旨の供述をしていたことを併せ考えると、被告人甲野らが預金隠しの犯意がなかったとの供述は到底信用できない。
第四 被告人甲野の所得税違反に関する主張に対する判断
一 弁護人らの主張
1 被告人甲野の所得が給与所得であり、雑所得ではないとの主張
公訴事実によると、被告人甲野が「給与所得、不動産所得及び雑所得を併せた所得を得ていたものであるが、雑所得を除外をし、真実の所得と関係のない過少な所得金額を記載した所得税確定申告書を提出した」ことがほ脱の実行行為とされている。これは、被告人甲野が確定申告書で申告した不動産所得(被告人甲野が共有持分を有する第六天祥ビルからの不動産賃料収入)と給与所得(末野興産及び末野不動産からの給与収入)を超える所得金額をすべて雑所得と認定されることを前提とするものである。しかしながら、これが雑所得であると認めるに足りる証拠はなく、むしろ、税務上、法人からの支出が取締役の個人的な目的のために費消されていることが判明した場合には、税法上「認定賞与」(税務調査により発見された社外流出を役員に対する賞与と認定し、法人税法上、損金不算入とするとともに、役員個人に対しては給与所得として課税することにしている税務官庁の取扱いを指す税務独自の用語)の取扱いをされ、現に、平成四年ころの末野興産に対する税務調査の際にも本件と同様の支出について被告人甲野に対する「認定賞与」とした課税実績があるし、また被告人甲野の末野興産における稼働実績からして、正当な労働対価として、検察官主張のごとき収入を得ていたと評価し得るのであるから、被告人甲野が末野興産等から得ていた収入は、雑所得ではなく、すべて給与所得として計算されるべきであって、雑所得を含むものではない。したがって、被告人甲野の所得税法違反に関しては、訴因変更等の措置を講じない限り、事実の認定をなし得ず、また仮に右措置を講じても、金額の縮小認定を行わざるを得ない。
2 ほ脱金額が減額されるべきであるとの主張
末野興産から被告人甲野への資金の流れを分析した結果、①被告人甲野が個人的に費消したと認められるべき費消先に関し、末野興産の資金が直接小切手によって支払われたものと②銀行振込の方法により支払われたものとの合計約一億五〇〇〇万円を除く、残余の約一億六〇〇〇万円については、その支払いの事実が明らかであるものの、その原資が末野興産の会社の資金であったかどうかは証拠上解明されていない。検察官は、当初申告されていたゼロとする雑所得に関して、実際の支出額を算出し、これを増益所得として新たに雑所得を追加したものをほ脱額と主張するが、この方法においては平成三年一月一日現在で被告人甲野個人の手持資金が無かった、あるいは同日以降五年間において被告人甲野が過去に保有していた個人資金を一切費消しない上、他人に貸与するなどしていた資産の戻りがなかったといった事実を前提にしないとなり立ち得ない立論であるのにもかかわらず、検察官において、これらの点について立証を尽くしていない。むしろ、これとは逆に、被告人甲野が個人的な目的のために費消された金銭の中には自己の保有資産をその支払いに充てたものがあることがうかがわれるのである。なお、この点に関し、被告人甲野が所有していた黒色皮製カバンに常時「数千万円」の現金が会社から組み込まれ、被告人甲野が随時、この現金の中から支払っていたとする被告人甲野の検察官調書があり、ほ脱額の計算に関する検察官主張の根幹となる証拠と考えられるものであるが、これは、在中金額自体曖昧である上、その内容も不自然・不合理で、到底信用し得ないものである。したがって、検察官において、右の約一億六〇〇〇万円の支払いに関しては、会社の資金が流用されたと立証に成功したということはできない。
さらに、弁護人らは、ほ脱金額の算定に当たり、被告人甲野の所得とされたもののうちでも、末野興産の経費(福利厚生費や交際費)と認定できるものがある旨、末野興産の設立時からのaが末野興産に貸し付けた約二〇〇億があったから、被告人甲野が末野興産等から支給を受けた金員と相殺が可能であるから、所得と認定することはできない旨(弁護人らによる明確な主張はないが、被告人甲野、被告人乙川等の被告人質問における供述内容や弁護人らによる弁論の全趣旨に照らし、黙示の主張がなされていると解した。)の主張もなされている。
二 ほ脱所得の性質とほ脱金額の計算
1 当裁判所が認定した事実(事実認定上の争点に対する判断を含む。)
(一) 被告人甲野の資産形成
被告人甲野は、昭和三九年ころに始まったいわゆる土木建築ブームの波に乗って土木運搬事業を拡大していく中、昭和四〇年代前半ころの大阪万国博覧会開催地の造成工事とそれによって出た土砂の処分で、約一〇〇億円ほどの巨額の富を築き、さらに、昭和四六年に丸高産業を設立して金融業に転身し、そこでも相応の利益を上げ、末野興産を設立した昭和五四年ころまでに約二〇〇億円ほど蓄えていた旨供述する。
被告人甲野の右供述はやや誇張された感を否めないし、被告人甲野がこれだけの富を築いたことを明確に裏付ける客観的証拠を見出すことができないのではあるが、被告人甲野の当時の資金の一部とみられる仮名預金の存在がうかがわれること、貸ビル業を営むには相当の資金が必要であるのは自明の理であって、末野興産の設立後、順次不動産を取得していき、いわゆるバブル経済が始まる前の昭和六〇年ころまでに七〇を超える物件を取得していること、そのころまで金融機関の融資は比較的慎重であったとみられること、被告人甲野が末野組や丸高産業時代に相当の利益をあげたこと自体は当時の経済状況に照らして十分あり得ること等からすると、被告人甲野が蓄えた金額を明確にできないにしても、末野興産の設立時までに巨額の資金を蓄積していたと認めることができる。
(二) 被告人甲野と末野興産の関係(被告人甲野による末野興産に対する投資と被告人甲野の個人的財産の減少)
(1) この点に関し、前掲関係各証拠によれば、次の事実が認められる。
被告人甲野は、末野興産にすべてを賭け、資金に糸目をつけずに投資を続け、遅くとも年号が平成に変わるころまでには前記の巨額な資金を末野興産及びそのグループ会社に順次投入し、その資金を用いて不動産を取得するなどして事業の拡大を図っていたが、とりわけ、昭和六〇年ころ以降、バブル経済の影響もあって、金融機関や旧住専等ノンバンクから融資を受けた潤沢な資金も加わり、更なる事業規模の拡大を推し進め、平成二年三月ころには末野興産グループ会社が所有する不動産は、主要なものだけでも二〇〇を超えるに至るなど、末野興産は急成長を遂げていた。その一方で、被告人甲野の純粋な個人資産は減少の一途をたどり、少なくとも被告人甲野の脱税が問題となっている平成三年度以降は、被告人甲野個人が保有していた巨額の資金が既に底をついていた可能性が高い。なお、平成元年以降の末野興産の決算書上は(平成七年一〇月期を除く。)、被告人甲野の末野興産への貸付金の計上がなされていなかった。
このように、被告人甲野は、末野興産に命運をかけて自己の資金を投入し続け、これに比例してその個人財産も減少していったのであるが、末野興産と個人の財産を区別することなく、末野興産と被告人甲野が一体であるとの意識のもと(もとより、末野興産の関連会社も末野興産の従属物であって、意のままになる会社であると意識していた。)、自分が必要なときに必要なだけ自由に末野興産グループ会社から資金を引き出すなどし、これを自己の用途に費消していたのである。末野興産グループ会社から被告人甲野に対し現金を交付するなどの際には、資本の払戻等の正規の手続をとったことはなく、会社の帳簿上「仮払金」として出金することが多く、その結果、仮払金が累積していくが、その後帳簿上振り替え等の精算手続を行わずに放置するなどし、末野興産等の帳簿処理も杜撰な面もあった。もとより、被告人甲野も、末野興産から報酬としてこれらの金員を引き出すなどしていたという意識はなく、法律上末野興産グループ会社に属するとの評価を受ける資金であっても、これが自分の金であるという意識で自由に引き出すなどしていたというのが実態であった。これに対して、被告人乙川をはじめ末野興産や被告人大阪土地建物の役員や従業員は、被告人甲野の一存で給与額が決められていたが、末野興産が株式会社として組織され、被告人甲野とは別個の法人格を有するとはいえ、現実には被告人甲野と末野興産とは一体で、被告人甲野の個人商店の体をなしていたこともあって、これを当然のことと受け止め、不満を述べる者は皆無であった。
(2) なお、被告人甲野の個人財産の有無に関し、被告人甲野は、第四一回ないし第四三回公判期日において、自宅に千万単位の大金が常に置いてあり、芸能人等の知人に融資したり、不動産の仲介をしたりして利益を得ていたと供述し、被告人甲野個人の多額の資金の存在を主張し、Bも第四四回及び第四五回公判期日においてこれに沿う供述をする。
しかしながら、被告人甲野の右公判供述は、捜査段階ではなされておらず、これと矛盾するところ、被告人甲野は、第四二及び第四三回公判期日において、知人に迷惑をかけると述べるのみで、他に説得的な理由を述べているとはいえないこと、被告人甲野の供述する自宅に置いていた現金の保管方法や金額、運用方法等についての供述自体荒唐無稽の感を否めないこと、知人への貸付金の内容が曖昧である上、これを裏付ける客観的証拠もないこと、被告人甲野が仲介して得たとする利益を、実質的にみれば、末野興産の取引絡みのもので、その利益が純粋に被告人甲野個人に帰属するものか疑問があること、被告人甲野が公判期日においてその個人財産と末野興産等の財産を明確に区別していなかったのを自認していたこと等に照らすと、被告人甲野の右供述には信用性が乏しいというほかない。
また、Bの前記公判供述の信用性をみるに、Bは、検察官に対し、自宅における現金の存在について述べておらず、自らが専業主婦をしており、被告人甲野の仕事の内容には関知していなかったなどと供述していたが、前記公判期日において、検察官に対し現金の存在を述べなかった理由について、自宅に現金を隠していることを述べれば、不利益となると思い、余計なことは言わない方がよいと考えたからである旨供述するが、Bに対する取調べ当日、被告人甲野には弁護人が選任されており、右事情を検察官に対し供述してよいか否かを容易に相談できるのに、夫である被告人甲野とはもとより、右弁護人とも相談していた形跡がなく、その供述の変遷には合理的な理由を見出せない上、そもそもBの前記公判供述は、現金の保管方法や保管していた現金の額等を必ずしも明確に説明できているわけではなく、何故に自宅に大金を置いておく必要があるのか納得のいく説明をできていないこと、また、個別の出金方法についても不合理な説明をしていること、すなわち、医療法人への寄附や千里阪急ホテルへの支払い等は、自宅の改装工事中でホテル住いの最中のものであり、このときは、中身を知らせぬまま親戚に預けていた段ボール箱の中にある現金を使用した旨述べるが、多額の現金を段ボール箱に入れて預けること自体社会常識に照らし不合理であること等からすれば、Bは、公判段階に至って、被告人甲野の主張を知り、被告人甲野の妻という立場から、これに迎合した疑いが極めて強く、Bの公判供述はにわかに信用することができない。
以上によると、被告人甲野らの自宅に大金を常に置いていたとの主張は、理由がなく採用することができない。
(三) 本件支出の態様
(1) 争いのない事実(証拠上明らかな事実)
検察官主張の平成三年度ないし七年度のほ脱所得額とする合計三億一一九一万一六六三円のうち、被告人甲野個人で費消したが、その支払いが末野興産で行われたとの裏付けがある支出、つまり、①被告人甲野が個人的に費消したと認められるべき費消先に関し、末野興産の資金が直接小切手によって支払われたもの及び②銀行振込の方法で支払われたものが合計約一億五〇〇〇万円余り存在する。
(2) 小切手の交付、銀行振込等の裏付けのない支出
ア 当事者の主張
弁護人らは、小切手等の末野興産等が支出したことを裏付ける証拠がないものは、被告人甲野の自己資金が使われた部分もあって、末野興産の資金が使われていない疑いがあるから、これを被告人甲野の所得と認定するのは相当でないと主張する。
これに対し、検察官は、黒色皮製カバン(以下、単に「黒鞄」ともいう。)の中に印鑑や印鑑登録カード等とともに、常時、末野興産が賃借人から受け取る家賃収入や保証金等として集金するなどした数千万円の金を入れて保管し、この中から被告人甲野が所要の支払いのための現金を支払ったものであると反論する。
イ 黒色皮製カバンに関する供述の信用性
被告人甲野は、検察官に対し、「自分個人の現金は、財布の中に五〇万円ないし六〇万円を入れていただけであるが、黒鞄の中に印鑑や印鑑登録カードとともに、常時、末野興産が賃借人から受け取る家賃収入や保証金等として集金するなどした数千万円を入れて保管しており、自分が帰宅するときに、Aにこのカバンを預けて保管させていた。自分がこの黒鞄の中から自己の支払いのために現金を出して支払った。」旨供述していたが、第四一ないし四三回公判期日及び当公判廷において、黒鞄にはそもそも現金等入っていないとこれを否認する供述に転じたので、右各供述の信用性を検討する。
なるほど、黒鞄に入れていたのは現金だけではなく、その中に入る現金の量には限界があること、黒鞄に常時数千万円を入れておく必要があるのか疑問の余地がないではないこと、黒鞄に在中の現金が末野興産に帰属するとしながら、被告人甲野以外の末野興産の役員や従業員が必要な場合に黒鞄から現金を出し入れしていたのをうかがわせる証拠がないこと、Aや被告人丁谷の後記公判供述との対比等に照らすと、被告人甲野の検察官に対する右供述の信用性に全く問題がないわけではない。
しかしながら、前掲関係各証拠のほか、押収してある黒色皮製カバン一個(平成九年押第八一一号の二)、同赤色布袋一袋(同号の三)、黒色クリアーブック一冊(同号の四)、黒色皮ケース入り印章一本(同号の五)、木製角印一本(同号の六)、木製印章一八本(同号の七ないし二一及び二九ないし三一)、アイボリー色印章五本(同号の二二、二四ないし二七)、木製小判型印章一本(同号の二三)、黒色印章一本(同号の二八)、A作成の任意提出書(甲八一一)、検察官作成の領置調書(甲八一二)、領置目録謄本(弁一〇八)及び弁護人作成の写真撮影報告書(弁一一六)によれば、黒鞄の中には、常時、印章約三四本、角印一本、ゴム印一個、グレー布袋及び赤布袋各一袋、印鑑登録証八枚、カード一〇枚、証明申請書在中の封筒三袋、内容物のないクリアーブック一綴程度の内容物が入っていたと認められるところ(さらに、被告人甲野は、右クリアーブックには在中物があったが、検察庁に任意出頭する直前に、そのクリアーブックから書類を抜き出し、別のクリアーブックに移し替えて末野興産の経理部従業員に渡した旨供述するが、被告人甲野を迎えに来た警察官から同行を求められ、時間的余裕がない状況下に、わざわざクリアーブックの書類を移し替える自体不自然で、この点の供述は信用することができない。)、右のような在中物が入っていた状態でも、多少窮屈ではあるが、約二〇〇〇万円ほどの現金を入れることが可能である。これに加え、被告人も述べるように、黒鞄には権利証等の重要書類や実印を入れて金庫の如く使っており、その中に大切な現金を入れていたとしても不思議ではないこと、被告人甲野による一回当たりの現金による支払いが一〇〇〇万円を超えるものはわずかであること(その中でも一二七〇万円が最高額である。)を併せ考えると、「数」千万円の「数」をどのように解するかはともかく、多額の現金を黒鞄に入れていたという被告人甲野の検察官に対する供述は、不自然であるとはいえず、相応の信用性があるということができる。
ところで、黒鞄の在中物に関し、Aは、第四四回及び第四五回公判期日並びに当公判廷において、被告人甲野から同被告人が帰宅するに際し、黒鞄を翌朝まで預かっていたが、その中には、書類、印章類等だけで現金が入っていたことはない旨述べ、また、被告人丁谷も第四四回公判期日にこれと同趣旨の供述をする。なるほど、これらの供述を覆すに足りる客観的証拠はないが、A及び被告人丁谷は、いずれも末野興産の重役として被告人甲野の恩顧を受けていた者で、被告人甲野に不利な供述をなしうる立場にはなく、被告人甲野の主張を知るや、被告人甲野に迎合した供述をした可能性を否定できないのであって、Aらの右供述は、被告人甲野の供述の信用性を左右するものとは考えられない。
それよりもむしろ、被告人甲野の供述経過をみるに、前掲関係各証拠によれば、被告人甲野は、所得税法違反の捜査の中で個人的用途に費消したか否かの峻別のための取調べを受けた際、個人的用途に費消した金員のうち、その原資が明確でないものについて、被告人甲野自らが進んで検察官に対し黒鞄の中の現金を支払いに充てた旨説明していたことが認められるが、検察官からあらかじめ脱税額となる数字を示されて妥協の上、本件起訴分の脱税を認めたが、領収書等の裏付けのない部分の説明のために、黒鞄を出したなどと不合理な説明をするのみで、公判で自ら進んでかかる供述をするに至った合理的理由を説明できていない。しかも、被告人甲野は、捜査段階で個人の資金を出したことを明確に述べておらず、公判の、それも最終段階になって初めて、自分の個人財産を支出に充てた旨強弁するようになったこと、前述のとおり、自宅に多額の現金を置いていたという被告人甲野の前記公判供述が信用性に乏しいこと等を併せ考えると、黒鞄の中に現金が存在していなかったとの被告人甲野の右公判供述は信用性に乏しいといわざるを得ない。
以上によると、黒鞄に関する被告人甲野の供述については、公判供述よりも検察官に対する供述の方が相対的に信用性が高いということができる。
ウ 支出の原資
以上の黒鞄に関する被告人甲野の供述の信用性のほか、前記第四の二の1の(一)及び(二)の検討(認定事実)、とりわけ、少なくとも平成三年度以降は、裏金の存在がうかがわれないではないとはいえ、被告人甲野個人の保有していた巨額の資金が底をついていた可能性が高く、被告人甲野が個人的用途のためにした、あるいは被告人甲野の個人的用途のためにした支出は、原資としては末野興産の財産が用いられたものであると推認できないではないこと、被告人甲野自身も捜査段階においては(大蔵事務官に対しても検察官に対しても)自ら進んで末野興産等に帰属する現金を自らの用途のために費消したこと自体認めていたこと、取調べの段階で被告人甲野の個人的用途に費消された支出の原資についてBや被告人甲野に確認を求めるなど十分に峻別する作業がなされ、かなりの部分を個人の資産から支出したとしてほ脱額から除外された形跡があること、被告人甲野は、平成八年八月七日に平成三年分ないし平成七年分の所得税につき、本件公訴事実の内容に沿った修正申告書を提出するとともに、第二回公判期日における罪状認否でもこれを認める旨の陳述をしたこと等にかんがみると、実際に被告人甲野が末野興産の家賃収入等を入れた黒鞄から現金を出してこれを支出していたかはさておき、末野興産等から被告人甲野のために何らかの形で現金の出金がなされ(なお、末野興産では被告人甲野に対する仮払処理が多かった。)、これが被告人甲野の個人的用途のために費消されたことについては、合理的な疑いをいれない程度の証明があったということができる。
なお、弁護人らは、問題のある支出の一例として、財団法人日米医学医療交流財団に対する二〇〇万円の寄付、千里阪急ホテルへの宿泊代金の支払いについては、被告人甲野個人がなしたものであると主張するので付言するに、なるほど、弁護人らが指摘するとおり、末野興産等が支払ったのを明確に裏付ける証拠はない上、被告人甲野やBが捜査段階において寄付や宿泊代金の支払方法を具体的かつ詳細に述べていない。しかしながら、この点について、被告人甲野の個人財産から支出したと明確に述べるBの供述は、前述したとおり、信用性に乏しいものといわざるを得ず、しかも、これらの支出につき、被告人甲野は、捜査段階において、末野興産の資金で支払った趣旨の供述をし、この信用性を減殺するに足りる証拠はないから、結局、これらの支出も被告人甲野が末野興産から現金を引き出し、この支払いに充てたと認めるのが相当である。
2 被告人甲野が末野興産から得ていた収入の性質
まず、被告人甲野が末野興産から得ていた前記収入が給与所得に該当するかについて検討するに、給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与にかかる所得をいい(所得税法二八条一項)、通常は、会社の役員報酬もこれに含まれるが、実際の所得が給与所得に該当するか否かの判断に際しては、給与所得が雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の提供の対価として使用者から受ける給付であるから、使用者(給与支払者)との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されたものであるかが重視されなければならない。
前記第四の二の1の認定事実、とりわけ、被告人甲野は、末野興産にすべてを捧げ、自分一人が末野興産に相当の出資をしていたこともあって、末野興産と甲野個人とを一体のものと考え、末野興産等から自分が欲しいときに自由に資金を引き出していたこと、末野興産は、実質的には被告人甲野の個人商店の体をなすなど被告人甲野の一人会社であって、経営権はもとより役員や従業員の人事権を掌握し、役員や従業員の給与等の勤務条件を自らの一存で決定するなど、これらの者を自己の意のままに動かす関係にあったこと等に照らすと、被告人甲野は、末野興産等による拘束を受けて労務を提供する関係にはなく、正当な労務の対価たる性質を有する給与所得と認めることはできない。
また、弁護人らも指摘するとおり、被告人乙川の役員報酬額が被告人甲野が確定申告した報酬額(月額一七〇万)を上回っていたこと、被告人甲野が毎日早朝から深夜まで末野興産のために奔走し、就労時間が極めて長かったとみられること等からすると、一面において、仮に被告人甲野が月額五〇〇万円程度の報酬を受けていたとしても不思議ではないと考えられないではない。しかしながら、取締役の報酬は、定款の定めがなければ、株主総会の決議(実質的にはオーナーである被告人甲野が決定権を有していたと考えられる。)を経なければならないが、株主総会が開催された形跡がない上、被告人甲野も自らの報酬額(定期定額のもの)を決定しておらず、自分が欲しいときに欲しいだけの金額を受け取っていたのであって、仮にこれを取締役の報酬と考えると、法律上禁止されていたお手盛りというほかなく、正当な支出とはいえないものである。もっとも、被告人甲野が確定申告で右のとおり報酬額を月額合計一七〇万円と申告していたが、末野興産等の決算書類に右金額が記載されたことをも併せ考えると、税務手続上、確定申告された報酬額の限度で、役員報酬として適法な支出であったと認めることができる。
以上によると、末野興産等の被告人甲野に対する支出は、被告人甲野が確定申告に表した報酬額に相当する金額を超える部分については、適法かつ正当な手続きを経ることのない違法な出資金の払い戻し(見方によっては、末野興産に対する公私混同による横領の疑いすらあるといえなくもない。)と評価するのが相当である。
また、被告人甲野が受けた右所得は、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しないのは明らかであるから、結局、被告人甲野が末野興産等から得ていた所得は、雑所得というべきであって、これを給与所得とする弁護人らの主張は、理由がなく採用することができない。
3 被告人甲野のほ脱金額
(一) 末野興産等による被告人甲野のための支出の合計金額
前記第四の二の1の検討の結果、本件公訴事実のうち、被告人甲野の個人財産により支出されたという合理的な疑いのあるものは認められず、検察官主張のとおり、平成三年度ないし平成七年度の五年間に領収書等の裏付けのないものを含めて合計三億一一九一万一六六三円が末野興産等から被告人甲野のために支出されたことが認められる。
(二) 末野興産等の経費と評価できる支出の有無
ほ脱金額の算定に関連して、弁護人らは、まず、これらの支出のうち、末野興産関連の贈答品(接待交際費・福利厚生費)の可能性があり、これは末野興産の経費というべきであるから、これを被告人甲野の所得から控除すべきであると主張し、被告人甲野や被告人乙川も、公判期日において、テーラー古川や吉田洋服店では役員や従業員が背広をあつらえてもらっていたし、また、ミラショーンロイヤル店で購入した衣料品のサイズでも被告人甲野のサイズ以外の物もあって、従業員らの福利厚生や贈答のために費消されたものも少なくないなどと、右主張に沿う供述をする。
なるほど、弁護人も指摘するとおり、ミラショーンロイヤル店において平成三年度に購入された衣料品は、かなりの点数にのぼり、その中で異なったサイズの衣料品が含まれていたり、品番や色番号が同一のものがあったり、被告人甲野の体格に合わない可能性がある物が含まれていたりして、純粋にこれらの全部が被告人甲野個人が着用するためでない可能性もないではない。しかしながら、被告人甲野は、捜査段階において、テーラー古川で作った背広等の衣料品については、すべて自己が着用するためであること、テーラー古川で背広等をオーダーしなくなってからは、吉田洋服店を利用するようになったが、同店では自分やGのために背広やワイシャツ等を作ってもらったこと、吉田洋服店では被告人大阪土地建物の従業員も背広等を作ってもらったが、業務に関係ないとして従業員が自ら代金を支払っていたこと、また、ミラショーンロイヤル店で購入したものについては、平成三年度に購入したものはすべて自己が着用するためであるし、平成六年に購入したコートは、当時交際していたHへの個人的なプレゼントのためであること(なお、被告人甲野は、アンロワイヤルやブティッククロで購入した衣料品については、自己又は家族のために購入したものであると供述する。)等と供述し、被告人乙川も、捜査段階において、テーラー古川で自分が着用するために作ってもらったことがあるが、背広等の代金は自分で支払っていたなどと供述し、右各公判供述と矛盾する供述をするところ、ミラショーンロイヤル店で購入した洋服については、前記のとおり、サイズ違い等があり、購入したすべての衣料品が被告人甲野自らが着用するために購入されたとするには疑問の余地があるとはいえ、他面、これらの衣料品に対する支払いを末野興産の資金で行っているが、帳簿上、交際費とか福利厚生費とかの科目で処理をしていた形跡がうかがわれないなど、末野興産の取引先等に対する贈答品等として使われたことをうかがわせる客観的証拠はないこと、被告人甲野に対する所得税法違反の捜査の過程で、被告人甲野及びBから、個人の資金を充てたものと末野興産関連の資金を充てたものの峻別作業を相当細かくかつ丁寧に行われ、かなりの部分で被告人甲野の個人的資金を充てたとの主張が容れられた形跡がうかがわれること等にかんがみると、結局、本件起訴にかかる衣料品等の購入の目的については、被告人甲野の個人のために費消されたものと認めるのが相当である。したがって、弁護人の右主張は理由がなく採用できない。
(三) 貸金の返済又は相殺と処理することの可否(被告人甲野の投資の性質)
さらに、被告人甲野が末野興産設立の際に約二〇〇億円の貸金を保有し、これを順次末野興産に投入した趣旨の供述をしており、弁護人らは、これを法的にみれば末野興産に対する貸付金と構成できるから、被告人甲野が末野興産から引き出して自己のために費消した分については、これと相殺処理又は貸金の返済と考え得る主張をしないではないので念のため検討する。
前述のとおり、末野興産の設立当時巨額の資金の存在自体認めざるを得ないとはいうものの、被告人甲野が末野興産に資金を投入した際にこれを借用書等の貸付金と扱っていたことを裏付ける客観的証拠はない上、どのような条件で貸し付けたのかも明確ではなく、被告人甲野自身、当公判廷で見返りを求めず末野興産に総てを投入したとの趣旨の供述をしていることを併せ考えると、そもそも被告人甲野において末野興産から確実に返還を受ける意思があったのか疑問があるから、被告人甲野が末野興産に投入した資金の性質を貸付金とするのは妥当でない。むしろ、被告人甲野の合理的意思解釈としては、末野興産に対する出資とするのが相当であって、当然、その返還を予定されている性質のものと認めることができないから、本件末野興産からの支出が相殺処理や貸金の返済と考えることはできず、弁護人らの右主張は理由がなく採用できない。
(四) 結論
以上によると、判示第四の一ないし五のとおり、被告人甲野が、平成三年度ないし平成七年度の五年間に雑所得を除外して所得税合計約一億五二八〇万五八〇〇円を免れたことが認められる。
(法令の適用)
一 被告人甲野について
被告人甲野の判示第一の一ないし一〇の各所為中公正証書原本不実記載の点はいずれも平成七年法律第九一号による改正前の刑法六〇条、一五七条一項に、同行使の点は同法六〇条、一五八条一項、一五七条一項に、判示第一の一一ないし一八の各所為中公正証書原本不実記載の点はいずれも右改正後の刑法六〇条、一五七条一項に、同行使の点は同法六〇条、一五八条一項、一五七条一項に、判示第二の一の1ないし9の各所為中公正証書原本不実記載の点はいずれも同法六〇条、一五七条一項に、同行使の点はいずれも同法六〇条、一五八条一項、一五七条一項に、強制執行妨害の点はいずれも同法六〇条、九六条の二に、判示第二の二及び三の各所為はいずれも包括して同法六〇条、九六条の二に、判示第三の一の1の所為は包括して同法六〇条、雇用保険法八三条一号、七条、八六条一項、同法施行規則六条一項に、判示第三の一の2の所為は包括して刑法六〇条、健康保険法八七条一号、八条、九一条、同法施行規則一〇条の二第一項、判示第三の一の3の所為は包括して刑法六〇条、厚生年金保険法一〇二条一項一号、二七条、一〇四条、平成八年一〇月三一日厚生省令第六〇号による改正前の同法施行規則一五条一項に、判示第三の二の所為は刑法六〇条、平成一〇年法律第一一二号による改正前の労働基準法一二〇条一号、八九条一項、一二一条一項、同法施行規則四九条一項に、判示第三の三の所為は毎月一〇日までの不納付ごとに刑法六〇条、所得税法二四〇条一項、一八三条一項、二四四条一項に、判示第四の一ないし五の各所為はいずれも同法二三八条一項にそれぞれ該当するところ、判示第一の一ないし一八の公正証書原本不実記載と同行使との間にはいずれも手段結果の関係があるので、刑法五四条一項後段、一〇条により、いずれも犯情の重い不実記載公正証書原本行使罪の刑で処断し、判示第二の一の1ないし9の公正証書原本不実記載と同行使との間には手段結果の関係があり、かつ公正証書原本不実記載と強制執行妨害及び不実記載公正証書原本行使と強制執行妨害は、それぞれ一個の行為が二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、後段、一〇条により、いずれも刑及び犯情の最も重い不実記載公正証書原本行使罪の刑で処断することとし、判示第三の一の1ないし3の所為は一個の行為が三個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の最も重い判示第三の一の1の罪の刑で処断することとし、判示第一の一ないし一九、第二の一の1ないし9、第二の二及び三並びに第三の一及び三については、各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、判示第四の一ないし五の各罪については、情状により所得税法二三八条一項及び二項を適用して所定の懲役と罰金とを併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第二の一の7の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条一項により右懲役刑と併科することとし、同条二項により判示第三の二及び判示第四の一ないし五の各罪所定の罰金の多額を合計し、その刑期及び金額の範囲内で被告人甲野を懲役四年及び罰金三五〇〇万円に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一二〇日を右懲役刑に算入し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一〇万円を一日に換算した期間被告人甲野を労役場に留置することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人乙川、被告人丙山及び被告人丁谷と連帯して負担させることとする。
二 被告人乙川について
被告人乙川の判示第一の一ないし三及び五ないし一〇の各所為中公正証書原本不実記載の点はいずれも平成七年法律第九一号による改正前の刑法六〇条、一五七条一項に、同行使の点は同法六〇条、一五八条一項、一五七条一項に、判示第一の一一ないし一八の各所為中公正証書原本不実記載の点はいずれも右改正後の刑法六〇条、一五七条一項に、同行使の点は同法六〇条、一五八条一項、一五七条一項に、判示第二の一の1ないし9の各所為中公正証書原本不実記載の点はいずれも同法六〇条、一五七条一項に、同行使の点はいずれも同法六〇条、一五八条一項、一五七条一項に、強制執行妨害の点はいずれも同法六〇条、九六条の二に、判示第二の二及び三の各所為はいずれも包括して同法六〇条、九六条の二に、判示第三の一の1の所為は包括して刑法六〇条、雇用保険法八三条一号、七条、八六条一項、同法施行規則六条一項に、判示第三の一の2の所為は包括して刑法六〇条、健康保険法八七条一号、八条、九一条、同法施行規則一〇条の二第一項、判示第三の一の3の所為は包括して刑法六〇条、厚生年金保険法一〇二条一項一号、二七条、一〇四条、平成八年一〇月三一日厚生省令第六〇号による改正前の同法施行規則一五条一項に、判示第三の二の所為は刑法六〇条、平成一〇年法律第一一二号による改正前の労働基準法一二〇条一号、八九条一項、一二一条一項、同法施行規則四九条一項に、判示第三の三の所為は毎月一〇日までの不納付ごとに刑法六〇条、所得税法二四〇条一項、一八三条一項、二四四条一項にそれぞれ該当するところ、判示第一の一ないし三及び五ないし一八の公正証書原本不実記載と同行使との間にはいずれも手段結果の関係があるので、刑法五四条一項後段、一〇条により、いずれも犯情の重い不実記載公正証書原本行使罪の刑で処断することとし、判示第二の一の1ないし9の公正証書原本不実記載と同行使との間には手段結果の関係があり、かつ公正証書原本不実記載と強制執行妨害及び不実記載公正証書原本行使と強制執行妨害は、それぞれ一個の行為が二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、後段、一〇条により、いずれも刑及び犯情の最も重い不実記載公正証書原本行使罪の刑で所断することとし、判示第三の一の1ないし3の所為は一個の行為が三個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の最も重い判示第三の一の1の罪の刑で処断することとし、判示第一の一ないし三及び五ないし一八、第二の一の1ないし9、第二の二及び三並びに第三の一及び三については、各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第二の一の7の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条一項により右懲役刑と併科することとし、その刑期及び所定金額の範囲内で被告人乙川を懲役三年及び罰金三〇万円に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一二〇日を右懲役刑に算入し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一万円を一日に換算した期間被告人乙川を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判が確定した日から四年間右懲役刑の執行を猶予し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人甲野、被告人丙山及び被告人丁谷と連帯して負担させることとする。
三 被告人丙山について
被告人丙山の判示第一の一及び三ないし九の各所為中公正証書原本不実記載の点はいずれも平成七年法律第九一号による改正前の刑法六〇条、一五七条一項に、同行使の点は同法六〇条、一五八条一項、一五七条一項に、判示第一の一一ないし一八の各所為中公正証書原本不実記載の点はいずれも右改正後の刑法六〇条、一五七条一項に、同行使の点は同法六〇条、一五八条一項、一五七条一項に、判示第二の一の1ないし9の各所為中公正証書原本不実記載の点はいずれも同法六〇条、一五七条一項に、同行使の点はいずれも同法六〇条、一五八条一項に、強制執行妨害の点はいずれも同法六〇条、九六条の二にそれぞれ該当するところ、判示第一の一の三ないし九及び一一ないし一八の公正証書原本不実記載と同行使との間にはいずれも手段結果の関係があるので、刑法五四条一項後段、一〇条により、いずれも犯情の重い不実記載公正証書原本行使罪の刑で処断することとし、判示第二の一の1ないし9の公正証書原本不実記載と同行使との間には手段結果の関係があり、かつ公正証書原本不実記載と強制執行妨害及び不実記載公正証書原本行使と強制執行妨害は、それぞれ一個の行為が二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、後段、一〇条により、いずれも刑及び犯情の最も重い不実記載公正証書原本行使罪の刑で処断することとし、各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い右第二の一の7の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人丙山を懲役二年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判が確定した日から四年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人甲野、被告人乙川及び被告人丁谷と連帯して負担させることとする。
四 被告人丁谷について
被告人丁谷の判示第一の一ないし一〇の各所為中公正証書原本不実記載の点はいずれも平成七年法律第九一号による改正前の刑法六〇条、一五七条一項に、同行使の点は同法六〇条、一五八条一項、一五七条一項に、判示第一の一一ないし一八の各所為中公正証書原本不実記載の点はいずれも右改正後の刑法六〇条、一五七条一項に、同行使の点は同法六〇条、一五八条一項、一五七条一項に、判示第二の二及び三の各行為はいずれも包括して同法六〇条、九六条の二にそれぞれ該当するところ、判示第一の一ないし一八の公正証書原本不実記載と同行使との間にはいずれも手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により、いずれも犯情の重い不実記載公正証書原本行使罪の刑で処断することとし、各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第一の一八の罪の刑に法定加重をした刑期の範囲内で、被告人丁谷を懲役二年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判が確定した日から四年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人甲野、被告人乙川及び被告人丙山と連帯して負担させることとする。
五 被告人大阪土地建物について
被告人大阪土地建物の判示第三の一の1の所為は包括して雇用保険法八三条一号、七条、八六条一項、同法施行規則六条一項に、判示第三の一の2の所為は包括して健康保険法八七条一号、八条、九一条、同法施行規則一〇条の二第一項、判示第三の一の3の所為は包括して厚生年金保険法一〇二条一項一号、二七条、一〇四条、平成八年一〇月三一日厚生省令第六〇号による改正前の同法施行規則一五条一項に、判示第三の二の所為は平成一〇年法一一二号による改正前の労働基準法一二〇条一号、八九条一項、一二一条一項、同法施行規則四九条一項に、判示第三の三の所為は毎月一〇日までの不納付ごとに所得税法二四〇条一項、一八三条一項、二四四条一項に、それぞれ該当するところ、判示第三の一の1ないし3の所為は一個の行為が三個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の最も重い判示第三の一の1罪の刑で処断することとし、判示第三の三の各罪については、情状により所得税法二四〇条二項を適用することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により合算した金額の範囲内で被告人大阪土地建物を罰金二億円に処することとする。
(量刑の理由)
第一 本件各犯行に関連する量刑の事情
一 犯罪事実の概要
本件は、判示のとおり、旧住専の大口債務者である末野興産の代表取締役社長であった被告人甲野、末野興産代表取締役副社長であった被告人乙川、関連会社であるコメダコーポレーションの代表取締役等であった被告人丙山及び末野興産の常務取締役であった被告丁谷が、共謀の上、違法無効な「見せ金」を利用するなどし、一〇社については法的に会社そのものが不存在と評価される状況にあったにもかかわらず実体のある会社の如く装って商業登記簿に不実の記載をさせ、また八社については発行済株式総数等の登記事項の一部について不実の記載をさせた上、登記所にこれらを備え付けて行使したという公正証書原本不実記載及び同行使の事件が一八件(なお、被告人乙川が関与したのは一七件、被告人丙山が関与したのは一六件である。)、被告人甲野、被告人乙川及び被告人丙山が、共謀の上、債権者の強制執行を免れる目的で、末野興産が所有する不動産(土地及びその地上の建物、土地のみ又は建物のみ)九物件を末野興産の関連会社に仮装譲渡するなどし、権利移転等の登記を経由したという強制執行妨害、公正証書原本不実記載及び同行使の事件が九件、被告人甲野、被告人乙川及び被告人丁谷が、共謀の上、強制執行を免れる目的で、約五二億円にものぼる定期預金を解約した上、別の関連会社の名義で分散させて預け入れるとともに、約二二二億円相当の割引債を隠匿したという強制執行妨害の事件が各一件、被告人甲野及び被告人乙川が、共謀の上、末野興産の関連会社である被告人大阪土地建物の業務に関し、同被告人会社の実質的な経営者として、多数の従業員を雇用しながら、各種社会保険に加入させないこととし、新たに従業員を雇用しても、監督官庁に対する届出や報告をせず、かつ就業規則を作成しなかった上、給与の支払の際にも源泉所得税を徴収納付しなかったという雇用保険法違反、健康保険法違反、厚生年金保険法違反、労働基準法違反及び所得税法違反の各事件並びに被告人甲野が平成三年度ないし七年度の五年間にわたり末野興産その他関連会社から資金を引き出すなどして得た雑所得を除外して約一億五〇〇〇万円をほ脱したという所得税法違反の事件である。
二 「見せ金」等による一八社の株式会社の設立
被告人甲野らは、末野興産を中心とした会社経営をし、その経営規模を拡大させる中、平成五年一月から平成七年一二月までの間に、次々と「見せ金」を利用して株式会社を設立し、商業登記簿に実体と異なる記載をさせるなどしたが、その中には、形式的な名義の帰属会社にしたり、あるいは末野興産等の所有する不動産の仮装譲渡等の受け皿会社としたりするためだけに設立登記がなされた実体のない株式会社も少なくない。なるほど、「見せ金」による株式会社の設立が社会で行われていることは否定できないとはいえ、「見せ金」により違法に設立された株式会社の合計が起訴されただけでも一八社にのぼり、本件以前にも「見せ金」による株式会社の設立がなされていた形跡がうかがわれることも併せ考えると、常習的に商業登記簿の記載と異なる株式会社を設立していたといえる上、これら各犯行にかかるものは、資本の充実を欠く資本金の額が高く、その規模も大きいのであって、その態様は悪質である。また、これらの各犯行は、資本の充実を都合良く解するなど自己本位な発想に基づいてなされたものであるところ、資産隠しに悪用したり、税金対策などの違法あるいは脱法的な目的で利用したりすることを予定して設立した株式会社も多く、本件の株式会社の設立の動機は非難に値する。さらに、これらの各犯行が資本金の多額な会社があっても直ちにこれを信用できないということを社会に示したともいえ、登記制度や株式会社制度に寄せる社会の信頼を大きく損ねたのであるから、その違法性は大きく、「見せ金」による会社の設立が社会でときとして見受けられる実情を考慮に入れてもなお、本件各会社にかかる不実の登記及びその行使は、全体としてみれば、可罰性が強く、なかんずく、会社自体が不存在と評価される一〇社については可罰性が特に強いといわざるを得ない。
他方、被告人甲野らは、不実の登記を行うことに関する法の理解が不十分で、「見せ金」による株式会社の設立が社会でときとして見受けられ、司法書士も手続をしてくれること等もあって、それほど悪いことではないと思っていた面もあり、また、資本の充実に関しても、必要なときがくれば末野興産グループ会社で保有する資金から補充すればよいと安易に考えていた面もないではないなど、必ずしも違法性の意識が強かったということができない。また、大正地所、南地所等のあるかじめ資産隠しに使われることを予定して設立され、債権者らを現実に害した会社もあるとはいえ、本件各会社の中で実際に事業活動をしていた会社もないではないし、後に末野興産グループ会社から資金の補充があり、事後的には資本の充実を図られ、債権者らの実害を及ぼしていない会社も一部には存在していたことが認められる。さらに、現在、本件により「見せ金」によって設立された株式会社は、ある程度実体があったものも含め、すべて精算の手続がとられ、解散して消滅し、違法状態が解消されている。
三 資産隠しによる強制執行妨害
1 本件資産隠しに至る経緯及び動機
被告人甲野らは、判示の「犯行に至る経緯」に認定したとおり、主要なものだけで二〇〇を超える不動産を取得するまでに事業規模を拡大し、いわゆるバブル経済の絶頂期には金融機関及び旧住専等のノンバンクも競争するように無計画にも思えるような融資を繰り返し、その結果、借入先は六〇社を超え、借入残高合計は約六〇〇〇億円もの巨額に上り、年間で四〇〇ないし四五〇億円を元本返済分及び利息分として支払う必要があったのに加え、建築中のビルの建築工事請負代金約五〇〇億円の支払いが必要となる事態に至っていた。そして、平成二年三月二七日のいわゆる総量規制の示達等の政策がとられたこと等から、バブル経済が急速に崩壊していったところ、被告人甲野らは、不動産市況の将来について楽観的な見方をし、いずれ不動産市況も持ち直すであろうとの甘い予測のもと、末野興産の資産を維持し、将来に備えて資産を保有する一方、債権者の支払については利息など一定の支払いはするものの、元本等の支払の猶予を求めるなど方策で乗り切りを図ろうとしていた。ところが、その後、バブル経済の崩壊が予想以上に進みかつ深刻になり、それにともなって不動産の価格が下落するとともに、賃貸ビルの賃料収入等が減少し、不動産不況と呼ばれる状況に至った。被告人甲野らは、末野興産で多額の定期預金等を保有しながら、資金繰りがつかないなどとして、右建築工事請負代金以外の支払いをほとんどしなくなり、そのため、借入残高はわずかしか減少しなかった。そして、金融機関の抱える膨大な不良債権が表面化し、平成七年八月には、旧住専から末野興産への多額の貸付けが不良債権化しているとの報道もなされ、末野興産の資産内容、債権債務の状況等が社会の耳目を集めるようになっていき、債権者らの追及が厳しくなる中、被告人甲野らは、債務超過の状態にあり、倒産の危機に瀕していた末野興産を生き延びさせることとし、強制執行を免れ、資産を確保するために本件九物件を仮装譲渡するなどし、預金を隠匿し、割引債を隠すという各犯行に及んだものである。
以上の経緯から明らかなように本件資産隠しの動機は、瀕死の状態にあった末野興産を倒産させずに生き残らせるという利己的なもので、非難に値するものであるとはいえ、バブル経済の崩壊というその当時の経済人らの予測を大きく超える経済変動の流れの中で、被告人甲野らがそれまで全身全霊を傾けた会社を潰したくないという思いが根底にあり、その心情そのものは理解できなくもない。また、預金や割引債といった流動資産を隠匿するなどしたことは、一面では、末野興産が貸しビル業を営む上で保証金の返還や修繕費用に見合うだけの多くの資金を常時確保しておかなければならないとの考えもなかったわけではなく、純然たる自己の利益だけで資産隠しをしたと断じることもできない。
2 不動産の仮装譲渡等による強制執行妨害等
不動産の仮装譲渡等は、合計九件に及び、いずれも収益性の高いものや立地条件の良いものを選んだ上で担保権者や差押権利者等と交渉し、被担保債権額を大幅に下回る金額で担保権等を解除してもらって資産を確保したものである。仮装譲渡等にかかる不動産は、その譲渡金額だけをみても九件を合わせると一三四億四五〇〇万円にものぼる大きなものであるところ、資産隠しの態様は、仮装譲渡先の会社が末野興産とは全く関係ないように見せかけるために、新たに「見せ金」により末野興産のダミー会社を設立するなどした上で、その事情を秘して末野興産とは全く関係の無い会社の如く装って所有名義を移転し、さらに、そのうち七件については別のダミー会社を債権者及び担保権者として介入させ、譲渡価格を超える債権額を被担保債権とする根抵当権を設定し、その旨の仮登記までして強制執行をし難くしているのであって、これらの不動産に対し債権者から強制執行を受けないようにする態様は、大規模で、極めて用意周到かつ巧妙であり、妨害の程度は極めて強く、悪質であるといわざるを得ない。また、一般債権者にとって担保価値の高い不動産の仮装譲渡等をされたことによって受けた影響は大きく、その手段の中で不動産登記制度が濫用されており、登記制度や民事執行制度に対する社会の信頼を大きく揺るがすなどの社会的影響も極めて大きいことも併せ考慮すれば、被告人甲野らの不動産の仮装譲渡等の犯行は極めて重大で、その責任は重い。
他方、本件仮装譲渡にかかる各不動産は、譲渡当時価値が下がっていたこと等から根抵当権等の担保権が過大についており、実質的にはいわゆる担保割れの状態にあったことが明らかであるところ、その意味では一般債権者にとってみれば、これらの不動産に強制執行をかけるなどしても債権を回収するのは極めて困難な状況にあったし、また担保権を設定していた債権者にとってみても、本件仮装譲渡等によって、債権の一部回収を果たすことができ、その後の不動産市場の不況や末野興産の倒産といった事態を併せ考えると、一面では担保権者たる債権者も相応の利益を得たといえ、不動産のみの財産価値を基準に考えると、その仮装譲渡等の債権者に対する実質的な詐害性はなかったとみる余地もないではない(もっとも、別の見地からすれば、それまで隠していた預金を、担保の負担がなく、末野興産と全く関係のないように装った第三者の所有名義の不動産に形を変えて債権者の強制執行を困難としたという面があり、それが新たに債権者を害することになったということができる。)。また、債権者に対する詐害性との関連でいえば、担保権者たる債権者が本件九物件の仮装譲渡等を認識しつつ、末野興産側の任意売却に応じた疑いを払拭できない上、そもそもが旧住専等の債権者が、末野興産の返済能力や返済計画の実現可能性を十分検討することなく、巨額の融資を繰り返していたのであって、本件に至る経緯の一部には債権者の社会的道義的責任が存することは否定できず、この意味で被告人甲野らのみを非難の対象とするのは妥当性を欠くことも否定できない。これに加えて、本件九物件については、平成八年九月九日に旧住専の総合住金株式会社による処分禁止の仮処分がなされた後、末野興産の破産宣告がなされ、末野興産破産管財人と被告人甲野らとの間で話し合いを経て、平成九年二月二〇日から同年三月三一日までの間に錯誤を原因として所有名義を末野興産名義に移転するとともに、根抵当権設定仮登記が経由されていたものは、放棄を原因として抹消されるなどの原状回復の措置がとられ、末野興産の破産管財人(後の更生管財人)の管理に移され、管財人の管理の下、その賃料等が債権者らに対する配当の原資となっているなどの有利な事情も認められる。
なお、弁護人らは、不動産の仮装譲渡等に関連し、公正証書原本不実記載及び同行使の罪は、強制執行妨害罪の手段として起訴されており、手段である公正証書原本不実記載及び同行使罪の法定刑が懲役五年以下で、強制執行妨害罪が懲役二年以下であるから、目的とされる犯罪である強制執行妨害罪の懲役二年(併合罪加重されても懲役三年)以下で処断すべきであると主張する。しかしながら、本件仮装譲渡等の場合、仮装譲渡等とされる主な行為が、権利の移転等がないのに、これがあるかのような不実の登記をなすこと等にあり、基本的かつ重要な部分につき重なり合うものと評価することができるから、観念的競合となると解すべきであって、弁護人らの右主張は、前提を欠き、失当であるといわざるを得ないが、弁護人らの主張する趣旨は広く観念的競合になる場合にも当てはまるとも解されるので、念のため、一般論として弁護人らの主張が妥当するか否か検討することとする。目的とされる罪の方が重い場合が多く、その結果、目的とされる犯罪の限度で処罰されるのが一般的ではあるが、法に触れる目的でないことのために犯罪が行われることもあり、その場合には、手段自体の犯罪性をもとに量刑がなされ、手段たる犯罪自体の重さに対応して処罰することに何らの問題はなく、目的たる犯罪の重さにとらわれずに、とられた手段を基礎として処断刑を割り出しその範囲内で事案に応じた適正な量刑をなすべきであって、これはそもそも法が予定しているということができる。してみると、処断刑の上限を念頭において、なされた犯罪の諸情状を総合考慮して量刑することに何ら問題はなく、弁護人らの主張するような目的とされた犯罪の法定刑の範囲内で量刑をしなければならないいわれはない。よって、弁護人の主張は量刑を考慮する上で実質的に考慮しなくてはならない場合もあることを指摘する範囲内では理由がないわけではないが、一般論としてこれを採用することはできない。
3 定期預金の隠匿による強制執行妨害
本件定期預金の隠匿は、木津信組の業務停止等に関する報道がなされ、多額の末野興産関連の定期預金の存在が取り沙汰される中、債権者にその預金の存在が明確になれば強制執行がなされた財産が散逸することをさけるためになされたものであるが、本件起訴にかかる金額の総額が約五二億円相当と極めて多額であり、その隠匿の態様も、解約した定期預金の名義人とは別個の会社を利用し、その名義で定期預金をし、あるいは別の一一箇所の金融機関に新規の預金口座を開設した上で普通預金として預け入れて財産を隠したものであり、しかも、新たに名義人移転先となった会社が、いわゆる休眠会社で、他からは末野興産の関連会社とはみられていなかった会社である上、預金先も多くの都市銀行等に分散するなど、一般債権者の強制執行を害することが甚だしく、これも規模が大きく極めて巧妙で、悪質であるといわざるを得ない。
他方、本件預金を含む定期預金等の預金については、平成八年八月一二日から同年一〇月七日までの間、前後九回にわたり、日住金等が末野興産及びその関連会社名義のすべての預金等に仮差押等を行って保全していたところ、末野興産の破産宣告後、末野興産の破産管財人と被告人甲野らの話し合いの結果、合計六八七億四〇〇万円の預金を右管財人が回収し、財団に組み入れるなどの原状回復の措置がとられた。
4 割引債の隠匿による強制執行妨害
一般債権者からの預金に対する強制執行が予想される中、被告人甲野らが順次預金を解約し、一般債権者から発覚されにくい無記名の割引債をその総額が二二二億円余に達するまで購入した上、それを決算報告書から除外し、仮名で借りた貸金庫に隠し入れて保管して隠匿し、一般債権者の強制執行を妨害し続ける一方、大口債権者から決算報告書等の資産内容に関する資料の提出を拒み、国税局の査察官にその存在を察知されるや貸金庫から持ち出してホテル等に隠すという隠匿行為も行っていたものであるが、隠匿にかかる本件割引債の総価格は極めて多額で、その隠匿方法も巧妙であるというほかなく、隠匿の期間も約五年もの長期間に及ぶなど、一般債権者の強制執行を妨害した規模及び程度は悪質であるといわざるを得ない。
他方、本件割引債は、被告人甲野の指示のもと大阪国税局に任意に提出され、差し押さえられた後に還付され、その後、換金されて保管されていたところ、その全額(本件犯行時には償還金が約二二〇億円存したが、相殺等によって平成八年八月九日現在、約一七三億八六三三万余りとなっていた)が株式会社住総によって差押えられ、転付命令を得て取得されてしまった。その一方で、同年九月二五日に、旧住専側で末野興産の保有していた約七六億七四〇〇万円相当の保証小切手も回収されていたことがあったが、末野興産の破産宣告後、末野興産の破産管財人が株式会社住宅金融債権管理機構(以下、「住管機構」という。)に対して、これらについて併せて否認権を行使した上で破産財団への返還交渉を行い、その結果、住管機構に八五億円残し、一六五億円余りを右管財人に返還されることになったものであり、一部は債権者側の弁済にまわされたものの、多くの金員が末野興産に戻っており、相応の原状回復がなされたものと認められる。
四 労務管理等に関する各種法令違反及び源泉徴収義務違反
1 労務管理等に関する各種法令違反
被告人甲野らは、末野興産等の大規模で多くの系列会社をもつ株式会社を経営し、多くの従業員を抱えて従業員らのことも考えなければならない立場にありながら、被告人大阪土地建物の経営に関して、従業員らの就労、健康、退職後の生活保障等に関する重要な、かつ基本的な法律すら遵守しなかったものであり、企業経営者としての最低限遵守すべき労働関係法規を無視していた点だけを捉えても被告人甲野らの遵法精神の希薄さを看取することができるところ、被告人甲野らは、負担すべき保険料の一部を免れて経費を浮かせ不法な利得を得るとともに、手続の煩雑さを避けるという利己的な動機から、従業員らに各種保険に加入させないこととし、各種保険の届出義務を怠るとともに、従業員らを被告人甲野の意のままに働かすために、労働条件の基本に関する就業規則すらも定めなかったものであって、その動機は、自己中心的で酌むべきものはほとんどない。しかも、被告人甲野らが労働関係法規を遵守しなかったため、従業員らは、雇用保険、健康保険及び厚生年金保険に加入することができず、個人で国民健康保険や国民年金保険への加入を余儀なくされ、従業員及びその家族らを長期間不安定な状態にしたほか、従業員らに長時間労働を強いるなど、労働環境も決してよいものではなく、雇用労働者の権利利益を大きく損ったのは明らかであって、これらの犯行による結果も看過することができない。
他方、被告人大阪土地建物において採用等の機会に明確に社会保険に加入するかどうかの意思確認をしていたか必ずしも明らかではないが、被告人大阪土地建物の従業員らの中には、知識不足もあって、給与の手取額が多くなる、あるいは国民健康保険や国民年金等の代替手段があるという理由でこれもやむを得ないと考えて、さほど被害意識を持たない者も少なくなかったことも認められる。また、本件犯行後、被告人大阪土地建物において、労務管理の適正化が図られ、就業規則を定めるとともに、従業員らに対しても社会保険への加入手続がとられた上、社会保険料の徴収や源泉徴収等が行われるようになり、適法に労務管理等がなされるようになった。
2 源泉徴収義務違反
被告人大阪土地建物が従業員らから源泉徴収を行っていなかった点についても、未徴収及び未納付の金額が約六億円にものぼる大規模で悪質なものである上、従業員らに対し確定申告等の手続をしなければ、扶養控除等の恩恵を受けられないようにするなどし、従業員らの負担を押し付けるなど自己中心性もみられるところであり、大規模の事業経営者としては考えられないような基本的な法規を守らなかったものであり、これも強い非難に値する。
他方、検察官が、所得控除を全く考慮に入れずに計算し、平成五年一二月から平成七年一二月までの間に所得税として六億一九一万八五四四円を徴収しなかったなどとして訴追し、これが正当なものと是認することができるが、従業員らにおいて所得税の確定申告を行えば従業員が還付を受けられ、従業員の全員が手続をとれば約三億円弱程度の還付金が出ると推計されるのであって、実質的に侵害された国家の租税債権は、弁護人らも指摘するとおり、約三億円と評価することもでき、現にその手続が踏まれて還付されている。また、本件犯行後、末野興産において平成八年初頭に平成四年一月分から平成七年一二月分までの四八か月分の未納の源泉徴収税として約一〇億円(概算額)を納税し、国家の租税債権の侵害の回復がなされた(なお、これは、所得税法別表第二乙欄に基づき計算して納付したものであり、従業員の確定申告の結果、約三億九〇〇〇万円ほどの還付金が生じてもいる。)。
五 被告人甲野の所得税法違反
被告人甲野は、毎年確定申告をしていたが、その方式は、末野興産からの給料等を帳簿上支払われた金額に合わせて申告していたに過ぎず、実体を反映したものではなく、現実には、被告人甲野が自己の好むときに好むだけの金額を仮払金等の名目で末野興産等から引き出して費消していたものであり、自己が多額の資金を投入してきたこともあって、末野興産と末野個人とが別人格であることをないがしろにし、ある意味では末野興産を半ば私物化していたともいうことができる。また、ほ脱が長期間にわたり、被告人甲野が末野興産等の財産を自己のために費消したにもかかわらず、一定の収入だけをそれが過少であると認識しながら申告をなし、他はこれを自己の報酬として計上することをしなかったものであり、五年間のほ脱額は、合計一億五〇〇〇万円余りと極めて多額であって、被告人甲野自身の所得税法違反も悪質である。
他方、被告人甲野は、平成八年八月、判示第四の認定事実に沿った修正申告をなし、重加算税・延滞税を含めて総計二億三三二九万六七〇〇円の所得税を納付し(なお、これに市府民税として四九一一万二一〇〇円も納付し、その総計は二億八二四〇万八八〇〇円にものぼっている。)、被告人甲野の不正な利得を吐き出すとともに、国家の租税債権に対する侵害の回復がなされた。また、被告人甲野にとっては、末野興産グループ会社が不動産を取得する段階で自己の個人的な資金も投入した部分があり、それが一旦会社に帰属した以上、適正な手続を経ない限り個人的に費消できないことは明らかであるとはいえ、被告人甲野の意識としては、会社と個人との別人格性が明確になっておらず、被告人甲野と末野興産が一体であるとの思いがあって、金員としての同一性はないものの、いわば出資した金額を取り戻すような感覚で行動していた面もあり、このことはある意味で量刑上考慮に値する事情となるとも考えられる。
第二 その他の量刑の事情
一 末野興産の経営責任等
バブル経済の崩壊後、不動産相場の下落という予想していなかった事態があったとはいえ、被告人甲野らは、無計画に融資を受け続け、所有する不動産と負債とをともに無秩序的に増やして事業を拡大させ、その結果、バブル経済の崩壊に端を発した不動産不況や将来の予測の甘さもあって、末野興産が経営破綻に陥ったものであるが、被告人甲野ら経営陣の経営態度にも多大な問題があり、被告人甲野らには放漫経営として事実上その経営責任を追及されてもしかたのない面がある。また、旧住専問題が大きな社会問題となり、その大口借主として巨額の負債を負いながら、旧住専問題が重大な社会問題となる中で、自己の利益を追求するために、本件各犯行に及んだものであり、その社会的影響は、極めて大きく、被告人甲野らが強い社会的非難を受けるのもやむを得ない。
二 末野興産等の倒産
本件公訴提起後、末野興産グループ会社の多くの法人が破産宣告や清算の手続がとられ(そのうち、末野興産は、その後、会社更生手続の適用を受けている。)、末野興産等の財産を不十分ながらも債権者らのために配分する作業が行われている。
なお、この点に関し、弁護人らは、末野興産を任意整理した方が債権者らに対する配当率が高かったと予測され、任意整理に応じなかった住管機構が末野興産の破産等を選択したのは正しくなかった旨主張する。確かに、不動産の換価等の見地からして任意整理の方が有利であることは否定できない。しかし、その当時、末野興産が債務超過にあったのは顕著であったこと、いまだ末野興産における資産隠しが疑われている状況にあり、かつ末野興産の動向が社会の注目を集めていたこと等に照らすと、その後も不動産市況が回復しないこともあって、仮に債権者への配当の見通しが任意整理した場合よりも低く、結果的に債権者の債権回収の利益を害してしまう可能性を否定できないとしても、末野興産等に対し公的機関による清算の手続(破産や会社更生)が選択されたのもやむを得ないと評価できるから、弁護人の右主張は理由がない。
第三 被告人らの個別の事情
以上のとおり、本件各犯行の罪質、動機、態様及び結果をはじめ、末野興産の経営実態、社会的影響等の諸事情を検討したが、次に、被告人らのそれぞれの立場や役割、本件により得た利益の程度等の個別の情状についても概観した上で、被告人らの責任の程度を検討することとする。
一 被告人甲野
被告人甲野は、末野興産の代表取締役社長の地位にあり、末野興産グループ会社の統帥として、本件各犯行の全部に関与し、最終的責任者として指揮、命令し、被告人甲野の意思なくしては本件各犯行が成り立たないなど、本件各犯行の首謀者であることはいうまでもない。しかも、被告人甲野は、これらの一連の本件各犯行によって得た相当大きな利益をほぼ独占していたといっても過言ではなく、その刑事責任は最も重い。なるほど、これらの犯罪は、背任等という実質的な犯罪ではなく、その意味で相応の考慮を要するが、判示第一の「見せ金」等による株式会社の設立等にからむ公正証書原本不実記載及び同行使の犯罪にしろ、第二の一ないし三の各強制執行妨害等の犯罪にしろ、まれにみる規模の大きな犯罪であり、前記の有利な事情を十分考慮に入れても、やはり被告人甲野の責任は極めて重大であるといわなければならない。また、判示第三の労務管理等に関する法令違反は、被告人甲野の考え方が基本になって犯された犯罪で、多くの従業員らを抱える近代企業の経営者としては考えられない初歩的で基本的な法律を無視したものであり、法規範に対する被告人甲野の姿勢を示しているといえ、このような反規範的態度は非難されるべきである。さらに、判示第四の所得税法違反についても、被告人甲野による、被告人甲野の利益のための犯行であり、その刑事責任は決して軽くない。それゆえ、本件各犯行を総合した被告人甲野の刑事責任は、同種の資産隠しを中心とする事案の中でもひときわ重いものがあるといわざるを得ない。
他方、被告人甲野は、一部弁解めいた供述をするところもないわけではないが、基本的に本件各公訴事実を認め、本件各犯行に至ったことについて自己に全責任があると述べるなど、反省の態度を示している。また、本件各犯行にはそれぞれのところで論じた有利な事情も認められるし、原状の回復には相応の努力したことも認められる。被告人甲野は、裸一貫から自己の才覚と努力により巨大な富を築き、自己が心血を注いだ末野興産の事業規模を拡大し、一旦は不動産賃貸業者として成功を収めたかにみえたが、自己の無秩序な放漫経営があり、いわゆるバブル経済の崩壊の影響も受け、ある意味では自業自得とはいえ、自己が営々と築いてきた末野興産が倒産するに至り、関連会社を含め末野興産グループ会社を失うなどの経済的打撃を受け、更に被告人甲野個人や妻までも破産の憂き目に遭い、住んでいた邸宅を追われるなどし、人生のやり直しを迫られたほか、旧住専問題が世間の耳目を集める中、旧住専の大口債務者でありながら、債務を返済しないまま、自己の経営する末野興産の保身を図るために資産を隠していたとして、マスコミ等から厳しく非難されるなどの社会的制裁も受けている。さらに、被告人甲野は、椎間板ヘルニア、重症筋無力症という難病と診断された持病を有し、過去にも意識不明の状態に陥ったことがあるなど、健康状態に不安がつきまとっていること等の斟酌すべき事情も認められる。
二 被告人乙川について
被告人乙川は、末野興産の代表取締役副社長として、被告人甲野の片腕となって末野興産の経営に当たっていたが、本件各犯行(判示第一の四及び第四を除く)に際しては、いわゆる被告人甲野の懐刀、あるいは知恵袋として、被告人甲野に対する助言・進言、具体的な犯行内容の立案等にとどまらず、債権者との交渉に当たったり、部下に対して指示を発したりして積極的に関わるなど、不可欠かつ極めて重要な役割を果たしたものであって、被告人乙川の責任は、被告人甲野に次いで重く、重大なものがある。
他方、被告人乙川は、あくまでも被告人甲野に雇われていた者で、被告人甲野あっての被告人乙川であり、被告人甲野よりも年長者で番頭格にあったとはいいながら、最終的意思決定権があり、ワンマン社長であった被告人甲野の意には逆らうことができなかった面もある上、本件各犯行により被告人乙川が直接的利得を得たとまではいえない。むしろ、被告人乙川は、専ら自分が主人として慕う被告人甲野のために良かれと思って忠実に働いてきたとみることができるのであり、その意味で、被告人乙川の罪責は重大であるとはいえ、被告人甲野の刑責に比すれば相対的に軽く、被告人甲野が自ら責任をとるとしていることにもかんがみれば、量刑において相応の考慮ができる立場ということができる。しかも、被告人乙川は、公判において、種々弁解がましいことも述べているが、それは被告人甲野のことを思い、被告人甲野を悪くしないために供述しているとも解され、反省の情がないわけではないこと、本件犯行の最中の平成八年一月五日に長年連れ添った糟糠の妻を亡くす不幸に遭ったこと、その後、被告人乙川自身も破産宣告を受けるに至ったが、平成九年二月ころに現在の内妻と同居するようになり、末野興産時代と比較すれば、二人でつつましい生活を送っていること、被告人乙川は、老齢で、必ずしも健康状態が芳しいものではないこと等の酌むべき事情も認められる。
三 被告人丙山について
被告人丙山は、末野興産の役員ではないものの、その関連会社であるコメダコーポレーションの代表取締役等として、被告人甲野と親しく交際する中で、末野興産所有の不動産の仮装譲渡の受け皿会社の代表者となることで、不動産の仮装譲渡等に積極的に関与しているのであって、その役割の大きさを看過することはできない。また、「見せ金」で設立した本件一八社のうち、被告人丙山が経営する会社もいくつかあり、これらの会社の経営者として不当に利益を得ていた面も否定できず、単に被告人丙山が名前だけを貸して設立した会社が少なくないとはいえ、関与の度合いが大きなものもある。以上のほか、被告人丙山は、公判において、本件不動産の仮装譲渡の認識がなかったなどと弁解するなど、真摯な反省の情を示しているとはいえないこと等を併せ考えると、被告人丙山の責任には相当重いものがあるといわざるを得ない。
他方、被告人丙山は、本件九物件の仮装譲渡等の事前共謀に関わったとはいえ、その役割は、被告人甲野の依頼を受けて仮装譲渡の相手方会社の代表者の役を引き受けるなどしたという面が強く、本件不動産隠しに対する関与は、比較的従属的であったということができる。しかも、被告人丙山は、公判において、犯意や共謀の事実について一部不合理な弁解をしたとはいえ、自分が本件に関わったことについて反省していないわけではなく、基本的には事実を認め反省する態度を示していること、かなり深く関わっていたコメダコーポレーション、日新観光、ドリームの経営を断念せざるを得なくなったこと、本件各犯行後、自らも破産宣告を受けるなど、経済的にも大きな痛手を受けたほか、本件公判の途中に脳梗塞で倒れ、その後、右半身不全麻痺の不自由な身となり、後遺症が残り、健康状態も必ずしも芳しいものではないこと等の酌むべき事情も認められる。
四 被告人丁谷について
被告人甲野丁谷は、末野興産の経営担当取締役として、被告人甲野及び被告人乙川の指示に忠実に従い、本件の「見せ金」等による株式会社の設立並びに定期預金及び割引債の隠匿に関わり、主に事務的手続を担当したものである。被告人丁谷が自ら意思決定したことはなく、ほとんどが被告人甲野や被告人乙川の指示に従うという従属的立場にあったとはいえ、現実に手足となって実行行為を分担するなど、比較的重要な役割を果たしたのは明らかであって、被告人丁谷の責任にも重いものがある。
他方、被告人丁谷には、前科がなく、これまで真面目なサラリーマン人生を送り、末野興産に就職後、末野興産の経理担当取締役に就任することができたとはいえ、取締役としての裁量の範囲は狭く、上司である被告人乙川の指示に従って忠実に事務を執り行う立場に過ぎなかったものであり、右各犯行においては、実行行為の重要な部分を担当したが、被告人甲野や被告人乙川の指示を事務的に忠実に実行したに過ぎない面も強く、本件への関与は従属的である。しかも、被告人丁谷は、被告人甲野に有利に事実関係を述べている面があるものの、被告人甲野に雇われ、取締役に抜擢されるなどの処遇を受けたことの影響を残しているからであり、自己のことに関しては事実を認め反省する態度を示していること、被告人丁谷も、喘息の持病を抱え、健康状態に全く不安がないわけではないこと、病弱な妻の看護をしなければならない状況にあること等の酌むべき事情も認められる。
五 被告人大阪土地建物について
被告人大阪土地建物は、約一五〇人近くもの従業員を雇用しながら、従業員のための基本的な保護関連法規を長期間無視して、従業員を不安定な地位に置くとともに、高額の源泉徴収税の未徴収及び未納付を行っていたもので、遵法精神の欠如も甚だしい会社であるから、被告人大阪土地建物の責任も重い。
他方、被告人大阪土地建物は一応株式会社という法人格を取得しているとはいえ、実質的にみれば、末野興産における不動産管理の一部門に過ぎないということができる。また、本件による処罰の目処がついたときには、解散等の精算手続に入る予定で、いずれ消滅の運命にある。
第四 結論
以上の諸般の事情を総合考慮し、被告人らの量刑を検討するに、本件は、類い希なる巨額の資産隠しを中心とする重大な事案で、社会的影響も大きなものがあること、旧住専問題が大きな社会問題となる中、旧住専第二位の大口債務者である末野興産の経営陣として末野興産の自己の利益のみの追求に奔走した動機の利己性、悪質性等からすると、被告人らの刑事責任は、いずれも重大であるのは明白である。とりわけ、被告人甲野は、本件各犯行の首謀者であり、かつ末野興産のオーナーとして絶大な権限を振るい、末野興産及びその関連会社を私しして相当大きな利益を得ていたのであるから、その刑事責任は、ひときわ重いというほかなく、第三の一でみた被告人甲野に有利な事情を最大限考慮に入れてもなお、被告人甲野に対しては主文程度の懲役刑の実刑に処するのもやむを得ないところである。
これに対し、被告人乙川、被告人丙山及び被告人丁谷については、本件犯行における役割や関与の度合い等の事情のほか、第三の二ないし四でみた有利な事情を十分斟酌すれば、今回に限り、社会内での更生の機会を与えるため、刑の執行(被告人乙川については懲役刑)を猶予するのが相当である。
また、被告人大阪土地建物と被告人甲野に対する罰金額については、本件各犯行(労務管理に関する法令違反や所得税法違反)の罪質、動機、態様、結果、同被告人らが得た利得額等に照らすと、主文程度の罰金額に処するのもやむを得ないと判断する。
よって、主文のとおり判決する。
(求刑 被告人甲野につき懲役七年及び罰金五〇〇〇万円、被告人乙川につき懲役五年及び罰金三〇万円、被告人丙山につき懲役三年六月、被告人丁谷につき懲役二年六月、被告人大阪土地建物につき罰金二億円)
(裁判長裁判官上垣猛 裁判官山田耕司 裁判官三井教匡)
別表一
番号
金融機関
口座名義人
満期日
金額
一
大阪市北区曽根崎新地<番地略>
尼崎信用金庫梅田支店
キンキビル管理
平成八年三月二九日
二、四二九、〇四三、六九二円
二
大阪府松原市上田<番地略>
河内信用組合本店
右同
平成八年三月二二日
三〇三、〇七五、四三五円
三
右同
右同
平成八年三月二二日
二、一六五、八六〇、五四九円
四
右同
右同
平成八年三月二二日
三八、九六一、八三九円
五
右同
右同
平成八年三月二二日
一四、〇〇五、四八〇円
六
右同
右同
平成八年三月二八日
三〇、〇〇〇、〇〇〇円
七
右同
右同
平成八年三月二八日
四六、三〇四、五八六円
八
右同
株式会社天祥
平成八年三月一八日
一六二、五五七、五六五円
九
右同
株式会社センチュリーコーポレーション
平成八年三月二八日
二五、〇〇〇、〇〇〇円
別表二
番号
金融機関
預金種別
預入金額
一
大阪府松原市上田<番地略>
河内信用組合本店
定期預金
一、〇〇〇、〇〇〇、〇〇〇円
二
大阪市北区梅田<番地略>
株式会社三和銀行大阪駅前支店
普通預金
四〇〇、〇〇〇、〇〇〇円
三
大阪市北区曽根崎<番地略>
株式会社住友銀行梅田新道支店
普通預金
四〇〇、〇〇〇、〇〇〇円
四
大阪市北区堂島浜<番地略>
株式会社東京三菱銀行大阪支店
普通預金
四〇〇、〇〇〇、〇〇〇円
五
大阪市北区梅田<番地略>
株式会社富士銀行大阪駅前支店
普通預金
二二九、〇四三、六九二円
六
大阪市中央区瓦町<番地略>
株式会社住友銀行備後町支店
普通預金
四三七、一六五、一三五円
七
大阪市西区立売堀<番地略>
株式会社住友銀行立売堀支店
普通預金
四一四、〇〇五、四八〇円
八
大阪市西区阿波座<番地略>
株式会社東京三菱銀行大阪西支店
普通預金
四〇〇、〇〇〇、〇〇〇円
九
大阪市北区梅田<番地略>
株式会社富士銀行大阪駅前支店
普通預金
二〇〇、〇〇〇、〇〇〇円
一〇
大阪市西区阿波座<番地略>
株式会社三和銀行信濃町支店
普通預金
四三〇、〇〇〇、〇〇〇円
一一
大阪市西区新町<番地略>
株式会社第一勧業銀行新町支店
普通預金
四三八、九六一、八三九円
一二
大阪市北区曽根崎<番地略>
株式会社第一勧業銀行梅田支店
普通預金
四六五、六三三、〇〇〇円
別表三
番号
発行金融機関
数量
券面金額合計
一
株式会社東京銀行
九九一通
一〇、〇六五、八七〇、〇〇〇円
二
商工組合中央金庫
六二一通
九、五四九、〇八〇、〇〇〇円
三
株式会社日本債券信用銀行
一〇四通
一、二七五、六〇〇、〇〇〇円
四
株式会社日本興業銀行
五九通
一、三八〇、三二〇、〇〇〇円
別表四・五<省略>