大阪地方裁判所 平成8年(モ)50559号 決定 1996年8月21日
債権者
瀧川秀子
同
堀陌子
同
宮本章子
右三名代理人弁護士
上田裕康
同
宮崎誠
同
桐山昌己
同
魚住泰宏
同
野上昌樹
債務者
妹尾隆
右代理人弁護士
美並昌雄
債務者
積水ハウス株式会社
右代表者代表取締役
奥井功
右代理人弁護士
上野勝
同
加納雄二
同
水田通治
同
林佐智代
主文
一 債権者らと債務者らの間の大阪地方裁判所平成七年ヨ第三四五二号建築工事続行禁止等仮処分命令申立事件について、同裁判所が平成八年二月八日になした仮処分決定を取り消す。
二 債権者らの右仮処分命令の申立を却下する。
三 申立費用は債権者らの負担とする。
理由
第一 申立て
一 債権者ら
債権者らと債務者らの間の大阪地方裁判所平成七年ヨ第三四五二号建築工事続行禁止等仮処分命令申立事件について、同裁判所が平成八年二月八日になした仮処分決定を認可する。
二 債務者ら
主文第一、第二項同旨。
第二 事案の概要及び争点
一 基本的事実関係
原決定「第一、二 基本的事実関係」記載のとおりであるから、これを引用する。
二 争点
原決定「第一、三 本件の争点1〜4」のうち、3を左記のとおり訂正する他は、原決定記載のとおりであるから、これを引用する。なお、右各争点に関する当事者の具体的主張は、当事者の提出した各主張書面のとおりであるから、これを引用する。
記
3 仮に、本件建物が堅固建物に当たらないとしても、債権者らの主張する解除事由〔債務者妹尾隆(以下、「妹尾」という。)において、①本件借地の西側にある債権者らの共有の私道の表面を掘削したこと、②残存借地期間を明らかに超える構造の建物(木造以外の建物)の建築を強行しようとしたこと、③債務者らの承諾を得ず(債務者らに告知することもなく)、地盤改良工事を行ったこと等信頼関係を破壊するに足る事由〕が存するか。
第三 当裁判所の判断
一 本件借地契約の目的(争点1)
原決定「第二、一 本件借地契約の目的(争点1)について」記載のとおりであるから、これを引用する。
二 本件建物の堅固性の有無について(争点2)
1 本件建物の構造等について検討するに、疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が疎明される。
(一) 基礎部分は、連続布基礎であり鉄筋コンクリート製である。一般に木造住宅にも布基礎が用いられているところ、鉄筋コンクリート製が望ましいものとされ、実際、木造住宅で右基礎構造で施工されているものも存する。本件建物の基礎は、その大きさにおいてこれら木造建築の基礎よりやや大きいものと思われるがほぼ同質のものである。他方、鉄筋コンクリート造建物の基礎とは、構造、規模ともに質的にみて全く異なっている。
(二) 本件建物の敷地部分には、地盤改良工事がなされている。すなわち、地盤を強化するため、地面に直径六〇センチメートル、深さ2.5メートルの穴を掘削し、セメント系固化剤を注入して現状土と攪拌し、地中に柱状の改良土壤塊を形成するもので、この上に基礎が乗ることとなる。また、右改良土壤塊と建物基礎とは結合されていない。本件では、右改良土壤塊は六六本形成されている。右地盤改良工事は、軟弱な地盤になされるもので、木造建築においても行われることがある。本件現場は、一般に軟弱な地層といわれる沖積層に存するところ、債務者積水ハウスが事前に行った地盤調査によれば、地下水位も高く、標準貫入試験の結果であるN値も低い数値となっており、その地盤が軟弱であった。本件建物の地耐力は一般的な木造住宅と同程度で設計されているが、それでも長い年月の間に不同沈下が生ずる可能性があったために、右地盤改良工事が行われた。
(三) 本件建物の基本的な構造についてみると、工場において製造された長方形の鉄骨枠フレーム(以下「フレーム」という。なお、フレームを形成する鉄骨は肉厚3.2ミリメートルのC型軽量鉄骨である。)を建物の外周等に並べ、右フレームと基礎とはアンカーボルトで、右フレーム同士はボルトで各連結することにより、建物全体を支える仕組みとなっている。他に建物を支えるものとして、一五本の独立柱(肉厚3.2ミリメートルの軽量鉄骨)が使用されている。
二階部分の床梁については、普通H型鋼材(肉厚は、フランジ八ミリメートル、ウェヴ5.5ミリメートル)が、屋根部分の小屋梁については、軽量H型鋼材(肉厚は、フランジ六ミリメートル、ウェヴ3.2ミリメートル)が、各使用されている。なお、一階部分については床梁はない。
本件建物の工事費用(税別六三八〇万円)中、鉄骨工事費(四九一万三〇〇〇円)の占める割合は、約7.7%である。
(四) 本件建物を形成する右フレームの中には、耐力壁と呼ばれるフレーム(フレーム中に鉄筋をX字型の筋かいとして組み入れたもの)が適宜配置されていて、これにより建物にかかる加重を建物全体に分散させる仕組みとなっており、本件建物の耐震性(震度六の地震に耐え得るとされる)及び耐風性(間口一〇メートル、高さ六メートルの二階建住宅で秒速六〇ないし七〇メートルの暴風に耐え得るとされる。)を高めている。なお、木造建築においても、壁面に筋かいやパネル等を適宜配置して耐震性等を高める工夫がなされているものも存する。
(五) 本件建物の鉄骨は、合金亜鉛メッキ処理の上に、リン酸亜鉛処理及びカチオン型電着塗装が施されており、防錆性能を有している。屋根はカラーベストの切妻であり、外壁には耐火性の高いフェノールパネルが用いられている。もっとも、外壁等については木造建築においても耐火性の高い素材が用いられることも多い。
(六) 本件建物は、債務者積水ハウスの工場で製造された規格品であるフレーム等を建築現場において組み立てるもので、右組立ては専らボルト等でなされ、現場での溶接等はなく、釘、金具等も使用されていない。また、外壁及び内壁についても右工場で生産されたパネルやボードを現場で組み立てる乾式工法である。したがって、建物の解体は木造家屋よりもさらに容易である。
平成七年一月の阪神淡路大震災後に建築された仮設住宅の内、債務者積水ハウスの一階建仮設住宅の構造は本件建物と基本的に同一である。例えば、前記(二)、(三)と同様、3.2ミリメートルの軽量鉄骨のフレーム、独立柱を持ち、耐力壁も同一である。但し、屋根の形が異なる点、一階床部分に床梁がある点、右床梁及び小屋梁に使用されている軽量鉄骨の肉厚が本件建物よりも薄い点、基礎が簡易な構造となっている点が異なる。
(七) 本件建物は、債務者積水ハウスの商品として、主として二階建一戸建住宅あるいは二階建共同住宅用として売り出されているものであり、右商品は価格も木造住宅とほぼ同じで、いわゆる一般向け住宅用といえる。
2 建物が堅固の建物に該当するかどうかは、通常の自然現象と時の経過に対する保存性即ち建物の耐久性に、耐震性、耐火性、堅牢性等の特性を斟酌し、これに解体の容易性を総合考慮して決すべきものである。
ところで、堅固の建物と非堅固の建物との区分は、新しく制定された借地借家法において廃されているように、技術が著しく向上した今日の建築の実情には合致せず、これらを区別することが次第に困難となってきていることは否めない。しかし、堅固の建物の例として鉄筋コンクリート造建物があり、非堅固建物の典型に木造建物が存在することは一般に承認されているところであり、しかも、現在の技術水準においても両者の耐久性等の相違は歴然としている。したがって、本件建物が、堅固・非堅固いずれに属するかについては、鉄筋コンクリート造建物及び木造建物に比較しつつ判断しなければならない。そして、ここにいう木造建物とは、借地法制定当時の木造建物を想定するべきではなく、現在の技術水準に照らし通常の木造建物を基準としなければならない。
(一) 本件建物は、その構造から判断して一般向けの軽量鉄骨プレハブ建築というべきものである。そこで、本件建物の堅固性につきみるに、前記認定の事実によれば、鉄筋コンクリート造建物と比較した場合、耐震性及び耐火性はかなり優れている〔住宅金融公庫が定める準耐火構造に準ずる構造(省令準耐火構造)〕と考えられるものの、鉄筋コンクリート造建物に劣ることは否めず、耐久性、堅牢性においては、これよりも遙に劣ると推認することができる。また、建物の構造体は原則的にボルトによって緊結されているのであってこれを緩めることにより容易に解体撤去が可能である。したがって、両者間には著しい差異があり、本件建物は、鉄筋コンクリート造建物と、その堅固性において大きく異なっていると考えられる。このことは、資産税法上、建物の耐用年数が、鉄筋コンクリート造のものは六〇年、骨格材の肉厚が三〜四ミリメートルの金属造りのものは三〇年、木造のものは二四年とされていることからも窺える。
(二) さらに今日では、木造建物でも、その使用材料と施工方法により、耐久性、耐震性、耐火性を高めたものがあり、これらは広く一般向けに販売されている。本件建物は、このような木造建物と比較すると、ほぼ同等又はやや優れている程度である。
(三) 債権者らは、本件建物の一階部分の土間にコンクリートが使用されていること、地盤改良工事がなされていることをもって、本件建物の堅固性を基礎付けようとする。しかしながら、前者については、土間コンクリートは木造店舗建築等において通常見られるものであり、建物の堅固性に影響を及ぼすものであるとまで認めるに足りない。また、後者についても、軟弱な地盤においては木造建物の建築に際しても地盤改良が求められることは論を待たないところ、前記のとおり本件現場の地盤は軟弱というのであるから、必要な地盤改良工事がなされていることをもって、本件建物の堅固性を基礎付けることはできない。
以上のとおりの事情を総合考慮すれば、本件建物は借地法上の堅固建物と認めることはできないというべきである。
三 信頼関係破壊事由の存在(争点3)について
1 残存借地期間を明らかに超える構造の建物(木造以外の建物)の建築を強行しようとしたとの主張について
借地契約期間の存続中に建物が滅失した場合、その滅失が、自然的原因によると、人為的原因によるとを問わず、借地人は、借地契約の合意内容に反しない建物である限り、地主の同意を得ることなく地上建物を新築することができる。このことは、旧建物が朽廃の域に達していない以上、通常の耐用年数を既に超え残存価値をほとんど残さない場合であるとしても、また、近い将来に現在の借地期間が満了する場合であるとしても同様であると解される。右のような場合に、地主からの異議があるとき、借地人は地主の承諾を得なければ、もはや建物を新築できなくなるとする根拠はない。
本件においては、旧建物が既に朽廃していたと認めるに足りる疎明はないし、また、本件借地契約締結若しくはその後の経緯の中で、借地上建物が木造建物に限る旨の合意をなしたとの疎明もない。そして、前記のとおり、本件建物は非堅固建物というべきであるから、債務者妹尾において、債権者らの同意を得ることなく本件建物を建築したからといって、契約不履行に当たるということはできない。
債権者らは、新たに建物を新築する場合においては、信義則上、借地人は地主に対して、新築建物の規模、構造等について説明すべき義務があると主張する。なるほど、そのような説明を行うことが継続的な借地契約を円滑ならしめるために望ましいことはいうまでもないが、説明義務を借地人が負担しているわけではない。説明不履行というような借地人の態度が、他の事情と相挨って信頼関係を破壊する理由の一つになり得ることは否定できないが、本件においては、この説明を怠ったことから直ちに信頼関係が破壊されたとまでは認め難い。もっとも、前記「基本的事実関係」のとおりの交渉経緯に徴すると、債務者側の態度が事務的にすぎ強引ともとれる一面があって、そのことが債権者らの感情を無用に損なったのではないかとも窺えないではないが、右結論を左右する程のものとはいい難い。
2 地盤改良工事について、債務者らの承諾を得ることなく、また、債務者らに何らの告知をすることもなく実施したとの主張について
本件建物の敷地が軟弱であり、建物の建築には地盤改良工事が必要であったことは前記認定のとおりである。したがって、債権者らの主張事実のとおり説明ないし告知がなかったとしても、債権者らと債務者妹尾間の信頼関係が破壊されたと評価することはできない。
3 本件借地の西側にある債権者らに共有の私道(以下「本件私道」という。)の表面を掘削したとの主張について
債務者妹尾が旧建物の解体工事をしたことによって、本件私道の表面が浚われ、また、本件私道と本件借地部分との境界が不分明となった事実を認めるに足りる疎明はない。仮に右解体工事が何らかの影響を与えたとしても、建物解体の過程で一時的に右の如き事態が発生することはある程度はあり得ることであって、債務者妹尾においてその程度が著しいにもかかわらず地主の要求に反して放置したり、境界が不分明であることに乗じて自己の借地部分を増やそうとする等さらに高度の背信的事情がない限り、両者の信頼関係が破壊されたと評価することはできない。そして、本件では、右事情の疎明も存しない。
四 以上のとおり、本件仮処分の申立は、被保全権利の疎明がないから、主文掲記の仮処分決定を取り消したうえ、本件仮処分の申立を却下することとする。
(裁判長裁判官森宏司 裁判官村田文也 裁判官榎本孝子)