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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)11333号 判決

原告 北日本紡績株式会社

右代表者代表取締役 直山楢一

右訴訟代理人弁護士 渡辺四郎

同 末井太

右訴訟復代理人弁護士 菅勉

被告 三菱商事株式会杜

右代表者代表取締役 上原尚剛

右訴訟代理人弁護士 中本和洋

同 倉橋忍

同 牧野美絵

同 鷹野俊司

同 三木剛

右訴訟復代理人弁護士 豊島ひろ江

同 柏木秀介

主文

一  被告は、原告に対し、金四億三二五七万九二八円及び内金一億二四二六万二九五五円に対する平成八年二月二七日から、内金一億四二八二万一二一九円に対する平成八年三月二六日から、内金一億三二二四万三二一四円に対する平成八年四月二六日から、内金三三二四万三五四〇円に対する平成八年五月二六日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  右第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金五億五二七五万九五六八円及び内金一億六七三五万一九七五円に対する平成八年二月二七日から、内金一億八五九一万〇二三九円に対する平成八年三月二六日から、内金一億六六二五万三八一四円に対する平成八年四月二六日から、内金三三二四万三五四〇円に対する平成八年五月二六日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、各種繊維の紡績織布及び加工を主たる目的とする株式会社である。被告は、いわゆる総合商社といわれる株式会社である。

2  生機の販売

原告は、被告に対し、平成七年一〇月から同年一二月までの間、別紙生機売渡し表記載のとおり、生機を販売し(以下「本件生機売買契約」という。)、同表売上明細記載のとおり、後記所定の占有改定の方法又は再抗弁1の態様により被告に引き渡した。

各月の生機販売分の代金合計及び支払期日は次のとおりである。

(一) 平成七年一〇月分

(1)  代金 一億三一八七万七六九八円

(2)  支払期日 平成八年二月二六日

(二) 平成七年一一月分

(1)  代金 一億三一八四万九二七円

(2)  支払期日 平成八年三月二五日

(三) 平成七年一二月分

(1)  代金 一億一七六四万五八七九円

(2)  支払期日 平成八年四月二五日

3  紡績糸、仮撚糸の販売

原告は、被告に対し、別紙紡績糸売渡し表、仮撚糸売渡し表記載のとおり、紡績糸及び仮撚糸を販売し(以下右各売買契約を「本件紡績糸等売買契約」という。)、平成七年一〇月から平成八年一月までの間、同表売上明細欄記載のとおり、引き渡した。

各月の売渡し分の代金合計及び支払期日は次のとおりである。

(一) 平成七年一〇月分

(1)  紡績糸 販売代金 三四一八万二七七四円

(2)  仮撚糸 販売代金  一二九万一五〇三円

合計   三五四七万四二七七円

支払期日 平成八年二月二六日

(二) 平成七年一一月分

(1)  紡績糸 販売代金 五三五二万八六四四円

(2)  仮撚糸 販売代金    五四万六六八円

合計   五四〇六万九三一二円

支払期日 平成八年三月二五日

(三) 平成七年一二月分

紡績糸 販売代金 四八六〇万七九三五円

支払期日 平成八年四月二五日

(四) 平成八年一月分

(1)  紡績糸 販売代金 三三〇〇万五五九一円

(2)  仮撚糸 販売代金   二三万七九四九円

合計   三三二四万三五四〇円

支払期日 平成八年五月二五日

総計 一億七一三九万五〇六四円

4  よって、原告は、被告に対し、右各売買契約に基づき、代金合計五億五二七五万九五六八円及びうち平成七年一〇月販売分(2(一)と3(一)の合計)代金一億六七三五万一九五七円に対する支払期日の翌日である平成八年二月二七日から、うち平成七年一一月販売分(2(二)と3(二)の合計)代金一億八五九一万二三九円に対する支払期日の翌日である平成八年三月二六日から、うち平成七年一二月販売分(2(三)と3(三)の合計)代金一億六六二五万円に対する支払期日の翌日である平成八年四月二六日から、うち平成八年一月販売分(3(四))代金三三二四万三五四〇円に対する支払期日の翌日である平成八年五月二六日から、各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2のうち、別紙生機売渡し表品名欄のカッコ書部分の記載及び占有改定又は再抗弁1の態様による引渡しがあった事実を否認し、その余の事実は認める。

3  請求原因3のうち、本件紡績糸等売買契約のされたことは認め、引渡したことは否認する。

三  抗弁

1  債務不履行解除(請求原因2に対し)

(一) 被告は、原告に対し、平成八年二月二一日、本件生機売買契約に基づき、生機を引き渡すことを催告した。

(二) 被告は、原告に対し、平成九年一月二四日の本件口頭弁論期日において、引渡し未了を理由とする契約解除の意思表示をした。

2  先履行義務(請求原因3に対し)

本件紡績糸等売買契約の原告の引渡義務は、被告の売買代金支払義務よりも先履行の関係にあるから、少なくとも原告から本件紡績糸等売買契約に基づき紡績糸及び仮撚糸の引き渡しを受けるまで、右代金支払義務は発生しない。

3  相殺(請求原因3に対し)

(一) 被告は、原告から、平成七年九月、別紙生機九月販売目録記載のとおり、生機を代金一億三一九六万七五一四円で買い受け、右代金を原告に支払った(以下「本件九月生機売買契約」という。なお、この契約と前記平成七年一〇月から一二月までの売買契約(本件生機売買契約)とを併せて本件生機売買契約ということがある。)。

(二)被告は、原告に対し、平成八年二月二一日、右生機を引き渡すことを催告し、平成九年一月二四日の本件口頭弁論期日において、引渡し未了を理由とする契約解除の意思表示をするとともに、右解除による代金返還請求権と原告の本件紡績糸等売買契約に基づく代金請求権とを対当額において相殺するとの意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(債務不履行解除)について

(一)、(二)の事実はいずれも認めるが、主張は争う。

2  抗弁2(先履行義務)について

主張は争う。

3  抗弁3(相殺)について

(一)、(二)の事実は認めるが、主張は争う。

五  再抗弁

1  環状型取引(抗弁1及び同3に対し)

(一) 本件生機売買契約は、生機の品種、数量を同一に定めて、訴外興喜物産株式会社(以下「興喜」という。)と原告、原告と被告、被告と興喜との間で順次環状に締結された売買契約であって、興喜の資金負担を援助するための金融取引であり、被告は、これを知りながら取引に関与したものであるところ、目的物の現実の受渡しをせず、興喜が原告に出荷案内書、納品書を送付し、原告が、被告に発送案内書を送付し、被告が右発送案内書を請求書兼納品書に添付して興喜に送付し、原告に対し、代金の支払確認書を送付するとともに、興喜から代金支払のための手形の交付を受けていたのであるから、明示、黙示に右各書類の送付をもって本件生機の引渡しとすることを了解していた。これにより、原告は被告に占有改定の方法による引渡をした。

(二) 仮にそうでないとしても、本件生機売買契約は、書類上の売買であって、現実の引渡の行われない円環状に形成された契約であり、最後の買主が目的物の受領につき異議のない場合、特段の事情のない限り、信義則上、中間介在者は、その前者からの引渡しがないことを主張することは許されないというべきところ、被告は、現実の引渡しを全く確認することなく、最後の買主である興喜に、請求書兼納品書を交付し、興喜が本件生機の受領につき異議がないのであるから、目的物の引渡しがないことを理由として本件生機売買契約を解除するのは、信義則に反し許されない。

2  紡績糸及び仮撚糸の引渡し(抗弁2に対し)

原告は、請求原因記載のとおり、本件紡績糸等売買契約に基づき、紡績糸及び仮撚糸を出荷して引き渡した。

六  再抗弁に対する認否及び反論

1  再抗弁1(環状型取引)について

(一) 再抗弁1(一)について

再抗弁1(一)の事実のうち、本件生機売買契約が、興喜、原告、被告、興喜の間で順次環状に締結された売買契約であることは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

本件生機売買契約においては、次のとおり、書類の交付等をもって目的物の引渡しとする旨(占有改定による引渡)の了解はなかった。

(1)  本件生機売買契約は、いわゆる備蓄取引の一環で、興喜が原糸を生機に織り上げる間、その資金繰りのために行われていたものであり、生機の物流を当然の前提としていた。

(2)  当初、原告、被告間で備蓄取引を行っていたところ、被告は、原告が興喜から購入した生機を一、二か月程度在庫することを条件として、本件生機売買契約に中間買受人として関与したのであり、原告が生機を一時所有することが右取引の前提であった。

(3)  被告は、本件生機売買契約の商品内容や商品の受領に注意を払っていたのであり、空取引であるとの認識はなかった。

(二) 再抗弁1(二)について

再抗弁1(二)の事実は否認し、主張は争う。

本件生機売買契約に至る経緯には次のような事情があり、これに照らせば、被告が目的物の引渡しがないことを主張するのは信義則に反しない。

(1)  興喜、原告間の本件備蓄取引において興喜、原告、被告との間で、取引の対象をシルフィル生機に限定する合意があったにもかかわらず、その後、資金繰に苦しくなった興喜は、在庫数量以上の架空取引やチアノ等安価な糸を使った生機を納入するなどしたため、売買契約の対象とされる生機と実際に引き渡される生機は、商品番号及び数量において乖離するようになった。

(2)  平成七年夏ころ、シルフィル以外の生機が混入していることに気づいた被告は、興喜に対し、シルフィル生機に限定すべきであるとの申入れを行った。これに対し、興喜は、右申入れをかわすため、書類上チアノ等シルフィル以外の生機に架空のシルフィル生機の商品名をつけ、右書類を被告に送付した。

(3)  他方、原告も興喜の右処理を認識しながら、被告に対して送付する書類に架空のシルフィル生機の商品名を記載して被告に送付した。

(4)  原告らの右処理により、被告は、契約対象のシルフィルが架空のもので、現実に納入されるものがチアノであること知らずに、取引を継続した。

2  再抗弁2(紡績糸及び仮撚糸の引渡し)について

否認する。

理由

第一請求原因について

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因2のうち、別紙生機売渡し表品名欄のカッコ書部分の記載及び占有改定又は再抗弁1の態様による引渡のあったことを除く事実は当事者間に争いがない。

そして、別紙売渡し表の品名欄のカッコ書部分の点を認めるに足りる証拠はない。

また、占有改定又は再抗弁1の態様による引渡しの点については、後記再抗弁1についての認定、説示のとおりである。

三  請求原因3のうち、本件紡績糸等売買契約のされたことは当事者間に争いがない。

そして、甲第二七号証、別紙紡績糸売渡表及び仮撚糸売渡表売上明細欄記載の各証拠並びに証人清水広洋の証言及び弁論の全趣旨によれば、本件紡績糸等売買契約は、被告が原告から購入した紡績糸等を興喜に売却する取引の一環として行われたものであり、右取引における引渡は被告の授権に基づき興喜が出荷先を記載した出荷依頼書を送付し、これに基づき原告が右出荷先に出荷する方法で行われ、その後、原告が被告に対し代金請求をしていたこと、原告は、被告に対し、本件紡績糸等売買契約に基づき、同表売上明細欄記載のとおり、出荷依頼書に記載された指定先に本件紡績糸、仮撚糸を出荷し、引渡義務が履行されたことが認められる。

そうすると、契約に定めた代金支払期日前に引渡のされたことが明らかである。

第二抗弁について

一  債務不履行解除(抗弁1)について

1  (一)、(二)の事実は当事者間に争いがない。

2  なお、被告が、本件生機の代金を提供したとの主張、立証がないが、本件訴訟の経過に照らし、原告が本件生機の引渡しを拒絶する態度は明らかであると認められるから、これによって、本件生機売買契約の解除の効力は妨げられない。

二  先履行義務(抗弁2)について

前記事実によれば、本件紡績糸等売買契約における被告の引渡義務は原告の代金支払義務よりも先履行の関係にあるということができるが、原告は前記のとおり紡績糸及び仮撚糸を引き渡しているから、抗弁2は認められない。

三  相殺(抗弁3)について

(一)、(二)の事実は当事者間に争いがない。

第三再抗弁について

一  環状型取引の(一)(再抗弁1(一))について

1  再抗弁1(一)のうち、本件生機売買契約が、興喜、原告、被告、興喜の間で順次環状に締結された売買契約であることは当事者間に争いがない。

以上争いのない事実に加え、甲第一号証の一、同号証の二の一ないし六、同号証の三の一ないし四、同号証の四の一ないし六、同号証の五の一ないし六、同号証の六の一ないし六、同号証の七の一ないし一七、同号証の八の一ないし四、同号証の九の一ないし三、同号証一の一〇の一ないし四、同号証の一一、甲第二号証の一の一、二、同号証の二の一ないし五、同号証の三の一ないし三、同号証の四の一ないし五、同号証の五の一ないし五、同号証の六の一ないし六、同号証の七の一ないし一三、同号証の八の一ないし三、同号証の九の一ないし三、同号証の一〇の一ないし四、同号証二の一一の一、二、甲第三号証の一、同号証の二の一、二、同号証の三の一ないし五、同号証の四の一ないし三、同号証の五の一ないし五、同号証の六の一ないし五、同号証の七の一ないし五、同号証の八の一ないし一四、同号証の九の一ないし三、同号証の一〇の一ないし五、同号証の一一の一ないし五、同号証の一二の一、二、甲第四号証の一、同号証の二の一、二、同号証の三の一ないし五、同号証の四の一ないし三、同号証の五の一ないし四、同号証の六の一ないし四、同号証の七の一ないし四、同号証の八の一ないし一三、同号証の九の一ないし三、同号証の一〇の一ないし三、同号証の一一の一ないし三、同号証の一二の一、二、甲第九号証、第一〇号証、第一三号証、第一六号証、第二二号証、第二七号証、別紙生機契約と売上明細(以下「原告作成一覧表」という。)の出荷内容及び加工場受入内容の各書証番号欄掲記の各証拠、乙第一ないし第八号証、第一〇号証、第一一号証、第一二号証の一、二、第一三号証の一ないし三、第一四号証、証人窪田貞三、同青山榮一、同清水広洋、同山本正敏の各証言を総合すると、次の各事実が認められる。

(一) 興喜は、原告から生機用の紡績糸を仕入れ、また、帝人株式会社から同社が原告に委託加工させた生機用の紡績糸を仕入れ、いずれも、機屋に委託して生機に織り上げ、染色加工場に委託して染色加工等を施して製品化したうえ、販売していたが、仕入れた糸を製品化して転売するまで相当の期間を要するため、その期間の資金繰りを必要としていた。

(二) 原告は、平成元年四月ころ、興喜の求めにより、右資金繰りの援助をするために、興喜がチアノ等の生機を製品化する間、与信枠の範囲で、興喜より生機を購入して満期が九〇日後の手形を代金支払のため交付し、直ちに、生機を興喜に売り戻して満期が一二〇日の手形を代金支払のため受領し、興喜は原告から受領した手形を現金化するといういわゆる備蓄取引を始めた。

(三) 他方、被告は、従前から興喜のメイン商社として不動産担保を得てその与信枠の範囲で同社と取引関係にあったところ、興喜から、右備蓄取引の増大に伴い、これに、中間買受人として関与してほしいとの依頼を受け、平成元年九月ころ、原告、興喜との間で、興喜、原告、被告、興喜の順で、生機を順次環状に売却する取引をはじめた(以下「本件環状取引」という。)。

(四) 本件環状取引は、本件生機売買契約がされたころ、おおむね次の手順で行われた。

(1)  興喜は、一か月分の取引として一〇種類前後の生機につき、購入した原糸の数量等を基準に、生産される生機の数量を算定し、その範囲内及び与信枠の限度内で決められた一〇種類前後の生機毎の品番、取引数量、単価、売買代金額等を一括して記載した取引メモを原告に送付し、原告の了解を得ると、右取引メモに対応して一〇種類前後の生機毎の品番、取引数量、単価、売買代金額等を一括記載した売買契約書を送付し、原告は、右契約書に記名押印して興喜に返送するとともに、直ちに、被告に対し、同様の記載形式・内容(単価・売買代金額が異なる)の売買契約書を作成・送付した。

(2)  被告は、右契約書と、その後まもなく興喜が前記取引メモに対応して一〇種類前後の生機毎の品番、規格、取引終了、単価及び決済条件、被告より興喜への売買単価及び決済条件等を一括記載・送付した成約メモとを照合し、右契約書に署名押印した後、原告に返送し、その後、まもなく、興喜に対し、前記原告作成と同様の記載形式・内容(単価・売買代金額が異なる)の売買契約書を作成・送付し、興喜は、記名押印後、右売買契約書を被告に返送した。

(3)  その直後、興喜は、原告に対し、機屋から染色工場への出荷案内書、納品書、請求書を作成・送付し、原告は、これに基づき作成した発送案内書を請求書に添付し、これを被告に送付し、被告は、興喜に対し、右発送案内書を添付して請求書兼納品書を作成・送付した。

(4)  興喜は、本件環状取引の間、材料の紡績糸の加工を機屋に委託するとともに、同所で織り上げられた生機の染色加工を染色工場に委託し、生機は、機屋又は染色工場に存在したままで、それ以外への移動がなく、原、被告、興喜のいずれも、現実に生機の引渡を確認せず、生機の受領書等を交付していなかった。

(5)  代金の決済については、契約の約一か月位後に、原告は、興喜に対し、代金の支払のため契約月の月末起算満期一二〇日後の手形を交付し、これに対し、興喜は、被告に対し、契約月の月末起算満期一二〇日後の手形を交付し、被告は、そのころ、原告に対し、契約月の支払確認通知書を送付し、月末起算一二一日ないし一二四日後に代金を支払っていた。

(五) ところで、興喜は、取扱商品の主力を当初のチアノからより高価な新合繊糸であるシルフィルへと移し、シルフィル取扱量が増加し、平成四年一月ころから、本件環状取引の主たる取引対象をシルフィルとするようになったが、その後、天然繊維の不良在庫の増大や財テクの失敗等により、資金繰に窮するようになる一方、シルフィル製品の売上高が減少し、シルフィル取扱量が減少していったところ、平成七年春ころから、シルフィルの在庫がないのにかかわらず、実際の在庫量より割り増しした架空の売上げを計上し、もって、本件環状取引を生機の販売までの資金繰りのためだけでなく、経営全般の資金繰りの手段として利用するようになり、従前と同程度の取引高を維持し、被告は、興喜から、年に二回、決算報告を受け、従前の与信枠を変動することはなくそのまま維持した。

(六) また、興喜は、平成七年夏ころ、被告から本件環状取引の目的物をシルフィルのみにしてほしいとの要請を受けたが、取引数量に相当するシルフィルの取扱量が不足し、チアノも取引対象にしなければならない状況であったことから、本件生機売買契約の一部につき、原告に対して送付する取引メモに在庫がなく出荷を予定していない架空のシルフィルの品番を記載し、その横に括弧書で在庫のあるチアノ等の品番を記載して送付し、売買契約書及び出荷案内書、納品書、請求書に架空のシルフィルの品番のみを表示して送付し、同様に、被告に送付する成約メモには、右括弧書のチアノ等の品番を記載せず、架空のシルフィルの品番のみ表示して送付し、また、原告は、取引メモにより売買の対象がチアノ等であり、シルフィルでないことをわかっていたが、興喜から送付された売買契約書等の記載に従い、原、被告間の売買契約書、発送案内書、請求書に右括弧書のチアノ等の品番を記載せず、架空のシルフィルの品番のみ表示して被告に送付し、被告は、右のことをわからず、売買の対象がシルフィル生機であると信じて取引を継続した。

(七)(1)  ところで、平成七年九月売渡し分については、同月一日付取引メモ、同月一四日付興喜から原告への売買契約書、同月一三日付原告から被告への売買契約書、同月二九日付同発送案内書、同日付被告から興喜への売買契約書、同月三〇日付興喜から原告への出荷案内書、同日付同納品書、同日付同請求書、同日付原告から被告への請求書、同年一〇月五日付被告から興喜への請求兼納品書、同月一六日付原告振出し手形及び同月三一日付支払確認通知書が各作成・送付され、興喜、原告、被告間で所定の手形の決済、代金の支払はすべて終了した。

(2)  平成七年一〇月売渡し分については、同月二〇日付取引メモ、同月二四日付興喜から原告への売買契約書、同月二六日付原告から被告への売買契約書、同月三一日付興喜から原告への出荷案内書、同付同納品書、同日付発送案内書、同日付原告から被告への請求書、同日付興喜から原告への請求書、同日付被告から興喜への売買契約書、同年一一月七日付成約メモ、同月八日付被告から興喜への請求書兼納品書、同月一五日付原告振出し手形及び同月三〇日付支払確認通知書が各作成、送付された。

(3)  平成七年一一月売渡し分については、同月一五日付取引メモ、同月一六日付原告から被告への売買契約書、同月一七日付興喜から原告への売買契約書、同月二〇日付成約メモ、同月三〇日付興喜から原告への出荷案内書、同日付同納品書、同日付同請求書、同日付発送案内書、同日付原告から被告への請求書、同日付被告から興喜への売買契約書、同年一二月五日付同請求書兼納品書、同月一五日付原告振出し手形及び同月二一日付支払確認通知書が各作成、送付された。

(4)  平成七年一二月売渡し分については、同月一一日付取引メモ、同月一八日付興喜から原告への売買契約書、同月一九日付成約メモ、同日付原告から被告への売買契約書、同月二七日付興喜から原告への出荷案内書、同日付同納品書、同日付同請求書、同日付発送案内書、同日付原告から被告への請求書、同日付被告から興喜への売買契約書、平成八年一月一〇日付同請求書兼納品書、同月一一日付原告振出し手形及び同月三一日付支払確認通知書が各作成、送付された。

(八) また、右期間の取引につき、出荷元の機屋から加工先の染色工場へ出荷された生機の商品名、数量は、別紙原告作成一覧表(平成七年九月分ないし一二月分)の出荷内容欄、加工受入内容、売上明細記載のとおりであり、別紙原告作成一覧表(平成七年九月分)記載2番ないし5番、9番、15番、16番、別紙原告作成一覧表(平成七年一〇月分)記載7番、10番、11番、別紙原告作成一覧表(平成七年一一月分)記載8番、12番、別紙原告作成一覧表(平成七年一二月分)記載8番、12番は、売買の対象物が機屋から染色工場へ出荷されたといえるが、別紙原告作成一覧表(平成七年九月分)記載6番、別紙原告作成一覧表(平成七年一〇月分)記載4番については、KT-三〇一五と機屋から染色工場に出荷されたKT-五〇一五とがいずれもシルフィルであるものの、糸の本数及び幅が異なり、別の商品というべきであるから、本件生機売買契約の対象物が存在したということはできず、別紙原告作成一覧表(平成七年九月分)記載1番、6番ないし8番、10番ないし14番、17番、別紙原告作成一覧表(平成七年一〇月分)記載4番ないし6番、8番、9番、12番、13番、別紙原告作成一覧表(平成七年一一月分)記載2番、4番ないし7番、9番ないし11番、13番、14番、別紙原告作成一覧表(平成七年一二月分)記載1番、3番ないし7番、9番ないし11番、13番は、売買の対象となっているシルフィルの全部又は一部が存在しないものであり、別紙原告作成一覧表(平成七年一〇月分)記載1番ないし3番、別紙原告作成一覧表(平成七年一一月分)記載1番ないし3番、別紙原告作成一覧表(平成七年一二月分)記載1番、2番は、売買の対象となっているシルフィルが存在せず、同表の品名欄のカッコ内に記載された品番の生機(チアノといえる。)が同表出荷内容欄及び加工場受入内容欄記載のとおり出荷・受入されたものである。

(九) 被告は、興喜の平成八年一月の倒産まで、実際の生機の入庫状況を調査したことがなく、右倒産後、染色加工先の一つである小松精練株式会社に赴き、生機の入庫状況の調査を行い、平成七年九月までの取引の代金を支払っていたが、右調査後、平成七年一〇月以降の取引の代金の支払を停止した。

2  前記1の認定事実によれば、本件生機売買契約は、本件環状取引の一環として、興喜に対する資金繰りのためにされた金融取引の性質を有するものであり、右取引の間、生機の占有は、興喜が機屋又は染色工場に委託加工して占有したまま他に移転しないことを当然の前提にしていたといえるから、現実の引渡しを要せず、したがって、書面の交付などにより観念上当事者間で順次引渡しがなされたというべきである。

しかしながら、売買対象物が存在するが現実の引渡を要しないことと、売買の対象物が全く存在しないこととは別であって、現実の引渡を要しないことから当然に売買の対象物の存在しない空取引まで許容しているということはできない。

しかるところ、本件売買契約は、興喜が原糸の数量を基準に、生産される生機の数量を算定し、その範囲内で取引数量、金額が設定されていたのであり、目的物の存在を前提としていたというべきである。このことは、被告のシルフィルのみを売買の対象にするとの申入れに対し、興喜が実際にはチアノが売買の対象であるのに架空のシルフィルの品番を記載した書類を送付してその旨の売買契約をしていたことによっても裏付けられる。

そして、被告が、本件環状取引として売買の対象物が存在しない場合をも許容していたとの点を認めるに足りる的確な証拠はない。

そうすると、本件生機売買契約において、被告は売買の対象物が存在することを前提に生機の現実の引渡を要しないとの了解をしていたということはできるが、売買対象物の存在しない場合もその旨の了解をしていたということはできない。

したがって、再抗弁1(一)のうち、別紙原告作成一覧表(平成七年九月分)記載2番ないし5番、9番、15番、16番、別紙原告作成一覧表(平成七年一〇月分)記載7番、10番、11番、別紙原告作成一覧表(平成七年一一月分)記載8番、12番、別紙原告作成一覧表(平成七年一二月分)記載8番、12番の取引については、原告の主張を認めることができるが、同表のその余の取引については原告の主張を認めることができない。

3  そして、右説示と乙第六号証とによれば、右原告の主張を認めることができる取引については、引渡があったと同視することができるといえる。

二  環状型取引の(二)(再抗弁2(二))について

1  前記認定、説示したところによれば、被告は、本件環状取引において、売買対象物の現実の引渡がないことを了解し、その現実の引渡を確認することなく引渡しを受けたものとして、原告から売却を受けた後、興喜に売却し、原告へ代金支払期日を契約月の月末起算一二一ないし一二四日後とする支払確認通知書を交付し、興喜から同月末起算一二〇日の手形を受領し、興喜は、原告から受領した手形を現金化する一方、被告に交付した手形の決済に応じているから、原告としては、これにより、現実の引渡の有無にかかわらず、売買代金の支払が得られるものと信頼し、以後の取引を継続したというに難くないから、右信頼は保護されなければならない。このことは商人間の売買に適用される商法五二六条の趣旨からも肯認される。

2  しかし、原告が取引メモにより興喜指定のシルフィルが売買契約の対象でないことがわかっていたのに、右シルフィルを対象とする売買契約をした別紙原告作成一覧表(平成七年一〇月分)記載1番ないし3番、別紙原告作成一覧表(平成七年一一月分)記載1番ないし3番、別紙原告作成一覧表(平成七年一二月分)記載1番、2番の取引については、興喜ととともに、被告にシルフィルが納入されるとの誤信を与える要因を造り、取引を継続させたというべきであるから、被告が引渡しを受けていないと主張しないものと信頼するにつき正当な利益は認められない。

したがって、右に該当する取引についての再抗弁2(二)の主張は認められない。

3  平成七年九月生機販売分及び本件生機売買契約のうち、右取引以外の部分については、別紙原告作成一覧表(平成七年九月分)記載1番、6番ないし8番、10番ないし14番、17番、別紙原告作成一覧表(平成七年一〇月分)記載4番ないし6番、8番、9番、12番、13番、別紙原告作成一覧表(平成七年一一月分)記載2番、4番、5番、7番、9番ないし14番、別紙原告作成一覧表(平成七年一二月分)記載1番、3番ないし7番、9番ないし11番、13番につき、対象となるシルフィルの存在しないことにつき原告がなんらかの関与ないし原因を与えたとの事情を見い出せない本件においては、前記1説示の原告の信頼が保護されるべきであり、被告が右売買契約の解除を主張するのは信義則上許されない。

したがって、右各取引についての再抗弁1(二)の主張は認められる。

4  のみならず、別紙平成七年九月分販売目録記載の生機分については、被告が興喜から受領した手形はすべて決済され、原告に被告から所定の代金の支払は終了し、興喜が原告から受領した手形も決済されているのであって、原、被告、興喜のいずれも取引の目的を達成し、それぞれに予定した利益を得ているのであって、ひとり被告が売買契約を解除してさらなる利益を得又は原告に損失を与える結果となる行為をすることは信義則上許されない。

したがって、平成七年九月分の売買契約解除を前提とする被告の主張は許されず、右についての再抗弁1(二)の主張は認めることができる。

5  そして、右説示と乙第六号証とによれば、右3の取引については、引渡があったと同視することができるといえる。

第四結論

以上によれば、本件生機売買契約において、被告が原告に支払うべき代金合計額は、別紙認容額一覧表(平成七年一〇月分ないし一二月分)のとおり、二億六一一七万五八六四円(平成七年一〇月分八八七八万六七八円、同年一一月分八八七五万一九〇七円、同年一二月分八三六三万五二七九円)である。

また、本件紡績糸等売買契約において、被告が原告に支払うべき代金合計額は一億七一三九万五〇六四円である。

よって、原告の本訴請求のうち、右代金合計四億三二五七万九二八円並びにうち平成七年一〇月分生機代金及び同月分紡績糸等代金合計一億二四二六万二九五五円に対する支払期日の翌日である平成八年二月二七日から、うち平成七年一一月分生機代金及び同月分紡績糸等代金合計一億四二八二万一二一九円に対する支払期日の翌日である平成八年三月二六日から、うち平成七年一二月分生機代金及び同月分紡績糸等代金合計一億三二二四万三二一四円に対する支払期日の翌日である平成八年四月二六日から、平成八年一月分紡績糸等代金三三二四万三五四〇円に対する支払期日の翌日である平成八年五月二六日から各支払済みで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の請求は失当であるから、棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法六四条本文、六一条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 若林諒 裁判官 河合裕行 裁判官 井出弘隆)

別紙<省略>

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