大阪地方裁判所 平成8年(ワ)11628号 判決 1998年7月29日
原告
日本ゲームカード株式会社
右代表者代表取締役
寺内弘行
右訴訟代理人弁護士
上田裕康
同
石原真弓
被告
T観光株式会社
右代表者代表取締役
甲野春子
被告
甲野一郎
被告ら訴訟代理人弁護士
岡田和義
主文
一 被告らは原告に対し、連帯して金五二〇二万円及びこれに対する平成八年一一月二四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。
四 この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
被告らは原告に対し、連帯して金六四八六万円及びこれに対する平成八年一一月二四日(弁済期後)から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、パチンコ遊技向けプリペイドカード(前払式証票)の発行等を目的とする原告が、加盟店であるパチンコ店において店ぐるみで契約に反した変造カードを使用し、あるいは黙認した結果原告に損害を与えたなどとして、加盟店に対し債務不履行、不当利得を原因として、その事業の監督者に対し不法行為を理由として損害賠償等を求める事案である。
一 基本的事実(争いがない)
1 原告はパチンコ遊技向けのプリペイドカード(前払式証票)の発行等を目的とする株式会社である。
被告T観光株式会社(以下「被告会社」という)はパチンコ店の経営等を目的とする株式会社であり、被告甲野一郎(以下「被告甲野」という)は被告会社の代表者の夫、かつ被告会社取締役であり、被告会社の事業一切を監督する地位にある者である。
2 原告と被告会社は、平成七年九月一三日、原告の運営するプリペイドカードシステム(以下「本件システム」という)を被告会社の経営するパチンコ店「氷上ダイヤ」、「篠山ダイヤ」(以下、併せて「被告店舗」という)に導入する旨の契約(以下「本件契約」という)を締結し、篠山ダイヤが平成七年九月二二日、氷上ダイヤが同年一二月二二日本件システムを導入した営業を開始した。
3 本件システムの概要は次のとおりである。
(一) 被告会社は、原告から五〇〇円券、一〇〇〇円券、二〇〇〇円券、三〇〇〇円券、五〇〇〇円券、一万円券のプリペイドカード(以下「カード」という)を購入し、店内に設置した券売機を通じて遊技客(以下「客」という)に現金で売却し、客はカード専用のパチンコ台(CR機)に設置されたカード式玉貸機(ユニット)にカードを挿入して店舗からパチンコ玉の供給を受けてプレーする。客がカードを使用することにより、玉貸機内で残高に応じてカードの券面にパンチ穴が穿孔され、その位置によりカードの残高が表示されるため、残高がなくなったカードは使用済みカードとして玉貸機に挿入してもパチンコ玉は供給されない。
(二) 券売機により客に販売したカードの種類や枚数に関する券売情報(以下、これによる売上高を「券売額」という)、客が遊技のために使用したカードの消費高に関する売上情報(以下、これによる消費高を「消費額」という)は、店内に設置されたターミナルボックス(コンピューター)に蓄積され、閉店後に一日の情報全部が電話回線を通じて原告の決済センター(コンピューター)に自動送信されて集計されるが、客は券売機を通じて購入したカードを購入当日に使い切るので、券売額と消費額はほぼ均衡するのが通常である。
(三) 原告と被告会社の毎月の清算は次のようになされる。
すなわち、原告は被告会社に対し、当該月間に納品したカードの額面代金(以下「販売額」という)、一枚当たり一三円のカード代金、各種システム使用料の請求権を取得し、反対に、被告会社は原告に対し、客が被告店舗の券売機、あるいは共通の加盟店の券売機により購入したカードを使用して遊興した消費額相当額の請求権を取得し、月に一度の相殺勘定により差額が支払われて決済される。なお、被告会社は原告(その指定者を含む)以外から横流しカードを購入して券売することや、原告から購入したカードを他に横流しすることは禁じられており、もとより変造カード等の不正カードの自己使用や客の使用を黙認して不正な消費額を計上することは許されない。
4 しかしながら、本件システムの普及とともに一般の加盟店で使用済みカードを利用した変造カードが多数使用されて、これによる消費額が加盟店のコンピューターを通じて原告のコンピューターに入力され、結局、原告が正規に販売したカードによる以外の消費額を加盟店に支払って損害を被り、中には加盟店が組織的にこれを行って不正な利益を取得する例が続出した。
このような変造カードの使用は、その使用分だけ原告が加盟店に支払うべき消費額を増大させながら、正規のカードの加盟店への販売額を減少させることになり、多数の変造カードが使用された場合は、月間で集計すれば加盟店に販売したカードの販売額以上のカードによる消費額が計上され、変造カードの使用が原告に容易に捕捉されるため、意図的に変造カードを使用する加盟店の中には、変造カードによる消費額に見合った正規のカードを券売機から自己資金で発券購入して平仄を合わせ(それだけ、加盟店のカード購入額が増加する)、購入したカードを額面額の六割程度で横流しして利益を上げる例も存した。なお、加盟店に設置された券売機を通じて販売された正規のカードは当該加盟店だけでなく、他の加盟店においても使用できるものである。
5 原告は、かかる変造カードの横行を防止するため、全加盟店に対し、平成八年四月二一日から一万円券カードの、同年五月一九日から五〇〇〇円券カードの販売・利用をそれぞれ停止し、右額面の在庫カードを額面額で回収し、被告会社に対し、変造カードの使用等の背信行為があったとして、平成八年九月七日到達の書面で本件契約を解除する旨の意思表示をした。
二 争点及び双方の主張
1 原告の主張
(一) 被告店舗における変造カードの使用
(1) 被告店舗では、平成八年二月から四月の三ケ月間(以下「本件期間」という)に次のように通常の営業では生じないような券売額と消費額との違差が生じた(以下、券売額―消費額を「違差」という)。
① 篠山ダイヤ関係
一万円券について
券売額 二二〇八万円
消費額 三六三五万円
差額 △一四二七万円
五〇〇〇円券について
券売額 三四九六万円
消費額 二四三七万円
差額 一〇五九万円
三〇〇〇円券について
券売額 二五九〇万円
消費額 二二八四万円
差額 三〇六万円
② 氷上ダイヤ関係
一万円券について
券売額 一九三八万円
消費額 五七四三万円
差額 △三七七五万円
五〇〇〇円券について
券売額 六五〇四万円
消費額 四六四三万円
差額 一八六一万円
三〇〇〇円券について
券売額 三一二三万円
消費額 一一九二万円
差額 一九三一万円
(2) しかしながら、被告店舗における本件期間を除く前後の時期の券売額と消費額の違差は月額数万円程度であり、右のような異常な違差が生じ、かつ、一万円券の違差が大きく、五〇〇〇円券と三〇〇〇円券については一万円券の違差とほぼ見合うマイナスの違差が出ていることからすれば、何者かが被告店舗で一万円券の変造カードを使用し、この事実を隠蔽するためその違差額相当について五〇〇〇円券と三〇〇〇円券のカードを正規に券売機で購入して数字合わせを行う作為が施されたものである。
(3) そして、右のような作為が被告の両店舗で同時期になされているということは単なる偶然ではなく、被告会社の内部の人間により作為的操作がなされたものである。
(二) 被告店舗における横流しカードの使用
(1) 本件システムは、加盟店において使用されるカードは、原告が当該店舗に販売し、券売機を通じて客に券売したカードであることを当然の前提にしており、契約に違反して原告以外の者から購入した横流しカードを券売して客に使用させた消費額を原告が当該店舗に支払うことは想定しておらず、原告は当該店舗に対して横流しカードにかかる消費額を支払うべき義務は存しない。
(2) ところで、本件契約締結後、前記のとおり変造カードの横行防止の緊急措置として販売及び利用が停止された一万円券(平成八年四月二一日停止)及び五〇〇〇円券(同年五月一九日販売停止)の原告の被告会社に対する本件システム導入後のカード販売総額と券売総額の比較は次のとおりである(なお、原告から被告会社に対しいったん販売されながら、前記販売及び利用の停止により在庫となっていた一万円券、五〇〇〇円券については被告会社から返品されているから、ここにいう販売総額というのは返品分を控除した分である)。
① 篠山ダイヤ関係
一万円券
販売総額 二七〇三万円
券売総額 二七五一万円
五〇〇〇円券
販売総額 六七五〇万円
券売総額 六八四三万円
② 氷山ダイヤ関係
一万円券
販売総額 一八九一万円
券売総額 一九八二万円
五〇〇〇円券
販売総額 五七五〇万円
券売総額 六八〇二万円
(3) 右のように、原告から被告会社に販売した販売総額より、被告会社が被告店舗で客に販売した券売総額が上回るということは、被告会社が原告以外の者から横流しカードを購入して券売機で販売したものである。
(三) 原告の被った損害
(1) 変造カードの使用による損害
(一)によれば、被告店舗で本件期間に一万円券の変造カードが合計五二〇二万円分使用され、原告はこれによる消費額を被告会社に支払ったのであるから、右の合計五二〇二万円相当の損害を被ったものである。
(2) 横流しカードの購入による損害
(二)によれば、被告会社が本件契約に反して他者から横流しカードを購入し、その消費額を原告に支払わせたものであるから、原告はその合計額である一二八四万円の損害を被ったものである。
(四) 請求の根拠
(1) 変造カードによる消費額五二〇二万円は、仮にそれが従業員によってなされたとしても、履行補助者の行為として本件契約上の義務に違反した行為として被告会社の債務不履行を構成するものであるし、同時に従業員の不法行為として被告会社は使用者責任を負担する。
(2) 本件契約では、被告店舗で使用されるカードは、原告が被告会社に販売し、券売機を通じて客に券売したカードであることを当然の前提としており、被告会社が契約に反して原告以外の者から購入したカードを客に券売して消費させた場合に、その消費額を原告が被告会社に支払うことは想定しておらず、原告は被告会社に対し、右横流しカードによる消費額を支払うべき義務はない。
よって、横流しカードによる消費額一二八四万円は、原告が本件契約上被告会社に支払うべき義務のない代金であり、被告会社が利得を保有する理由がないから、被告会社に対しては不当利得による返還請求として返還を請求する。
(3) また、(1)の変造カードの使用、(2)の横流しカードの使用は、被告会社の事業一切を監督する被告甲野が関与したか、仮に従業員がしたとしても、右が契約外のカードを利用して違法に原告に損害を与えるのを黙認したものであるから、被告甲野に対し民法七〇九条、七一五条二項により同額の損害賠償を求める。
(4) なお、本件契約一四条によれば、被告会社がカード又はシステム関連機器に記録されたデーターを改竄した場合は、被告会社は当該損害の二倍に相当する金額の割増金を支払うことになっており、右は変造カードの使用を含むものと解され、また、横流しカードの使用についても準用されると解されるから、原告は被告会社に対し(一)の変造カードによる損害の二倍である一億〇四〇四万円の割増金請求権、(二)の二倍に相当する二五六八万円の割増金請求権をそれぞれ取得し、被告甲野も民法七一五条二項により同額の損害賠償義務を負担するものであるが、本訴は、これら損害のうち(一)の変造カードの不正使用、(二)の横流しカードの使用による損害のみを訴求する内金請求である。
2 被告らの反論
(一) 原告がいうところの変造カードないし横流しカードの使用に被告甲野ないし被告会社従業員が関わったとする点は、すべて当て推量を重ねたもので、真実関わりを持たない被告らとしては到底承服できない。原告の主張するところは、跳梁跋扈する変造カードの犯行グループに置き換えてもすべて矛盾なく説明できる程度のものであるのに、その責任を強引に被告らに押しつけようとする以外の何物でもない。現に、被告店舗のうち「氷上ダイヤ」は、平成八年二月一日から被告会社による経営の手を離れ、緒方孝弘に移転していたのであり、被告会社はその経営に一切関わっていないものである。
そして、被告会社は、平成八年三月二七日と同年五月二日の二度にわたり、原告からカード販売額と消費額が乖離するとして照会を受けたが具体的な中身が判然とせず、原告も詳しい説明をしようとしなかったため、被告会社としては客に対する一般的な監視を強めはしたが、当時も一日あたりの券売額と消費額の各総額がほぼ釣り合っていて問題を感じさせるような状況にはなかったから原告主張のような異変には気付かなかった。仮に、被告会社が変造カードの使用に関わっていたならば、原告から警告を受けた段階で発覚を恐れて不正行為を止めているはずである。
(二) 原告主張の損害額の算定にも、以下のような問題があり、算定方法を否認する。
(1) 原告と被告会社の清算関係は、原告が被告に販売したカードの販売額とカードによる消費額を清算することを基本としているから、元来、原告に損失が生ずるためには、販売額より消費額が上回わることが必要であり、その意味で、問題とされるべきはその差(以下、販売額―消費額を「消差額」という)であり、変造カードの使用にいう違差額や、横流しカードの使用にいう販売額と券売額の差額(以下、販売額―券売額を「販差額」という)が問題とされるべきではない。
(2) 変造カードの使用について
原告は、被告店舗で券売機により販売された一万円券の券売額と実際に消費された一万円券の消費額との違差額をそのまま損害計上しているが、(1)のとおり、原告と被告会社の清算関係からすると右の主張は根拠を欠くものである。第一に、被告会社が原告に負担する債務額は券売機により客に売却されたカードの券売額ではなく、それ以前に原告から仕入れたカードの販売額であるから、券売額と消費額の違差額だけを論じたのでは、被告会社が原告に対し負担する販売額と券売額の差額が無視されてしまう。第二に、原告は単に一万円券の違差額だけを問題にしているが、原告主張によっても、被告会社が原告に代金を支払いながら費消されず、原告が被告会社に支払を免れた五〇〇〇円券や三〇〇〇円券が残っているはずであり、その分(前者につき二九五一万円、後者につき二二四〇万円の合計五一九一万円)はマイナスの違差額になるはずである。このように全ての額面のカード全体で違差額を計算をした場合、原告のいう損害はせいぜい原告の主張額を前提としても八万円、被告らの計算を基礎にすれば一一万円程度にすぎない。原告主張のように、被告会社が本件システムを導入後の任意の期間を設定し、任意の券種だけを捉えて算出される違差額や販差額をもって原告の損害を論ずることはできないというほかない。
仮に、原告主張の一万円券のカードの違差額五二〇二万円が原告の損害と評価されるなら、反対に被告会社も原告が支払を免れた五一九一万円の不当利得返還請求権を有するから、被告らは原告に対し、平成一〇年三月一八日の本件口頭弁論期日に右不当利得返還請求権をもって原告主張損害額と対当額で相殺する旨の意思表示をした。
(3) 横流しカードの使用について
原告は、ここでも、被告店舗において原告が被告会社に販売した正規のカードよりも多くのカードが券売されているのは、被告会社が他から横流しカードを仕入れて券売し、その分を消費額に上げさせて原告に損害を被らせたと主張するが、原告が被告会社に請求し得る額は販売額であり、被告会社が原告に請求し得る額は消費額であるから、右の消差額が損害というなら理解できるが、単に大きな券売額と小さな販売額とのマイナスの販差額だけを捉えて、被告会社が不当に利得しているとか原告の損害というのは当たらない。同様の論法を採るならば、原告が被告会社に販売した三〇〇〇円券のカードについては、原告が被告会社に販売した販売額と券売額の差は五九二万二〇〇〇円あるから、仮に原告主張の一二八四万円を原告の被った損害と考えても、五九二万二〇〇〇円を控除した残額は六九一万円八〇〇〇円であり、原告の損害もせいぜい右の額に止まるはずである。
第三 判断
一 基本的事実及び証拠(甲第七、第八号証、第一五、第一八号証の各一、二、第二二ないし第四一号証、第四二号証の一、二、第四四ないし第六五号証、第六六号証、第七〇ないし第七六号証、森知史証人、被告甲野本人)を総合すれば、以下の事実が認められる。
1 被告会社は、被告甲野の一〇年来の知人であるM(パチンコ遊戯機業者、以下「M」という)の紹介で、平成八年二月一日以降、緒方孝弘(以下「緒方」という)に氷上ダイヤ(パチンコ遊戯機一七六台のうちCR機は四四台で、他にパチスロ機四四台がある)を賃貸し、篠山ダイヤ(CR機は当初四四台で、後に二二台が追加設置された)の経営は被告甲野を中心に被告会社が従前どおり経営していた。氷上ダイヤの賃貸は風俗営業許可の関係で秘密裡になされていたため、同店舗の本件契約関係も、被告会社が従前どおり当事者として原告に対する新たなカードの補給発注をし、消費額との清算を受けていた。なお、被告会社は、原告からのカード受取人として、氷上ダイヤについてはM、緒方ほか一名、篠山ダイヤについては被告会社代表者、被告甲野ほか一名を届け出ている。
氷上ダイヤの賃借条件は、月額使用料一五〇万円、保証金五〇〇万円、導入したばかりの本件システムの設備代金一一〇〇万円、CR機使用の保証金五〇〇万円というものであったが、その支払の一部はMが約束手形で行っていた。
ところで、これに先立つ平成七年一〇月六日、大阪市内に原告の本件システムを導入したパチンコ店「パーラクラウン」が開店し、店舗ぐるみで変造カードを使用して原告から虚偽の消費額を受け取るという事件が発生した。その方法は、毎夜のごとく閉店後にターミナルボックスのスイッチを切り、店舗ぐるみで一万円券の変造カードを繰り返しユニットに挿入し、客が正当にカードを使用したように装ってCR機から大量の玉を出して虚偽の消費額をコンピューターに入力させ、翌日、開店後すぐにターミナルボックスのスイッチを入れたのでは開店直後の大量消費という不自然さが原告に露呈するため、開店後しばらくしてターミナルボックスのスイッチを入れるというものであった。そして、変造カードを使用しただけの消費額の増大が原告に発覚することから、変造カードの不正使用額に見合う正規のカードを券売機から購入して横流しするというものであったが(この案件は、変造有価証券行使、不正作出電磁的記録供用事件として検挙され、平成八年六月一四日起訴されている)、この横流しカードを購入していたのがMである。
2 ところで、氷上ダイヤでは、緒方に賃貸する直前の平成八年一月のカードによる消費額が五一七万円(このうち一万円券によるものが三三万円)であったものが、賃貸直後の平成八年二月には二〇〇六万円と四倍弱に増えたほか、このうち一万円券による消費額が三三万円から一五八八万円と異様な伸びを示し、その後も消費額は同年三月に四三八九万円(同じく一万円券によるものが二六四六万円)、同年四月に五一五三万円(同じく一五〇九万円)、同年五月に三三七九万円(以後、一万円券は使用を停止)と上昇し、同年六月に逆に二八六万円に大きく減少する事態が生じ、この傾向は、被告甲野が管理していた篠山ダイヤについても同様であった。ちなみに、篠山ダイヤにおけるそれは、平成八年一月に一九一〇万円(一万円券によるものが一三二万円)、同年二月に二四八四万円(同一二〇四万円)、同年三月に三九六八万円(同一九四六万円)、四月に一九〇四万円(同四八五万円)、五月に二〇六四万円(以後、一万円券の使用を停止)、六月に一五九四万円というものであった。
3 本件システムでは、店舗で券売された券種毎の枚数と券売総額、カードによる総消費額は店舗側で券売機やターミナルボックスからデータとして取り出すことができるようになっていたが、唯一、各券種毎の消費額は店舗ではデーターが打ち出せないようにしてあり、原告において不正発見のために利用されていた。通常、客は券売機により券売を受けたカードをそのまま使用するから、各券種毎のカードの券売額と当該券種のカードによる消費額がほぼ同額になるはずであって、券売による売上が少ない券種のカードによりそれを大幅に上回る消費額が出たり、券売による売上が多い券種のカードによる消費額が極端に少なければ、それは本件システム利用上予定されない事態の発生を推測せしめるからである。
ところが、被告店舗では、平成八年一月までの各券種のカード毎の券売額と当該券種のカードによる消費額がほぼ見合っていたのに(例えば、一月分で見れば、氷上ダイヤの一万円券の券売額四四万円に対し消費額は五〇万円、五〇〇〇円券のそれは一九七万円に対し二〇〇万円、三〇〇〇円券のそれは四五三万円に対し四四九万円、篠山ダイヤの一万円券の券売額五四三万円に対し、消費額が五八一万円、五〇〇〇円券のそれは二八三五万円に対し二八四七万円、三〇〇〇円券のそれは四七〇〇万円に対し四七〇四万円である。)、本件期間においては、原告が「原告の主張(一)(1)」に主張するとおり、券売額と消費額の違差が生じた(以下「本件違差額」という)。例えば、氷上ダイヤの平成八年二月二三日には、一万円券の券売額が二七万円であるのに一万円券による消費額が一五一万円、五〇〇〇円券の券売額が一二三万円に上っているのに五〇〇〇円券による消費額はわずか二万円であり、同様のことは氷上ダイヤの他の日時のみならず、時期を合わせるように篠山ダイヤにおいても起こっていた。例えば、篠山ダイヤでは、平成八年二月二一日から同月二八日の間の七営業日において、一万円券の券売額がゼロであるのに、一万円券による消費額が四一二万円、三月一日から一〇日までの九営業日において、一万円券の券売額が四〇二万円であるのに、一万円券による消費額が八七五万円に上るという具合であった。
4 また、正規のカードには固有のID番号が打たれ、同一のID番号を打たれたカードは一枚しか存しないが、一枚の正規のカードを基にデーターをコピーして複数枚のカードが偽造された場合、本件システムでは、パチンコ台に取り付けられたカードユニットに使用されたカードのID番号と消費額を記録し、特定のID番号のカードが同一ユニットで額面額以上消費されようとすると、コンピューターの判断で当該カードを排出するため、このようなカードが同一ユニットで大量に利用されると店舗内で頻繁に排出が生じ、この場合は偽造カードを他のユニットでしか使用できないようになっている。
ところが、氷上ダイヤにおいては、緒方が賃借する以前の平成七年一二月、平成八年一月には排出カードは一枚もなかったのに、緒方が賃借後の同年二月には九二九枚、同年三月には五九二枚、四月には六五一枚、五月には二二二枚、被告甲野が管理していた篠山ダイヤにおいても同年二月に四九七枚、三月には四二九枚、四月には一四〇枚が排出されるという具合であった。
5 原告から加盟店に販売されたカードはそのままではユニットで使用することができず、券売機を通して特定の磁気情報を書き込むことによりはじめてユニットで使用できるようになっており、仮に、店舗が他店から券売前の横流しカードを購入して券売機で客に販売した場合、原告から正規に購入したカードの販売額を上回る券売額が計上されることになる(逆に、店舗が券売前のカードを横流しすると、原告が店舗に販売しただけの券売額による売上が上がらないことになる)。
ところで、被告店舗に本件システムが導入されて以後、原告が変造カードの使用を防止するため、一万円券の利用を停止した平成八年四月二一日までに、氷上ダイヤに販売した一万円券の販売総額は一八九一万円(使用停止により被告会社の在庫カードを原告が額面額で引き取ったため、被告会社に在庫はない。以下同じ)、篠山ダイヤへの販売総額は二七〇三万円であるのに、この間、氷上ダイヤにおける券売総額は一九八二万円、篠山ダイヤにおけるそれは二七五一万円であった。
同様に、五〇〇〇円券についてみても、氷上ダイヤへの販売総額が五七五〇万円であるのに券売総額が六八〇二万円、篠山ダイヤへの販売総額が六七五〇万円であるのに、券売総額が六八四三万円であった。
6 篠山ダイヤを管轄する兵庫県篠山警察署管内の原告の加盟店は四、五店舗、氷上ダイヤを管轄する同柏原警察署管内の原告の加盟店は七、八店舗存するが、本件期間、他の店舗において異常なデーターは一切出なかった。
二 右に認定した本件期間における被告店舗でのコンピューターによる券売情報(券売額)、売上情報(消費額)、これに原告の被告会社に対する販売額を相互験証すれば、本件契約やシステムの予定しない不正カードの使用が行われたことを優に認めることができ、しかも、これについては、被告店舗の経営に携わる緒方、M、被告甲野ないし従業員の関わりを否定できず、反対に、被告店舗と関わりのない変造グループ団の所為であることは否定されるべきである。
第一に、被告甲野本人と弁論の全趣旨によれば、パチンコ店は通常一月と八月の売上が一年のうちでも最も多いことが認められるのに、前記2の事実によれば、被告店舗におけるカードによる消費額の異常な増大が本件期間だけに集中し、従前の被告店舗のそれと連続性を欠く程度に突出しているのは余りにも不自然である(変造グループ団がこの地域で活動した場合は、近隣の他の原告の加盟店でも同様の傾向が見られても不自然ではないが、このようなことがなかったことは前述のとおりである。)。そして、この点はさて措くとしても、客は余分なカードを買いだめして持ち帰ることはなく、正規に券売機から購入したカードをその日のうちに使用するのが通常であることからすれば、被告店舗における各券種毎の消費額に見合う同一券種の券売額が記録されて自然であるのに、3の事実はこれまた異常というほかない。端的な例を挙げれば、被告店舗における七営業日の間に一万円券による券売額がゼロであるということは、客が一万円券を購入していないということになるのに、一万円券による消費額が四一二万円にも達したり、逆に、五〇〇〇円券が一二三万円も券売されているのに、五〇〇〇円券による消費額がわずか二万円であるなどという事態は、なんらかの作為を加えなければあり得ないことと断言できる。確かに、本件システムにより券売されたカードは他の加盟店でも使用できるから、客が他の加盟店舗で購入したカードにより被告店舗で遊興した場合は、被告店舗で当日券売された以上の当該券種のカードによる消費額が計上される場合もあろうし、被告店舗で券売を受けた客が他の加盟店舗で当該カードにより遊興すればその逆の場合も予想される。また、例えば、被告店舗で一万円券を券売機で購入した客が一〇〇〇円程度費消したところで当たり台に当たってそれ以上カードを使用することなく一日遊興し、後日残りのカードを使用することがあり得ることも容易に推測できる。しかし、このような例は、数日単位で見れば多少の違差額として出ることがあっても、前記認定のように一日単位で見ても常識的推測の域を超えた違差額として出たり、月間の単位で大きな違差額として出ることは不自然である(仮に、客が他の店舗で購入したカードを被告店舗で大量に使用した場合を想起すれば、当然、近隣の他の加盟店舗のこれら数値にも異常値として記録されて当然であるが、これがないことも前記認定のとおりである。)。
第二に、被告店舗では、原告主張の期間、同一券種毎の違差額がプラス、マイナスとも大きな額に上りながら、各券種毎の違差額の総計がほぼ見合っているというのもかえって不自然である。このように一万円券によるプラスの違差額を他の券種、例えば、五〇〇〇円券、三〇〇〇円券のマイナスの違差額がぴったりと穴埋めをする形となっているのは、基本的事実及び前記認定のパーラークラウンで行われたように、変造カードの利用によって架空消費額を計上し、その結果当該変造券種のカード(被告店舗の場合は一万円券)のプラスの違差額を隠蔽する目的で、マイナスの違差額を計上するための工作と見てとるのが自然である。同時に、このような数値を合わせるための操作は、プラスの違差額に関する情報を掌握できる立場にある者にしてはじめて可能であって、それは即ち被告店舗の券売情報、売上情報を掌握できるM、緒方、被告甲野らを挙げるほかなく、そのような情報に接することのできない外部の変造団による所為であることは否定されるべきである。確かに、被告らが指摘するように、変造団が被告店舗に本件期間潜入して変造カードを使用した場合、変造団が使用額に見合うだけの額をプラスの違差額とみなして同額の正規カードを券売機から購入して持帰ればマイナスの違差額を生み出すことは可能であるが、前記認定事実によれば、そのためには本件期間だけでも優に五〇〇〇万円(マイナス違差額の総計)を超える資金を要するのであり、これに変造カードの使用、購入カードの横流し処分という危険性を考えた場合、とうてい割に合わない仕事であり、ここに変造団の介在を想念することは非現実的といわねばならない。
第三に、4に認定した事実によれば、本件期間における排出カードの記録枚数も異常であるばかりか、被告会社においてもこれに気付きながら放置したことが推測される。およそ、パチンコ営業店舗においては、磁石の使用による打ち玉の出穴への誘導を初めとして、客が正規の遊興を離れた不正を行うことが往々にしてみられ、パチンコ店舗のホールの従業員が不正発見のために神経を尖らせて客の行動の仔細を監視しているであろうことは容易に推測されるが、前記認定の排出カードの記録枚数からすれば、被告会社従業員がこれに気付かないはずがないと考えられるからである。しかのみならず、前示のとおり、被告店舗における一万円券による変造カードの使用は月間数百万円にも上り、月間営業日を二五日としてみても一日平均二〇万円内外に達するが、被告店舗においてそれだけの変造カードの不正使用(もとより、変造カードで悠長に遊戯をするのではなく、変造カードを次々とユニットに差し込んで貸玉を出し続けて景品に換える作業が予定される。)を被告会社の従業員に気付かれることなく本件期間にわたり継続することはホールの監視体制からして不可能に近く、むしろ、遊興目的ではなく消費額を上昇させる目的でカードを利用したものと推定でき、これまた被告店舗の経営管理に携わる人物の関わりがなければなし得ないことと考えられる。
第四に、本件システム上、原告主張の期間に被告会社が本件契約に従った通常の営業をする限り、原告から購入したカードの販売額の範囲内でしか券売額を上げることしかできず、それを超えた券売額が計上されることはあり得ないはずであり、販売額を超えた券売額が生ずるのは、他から横流しカードを購入して券売機で販売する場合しかないと考えられる。
第五に、繰り返し指摘したとおり、仮に被告店舗と無関係の大掛かりな変造グループ団の所為を前提とするなら、それは近隣店舗でも同様の現象が見られるのが自然であるが、以上のような事態が被告店舗にだけ見られたことは前記のとおりである。
右の諸点を併せ考えれば、少なくとも、氷上ダイヤにおける不正カードの使用は、既に他所において横流しカードの購入経験を有するMと同人の資金に頼って氷上ダイヤの経営に乗り出した緒方らのグループに主導されたものと推定されるが(それでも、氷上ダイヤの原告へのカードの発注等は依然被告会社が行っていた)、それが同時に篠山ダイヤでも起こり、その不正利益が被告会社に入金されていることを考えるとき、被告会社の経営者ないし従業員がこれに関わったことを否定できない
というべきである。
三 進んで、原告の被った損害ないし損失について検討する。
1 変造カードの使用について
前記認定事実によれば、被告店舗において本件期間に一万円券のプラスの違差額合計五二〇二万円の変造カードが使用されたものと推認するのが合理的であり、原告が被告会社に同額の消費額を支払ったものであるところ、本件契約においては、被告会社が変造カードを自ら使用することはもとより、その不正使用を黙認することも契約に違背する行為であり、その結果、原告が本来負担すべきでない架空債務を負担させられてこれを支払ったのであるから、被告会社は原告に対し債務不履行により五二〇二万円を賠償する責任があり、被告甲野も、少なくとも被告会社の事業一切を監督する者として民法七一五条二項の責任を免れない。
被告らは、仮にそうであるとするなら、被告会社はマイナスの違差額相当のカードを原告から正規に購入して代金を支払っているから、これが清算されあるいは清算請求権と相殺できる旨主張するが、右の主張を唯一正当化できるのは、現に被告会社が同額のカードを在庫として保管している場合しかあり得ないが、その立証はない(そして、もし、それだけのカードが他に横流しされたとすれば、実際上、正規の販売カードと横流しカードの見分けができない現状では、原告は横流しカードが他店舗で使用された場合の消費額を、別途、他の店舗に事実上支払わねばならない立場に置かれるものである。)。
被告らの主張は採用できない。
2 横流しカードの使用について
本件契約では、加盟店は原告からのみカードを購入して券売することが約されていることは前記のとおりであり、原告以外の者から横流しカードを購入して券売したカードによる消費額を原告から受領する権利がないことは前述のとおりである。
しかして、本件契約締結後、原告が被告会社に販売した一万円券の販売総額は四五九四万円であるから、本件期間にそれ以上の券売額が生じることはあり得ないにもかかわらず、被告店舗における一万円券の券売総額が四七三三万円ということは、その差額の一三九万円は原告から正規に購入していない一万円券が券売機により販売されて被告店舗で使用され、また、五〇〇〇円券についても、販売総額は一億二五〇〇万円であるのに券売総額が一億三六四五万円ということは、その差額の一一四五万円は原告から正規に購入していない五〇〇〇円券が券売機により販売され、被告店舗で使用されたことを示している。
右のように、被告会社が原告以外の者から横流しカードを購入して券売機で販売し、客に消費させることは本件契約に違反するのであるが、これによる原告の損失については一考を要すると考えられる。けだし、横流しカードといっても原告から他の加盟店に正規に販売されたカードであることに変わりがなく、原告は当該カードが客により使用されるに至る経過は別としても、その使用により負担すべき消費額相当額は既に正規の販売額として回収している点である。また、本件システムでは、カードには加盟店間での使用の汎用性が付与されているから(弁論の全趣旨によれば、ギフト用にまで販売されていることが認められる。)、加盟店が原告に請求できる消費額は当該加盟店により券売されたカードの使用により生ずるものに限定されていないことをも考えると、横流しカードが本件契約に違反して購入店以外で使用されるとしても、それだけでは原告には損失が生じないというべきである。
もっとも、カードの横流しの場合は正規の価格の六割程度にしか換金できないのであるから、横流しをする店舗では正規に購入しながら損をして横流しをするにはそれなりの理由があり、その典型が前記のように変造カードの使用と表裏一体となった違差額の隠蔽事例であり、横流しカードの裏には変造カードの使用に伴う別途の原告の損失が存する例も多かろうことは窺えないでもない。しかし、仮にそうであっても、それは変造カードの使用による損害であり、横流しカードの使用による損失とはいえない。加うるに、横流しカードも、変造カードの使用と表裏一体となったものばかりでなく、例えば加盟店からの盗難、紛失による場合も当然考えられるのであり、これら事情からしても、原告の横流しカードの使用による損失を肯認することは困難である。
よって、原告のこの点の請求は理由がない。
四 してみれば、原告の被告らに対する本訴請求は主文一項の限度で理由があるから認容するが、その余の請求は理由がないので棄却する。
(裁判官渡邉安一)