大阪地方裁判所 平成8年(ワ)13483号 判決 1999年10月14日
平成八年(ワ)第一三四八三号 特許権に基づく差止請求権不存在確認請求事件(甲事件本訴)
平成九年(ワ)第一九五九号 特許権侵害行為差止等請求事件(甲事件反訴)
平成九年(ワ)第五八四七号 損害賠償等請求事件(乙事件)
甲事件本訴原告(甲事件反訴被告)・乙事件原告(以下「原告」という。)
菊水化学工業株式会社
右代表者代表取締役
【A】
右訴訟代理人弁護士
内藤義三
右訴訟復代理人弁護士
三木浩太郎
右補佐人弁理士
【B】
甲事件本訴被告(甲事件反訴原告)・乙事件被告(以下「被告」という。)
株式会社ハマキャスト
右代表者代表取締役
【C】
右訴訟代理人弁護士
白波瀬文夫
右補佐人弁理士
【D】
主文
一 原告の甲事件本訴の訴えを却下する。
二 被告の甲事件反訴請求及び原告の乙事件請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、全事件を通じてこれを二〇分し、その一九を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
事実及び理由
事実及び理由は、別紙「事実及び理由」のとおりであり、それによれば、原告の甲事件本訴は確認の利益を欠く不適法な訴えであり、被告の甲事件反訴請求及び原告の乙事件請求はいずれも理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 高松宏之 裁判官 安永武央)
別紙事実及び理由
以下、書証の掲記は「甲1」などと略称し、枝番のすべてを含むときには、その記載を省略する。
第1請求
(甲事件本訴)
被告は、原告に対し、原告が別紙イ号方法目録記載の塗装方法を実施することにつき、特許第2119087号に係る特許権に基づく差止請求権を有しないことを確認する。
(甲事件反訴)
1 原告は、別紙目録1記載の方法を用いて混合材を塗布し又は第三者をして塗布させ、別紙目録2記載の自然石材調壁面を製造してはならない。
2 原告は、別紙目録1の2記載の方法を用いて混合材を塗布し、別紙目録2記載の自然石材調シートを製造してはならない。
3 原告は、別紙目録2記載の自然石材調シートを販売してはならない。
4 原告は、別紙目録1及び1の2記載の各方法並びに別紙目録2記載の自然石材調壁面及び自然石材調シートを宣伝、広告してはならない。
5 原告は、別紙目録1記載の方法を用いて混合材を塗布するために使用される別紙目録3記載の混合材を販売してはならない。
6 原告は、その占有に係る別紙目録2記載の自然石材調シートを廃棄せよ。
7 原告は、被告に対し、金6億円及びこれに対する平成9年3月7日(甲事件反訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(乙事件)
1 被告は、多頭式スプレーガンを使用して多色塗りすることが、特許第2119087号に係る特許権を侵害する旨を原告の取引先その他の第三者に告知したり、流布してはならない。
2 被告は、原告が別紙イ号方法目録記載の塗装方法を実施することが、特許第2119087号に係る特許権を侵害する旨を原告の取引先その他の第三者に告知したり、流布してはならない。
3 被告は、原告に対し、金200万円及びこれに対する平成9年6月25日(乙事件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 基礎となる事実(いずれも争いがないか弁論の全趣旨により認められる。)
(1) 当事者
原告及び被告は、それぞれ塗装材料の製造及び販売並びに塗装工事の請負を業とする会社である。
(2) 被告の特許権
被告は、次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。
ア 発明の名称 混合材の塗布方法
イ 出願日 昭和58年5月11日
(特願昭58ー83098号)
ウ 公告日 平成5年2月5日
(特公平5ー9587号)
エ 登録日 平成8年12月6日
オ 特許番号 第2119087号
カ 特許請求の範囲
本件特許権の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、本判決添付の特許公報の該当欄記載のとおりである(以下、本件特許権に係る特許発明を「本件発明」という。)。
(3) 本件発明の構成要件の分説
本件発明の構成要件は、次のとおり分説するのが相当である。なお、本件特許権の請求項2及び3は、請求項1の実施態様項であるから、後記本件各請求の当否を判断するに当たっては、請求項1のみを検討すれば足りる。
A 適度に粉砕した自然石を、合成樹脂中に混入してなる混合材の
B 異なる色のもの複数種を1機のスプレーガン内の別個のタンクにそれぞれ用意し、
C 該複数種の混合材を複数の吹き付け口を有する多頭式スプレーガンの別個の吹き付け口から
D 同時に吹き付けることによって、
E 非混合多色状に塗布すること
F を特徴とする混合材の塗布方法。
(4) 原告の行為
原告は、①異なる色の混合材を多頭式ガンを使用して吹き付ける塗装工事を行い(その塗装壁面見本が検乙1〔商品名チャイナトーン〕)、②異なる色の混合材を使用して吹き付け塗装した自然石材調シートを製造、販売している(その製品見本が検乙2〔商品名モダンアートストーン〕)。
なお、①のチャイナトーン用塗装方法について、原告は別紙イ号方法目録のとおりであると主張するのに対し、被告は別紙目録1のとおりであると主張している。また、②のモダンアートストーン用塗装方法について、被告は別紙目録1の2のとおりであると主張するのに対して、原告はこれを否認している。
また、被告は、原告が①のチャイナトーン及び②のモダンアートストーンの構造を別紙目録2のとおり、原告が①及び②の塗装を行う際に使用する混合材を別紙目録3のとおりであると主張するのに対し、原告はこれを争っている。
(5) 被告による書面の送付
被告は、平成8年12月20日、建築業界関係者に対し、「『特許』のお知らせとお願いについて」と題する書面(甲20)を送付した。
(6) 原告のチャイナトーン用塗装方法は、本件発明の構成要件B、C及びFを充足する。
2 本件各事件における請求の内容
(1) 甲事件本訴
甲事件本訴は、原告が、被告に対し、チャイナトーン用塗装方法はいずれも本件発明の技術的範囲に属しないとして、原告が同方法を実施することに対して本件特許権に基づく差止請求権を有しないことの確認を請求した事件である。
(2) 甲事件反訴
甲事件反訴は、被告が、原告に対し、原告のチャイナトーン用塗装方法及びモダンアートストーン用塗装方法はいずれも本件発明の技術的範囲に属するから、それらの実施は本件特許権を侵害するとして、①特許法100条1項に基づき別紙目録1の塗装方法を使用して別紙目録2の自然石材調壁面を製造することの差止め、②同項に基づき別紙目録1の2の塗装方法を使用して別紙目録2の自然石材調シートを製造することの差止め、③同項に基づき同自然石材調シートを販売することの差止め、④同条1項又は2項に基づき別紙目録1及び1の2の各塗装方法並びにこれらによって製造された別紙目録2の自然石材調壁面及び自然石材調シートの宣伝及び広告の差止め、⑤同条2項に基づき別紙目録1及び1の2の各塗装方法に使用する混合材を販売することの差止め、⑥同条2項に基づき別紙目録1の2の塗装方法によって製造された原告占有に係る別紙目録2の自然石材調シートの廃棄、⑦本件特許権及びその出願公告に基づく仮保護の権利の侵害に基づく平成5年2月6日から同10年1月6日までの間の別紙目録1及び1の2の各方法の実施による実施料相当額の支払(不法行為又は不当利得に基づく)を各請求した事案である。
(3) 乙事件
乙事件は、被告による書面の送付(前記1(5))が不正競争防止法2条1項11号の不正競争行為に該当するとして、①同法3条に基づき、多頭式スプレーガンを使用して多色塗りすること及び別紙イ号方法目録記載の塗装方法を実施することが、本件特許権を侵害する旨を第三者に告知等することの差止めを求め、②同法4条に基づき、被告の同行為によって被った損害の賠償を請求した事案である。
3 争点
(全事件共通)
(1) 原告のチャイナトーン用塗装方法は、本件発明の技術的範囲に属するか。
ア 原告のチャイナトーン用塗装方法の特定
イ 原告のチャイナトーン用塗装方法は、本件発明の構成要件Aの「自然石」の要件を充足する又は同要件と均等の方法か。
ウ 原告のチャイナトーン用塗装方法は、本件発明の構成要件Dの「同時に吹き付ける」の要件を充足するか。
エ 原告のチャイナトーン用塗装方法は、本件発明の構成要件Eの「非混合多色状」の要件を充足するか。
(2) 本件発明には無効事由があるか。
(甲事件反訴関係)
(3) 原告のモダンアートストーン用の塗装方法は、本件発明の技術的範囲に属するか。
ア 原告のモダンアートストーン用塗装方法の特定
イ 原告のモダンアートストーン用塗装方法は、本件発明の構成要件を充足するか。
(4) 原告が製造又は販売する自然石材調壁面及び自然石材調シートの構造の特定
(5) 被告は、特許法100条に基づいて、甲事件反訴請求の趣旨4項及び5項の請求ができるか。
(6) 損害額。
(乙事件関係)
(7) 被告による書面の送付(前記1(5))が不正競争防止法2条1項11号の営業誹謗行為に該当するか。
(8) 損害額。
第3争点に関する当事者の主張
1 争点(1)ア(チャイナトーン用塗装方法の特定)について
【原告の主張】
原告のチャイナトーン用塗装方法は、別紙イ号方法目録記載の方法である。
【被告の主張】
原告のチャイナトーン用塗装方法は、別紙目録1記載の方法である。
2 争点(1)イ(チャイナトーン用塗装方法の「自然石」の要件の充足・均等)について
【被告の主張】
ア 原告のチャイナトーン用塗装方法は、別紙目録1のとおりであって、その塗材たる混合材の骨材には、寒水砂と着色珪砂が使用されている。これらの骨材は、イ及びウで述べるとおり、「自然石」の要件を満たす。
また、被告は、別紙イ号方法目録において、このほかに黒色が必要なときは鉱物滓が添加されると主張するが、それによっても鉱物滓は必須成分ではなく、任意に添加されることがあるにすぎないし、被告の行った塗装面の分析(乙33)には鉱物滓の存在は認められなかったから、鉱物滓が添加されていることから原告のチャイナトーン用塗装方法が「自然石」の要件を満たさないことにもならない。
イ 本件発明の特許請求の範囲には、「自然石」と記載されており、その概念は明確であって、これを特別の限定された意味に解する理由はないところ、原告のチャイナトーン用塗装方法では寒水砂と珪砂が骨材として使用されており、これらは自然石であるから、原告のチャイナトーン用塗装方法で用いられている骨材は「自然石」である。原告のチャイナトーン用塗装方法では、これらの自然石に顔料で着色しているが、顔料で着色してみてもそれらが人造石になるわけではなく、「自然石」である点に変わりはない。
原告は、本件明細書中の発明の詳細な説明を指摘して、「自然石」とは、塗装材料自体に自然石を粉砕したものを用いることと解すべきであると主張するが、原告指摘の本件明細書中の記載は本件発明の典型例についての説明にすぎず、自然石に加工を加えることを積極的に排除する趣旨ではないから、原告主張のような限定解釈は不当である。
ウ 仮に原告方法の着色珪砂が本件発明の「自然石」の要件を満たさないとしても、次のとおり、均等の範囲に属する。
本件発明は、多頭式スプレーガンを用いて、別個の吹き付け口から骨材を含む塗料(混合材)を同時に吹き付けることにより自然石調の塗装壁面を形成することに特徴があるものである。したがって、次のとおり、仮に自然石をセラミックスに置き換えても均等の範囲に属し、まして自然石に顔料で着色したものが均等の範囲に属するのは明らかである。
(ア) 混合材の成分が自然石かセラミックスかは、本件発明の本質的部分ではなく、顔料による着色の有無も同様である。
(イ) 自然石をセラミックスに置き換えても、本件発明の目的たる「自然石と同様の美観を呈し、安価で簡単に製造できる建築用仕上材」を得ることを達成でき、同一の作用効果を奏する。また、顔料による着色があっても同様であり、現に原告方法による塗装面は、本件発明と同様の「天然石調」である。
(ウ) 自然石をセラミックスに置き換えることは、本件明細書に記載されており、また、別件特許出願に対する特許庁審判官の拒絶理由通知(乙37)からしても、当業者であれば、原告方法の実施の時点において容易に想到することができたものである。また、顔料による着色についても同様である。
(エ) 多頭式スプレーガンを用いて、別個の吹き付け口から、骨材としてセラミックスを含む塗料(混合材)を同時に吹き付けることにより、自然石調の塗装壁面を形成する方法が、本件発明の特許出願時における公知技術と同一又はこれから容易に推考できたものではなく、本件発明の特許出願の手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの事情もない。そして、この点は顔料による着色についても同様である。
【原告の主張】
ア 本件明細書の記載に徴すれば、本件発明は、自然石の板自体を用いるときは自然石の外観は得られるが高価であり、他方、従来の仕上材を用いる場合には自然石の外観を現出することはできないとして、従来の吹き付け法と従来の吹き付け材料の組合せを否定している。その上に立って、本件発明は、吹き付け法と吹き付け材料の組合せを工夫することによって、自然石の外観を現出することを可能なようにしたものである。
このように本件発明は、吹き付け法のみならず吹き付け材料を工夫した点も重要な要素であり、吹き付け材料として適度に粉砕した自然石を用いることの効果として、「仕上材の骨材として自然石を粉砕したものを使用しているため、…従来の自然石と比較しても遜色がない。」、「本発明においては、(外観が)自然石の色そのままであるため、色合い等は当然自然石と変わらず…」(本件公報7欄5行目以下)とされている。
したがって、本件発明において自然石を用いるということの意義は、より自然石の外観に近づけるために、塗装材料自体に自然石を粉砕したものを用いるということであり、その自然石が自然に有する色合い等をそのまま塗装結果の外観に利用するという意味であると理解すべきである。
そして、原告のチャイナトーン用塗装方法は、別紙イ号方法目録のとおり、塗装材として着色珪砂、鉱物滓を合成樹脂中に混入したものを用いており、得たい外観は人工物の色合いによって得ているから、構成要件Aの「自然石」の要件を充足しない。
イ 被告は、均等の主張をするが、先に述べたような本件発明の内容からすれば、吹き付け材に「自然石」を用いる点は、本件発明の本質的部分であるから、均等の要件を欠く。
また、原告のチャイナトーン用塗装方法は、公知の塗装材料を、公知の多頭式スプレーガンを用いて塗装するものにすぎないから、公知技術から容易に推考することができる技術である。したがって、この点でも均等の要件を欠く。
3 争点(1)ウ(原告のチャイナトーン用塗装方法の「同時に吹き付ける」の要件の充足)について
【原告の主張】
本件明細書(本件公報6欄2~11行目)には、多頭式スプレーガンの各噴射ノズルの焦点が「ぴったり一点に集中すると、3色の材料が混合、もしくは積層され一色になるため、効果が薄れる。そこで、それぞれの噴射ノズルの焦点をわずかにずらして設置されている。」と記載されている。
また、被告は、本件発明の特許出願の拒絶査定に対する不服審判手続における審判理由補充書(甲2の3)、特許異議申立事件における上申書(甲2の4)及び無効審判請求事件における答弁書(乙25)において、各噴射ノズルの焦点を一致させない点に新規性があると主張している。
したがって、本件発明の構成要件Dの「同時に吹き付ける」とは、各噴射ノズルの焦点がずらされていることを要すると解すべきであり、このように解さない場合には出願経過における被告自身の主張と矛盾する(いわゆる包袋禁反言の原則)。
原告のチャイナトーン用塗装方法は、別紙イ号方法目録のとおり、各噴射ノズルの焦点を一致させているから、本件発明の構成要件Dの「同時に吹き付ける」の要件を充足しない。
【被告の主張】
原告は、本件発明の構成要件Dの「同時に吹き付ける」とは、噴射ノズルの焦点がずらされていることを要すると主張する。
しかし、まず、本件発明の特許請求の範囲にはそのように限定する文言はない。また、原告が指摘する明細書の記載は、それに引き続いて、「しかし、現実的には、焦点がぴったり一致していても、人がスプレーガンを手によってスプレーするため、壁等との距離や角度がずれるため、あまり問題にはならない。」(本件公報6欄7~11行目)と記載されているから、本件明細書の記載も原告の主張の根拠にならない。
さらに、原告が主張する審判理由補充書等の記載は、原告が主張するような趣旨を記載したものではなく、何ら包袋禁反言の根拠にならない。
4 争点(1)エ(原告のチャイナトーン用塗装方法の「非混合多色状」の要件の充足)について
【原告の主張】
ア 本件発明は、特許請求の範囲に定める塗装方法によって、従来の技術では得られなかった「非混合多色状」の自然石とほとんど同様の外観を有する塗面を得る点に本質があるから、従来技術によって得られる塗装面は、「非混合多色状」の要件を満たさないと解すべきである。
イ 本件発明の特許出願の以前から、スプレーガンとしては、1槽1頭ガン、3槽1頭ガン、丸型3槽3頭ガンが公知であったが、これらを用いて実際に吹き付け塗装を行ったところ、いずれも自然石風の塗装面が得られた(甲13ないし15)。そして、原告のチャイナトーン用塗装方法を使った塗装面(甲16)は、これらの公知技術による塗装面と有意的な差異は認められない。また、原告のチャイナトーン用塗装方法に用いるスプレーガンも、前記の丸型3槽3頭ガンと有意差はない。
ウ したがって、原告のチャイナトーン用塗装方法は構成要件Eの「非混合多色状」の要件を充足しない。
【被告の主張】
ア 本件明細書では、「非混合多色状とは、それぞれ色の異なった混合材を、互いに色が混ざらないように、塗布するということである。」(本件公報4欄20~22行目)、「仕上材の黒色部1a、灰色部1b、白色部1cはそれぞれ黒色微粒2a、灰色微粒2b、白色微粒2cによって構成されている。しかし、人間の目には、おのおのの微粒はほとんど意識されず、着色部1a、1b、1cが1体として認識されるため、自然石と同様の外観を呈する。」(本件公報5欄29~35行目)、「本発明塗布方法によれば、吹き付け単位が別個であるため混合したものとならず、比較的大きな同一色部分ができ、自然石とほとんど同様の外観を呈することができる。」(本件公報6欄19~22行目)との記載を併せ考慮すると、「非混合」とは、「異なる色の混合材が、スプレーガンの別個の吹き付け口から同時に飛び出し、同色の複数の骨材同士が集合した状態で、外壁等に貼着すること」を意味し、「多色状」とは、「複数種の自然石の骨材色そのものがランダムに複数種存在し、その外観が自然石とほとんど同様な状態であること」と理解できる。
したがって、「非混合多色状」とは、「異なる色の混合材が、同色の複数の骨材同士が集合した状態で外壁等に貼着する結果、複数種の自然石の骨材色そのものの色がランダムに複数種存在し、その外観が自然石の外観と同様な状態」と解するのが相当である。
原告のチャイナトーン用塗装方法によって得られた塗面は、明らかにこのような自然石調であるから、構成要件Eの「非混合多色状」の要件を充足する。
イ 原告は、公知の塗装方法によってもチャイナトーン用塗装方法によるのと有意的差異のない壁面が得られると主張するが、原告が公知であるとする塗装方法は、現在の技術に手を加え、工夫したやり方、又は単に試験又は研究のためのやり方であって、従来の実用的なやり方ではない。
また原告は、チャイナトーン用塗装方法に使用しているスプレーガンは公知のガンだと主張するが、原告が使っているガンは、本件明細書中の図面で開示されているものと同一のものであり、これは公知ではない。
5 争点(2)(無効事由)について
【原告の主張】
本件発明には、次の諸点で無効事由がある(詳細は1997年8月27日付け原告準備書面参照)。
(1) 被告は、本件発明の特許出願前の昭和57年9月に河内長野市内の山原ビルの、同年10月に三木市内の但馬銀行三木支店の、同58年4月に神戸市内のハイコート御影の各外壁塗装工事を本件発明の方法によって公然と行った。
(2) 本件発明は、特許出願当時の公知文献(甲2の11ないし52)に記載されており、新規性がないか、それらから容易に推考し得たものである。
(3) 本件発明は、先願発明(特願昭57ー1138)と同一である。
(4) 本件発明の特許請求の範囲には、スプレーガンの各噴射ノズルの焦点をどの程度ずらすのか、噴射ノズルの口径、圧縮エアーノズルの口径等、「非混合多色状」の塗装面を得るための構成が明らかにされておらず、記載不備である。
【被告の主張】
本件発明に原告指摘の無効事由はない(詳細は平成9年10月13日付け被告準備書面参照)。
(1) 被告が原告指摘の各工事を行った点は認めるが、本件発明を用いて公然と行ったわけではない。
(2) 原告指摘の各種文献において、本件発明の構成が開示されているものはないし、それらから推考が容易でもない。
(3) 原告の主張(4)は、すべて当業者が本件発明を実施する際に適宜設計的に選択すべき事項にすぎない。
7 争点(3)ア(モダンアートストーン用塗装方法の特定)について
【被告の主張】
原告のモダンアートストーン用塗装方法は、別紙目録1の2の方法である。
(1) 原告のモダンアートストーンの塗装面(乙3)は、従来技術による1槽1頭ガンによる重ね吹き(乙22)や3槽1頭ガンによる吹き付け(乙23)とは異なり、本件発明による塗装(乙21、検乙8)と同一の「非混合多色状」となっている。したがって、原告のモダンアートストーン用塗装方法は、別紙目録1の2のとおりと推定される。
(2) 本件発明は、物を生産する方法に関する発明であるところ、本件発明の方法によって得られた非混合多色状の塗装面は、本件発明の特許出願前には日本国内において存在しなかったものである。そして、原告のモダンアートストーン用塗装方法によって得られた塗装面は別紙目録2のとおりであって、これは本件発明の方法によって得られる塗装面と同一である。
したがって、原告のモダンアートストーン用塗装方法は、特許法104条により、別紙目録1の2の方法により生産されたものと推定される。
【原告の主張】
原告のモダンアートストーン用塗装方法は、別紙目録1の2記載の方法ではなく、公知の3槽1頭ガンを使用した方法である(ただし営業秘密が含まれているため、全貌は開示できない。)。
(1) 被告は、塗装面に関する分析結果から原告のモダンアートストーン用塗装方法が推定されるとするが、この方法による塗装面は、公知の塗装方法による塗装面と有意な差異がないから、塗装面から塗装方法を推認することはできない。
(2) 本件発明の方法による非混合多色状の壁面が新規物質であるとの点は争う。また、特許法104条に基づいて新規物質であることを主張する場合は、その物質が何かを具体的にその物質の構造で特定すべきである。
8 争点(3)イ(原告のモダンアートストーン用塗装方法の本件発明の構成要件充足性)
【被告の主張】
原告のモダンアートストーン用塗装方法は、別紙1の2のとおりであり、それは本件発明の構成要件をすべて充足する。その詳細は、争点(1)イないしエに関する被告の主張のとおりである。
【原告の主張】
被告の主張は争う。その詳細は、争点(1)イないしエに関する原告の主張のとおりである。
なお、原告のモダンアートストーン用塗装方法は、3槽1頭ガンを使ったものであるから、この点でまず、本件発明の構成要件を充足しない。
9 争点(4)(原告が製造又は販売する自然石材調壁面及び自然石材調シートの構造の特定)について
【被告の主張】
原告のチャイナトーン用塗装方法及びモダンアートストーン用塗装方法によって得られた塗装面は、別紙2のとおりである。
【原告の主張】
被告の主張は争う。
別紙目録2は、その構成5及び6において方法の要素を取り込んでおり、差止め又は廃棄請求の対象の特定として適切でない。
10 争点(5)(甲事件反訴請求の趣旨4項及び5項の請求の可否)
【被告の主張】
(1) 甲事件反訴請求の趣旨4項は、特許法100条1項又は2項に基づいて請求することが可能である。
(2) 同5項は、原告がチャイナトーン用塗装方法を他の塗装業者に行わせる場合の教唆行為の一つである別紙目録3記載の混合材の販売の停止を求めるものであり、特許法100条2項に基づいて請求することが可能である。
【原告の主張】
(1) 甲事件反訴請求の趣旨4項については、特許法上、請求することができない。
(2) 同5項については、別紙目録3記載の混合材を何に使用するかは、販売先の第三者が決定することあり、原告が判断し得ることではないから、執行不能な請求である。
11 争点(6)(甲事件反訴請求の損害額)
【被告の主張】
本件特許権の出願公告がなされた平成5年2月6日から本件反訴提起前の平成10年1月6日までの間に、原告は、①別紙目録1の方法の実施によって少なくとも70億円の売上高を得、②同目録1の2の方法の実施によって少なくとも30億円の売上げを得たところ、本件特許権の実施料率は6%が相当を下らないから、実施料相当損害金の額は、6億円を下らない。
【原告の主張】
被告の主張は争う。
12 争点(7)(営業誹謗行為の有無)について
【原告の主張】
被告は、平成8年12月ころから、原告の取引先に対し、「『特許』のお知らせとお願いについて」と題する文書(甲20)を送付した。そこでは、およそ多頭式スプレーガンを使用する多色塗装が本件特許権を侵害するとの趣旨の記載があり、また、原告のチャイナトーン用塗装方法も本件特許を侵害するという趣旨の記載があるが、これらはいずれも原告の信用を害する虚偽の事実の記載である。
したがって、被告による前記文書の送付は、不正競争防止法2条1項11号の不正競争行為に該当する。
【被告の主張】
まず、甲20の文書は、特定の事業者を指して特許権侵害と呼んで営業上の信用に関わる事実を記載しているものではないから、原告の営業上の信用を害するものではない。
また、甲20の文書が原告の営業上の信用を害するものだとしても、争点(1)に関する被告の主張のとおり、原告方法は本件特許権を侵害しているから、その内容は虚偽ではない。
13 争点(8)(乙事件の損害額)について
【原告の主張】
被告の不正競争行為は、少なくとも過失に基づくものであるところ、原告は、被告による不正競争行為のために取引先を失い、また信用を回復するために広告等の出費を余儀なくされた。これによる損害は、200万円を下らない。
【被告の主張】
原告の主張は争う。
第4争点に対する当裁判所の判断
1 まず争点(1)イ(チャイナトーン用塗装方法の「自然石」の要件の充足・均等)について検討する。
(1) 本件発明は、「混合材の塗布方法」に関する発明であるが、その塗材となる「混合材」についての特許請求の範囲の記載は、「適度に粉砕した自然石を、合成樹脂中に混入してなる混合材」とのみあり、骨材としては「適度に粉砕した自然石」との記載があるものの、これが自然石に対する人工的な着色を含む趣旨か否かはその記載だけでは両様に解する余地がある。
(2) そこで、本件発明の構成要件Aの「自然石」の意義について、本件明細書の記載を参酌して検討する。
ア 甲1によれば、本件明細書に次の記載があることが認められる。
(ア) 「従来の技術」欄
「建築物の外壁の仕上げとして、従来から、その美観と耐候性から、天然の石がよく用いられていた。…しかしながら、自然石は近時非常に少なく、その多くを輸入に頼っており、運搬費等から高価なものとなっている。…そこで、これに代わるものとして種々建築物の外壁、床面、柱、内壁等の仕上材が発明され、使用されている。建築物仕上材を外壁等に塗布する方法としては、従来からコテ塗り法、ローラー法、吹き付け法等がある。…これら種々の方法においても、やはり自然石のもつ美観が優れているため、それに近い外観を現出するように工夫されている。」(本件公報1欄22行目~2欄23行目)
(イ) 「発明が解決しようとする課題」欄
「しかしながら、上記従来の方法では、次のような欠点があった。…結局、従来の仕上材を用いる方法では、自然石の外観を現出することはできなかった。従って、建築業界等においては、永年自然石と同様の美観を呈し、安価で簡単に製造できる建築物仕上材が切望されていた。」(本件公報3欄1~31行目)
(ウ) 「課題を解決するための手段」欄
(a) 「混合材は、自然石を適度の粒度分布を示すよう粉砕するか、種々粉砕したものを適度の粒度分布を示すよう混合するかしたものを骨材とし、これを合成樹脂に混入したものである。」(本件公報4欄5~8行目)
(b) 「本発明でいう骨材の製造方法としては、自然石を粉砕するだけでよい。」(同14~15行目)
(c) 「これが、本発明方法に使用する混合材の要旨であるが、これには、作業性をよくするための増粘剤、貯蔵時の容器の保護(防錆)のためのpH調整剤、消泡剤、等を加えてもよい。」(同16~19行目)
(エ) 「実施例」欄
実施例では、「粉砕した自然石」を骨材とする例が示された上で、「骨材の粒度分布であるが、その模様の表現によって自由に選択できるが、その強度や美観から本実施例では次のような粒度分布のものを採用した。…自然石を粉砕して使用するため、人工的に顔料を加えたもの等に比較して、粒度が大きめの方がよい。これは、色が出にくいことと、自然石が持つ縞模様、点々模様等をなるべく有効に活かすためである。」(本件公報5欄1~6行目)
(オ) 「発明の効果」欄
(a) 「従来の予め1つのタンク内で複数色の材料を混合する方法では、吹き付け単位(吹付口から噴出された1かたまり)自体が混ざったものとなるが本発明塗布方法によれば、吹き付け単位が別個であるため混合したものとならず、比較的大きな同一色部分ができ、自然石とほとんど同様の外観を呈することができる。このことが、本発明の最も大きな特徴であり、これはタンク内で異色の材料を混合しないという方法でのみ成しえるものである。」(本件公報6欄16~25行目)
(b) 「また、自然石と合成樹脂であるため、少し厚く塗布し、表面をグラインダー等で平に研磨することもできる。」(同6欄36~38行目)
(c) 「また、発明者が既に発明し、特許出願もした顔料とともに焼成したセラミックスを骨材として、合成樹脂中に混合したものを、非混合多色状に塗布した建築物では、その構成部分はそれぞれ、単一の色であるが、本発明は自然石を使用しているため、その粒子自体が自然の模様、色の微妙な差を有しており、出来上がったものは、より自然石に近いものとなる。」(同6欄41行目~7欄4行目)
(d) 「本発明に使用する仕上材の骨材として自然石を粉砕したものを使用しているため、耐候性が優れ、従来の自然石と比較しても遜色がない。また、その美観については、建築物の外観の非常に重要な要素を占めるものであるが、本発明においては、自然石の色そのままであるため、色合い等は当然自然石と変わらず、また逆に、その混合によっては自然石とはまったく異なった人工の模様等も表現できる。」(同7欄5~13行目)
イ これらの明細書の記載からすれば、本件発明は、自然石と同様の外観を有する塗布面を得るために、まず、異なる色の混合材を1機のスプレーガンの別個のタンクに用意し、それらを多頭式スプレーガンの別個の吹き付け口から同時に吹き付けることによって、非混合多色状の塗布面を得た点に第1の特色があるが(前記ア(オ)(a))、前記ア(ウ)(b)、(エ)及び(オ)(c)(d)の本件明細書の記載からすれば、本件発明は、それに加えて、混合材の骨材として粉砕した自然石を使用したため、塗布面の外観に自然石の色合いがそのまま表れることから、塗布面がより自然石らしくなるという点にも特色があり、両者が相俟って、自然石とほとんど同様の外観を有する塗布面を得ることができるものであると解するのが素直である。
(3) 次に、本件発明の特許出願当時における本件技術分野の状況を踏まえて、上記明細書の記載を検討する。
ア 後掲各証拠によれば、本件発明の特許出願当時、本件技術分野の状況は次のようなものであったと認められる。
(ア) 自然石を使用せずに、仕上材や塗装方法を工夫することによって、自然石と同様の塗布面を得ることが建築業界等における技術的な課題とされていたことは、本件明細書の記載(前記(2)ア(ア))のとおりである。
(イ) 骨材をアクリルエマルジョン中に混合させた混合材を、スプレーガンを用いて塗布するいわゆる骨材吹きの塗装方法は、本件発明の特許出願当時から知られており、骨材吹きに使用する骨材としては、大理石粉、御影石粉、着色珪砂、有色陶磁器粉、セラミックス粉、着色ガラス細粒等が知られていた(甲2の48、51)。
(ウ) 甲2の53(特開昭58ー119376号公開特許公報。出願:昭和57年1月6日、公開:昭和58年7月15日)には、特許請求の範囲の記載を「被塗装面に色調および/または透明度の異なる少なくとも2種の塗料を塗装するに際し、各塗料を吹き付け過程あるいは塗布した被塗装面において不均一状に混合させることを特徴とした釉薬調および/またはみかげ調塗装面の形成方法。」とする発明が記載されており、発明の詳細な説明の欄(甲2の53の3頁右上欄)には、無色透明、無色半透明、着色透明、着色半透明の塗料のうち、透明度や色調の異なる2種以上の塗料を多頭式スプレーガンを用いて塗布し、釉薬調又はみかげ調の風合いを有する塗装面を得ることが記載されている。
(エ) 甲2の11、12及び16は、鈴鹿塗料株式会社の発行に係る「ラフトン ふぶき」、「ラフトン さざなみ」という商品名のエマルション系多彩仕上塗料についての広告又はパンフレットであり、甲2の14によれば、同商品は昭和56年の時点で販売されていたと認められるところ、甲2の11には、「ラフトン多彩様ガン」の説明として、「このスプレーガンは、…双胴、双頭構造で、従来と同じ吹付操作で簡単に多彩仕上げができるように工夫した画期的な機能の製品であります。」とあり、甲2の12は、ラフトン内部用シリーズのパンフレットであるが、そこには、「多彩仕上げは単色を2色組合せてご指定下さい。」との記載があり、これらによれば、「ラフトン ふぶき」、「ラフトン さざなみ」という商品は、2色の異なる塗料を多頭式スプレーガンを使って塗装し、多彩仕上げの塗装面を得るものであったと認められる。
(オ) その他、甲2の50(特公昭55ー36616号特許公報)では、「白色セメント100重量部に対して粒度1mmないし3mmのトラバーチン細粒、80ないし400重量部及び千枝岩粒8ないし40重量部を混合した組成物に加水混合してスラリー状とすることを特徴とする建築用表面塗装用吹付材。」を特許請求の範囲とする発明が開示されている。もっとも、この発明は、いわゆる1頭式ガンを使用して塗装するものである。
(カ) また、甲2の51(特開昭57ー27177公開特許公報)では、「建築物の壁面に、アクリル樹脂エマルションと大理石粉、御影石粉、着色珪砂、有色磁器粉などからなる2色以上の骨材を混合してなる高粘度の吹付け材を吹付けて段差の大きい凹凸模様を形成し、乾燥後凸部の頂部を平坦にカットしてカット面に着色骨材断面を露出させ、次いで全面を透明なアクリル系ないしアクリル―ウレタン系樹脂でコーティングして仕上げることを特徴とする天然石模様を表現した装飾壁面仕上法。」を特許請求の範囲とする発明が開示されている。もっとも、この発明は、いわゆる1頭式ガンを使用して塗装するものである。
イ 以上のとおり、本件発明の特許出願当時においては、自然石調の塗装面を得るべく種々の技術開発が行われており、その中には、塗装材に工夫をしたもの(前記ア(オ))、塗装方法に工夫をしたもの(前記ア(エ)(カ))、塗装材と塗装方法の両者に工夫をしたもの(前記ア(ウ))が存在したものと認められる。このような技術状況からすれば、本件発明は、第1に、塗装材として複数の色の異なる適度に粉砕された自然石を骨材とする混合材を使うという公知技術(ア(カ))と、塗装方法として多頭式スプレーガンを使って別個の吹き付け口から別個の色の塗料を吹き付けるという公知技術(ア(エ))を組み合わせて、非混合多色状の塗装面を得ることとした点に特色があるといえ、これは、前記の明細書の記載に基づく検討とも符合するところである。
しかしながら、本件発明の特許出願当時、混合材の骨材として、単なる自然石のほか、着色珪砂、有色陶磁器粉、セラミックス粉等種々のものが知られていたことは、前記ア(イ)のとおりであるところ、このような状況の中で、本件明細書において前記(2)ア(ウ)(b)、(エ)及び(オ)(c)(d)のような記載がなされ、特に(オ)(c)(d)の記載のように、自然石そのままの色が表面に表れる点でより自然石に近い塗面となることが明確に指摘されている。また、本件発明の特許出願当時、同じ塗装方法でも仕上材に工夫をすることによって、より自然石らしい塗面を得るべく技術開発の努力が行われていたことは、前記のとおりである。これらからすれば、本件発明は、第2に、混合材の骨材として粉砕した自然石を使用したため、塗布面の外観に自然石の色合いがそのまま表れることから、塗布面がより自然石らしくなるという点にも特色があり、これら2つの特色が相まって、自然石とほとんど同様の外観を有する塗布面を得ることができるものであると解される。
(4) 以上によれば、本件発明の構成要件Aにおける「自然石」とは、自然石そのままの色が塗装面に表れるものをいい、顔料等で人工的に着色を加えたものは含まれないと解するのが相当である。
(5) これに対し、被告は、次のとおり主張するが、いずれも採用できない。
ア まず被告は、本件発明の特許請求の範囲における「自然石」との語は意味の明確な語であって、着色された自然石もこれに含まれることは明白であると主張する。
しかし、「自然石」という語が、非人造石という意味で一般的には語義の明確な語であるとしても、本件発明におけるその性質としては「適度に粉砕された」とのみ記載があり、人工着色等の他の工程を加えられたものまで含まれるのか否か(逆にいえば、それらの工程を排除する趣旨か否か)は一義的には明らかでないというべきである。
イ また被告は、本件明細書における記載について、①前記(2)ア(ウ)(b)の記載は単に骨材の製造方法として自然石を粉砕するだけで足りることを述べているにすぎない上、同記載は本件発明の典型的な実施例に関する記載であり、他に着色等の工程を加えることについては何ら排除していないし、ア(ウ)(c)の記載はその証左である、②前記(2)ア(エ)の記載は実施例の記載にすぎない、③前記(2)ア(オ)(c)(d)の記載は、典型的な実施例についての記載であるから、いずれも構成要件Aの「自然石」を限定的に解釈する根拠にはならないと主張する。
しかし、前記(2)ア(ウ)(c)の記載は、作業性をよくするため、又は貯蔵時の容器を保護するための添加物について言及されているところ、自然石に着色をするのは、作業性をよくするため、又は貯蔵時の容器を保護するためとは認められないから、前記記載により、自然石に着色することが含まれるとは解されない。
また、前記(2)ア(オ)(c)(d)の記載は、本件明細書中の「発明の効果」の欄に記載されているところ、特許法施行規則(平成2年通商産業省令第41号による改正前のもの)24条、様式第16の備考14には、「『発明の詳細な説明』の欄には、特許法第36条第3項に規定するところに従い、次の要領で記載する。」とした上で、ハとして、「『発明の効果』には、当該発明によって生じた特有の効果をなるべく具体的に記載する。この場合において、当該記載事項の前には、原則として『発明の効果』の見出しを付す。」とされているから、特段の記載のない限り、同欄に記載されている効果は、実施例の効果ではなく、当該発明自体の効果と解すべきである。確かに、明細書の「発明の効果」の欄において、実施例についての効果を記載すること自体は違法ではないが、前記のような特許法施行規則がある以上、明細書を読む第三者は「発明の効果」の欄に記載された内容を実施例の効果としてではなく、当該発明自体の効果として理解するのが通常であるから、そこに何らの特段の記載がないにもかかわらず、そこに記載された内容を実施例の効果にすぎないと解することは、第三者の予測可能性を著しく害するものであって、相当でないといわねばならない。そして、本件明細書中には、前記記載が実施例に関するものであることを示唆する特段の記載は認められない。したがって、前記記載は、本件発明自体の効果を記載したものと解するのが相当である。
そして、このように、前記(2)ア(オ)(c)(d)の記載が、本件発明自体の効果として記載されていると解される以上、前記(2)ア(ウ)(c)及び(エ)の記載をも併せ考慮すれば、構成要件Aの「自然石」の意義は、前記のとおり解するのが相当である。
(6) そこで次に、原告のチャイナトーン用塗装方法が、構成要件Aの「自然石」の要件を充足するかについて検討する。
争点(1)アのとおり、原告のチャイナトーン用塗装方法の構成については、当事者間に争いがある。しかし、このうち、混合材の骨材の構成については、被告の主張では、「粉砕した自然石である寒水砂と、粉砕された市販の着色珪砂を主成分として用い」たものとされるのに対し、原告の主張では、「粉砕した寒水砂と粉砕していない着色珪砂を主成分として用い」、寒水砂は全骨材の0~100%、着色珪砂は同0~100%の間で配合され、着色珪砂は3色の混合材のうち1色又は2色では必ず10パーセント以上とし、黒色が必要なときには銅鉱滓(8~32%)が添加されるとされており、いずれの主張によっても、骨材として寒水砂以外に着色珪砂が使用されていることは一致している。そして、乙32によれば、寒水砂及び珪砂は一般的な意味での自然石であると認められるから、原告のチャイナトーン用塗装方法に使用する混合材の骨材には、裸の自然石(寒水砂)と人工着色した自然石(着色珪砂)が配合されているということになる。さらに、原告の主張によれば、場合により銅鉱滓も配合されることになる。
これらのうち、まず、銅鉱滓も骨材として使用されているとの原告の主張について検討すると、確かに乙33の原告のチャイナトーン用塗装方法による塗装面の分析結果(試験体C)では銅鉱滓の含有は認められない。しかし、乙34によれば試験体Cには黒色骨材が含まれていないから、原告の主張に照らせば、乙33の分析結果中に銅鉱滓が含有されていないことをもって、およそ原告のチャイナトーン用塗装方法に用いる混合材の骨材に銅鉱滓が含まれることがないとはいえない。そして、銅鉱滓は、組成的に見ておよそ自然石とはいえないから、銅鉱滓が骨材として相当程度含有される場合には、自然石そのままの色合いによって塗装面の外観が形成されているのと同視することはできない。したがって、その場合には、原告のチャイナトーン用塗装方法が本件発明の「自然石」の要件を充足するとはいえない。
また、仮に銅鉱滓の骨材への配合を捨象して検討すると、原告のチャイナトーン用塗装方法による塗装面の分析結果(乙33、34)によれば、試験体Cの含有物質は、方解石が全体の42%であり、石英が全体の10%であったことが認められ、甲4ないし6によれば、方解石は寒水砂の構成成分であり、石英は珪砂の構成成分であることが認められるから、その他の「岩石岩片と不透明物質」をも骨材に含めても、骨材全体に占める割合は、寒水砂が77.8%、着色珪砂が18.5%ということになる。そして、この程度の割合の着色珪砂が骨材に配合されている場合には、なお塗装面に表れた骨材の色がすべて自然石の色合いそのままである場合と同視することはできないというべきであり、原告のチャイナトーン用塗装方法における骨材の配合において、着色珪砂の配合割合がこれを大きく下回る場合があることを認めるに足りる証拠もない。
したがって、原告のチャイナトーン用塗装方法は、その構成につて両当事者のいずれの主張によるにせよ、構成要件Aの「自然石」の要件を充足しない。
もっとも、原告のチャイナトーン用塗装方法において骨材に着色珪砂を使用していても、塗布面を研磨した場合には表面には骨材原料である珪砂そのものの色が表れることも考えられる。しかし、両当事者の主張によっても、原告のチャイナトーン用塗装方法には研磨過程がない。また、本件発明の特許請求の範囲の記載にも研磨の過程は記載されていないから、本件発明の効果は、少なくとも混合材を塗布しただけの状態での塗装面が前記のようなものであることを指すものと解するのが相当である。本件明細書には、前記(2)ア(オ)(b)の記載があるが、これは塗装面を研磨することもできるという趣旨を述べたにとどまり、混合材を塗布しただけの状態での塗装面が前記のようなものであることを否定するものとは解されない。したがって、研磨の過程を考慮して、原告方法が構成要件Aを充足するとすることもできない。
(7) 次に被告は、構成要件Aの「自然石」の要件に関し、原告のチャイナトーン用塗装方法は、本件発明の均等方法であると主張する。
ア いわゆる均等論が成立するためには、対象製品等に特許請求の範囲に記載された構成と異なる部分が存する場合であっても、その部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであること(いわゆる置換可能性)が要件の1つとされている(最高裁判所平成10年2月24日判決・民集52巻1号113頁)。しかし、前記((2)イ)のとおり、本件発明の作用効果は、異なる色の混合材を1機のスプレーガンの別個のタンクに用意し、それらを多頭式スプレーガンの別個のタンクから同時に吹き付けることによって、非混合多色状の塗装面を得ることに加え、混合材の骨材として粉砕した自然石を使用したため、塗布面の外観に自然石の色合いがそのまま表れることから、塗装面がより自然石らしくなるという点にも特色があり、両者が相まって、自然石とほとんど同様の外観を有する塗装面を得ることができるものであると解されるから、原告のチャイナトーン用塗装方法における骨材は、少なくとも珪砂に人工着色を施したものを相当程度含有するものである以上、塗装面の外観に自然石の色合いがそのまま表れる場合と同視することはできない。したがって、原告のチャイナトーン用塗装方法が本件発明と同一の作用効果を奏するとはいえない。
この点について、被告は、本件発明も原告のチャイナトーン用塗装方法も共に天然石調の塗装面を得ることができる点で同一の作用効果を有すると主張するが、本件発明の作用効果は前記のとおり解するのが相当であり、それを単に「天然石調の塗装面が得られる」と一括りに把握することはできない。
イ また、被告は、特許庁の審判官も、本件発明の「自然石」を「セラミックス」に置換することは均等方法であるとしているから、まして着色自然石との間には均等が成立すると主張する。
この主張についての事実関係を見るに、乙36、37及び弁論の全趣旨によれば、①被告は、本件発明の特許出願と同日の昭和58年5月11日、特許請求の範囲を「A顔料とともに焼成し、且つ適度に粉砕したセラミックスを、合成樹脂中に混入してなる混合材のB異なる色のもの複数種を1機のスプレーガン内の別個のタンクにそれぞれ用意し、C該複数種の混合材を複数の吹き付け口を有する多頭式スプレーガンの別個の吹き付け口からD同時に吹き付けることによって、E非混合多色状に塗布するFことを特徴とする混合材の塗布方法。」(請求項1。なお欧文字の符号は当裁判所が付した。)とする発明を特許出願したこと(特願昭58ー83097、以下「別件発明」という。)、②この出願に対しては、拒絶査定を経た後、不服審判が申し立てられ、その最中の平成8年6月11日に、特許庁審判官から拒絶理由通知が出されたこと、③この拒絶理由通知の趣旨は、別件発明は本件発明と同一であるという点にあり、その理由としては、別件発明の構成要件Aの「顔料とともに焼成し、且つ適度に粉砕したセラミックス」と本件発明の構成要件Aの「適度に粉砕した自然石」とは、いずれも塗装用骨材として、別件発明の特許出願前に周知のものであり、両者は均等物と認められ、本件発明と別件発明との構成上の相違は単なる均等物の置換にすぎないとの点が挙げられたこと、④その後、被告は別件発明の特許出願を取り下げたことが認められる。
しかしながら、出願当時の技術状況を踏まえて本件明細書の記載を見れば、本件発明の作用効果は前記のように解されるのであって、このような事実経過があるとしても、前記認定を左右するものではない。
ウ したがって、原告のチャイナトーン用塗装方法が本件発明の均等方法であるとも認められない。
2 争点(1)ウ(「同時に吹き付ける」の要件の充足)及びエ(「非混合多色状」の要件の充足)について
(1) 甲1によれば、本件明細書には次の記載があることが認められる。
ア 発明が解決しようとする課題の欄
(ア) 「従来の吹き付け方法では、スプレーガンの唯一のタンクに仕上材(材料)を入れ、それを吹き付けていたので、混合材を種々の色に調整しても混合された一色になり、自然石のような色合にすることは難しい。」(本件公報3欄4~8行目)
(イ) 「1色を吹き付けた後、別の色で再度その上に部分的に吹き付ける2度吹き等は、その部分については仕上材が重なり最後に塗布したものの色だけが表れるため、部分的にはほぼ1色になってしまう。」(本件公報3欄22~26行目)
イ 課題を解決するための手段の欄 「非混合多色状とは、それぞれ色の異なった混合材を、互いに色が混ざらないように、塗布するということである。」(本件公報4欄20~22行目)
ウ 実施例の欄
(ア) 第1図(本件発明の方法によって混合材が塗布された建築物の表面の平面図)について、「特にこの例では、まったくランダムに塗布されている。このように、規則的でなくランダムに塗布しているため、その外観は、いわゆる黒御影とほとんど変わらず、非常に美しいものである。」(本件公報5欄25~28行目)
(イ) 第2図(第1図の部分拡大図)について、「仕上材の黒色部1a、灰色部1b、白色部1cはそれぞれ黒色微粒2a、灰色微粒2b、白色微粒2cによって構成されている。しかし、人間の目には、おのおのの微粒はほとんど意識されず、着色部1a、1b、1cが1体として認識されるため、自然石と同様の外観を呈する。」(本件公報5欄29~35行目)
(ウ) 「このようにすれば、タンク内で混合され一色になることはなく、多色のまま塗布されることとなる。」(本件公報5欄38~40行目)
(エ) 第3図(本件発明に使用するスプレーガンの実施例を示す斜視図)について、「タンク3a、3b、3cにそれぞれ材料A4a、材料B4b、材料C4cを入れる。それらの材料は、圧縮エアーに同伴され噴射ノズル5a、5b、5cより噴射される。」(本件公報5欄41行目~6欄1行目)
(オ) 「この場合、各々の噴射ノズルはほぼ一点に集中するよう、その角度を調整されている。しかし、実際にぴったり1点に集中すると、3色の材料が混合、もしくは積層され一色になるため、効果がうすれる。そこで、それぞれの噴射ノズルの焦点をわずかにずらして設置されている。しかし、現実的には、焦点がぴったり一致していても、一がスプレーガンを手によってスプレーするため、壁等との距離や角度がずれるため、あまり問題にはならない。」(本件公報6欄2~11行目)
エ 発明の効果の欄
(ア) 「従来の予め1つのタンク内で複数色の材料を混合する方法では、吹き付け単位(吹付口から噴出された1かたまり)自体が混ざったものとなるが本発明塗布方法によれば、吹き付け単位が別個であるため混合したものとならず、比較的大きな同一色部分ができ、自然石とほとんど同様の外観を呈することができる。このことが、本発明の最も大きな特徴であり、これはタンク内で異色の材料を混合しないという方法でのみ成しえるものである。」(本件公報6欄16~25行目)
(イ) 「従来の2度吹き(前記した1色を吹き付けた後、別の色をその上に部分的に吹き付ける方法)と比較すると、2度吹きではスプレーガンで2回吹き付けなければならないが、本発明方法では吹き付けは1回でよい。」(本件公報6欄31~35行目)
(ウ) 「また、自然石と合成樹脂であるため、少し厚く塗布し、表面をグラインダー等で平に研磨することもできる。」(本件公報6欄36~38行目)
(2) 上記明細書の各記載に基づいて、まず「非混合多色状」の意義について検討する。
ア まず、「非混合」とは、これを文字どおりに見れば、「各塗料が混合しない」ということであるが(前記(1)イ参照)、前記(1)ア(ア)、ウ(ウ)及びエ(ア)の各記載からすれば、これは、スプレーガン内で各塗料が混合されることがなく、吹き付け単位が別個のものとなること、また各色の塗料の吹き付け対象位置が厳密に一致することがないため、塗装面においても混合されることがないことから、塗装面において比較的大きな同一色部分ができることに基づくものと解される。
また、「多色状」とは、これを文字どおりに見れば、「単色状でなく、複数の色が併存すること」ということであるが、これは、前記のような混合が生じないことに基づくとともに、前記(1)ア(イ)及びウ(ア)の記載からすれば、各色の部分が同一平面上に自然石らしくランダムに表れることに基づくものであると解される。
以上よりすれば、「非混合多色状」とは、塗装面において各骨材色の比較的大きな同一部分ができ、それらの部分が同一平面状に自然石らしいランダムな模様を形成している状態と解するのが相当である。
そして、乙2及び検乙1によれば、原告のチャイナトーン用塗装方法による塗装面は、上記のような意義の「非混合多色状」を充足するものと認められ、構成要件Eを満たす。
イ これに対し、原告は、原告のチャイナトーン用塗装方法による塗装面は、従来技術を実施したものにすぎず、塗装面も従来技術によるものと有意な差異がないと主張する。
(ア) 原告のチャイナトーン用塗装方法の構成については当事者間で争いがあるが、異なる色の混合材をいわゆる3槽3頭式スプレーガンで同時に吹き付けるものであることについては、当事者間に争いがない。
そして、従来技術及び本件明細書の記載を斟酌すると、本件発明は、第1に、塗装材として複数の色の異なる適度に粉砕された自然石を骨材とする混合材を使うという公知技術と、塗装方法として多頭式スプレーガンを使って別個の吹き付け口から別個の色の塗料を吹き付けるという公知技術を組み合わせて、非混合多色状の塗装面を得ることとした点に第1の特色があると認められることは前記1(3)イで述べたとおりである。そうとすれば、原告のチャイナトーン用塗装方法が従来技術による塗装方法であるとはいえない。
(イ) また、原告は、従来技術による塗装面も「非混合多色状」であるとして、甲13ないし15を提出した上、原告のチャイナトーン用塗装方法による塗装面は、これらの従来技術による塗装面と有意な差異がないから、「非混合多色状」の要件を充足しないと主張する。
しかし、まず、甲14の3槽1頭ガンによる塗装面を見ると、3槽3頭ガンによる塗装面(甲16、検乙8)と比較して、完全な混合はしていないものの、各骨材色のコントラストがかなりの程度ぼやけており、本件発明による「非混合多色状」の塗装面と同等であるとはいえない(乙23に示されている3槽1頭ガンによる塗装面も同様である。)。
次に、甲13の1槽1頭ガンによる6回吹きの塗装については、前記(1)エ(イ)の本件明細書の記載からすれば、1槽1頭ガンの重ね吹きによるような手間がかからないという点も本件発明の作用効果の1つであると認められるから、1槽1頭ガンの6回吹きによる塗装と本件発明及び原告のチャイナトーン用塗装方法のように3槽3頭ガンを使った塗装を同視することはできない。したがって、1槽1頭ガンによる6回吹きの塗装方法によって本件発明と同等の「非混合多色状」の塗装面が得られたとしても、そのような手間のかかる方法によって得られた塗装面を本件発明の「非混合多色状」から除外する理由はない。加えて、甲13の塗装面を見ると、塗装表面は前記3槽3等ガンによる塗装面と大差がないと認められるが、「非混合多色状」とは前記のとおり、各骨材色の部分が同一平面状に自然石らしいランダムな模様を形成していることと解され、だからこそ前記(1)エ(ウ)のように研磨することも可能となるという効果が生じるものと解される(乙30、検乙8参照)から、甲13の研磨した塗装面が明らかでない以上、甲13の塗装面が本件発明の「非混合多色状」と同等であるともいえない(なお、乙22及び検乙9の1槽1頭ガンの3色3回吹きによる塗装面も本件発明の「非混合多色状」と同等とはいえない。)。
さらに、甲15の丸形3槽3頭ガンによる塗装面は、本件発明による「非混合多色状」の塗装面と同等といえるが、甲2の46によれば、この丸形3槽3頭ガン(これは本件発明の構成要件B及びCのスプレーガンの構造を具備していると認められる。)は、塗料と触媒と硬化促進剤を混合して塗装をする場合のいわゆるポットライフを長期化する目的で考案されたものであり、このスプレーガンを適度に粉砕した自然石を骨材とする複数種の混合材を塗布する用途に用いることが従来技術として存在したとはいえない。この点について原告は、本件発明の特許出願前の公然実施を主張するが、甲3、乙26及び27を併せ考慮しても、その事実を認めるに足りない。
(ウ) したがって、原告の主張は採用できない。
(3) また、原告は、本件発明では、各噴射ノズルの焦点はずらされていることが要件となると主張するが、前記(1)ウ(オ)の本件明細書の記載によれば、たとえ噴射ノズル自体は焦点が合わせられていても、実際の塗装の際の状況を考慮すると問題にはならないというのであるから、原告の主張は採用できない。また、原告が包袋禁反言の根拠として指摘する甲2の3及び4、乙25の各記載も、本件明細書の前記記載部分と同趣旨を述べるにとどまるものと解されるから、包袋禁反言の主張も採用できない。
したがって、原告のチャイナトーン用塗装方法は、構成要件Eを満たす。
3 争点(3)(原告のモダンアートストーン用塗装方法が本件発明の技術的範囲に属するか)について
(1) 原告のモダンアートストーン用塗装方法の構成については、両当事者の主張が一致していない。しかし、被告の主張によっても、その混合材の骨材には、「粉砕した自然石である寒水砂と、粉砕された自然石である市販の着色珪砂を主成分」とするものである点はチャイナトーン用塗装方法と同様である。
そして、原告のモダンアートストーン用塗装方法による塗装面の分析結果(乙42、43)によれば、試験体D(モダンアートストーンの見本帳から採取した試験体)の含有物質は、方解石が全体の28%であり、石英が全体の11%であったことが認められるから、その他の「不透明物質」をも骨材に含めても、骨材全体に占める割合は、寒水砂が66.6%、着色珪砂が26.2%ということになる。そしてこの程度の割合の着色珪砂が骨材に配合されている場合には、なお塗装面に表れた骨材の色がすべて自然石の色合いそのままである場合と同視することはできないというべきであり、原告のモダンアートストーン用塗装方法における骨材の配合において、着色珪砂の配合割合がこれを大きく下回る場合があることを認めるに足りる証拠もない。
そしてまた、このような原告のモダンアートストーン用塗装方法が、本件発明の方法と均等の方法といえないことも前記のとおりである。
したがって、原告のモダンアートストーン用塗装方法は、その構成について被告の主張を前提にしても、本件発明の構成要件Aを充足せず、また均等でもない。
4 以上よりすれば、原告のチャイナトーン用塗装方法及びモダンアートストーン用塗装方法は、いずれも本件発明の技術的範囲に属さないから、その余について判断するまでもなく、被告の甲事件反訴請求は理由がない。
そして、原告の甲事件本訴請求は、差止請求権の対象となる原告のチャイナトーン用塗装方法の構成(別紙イ号方法目録)について、甲事件反訴請求の差止請求の対象の構成(別紙目録1)と一致していないが、両者は原告が現に実施しているチャイナトーン用塗装方法という社会的に同一の事実を対象としており、本件特許権に基づく原告の同塗装方法の実施の差止請求権の不存在を求める甲事件本訴は、本件特許権に基づく同塗装方法の差止めを求める反訴請求の趣旨1と同一の訴訟物に関するものであるから、裁判所が反訴請求について本案判決をすることにより確認の利益を失うことになる。
5 争点(7)(営業誹謗行為の成否)及び争点(8)(損害額)について
(1) 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 被告は、原告に対し、平成8年12月13日、原告のチャイナトーン(湿式法)及びモダンアートストーン(乾式法)が本件特許権を侵害するとして、非独占的通常実施権の設定を許諾する条件を提示するとともに、実施許諾を得ない場合には訴訟を提起する方針であることを通知した(乙39)。
イ 被告は、同年12月20日、建築業界関係者宛に、「『特許』のお知らせとお願いについて」と題する書面を送付した(甲20)。そこには、「弊社は自然石調吹付け人造石(主として建築物外壁)に関する“塗布方法”の発明によって、別紙添付の通り特許を取得し、その権利を所有するに至りました。ところで、建築現場にあっては、弊社の警告にも拘わらず従来より侵害行為が頻発している状況にあります。ご高承の通り、登録特許の所有権者への許諾なしに、無断での特許工法の使用、またはその行為を容認することは、故意と否とに拘わらず特許権を侵害するものとなります。弊社は、顧客へ多大なご迷惑が及ぶことを顧みない斯かる行為に対して、特許権が正式に確立された今日以降は、企業防衛の立場からも法的手段に訴え、断固たる措置で臨む所存です。日頃何かとご指導ご支援を頂いておりますが、なにとぞ本主旨につき、ご理解を賜り、ご協力のほど衷心よりお願い申し上げます。」と記載されており、資料として、特許審決通達書の一部、本件公報全文及び「特許内容の要約」が添付されていた。
そして、上記「特許内容の要約」の資料には、「特許の内容(要約)」として、「異なる色の混合材を(混合材…塗装用骨材を合成樹脂中に混入してなる材料)」「多頭式スプレーガンを用いて」「同時に非混合多色状に吹付ける」「塗布方法の発明」と説明されていた。
ウ 乙13(月刊「建築仕上技術」平成5年4月号)には、「石材調仕上塗材データシート商品一覧」として、原告の「チャイナトーン」ほか7社のデータシートが掲載されている。
(2) (1)で認定した事実によれば、確かに甲20には原告及び原告の商品の名前が直接に明記されているわけではない。しかし、被告は原告に対して同文書の配布以前から実施許諾交渉をしており、甲20の文書にも、「建築現場にあっては、弊社の警告にも拘わらず従来より侵害行為が頻発している状況にあります」とあることから、被告の意図として、原告又は原告の商品が甲20による警告の標的として含まれていたことは明らかである。また、前記(1)ウで認定したところからすれば、建築業界関係者から見て、甲20の文書は、原告又は原告の商品のことを指していると認識させる内容であったというべきであり、また、同時に原告の営業上の信用を害するものであったと認められる。
また、甲20の文書に添付された特許内容を要約した資料によれば、塗装用骨材を合成樹脂中に混入してなる混合材を用いたものはすべて本件特許権を侵害するとの趣旨を告知するものとなっており、原告のチャイナトーン用塗装方法に関する限り、骨材の種類を問わない点が虚偽であることについては争点(1)イ及び同(3)について判示した内容から認められる。もっとも、甲20の文書には、本件公報の写しや特許審決通達書の一部も添付されているが、通常の取引人にとってはそれらの文書よりも、添付の特許内容の要約書によって内容を理解するのが一般であるから、要約書の内容が虚偽であれば、甲20の文書全体が虚偽の事実を告知するものであるというべきである(なお、原告は、乙事件訴状において種々の点について事実に反する旨主張するが、上記の点を除きそれらの記載が原告の営業上の信用を害するものとは認められないし、その旨主張されているとも解することができない。)。
他方、原告は、甲20の文書は、多頭式ガンを使用して多色塗りすることが本件特許権を侵害するとの内容を記載したものであるとも主張するが、同文書の内容は前記のとおりであって、単に多頭式ガンを使用して多色塗りすることが本件特許権を侵害するとの内容を記載したものであるとは認められない。
以上よりすれば、甲20の文書の送付は、原告のチャイナトーン用塗装方法が本件特許権を侵害するものであるとの内容を告知する限りにおいて、競争関係にある原告の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し又は流布したものとして、不正競争防止法2条1項11号にいう不正競争行為に該当するというべきである。
(3) ところで、乙事件における原告の差止請求(請求の趣旨1項及び2項)は、①多頭式スプレーガンを使用して多色塗りすることが、本件特許権を侵害する旨の第三者への告知等の差止め、②原告が別紙イ号方法目録記載の塗装方法を実施することが、本件特許権を侵害する旨の第三者への告知等の差止めであり、いずれも侵害予防請求であるから、被告がこれらの内容を第三者に告知等するおそれのあることが請求原因事実となる。このうち、①については、前記のとおり、この内容を被告が甲20によって建築業界関係者に告知したものとは認められず、他にこの旨を第三者に告知するおそれがあると認めるに足りる証拠もない。また、②については、別紙イ号方法目録では、原告が実施するチャイナトーン用塗装方法は「均等に混合され対象物に塗布される」とされているが、前記のとおり、チャイナトーン用塗装方法は対象物に非混合多色状に塗布されるものと認められるから、結局、原告がイ号方法目録のとおりの方法を実施していると認めるに足りる証拠はなく、したがって、甲20の文書が、別紙イ号方法目録記載の塗装方法が本件特許権を侵害する旨を告知するものであるとも認めるに足りず、他に被告がこの旨を第三者に告知等するおそれがあると認めるに足りる証拠はない。
したがって、(2)における検討にかかわらず、乙事件における差止請求はいずれも理由がない。
(4) また、乙事件における損害賠償請求(請求の趣旨3項)については、前記1、2で認定したとおり、原告のチャイナトーン用塗装方法は本件発明の技術的範囲に属さず、本件特許権を侵害するものではないが、その理由は、チャイナトーン用塗装方法が「着色珪砂」を使用している点等において、本件発明の構成要件中の「自然石」の要件を充足しないということにあり、その余のチャイナトーン用塗装方法の構成は本件発明と異なるところがないのであり、この「着色珪砂」と「自然石」との相違については、前記1(7)イで認定した事実関係に照らすと、被告において、両者は均等であり、チャイナトーン用塗装方法が本件発明に技術的範囲に属すると判断するのも、当業者として無理からぬところがあるというべきである。したがって、被告が甲20の通知を行うにつき過失があったとはいい難く、他に被告の過失を認めるに足りる証拠はないから、これも理由がない。
別紙