大阪地方裁判所 平成8年(ワ)1416号 決定 1997年2月28日
原告
メイセー株式会社
右代表者代表取締役
金田直己
右訴訟代理人弁護士
木村奉明
同
長野元貞
同
神谷誠人
被告
株式会社中日新聞社
右代表者代表取締役
大島宏彦
右訴訟代理人弁護士
浅岡省吾
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、別紙記載の「訂正とお詫び」と題する謝罪文を、日本経済新聞朝刊の全国版及び東京新聞朝刊の各最終面の前面(社会面)に、二段抜き見出し二倍活字で、一回掲載せよ。
2 被告は原告に対し、金一〇六〇万円及び内金一〇〇〇万円に対する平成八年一月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
原告は、大阪市中央区に本店を、東京都千代田区に支店を置き、全国区域で不動産の売買・賃貸・仲介等を業とする株式会社であり、被告は、名古屋市中区に本店を、東京都港区に支店を置き、名古屋地区等で中日新聞を、東京地区等で東京新聞を発行すること等を業とする株式会社である。
2 本件記事の掲載及び頒布
被告は、平成八年一月二六日発行の東京新聞朝刊二三面冒頭において、紙面の約半分の幅及び九段抜きで、『「メイセー」所有ビル』、『住総が高値で買い取り』、『差し押さえ・越境物件』なる大見出しのもと、『住宅金融専門会社「住総」が、メイセー所有物件を評価額の二倍近い高値で買い取っていたことが分かったが、買い取った不動産は大阪府から差し押えを受けていたり、大阪市所有の土地に一部はみ出して建てられている問題物件で、住総は経営危機に陥りながら損を覚悟でメイセーの窮状を救った格好となっている。』旨の記事(以下「本件記事」という。)を掲載し、主として東京都下において頒布した。
3 違法性及び損害
本件記事は、単に住宅金融専門会社(以下「住専」という。)の一社である株式会社住総(以下「住総」という。)について、借り手の所有する担保不動産を内部評価額の二倍近い高値で買い取り(以下「高値買い」という。)、見かけ上不良債権を圧縮したという事実を報道したにとどまるものではなく、見出しで「メイセー所有ビル」、「元役員に村田吉代議士」等と掲げるなど、住総の借り手である原告について、住総との間で、差押え及び越境といった問題のある物件を時価の二倍で売却し、住総に対して大きな損害を被らせるとともに、借り手である原告が大きな利益を得たという事実を報道したものである。なお、本件記事においては、単に「評価額」としか記載されておらず、これは、後の『近くの不動産業者も「買手にとっては採算の取れない法外な値段の取引」といい、』という記載と併せ読むと、時価を指しているとしか考えられない。
原告は、本件記事によって、問題物件を高値で売却する悪徳不動産業者、ないし住総担当者の高値買いという背任行為の共犯者であると評価され、警察の内偵が及ぶ等、著しく名誉を毀損された。右毀損により影響を受ける範囲は全国に及んでおり、これによる損害は、少なくとも五〇〇〇万円を下らない。また、右損害回復のための弁護士費用は三〇〇万円を下らない。
4 よって、原告は被告に対し、名誉毀損行為に対する原告の名誉回復のための措置として、請求の趣旨第1項記載のとおり謝罪広告の掲載を求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償として損害金の内金一〇六〇万円(ただし、営業損害一〇〇〇万円及び弁護士費用六〇万円)及び内金一〇〇〇万円に対する不法行為日である平成八年一月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1及び2は認める。
2 同3は、本件記事が、住総の高値買いの事実を報道するものであることは認め、その余は否認する。本件記事は、原告を報道対象としているものでも、これを指弾するものでもない。また、本件記事における「評価額」とは、「内部資料などによると、」という記載からも明らかなように、住総が自ら査定した「内部評価額」を指し、時価を指すものではない。
三 抗弁
1 本件記事は、公共の利害に関する事実に係るものであって、被告は、専ら公益を図る目的でこれを掲載、頒布したものであり、かつ、記事の内容は真実であるから、被告が本件記事を掲載、頒布した行為は、不法行為を構成しない。
(一) 公共の利害に関する事実
巨額な融資が不良債権化したことによる住専の破綻問題が世間の関心を集めていた折柄、平成七年一二月一九日、政府が、これに対する対策として、公的資金をもって住専の不良債権の処理、補填を行う方針を発表し、「住専処理に公的資金を使う前提として関係者の責任を明確にする」、「政府の責任で貸し手、借り手を含め民事・刑事責任を厳しく追求する考え」を強調して以来、住専問題は大きな政治的・社会的問題となり、国民的関心事にまで高まった。住専問題においては、住専各社、母体銀行、借り手企業といった当事者の業務処理責任等が取りざたされ、マスコミ各社によって、住専各社における公的資金投入に相応しくない不適切、不当な業務処理(いわゆる過大・無担保融資や不良債権隠し)に関する事実が報道された。本件記事も、住専問題に関し、住総における不良債権隠しのための「高値買い」の事実を報道するもので、右事実は公共の利害に関する事実である。
(二) 公益を図る目的
被告は、前記住総の業務処理の実態を報道し、住専の問題点を検討する材料を国民に提供するという、専ら公益を図る目的で、本件記事を掲載した。
(三) 真実性の証明
本件記事の記載は、住総作成の内部資料である「販売用不動産取得報告書」(乙一、二)の記載を援用しているもので、真実である。
すなわち、本件記事における差押物件とは別紙第一物件目録記載の土地及び建物(以下「第一物件」という。)をいい、越境物件とは別紙第二物件目録記載の土地及び建物(以下「第二物件」という。)をいうところ、住総は、第一物件を六億六〇〇〇万円と内部評価しながら、平成七年一月三一日、原告から一三億円で買い取り(以下「第一取引」という。)、また、第二物件を九億四九六三万円と内部評価しながら、同年三月二八日、原告から一七億〇〇六〇万円で買い取っていた(以下「第二取引」という。)。さらに、第一物件については、取引が検討されていた同年一月当時、大阪府から差押えを受けており、第二物件についても、建物の一部が東側隣地である大阪市所有の溝梁敷(以下「下水道敷」という。)に越境しており、前記報告書(乙二)にも「対応については市の担当窓口と交渉の上然るべき手続をとる必要有」と記載されており、いずれも問題物件であった。
2 仮に、本件記事の真実性が認められないとしても、本件記事は住総大阪業務第一部作成の業務文書である「販売用不動産取得報告書」(乙一、二)等の内部資料に基づいて報道されたもので、被告が本件記事事実を真実であると信じたことにつき相当の理由がある。
四 抗争に対する認否
1 抗弁1
(一) 抗弁一(一)、(二)は否認する。
(二) 同(三)の事実中、本件記事における差押物件及び越境物件が第一及び第二物件であること、第一取引及び第二取引の内容、第一物件に差押えがなされていたこと並びに第二物件の建物の一部が越境していたことは認め、その余は否認する。
(1) 取引価格について
第一取引の価格は、国土法上の不勧告通知を受けた適正な価格であるし、第二取引の価格(一平方メートル当たり約六〇七万円)についても、鑑定によって適正価格を一平方メートル当たり七五八万円と算定した上で決定したもので、路線価である一平方メートル当たり五七〇万円と比べても適正な価格である。
(2) 第一物件の差押問題について
原告は、第一取引日である平成七年一月三一日に先立って、同月二三日、大阪府に対する税金を支払って差押えを解放し、その後、住総に対し所有権移転登記をしているのであり、右差押えは取引上なんら問題とされるものではない。
(3) 第二物件の越境問題について
第二物件の付属建物である倉庫の一部が、大阪市所有の下水道敷にはみ出していたのは事実であるが、①右土地の地下には南北に死管は存在するものの、古くから下水道としては使用されておらず、②大阪市は、大正一一年三月三一日に下水道敷の所有権を確認しながら、昭和三〇年二月二五日になって初めて所有権保存登記をし、③同地は、大阪市が長期間利用もしていなかったし、東西幅がわずか1.18メートル程度の南北に長細い袋地で、立入りも難しかったことから、大阪市にとっては利用価値がなく、払下げ予定地とされ、また、同地の東西に隣接する土地所有者が事実上使用しており、④第二物件の建物は築後約三〇年を経過しているが、その間大阪市との間で、下水道敷の占有につき問題になったことがなく、⑤第二取引当時には、同地の北側は既に払下げを受けており、払下げ未了部分についてもその東西幅の二分の一の引下げを受けられることがほぼ見込めていたし、現に第二取引後の同年一〇月二〇日払下げ許可が住総に対し出たのであり、越境問題は正当な取引を阻害する理由にはならず、そもそも、不動産業者でない住総は、建物を取り壊して売却処分する可能性が高く、建物を取り壊して更地として利用すれば、すぐに越境問題は解消するのであって、問題物件ではない。
2 抗弁2について
抗弁2は否認する。前記四1(二)(1)ないし(3)の事実は、被告の取材担当者が少しの調査努力を払っていれば、明らかになったことであるし、現に原告は、被告東京新聞社会部吉原康和記者に対し右事実を説明していたにもかかわらず、被告は虚偽の事実を記載した本件記事を掲載したものである。
第三 証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。
理由
一 請求原因について
1 請求原因1、2は当事者間に争いがない。
2 請求原因3(違法性及び損害)について
(一) 前記当事者間に争いのない事実(請求原因2)及び甲第三号証によれば、本件記事は、『「メイセー」所有ビル』、『住総が高値で買い取り』、『差し押さえ・越境物件』、『元役員に村田吉代議士』といった見出しの下、左記(1)の冒頭記事及び左記(2)に抜粋した本文記事で構成されていることが認められる。
(1) 冒頭記事
住宅金融専門会社(住専)「住総」(東京都中央区、山本弘社長)など数社の大口融資先で、大蔵省OBの村田吉隆衆議院議員(旧岡山二区、自民)が取締役を務めていた大阪市の不動産会社「メイセー」(金田直己社長)のビルやマンションを、住総が評価額の二倍近い高値で買い取っていたことが二五日、東京新聞が入手した内部資料などでわかった。買い取った不動産は大阪府から差し押さえを受けていたり、大阪市所有の土地に一部はみ出して建てられている問題物件。住総は経営危機に陥りながらも損を覚悟でメイセーの窮状を救った格好となっている。
(2) 本文記事の抜粋
① 内部資料などによると、住総は昨年一月、六億六千万円と評価した大阪市天王寺区の七階建て賃貸マンションを一三億円で取得。昨年三月には同市中央区の三階建てビルも、約九億円と査定したにもかかわらず、二倍近い一七億円という高値で買取っていた。
② 結果的に、住総は“高値買い”による損と引き換えに、メイセーへの融資額を圧縮する形となっている。
③ 近くの不動産業者も「買い手にとっては採算のとれない法外な値段の取引」といい、
④ さらに天王寺区のマンションは住総が買い取る三カ月前の平成六年十月、大阪府東府税務所から差し押さえを受け、中央区のビルも大阪市の下水道敷地に一部がはみだして建てられていた「越境物件」だった。
⑤ 高値で買い取ったことについて、内部資料では、マンションについて「売り主(メイセー)の資金繰り難による緊急事態を考慮した担保の保全」、ビルについては「差し押さえなどの回避」のためとし、二物件とも「当方(住総)から買い取りを申し出た」と記している。
⑥ その他の記事内容
原告の住総からの借入総額が一六七億円であり、住専各社からの借入総額が六九七億円であること及び大蔵省OBの村田吉隆衆議院議員が取締役に就任していた事実並びに原告及び住総の本件取引に関するコメント等
(二) 一般読者は、本件記事として、前記(一)のとおりの冒頭記事と本文記事とを併せて読むことになるのであるから、一般読者の通常の注意と読み方を基準として理解する限り、本件記事は、主として住総の業務処理の不当性に焦点をあて、同社が、その大口融資先である原告の所有する問題物件を、含み損が生じることを覚悟で、内部評価額の二倍近い高値で買い取っていた事実を報道しているものであると解するのが相当である。しかしながら、他方で、本件記事が掲載された当時は、数日前に住専からの大口融資先の実名リストが公表され、住専からの借り手の責任にも焦点があてられるようになった時期であったこと(乙三、四、三九の3)、本件記事も、住総の高値買いの相手方として原告の実名を報道し、これを見出しに大きく掲げたり、原告が住専各社の大口融資先の一つであることや、大蔵省OBの村田吉隆衆議院議員が取締役に就任していた事実(冒頭記事、本文⑥)を指摘し、さらに、住総は経営危機に陥りながらも損を覚悟でメイセーの窮状を救った格好となっている(冒頭記事)、本件取引が、結果的には、住総に高値買いによる損失を与える一方で、メイセーへの融資額を圧縮する形となっている(本文②)等と論評していることからすると、本件記事は、副次的に、住専各社の大口融資先として名前の挙がっている原告が、住総の行った不正常な取引に相手方当事者として関与していたことをも報道の対象としているものと認めることができる。
もっとも、本件記事には、原告が積極的に高値買いに加担したことを推認させるような事実は記載されておらず、かえって、各物件とも、住総側から買い取りを申し出た(本文⑤)と記載されていることからすると、本件記事が、原告が住総の高値買いという背任行為に共同加功した事実を報道しているものとはいえないし、これを読んだ一般読者にそのような印象を与えるものでもないと解される。
また、本件記事における「評価額」の意義についても、本件記事は、主に住総の「内部資料」に基づいたものであると記載されており(冒頭記事、本文①、⑤)、また本文①では、住総が、「評価した」額ないし「査定した」額等の記載があり、これを素直に読めば、住総内部での評価額を指しているものと理解され、一般読者にもそのように受け取られると考えられるから、結局、「評価額」とは、内部評価額を指していると解するのが相当である。
また、「買手にとっては採算の取れない法外な値段の取引」と記載されている部分は、内部評価額とは別の観点から本件取引を批評するものといえ、「評価額」の解釈自体に影響を与えるものではない。
結局、本件記事は、住総が、大口融資先である原告の所有する問題物件を、内部評価額の二倍近い高値で買い取っていた事実に主として焦点をあてて報道しているが、そのような不正常な取引の相手方当事者が原告であることも、副次的に報道の対象としており、右限度で原告の名誉を毀損するものと解される。
二 抗弁について
民事上の不法行為たる名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出たものである場合には、摘示された事実が真実であると証明されたときは、右行為に違法性がなく、また、もし右事実が真実であることが証明されなくても、その行為自身においてその事実を真実と信ずることについて相当の理由があるときには、右行為に故意もしくは過失がなく、不法行為は成立しないものと解すべきである(最高裁昭和四一年六月二三日第一小法廷判決・民集二〇巻五号一一一八頁)。
そこで、本件について右要件の存否を検討する。
1 公共の利害について
乙第三、第四号証、第一〇号証の1ないし10、第三八号証の1、2、第三九号証の1ないし3、証人吉原康和(以下「証人吉原」という。)及び同金山昭二(以下「証人金山」という。)の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
平成七年一二月一九日、政府は、臨時閣議を開き、巨額の不良債権を抱える住専七社の処理問題に関し、住専七社全体で発生する六兆四一〇〇億円(うち赤字欠損額一四〇〇億円)の一次損失のうち、農林系金融機関の負担を五三〇〇億円に、母体銀行側の負担を約五兆二〇〇〇億円の債権全額放棄分だけにとどめ、差額の約六八〇〇億円について公的資金を投入することとし、赤字国債を財源に平成八年度一般会計当初予算から支出するという最終処理策を正式決定し、「民事上、刑事上、法に触れるような問題があれば、徹底的に追及して債権の回収につとめる。」等、政府の責任で貸し手、借り手を含め民事・刑事責任を厳しく追及する考えを強調したことが報道され(乙三八の1、2)、住専問題が大きな政治的・社会的問題となり、国民の重大な関心事となった。
住専問題においては、住専各社、母体銀行、借り手企業等の当事者の業務処理責任が取り上げられ、報道各社は、まず、住専各社の過大・無担保融資や不良債権隠しといった、公的資金を投入するに相応しくない不適切、不当な業務処理に関する報道を行った。また、住総についても、同月二一日から、子会社やダミー会社を利用した不良債権隠し(乙一〇の1、2、5ないし8、10)及び融資先企業の保有不動産の「高値買い」による不良債権隠し(乙一〇の3、4、9)の事実等が報道された。
さらに、平成八年一月一九日、住専七社の大口貸出先匿名リストが公表され(乙三九の1、2)、同月二三日、右貸出先の実名リストが公表されると、住専の借り手の責任についても焦点があてられるようになった。本件の原告を含めたメイセーグループの住専各社からの借入金総額は六九七億円(第七位)であり、大蔵省認定による不良債権額は六八七億円、住総からの借入金額は一六七億円であった(乙三、四、三九の3)ため、原告は、住専の大口融資先として認識されるようになった。本件記事は、右経過において、住総が、大口融資先である原告から不動産の高値買いをし、不良債権隠しをしていた事実を報道するものであり、右事実は、公共に利害に関する事実であると認められる。
2 公益を図る目的について
前記二1認定事実、証人吉原の証言及び弁論の全趣旨によれば、被告は、住総の業務処理の実態、すなわち住総が大口融資先である原告から不動産の高値買いをして、不良債権隠しをしていたという事実を報道し、住専の問題点を検討する材料を国民に提供するという、専ら公益を図る目的で、本件記事を掲載したと認めるのが相当である。
3 真実性の証明について
本件記事の対象物件、すなわち差押物件とは第一物件を指し、越境物件とは第二物件を指すことは、当事者間に争いがない。
(一) 住宅金融専門会社「住総」が、原告所有物件(第一、第二物件)を、評価額の二倍近い高値で買い取っていた旨の記載について
甲第四ないし第七号証、第一五、第一六、第二〇、第二二号証、乙第一、第二号証(乙第一、第二号証「販売用不動産取得報告書」については、乙第五ないし第九号証、第一一号証、第三一ないし第三四号証、証人吉原の証言により、真正に成立したことが認められる。)、第二一ないし第二三号証、第三五、第三六号証、証人金山及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
(1) 原告は、平成七年一月当時、第一、第二物件を所有しており、住総は、第一物件について、原告に対する二〇億円及び一一億円の各債権を被担保債権とする各抵当権設定登記を、第二物件について、極度額を五〇億円及び八億一四〇〇万円とする各根抵当権設定登記を経由していた(甲四ないし七、一五、一六)。原告は、そのほかにも、複数の不動産を所有していたが、その一部につき大阪国税局等から差押えを受ける(乙二一ないし二三)等、バブル崩壊後の不動産不況により業績は悪化し、借り入れ先への利払いも延滞していた(乙三五、三六)。
(2) 住総は、原告に対して、一六〇億円を超える多額の融資をしていたところ(乙四)、原告の業績悪化に伴う利払いの延滞に対応し、その所有する担保不動産の買取りを決定し、比較的管理しやすい第一物件(賃貸マンション)について買取りを申し入れた。住総大阪業務第一部は、第一物件の時価評価額を六億六〇〇〇万円(収益評価)と内部で評価しながら(乙一「販売用不動産取得報告書」)、結局、平成七年一月三一日、原告から、同物件を、その二倍近い金額である一三億円で買い取り(甲二〇)、所有権移転登記を経由し、前記各抵当権設定登記を抹消した(甲四ないし七)。
(3) その後、住総大阪業務第一部は、第一物件に続く買取として、第二物件の買取を原告に申し入れ、同物件を九億四九六三万円と内部評価しながら(乙二「販売用不動産取得報告書」)、同年三月二八日、原告から、同物件を、その二倍近い金額である一七億六〇万円で買い取り(甲二二)、所有権移転登記を経由し(甲一五、一六)、前記各根抵当権設定登記を抹消した。
以上より、住宅金融専門会社「住総」が、原告所有物件(第一、第二物件)を評価額の二倍近い高値で買い取っていた旨の本件記事の記載は、真実であると認められる。なお、前記一2(二)認定のとおり、本件記事における「評価額」とは、住総内部での評価額を指していると認められるので、取引価格が客観的に適正価格であったか否かは、右記載の真実性についての判断を左右するものではない。
(二) 第一物件が大阪府から差押えを受けていた問題物件であった旨の記載について
第一物件について差押えがなされていたことは当事者間に争いがない。そして、右争いのない事実及び前記3(一)認定事実と甲第四ないし第七号証、乙第一号証、証人金山の証言及び弁論の全趣旨を総合して判断すれば、原告は、第一物件について、平成六年一〇月一二日、大阪府東府税事務所から差押えを受けていたが、同物件を売却することとしたため、同事務所に税金を支払って、平成七年一月二五日に右差押登記の抹消を受け、その後、住総に対し第一物件を代金一三億円で売り渡し、その旨の所有権移転登記がなされた事実を認めることができる。右事実によれば、確かに、本件取引時には右差押登記は抹消されていたものの、少なくとも、住総が本件取引を検討していた当時には、大阪府による差押え登記がなされていたものと認められるところ、それは、一般に円滑な取引の支障となる可能性があるものであり、その点で問題物件であると表現することも、不当とはいえない。
したがって、第一物件が大阪府から差押えを受けていた問題物件であった旨の本件記事の記載は真実性を有すると認められる。
(三) 第二物件が、大阪市所有の土地に一部はみ出して建てられている問題物件であった旨の記載について
甲第八ないし第一六号証、第二二、第二五号証、乙第一一、第三〇号証、第四四号証の1、2、証人吉原及び同金山の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、第二物件の東側は、大阪市が所有する下水道敷に隣接しているところ、第二物件の建物の東側部分の幅約三八ないし五七センチメートル、長さ約一〇メートル(地積約4.6平方メートル)が越境していること、大阪市は、昭和三〇年二月二五日、下水道敷について所有権保存登記を経由しているところ(甲一一、一二、一四)、平成五年八月二七日になされた原告の境界明示申請に応じて、同年九月一三日、下水道敷と第二物件の境界を明示し(甲八)、原告に対し、第二建物について、建替えまで越境部分の撤去の猶予を求めるという内容の猶予願いを出すよう指導したが、右猶予願いは出されないままであったこと、その後、住総が、第二物件を買い取ることを決定し、住総担当者は、平成七年三月一三日、大阪市下水道局を訪れたこと(甲二五)、本件越境問題については、①占有誓約書の提出、②払下げ申請の二つの対応があったこと、住総は、越境問題に対する手続きを保留したまま、平成七年三月二八日、原告から、第二物件を一七億〇〇六〇万円で買い取り、所有権移転登記を経由し、前記各根抵当権設定登記を抹消したこと、同日、原告と住総の間で、第二物件売買契約に関連し、①原告が右契約に関し、本件敷地及び隣接地それぞれに所在する建物の一部又は設置物の一部が相互に土地境界線を越えて存在することを確認し、②原告が、右契約後、速やかに住総の隣接地権利関係者との越境建物取扱に関する合意書締結に協力し、また将来、隣地との間で紛議が起きた場合、その解決に誠意をもって対処する旨の覚書を作成したこと(甲一〇)、住総担当者も、「販売用不動産取得報告書」(乙二)の注記(問題事項)欄に、「本件の東側隣地は大阪市溝梁敷となっており、その部分に本件建物の一部が越境している。対応については市の担当窓口と交渉の上、然るべき手続きを取る必要有」等と記載し、第二物件を当面現況のまま利用する前提の下で、越境問題を解決を要する問題として認識していたこと、なお、住総が第二物件を取得した後の平成七年一〇月二〇日、大阪市下水道局は、住総の払下げ申請に対し、同社が一定の処置を取ることを条件に下水道敷を売却することを文書(甲一三)で通知したが、同社は右処置をなす費用を負担できず、払下げは未だ実現していないこと等の事実を認めることができる。
右認定事実によれば、本件越境問題は解決不可能な問題ではなかったものの、その解決には①占有誓約書の提出、もしくは②越境部分の土地の払下げを受ける必要があり、かつ、払下げの実現が必ずしも容易でなく、その意味で、問題物件である旨の表現は相当であったと認めることができる。
したがって、第二物件が、大阪市所有の土地に一部はみ出して建てられている問題物件である旨の本件記事の記載は真実性を有すると認められる。
4 よって、被告の抗弁は理由がある。
三 以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官田中澄夫 裁判官今中秀雄 裁判官島村路代)
別紙<省略>