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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)1689号 判決 1997年7月31日

第一事件原告・第二事件被告 X

右訴訟代理人弁護士 谷口房行

第一事件被告・第二事件原告 Y1

右訴訟代理人弁護士 山上東一郎

小川眞澄

中村雅行

田仲美穗

奥村賢治

第二事件被告 こうべ証券株式会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 楠山宏

西垣剛

宇田隆史

主文

一  第一事件原告・第二事件被告の請求を棄却する。

二  第一事件原告・第二事件被告は、第一事件被告・第二事件原告に対し、別紙株券目録(一)及び(二)記載の株券を引き渡せ。

三  第二事件被告こうべ証券株式会社は、第一事件被告・第二事件原告に対し、第一事件原告・第二事件被告から二三八万三二四五円及びこれに対する平成八年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を受けるのと引き換えに別紙株券目録(一)及び(二)記載の株券を引き渡せ。

四  第一事件被告・第二事件原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、第一事件及び第二事件を通じて、第一事件原告・第二事件被告に生じた費用と第一事件被告・第二事件原告に生じた費用の四分の三を第一事件原告・第二事件被告の負担とし、その余を第一事件被告・第二事件原告及び第二事件被告こうべ証券株式会社の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  第一事件

第一事件原告・第二事件被告(以下「原告」という。)と第一事件被告・第二事件原告(以下「被告」という。)との間において、原告が、別紙株券目録(一)及び(二)記載の株券(以下「本件株券」という。)に表象された株式を有することを確認する。

二  第二事件

原告及び第二事件被告こうべ証券株式会社(以下「被告会社」という。)は、被告に対し、各自本件株券を引き渡せ。

第二事案の概要

一  第一事件は、原告が、本件株券に表象された株式(以下「本件株式」という。)は、原告が購入したもので自己に帰属する旨主張して、その旨の確認を求め、第二事件は、逆に、被告が本件株券を所有している旨主張して、それを占有する原告及び被告会社に対し、その引渡しを請求する事件である。

二  当事者の主張

1  原告の主張

(一) 原告は、平成七年一一月二四日、本件株式をB(以下「B」という。)から代金二九〇〇万円で購入し、本件株券の引渡しを受けた。

(二) Bが、右の当時本件株式の権利者ではなかったとしても、原告は、次のような経緯で、Bが本件株式の権利者であると信じて本件株式を購入したもので、原告は、そう信じることについて重大な過失はなかったから、原告は本件株券を善意取得した。

(1) 平成七年一一月中旬ころ、釣り仲間であるC(以下「C」という。)から、時価五〇〇〇万円以上する株券に質権が設定されているが、その三〇〇〇万円の被担保債権の弁済期が平成七年一一月二四日であり、同日、右三〇〇〇万円の弁済ができなければ、右の株券は質権者にとられてしまうので、質権設定者は、みすみす質権者にとられるよりは、誰かに買い取ってもらうことを望んでいるとして、本件株券の購入を勧誘された。

(2) 原告は、友人であるD(以下「D」という。)から三〇〇〇万円を借り入れて本件株券を購入することとし、その旨をCに伝えたところ、Cから、同月二四日に質権設定者と会って取引をする事になった旨及び代金が二九〇〇万円と決定した旨の連絡があった。そこで、原告は、同日、Dとともに質権設定者と称するBと会い、本件株券のうち二枚(日本航空株式会社(以下「日航」という。)及びコニカ株式会社(以下「コニカ」という。)の株券各一枚)を預かり、被告会社(当時の商号は丸起証券株式会社)において、右の株券が偽造ではないこと及び盗難届が出ていないことを調査の上、本件株券を代金二九〇〇万円で購入したものである。

(三) 被告が本件株券を所有していたとの事実は、否認する。

被告は、金融業者であるが、金融業者が株式に投資して、長期間固定しておくことは不自然であるし、本件株券には被告がその裏書の名義人でないものもあり、また、保管場所も、被告とは別人格の株式会社タツミの支店内であるなど本件株券が被告の所有であったことは疑わしい。

2  被告の主張

(一) 本件株券は、次のとおり、被告が所有するものであり、保管中の平成七年二月一四日夜から同月一五日朝の間に別の日航の株式五〇〇〇株の株券と併せて盗難にあったものである。

(1) 被告は、コニカの株式を、昭和六三年四月に一〇万株、同年七月に五万株、いずれも被告の従業員の名義で購入し、以後、その株券を保有していたが、平成三年四月に、被告に名義書換えを行った。本件株券のうちコニカの株券は、右一五万株の一部である。

(2) 被告は、昭和六〇年から六一年にかけて、日航の株式を約一五万株購入し、以後、右株式を保有していた。日航の株式は、平成二年八月に株式分割が行われて被告の保有する株式は約一五〇万株となり、その後、平成三年一一月の株式の無償交付を受けた。本件株券のうち日航のものは、右のようにして取得した株式に係るものの一部(他に売却したものの残り。)である(別紙株券目録(一)記載5ないし15、73ないし75が無償交付に係る株券であり、名義人のEは被告の経営する会社の元従業員、三重興産株式会社は被告の知人の経営する会社であり、いずれも被告が名義を借用したものである。)。

(二) 本件株券は、これを窃取した者が、B等を介して原告に売却したものであるが、次のような事情を考慮すると、原告は、本件株式を購入した際、売主が本件株券の正当な権利者でないことを知らないことにつき重過失があったというべきである。したがって、本件株券を善意取得することはない。

(1) 原告は、本件株券を購入した際、売主というBとは初対面であり、Bの住所職業等も知らなかったのに、ホテルのロビーで領収書もなく二九〇〇万円の大金で購入した。

(2) 本件株式の価格は、当時約八〇〇〇万円であって、証券取引市場で短期間のうちに売却することは可能であり、このことは原告も容易に知り得たことである。それにもかかわらず、原告は時価の半額以下で購入している。

(3) 質権設定者と称するBが、なぜかしら自ら株券を持参し、代金を二五〇〇万円と四〇〇万円に分けて交付しているなど不自然な点が多い。

(4) 原告は現にBから日航及びコニカの株券各一枚を預り被告会社に持ち込み、偽造株券か否かの調査を依頼したのに、被告会社の無効株券等であるかどうかを調査する旨の提案を拒絶している。

(三) 原告は、本件株券を被告会社に寄託して、被告会社は原告のために本件株券を保管して、いずれもこれを占有している。

3  被告会社の主張

(一) 被告会社は、自己の名をもって顧客のために証券の販売又は買入をすることを業とする株式会社であって、商法上の問屋に当たる。

(二) 被告会社は、原告から本件株券の売却を委託され、平成七年一一月二七日に本件株券を東京証券取引所で売却したが、盗難株券であったため、「事故株券処理要綱」に基づいて盗難株券でない正常な他の株券と引き換える義務を負い、その結果、被告会社は、本件株券の売却依頼に関して金二三八万三二四五円の損害を受け、原告に対し、株券の売買委託契約に基づき、同額の損害賠償請求権及びこれに対する平成八年二月一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金債権を取得した。被告会社は、原告から右金員の支払を受けるまでは、本件株券の引渡しを拒絶する。

三  争点

1  被告は、本件株券を所有していたかどうか。

2  原告は、Bから本件株券を購入するに際して、Bが本件株券の所有者でないことを知らないことにつき重過失があったかどうか。

3  被告会社主張の留置権の成否

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

第四当裁判所の判断

一  争点1について

<証拠省略>及び被告本人尋問の結果によると、本件株券の所有に関する被告の主張事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

原告は、金融業者が株式に投資して、長期間固定しておくことは不自然であるし、本件株券には被告が名義人でないものもあり、また、保管場所も、被告とは別人格の株式会社タツミの支店内であることなどからすると、本件株券が被告の所有であったことは疑わしい旨主張するが、被告が金融業者であること、本件株券の一部に被告名義でないものがあること、本件株券の保管場所が会社の事務所内であるということだけでは右の認定を左右するに足りない。

二  争点2について

1  <証拠省略>並びに弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。

(一) 本件株券を保管場所から盗んだFは、本件株券を自宅内に保管していたが、平成七年一〇月二〇日ころ、知人のGに盗品である旨を告げて売却を依頼し、Gは、H及びIに、HはJに、JはKに、順次本件株券を売却することを依頼した。右の者らは、いずれも、本件株券が盗難品であることを知っていた。右のKは、Bに本件株券の売却先の紹介を依頼し、Bは、Cを通じて原告又はDに本件株券を売却することとなった。

(二) 原告は、釣り仲間であったCから、時価五〇〇〇万円以上する株券を持っている人が、その株券が三〇〇〇万円の手形割引の担保に入っているものの、その手形が不渡りになる可能性があって、支払期限をすぎると債権者に全部取られることになるので、その株を買って債権者に三〇〇〇万円を支払い、その上で株を売れば二〇〇〇万円は儲かり、その中からお礼ができると言っているが、誰か買う人はいないかという趣旨の勧誘をされた。そこで、原告は、知人のDにその話を伝え、Dから三〇〇〇万円を出してもらって、本件株券を購入し、直ちに売却することとして、Cに本件株券を購入する旨伝えた。

(三) 原告とDは、平成七年一一月二四日(金曜日)、本件株券を購入するためCの紹介でBとホテルのロビーで会った。原告及びDは、Bとは、その際が初対面であり、その際あるいはその前にもBの素性等についてCから説明を受けてもいない。原告とDは、その場で、Bから債権者も来ており近くで待っている旨、株券は持参している旨の説明を受け、代金を二九〇〇万円とすることを合意した上で、Bから日航及びコニカの株券各一枚を預かった。その後、原告とDは、被告会社に赴き、右の預かった株券が偽造でないかどうかの調査を依頼し、被告会社のL取締役本店営業部長兼法人部長は、日航及びコニカの株券については偽造のものが出回っているとの情報がないことから大丈夫と思う旨回答するとともに無効株券か除権判決を受けた株券かもしれない旨告げた。

(四) 原告とDは、右の株券が偽造株券でないことが確認できたので、前記ホテルのロビーに戻り、Bに二九〇〇万円を支払って本件株券の交付を受け、同日午後四時三〇分ころ、再び、被告会社に赴いて、原告名義で本件株券の売却を委託し、本件株券を被告会社に預けた。

(五) 被告会社は、平成七年一一月二七日、原告からの委託に基づいて、東京証券取引所において、午前中に日航の株式七万五〇〇〇株及びコニカの株式五万株をそれぞれ一株六三五円及び六四一円(合計七九六七万五〇〇〇円)で売却したが、同日、本件株券が盗難品であることがわかったので、本件株券を警察に任意提出し、本件株券は押収された。

2  右認定事実を下に、重過失の有無について検討する。

本件株券の買主が原告であるかDであるかはともかく、Cから持ち込まれた話は、時価五〇〇〇万円以上(実際には約八〇〇〇万円)の株式を三〇〇〇万円で購入できるというのであるから、特別の事情がない限り、極めて不自然・不合理なものであって、それ自体から不正常なものであることをうかがわしめるものである。

しかるところ、この点について、原告が主張する原告の受けた説明は、本件株券は担保に差し入れられているものであり、その三〇〇〇万円の被担保債権を平成七年一一月二四日に弁済ができなければ、右の株券は貸主にとられてしまうので、担保権設定者は、それよりは誰かに買い取ってもらうことを望んでいるというものである。しかし、この説明内容では、担保権設定者に何らの利点もなく(担保権者にとられるのも第三者に被担保債権額で売却するのも、株券の取得者が異なるだけで担保権設定者にとっては同じ結果となる。なお、前記(二)認定のような説明、すなわち、購入者に被担保債権額を担保権者に弁済してもらって株券を取り戻した上で、株券を売却して被担保債権額と売却額との差額を購入者と担保権設定者で分けるというのであれば、担保権設定者にも利点があるが、原告又はDとBとの間の実際の取引はこのようなものではなかった。)、また、取引当日も、担保権者は同行せず、担保権設定者というBが株券を持参して、売買を行っており、実際に行われた取引も右の説明と合致しない(原告は、金曜日の夕方に被告会社に対し本件株式の売却を委託したところ、月曜日の午前中には売却ができていることからもうかがえるように、価格を問わなければ本件株式を証券市場を通じて売却することは容易であり、時間も要しなかったと考えられるところ、担保権設定者が株券を預かって他に売却することが可能であれば、証券市場を通じて売却することも可能であり、あえて時価よりも著しく低い価格で売却する必要性もない。)。

その上、右のように不正常な取引であるという疑いを生じさせる事由があるのに、原告及びDは、本件株式の時価、売主の素性等についても、何ら留意することなく、Cの右の説明のみを根拠に本件株券を購入している(なお、原告は、被告会社において、日航及びコニカの株券各一枚が盗難品でないことを確認した旨主張し、甲三及び証人Dの証言中には右にそう部分もあるが、乙八(平成七年一一月二八日付けの被告会社L取締役本店営業部長兼法人部長の司方警察員に対する供述調書の謄本)に照らして採用できない。)。

3  以上の事情を考慮すると、原告には、Cの説明のみに基づいてBが本件株券の所有者であると信じたことについては重大な過失があるというべきである。そして、前記1(一)認定の事実によると、B以前に本件株券を善意取得した者もいないから、原告は本件株券を取得できず、被告が本件株券の所有者というべきである。

三  争点3について

1  前記認定事実のほか、丙二、三及び弁論の全趣旨によると、被告会社は、自己の名をもって顧客のために証券の販売又は買入をすることを業とする株式会社であること、被告会社は、原告からの委託を受けて本件株券を預かり、平成七年一一月二七日、日航の株式七万五〇〇〇株及びコニカの株式五万株を東京証券取引所で売却したが、本件株券が盗難株券であったため、同月二八日、同数の株式を取得して受方証券会社に対して正常な株券を交付することを余儀なくされ、その結果、右の株式の代金及び取得手数料と原告に受け渡すべき代金との差額二三八万三二四五円の損害を受け、原告に対し、株券の売買委託契約に基づき、同額の損害賠償請求権及びこれに対する平成八年二月一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金債権を取得したことが認められる。

2  右の事実によると、被告会社は商法上の問屋であり、右債権は、委託者である原告のための「物品ノ販売」によって生じた債権ということができるから、被告会社の留置権の主張は理由がある(なお、被告会社は、本件株券を警察に任意提出し、本件株券は押収されていることは前記二1(五)認定のとおりであるが、被告会社は本件株券に対する間接占有を有しているものと解される。原告が本件株券を占有していることは当事者間に争いがない。)。

第五結論

以上によると、原告の請求は理由がないから、これを棄却し、被告の原告に対する請求は理由があるからこれを認容し、被告会社に対する請求は、前記原告の被告会社に対する債務の弁済と引換えに本件株券の引渡しを求める限度で理由があるから、右限度で認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条に従い、主文のとおり判決する(なお、仮執行宣言は必要がないのでこれを付さないこととする。)。

(裁判官 水上敏)

<以下省略>

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