大阪地方裁判所 平成8年(ワ)1764号 判決 1998年3月09日
原告
全日本港湾労働組合
右代表者執行委員長
坂野哲也
原告
全日本港湾労働組合関西地方本部
右代表者執行委員長
河本末吉
原告
全日本港湾労働組合関西地方建設支部
右代表者執行委員長
木下義人
右原告ら訴訟代理人弁護士
浦功
同
丸山哲男
同
在間秀和
同
永嶋靖久
同
中島光孝
被告
佐川急便株式会社
右代表者代表取締役
栗和田榮一
右訴訟代理人弁護士
八代徹也
主文
一 被告は、原告全日本港湾労働組合関西地方本部に対し、三〇万円、原告全日本港湾労働組合関西地方建設支部に対し、五〇万円及びこれらに対する平成八年三月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告全日本港湾労働組合関西地方本部及び原告全日本港湾労働組合関西地方建設支部のその余の請求並びに原告全日本港湾労働組合の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告全日本港湾労働組合関西地方本部及び原告全日本港湾労働組合関西地方建設支部と被告との間では、これを五分し、その一を被告の、その余を原告全日本港湾労働組合関西地方本部及び原告全日本港湾労働組合関西地方建設支部の負担とし、原告全日本港湾労働組合と被告との間では、原告全日本港湾労働組合の負担とする。
四 この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告らに対し、各三〇〇万円及びこれらに対する平成八年三月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告らが、被告の団交拒否が不法行為に該当するとして、被告に対し、損害賠償を請求した事案である。
一 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨により認められる事実)
1 原告全日本港湾労働組合(以下「原告全港湾」という。)は、港湾産業労働者を中心とした個人加盟の全国単一組織の労働組合であり、組合員総数は平成九年二月現在約一万六〇〇〇名である。
原告全日本港湾労働組合関西地方本部(以下「原告関西地本」という。)は、全国に九つある原告全港湾の地方組織の一つであり、原告全日本港湾労働組合関西地方建設支部(以下「原告建設支部」という。)は、原告関西地本の下部組織の一つである。なお、原告建設支部はさらに企業単位毎に分会を構成しており、全日本港湾労働組合関西地方建設支部佐川急便分会(以下「佐川分会」という。)はその一つである。
2 被告には、従前労働組合が存在しなかったが、平成五年八月八日、被告大阪支社深江営業所に勤務する従業員四二名によって佐川急便労働組合(以下「佐川労組」という。)が結成され、中西幸一(以下「中西」という。)が執行委員長に就任した。しかし、結成直後から組合員の脱退が続き、同年一〇月四日には、組合員は中西一名のみとなった。
佐川労組及びその上部団体である全日本運輸産業労働組合連合会大阪府連合会(以下「運輸労連大阪府連」という。また、そのさらに上部団体である全日本運輸産業労働組合連合会を「運輸労連」という。)は、同年八月一三日及び同年一〇月一三日、被告による組合員の脱退工作等の不当労働行為があったとして、大阪府地方労働委員会(以下「大阪地労委」という。)に対し、不当労働行為救済申立を行った(以下「別件救済申立」という。)。
なお、中西は、労災のため、平成六年一月一一日から被告を休業するに至り、その後は、佐川労組の活動は事実上停止した。
3 大阪地労委は、平成六年六月七日付けで、別件救済申立における佐川労組らの主張を認め、被告に対し、佐川労組及び運輸労連大阪府連に対するポストノーティスを命ずる内容の救済命令を発したが、被告は、直ちに中央労働委員会(以下「中労委」という。)に対し再審査の申立をした(以下「別件再審査申立」という。)。
4 中西は、平成六年七月一五日頃、佐川労組を解散することを決め、運輸労連大阪府連にその意向を伝えたが、慰留され、その後も同府連と佐川労組の解散、脱退問題について協議を続けた。その間である同月二二日及び同年八月一〇日、中西は、佐川労組の執行委員長として、運輸労連大阪府連とともに、被告との団体交渉に参加した。
5 佐川労組と運輸労連は、平成六年九月一四日、佐川労組が解散して運輸労連を脱退することで合意し、同日、佐川労組から運輸労連及び運輸労連大阪府連に対し脱退届が提出された。また、運輸労連大阪府連は、同月一九日、被告に対し、佐川労組が同月一四日付けで運輸労連大阪府連を脱退した旨通知した。なお、右通知には、脱退の理由として「単組都合」と記載されており、佐川労組が解散した旨の明示の記載はなかった。
また、運輸労連大阪府連は、中労委に対し、平成六年九月一六日付けの文書により、佐川労組が運輸労連大阪府連から脱退したことを理由に、以後別件再審査申立事件につき、被申立人として争わない旨の通知をした。さらに、佐川労組も、中労委に対し、同年一〇月五日付けの文書により、佐川労組が同年七月一五日に解散し、同時に運輸労連を脱退したので、別件救済申立を維持する意思がない旨通知した。この通知書には、前記の佐川労組の運輸労連及び運輸労連大阪府連に対する脱退届が添付されており、右各脱退届には、佐川労組が同年七月一五日に解散した旨記載されていた。
なお、被告は、中労委での再審査における調査の過程において、平成六年一〇月二六日までには、右の、解散の事実を記載した書面の存在を知った。
6 中西は、平成六年一〇月一日、原告全港湾に加入し、同時に、下部組織である佐川分会を結成した。
原告建設支部は、同年一〇月一一日付けで、被告に対し、中西が原告全港湾に加入した旨の通知をした。
7 原告建設支部及び佐川分会は、平成六年一〇月一一日付け団体交渉申入書により、被告に対し、労災で休業中であった中西の復職問題等につき団体交渉を申し入れた。これに対し、被告は、同月一二日付け文書で、中西は同年八月一〇日の団体交渉に佐川労組の執行委員長として出席しており、被告は同人の労働条件について同労組と交渉して行かざるを得ず、また、仮に中西が二つの労働組合に加入しているとすれば、一方の組合員の労働条件を別の労働組合と協議することは支配介入になるので、いずれの労働組合とも団体交渉を行うことは不可能であるとして、これに応じない旨回答した。
8 そこで、原告建設支部は、平成六年一〇月一八日、大阪地労委に対し、被告との団体交渉開催を求める斡旋を申請したが、被告は、前記同月一一日付け団体交渉申入れに応じなかったのと同様の理由及び団体交渉の前提たる労働組合の存否についての問題が中労委等の第三者機関において判断され、確定しない限り斡旋には応じられないとの理由により、斡旋を辞退した。
9 原告建設支部及び佐川分会は、同年一二月七日付け団体交渉申入書により、被告に対し、同年一〇月一一日付けの団体交渉申入れに係る議題につき再度団体交渉を申し入れたが、被告は、同年一二月八日付け文書で、同年一〇月一一日付け団体交渉申入れ及び原告建設支部の斡旋申請に応じなかったのとおおむね同様の理由により、これに応じない旨回答した。
また、原告建設支部及び佐川分会は、同年一二月二八日付け要求書において、被告に対し、平成六年冬季一時金等に関する団体交渉を申し入れた。
10 原告関西地本、原告建設支部及び佐川分会は、平成七年一月五日、大阪地労委に対し、被告が平成六年一〇月一一日付けの団体交渉申入れに応じるように求める不当労働行為救済申立を行った(第一次救済申立)。
11 原告建設支部は、平成七年二月三日付けの文書で、被告に対し、同年三月二日に同原告が開催する平成七年度賃金・労働条件に関する要求主旨説明会への参加を求めたが、被告は同説明会に参加しなかったため、同原告は、同年三月二日付け「建設支部統一労働条件に関する要求書」を、原告らは、同日付け「要求書」を、それぞれ被告に対し送付した。
そして、原告建設支部及び佐川分会は、同年三月二五日付け団体交渉申入書により、被告に対し、団体交渉を申し入れたが、被告は、同月二八日付け書面により、団交義務の存否について地労委で審議中であり、その結果を待ちたい旨回答して、団体交渉に応じなかった。また、原告建設支部及び佐川分会は、被告に対し、同年四月一三日付け団体交渉申入書により、再度団体交渉の申入れをしたが、被告は同月一五日付けの書面で、同年三月二五日付け団体交渉申入れに応じなかったのと同様の理由でこれに応じない旨回答した。
12 中労委は、平成七年四月一九日付けで、別件再審査申立につき、既に佐川労組は解散により消滅しているとして、佐川労組に対しポストノーティスを命じる部分についての被告の再審査申立を却下し、運輸労連大阪府連に関する部分については、同府連が救済申立を維持する意思を放棄したとして、同府連の別件救済申立を却下した。
被告は、東京地裁に対し、右決定のうち、佐川労組に関する部分の取消しを求めて行政訴訟を提起した(以下「別件取消訴訟」という。)。
13 原告関西地本及び原告建設支部は、平成七年四月二〇日、大阪地労委に対し、被告が同年三月二五日付け及び同年四月一三日付けの団体交渉申入れに応じるよう求める不当労働行為救済申立を行った(第二次救済申立)。また、原告建設支部及び佐川分会は、同年五月八日付け団体交渉申入書により、被告に対し、中西の職場復帰問題等について団体交渉を申し入れたが、被告は、同月一〇日付け文書により、従前と同様労働委員会における審理の結果を待ちたい旨回答をしてこれに応じなかった。
14 原告建設支部及び佐川分会は、平成七年六月一〇日付け要求書により、被告に対し、夏季一時金等につき団体交渉を申し入れたが、被告は、同月一二日付けの文書により、従前と同様労働委員会における審理の結果を待ちたい旨回答してこれに応じなかった。
15 大阪地労委は、第一次救済申立につき、平成七年七月二八日付けで、被告に対し、原告建設支部から平成六年一〇月一一日付けで申入れのあった団体交渉に誠意をもって速やかに応じる旨命ずる救済命令(ポストノーティスを含む。)を発した。被告は、直ちに中労委に対し再審査の申立をした。
16 原告関西地本及び原告建設支部は、前記平成七年七月二八日付けの大阪地労委の命令を受けて、同年八月三日付け団体交渉申入書により、被告に対し団体交渉を申し入れたが、被告は、同月四日付けの文書により、地労委の命令に対して再審査の申立を行ったのでその結果を待ちたい旨回答して、これに応じなかった。
17 原告関西地本及び原告建設支部は、平成七年九月一日、大阪地労委に対し、被告が同年八月三日付けの団体交渉申入れに応じるよう求める不当労働行為救済申立を行った(第三次救済申立)。
18 原告建設支部及び佐川分会は、平成七年一一月二七日付け要求書により、被告に対し、冬季一時金等につき団体交渉を申し入れたが、被告は、同月二八日付け文書により、従前同様、中労委及び大阪地労委において被告の団交義務の存否について審理中であるのでその結果を待ちたい旨回答して、これに応じなかった。
また、中労委は、右同日(一一月二八日)、被告に対し、前記同年七月二八日付けの大阪地労委の命令を直ちに履行するよう履行勧告を行ったが、被告は、これに従わなかった。
19 原告関西地本及び原告建設支部は、平成八年一月五日、大阪地労委に対し、被告が平成七年一一月二七日付けの団体交渉申入れに応じるよう求める不当労働行為救済申立を行った(第四次救済申立)。
20 中西は、平成八年一月一〇日付け内容証明郵便により、被告に対し、佐川労組が平成六年九月一四日に運輸労連を脱退して解散し、現在は存在していない旨通知した。
21 原告関西地本及び原告建設支部は、平成八年二月一三日付け団体交渉申入書により、被告に対し、中西の復職問題及び同人の社会保険料の負担問題につき、団体交渉を申し入れたが、被告は、同月一四日付け文書により、団交義務の存否につき裁判所等の第三者機関の判断を待ちたい等と回答して、これに応じなかった。
22 大阪地労委は、第二次救済申立に関し、平成八年二月一五日付けで、被告に対し、原告建設支部から平成七年三月二五日付け及び同年四月一三日付けで申入れのあった団体交渉に誠意をもって速やかに応じる旨命ずる救済命令(ポストノーティスを含む。)を発した。被告は、これに対し、直ちに中労委に再審査申立をした。
23 原告らは、被告に対し、平成八年度賃上げについて、同年三月五日付け要求書を提出し、原告建設支部及び佐川分会は、同月七日付け要求書により、被告に対し、従前からの要求事項について早急に団体交渉を開催するよう要求したが、被告は、同月二五日付け文書により、裁判所等の機関の判断を待つ旨回答して、これに応じなかった。
そこで、原告関西地本及び原告建設支部は、同年五月九日、大阪地労委に対し、被告が平成八年二月一三日付け、同年三月五日付け及び同月七日付けの団体交渉申入れに応じるよう求める不当労働行為救済申立を行った(第五次救済申立)。
24 なお、東京地裁は、別件取消訴訟につき、平成八年三月二八日、佐川労組は初審命令発出時点では存在していたものの、平成六年一〇月二六日の中労委における審理の終結時点では既に消滅していたとして、被告に命令の取消しを求める法律上の利益がないことを理由に、訴えを却下する旨の判決をした。
25 被告は、平成八年三月二八日付けの東京地裁の判決により被告の佐川労組に対するポストノーティスの履行義務がないことが確定したとして、原告建設支部及び佐川分会に対し、平成八年五月九日付けの文書で団体交渉を申し入れた。原告関西地本及び原告建設支部も、被告に対し、同月二〇日付け文書で団体交渉を申し入れ、同年六月二〇日、同年七月一七日、被告と原告建設支部及び佐川分会との間で団体交渉が行われた。
26 原告関西地本及び原告建設支部は、団体交渉が行われたことを理由に、同年八月七日、大阪地労委に対する第五次救済申立を取り下げた。
その後も団体交渉は随時行われており、懸案であった中西の復職問題も解決を見た。
二 原告らの主張
1 不法行為
被告は、原告らからの度重なる団体交渉申入れに対し、「二つの労働組合への二重加盟である。」とか、「団交応諾義務の存否について労働委員会で審理中である。」等の理由を並べて、約一年八か月もの間原告らとの団体交渉を拒否し続けた。また、原告らがやむなく行った救済申立について、労働委員会から何度も団体交渉に応ずることを命ずる救済命令が発せられたにもかかわらず、これも不当に拒絶し続けた。
このような被告の団交拒否は、何らの正当理由もないのにいたずらに口実を構えて団体交渉を拒否するばかりか団体交渉それ自体を否定する態度を執拗に繰り返すもので、悪質かつ違法性の強いものであり、憲法二八条に定められた団体交渉権を侵害する不法行為を構成する。
2 損害
(一) 労働委員会に対し救済申立を余儀なくされたことによる損害
被告の不法行為により、原告らは、度重なる救済申立を余儀なくされ、さらに、被告の再審査申立により、中労委への出頭も余儀なくされるなどして、以下のとおりの損害を被った。
(1) 書面書記料
原告らは、大阪地労委に係属した四件の救済申立事件に関し二二四四枚、中労委に係属した二件の救済申立事件に関し二一四五枚の書面(いずれもB五版に換算)の提出を余儀なくされた。これに要した費用を、通常の民事訴訟費用における基準で計算すると、計六五万八三五〇円となる。
(2) 出頭費用
大阪地労委に係属した四件の救済申立事件に関しては、合計一五回の期日が開かれ、組合担当者が延べ四六名、代理人が延べ二二名出頭した。また、中労委に係属した二件の救済申立事件に関しては、二回の期日が開かれ、組合担当者が延べ六名、代理人が延べ二名出頭した。これに要した費用を、通常の民事訴訟費用における基準で計算すると、出頭日当が合計二八万五〇〇〇円、交通費が合計二三万〇八八〇円に上る。
(3) 弁護士費用
原告らは、地労委及び中労委における事件の遂行のために弁護士の選任を余儀なくされ、その費用だけでも合計四〇〇万円を下らない。
(4) その他の実費
原告らは、右(1)ないし(3)以外にも、労働委員会の審理等に向けた準備のために数多くの打ち合わせを持ったが、その費用は原告ら三者において連帯して負担した。
(二) 無形の損害
原告らは、長期間にわたり不当に団体交渉を拒否されたことにより、労働組合としての団結力が低下し、要求事項について何らの成果も得られず、社会的評価も低下するなどの無形の損害を被った。
(三) まとめ
右(一)及び(二)の合計は、原告一名当たり少なくとも三〇〇万円を超えることは明らかである。
三 被告の主張
1 不当労働行為救済制度は、救済命令の履行により現(ママ)状回復をさせることを目的とした制度であるのに対し、不法行為制度は、現状(ママ)回復をしない、あるいは現状(ママ)回復ができないことを前提に金銭賠償を行う制度であるから、両者は両立せず、不当労働行為行為(ママ)救済申立を原告らが放棄しない限り、不法行為による損害賠償請求は許されない。
2 仮にそのように解することができないとしても、不当労働行為救済制度は、民法上の不法行為制度とはその趣旨目的及び成立要件を異にしているから、不当労働行為に該当する行為が直ちに不法行為となるものではない。そして、団体交渉権のように、不当労働行為救済制度によって保護されている権利については、不法行為上保護される権利に該当しないとの見解もあり、仮に保護を認めるとしても、限定的に解釈すべきである。
そして、団体交渉権は、労働組合の要求する日時、場所において団体交渉をすることを求める権利ではないから、申入れ議題に係る団体交渉が実現すれば、団体交渉権の侵害は存在しないというべきである。本件では、平成八年六月二〇日以降、何ら問題なく団体交渉が行われ、これまでの原告らの要求について被告はすべて回答しているのであるから、原告らに対する権利侵害は存在しない。
3 被告が、平成八年六月二〇日までの間、原告らとの間で団体交渉を行わなかったのは、次のような経過によるものである。このように、被告が原告らの団体交渉申入れに応じなかったのは正当な理由によるものであり、被告の団交拒否には何ら違法性がない。
(一) 被告は、従来より佐川労組との団体交渉には応じており、平成六年七月二二日及び同年八月一〇日にも、佐川労組との間で団体交渉を行った。ところが、同年九月一六日、運輸労連から、佐川労組が同月一四日運輸労連を脱退した旨の通知を受けた。一方、佐川労組からは、同年一〇月五日、同労組が同年七月一五日に解散した旨の通知が中労委に対して出された。
(二) 原告らは、このような状況の下で、平成六年一〇月一一日付けの団体交渉申入れを行った。しかし、被告は、同年七月二二日及び八月一〇日に佐川労組は被告と団体交渉を行っており、中西は佐川労組の執行委員長として右団体交渉に出席していたことから、中西が佐川労組及び原告全港湾に二重加盟している疑いがあり、いずれかの組合と団体交渉を行うことは支配介入になるおそれがあったため、これに応じなかった。
(三) 被告は、大阪地労委が平成六年六月七日付けで発した救済命令(佐川労組に対しポストノーティスを命ずる内容のもの)に対し、中労委に再審査申立を行っていたが、中労委は、平成七年四月一二日付けで、佐川労組に対しポストノーティスを命じた初審命令を維持する旨の決定をした。このことで、佐川労組がなおも存在することが明らかとなったため、被告は、右決定の取消しを求めて行政訴訟を提起しつつ(別件取消訴訟)、原告らからの団体交渉申入れに対しては、中西の二重加盟状態が解消されていない以上団体交渉に応ずることはできないとして、これに応じなかった。
(四) 東京地裁は、平成八年三月二八日、別件取消訴訟の判決の理由中において、佐川労組に対するポストノーティスの履行義務を被告が負わないことを明確にしたので、被告は、右判決を確定させるとともに、中西の二重加盟問題が解決したことから、同年五月九日、原告建設支部及び佐川分会に対し、団体交渉を申し入れ、同年六月二〇日に現実に団体交渉が行われ、その後も団体交渉を行っている。
4 故意過失について
仮に被告の団交拒否が違法なものであるとしても、被告が原告らの団体交渉申入れに応じなかったのは、被告が原告らを嫌悪していたからではなく、前記のとおり、佐川労組に対するポストノーティスの履行義務がなおも存在する状況にあって、中西の佐川労組と原告らとの間の二重加盟問題が公権的に解決していなかったからである。また、被告は、原告らの団体交渉申入れに対し、必ず文書による回答をしており、これは、労組法が団体交渉の方式を対席対面に限定していないことからすれば、団体交渉と評価することも可能である。さらに、被告には、団交拒否によって原告主張のような損害が生じることの予見可能性が全くなかった。
このような点を考慮すれば、被告には不法行為の要件としての故意又は過失が存在しないというべきである。
5 損害について
(一) 原告全港湾は個人加盟の全国単一組織の労働組合であるから、原告関西地本及び原告建設支部は、いずれも原告全港湾の組織の一部に過ぎず、独立した権利主体とはなり得ない。したがって、原告関西地本及び原告建設支部には、法律上の損害が発生することはあり得ない。
一方、原告全港湾の主張する損害は、団体交渉の拒否によるものであるから、団体交渉の申入れをしていない原告全港湾には、損害の生じる余地がない。
(二) 不当労働行為救済制度は、行政処分として使用者に対する公的義務を課する制度であるから、行政処分の確定によって初めて不当労働行為が成立する。そして、救済命令が履行されれば、労使関係は不当労働行為がなかった状態に戻るから、損害というものは生じ得ない。本件では、行政処分としての不当労働行為救済命令が何ら確定しないうちに、被告は任意に団体交渉に応ずるに至ったのであるから、労働組合の社会的評価や権威は回復されており、金銭によって賠償すべき損害は生ずる余地がない。原告関西地本及び原告建設支部も不当労働行為救済申立を取り下げており、損害がないことを自認している。
(三) 原告らが主張する労働委員会への出頭費用、書記料及び弁護士費用は、不当労働行為救済申立が原告らの権利行使に過ぎず、被告の行為とは無関係なものであり、また、訴訟や労働委員会の手続において弁護士強制主義が取られていない以上、必要不可欠な出費とはいえない。したがって、これらの損害はいずれも法律上の損害とはいえず、仮に法律上の損害であるとしても、被告の不法行為との間に因果関係が存在しない。
(四) 原告らが主張する無形損害は、そもそも金銭で評価できないものであり、到底法律上の損害とはいえない。また、仮にそのような損害が観念できるとしても、団体交渉が実現したことにより、労働組合の社会的評価や権威は回復されているから、本件においてそのような損害が生じる余地はない。
四 争点
1 被告による団体交渉の拒否が不法行為に該当するか。
2 原告らに損害が発生したといえるか。
第三争点に対する当裁判所の判断
一 争点1(被告による団交拒否が不法行為に該当するか。)について
1 前記認定の前提事実のとおり、被告は、平成六年一〇月一一日付けの原告建設支部及び佐川分会による団体交渉申入れから、平成八年三月七日付けの団体交渉申入れに至るまで、約一年半もの間、一貫して団体交渉の申入れを拒否し続けたことが認められ(以下「本件団交拒否」という。)、その回数は、団体交渉申入書による団体交渉申入れにつき七回、その他の書面によるものにつき四回に上る。
なお、原告らは、平成七年二月三日付けの「平成七年度賃金・労働条件に関する要求主旨説明会の申入書」、同年三月二日付けの原告ら連名並びに原告建設支部及び佐川分会連名の各「要求書」、平成八年二月一五日付けの「平成八年度賃金・労働条件に関する要求主旨説明会の申入書」及び同年三月五日付けの原告ら連名の「要求書」によっても団体交渉を申し入れた旨主張するが、要求主旨説明会は原告らの要求書を手渡すことのみを目的とする会合であって、団体交渉とは認めることができないし、右各要求書は、いずれも労働条件に関する要求書に過ぎないと考えられるから、原告の主張は採用できない。
また、被告は、団体交渉は対席対面交渉によるものに限られず、文書の往復によるものでもよい旨主張するかのようであるが、独自の見解であって採用できない。
2 被告は、中西が佐川労組と原告全港湾とに二重に加盟している可能性があり、この問題が解決していなかったため団体交渉に応じることができなかったのであり、団体交渉を拒否したことに正当な理由があったと主張する。
確かに、前記のとおり、佐川労組の執行委員長であった中西は、佐川労組の解散を決めた後である平成六年七月二二日及び同年八月一〇日に、運輸労連大阪府連とともに被告との団体交渉に参加していること、同年九月一九日付けで運輸労連大阪府連から被告に出された脱退通知書には、佐川労組が運輸労連大阪府連を脱退したとの記載しかなく、佐川労組が解散したとの記載はなかったこと、佐川労組から被告に対し解散した旨明確に通知されたのは、平成八年一月一〇日付け文書が最初であることが認められる(なお、証人中西は、平成六年九月二〇日頃、電話で被告の時吉勝課長に佐川労組が解散した旨伝えたと証言するが、右証言は、伝えた内容が必ずしも明確ではなく、また、従来から問題となっていた点であるにもかかわらず本件口頭弁論期日において初めてされた証言であることに鑑みると、にわかに信用できない。)。
しかしながら、前記認定の前提事実のとおり、佐川労組は、平成六年七月頃には、組合員は中西一名となっていたところ、中西は、同月一五日頃、佐川労組の解散及び運輸労連からの脱退を決め、その旨上部団体である運輸労連に伝えたが、同労連から慰留され、その後協議を続けた結果、同年九月一四日に、佐川労組が同日付けで運輸労連から脱退することで合意に達したことが認められるのであり、佐川労組は、少なくとも、右同日以降は存在しなかったことは明らかである。中西が同年七月二二日及び同年八月一〇日の団体交渉に出席したのは、運輸労連との関係ではまだ正式に解散扱いとなっていなかったからに過ぎず、右認定を何ら左右するものではないし、前記のその他の事実も、いずれも右認定を左右するものではない。
したがって、最初の団体交渉申入れがされた同年一〇月一一日以降、佐川労組は存在していないから、被告の主張する中西の二重加盟問題は団体交渉を拒否する正当な理由たり得ないというべきである。
3 次に、被告は、仮に団交拒否に正当な理由がないとしても、被告には故意過失がないと主張する。
(一) しかしながら、前記認定の前提事実のとおり、平成六年一〇月五日には、佐川労組は、中労委に対し、同労組が同年七月一五日に解散したこと、したがって救済申立を維持する意思のないことを通知しており、これを、被告も同年一〇月二六日までには知っていたことが認められるうえに、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、被告代理人は、同年一〇月二六日付けで、中労委に対し、佐川労組が解散したことを理由に初審命令の取消しを求める旨の意見書を提出したこと、同年八月一〇日以降は、佐川労組が被告に対して何らかの行動に出たことは一切なかったことが認められる。
さらに、平成七年四月一九日付けで出された別件再審査申立に関する中労委の判断では、佐川労組が消滅したことが認定されて被告の再審査申立が却下され、同年七月二八日付けで出された第一次救済申立に関する大阪地労委の判断でもまた佐川労組が消滅したことが認定され、被告に対し原告建設支部が平成六年一〇月一一日付で(ママ)申し入れた団体交渉に応じるよう命じられ、平成八年二月一五日付けで出された第二次救済申立に関する大阪地労委の判断でも、佐川労組が消滅したことが認定され、被告に対し、原告建設支部が平成七年三月二五日付け及び同年四月一三日付けで申し入れた団体交渉に応じるよう命じられたことは、前記認定のとおりである。
(二) 以上の点からすれば、被告は、少なくとも、平成六年一〇月二六日には、佐川労組が解散して消滅したことを確定的に知っていたというべきである。被告が、佐川労組の存否について真に疑念を有していなかったことは、被告が、中西又は運輸労連大阪府連等に対し、佐川労組の存否について照会するなどの行為を全くしていないこと(<人証略>)からも明らかである。
したがって、被告は、少なくとも、右同日(平成六年一〇月二六日)以降は佐川労組が存在しないことを知っていたにもかかわらず、同労組から被告に対する解散通知がなく、また、佐川労組が中労委に提出した通知書に同労組が平成六年七月一五日に解散した旨の記載があるのに中西が平成六年七月及び八月に佐川労組の執行委員長として団体交渉に参加していたこと、あるいは、佐川労組に対しポストノーティスを命じた地労委の命令が形式的に存在することを奇貨として、佐川労組がまだ存続している可能性があるとの主張に固執し、いたずらに団体交渉を拒否し続けたものというほかはない。
なお、被告は、本件団交拒否に当たり、団交義務の存否について第三者機関の判断が確定していないことを繰り返し理由として挙げているが、前記のとおり、被告が、数回にわたる大阪地労委及び中労委の命令によって、佐川労組が存在しないことが明確に認定されていたにもかかわらず、中労委の履行勧告にも従うことなく団体交渉を拒絶し続けた事実に鑑みると、これも、団体交渉を拒否するための単なる口実に過ぎなかったことは明らかである。
(三) したがって、少なくとも平成六年一二月七日付け団体交渉申入れ以降、被告は、本件団交拒否に何ら理由がないことを十分に知っていながら、いたずらに口実を設けて団体交渉を拒否し続けたものといえるから、違法に本件団交拒否をしたことにつき故意過失を欠くとの被告の主張は、理由がない。
4 以上によれば、被告の本件団交拒否のうち、平成六年一二月七日付け団体交渉申入れ以降の団体交渉申入れに係るものは、何ら正当な理由がないばかりか、右団交拒否は、被告により頻回にわたり意図的に行われたものであり、かつ、その期間も相当長期にわたっていることを考慮すると、かかる場合にあっては、団体交渉権ひいては団結権を著しくないがしろにするものとして、被告の右行為は、不法行為を構成するというべきである。
この点に関し、被告は、現在では団体交渉が実現していることを理由に、原告らの団体交渉権は侵害されていない旨主張するが、仮に現在では団体交渉が行われているとしても、過去に行われた団体交渉権の侵害行為が消滅するものではなく、右の点は、損害の有無及び程度において考慮すれば足りるから、被告の主張は採用できない。
5 なお、被告は、不当労働行為行為(ママ)救済申立を原告らが放棄しない限り、不法行為による損害賠償請求は許されないとも主張するが、独自の見解であって採用できない。
二 争点2(原告らに損害が発生したといえるか。)について
争点1について判示したとおり、被告の本件団交拒否のうち、平成六年一二月七日付け団体交渉申入れ以降の団体交渉申入れに関するものは、原告らに対する不法行為を構成するというべきであるので、原告らの被った損害について検討する。
1 前記のとおり、被告は、平成六年一二月から平成八年三月まで、原告関西地本ないし原告建設支部らによる一〇回にわたる団体交渉申入れを不当に拒否し続けたのであり、これによって、原告ら(なお、原告らのうち、どの原告に損害が発生したと見るべきかについては、後述する。)には、労働組合としての団体交渉権を否定されたことに基づく社会的評価、信用の毀損による無形の財産的損害が発生したというべきである。そして、被告による団交拒否の回数及び期間に鑑みるとき、右無形の財産的損害は、現在においては団体交渉が実現しているとしても、これによりすべてが回復したということはできないというべきである。
したがって、団体交渉が実現した以上、原告らに損害は発生していないとする被告の主張は採用できない。
2 そこで、原告らのうち、どの原告に損害が発生したと見るべきかについて検討するに、前記認定の前提事実並びに証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、原告関西地本及び原告建設支部は、原告全港湾の下部組織ではあるが、それ自体労働組合としての実体を備えた組織であること、原告全港湾の日常の組合活動は、その内容、規模に応じ、通常の下部組織に権限を委譲して行われ、救済申立や訴えの提起等も、当該事案の内容に応じて、地方本部や支部の名において行われることが多いこと、本件においても、被告に対する団体交渉申入れは、原告建設支部及び佐川分会の連名又は原告関西地本及び原告建設支部の連名で行われているが、これらも、原告関西地本及び原告建設支部が、原告全港湾から団体交渉権の委譲を受けて行ったものであることが認められる。
したがって、原告関西地本及び原告建設支部は、いずれも、独自の団体交渉権を有する労働組合であり、本件団交拒否により損害賠償請求の主体となり得るものと認められる。
一方、本件団交拒否にかかる団体交渉の議題は、中西の復職問題を初めとして、佐川分会に固有の問題が中心であること、原告全港湾自体が被告に対し団体交渉を申し入れた事実がないことに鑑みると、前記のような無形の損害が原告全港湾自身に発生したとは考えられないから、右損害は、実際に団体交渉申入れを行った原告関西地本及び原告建設支部についてのみ発生したというべきである。
3 なお、原告らは、労働委員会への救済申立を余儀なくされたことにより、書記料、出頭費用及び弁護士費用相当額の損害を被ったと主張する。そして、証拠(<証拠・人証略>)によれば、原告関西地本及び原告建設支部は、被告の本件団交拒否を受け、前記認定の前提事実のとおり、大阪地労委に対し、五次にわたる不当労働行為救済申立を行い、そのために、大阪地労委に提出する書類の作成、組合員の出頭などに相当の費用を要したこと、また、二件の地労委命令に対し被告が中労委に再審査の申立をしたため、東京までの組合員の出頭などにさらに費用を要したこと、これらの費用は、原告全港湾において負担していることが認められる。
しかしながら、労働委員会に対し救済申立をするか否かは、原告らの判断に委ねられている事項であるから、原告らがその独自の判断により労働委員会に対して救済申立を行い、そのために相応の支出をしたとしても、それは被告の不法行為と相当因果関係のある損害とはいえない。弁護士費用もまた同様である。そして、原告らが、被告の団交拒否によって、事実上このような出費を余儀なくされたことは、その無形損害の額を算定するに当たり考慮すれば足りるものというべきである。
4 以上のとおり、原告関西地本及び原告建設支部の被った損害は、団体交渉権を否定されたことによる無形の損害に限られると解すべきところ、被告による団交拒否が相当長期間に及ぶもので、その間に地労委の命令が二度にわたり出され、中労委による履行勧告も行われたにもかかわらず、被告が団体交渉に応じなかったこと、原告関西地本及び原告建設支部が、救済命令を求めて地労委に救済申立をし、相当の出費を余儀なくされたこと、右各原告による団体交渉申入れないし救済申立の各回数、右各原告の団体交渉申入れに係る事項との利害の直接性の程度、他方で、現在では被告は団体交渉に応じており、原告らの要求事項に関してもほぼ解決を見ていること等を総合考慮すると、右無形の損害は、原告関西地本につき三〇万円、原告建設支部につき五〇万円とするのが相当である。
三 結論
以上の次第であるから、原告らの請求は、原告関西地本及び原告建設支部が被告に対し不法行為に基づく損害賠償としてそれぞれ三〇万円、五〇万円の支払を求める限度で理由があるので認容し、原告関西地本及び原告建設支部のその余の請求並びに原告全港湾の請求は、いずれも理由がないので棄却することとする。
(裁判長裁判官 中路義彦 裁判官 谷口安史 裁判官 仙波啓孝)