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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)2172号 判決 1999年1月21日

原告

大阪府立大学お笑い総合研究所

右代表者会長

内保雄

原告

大崎伸浩

右両名訴訟代理人弁護士

松丸正

被告

大阪府

右代表者知事

山田勇

右訴訟代理人弁護士

上原理子

上原健嗣

右指定代理人

木澤まゆみ

外一名

主文

一  原告大阪府立大学お笑い総合研究所の訴えを却下する。

二  原告大崎伸浩の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告大阪府立大学お笑い総合研究所に対し、金五八万四八六三円及びこれに対する平成八年三月二〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告大崎伸浩に対し、金五〇万円及びこれに対する平成八年三月二〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、大阪府立大学構内に女性の裸体写真をはり付けた看板を掲出した原告大阪府立大学お笑い総合研究所に対し、被告の公務員である大阪府立大学学生部学生課の職員が、右看板の撤去を指示し、大学施設の使用を停止するなどの措置をとったところ、原告らが、被告に対し、これらの指示及び措置は原告らの表現の自由を侵害する違法なものであり、これにより原告らの名誉が棄損されるなどの損害を被ったとして、国家賠償法第一条に基づき、損害賠償を求めた事案である。

二  前提となる事実

1(一)  被告は、大阪府大学条例(昭和二四年三月三〇日府条例第一八号)に基づき、学術文化の中心的役割を担う開かれた教育研究機関として、広い分野の総合的な知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、併せて創造的な知性と豊かな人間性を備え、応用力と実践力に富む有為な人材の育成を図り、もって地域社会及び国際社会における文化の向上並びに産業及び福祉の発展に寄与することを目的として大阪府立大学(以下「本件大学」という。)を設置した(弁論の全趣旨)。

(二)  原告大阪府立大学お笑い総合研究所(以下「原告お笑い研」という。)は、昭和四一年六月に設立(設立当時の名称は大阪府立大学百舌鳥(もず)落語会、平成六年に現名称に変更)された落語等の研究・公演などを目的とする本件大学の学生で構成されている文化研究同好会であり、本件大学構内の文化部室棟にあるクラブ室(以下「本件部室」という。)を活動の拠点としていた(<証拠略>)。

(三)  原告大崎伸浩(以下「原告大崎」という。)は、平成六年一二月ころから平成八年一二月ころまで、原告お笑い研の代表者会長であった(<証拠略>)。

2  原告お笑い研は、平成七年一二月二一日午後六時三〇分より、大阪市中央区の府立青少年会館で「お笑いナイトショー・聖夜にキッス」と称して、クリスマスにちなんだ創作コントや古典落語の公演(以下「本件公演」という。)を予定していた(争いがない)。

3  原告お笑い研は、本件公演を本件大学の学生等に宣伝するため、同月四日、その案内ポスターを縦1.8メートル、横3.6メートルの立て看板(以下「本件立て看板」という。)にはり付け、本件大学の学生会館の前に掲出した(争いがない)。

4  本件立て看板には、その中央にキスシーンがイラストで描かれ、雑誌等から切り抜いた一九枚の女性の裸体写真に天使の羽を付け加えたものがはり付けられており、その裸体写真の中には男性の性的興味を引くような姿態をとるものが多数存在していた(<証拠略>)。

5  本件大学の学生部学生課(以下「学生課」という。)職員嶋路金雄主事(以下「嶋路主事」という。)は、同月七日昼ころ、原告大崎に対し、①その週のうちに本件立て看板を撤去すること(以下「本件発言①」という。)、②原告お笑い研を廃部にするので、同月二〇日までに本件部室内の荷物を片付けておくことを指示し、同日以後、原告お笑い研には学生会館の使用を認めない旨告知した(以下「本件発言②」という。<証拠略>)。

6  学生課職員渡邊俊次主査(以下「渡邊主査」という。)及び嶋路主事は、同月一五日午前一〇時ころ、本件部室のかぎを取り替えるために本件部室に赴いたが、原告お笑い研の部員らが人垣を作るなどしてこれに抵抗したため、これを排除してかぎを取り替えることはしなかった(以下「本件措置一」という。<証拠略>)。

7  渡邊主査、嶋路主事及び尾崎主事は、同月一六日午後一時ころ、学生自治会連合立ち合いのもとで、文化部連合(以下「文連」という。)常任委員会と共同して、本件部室を閉鎖し、原告お笑い研に対し、本件部室及び大学施設の使用を禁止した(以下「本件措置二」という。なお、以下本件発言①・②、本件措置一・二全てを指す場合には「本件措置等」といい、本件措置一・二を指す場合には「本件各措置」という。)。なお、右閉鎖に当たっては、原告お笑い研の部員らは、任意に本件部室から退去し、その後、文連常任委員長が、本件部室のかぎ穴をふさぐように文連常任委員会の押印をした張り紙をした。

(<証拠略>)

8  本件立て看板は、同月二〇日夜から二一日朝までの間に、何者かによって破壊された(争いがない)。

9  学生課は、同月二一日、原告お笑い研に対し、本件部室及び大学施設の使用禁止措置を解除した(争いがない)。

第三  争点

一  原告お笑い研は、権利能力なき社団としての実体を備えているか(本案前の抗弁)

(被告の主張)

1 そもそも、権利能力なき社団といえるためには、団体としての組織を備え、多数決の原則が行われ、構成員の変更にかかわらず団体が存続し、その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理など団体としての主要な点が確定していることが必要である。

2(一) 原告お笑い研の部員は、わずか七名に過ぎず、原告お笑い研の運営は、個々の構成員の個性に強く依存している。

(二) 原告お笑い研の活動経費(平成六年度は二四万三六三二円にとどまっている。)は、各部員が定期的に支払う年間八四〇〇円の部費その他の分担金、寄附金、広告料などで賄われているものの、その多くは必要に応じて部員がそれぞれ負担する分担金で占められており、原告お笑い研は、恒常的な運営費を有していない。なお、本件大学は、原告お笑い研に対し、金銭ではなく物品をもってその活動を援助していた。

(三) 原告お笑い研には、設立当初に作成された規約が存在するが、これは、学生課が、学生団体結成の承認手続の際に配布している規約例をほぼそのまま踏襲して作成されたものであって、実体に即したものではなく、かかる規約に基づいて原告お笑い研が活動していたとは認められない。

3 以上によれば、原告お笑い研は、本件大学における学生自治活動の一環としての役割しか有しておらず、権利能力なき社団として当事者適格を認められるにふさわしい実体を有していない。したがって、原告お笑い研は、法人でない社団として権利義務の主体となるべき当事者能力を有するものではない。

(原告お笑い研の主張)

1(一) 原告お笑い研の設立当初から存在する規約には、総則として名称、本部、目的、活動、構成についての定めがあるほか、役員については、会を代表する会長は会員の推挙により選出されること、副会長、会計、書記は会長が任命することなどがそれぞれ定められ、財産の管理についても会計が会計業務を行うことが定められている。

(二) 原告お笑い研の運営に際しては、会長、副会長、会計及び書記を多数決で選任するなど、多数決の原則が行われている。

(三) 原告お笑い研は、構成員が学生であるため毎年その構成員の移動は生じるものの、社団としての同一性、単一性を保って継続的に存続してきた。

2 以上によれば、原告お笑い研は、法人でない社団として当事者能力を有するものと解すべきである。

二  本件措置等は違法といえるか

(原告らの主張)

1 大学は多様な価値観を持った思想、学説が相互に交流、競争しあう中で真理を探求する場であるから、本件立て看板が、これを卑わい、あるいはよくないと感じる者が多数を占める不快表現であったとしても、これを大学当局による撤去命令という権力によって排除・抑制することは危険であり、これらは「思想・表現の自由市場」における対抗言論によって対処されるべきものである。

大学は、学術の中心として広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開することを目的とする機関であり、この教育及び研究目的を実現するために必要な限りにおいて、大学当局には、学生及び学内団体に対する懲戒権が与えられ、その行使については一定の裁量権を有しているといえるが、大学というパブリック・フォーラムにおいては、真理の探究のために、一般社会以上に表現の自由が保障されなければならず、大学当局による思想・表現そのものを理由とする懲戒権の行使は、暴力行為等の非常事態発生のような明白かつ現在の危険があるときのみに許されるものであり、その裁量権の範囲は極めて限定されるべきである。

2(一) 本件立て看板にはり付けられた女性の裸体写真は、聖なるクリスマスさえもセックスの隠れみのにしている学生ら現代の若者の世相に対するやゆと批判を表現する本件立て看板全体の意図の中で、聖なる天使のパロディーとして表現されたものである。これらは、いずれも本件大学構内の売店でも販売している週刊誌などから切り抜いたものであって、いわゆるヘアヌードも除外されており、わいせつ表現に該当するものではない。

(二) 本件立て看板につき学生課に抗議に来たのは、前年度立て看板に対しても抗議をした二名の女子学生のみである。しかも、原告お笑い研は、平成七年一二月八日、文連に対して、同月二〇日に予定されていた文連総会決議に従う旨申し入れるなどしており、原告お笑い研と文連及び学生自治会連合などの学生自治組織との間で暴力事件が発生する恐れはなかった。

3 本件発言①は、本件立て看板の撤去を指示している点で原告らの表現の自由に対する直接的侵害であるということができ、また、本件発言②及び本件各措置も本件立て看板の掲出を理由としている点で表現の自由を侵害するものであるということができるところ、本件措置等を行った当時、他者の人権を侵害する明白かつ現在の危険は発生していなかったのであるから、本件措置等は、裁量権をゆ越、濫用してなされた懲戒権の行使であり、違法である。

(被告の主張)

1 本件大学は、施設管理権に基づいて、大学構内における施設の使用を制限する権利を有する。

2 本件発言①について

本件立て看板にはり付けられている女性の全裸写真のポーズは、セックスないしはそれに関連する性的な事象を容易に推測させるに足りる卑わいなもので、極めて品位のないものである。かかる卑わいな写真のちょう付された立て看板を公の場所ともいうべき本件大学構内に掲出した場合には、大学で学ぶ学生、教職員等は、日常的な学習・生活の場所において、かかる立て看板をいやおうなく見せつけられ、その結果、著しい嫌悪感・不快感としゅう恥の念を絶えず抱かされることになる。すなわち、原告らによる本件立て看板の掲出は、大学構内において日常的に生活することを余儀なくされている女性に対するセクシュアル・ハラスメントに外ならない。特に、本件立て看板は、本件大学構内の学生会館の前に掲出されていたものであるが、右場所は、本件大学で唯一の売店である生活協同組合店舗や食堂、喫茶店、理髪店、保健室などに近接しており、大学構内の中でも特に通行者が多く、最も人目につきやすい場所の一つである。加えて、一二月においては、受験生も多数来学するのである。

そのため、嶋路主事は、原告お笑い研の会長である原告大崎に対し、本件立て看板を自発的に撤去するよう指導し、これを促したものである。

3 本件各措置について

原告お笑い研が平成六年一一月に掲出した前年度立て看板をめぐっては、文連の常任委員やその外の学生と原告お笑い研の部員とが言い争いをするなど一触即発の険悪な事態となり、平成七年四月ころまで、学生団体や学生と原告お笑い研との間で紛議が続いた。

右紛議はいったんは沈静化していたが、原告お笑い研が、平成七年一二月に本件立て看板を掲出したため、再び紛議が生じるに至った。

原告お笑い研の部員、顧問である安藤忠教授(以下「安藤教授」という。)、学生課職員、文連常任委員会等が、それぞれ本件立て看板の撤去問題について話し合ったが、原告お笑い研の部員と他の学生たちの対立が激しく、一向に事態打開の兆しがみられなかった。それどころか、原告お笑い研は、学生課が撤去指導をした後の同年一二月一一日、本件立て看板の横に学生課の対応に対する抗議の立て看板を掲出したり、学生課職員個人をひぼう中傷する内容の印刷物を配布したりして、本件立て看板の撤去を求める者に対する攻撃をエスカレートさせていった。原告お笑い研の立て看板や配布された印刷物には、学生課の担当者を具体的にひぼう中傷する過激な内容が記載されており、これが当事者間に生じていた感情的な対立をより激化させ、険悪な関係となっており、このままにしておくと、学生課の担当者だけでなく、抗議した個人やクラブに対してもひぼう中傷が行われかねない様相を呈していた。

大学においては、かつてポルノ問題などをめぐって学生らが対立し、しばしば暴力事件等の非常事態の発生を招来していることから、学生課は、このまま事態を放置した場合には、原告お笑い研と他の学生団体や学生との間の対立が激化し、ついには暴力事件等の非常事態が発生するのではないかと危ぐし、事態がもう少し沈静化するまでの一時的措置として、原告お笑い研の部員らが集結して学生らと衝突することのないように、原告お笑い研に対して、本件部室その他の大学施設の使用を禁止したものである。

三  損害の範囲

(原告らの主張)

1 原告お笑い研の損害

(一) 財産的損害

原告お笑い研は、本件部室を七日間使用することができなかったために本件公演の準備を行うことができず、結局その開催を中止せざるを得なくなったことにより、左記の損害(合計八万四八六三円)を被った。

(1) 本件部室の使用利益(七日分)

一万〇五〇〇円

かかる使用料相当損害金は、一日当たり一五〇〇円を下回るものではない。

(2) 会場費 一万三六九〇円

(3) プログラム製作費 四万円

(4) チケット製作費 一万円

(5) 雑費 一万〇六七三円

(二) 精神的損害

原告お笑い研は、学生課による本件立て看板の撤去命令及び本件部室等の使用禁止処分によって、長年、学内で落語などの研究公演を継続する中で培ってきた評価が低下するとともに、その活動が阻害され、予定されていた本件公演の開催を中止せざるを得なくなった。その精神的損害は五〇万円を下回らない。

2 原告大崎の損害

(一) 学生課による本件立て看板の撤去命令及び本件部室等の使用禁止処分は、原告お笑い研に対してなされたものであるが、これによって、その代表者である原告大崎も、学内の評価が低下して名誉を棄損された。その精神的損害は五〇万円を下回らない。

(二) 仮に、原告お笑い研が権利能力なき社団として当事者能力が認められない場合には、原告お笑い研の名誉棄損による損害賠償請求権は、その構成員に帰属することになるから、原告大崎は、予備的にその請求権をも主張する。

(被告の主張)

1 原告お笑い研の財産的損害について

(一) 原告お笑い研は、約一年前から本件公演を予定し、その準備を行っていたはずであり、平成七年一二月一五日から同月二一日までの七日間本件部室を使用することができなくても、本件公演を開催することはできたはずであるから、学生課が本件部室の使用を禁止したことと原告お笑い研が本件公演を中止したこととの間には因果関係がない。

(二) 本件部室や学内施設の使用は、本件大学が学生らに対し、教育の一環として部活動を援助するために、大学当局の適切な指導に従うことを前提に許可しているものであって、学生らにおいて当然に本件部室や学内施設の使用を請求できるという性質のものではない。したがって、大学が施設管理権に基づいて本件部室の使用を禁じたところで、原告お笑い研において、その間の使用料相当損害金として損害賠償請求ができるという性質のものではない。

(三) よって、原告お笑い研が、本件措置等によって被った財産的損害は存在しない。

2 原告らの精神的損害について

原告らの学内における評価が低下したとすれば、それは自らの品位のない行為そのものに起因するものであり、学生課の本件措置等とは関係がない。

第四  争点に対する判断

一  原告お笑い研の当事者能力

1 民訴法二九条の法人でない社団といえるためには、団体としての組織を備え、多数決の原則が行われ、構成員の変更にかかわらず団体が存続し、その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理など団体としての主要な点が確定していることを要するというべきである。

2  証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告お笑い研は、昭和四一年ころ、「大阪府立大学百舌鳥落語会」との名称で発足し、遅くとも平成五年一二月ころには、「大阪府立大学落語研究会」の名称を使用しており、平成六年二月ころから、現在の名称を使用するようになった。原告お笑い研は、本件大学の学生をその構成員とし、現在七名前後の部員で構成されている。

(<証拠略>)

(二) 原告お笑い研は、おおよそ左記のような内容の規約(以下「本件規約」という。)を有しているが、本件規約は、昭和四一年六月の設立以来、名称変更と会費値上げ以外の改正がされたことはない(<証拠略>)。

(1) 本会には次の役員を置く(六条)。

会長 会員の推挙するもの

副会長 会長により任命される

会計、書記 会長により任命される

顧問 本学の教官

(2) 役員の任期は一一月一日から翌年の一〇月三一日までの一年間とする(八条)。

(3) 役員の改選は一一月の定期役員会で決議する(九条)。

(4) 入会資格は本件大学に在籍する学生とし、入会に際しては、会員の推薦及び会長の承認を得なければならない(一〇条、一一条)。

(5) 定期総会を最高決議機関とし、年に二回(四月と一一月)定期総会を開く(一二条)。

(6) 本会の経費は、会員の入会金、会費、文連、自治会等からの予算、その他寄附金をもってこれに充てる(一四条)。

(7) 本会は、入会金として三〇〇円、会費として月七〇〇円を徴収する(一五条)。

(8) 会計は、会計年度(役員の任期と同じ)終了時に、本会議において会計報告をしなければならない(一六条、一七条)。

(9) 全部員の三分の二以上の同意があるときは、改正案を総会にかけ改正できる(一八条)。

(三) 原告お笑い研の平成七年四月から平成八年三月までの収入は、次のとおりである(<証拠略>)。

(1) 通帳利息 三九円

(2) 部費 四万二七〇〇円

(3) 出演料、広告料

二万二五〇〇円

(4) 臨時徴収、寄付

一九万四〇〇一円

(5) その他 一万三二八〇円

(内訳)四月一八日 罰金

二〇〇〇円

四月二七日 学外公演援助金

八〇〇〇円

六月三〇日 打ち上げ 残金

一二八〇円

一月三〇日 罰金 二〇〇〇円

(四) 原告お笑い研では、学外公演が終わりその残務処理を終えたころに、総会を開いて役員の改選を行っているが、これについて選挙は行われず、部員の総意に基づいて満場一致で決められるのが通例である。なお、原告大崎が代表者となった当時、原告大崎が、会計を兼ね、副会長のポストは空席となっていた。

(<証拠略>)

(五) 定期総会は、本件規約上は毎年四月と一一月の年二回開催することとされているが、実際には、年に一度、一二月ないし一月に開催されるだけであり、通常の活動内容の決定等は、週一回程度部員が集まる部会で協議して決めており、平成六年度以前は、総会と部会との区別もなく、役員交代や規約変更に当たる会費値上げといった事項も部会で決定されていた(<証拠略>)。

(六) 部費の徴収方法は、毎月決まった日に徴収するのではなく、部会等で部員に出会った際、随時未払分を徴収する方法によっていた(<証拠略>)。

3  右認定の事実によれば、次のようにいうことができる。

(一)  原告お笑い研は、その構成員が七名前後と少人数であることから、その運営に関する事項は、部員が集まってその都度決定しており、その運営に必要な費用を賄うための収入についても、会費などの恒常的な収入に比べて、臨時徴収というような臨時的収入の占める割合が高いことからすると、その活動上の必要に応じてその都度会費等が集められていたと推認される。

(二)  本件訴訟の証拠として提出された本件規約(<証拠略>)には、前記二点の改正部分に、いずれも原告大崎のものと思われる訂正印が押されているが、現在の名称に改める以前に用いられていた「大阪府立大学落語研究会」への名称変更や七〇〇円に値上げする前の会費の変更(<証拠略>によれば月五〇〇円としていた期間があったと認められる。)は、本件規約(<証拠略>)には反映されておらず、右訂正印は本件訴訟に提出するためになされたと推認される。

また、平成六年度以前は団体としての意思決定の場である総会と日常的な活動の打合せの場である部会との区別も明確でなく、平成七年度以降においても、総会は年一回しか開催されていない。

これらのことからすると、本件規約は、単に、原告お笑い研設立時に、本件大学に対して承認を求める手続上必要とされること(本件大学の学生細則(<証拠略>)第一〇条及び様式第6号の団体承認願)から形式上作成されたものが保管されていたにすぎないと推認することができ、実際の原告お笑い研の運営が、本件規約の定めに従って行われていたとは認められない。

(三)  このような点に前記2で認定した事実を総合すると、原告お笑い研は、団体としての主要な点が確定しているとはいえない。

4 よって、原告お笑い研は、民訴法二九条にいう法人でない社団とはいえないから、当事者能力がなく、その訴えは不適法である。

二  本件措置等は違法といえるか。

1  本件措置等に至る経緯

証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件措置等のなされた経緯に関する事実は次のとおりであると認めることができる。

(一) 原告お笑い研は、第一回学外公演として「お笑い繁盛記」と題する公演を予定し、その宣伝のために、平成六年一一月一六日、本件大学構内の学生会館前に、ほぼ等身大の女性の裸体写真一枚ともう一枚の小さめの女性の裸体写真をはり付けた立て看板(以下「前年度立て看板」という。)を掲出した(<証拠略>)。右学生会館の前は、本件大学の生活協同組合が運営する食堂の出入口に当たるほか、本件大学内の厚生施設が集まっていて、本件大学の学生、本件大学に勤務する教職員、本件大学の来訪者らの目に触れやすい場所である(<証拠略>)。

(二) 前年度立て看板に対しては、本件大学の生活協同組合の職員から、学生課に対して、このような看板の掲出を本件大学として認めているのかというような趣旨の苦情があったほか、本件大学のクラブであるSF研究会の部員が、原告お笑い研の部員に対して、抗議をするなどしていた(<証拠略>)。

(三) 原告お笑い研が所属する学内の団体である文連は、同月二八日総会を開き、文連の常任委員会からの提案で、前年度立て看板の撤去を求める議案を審議したが、その際には、いくつかの所属クラブが前年度立て看板を見ていなかったことなどから、議決には至らず、次回の総会で改めてその是非を問うこととなった(<証拠略>)。

(四) 原告お笑い研は、右総会の直後ころ、前年度立て看板の左隣に、「大反響 苦情殺到!!SF研激怒!『この看板は常軌を逸している』『文連の品位を低下させている』」と記載した別の看板を掲出し、これに「ご意見BOX」と記載された箱を取り付けて、学生らからの意見を募集した(<証拠略>)。

(五) 学生課の職員は、同月三〇日、本件大学の女子学生二名から、前年度立て看板に対する抗議を受け、原告お笑い研の部員らと右女子学生との話合いに同席したが、右話し合いの席上、女子学生は泣きながら立て看板撤去を訴えるなどした(<証拠略>)。

(六) 前年度立て看板は、同年一二月二日、何者かによって破壊された(争いがない)。

(七) 文連は、同月一四日に開催された総会で、「原告お笑い研の立てた前年度立て看板はよくない」という決議をした(争いがない)。

(八) 原告お笑い研は、右文連総会決議がされた後、前年度立て看板に用いた等身大の女性の裸体写真に服を着せたように黒塗りをしたものをはり付けた別の立て看板を作成し、「文連総会女性蔑視決議!!」と大きく見出しを記載し、ほかにも「女の裸は目をそむけたくなる!女の裸は不快なもの!人前に出すな!下品!」「論理的説明などいらない、女がイヤと言えばダメなんだ―原発を考える会」「議論はいらない、すぐに採決を―文連常任委長」などと文連総会決議やそれに至る議論の内容を非難する趣旨の立て看板を掲出した(<証拠略>)。

(九) 原告お笑い研は、平成七年一月二〇日ころ、前年度立て看板に対して寄せられた意見を実名入りで紹介しながらこれに反論を加える形式の「『立て看板問題』お笑い研の主張(もう言うわ!)」と題する小冊子を発行し、これを学内で配布したが、その中での前年度立て看板を批判する意見に対して、「あなたの意見はピンボケです。」「あなたは本当に大学の四回生ですか。」「お前の粗末な脳ミソでは分からなかったのか。」などの表現を用いて反論をしていた(<証拠略>)。

(一〇) 原告お笑い研は、同年四月二七日ころ、「もう言うわ!2(『バカ意見大賞』決定!!)」と題する小冊子を発行したが、右は、前年度立て看板を非難する匿名の投書者に「バカ田バカ子」との仮名を付した上で、同人を「身勝手女」、「嘘つき女」「ピンボケ女」などと中傷しつつ、その意見に対する批判などを記載する内容のものであった(<証拠略>)。

(一一) 学生課では、本件立て看板が掲出されてすぐに、その対応について協議し、これが前年の文連総会決議の趣旨に反するものであり、当面右決議に従うよう原告お笑い研を指導していく方針を決めていたところ、前年度立て看板に対して学生課に抗議を申し入れた女子学生二名が、同月七日午前中に学生課を訪れ、本件立て看板についても強い抗議を申し出たことから、嶋路主事は、事態を早期に解決する必要があると考え、原告お笑い研の代表者であった原告大崎を学生課に呼び出した(<証拠略>)。

(一二) 原告大崎は、同月八日夕方、文連の常任委員長に対し、学生課に原告お笑い研に対する処分をさせないよう文連の総会で決議してほしいと申し入れるとともに、本件立て看板の是非について文連の総会決議があればそれに従うという意向を示したが、それまでに本件立て看板を自発的に撤去するような姿勢は示さなかった(<証拠略>)。

(一三) 原告お笑い研は、同月一一日、本件立て看板の左横に、「ヘドが出る!学生課の『お上』根性!」との見出しを付けた別の立て看板を掲出するとともに、「もう言うわ!3予告号(ヘドが出る!学生課の『お上』根性!)」と題する印刷物を学内で配布した。これには、渡邊主査と嶋路主事を呼び捨てにし「バカ」呼ばわりする記載があり、そのほかに、原告お笑い研としては、文連総会決議には従うが、それまでは本件立て看板を撤去しない旨の記載や学生課と原告お笑い研との全面対決を内容とする小冊子を平成八年一月に発行する旨の記載があった(<証拠略>)。

(一四) 学生部次長兼学生課長の三好進は、同月一二日ころ、事態の早期収拾を図るため、原告お笑い研の顧問である安藤教授に対し、原告お笑い研の指導を依頼したが、安藤教授は、学生から話を聞いてみると答える程度で事態を早期に解決する意向が乏しかったことから、学生課内で協議して、同月一四日、次の(1)から(3)の事項を決定し、渡邊主査が、同日夕方ころ、右の事項を記載した学生課から文連常任委員会あて書面を、文連常任委員長に交付して通知した(<証拠略>)。

(1) 原告お笑い研が本件立て看板を立てた行為は、前年度立て看板についての学生間の話合い、文連総会での決議及び学生課との協議の結果を無視するものであり、原告お笑い研はクラブ承認されたクラブとしての責任を果たしているとはいえないので、学生課としては、当分の間、原告お笑い研に対し、次のとおり取り扱うものとする。

① 本件立て看板の撤去

② クラブ室の使用停止

③ 大学施設の使用停止

(2) 原告お笑い研の行為は、文連の総意・規約を無視したものであり、文連において、早急に処分も含めた対処をするよう協議されたい。

(3) 学生課の取扱いについては、文連の協議結果を基に文連と協議する。

(一五) 文連常任委員会は、同月一五日、学生課の原告お笑い研に対する対応について協議し、次のような決定をした(<証拠略>)。

(1) 文連常任委員は、本件立て看板の内容を認めない。

(2) 学生課が、文連総会での決議前に原告お笑い研に対する処罰を施行し、文連総会の意見を採り入れなかったこと及び本件部室の使用停止を当初は同月二〇日からとしていたのに、急に同月一五日からに変更しこれを同月一四日まで通知しなかったことに抗議する。

(3) 原告お笑い研の行為は処罰を受ける対象に当たり、文連総会での最終決定において処罰があってもおかしくないものであるから、学生課のした本件部室の使用停止の措置については、文連総会の議決が採択される二〇日までの期限付の仮の処分として認める。ただし、最終決定は文連総会の決議に従うよう求める。

(一六) 文連は、同月二〇日の総会で、①次回の総会までの間、ヌード入り立て看板の掲出を禁止すること、②学生課による本件部室の使用停止処分の解除を求めることなどの決議をした(争いがない)。

(一七) 文連常任委員長と原告大崎は、同月二一日、学生課を訪れて、右(一六)の文連総会決議の内容を報告した上、学生課による本件部室の使用停止措置の解除を求めた。学生課では、この求めを了承することとし、同日中に、本件部室の使用停止措置を解除した(<証拠略>)。

(一八) 本件大学には約六〇〇〇人の学生が在籍しており、そのうちの約一五〇〇人が女子学生である。本件大学の職員数は約一〇〇〇人であり、そのうちの約一五〇人が女性である(<証拠略>)。

2  学生課の施設管理権

(一)  本件大学の学生又は本件大学内の承認団体が、本件大学の施設を使用しようとするときは、所定の使用願をその施設の管理責任者に提出し、その許可を得なければならないとされ、また、本件大学構内に立て看板を掲出しようとするときは、あらかじめ届け出た上、学部等の長又は学生部長の承認印を受けてその指示に従わなければならないとされており(<証拠略>・大阪府立大学学生細則一三条、一四条)、本件大学は、本件大学構内の施設に対する管理権限を有している。そして、右管理権限のうち、学内施設一般及び承認団体の部室の管理並びに学生会館前など各学部の共有スペースにおける立て看板等の掲出物の管理は、学生課に分掌されている(弁論の全趣旨)。

(二)  本件大学の学生は、本件大学の設置目的を理解し、本件大学の学則に服することを承諾した上で、本件大学に入学しているのであり、それ故、学生課による施設管理権の行使が、学生に対する制約を伴うものであったとしても、本件大学の設置目的達成のために必要なものであれば許されるものと解すべきである。

また、本件大学には、大学の自治が保障され(憲法二三条)、教授会のもとその内部的規律事項の決定については、広範な裁量権を有するから、学生課による施設管理権の行使が大学の設置目的達成のために必要なものであるか否かの判断については、原則として大学の判断が尊重されるべきであり、右行使が社会通念上合理的と認められる範囲を逸脱した場合にはじめて違法と評価されるものと解すべきである。

3  本件措置等と学生課の施設管理権

(一) 本件立て看板の掲出を理由とする本件措置等は、本件立て看板の掲出が表現行為に該当する以上、表現行為に対して制約を加えるものであるということができる。

(二) 本件発言①及び本件各措置は、学生課での決定に基づくものであると認めることができ(前記1(一一)認定事実、<証拠略>)、学生課による施設管理権の行使であると評価することができる。

本件発言②は、前記1認定各事実及び証人渡邊俊次によれば、本件立て看板を掲出した行為が、前年度立て看板に用いられた女性の裸体写真をめぐる文連の非難決議や学生らとの紛議の経緯を無視するもので、これに対しても現実に学生からの抗議が申し出られていたことから、原告大崎ら原告お笑い研の部員を指導する必要があるとの嶋路主事の個人的な判断から行われたものであると認めることができる。

したがって、本件発言②については、学生課に分掌された施設管理権の行使であると評価することはできない。

(三) そこで、以下、前記2で判示した施設管理権の内容を前提に、本件措置等が原告大崎の表現の自由を侵害する違法な行為であるか否かについて検討する。

4  各施設管理権行使の違法性

前記1認定各事実を総合すれば、次のようにいうことができる。

(一) 各施設管理権行使の必要性

(1) 本件立て看板にはり付けられた女性の裸体写真の中には、専ら男性の性的興味を引くことを目的としたものが含まれていたこと(前提となる事実4)、本件立て看板が、大学構内で生活をしている限り目に触れざるを得ない場所に掲出されていたこと、約一六五〇人の女性が本件大学構内で生活していることなどを総合すると、具体的に学生課に抗議を行ったのは、二名の女子学生だけであるとしても、本件立て看板掲出により相当数の女性に対して性的不快感、嫌悪感を与えたものと推認することができる。

それ故、本件立て看板の掲出は、女性職員及び女子学生の就労環境又は就学環境を乱すものであるということができる上、女性に対して性的不快感、嫌悪感を与えるものであるから、違法なセクシュアル・ハラスメントに該当する恐れがあるということができる。

(2) 原告らは、前年の平成六年一一月にも女性の裸体写真をはり付けた前年度立て看板を掲出しているところ、その際、これをよくないとした文連の決議に従わずに、文連常任委員会、文連に所属する他の団体及び前年度立て看板の掲出に抗議をした学生らに対し、逆にひぼう中傷する内容の立て看板を掲出したり、小冊子を配布するなどして、学内に大きな紛議をもたらしたにもかかわらず、あえて同種の本件立て看板を掲出したものであり、このような原告大崎らの行為は、従来から学生間で行われていた自治のあり方を根底から否定するものであるということができる。

(3) これに対し、原告らは、本件立て看板にちょう付されている全裸写真は、ヘアヌードが除外されていること及びいずれも生活協同組合の売店で販売している雑誌から切り抜いたものであることを理由に、女性に対して性的しゅう恥心、不快感を与えるわいせつ表現ではないとしてセクシュアル・ハラスメントに該当しないと主張するが、ヘアヌードでなくても、被写体である女性の姿態によっては、見る者に対して不快感を与えることがあり得るのは当然であるし、また、生活協同組合の売店で販売している雑誌であっても、これを見たくないと欲する者がこれを見ることを強制されることがあってはならないのは当然である。よって、原告らの右主張を採用することはできない。

また、原告らは、本件立て看板にちょう付されている全裸写真は、聖なるクリスマスさえもセックスの隠れみのにしている学生ら現代の若者の世相に対するやゆと批判を表現する本件立て看板全体の意図の中で、各全裸写真は聖なる天使のパロディーとして表現しているのであると主張する。しかし、本件立て看板の構成から右意図を読みとることは困難である上、仮に右意図を有していたとしても、本件立て看板が女性に対して性的しゅう恥心・不快感等を与えるものであることは否定できず、これをもって施設管理権行使の必要性を失わしめるものではない。

(4) したがって、前提となる事実1(一)で認定した本件大学の設置目的に照らせば、学生課は、就労環境及び就学環境を整備するために、本件立て看板の撤去を求めたり、原告大崎らに対してセクシュアル・ハラスメントの社会的意義を認識させるとともに、学生間の自治を円滑に運営するため、教育的指導を行う必要性があったと認められる。

(二) 各施設管理権行使の相当性

(1) 本件発言①について

本件発言①は、嶋路主事において原告大崎に対し、任意に本件立て看板を撤去するよう促しているにとどまっているのであるから、前記の本件立て看板を撤去させるための措置として、社会通念上合理的と認められる範囲を逸脱しているということはできない。

(2) 本件各措置について

本件各措置に当たり、学生課は、事前に文連常任委員会に連絡してその了解を得ようとし、また、後に文連総会決議がなされるとこれを尊重して本件措置二を解除していること、本件措置一については、原告お笑い研の部員による抵抗にあうと文連常任委員会の決定を待つとして強制的な措置を執っていないこと、本件措置二についても、文連常任委員会委員長の立ち合いのもとで行われ、また原告お笑い研の部員らが任意に本件部室を明け渡していることなどに照らせば、本件各措置が、原告大崎らに対してセクシュアル・ハラスメントの社会的意義を認識させ、学生間の自治を円滑に運営するための教育的指導として社会通念上合理的であると認められる範囲を逸脱しているということはできない。

(三) したがって、学生課による各施設管理権の行使を違法であると評価することはできない。

5  本件発言②の違法性

本件発言②は、本件立て看板を掲出した行為が、前年度立て看板に用いられた女性の裸体写真をめぐる文連の非難決議や学生らとの紛議を無視するもので、これに対しても現実に学生からの抗議が申し出られていたことから、早期に事態を解決する必要があると考えた嶋路主事の個人的な判断から行われたものであって、その後、学生課として決定した本件部室及び大学施設の使用停止(前提となる事実7)との間に直接の関連を有しない事実上の発言というべきものであり、現に、右嶋路主事の発言内容の実現に向けて本件大学が何らかの強制力を行使するなど具体的な行動に出たものでもない。

したがって、本件発言②は、原告大崎の表現行為を制約する違法な公権力の行使に当たると解する余地はない。

6  以上によれば、本件措置等を原告大崎の表現の自由を侵害する違法なものであると評価することはできない。

第五  結論

一  原告お笑い研の請求は、不適法であるから却下する。

二  原告大崎の請求は、その余の点(損害の範囲)について判断するまでもなく、理由がないので棄却する。

(裁判長裁判官竹中邦夫 裁判官森實将人 裁判官武智克典)

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